987 名前:二人の天使のロマネスク 1/3 [sage] 投稿日:2010/03/11(木) 21:23:35 ID:6MDpjjQ6
988 名前:二人の天使のロマネスク 2/3 [sage] 投稿日:2010/03/11(木) 21:24:16 ID:6MDpjjQ6
989 名前:二人の天使のロマネスク 3/3 [sage] 投稿日:2010/03/11(木) 21:24:52 ID:6MDpjjQ6

雪降る春先の商店街を、一人の少女と一人の女性が行く。
仲良く手を繋いでいる様子は姉妹のようにも見え、ちょっと年が離れているだけの、何年来もの大親友にも見えた。
「雪、降ってきちゃいましたね」
「そうですね……」
予報は大外れ。コートを着ていない人々は、足早に家路を急ぐ。
二人もまた、上着は控えめだった。吹き荒び始めた風に、少女はぶるりと震えた。
それぞれの手には、買い物袋。さぁ次の店へ、という時に生憎の雪である。
大きな白牡丹が景色をあっという間に白く染め、足元までも濡らしていった。
屋根のない、大きく空が開かれた商店街。晴れの日は気持ちいいけれど、こんな日ばかりはちょっと辛い。
「スバル、どこかで休憩するというのはどうでしょうか」
「そうしましょうか、イクス……あ、あそこに喫茶店がありますよ!」
少女の提案に、スバルと呼ばれた女性が答える。
風の中、スバルはドアを開ける。ぶわりと中へ吸い込まれるように入っていくと、
そこには幾人かの先客と、マスターにウェイトレスがいた。
「いらっしゃいませー! お二人様ですか?」
「あ、はい」
彼女はスバルをまじまじと見て、イクスヴェリアに目を移す。
首を捻る若いウェイトレスは、二人の関係について考えているようだった。
「えーっと、妹さん?」

途端にイクスヴェリアはムスッとして、スバルの腕を掴んだ。
そっと抱き寄せて、ぴしゃりと言ってのけた。
「私の、未来の奥さんです」
「ええ、まあ、そういう訳なんです」
スバルも笑い交じりに同意すると、若いウェイトレスは目をぱちくりさせた。
でも、その後すぐに満面の笑みになって、二人を案内した。
「素敵ですね、そうやって信頼しあえる仲って。ちょっと羨ましいな」
軽くウィンクして、彼女は二人を眺めのいいテーブルに案内した。
降り続けている雪も、今は窓の向こう。見上げれば、砂糖菓子が落ちてくるみたいで、すごく美味しそうだ。
「あたしはアイスセット、ホットコーヒーで。あ、クリームとミルクも」
「私はレモンティー、ホットでお願いします」
よくまぁこんな寒いのに、とスバルを見ると、ルンルン気分で足を振っていた。
よっぽどアイスが好きなんだろう。
「イクスも食べますか?」
「あ、いえ……では、一口だけ」
注文を伝えられたマスターは、寡黙にコーヒー豆へと手を伸ばして、丁寧に作り始めた。
紅茶の葉を蒸らしているのを横目で見ながら、イクスヴェリアはスバルの顔に目をやった。
「ん? あたしの顔に何かついてますか?」
ふるふると首を横に振ると、イクスヴェリアは黙り込んだ。
少女は窓の外へと目を移し、物憂げな表情になる。
「知っていますか、スバル? 天使は『一位、二位──』と数えるんですよ……」
イクスヴェリアはぼそりと言って、また口を閉ざした。

