最終更新: nano69_264 2011年12月04日(日) 20:46:41履歴
388 名前:生まれ変わりの日 ◆vyCuygcBYc [sage] 投稿日:2011/06/05(日) 00:36:08 ID:zIntxlfU [2/7]
389 名前:生まれ変わりの日2 ◆vyCuygcBYc [sage] 投稿日:2011/06/05(日) 00:37:16 ID:zIntxlfU [3/7]
390 名前:生まれ変わりの日3 ◆vyCuygcBYc [sage] 投稿日:2011/06/05(日) 00:37:56 ID:zIntxlfU [4/7]
391 名前:生まれ変わりの日4 ◆vyCuygcBYc [sage] 投稿日:2011/06/05(日) 00:39:49 ID:zIntxlfU [5/7]
392 名前:生まれ変わりの日5 ◆vyCuygcBYc [sage] 投稿日:2011/06/05(日) 00:40:25 ID:zIntxlfU [6/7]
八神はやての人生は、概ねに於いて順風満帆である。
22歳の若くして、異例の時空管理局、海上警備部捜査司令の二佐という地位。
SSランクという優れた魔導師の資質。
しかし、はやてにはこれらを誇る気もなければ、立身出世に目を血走らせる気も無い。
大切なのは、友人や家族達との幸せな暮らし。
そして、皆で力と心を合わせて時空世界の平和に貢献するという、崇高な使命。
辛い過去もあった。悲しい過去もあった。しかし、概ねに於いて今の彼女は幸せである。
否。恵まれすぎて、自分がこんな幸せを甘受していていいのかと、不意に恐ろしくなるほどに幸せだ。
過去の――あの日、あの6月4日、闇の書が起動して、はやての騎士達と出合った9歳の誕生日から、まるではやての人生は変わってしまった。
――本当の自分は、まだ車椅子に座って一人で泣いている幼い少女で。
今の自分は、そんな自分が淋しさを紛らわすために思い浮かべた幼稚な空想ではないのか。
そんな下らないことを夢想することすらある。
そんなはやてだが、現在、一つの重大な懸案事項を抱えていた。
……それは、最初はほんの些細な違和感だった。
時折ふと気に留めるだけの、ほんの小さな不安。
しかし、それは恐るべき速度で膨らみ、やがて実体を伴った巨大な恐怖として、はやての生活を圧迫しはじめたのだ。
誰にも告白できない。誰にも知られたくない恐るべき悩み。
心通わせた筈の、家族達にさえ隠し通さなければならない秘密。
それが、じわじわと蛞蝓が這うような緩慢さで、はやてを追い詰めていった。
――どうしてこんなことになってしまったんだろう。
はやては独り頭を抱える。
自分は、こんなはずでは無かったのに。
冷たいシャワーを浴びたはやては、冷め切って青みがかった裸身を姿見に晒す。
そこには自分は――かつての自分と地続きの自分でありながら、過去の自分とは断絶した己の姿が映っていた。
はやては、雫の滴る指で面を覆った。
ああ。こんな筈ではなかったのに。
それは恐怖だった。はやてにとって、身も竦む程の恐怖。
ああ、どうして。
「――つっ……」
はやては、独り短い嗚咽を漏らした。
ああ、どうして、これ程までに――お腹周りの肉がついてしまったのだろう。
こう見えて、はやては相当の食道楽である。
小学生時代から一人で家事をこなしてきたはやての料理の腕は、素人の域に留まらない。
幼少の頃から、美味な食事を作ることは淋しい生活のささやかな慰めであったのだ。
それが、楽しんで食べてくれる家族が増えたとあっては、料理の腕が冴え渡るのは当然の話だ。
ヴィータやリインに乞われるままに美味な洋菓子を作り、3時のおやつとして振舞う毎日。
エクレア、フロマージュ、ロールケーキ、モンブラン――玄人裸足の甘味な洋菓子で、八神家の食卓は埋め尽くされた。
だが、毎日のおやつを家族揃って楽しんでいたのは昔の話だ。
今は八神家の騎士達はそれぞれ適材適所へと配属され、それぞれ多忙な日々を送っている。
昔のように、皆で三時のおやつを囲むのは、一同が会する休日のみだ。
それでも、習慣というものは怖ろしい。
はやては、目まぐるしい職務の休憩時間を縫うようにして、おやつに甘味を作る習慣が抜けきれない。
お菓子に囲まれた食卓は、はやてにとって幸せの象徴のようなものなのだ。
――勿論、単純に口淋しくなって甘いものが欲しくなるのと、厳しい職務のストレス解消に甘味を欲するというはやての個人的な事情もそこには存在する。
忙しい職務の間を縫ってのおやつ作り、ラスクやホットケーキのような簡単なものを作って、リインと二人でお茶をする。
ささやかな戦士の休息である。
問題が一つ。大家族だったせいか、はやてはお菓子を作る時、どうしても多めに作る習慣が抜け切れない。
そこで、余ったお菓子に、一つ、もう一つ、と手を伸ばしてしまう毎日であった。
予感はあったのだ。
こんな生活を続けていたら、太るんじゃないかな〜、という予感が。
しかし、まだまだ若いし、鏡の中の自分はスレンダーな部類でスタイルも悪くない。
