215 名前:飴喰い子鬼 [sage] 投稿日:2012/03/14(水) 21:28:08 ID:d9spXotU [2/12]
216 名前:飴喰い子鬼 [sage] 投稿日:2012/03/14(水) 21:28:57 ID:d9spXotU [3/12]
217 名前:飴喰い子鬼 [sage] 投稿日:2012/03/14(水) 21:30:19 ID:d9spXotU [4/12]
218 名前:飴喰い子鬼 [sage] 投稿日:2012/03/14(水) 21:31:10 ID:d9spXotU [5/12]
219 名前:飴喰い子鬼 [sage] 投稿日:2012/03/14(水) 21:32:06 ID:d9spXotU [6/12]
220 名前:飴喰い子鬼 [sage] 投稿日:2012/03/14(水) 21:33:01 ID:d9spXotU [7/12]
221 名前:飴喰い子鬼 [sage] 投稿日:2012/03/14(水) 21:34:32 ID:d9spXotU [8/12]
222 名前:飴喰い子鬼 [sage] 投稿日:2012/03/14(水) 21:35:37 ID:d9spXotU [9/12]
223 名前:飴喰い子鬼 [sage] 投稿日:2012/03/14(水) 21:37:09 ID:d9spXotU [10/12]
224 名前:飴喰い子鬼 [sage] 投稿日:2012/03/14(水) 21:38:41 ID:d9spXotU [11/12]

「トリック・アンド・トリート。お菓子を、お持ちでしょうか。
 お菓子をお持ちなら、お気をつけください―――小悪魔に悪戯されてしまいますよ?」

「……は?」

突然の予想外の言葉に、フェイト・T・ハラオウンは困惑した。
声をかけた当の相手もフェイトのこの反応には少々期待外れな様子で、小首を傾げて思案顔になる。

「ふむ……決まり文句が伝わらないようですね。出自とする文化圏の壁は厚いようです。
 やはり本来の97管理外世界出身であるナノハや、夜天の主に問うべきでしたか」

「えーっと……」

ひょっとしたら相手に非は無く、状況が理解できないのは自分の認識不足なのではないのだろうか。

状況を客観視するよりも先に自分の落ち度を疑う悪癖が、フェイトを自問に走らせる。
言い換えれば、外からの刺激を遮断して自分の殻に逃げ込み、軽く現実逃避した。

今は? ―――新暦68年3月。
多分ハロウィンの決まり文句だが、今はその時期ではないはずだ。
第一、言い回し自体が間違っている。

ここは? ―――次元航行艦・アースラの通路。
すべての作戦行動が終わった自由時間とはいえ、誰かにお菓子をねだられる関連性は無い。
悪戯されるからお菓子を持ち歩くな、という作戦通達も無かったはずだ。
でも、なのはに悪戯されるならば、とても素敵な体験かもしれないとは夢想する。いやいや、そんな話ではなく。

目の前に居るのは? ―――3ヶ月前は敵であり、今回の作戦において共闘した、事件の中心でもある存在の1人。

紫天の書の守護者。
『理』のマテリアル。
『星光の殲滅者』(シュテル・ザ・デストラクター)。

親友である高町なのはによく似た、けれどもやはり決定的に異なる、炎を纏うクールな紫紺の少女だ。

※※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※  ※

「ええと……シュテル。言いたいことがちょっと私には分からなかったから、こっちから質問させてもらっていいかな?」

「『ひょっとして私のほうが間違っていたら』的な予防線を張る迂遠な言い回しをなさらずとも、正しいのはあなたですよ。
 あなたにならば通じると思い、前説なしに話した私の落ち度です」

「なんだか『賢そうな犬だけど芸は出来ないんだ?でもアホ可愛いよね』的な方向にフォローされたみたいで複雑な気分だよ。
 けれどなのはに似た顔に免じて、寛大な心でスルーしようと思うんだ。
 でもそれを踏まえていつもよりちょっとだけ強気に聞かせてもらうと、思いっきり的外れな事言われたよね私?」

