[607] ホッドミーミル sage 2007/10/03(水) 23:49:00 ID:NubwotOM
[608] ホッドミーミル sage 2007/10/03(水) 23:53:53 ID:NubwotOM
[609] ホッドミーミル sage 2007/10/03(水) 23:56:00 ID:NubwotOM
[610] ホッドミーミル sage 2007/10/03(水) 23:57:42 ID:NubwotOM

 時空管理局は常に人手不足とは言え、数多の次元世界の秩序を預かるとだけあってそれなりの人数が働いている。
 そうした組織だからこそ、公理福祉設備の充実は必須であり、その一環として巨大な本局内には幾つものカフェテラスが存在していた。
 そんなカフェの一つで、のんびりとコーヒーを啜りながら読書を楽しむ男がいる。
 そんなに気を使っている訳でもないのに、艶やかな光沢をもつハニーブロンドのその青年の名はユーノ・スクライア。
 無限書庫の司書長であり、本局髄一のワーカーホリック。
 本人としてみればワーカーホリックであるという自覚は無く、無限書庫の長としてやるべき事をやっているだけなのだが。
 まぁ、何をどう言おうが彼の仕事が非常に過酷である事に違いは無いので本人の意識や周りの風評の差異など余り意味の無い事ではある。

 激務の合間のほんの僅かな時間。仕事でも研究でもなく、全くの娯楽目的で本を読のは、彼の楽しみの一つ。
 そこに、コーヒーがあるのなら、もうこれ以上の幸せなど無いと感じられる一時であった。
 だからだろう、本を読むのに夢中になり直ぐ傍まで誰か来ても気づけなかったのは。
「ユーノ」
 随分と聞きなれた声に、ユーノはふと顔を上げる。
 そこに居たのは、彼の11年来の幼馴染。
「やぁ、フェイト」
「相席、いい?」
「もちろん」
 友人の申し出を断る理由など何一つ無く、ユーノは快く了承する。
 フェイトはユーノの向かい側の席に座り、ブザーを鳴らす。
 程なくしてウェイトレスがやってきて、フェイトはカフェラテを注文した。
「……なんか、逢うの久し振りだね」
「そうだね、前に逢ったの。アグスタでの事件の時だったし」
 永い付き合いで、部署は違えど同じ職場で働いているのに「久し振り」という言葉が出てきてしまう事実に二人は苦笑してしまう。
 逆を言えば、永い付き合いだからこそ、その程度で済むのだが。
「何を読んでるの?」
「これ? 辞典だよ」
「辞典?」
「そう、辞典」
 てっきり、何かの論文だとか小説とかを読んでいるのだとばかり思っていたフェイトは、予想もしなかった代物に目を白黒させてしまった。
「面白いよ? これだと小さいけど、百科事典とかだと何時間読んでても飽きないし」
「そうなの?」
 冗談とかで言っている様子も無いのだから、本当の事なのだろう。
 実際、辞典を読んでいるユーノはとても楽しそうだ。
 そうこうしている内、フェイトの注文したカフェラテが運ばれて来る。
 程よい甘さのカフェラテに口をつけ、ほっと一息つく。
「仕事、大変そうだね」
「うん……一年間、機動六課の仕事をしていたから」
 久々に「海」の仕事に戻って、勘が鈍るという事は無かったがやはり一年間という期間を別の部署で働いていたのか気を使う事が多かった。
「でも、それだけじゃないだろ?」
「え?」
 何時の間にか本を閉じて、こちらを見ていたユーノの視線。
 フェイトは、自分を見透かしているようなそれに少しばかりうろたえてしまう。
「どうして、わかるの?」
「そりゃ判るさ。11年も付き合いがあるんだよ?」
 あっけらかんと言ってのけるユーノ。
「そっか、わかっちゃうんだ」
「うん」
「……この前ね、エリオとキャロに逢ったの」
「フェイトが保護したっていう二人だよね?」
「うん」
 名前だけは聞いていたが、結局会話をする事も無かった少年と少女(尤も、六課の新人達とは誰とも話すらしなかったが)
 その二人に逢ったのに、何故フェイトは暗い顔をしているのだろうか?
 流石に、11年の付き合いでも其処まで読む事が出来ずに内心、ユーノは首をかしげる。
「元気だった?」
「うん、二人ともすごいがんばってた」
「なら、よかったじゃない」
「そう、なんだよね。良かった筈なんだよね」

 そこまで言って、口籠るフェイト。
 息苦しい、暗いモノが彼女を縛っているのが判る。
 だがユーノは何も言わない。じっとフェイトが言葉を続けるのを待っている。
 自分の中の、自分の言葉を邪魔するものを押し退けるようにカフェラテを飲み、ようやく口を開く。
「二人とも、凄く頑張ってた。私を護れるようになりたいって。二人で力を合わせて二人で立ち上がって……それが、凄く嬉しい筈なのに、何故か凄く寂しいの」
「……」
「どうしてかな。私はあの子達の保護者で、あの子達を助けたいって思って。機動六課で一緒に過ごして色んな事教えて……あの子達が自立しようとしているのを見守ってあげるべきなのに」
 二人が、手元から離れていくのが無性に寂しい。
 その事を自覚する度、フェイトの中でスカリエッティの呪詛が蘇る。
 自分は、あの子達を自分の思い通りにしようとしていたのでは無いだろうか?
 あの子達が自分の元から去って行くのを、本当は恐れているのでは無いだろうか?
 エリオは何度も自分に言っていた。
 私を、護れるようになりたいと。
 それを……何故、素直に受け入れる事ができないのだろうか?
「私は、やっぱり母さんと同じなのかもしれない……ううん、そうじゃない。私は、親にはなれないのかも」
 母が、プレシアが姉アリシアと過ごしたアリシアの記憶。
 その中の母はとても優しかった。
 最期は、間違えてしまった母だったがアリシアの成長をちゃんと受け入れていた。
 それなのに、何故自分は出来ないのだろう。
 エリオとキャロは自分達の道を歩けるのに、それを祝福できない自分。
 自分から、離れていく子供たち。
 もしかしたら、それを認めたくないのかもしれない。
 認めてしまったら、母と同じように壊れてしまうかもしれない。