若干胸が足りないのが悩みの種であったが、多少食べ過ぎた栄養分はきっと胸にまわるのだろうと楽観視していた。
それが、己の肉体にこんな手酷い裏切りを受けるとは。
バストサイズは変わらずに、腹回りの肉が手で掴める程に増量されている。
ぽっこりとお腹が膨らみ始めている気もする。
このままでは、二段腹、三段腹という過酷な未来が待ち受けているのは明確だ――。
理性的に考えれば、そのリスクは十分にあったのだ。
はやてはSSランクという類稀な高ランク魔導師だが、前線に出て戦うことは滅多にない。
司令官や捜査官としての、指揮が主な任務であり、当然デスクワークがその仕事の大半を占める。
フィジカルトレーニングも魔導師の訓練としての一環だが、はやてはその特殊な立場から、ここ数年、運動する機会が著しく減少していた。
肉体的な戦闘力では、元機動六課のメンバーでもぶっちぎりで最弱である。
六課時代には、キャロぐらいには勝てるだろうと思っていたが、自然保護隊でエリオと日々任務をこなしている現在の彼女には、到底敵う見込みがない。
このままではいけない。
そう思いつつも、日々の惰性に流されて、だらだらとカロリー過剰で運動過少な生活を続けた結果が。
――この有様だった。
女のプライドに賭けて、こんな事情を友人や家族に知られるわけにはいかない。
絶対に、ダイエットに成功してみせる。新しい自分に生まれ変わるのだ!
はやては、固く固く決意した。
●
「ストライクアーツのトレーニング、ですか? はやてさんが?」
高町ヴィヴィオは、その美しい虹彩異色な瞳を真ん丸にして、驚きの声を上げた。
「うん、それやけどね……実はね、なのはちゃん達には秘密にしといて欲しいんや」
はやては、両手を合わせてヴィヴィオに懇願した。
「秘密の特訓なんですね!」
「そ、そうや、秘密の特訓なんや」
「うわあ、凄い、八神二佐って、SSランクの保持者なんですよね! それが、まだ特訓なんてされるんですか!」
「やっぱり、若くして司令官になられるような方は、日々の努力を怠らないんですね!」
ヴィヴィオの友人である、リオとコロナが、尊敬の念に瞳を輝かせてはやてを見上げてくる。
――本当は、運動サボってお菓子食べ過ぎてたんやけどね。
その純真な瞳が、胸に突き刺さるはやてであった。
「それじゃあ、組み手をお願いします!」
「SSランクの魔導師の方の胸を借りることが出来るなんて――光栄です!」
「……え、えーと、わたしはストライクアーツは初心者やから、お手柔らかにしてくれると嬉しいんやけど……」
「はい、お手柔らかにお願いします!」
NOとは言えず、半ば押し切られるように突然の組み手に巻き込まれるようになったはやて。
その当然の帰結として。
「ギブ、ギブ、堪忍、もう堪忍や!!!」
開始数分で、無様にもマットに身を預ける羽目になった。
「八神二佐、もう少しきちんとお手合わせをお願いします!」
「そうですよ! わたしたち、まだまだ素人も同然ですけど――それでも、SSランクの方の、本当の強さが知りたいんです!」
完全にグロッキー状態のはやてであったが、これは自分達に酌量して手を抜いていると信じて疑わない二対の瞳。
「あは、あははは……わたし、ほんとに近接戦闘は弱いんやねんけど……」
「もう、そんなことを言っても騙されませんですよ! さあ、もう一本です!」
絶体絶命のはやてに、絶妙なタイミングで救いの手が差し伸べられた。
「もう、二人とも駄目だよー。はやてさんは大魔法の専門で、本当にクロスレンジは初心者なんだからね〜」
「ヴィヴィオ……」
元六課関係者の内情を知る少女は、無邪気に花の笑顔を咲かせた。
「だから、もう少しはやてさんにも有利なルールでやらなくっちゃ。
……それじゃあはやてさん、次は私とも一本お願いします!」
ヴィヴィオの体が光に包まれ、成人姿の戦闘形態――大人モードへと変化していく。
「あの〜、ヴィヴィオ……?」
「それでは、宜しくお願いしますっ!」
はやての必死の抗戦空しく、引き絞られたヴィヴィオの渾身の右ストレートは、見事はやての鳩尾を打ち抜いた。
●
「……っっ」
日頃慣れぬ運動と、鳩尾に残る鈍痛。
疲労困憊のはやては、ドーナツ一つで胃が裏返りそうな嘔吐感を覚えた。
慣れぬことはするものではない。
やはり、性急な運動は逆に体に毒だ。
運動は手軽に行える範囲に。ぶら下り健康器かビリーズ・ブートキャンプ。
まあ、自分に見合った所で言うなら、バランスボールから始めよう。明日から。
はやては、そう無理やり自分を納得させることにした。
しかし、肉体疲労が極まるとここまで食欲が失せるものなのか。
これでは、デザートの一つも食べられないではないか。
「……あ、そうや」
と、はやては一つの結論に思い至った。
完結ながら、至高の結論だった。
『ダイエットは、まず食事制限から』
運動などは後まわし、まずは脂質と糖分の塊である甘味を制限することこそ、減量への近道ではないだろうか。
それを思えば、今の状況は寧ろ喜ばしいものだと言える。
この調子で食事を減らし、腹部の贅肉と決別を果たすのだ!