「はて? 時節も言い回しも間違えてはいませんよ。
 私の落ち度は、今日あるべき管理外97世界でのイベントをあなたが知らず、話を振ってしまったというだけなのですから」

「うんごめん。一般常識に疎いことに自覚はあるからそれ以上すまし顔で責めないで。
 なのはの顔で責められるとクセになりそう。違う、トラウマになりそうだから。
 今日あるはずのイベントだよね、うん、すぐ思い出すから待ってて。
 思い出すまで責めないでね、責めちゃダメだよ、本当にダメだからね?」

淡々と語るシュテルに対して、今にも尻を向けて四つん這いになりそうなテンションで話し続けるフェイト。
それでも感情の隆起とはうらはらに、頭の中では学校で学んだ3月のイベントを並べていく。

ひな祭り、お花見、卒業式、春休み―――けれども、どれも『今日』にはあてはまらない。

「あ……!?」

今日は、3月の14日。
そういえば1ヶ月前には、なのはや、はやてやアリサやすずかたちと、チョコを交換したイベントがあった。

つまり今日は、なのはに『私が贈り物だよ、舐めて!特にこのへんを重点的に!カムヒアプリーズ!』というべき決意の日。
ではなく。
すずかやアリサの手作りクッキーを、みんなで楽しもうと約束していた日。
激務で忘れていたが、1ヶ月前のチョコのお返しとしてクッキーやキャンディを交換し合うはずの日だ。

「思い当たったようですね」

「ホワイトデー。でも、あれは地球の、しかも日本だけのイベントって聞いたし。
 そもそも1ヶ月前に居なかったあなたたちには無関係、だよね?
 ……それがさっきのキーワードと関係するの?」

「はい。私自身はそうでもないのですけれど。
 レヴィが『飴をもらえる日』であることを知ってしまいまして」

「ああ、そっか。あの子相当あれを気に入ってくれたみたいだったね。ホントにうれしいよ」

やっと噛み合い始めた会話に平静さを取り戻し、フェイトは水色のキャンディを舐めていたレヴィを微笑ましく思い返す。
なのはとシュテルに同じく、自らの分身と言うには掛け離れた少女であるが、その出自ゆえに近しい感情は抱いている。
見ている側の胸を温かくする、無邪気な笑顔の持ち主だ。傍らで見ている分には、であるが。

「しかし1ヶ月前には存在すらしていなかった私達が、今回のイベントに参加できないと言って納得するはずもなく」

「うーん、確かに。タガが外れるとホントに危険な子だからね。
 まだ非殺傷設定教えてないし、アースラの中でザンバー振り回されたら大惨事だよ。
 あれ、でも……私の手持ちはもうないんだけど、アースラの中にキャンディは無かったの?」

「逆ですよ。その件でスタッフに話を聞くうちに、艦内に大量に『在る』ことを知ってしまったのです。
 今、あの子は飴を求めて見境無く人を襲う魔物と化して、艦内を暴れまわっているのですよ」

合点がいった。
人情話や不測の事態にはとことん脆い豆腐メンタルだが、状況を把握できるならば解決への筋道を見つけるのは早い。
執務官志望の怜悧な思考回路が立ち上がり、シュテルからの情報収集にも本腰を入れる。

「ああ。それで冒頭の台詞が出てくるわけなんだ……で、襲われるってどんな風に?」

「無論、性的な意味で」

厳かに、しめやかに。
なんら表情を変えず、シュテルは答えた。

※※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※  ※

「……え゛?」

「清純ぶりたい気持ちはわかりますが、時間が惜しいのでここは単刀直入にゆきましょう。
 言い換えるならセクシュアル、エロス、えっちでいやらしい、おっぱいおっぱい、おひりはらめぇ。
 いわゆる、舐めて吸って濡れてしっぽりトロ顔になる例のアレです」