 それが、とても怖い。

 なのはにすら話した事の無い、自分の恐怖。
 まるでヒビの入ったダムが決壊するように、ユーノにその全てを漏らしてゆく。
 そして、それをじっと聞いていたユーノは、ゆっくりと口を開く。
「そっか」
 俯いて、震えているフェイト。
 ユーノは少しの間目を閉じ、優しく微笑む。
「大丈夫だよフェイト。フェイトはお母さんのようにはならない」
「……どうして、そんな事が言えるの?」
 未来の事など、誰も判らない。
 フェイトが、プレシアのようになる可能性だって十分にある。
 けれども、ユーノはそれをきっぱりと否定する。
「だって、フェイトは11年前、なのはの手を取ったじゃないか」
 小さく、声にならないほどの声を上げてフェイトはユーノと向き合う。
 翠色の瞳でユーノはしっかりとフェイトを見据えている。
「あんなに、お母さんの為だけに頑張って無茶していたフェイトが、なのはの手をとったんだよ?」
 思い出される11年前。
 記憶の中に居る母にもう一度逢いたくて、その一念でなんでもした。
 海の中に沈んだジュエルシードを、全部一斉に起動させるなんて事まで。
 あの時、母はフェイトの全てだった。
「君は、あの時本当にボロボロで。辛くって何もかも諦めても誰も咎めなかったのに。それでも起ち上がって、お母さんと向き合って。それでもお母さんを失って、でも今まで頑張って来た」
 ユーノは、自分がフェイトの古傷を抉っている事を自覚している。
 けれども、自分の伝えたい事をちゃんと伝える為に決してそこを避けようとはしない。
「その勇気と力をくれたのは誰?」
「……なのは」

 そう、あの時なのはが勇気をくれた。
 自分の事を知りたいと願って。酷いことだってしたのに、それでも諦めずに。
 そして、名前を呼んで、新しい自分の始まりをくれた。
「フェイト。フェイトの大切な人は、エリオとキャロだけじゃないだろう? なのはだって、君にとって大切な筈だ」
 それは、勿論そうだ。
 二人で一緒に空を飛んできた。
 隣になのはがいたから、何だって出来た。
 闇の書の夢からも醒める事が出来た。
「だから、大丈夫。フェイトがなのはを大切に想っているように、なのはもフェイトを大切に思っていてくれる。フェイトが間違えそうになったら、なのはが止めてくれる。いや……君自身が、なのはを悲しませない為に間違いに立ち向かえる」
「……」
「自分を信じられないのなら、君が信じる誰かを信じて。その人も君を信じてくれる」
 絆は、信じることから始まる。
 フェイトはなのはを信じた。
 その信頼は、二人を親友にし二人は力を合わせてはやてを救い、ヴォルケンリッターズを救った。
 一つの絆が新しい信頼を生み出し、そしてそれがまた絆を生む。
 今のフェイトは、独りでは無い。
 多くの人々と繋がっている。
 フェイトと繋がっている人達全てが、フェイトを支えている。
「今は、まだ怖くて不安でも。いつかちゃんと向きあえるよ。それまでは皆がフェイトを支える」
 フェイトの手を、ユーノはしっかりと握りしめる。
 たったそれだけで、震えは止まっていた。
「……ユーノ……」
 自然と、涙がこぼれてくる。
 そんな事を、今まで忘れていたのか。
 いつもある、当たり前の繋がりを自分は見失っていたのか。
 強くなったつもりで、なんてみっともない。
「そう……だよね、エリオとキャロも私を信じてくれているんだ」
 だからこそ、私を護ると言ってくれている。
 その為に、自分の足で歩く事を決めた。
 そんなあの子達との絆が無くなるなんて、どうして思ってしまったのだろう。
「ユーノも、私をささえてくれる?」
「勿論、フェイトが嫌だって言っても、助けにいくから」
 きっと皆も同じことを言うだろう。
 それが、フェイトと皆の絆なのだから。


 フェイトは涙を拭き、笑顔をつくる。
 そこには、もう憂いなどなかった。
「ありがとう、ユーノ」
「どういたしまして」
 冷めかけたコーヒーをユーノは一気に煽る。
「さて、それじゃ僕はそろそろ行くよ」
「うん、仕事頑張って」
「君もね」
 ユーノは立ち上がると、二つのレシートを取っていった。
 その内の片方はもちろん、フェイトが払うべきモノでフェイトは呼び止めようとするが、ユーノはカラカラと笑いながら「ここは僕がもつよ」と背中越しに言って、そのまま立ち去ってしまう。
 残されたフェイトは、そんなユーノの身勝手さに「もう」と不満を抱くがすぐにそれは消えてしまった。
「……敵わないなぁ」
 今更ながらに痛感する。
 自分達が何故飛べてこれたのかを。
 なのはも、自分もずっと飛び続けることなんて出来ない。
 挫けて、負けそうになった事もある。
 その時、本当に助けてくれたのは誰だったか。
 墜ちきってしまう前に、この翼を癒し護ってくれきた大樹。

 きっと彼は、これからもその枝葉を枯らす事無く。
 どんな業火にも耐えてそこに在るのだろう。
 魔法でも、力でもなんでもない、本当の強さがそこにはあるのだから。


著者:31スレ606

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