はやての決意は固かった。
基本的に、はやては根気強く意志の固い性質である。
きっぱりと毎日の食事を10calの単位で制限し、間食や甘味を控え、無論のこと菓子を自作することも無くなった。
そんな生活を続けて一週間、二週間。一ヶ月。二ヶ月。
「あの〜、はやてちゃん、最近、疲れてませんですか?」
「ん? 全然平気やで? いつも通り、元気、元気! や」
はやては、やや青褪めた顔で、リインに気丈なガッツポーズを作って見せた。
ようやく、ほんの少しだが、腹部の贅肉が薄くなったような気がしはじめた所だ。
はやてにとっては、今が踏ん張り時だ。
「でも、最近のはやてちゃん、時々凄く辛そうな顔してるですよ?
おやつを作ってくれることもなくなっちゃったですし……。
あんまり、お仕事無理しちゃ駄目ですよ?」
「大丈夫やで、リイン。なーんも心配することあらへんで!」
そう言うはやての言葉は、どこか弱弱しい。
昼過ぎになると、息抜きに間食を作っていた時間でも根を詰めて仕事をしているし、そういう時に限って眉根を寄せている。
時には、やや苛ついたように椅子を揺すっていたり、ペンでコツコツを机を叩いていたりもする。
どう見ても、ストレスが溜まっているとしか思えない挙措の数々に、リインは不安を隠せなかった。
「あの、はやてちゃん、シュークリーム買ってきたですよ。一緒に食べませんか?」
びくり、と一瞬はやての表情が引き攣った。
一瞬だけ、ぬらりと腕をリインに向けて伸ばしたはやてだったが、痙攣する腕を必死に押さえ込み、首を横に振った。
「ええよ、リイン一人で食べ」
「ほんとに、いいんですか」
「ええんよ。今日はそんな気分やないんや」
そう言いながらも、リインがシュークリームを食べる様子をちらちらと横目で眺めるはやては、どうしようも無く辛そうだった。
リインは、味のしないシュークリームを齧りながら、只管にはやての身を案じる。
いつまで、こんな生活を続ける気なのだろうか。
ふと、壁のカレンダーがリインの目に留まった。
――あ!
ふふ、みんなにも声をかけて、はやてちゃんを元気づけてあげるです!
リインははやての背中に、優しげな微笑を送った。
●
「はあ……、お腹空いてもうたなあ……」
とぼとぼとした足取りで家へと辿りついたはやては、明かりの燈っていない我が家を見て、まだ誰も帰りついていないことに気づいた。
皆忙しいのか、そう早い時間でもないというのに、自分が一番のりのようだ。
ふらつく足取りで、暗いリビングの電灯のスイッチを入れ――。
「はやてちゃん、お誕生日おめでとう!!!!」
リビングに息を殺して身を潜めていた元機動六課の面々と、雷鳴のように響き渡るクラッカーに迎えられた。
ぽかん、とした顔ではやてはリビングを見回す。
なのは、フェイト、八神家の面々、スバル、ギンガ、エリオにキャロにロングアーチのメンバーまで。
日頃から数多くの来客が訪れる八神家のリビングはキングサイズに設えられていたが、それでも手狭に感じる程の人数だ。
幾つもの机が並び、その上には七面鳥を始めとした数多くの絢爛な料理がずらりと並び、その中央には――。
『はやてちゃん、23歳おめでとう』
とデコレーションされた巨大なケーキが、齢の数の蝋燭をその身に抱いて鎮座していた。
あまりの光景に、はやてはただ唖然とするばかりである。
ふと、はやてはリビングの端のカレンダーに視線を走らせ、本日の日付に花丸がついていることに気づいた。