「ちょ、ちょっと待ってよ、なのはの顔と声で表情一つ変えずそんなこと言わないで!
 背筋がキモチヨクぞくぞくしてきて、知らなくていいと魂が叫ぶ心の中のパンドラの箱が今にも開きそうだから!」

「しかも間の悪いことにあの子は、仲間内でのちょっとした遊びで金髪に染めてオリジナルごっこをしている最中でした」

「っていうかそれは明らかに、あの子よりも私にとって大惨事だよっ!
 なんでこの年齢で社会的にドロップアウト余裕のピンポイント自爆テロくらわなきゃいけないんだよ!」

つらつらと淀みなく説明を続ける紫紺の少女の肩をつかみ、強引に揺さぶるフェイト。
状況は思った以上に深刻―――というよりもすでに至近距離で全身拘束されて桜色の砲撃魔法がぶっぱなされた後と同じだ。
着弾すれば社会的な意味でオーバーキルである。

「はやく止めないと、明日からあなたの顔を見ただけで脳内エロスが妄想されて下半身が大惨事になるスタッフ続出ですね。
 男女問わずに誘い惑わす魔性とは、その年にして罪作りなことです」

「あの子と私の行動を意図的に混同させないでってばっ!……ってあの子、女の人でも見境なくOKなわけ!?」

「そのあたりはオリジナルの業を引き継いだのでしょうね、我らの生まれゆえの抗い難い原罪とでも呼ぶべきですか。
 私の火のごとき闘争心や、劫火のごとく包み込む王の庇護欲と同じように。
 あの子は燠火のように燻る情欲に駆り立てられて、女性の尻穴まで責めるのでしょう。
 ……いえむしろ、責められてこそ悦ぶのかもしれませんけれど」

「時間ないんでしょ、お願い全方位にボケないでツッコミ追いつかないから!
 だいたいなんでお菓子を奪うために、せ、せ、せ……その、えっちな方向に見境なく襲うんだよ。
 いくら子供じみてるからって、絶対理屈に合わないじゃないか」

「そうですね、話を進めましょう。まずは事の起こりからです」

――― 回想 ―――

「ねぇちょっと、見たシュテるん!?
 今のヒト、あ〜んなにいっぱいキャンディあったのに、僕にはこれっぽっちしかくれなかったんだよっ!」

「お菓子は1日3個までというのが、王とユーリの立会いの下で取り決められた厳然たる律令です。
 これに対して不服を唱えるのは紫天の主と闇統べる王、その両者に刃を向けることになりますよ」

アースラのスタッフから受け取ったキャンティーを見ながら、レヴィは、開口一番、恩知らずにもそんなことを言ってのけた。

ミッドにはもちろん、ホワイトデーなる習慣は存在しない。
レヴィが小耳に挟んだ管理外世界のイベントに付き合い、艦内のお菓子を振舞ってくれた親切なスタッフが居ただけだ。
キャンディは簡素だが手作りの包装で小分けにされており、作った者の心配りが感じられる贈り物である。
しかし『キャンディーがもらえる日!』と叫びまくった少女の期待と欲望を満たす量ではなく、おかんむりの様子だった。

ちなみに―――今のレヴィの髪は金色、纏うバリアジャケットの色は黒地に赤の縁取り。
黙っていれば、遠目にはまるっきりフェイトである。
自らの外見色彩を変調させる、魔力運用の基礎訓練を兼ねたシュテル発案の『オリジナルごっこ』の最中なのだ。

「違うってば。いくら僕でも、食べるのはユーリと王様の言うこと聞いて3個までだよ。
 でもあんなにいっぱいあるんだから、1ヵ月後までとか1年後までとかの分もいっぺんにもらえていいと思わないかい!?」

「今のあなたのように皆が望めば、収拾がつかなくなるからですよ。それゆえの取り決め、すなわち法の制定です。
 いい機会ですから、王やユーリの名を地に落とさぬためにも、我欲を抑えることを学びなさい」