「せやったな、今日はわたしの誕生日やったんや……」
今更のように呟いた。
圧迫されて、徐々に余裕を失っていく日々の中で、はやては自分の誕生日さえ失念していたのだ。
「さあさあ、はやてちゃん、早く座って下さいですう」
リインがはやての頭にかっぽりと三角帽の載せ、ケーキの正面の椅子へと押し込むように座らせた。
「じゃあみんな、はやてちゃんのお誕生日を祝って――乾杯!!!」
なのはの音頭に合せて、乾杯が唱和される。
「ハッピバースディトゥーユー♪、ハッピィバースディトゥーユー♪、ハッピバースディ、ディアはやてちゃ〜ん――」
輪唱されるお誕生日ソング。まるで、小学生頃のお誕生日会そのままの誕生日だ。
だが、それを馬鹿にするような無粋な輩はこの場には居ない。皆笑顔で純粋に会を楽しみ、はやての誕生日を祝っている。
万雷の拍手と共にケーキの蝋燭を吹き消し、ここに至ってはやては、自分がこんなにも皆に誕生日を祝われていることを肌身で実感した。
「ありがとな……ありがとな、みんな」
ダイエットを始めてからの、干乾びていくように職務に追われていく日々。
そんな折のサプライズの誕生日パーティー。皆の好意があまりにも暖か過ぎて、はやては、思わず涙ぐんだ。
「もう、はやてちゃんは頑張りすぎなんですよう。今日は自分のお誕生日ということも忘れてたんじゃないですか?」
その通りだ。自分の誕生日さえ忘れて、ダイエットと、空腹を紛らわすための職務へと没頭していた。
リインははやての頭を優しく撫でた。――少し前までは、はやてがリインの頭を撫でる側だったのに。
「今日ぐらいは体を休めて、美味しいものをいっぱい食べて、思いっきり楽しんで下さいね!」
そっとコップを握らせて、とくとくと香りも鮮やかなオレンジジュースを注ぐ。
――ジュース!
はやてにとって、ジュースを飲むなど久方ぶりの事だった。
カロリーを気にしだしてから、糖分の入った飲料は一切摂らず、コーヒーも全てブラックで済ませてきたのだ。
そんなはやてに、結露で濡れたオレンジジュースのコップは抗し難い誘惑を放っていた。
(ほんま、ほんまありがたい、キンキンに冷えとるやないかっ……)
いくらダイエット中とは言え、こんな状況で杯を断るのは無粋の極み。
そんなこと、はやては重々に承知してある。
禁を破る大義名分が、ここに完成したのである。
はやてはオレンジジュースに口をつけ、一気に嚥下した。
(……涙が出るっ! 犯罪的や、旨すぎやっ……っ!
染み込んでくる、体にっ――)
「喉が乾いてたんですね。はい、どうぞ、はやてちゃん――」
すかさずリインがはやてのコップにジュースを注ぎ足す。
それでも、はやての理性は未だ危険信号を発していた。
このままでは危ない。このままのペースで食べてしまえば今までの辛抱が灰燼と帰す。
「さあ、お料理もどうぞ」
「あ、ああ、いただきますや……」
はやては七面鳥に視線を泳がせ、ケーキを一瞥して生唾を飲むと、サラダを少しだけ皿にとった。
リインは、純真な笑顔ではやてに微笑んだ。
「へたですねえ、はやてちゃんは」
「え……」
「欲望の開放のさせかたが下手っぴなんですよ、はやてちゃんは。
自分のお誕生日なのに、まだ固くなってるじゃないですか。
はやてちゃん、本当に欲しいのは、こっち――。
このほかほかの七面鳥と、ケーキを思いっきり食べたい……でしょう?
小出しは駄目なんですよ。遊ぶときはちゃんと遊んだ方がいいんです。
それでこそ次の励みになるんですよ。違いますか?
はやてちゃんは毎日頑張ってますけど、今日は思いっきり遊んで、明日からまた頑張りましょうよ……」
いつに無いリインの饒舌にはやては何度も頷いた。
それから先は――決壊。
ウエディングケーキのような巨大なケーキをザクザクと貪り、油を滴らせるターキーに舌鼓を打つ。
結局、はやてはこの日、狸のように腹が膨れて立てなくなるほどの暴飲暴食に没頭した。
●
後日。
午後三時、はやての小腹が可愛らしく音を立てた。
「ん……」
先日の酒池肉林の記憶が鮮明に蘇り、はやては喉を鳴らした。
「はやてちゃーん、今、下に移動販売の美味しいケーキ屋さんが来てるんですよう!」
その言葉に、はやての心は大きく揺れた。
しかし、あの誕生日の後体重を量って悲鳴を上げた忌まわしき記憶が警鐘を鳴らす。
それでも……。
それでもっ――。
「それはええな! リイン、一緒に食べ行こか!」
「はいですっ!」
甘味への期待へ胸を高まらせながら、はやては胸中で一人ごちた。
明日から。また明日から頑張ればええんや、と。
著者:アルカディア ◆vyCuygcBYc
389 名前:生まれ変わりの日2 ◆vyCuygcBYc [sage] 投稿日:2011/06/05(日) 00:37:16 ID:zIntxlfU [3/7]
390 名前:生まれ変わりの日3 ◆vyCuygcBYc [sage] 投稿日:2011/06/05(日) 00:37:56 ID:zIntxlfU [4/7]
391 名前:生まれ変わりの日4 ◆vyCuygcBYc [sage] 投稿日:2011/06/05(日) 00:39:49 ID:zIntxlfU [5/7]
392 名前:生まれ変わりの日5 ◆vyCuygcBYc [sage] 投稿日:2011/06/05(日) 00:40:25 ID:zIntxlfU [6/7]
八神はやての人生は、概ねに於いて順風満帆である。
22歳の若くして、異例の時空管理局、海上警備部捜査司令の二佐という地位。
SSランクという優れた魔導師の資質。
しかし、はやてにはこれらを誇る気もなければ、立身出世に目を血走らせる気も無い。
大切なのは、友人や家族達との幸せな暮らし。
そして、皆で力と心を合わせて時空世界の平和に貢献するという、崇高な使命。
辛い過去もあった。悲しい過去もあった。しかし、概ねに於いて今の彼女は幸せである。
否。恵まれすぎて、自分がこんな幸せを甘受していていいのかと、不意に恐ろしくなるほどに幸せだ。
過去の――あの日、あの6月4日、闇の書が起動して、はやての騎士達と出合った9歳の誕生日から、まるではやての人生は変わってしまった。
――本当の自分は、まだ車椅子に座って一人で泣いている幼い少女で。
今の自分は、そんな自分が淋しさを紛らわすために思い浮かべた幼稚な空想ではないのか。
そんな下らないことを夢想することすらある。
そんなはやてだが、現在、一つの重大な懸案事項を抱えていた。
……それは、最初はほんの些細な違和感だった。
時折ふと気に留めるだけの、ほんの小さな不安。
しかし、それは恐るべき速度で膨らみ、やがて実体を伴った巨大な恐怖として、はやての生活を圧迫しはじめたのだ。
誰にも告白できない。誰にも知られたくない恐るべき悩み。
心通わせた筈の、家族達にさえ隠し通さなければならない秘密。
それが、じわじわと蛞蝓が這うような緩慢さで、はやてを追い詰めていった。
――どうしてこんなことになってしまったんだろう。
はやては独り頭を抱える。
自分は、こんなはずでは無かったのに。
冷たいシャワーを浴びたはやては、冷め切って青みがかった裸身を姿見に晒す。
そこには自分は――かつての自分と地続きの自分でありながら、過去の自分とは断絶した己の姿が映っていた。
はやては、雫の滴る指で面を覆った。
ああ。こんな筈ではなかったのに。
それは恐怖だった。はやてにとって、身も竦む程の恐怖。
ああ、どうして。
「――つっ……」
はやては、独り短い嗚咽を漏らした。
ああ、どうして、これ程までに――お腹周りの肉がついてしまったのだろう。
こう見えて、はやては相当の食道楽である。
小学生時代から一人で家事をこなしてきたはやての料理の腕は、素人の域に留まらない。
幼少の頃から、美味な食事を作ることは淋しい生活のささやかな慰めであったのだ。
それが、楽しんで食べてくれる家族が増えたとあっては、料理の腕が冴え渡るのは当然の話だ。
ヴィータやリインに乞われるままに美味な洋菓子を作り、3時のおやつとして振舞う毎日。
エクレア、フロマージュ、ロールケーキ、モンブラン――玄人裸足の甘味な洋菓子で、八神家の食卓は埋め尽くされた。
だが、毎日のおやつを家族揃って楽しんでいたのは昔の話だ。
今は八神家の騎士達はそれぞれ適材適所へと配属され、それぞれ多忙な日々を送っている。
昔のように、皆で三時のおやつを囲むのは、一同が会する休日のみだ。
それでも、習慣というものは怖ろしい。
はやては、目まぐるしい職務の休憩時間を縫うようにして、おやつに甘味を作る習慣が抜けきれない。
お菓子に囲まれた食卓は、はやてにとって幸せの象徴のようなものなのだ。
――勿論、単純に口淋しくなって甘いものが欲しくなるのと、厳しい職務のストレス解消に甘味を欲するというはやての個人的な事情もそこには存在する。
忙しい職務の間を縫ってのおやつ作り、ラスクやホットケーキのような簡単なものを作って、リインと二人でお茶をする。
ささやかな戦士の休息である。