「う〜。水色のまんまるのだけでも僕の臣下ってことで、全部僕のところに保護できないのかな。
 あ、もちろん赤いのはシュテるんので、紫のは王様のだから、ひとりじめはしないよ?」

「聞き分けなさい。ここは我らの居た艶やかな闇の中と異なり、法と資本が治める世界です。
 より以上を望むならば腕力での解決は許されず、飴の持ち主が納得しうる対価を支払わねばなりません」

「たいか……って?」

「管理・管理外を問わず、ほとんどの世界では貨幣がその役割を担っているようですが、当然、我らに手持ちはありません。
 いずこかで労働を行い、対価としてまず貨幣を受け取って、飴と交換するか。
 もしくは直に飴の持ち主と交渉して、その者の願望を満たす代わりに飴をもらうという契約を成すか。
 つまりは……」

「あーもぅ、難し説明はいいからさ、どんなことすればいいのか手っ取り早く教えてよ。
 僕にも出来て、すぐに・いっぱいもらえそうなヤツをさ!」

「そうですね、さしあたっては飴の持ち主の欲求を満たすことです。
 貨幣経済の浸透した世界において、元手なく短時間で行え、かつ普遍的な要望のある対価の支払い。
 単純に考えて、『性欲』を満たす事ですかね」

「せいよく?」

「実体化して間もない我らには無縁のものでしたが、これから先、関わらぬわけには行かぬものです。
 いずれ通らねばならぬ道、この機会にあなたも学んでおきなさい。
 幸いここに、性欲とその満たし方を理解するために某執務官(15歳)の部屋から失敬してきた書と道具があります。
 ここで実践して飴の持ち主に施し、対価として受け取ればよいのですよ」

「だからもうちょっと……」

「わかりやすく言い換えましょう。それが出来れば飴がもらえます。
 『目の前にいる飴の持ち主を、どんな手を使ってもいいから悦ばせなさい。全力全開で』ですね」

「さっすがシュテるん、わっかりやすい!」

「えっへん。もっと褒めてもいのですよ?
 ……では実践です。今からその身に成された事を、経験として刻みなさい」

それまで変わらぬすまし顔で語ってきたシュテルが薄く―――嗜虐の笑みを浮かべたように見えたのは気のせいか。
某執務官(15歳)秘蔵の指南書を片手に、荒縄や革ベルト、はては電動音を発する器具を手にしてレヴィへと向き直った。

―― 回想終了 ――

「全部キミの仕業じゃないかあぁぁぁぁっ!!
 だいたいレヴィに『法に従え』って言っといて、明らかにアウトな風俗業だけを勧めてるあたり確信的な愉快犯だろっ!」

「てへぺろ」

「無表情でそんなこと言っても可愛くない……あれ?
 あざとく上目づかいで小首まで傾げて超かわいい、だと……じゃなくてっ!」

「まあ、私自身も、あの子があそこまで開花してしまうとは思いもしなかったわけでして。
 今は金髪になっている性的小悪魔を解き放った責任を感じて、取り急ぎこうしてあなたのもとに参じたわけです」

「そうだね……と、とりあえずレヴィを止めないと。シュテル、あの子の行き先に心当たりはある?」

「レヴィは『飴を持つ者』を襲います。
 普段は持ち歩く者など少数でしょうが、今日はあの子に付き合ったスタッフが飴を小分け包装にして各部署に配布したはず。
 ゆえに相当な数が、アースラスタッフの手元にあるものと考えられます」

「うーん、アースラ艦内全域の可能性があるのか。
 とりあえずすぐにリンディ提督に連絡して警戒網の作成と……」

「スタッフが我らの元を離れてから、私がレヴィの開発と仕込みを終えるまで、4時間といったところでしょうか。
 すでに飴はアースラ全域に行き届いたと考えて間違いないでしょう。犠牲者が出ている可能性も否めません。
 非常事態で全艦内モニターされたら、金髪の小悪魔が乱れ咲く様をノーカットで映像記録される危険性もありますよ?」