問題が一つ。大家族だったせいか、はやてはお菓子を作る時、どうしても多めに作る習慣が抜け切れない。
そこで、余ったお菓子に、一つ、もう一つ、と手を伸ばしてしまう毎日であった。
予感はあったのだ。
こんな生活を続けていたら、太るんじゃないかな〜、という予感が。
しかし、まだまだ若いし、鏡の中の自分はスレンダーな部類でスタイルも悪くない。
若干胸が足りないのが悩みの種であったが、多少食べ過ぎた栄養分はきっと胸にまわるのだろうと楽観視していた。
それが、己の肉体にこんな手酷い裏切りを受けるとは。
バストサイズは変わらずに、腹回りの肉が手で掴める程に増量されている。
ぽっこりとお腹が膨らみ始めている気もする。
このままでは、二段腹、三段腹という過酷な未来が待ち受けているのは明確だ――。
理性的に考えれば、そのリスクは十分にあったのだ。
はやてはSSランクという類稀な高ランク魔導師だが、前線に出て戦うことは滅多にない。
司令官や捜査官としての、指揮が主な任務であり、当然デスクワークがその仕事の大半を占める。
フィジカルトレーニングも魔導師の訓練としての一環だが、はやてはその特殊な立場から、ここ数年、運動する機会が著しく減少していた。
肉体的な戦闘力では、元機動六課のメンバーでもぶっちぎりで最弱である。
六課時代には、キャロぐらいには勝てるだろうと思っていたが、自然保護隊でエリオと日々任務をこなしている現在の彼女には、到底敵う見込みがない。
このままではいけない。
そう思いつつも、日々の惰性に流されて、だらだらとカロリー過剰で運動過少な生活を続けた結果が。
――この有様だった。
女のプライドに賭けて、こんな事情を友人や家族に知られるわけにはいかない。
絶対に、ダイエットに成功してみせる。新しい自分に生まれ変わるのだ!
はやては、固く固く決意した。
●
「ストライクアーツのトレーニング、ですか? はやてさんが?」
高町ヴィヴィオは、その美しい虹彩異色な瞳を真ん丸にして、驚きの声を上げた。
「うん、それやけどね……実はね、なのはちゃん達には秘密にしといて欲しいんや」
はやては、両手を合わせてヴィヴィオに懇願した。
「秘密の特訓なんですね!」
「そ、そうや、秘密の特訓なんや」
「うわあ、凄い、八神二佐って、SSランクの保持者なんですよね! それが、まだ特訓なんてされるんですか!」
「やっぱり、若くして司令官になられるような方は、日々の努力を怠らないんですね!」
ヴィヴィオの友人である、リオとコロナが、尊敬の念に瞳を輝かせてはやてを見上げてくる。
――本当は、運動サボってお菓子食べ過ぎてたんやけどね。
その純真な瞳が、胸に突き刺さるはやてであった。
「それじゃあ、組み手をお願いします!」
「SSランクの魔導師の方の胸を借りることが出来るなんて――光栄です!」
「……え、えーと、わたしはストライクアーツは初心者やから、お手柔らかにしてくれると嬉しいんやけど……」
「はい、お手柔らかにお願いします!」
NOとは言えず、半ば押し切られるように突然の組み手に巻き込まれるようになったはやて。
その当然の帰結として。
「ギブ、ギブ、堪忍、もう堪忍や!!!」
開始数分で、無様にもマットに身を預ける羽目になった。
「八神二佐、もう少しきちんとお手合わせをお願いします!」
「そうですよ! わたしたち、まだまだ素人も同然ですけど――それでも、SSランクの方の、本当の強さが知りたいんです!」
完全にグロッキー状態のはやてであったが、これは自分達に酌量して手を抜いていると信じて疑わない二対の瞳。
「あは、あははは……わたし、ほんとに近接戦闘は弱いんやねんけど……」
「もう、そんなことを言っても騙されませんですよ! さあ、もう一本です!」
絶体絶命のはやてに、絶妙なタイミングで救いの手が差し伸べられた。
「もう、二人とも駄目だよー。はやてさんは大魔法の専門で、本当にクロスレンジは初心者なんだからね〜」
「ヴィヴィオ……」
元六課関係者の内情を知る少女は、無邪気に花の笑顔を咲かせた。
「だから、もう少しはやてさんにも有利なルールでやらなくっちゃ。
……それじゃあはやてさん、次は私とも一本お願いします!」
ヴィヴィオの体が光に包まれ、成人姿の戦闘形態――大人モードへと変化していく。
「あの〜、ヴィヴィオ……?」
「それでは、宜しくお願いしますっ!」
はやての必死の抗戦空しく、引き絞られたヴィヴィオの渾身の右ストレートは、見事はやての鳩尾を打ち抜いた。
●
「……っっ」
日頃慣れぬ運動と、鳩尾に残る鈍痛。
疲労困憊のはやては、ドーナツ一つで胃が裏返りそうな嘔吐感を覚えた。
慣れぬことはするものではない。
やはり、性急な運動は逆に体に毒だ。
運動は手軽に行える範囲に。ぶら下り健康器かビリーズ・ブートキャンプ。
まあ、自分に見合った所で言うなら、バランスボールから始めよう。明日から。
はやては、そう無理やり自分を納得させることにした。
しかし、肉体疲労が極まるとここまで食欲が失せるものなのか。
これでは、デザートの一つも食べられないではないか。
「……あ、そうや」
と、はやては一つの結論に思い至った。
完結ながら、至高の結論だった。
『ダイエットは、まず食事制限から』
運動などは後まわし、まずは脂質と糖分の塊である甘味を制限することこそ、減量への近道ではないだろうか。
それを思えば、今の状況は寧ろ喜ばしいものだと言える。
この調子で食事を減らし、腹部の贅肉と決別を果たすのだ!