「だから女の子がしれっと仕込むだとか開発するとか言っちゃダメだから!
 くぅぅぅぅっ、落ち着け、落ち着くんだ……もう絶望しかない時間差だけど、まだなにか起死回生の策があるはず……!」

「向かい合いましょう。自らの裸体が描き出す、禁断の桃源郷の現実と」

「ううっ……なんでこんなことに巻き込まれるんだよ……私の人生、生まれたときから波乱しかないよ……」

「それはお互い様ですね。まあ―――心滾る良き戦いや出会いがあれば、それでよいのですよ」

無責任なシュテルの言葉を受けながら、断腸の想いでフェイトはリンディへと通信で緊急事態を告げる。
自分の社会的な立場を危うくする可能性はあれど、やはり他人への危害は見過ごせない損な性分なのだ。

前代未聞の非常警報が敷かれる中、あれこれ言い合いながらも肩を並べて通路を駆け、2人は周囲を探る。
そしてついに―――その『痕跡』を発見した。

※※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※  ※

「はっはっはっ。さあ、ショータイムだ。君が満足するまでた〜っぷりご奉仕してあげるよ、ハオー。
 そして君のハートもポケットの中のまんまる水色も、ぜんぶ僕が褒美としてもらっていくっ!」

「例えヴィヴィオさんのもう1人のお母様だったとしても、渡すわけにはゆきません―――キャンディも、心も、貞操もッ!」

非常警報の鳴り響くアースラ艦内の通路で、互いに譲れない信条の下、刃と拳とが火花を散らす。

片や、欲望の枷から解き放たれた、獣。
いや、もとより枷は無く―――初めて覚えた血の味に酔い痴れて狩猟本能の赴くままに人を襲う、少女の形をした性的な災禍。

紫天の書の守護者。
『力』のマテリアル。
『雷刃の襲撃者』(レヴィ・ザ・スラッシャー)。

フェイトに良く似た、けれどもやはり決定的に異なる、本来は水色だが故あって今は金髪黒衣の少女だ。

そして片や、柔らかな碧銀の長髪と、中性的で端麗な容貌の女性。
特に目を惹くのは、右紺左青の虹彩異色―――古代ベルカにおける『覇王』の身体資質。

ハイディ・E・S・イングヴァルト。

そう名乗り仮面を着けて、連続傷害事件を引き起こした上で捕縛されてしまった痛い経歴を持つ、少々残念系なぼっち少女。
愛機アスティオンを従える、今は『大人モード』で成人女性姿の、アインハルト・ストラトスである。

その沈着かつ聡明な瞳は―――対峙する少女が、フェイトに似せたレヴィであることは見抜けていなかった。

※※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※  ※

「今日はホワイトデー……ヴィヴィオさんに縁の管理外世界における、恋の重大イベントの日。
 異世界に飛ばされ季節もズレたゆえに、奇しくも降って沸いた好機。
 乗るしかありません、この愛のビッグウェーブ!
 このキャンディは間接キスを狙ってこっそり舐め舐めした、ヴィヴィオさんオンリーの恋文なのです!!」

「にゃあ」 

アインハルトがアースラ艦内で手に入れたキャンディーの色は、紺色。
彼女自身の右目と同じ色であり、ヴィヴィオのバリアジャケットのメインカラーだ。
ゆえにこのキャンディは、自分とヴィヴィオの恋の架け橋―――奪われるのは、2人の絆を断ち切られるに等しい。
傍らのティオも思いは同じであり、自分達の仲を応援してくれているはずだ。

「えーっと……『主人か、飼い犬か。相手がどちらを望むのか、それをまず見極めなさい』ってシュテルんは言ってたよなー。
 まあハオーはどう見てもわんこのほうだよね、ねこ連れてるけど。
 うん、間違いないな。いつもは威勢がいいけどいざとなったらヘタレな、臆病で受け身なわんこだ」

一方のレヴィは、鼻をひくつかせて肉食獣じみた五感で目の前の『獲物』の性情を読み取る。
そこに理論や理屈は無いが、だからこそ、その原始的とも呼べる直観は本質を見抜いた。

「例えヴィヴィオさんの母親に等しい人であろうとも、すべて守り通してみせましょう。
 『覇王』ハイディ・E・S・イングヴァルトの名に懸けてッ!!」

「よし、決めたぞ。首輪つけていろんなところを思いっきり可愛がってあげて、ご褒美に水色ゲットだ。
 大丈夫、シュテルんがいろんな道具を持たせてくれたから、アドリブなリクエストにも応えてあげられるからねっ!」

歪みない決意を燃料として、2人の闘志は天井知らずに燃え上がる。
拳を補佐するアスティオンと、大鎌状の魔力刃を形作るバルニフィカスに、一層の魔力が込められた。

※※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※  ※

両者の得意とする間合いは、共にクロスレンジ―――繰り広げられる、技量と体術と精神の限りを尽くした近接戦闘。

「あはは。そこ、胸……とらえたっ!」

「―――くぅッ」

息詰まる拳打と斬撃の均衡が紙一重だけ傾き、アインハルトのバリアジャケットの胸部分がざっくりと斬り裂かれる。
とっさに露出した膨らみを片腕で覆うアインハルト―――その動きを予測し、胸を隠す腕を掴むレヴィ。
しかしその腕をさらにアインハルトの逆腕が掴み返し、そのまま肘を極めてひねりながらレヴィの体を床へと投げ落とす。

「おぉっ? と、と、とぉぅっ!」

「お母様、後でお詫びはいたしますから……今はお覚悟をッ!」

金髪を翻し、魔力での姿勢制御で猫のようにくるりと着地するレヴィ―――その着地点へと向き直り腰を沈めるアインハルト。
必勝にして必殺の構え。
着地直前の無防備なレヴィに振り下ろされるのは、防御すら許さぬ覇王流の象徴たる拳。

「覇王、断・空―――拳ッ! ……なぁ!?」

それが、空を切る―――のみならず、少女そのものを見失う。
アインハルトの視界から、金髪の少女が霞のように消失したのだ。

「にゃっ!」

「ふふふ。君が僕を捉えるなんて、百年とちょっとは早ーいっ! そしてぱんつ取ったぁっ!」

「え……? きゃッ!?」

ティオの誘導に従い視線を向けると、はるか後方にレヴィの姿。
同時に知覚される、下半身の最後の守りの喪失感。
反射的にアインハルトは、切り裂かれた胸を隠しバリアジャケットのミニスカートを抑える。

改めて視界に収めたレヴィのバリアジャケットが、まるで競泳水着のように覆う面積が少なく変容している。
スプライトフォーム。
覇王の拳が振り下ろされる寸前にモードチェンジを行い、フェイトのソニックに匹敵する速度で間合いから離脱。
同時にいかなる手段を用いたのか、アインハルトが身に着けていたバリアジャケットのショーツをも抜き取ったのだ。

「ふ〜ん、水色の縞々……なるほど、こういうのもありかっ。
 いいなぁこれ。今度王様とユーリに頼んで、僕のぱんつもこれにしてもらうよ!」

「返して下さい! っていうかしげしげと眺めないで裏返さないで嗅がないでっ!!
 それは古代ベルカ、オリヴィエとクラウスの時代より伝わる覇王血統の記憶に刻まれた勝負下着!
 今宵は……今宵こそはこの異郷の地でヴィヴィオさんに披露すべきと、私の魂がシャウトしているのですッ!!」