はやての決意は固かった。
基本的に、はやては根気強く意志の固い性質である。
きっぱりと毎日の食事を10calの単位で制限し、間食や甘味を控え、無論のこと菓子を自作することも無くなった。
そんな生活を続けて一週間、二週間。一ヶ月。二ヶ月。
「あの〜、はやてちゃん、最近、疲れてませんですか?」
「ん? 全然平気やで? いつも通り、元気、元気! や」
はやては、やや青褪めた顔で、リインに気丈なガッツポーズを作って見せた。
ようやく、ほんの少しだが、腹部の贅肉が薄くなったような気がしはじめた所だ。
はやてにとっては、今が踏ん張り時だ。
「でも、最近のはやてちゃん、時々凄く辛そうな顔してるですよ?
おやつを作ってくれることもなくなっちゃったですし……。
あんまり、お仕事無理しちゃ駄目ですよ?」
「大丈夫やで、リイン。なーんも心配することあらへんで!」
そう言うはやての言葉は、どこか弱弱しい。
昼過ぎになると、息抜きに間食を作っていた時間でも根を詰めて仕事をしているし、そういう時に限って眉根を寄せている。
時には、やや苛ついたように椅子を揺すっていたり、ペンでコツコツを机を叩いていたりもする。
どう見ても、ストレスが溜まっているとしか思えない挙措の数々に、リインは不安を隠せなかった。
「あの、はやてちゃん、シュークリーム買ってきたですよ。一緒に食べませんか?」
びくり、と一瞬はやての表情が引き攣った。
一瞬だけ、ぬらりと腕をリインに向けて伸ばしたはやてだったが、痙攣する腕を必死に押さえ込み、首を横に振った。
「ええよ、リイン一人で食べ」
「ほんとに、いいんですか」
「ええんよ。今日はそんな気分やないんや」
そう言いながらも、リインがシュークリームを食べる様子をちらちらと横目で眺めるはやては、どうしようも無く辛そうだった。
リインは、味のしないシュークリームを齧りながら、只管にはやての身を案じる。
いつまで、こんな生活を続ける気なのだろうか。
ふと、壁のカレンダーがリインの目に留まった。
――あ!
ふふ、みんなにも声をかけて、はやてちゃんを元気づけてあげるです!
リインははやての背中に、優しげな微笑を送った。
●
「はあ……、お腹空いてもうたなあ……」
とぼとぼとした足取りで家へと辿りついたはやては、明かりの燈っていない我が家を見て、まだ誰も帰りついていないことに気づいた。
皆忙しいのか、そう早い時間でもないというのに、自分が一番のりのようだ。
ふらつく足取りで、暗いリビングの電灯のスイッチを入れ――。
「はやてちゃん、お誕生日おめでとう!!!!」
リビングに息を殺して身を潜めていた元機動六課の面々と、雷鳴のように響き渡るクラッカーに迎えられた。
ぽかん、とした顔ではやてはリビングを見回す。
なのは、フェイト、八神家の面々、スバル、ギンガ、エリオにキャロにロングアーチのメンバーまで。
日頃から数多くの来客が訪れる八神家のリビングはキングサイズに設えられていたが、それでも手狭に感じる程の人数だ。
幾つもの机が並び、その上には七面鳥を始めとした数多くの絢爛な料理がずらりと並び、その中央には――。
『はやてちゃん、23歳おめでとう』
とデコレーションされた巨大なケーキが、齢の数の蝋燭をその身に抱いて鎮座していた。
あまりの光景に、はやてはただ唖然とするばかりである。
ふと、はやてはリビングの端のカレンダーに視線を走らせ、本日の日付に花丸がついていることに気づいた。
「せやったな、今日はわたしの誕生日やったんや……」
今更のように呟いた。
圧迫されて、徐々に余裕を失っていく日々の中で、はやては自分の誕生日さえ失念していたのだ。
「さあさあ、はやてちゃん、早く座って下さいですう」
リインがはやての頭にかっぽりと三角帽の載せ、ケーキの正面の椅子へと押し込むように座らせた。
「じゃあみんな、はやてちゃんのお誕生日を祝って――乾杯!!!」
なのはの音頭に合せて、乾杯が唱和される。
「ハッピバースディトゥーユー♪、ハッピィバースディトゥーユー♪、ハッピバースディ、ディアはやてちゃ〜ん――」