「んー、でもそんなふうに両手で体を隠したままじゃ、僕の速さに追いつけるわけないだろ?
 あきらめてご奉仕されなよ、おもいっきり悦ばせてあげるからさ。
 別に、僕に奉仕されたあとで勝負しにいけばいいわけだし……あ、キャンディはご褒美としてもらうけどね。
 ほらこの白い首輪とか、色的に君にすっごく似合いそうで可愛いじゃないか」

「何度でも宣言しますがこの貞操、捧げるつもりは毛頭ありません。
 首輪を嵌められて屈服するなどと、覇王の名を汚す行為など受け入れられるはずがないッ!!」

無論ヴィヴィオに同じ事を望まれたなら、そんな歴史もプライドも1ミリ秒で投げ捨てる。
多分、歴代の覇王の血統者たちも納得してくれるはずだ。

「ま、君のあとにももっとたくさんの人にご奉仕して、いっぱいご褒美もらわないといけないからね。
 今から全速で勝負決めるよ、ハオー! 
 くらえ、シュテルんに教わった、スプライトよりもっともっと迅く動ける究極のフォームからの必・殺・技―――」

「く……ッ!!」

レヴィがバルニフィカスを構え、アインハルトへと突進した。
スプライトフォームの少女はすでに目で追えぬほど速いが、その体がさらなる魔力光に包まれる。

多くの戦闘経験を蓄積させた覇王血統の記憶が、全力の警鐘を鳴らす。
魔力のポテンシャルそのものが自分を上回るであろう少女の、本気の速度特化による全力攻撃。
たとえ体を隠す不利が無くても、アインハルトには反応すら出来ない可能性が高い。

レヴィのバリアジャケットが換装される。
かろうじて体を覆う程度だった表装が、さらに剥離して完全に素肌を晒す。
パージは胸や腰にまで及び―――薄い両胸の頂点と無毛の股間に、1枚ずつの絆創膏を残すのみの姿となった。

「轟雷爆滅・プラスターフォーム―――十文字斬りィィィッ!!」

全裸どころではない姿となったレヴィは、その迅さを維持したまま派手なアクションでバルニフィカスを振りかぶる。
バルニフィカスもまた、大鎌から大剣形態へと移行―――長く伸びた刀身が超スピードを乗せて斬り下ろされた。

一連の動作には微塵も容赦はなく、認識できないほどの超高速とその加速度を得て振り下ろされる大剣は、確かに必殺だった。
一連の動作には微塵も羞恥心はなく、大股を開いて大回転しながら斬りつけるその姿は、いろいろな意味で破滅的だった。

「……」

避けるには、迅すぎる。
受けるには、重すぎる。
受け流すには、鋭すぎる。

その一撃が今の技量では不可避であると悟った瞬間、走馬灯のように歴代覇王の記憶が蘇り―――ただ、静かに思う。
脱げば脱ぐほどに速くなる。
いかなる歴代の覇王にも、その発想は無かった、と。

※※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※  ※

「にゃにゃっ!!」

「現場、アインハルト・ストラトス所持の該当デバイスより座標確認。捉えました」

「いくよバルディッシュっ!」

<Yes sir.>

裸身の雷神が振るう刃が、アインハルトの体に到達するまさにその瞬間。
振り下ろされるべき超刀は、直前で―――ぴたりと停止した。

「え……!?」

予想外の展開に、事態を飲み込めないアインハルト。
大剣形態のバルニフィカスは金色と赤色のバインドが幾重にも巻き付いて、空間に縫い止められていたのだ。

アースラ艦内で非常警報が発令された際、ティオは『異常事態』に遭遇中であることを即座に司令室へと報告していた。
その後、アインハルトのサポートに徹しながらも、最寄の魔導師であるシュテルとフェイトをこの場へ誘導。
大剣を止めた最後のバインドは、この場への到着が間に合わない2人が、ティオの誘導で遠距離から放ったものだった。

「助かった……んですね、私。ありがとうティオ、汚されずにすみました。
 これからヴィヴィオさんに顔向けできるのも、みんなあなたのおかげです」

「にゃあ」

「あ……」

「にゃ?」

事態の経過をティオの記録で知ったアインハルトは、とりあえずキャンディと貞操を守りきれた安堵に胸をなでおろした。
そして改めて、ここにいるべきもう1人の存在を思い出す。

そういえば、目の前にあるのは、バイントで空間に縛り付けられたデバイスだけだ。
自分を攻撃したはずの少女の姿が見当たらないことに今更ながら気付いたアインハルトは、周囲を見渡した。

「あ、見つけたけど……大丈夫ですかこれ? それになにか髪の色が、青くなって……?」」

アインハルトの視線は、自分の真後ろの壁に向いていた。

振り下ろすべき大剣が予期せず急停止してしまった少女は、それでも高速の突進は止められず―――
アインハルトの脇をすり抜けて通路の壁に顔面から激突し、絆創膏全裸の格好でだらしなく気絶していたのだった。

※※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※   ※※※※※  ※

「確保ーっ! シュテル、映像記録に問題は無いよね? 無かったよね? あったら壊すよ? 物理的な意味でも」

「プラスターフォーム(絆創膏形態)に換装した瞬間に、色彩変調も解けて元の青髪に戻っていますね。
 確保以前にスタッフらが襲われた形跡も無いですし、金髪子悪魔の裸身乱舞が永久保存される事態は避けられたようです。
 ……残念ながら」

アインハルトとレヴィの決着直後に通路になだれ込んだフェイトとシュテルは、まず気絶中のレヴィの身柄を拘束。
ついで誤解で混乱するアインハルトに『痴女じゃないよ! 貞淑だからね? 覚えておいて!』と状況の説明を行い。
そして一番の懸念事項だった、レヴィの行動の映像記録のチェックを終えたのだった。

アインハルトも急ぎの用件があるとかで、事態を把握した直後にはどこかに消えてしまっていた。
去り際の顔は、フェイトがときおり浮かべる、桃色に浮世離れした表情に似ていた。

ちなみにレヴィは裸身をフェイトのマントで包まれたうえで、なぜか近くに落ちていた首輪の鎖でぐるぐる巻きにされている。
ついでだからと、シュテルがポケットからとりだしたボールギャグで口も塞がれていた。

「ねね、シュテル? 今、一瞬目をそらしてサラっとなんか黒いこと言われたと思うんだけど気のせいかな?
 そもそもなんでだよ、この絆創膏っ! 私と同じ体の子にこの格好教え込むのはさすがに悪意ありすぎだと思うんだ。
 罰として、なのはの格好してツインテールになったキミをヌード撮影させてもらってもいいよね?
 あと撮影に必要なことだから、腋とかつま先とかもクンカクンカさせてもらうよ?」

「そもそもソニックフォーム換装の発想自体、露出性癖がないと生まれないものだと思いますけれどね。
 まあ、それはともかく。
 問題のレヴィも回収されたことですし、これ以上の被害も無い様子ですから。
 事態は一応の収束と言うことで、警戒態勢も解かれるようです」

「事態は解決しても、私に対する罪は、償わない限り消えないと思うんだ。
 罰として、なのはの格好してツインテールになったキミをヌード撮影させてもらってもいいよね?
 あと撮影に必要なことだから、この首輪とか口枷とかも使ってハアハアさせてもらうよ?
 大切なことだから何回でも確認するからね?」

「……露出癖、被虐体質、弱者に対する嗜虐性。公僕を目指す者としては性癖に難ありですね。
 世界の壁を隔てる前に、少し矯正して差し上げましょうか。
 大丈夫。『同じ体』で、すでに経験済みですから。
 どうすれば素直になるのかは―――あなた自身よりも、詳しいですよ?」

どこからか取り出した、事件のもうひとつの発端ともいえる某執務官(15歳)の秘蔵教本を学術書のごとく読み上げながら。
『理』の顕現たる少女は、妖艶に微笑んでみせた。


著者:くしき

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