輪唱されるお誕生日ソング。まるで、小学生頃のお誕生日会そのままの誕生日だ。
だが、それを馬鹿にするような無粋な輩はこの場には居ない。皆笑顔で純粋に会を楽しみ、はやての誕生日を祝っている。
万雷の拍手と共にケーキの蝋燭を吹き消し、ここに至ってはやては、自分がこんなにも皆に誕生日を祝われていることを肌身で実感した。
「ありがとな……ありがとな、みんな」
ダイエットを始めてからの、干乾びていくように職務に追われていく日々。
そんな折のサプライズの誕生日パーティー。皆の好意があまりにも暖か過ぎて、はやては、思わず涙ぐんだ。
「もう、はやてちゃんは頑張りすぎなんですよう。今日は自分のお誕生日ということも忘れてたんじゃないですか?」
その通りだ。自分の誕生日さえ忘れて、ダイエットと、空腹を紛らわすための職務へと没頭していた。
リインははやての頭を優しく撫でた。――少し前までは、はやてがリインの頭を撫でる側だったのに。
「今日ぐらいは体を休めて、美味しいものをいっぱい食べて、思いっきり楽しんで下さいね!」
そっとコップを握らせて、とくとくと香りも鮮やかなオレンジジュースを注ぐ。
――ジュース!
はやてにとって、ジュースを飲むなど久方ぶりの事だった。
カロリーを気にしだしてから、糖分の入った飲料は一切摂らず、コーヒーも全てブラックで済ませてきたのだ。
そんなはやてに、結露で濡れたオレンジジュースのコップは抗し難い誘惑を放っていた。
(ほんま、ほんまありがたい、キンキンに冷えとるやないかっ……)
いくらダイエット中とは言え、こんな状況で杯を断るのは無粋の極み。
そんなこと、はやては重々に承知してある。
禁を破る大義名分が、ここに完成したのである。
はやてはオレンジジュースに口をつけ、一気に嚥下した。
(……涙が出るっ! 犯罪的や、旨すぎやっ……っ!
染み込んでくる、体にっ――)
「喉が乾いてたんですね。はい、どうぞ、はやてちゃん――」
すかさずリインがはやてのコップにジュースを注ぎ足す。
それでも、はやての理性は未だ危険信号を発していた。
このままでは危ない。このままのペースで食べてしまえば今までの辛抱が灰燼と帰す。
「さあ、お料理もどうぞ」
「あ、ああ、いただきますや……」
はやては七面鳥に視線を泳がせ、ケーキを一瞥して生唾を飲むと、サラダを少しだけ皿にとった。
リインは、純真な笑顔ではやてに微笑んだ。
「へたですねえ、はやてちゃんは」
「え……」
「欲望の開放のさせかたが下手っぴなんですよ、はやてちゃんは。
自分のお誕生日なのに、まだ固くなってるじゃないですか。
はやてちゃん、本当に欲しいのは、こっち――。
このほかほかの七面鳥と、ケーキを思いっきり食べたい……でしょう?
小出しは駄目なんですよ。遊ぶときはちゃんと遊んだ方がいいんです。
それでこそ次の励みになるんですよ。違いますか?
はやてちゃんは毎日頑張ってますけど、今日は思いっきり遊んで、明日からまた頑張りましょうよ……」
いつに無いリインの饒舌にはやては何度も頷いた。
それから先は――決壊。
ウエディングケーキのような巨大なケーキをザクザクと貪り、油を滴らせるターキーに舌鼓を打つ。
結局、はやてはこの日、狸のように腹が膨れて立てなくなるほどの暴飲暴食に没頭した。
●
後日。
午後三時、はやての小腹が可愛らしく音を立てた。
「ん……」
先日の酒池肉林の記憶が鮮明に蘇り、はやては喉を鳴らした。
「はやてちゃーん、今、下に移動販売の美味しいケーキ屋さんが来てるんですよう!」
その言葉に、はやての心は大きく揺れた。
しかし、あの誕生日の後体重を量って悲鳴を上げた忌まわしき記憶が警鐘を鳴らす。
それでも……。
それでもっ――。
「それはええな! リイン、一緒に食べ行こか!」
「はいですっ!」
甘味への期待へ胸を高まらせながら、はやては胸中で一人ごちた。
明日から。また明日から頑張ればええんや、と。
著者:アルカディア ◆vyCuygcBYc
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