スバルも、釣られて空を見上げた。
大粒の雪が速いスピードで落ちてくる。それは確かに、天使が急いで地上へと降りてくるようにも見えた。
店内では、パッヘルベルのカノンが格調高く流れている。
目を落としてみれば、テーブルも椅子もマホガニーの木で組まれている。
木目が見える、艶消しの茶色。指でなぞってみると、サラサラな心地よさが指先を震わせた。
落ち着いた灯りと音楽の下で、心地良い沈黙を味わっていた二人。
「お待たせしましたー」
二人の飲み物と、スバルのアイスが来た。
イクスヴェリアはカップを鼻に近づけ、ゆっくりと息を吸い込む。
レモンの爽やかな酸味の中に、ストロベリーのような甘い香り。
最後にちょっとだけ、ローズマリーを思わせる、目の覚めるような刺激的な香りがやってきた。
「どうですか? 当店だけのブレンドですよ」
「ええ。優しくて、でも強い香り。ふふっ、スバルみたいな匂いですね」
一口飲んでみる。やや低くされた熱湯でじわりと染み出した香りが鼻をくすぐって抜けていく。
飲み口はさっぱりとしていて、レモンティーならではの酸っぱさが舌に残った。
ただそれも嫌味な酸っぱさではなく、紅茶の味を引き立ててくれる、穏やかな酸味。
破顔したイクスヴェリアはスバルに向かって微笑み、また一口飲む。
当のスバルは『色気より食い気』を地で行く飲みっぷりに食べっぷりだったが、むしろそれがスバルらしい。
ウェイトレスが去った後も、のんびりと紅茶を飲みながら、スバルの美味しそうにアイスを頬張る顔を眺めていた。
三色のアイスを綺麗に半分食べて、物凄く寂しそうな表情を浮かべると、スプーンで一匙すくってイクスヴェリアに差し出した。
「一口食べるんですよね? はい、あーん」
少女時代に戻ったかのような、無邪気な笑顔になって、スバルはニコニコしている。
イクスヴェリアは急に恥ずかしさがこみ上げてきて、ぷいとそっぽを向いた。
「じ、自分で食べられます!」
「いいじゃないですか、たまには。ほら、あーん」
尚もスプーンを突き出すスバルとの戦いに根負けしたイクスヴェリア。
一口だけですよ、と念を押して、スプーンを口に入れる。
この味はバニラだ。濃厚な甘みが舌を洗い流してしまいそうだ──と思ったのは途中まで。
口の中で溶けたアイスはさっきまで飲んでいた紅茶とちょうどよく混じりあい、まろやかな甘味へと姿を変えた。
「もしかして、ここまで計算して……?」
一度心を落ち着かせて、カップを手に取る。紅茶が舌に触れた瞬間だけで、イクスヴェリアは理解した。
最初から、アイスを食べることまで念頭に入れられていたのだ。
舌を巻いて、マスターの方を見る。彼は無言を貫いていたが、仕事を果たした職人の顔になっていた。
甘酸っぱい紅茶の味は、まるでイクスヴェリアの気持ちとおんなじだった。
その後は、凄く恥ずかしいのを差っぴいて、スバルからアイスを貰った。
冷たいけれど、どこか温かい。こんなに美味しい冬の氷菓は、生まれて初めてだった。

***

「すみません、払わせてしまって」
「いえいえ、そのうちイクスが奢ってくれればそれでいいですよ。そのうち、ね?」
「そうですか? ありがとうございます」
喫茶店を出る頃には、もう雪は止んでいた。
雲間から顔を出した夕陽に向かって教会へと足を進めると、そこには何の偶然か、買い物に出ていたディードとオットーがいた。
「いつも、イクスヴェリア陛下をありがとうございます」
オットーが恭しく一礼すると、スバルはかぶりを振った。
二人でデートしてただけで──と、そこでバカでかい墓穴を掘った。
「ははぁ。セイン姉様からいくつか聞いてはいましたが、やはり……」
そしてオットーはしゃがみ込み、イクスヴェリアに耳打ちする。
その内容は、隠すつもりもないのかスバルにばっちり聞こえていた。
「それで、式はいつになさいますか」
「そうですね、折角ですからベルカの祝日に──」
「ってちょっと待ってー!?」
「待ちません」

スバルは素っ頓狂な声を上げたが、イクスヴェリアの答えは冷たかった。
さっきのアイスより、まだ冷える。
「イクス様との婚姻を拒むようでしたら、ミッドとベルカの政治問題にも発展しかねませんが……」
「ちょっ、ディードさんまでなんてことを!?」
早くも、圧倒的な敗北が見え始めていた。
いや、むしろ勝利と呼ぶべきなのか? 分からない、分からない。
「スバルさん、全ては既定事項なのですよ?」
「そういうことです、スバル」
少女らしくはにかんだイクスヴェリア。でも、瞳の奥にあるものは深すぎて見えない。
スバルは顔をひきつらせながらも、精一杯の反論をした。
「せめて、イクスが大人になるまで……」
そこまで言って、イクスヴェリアの口調が変わった。

「──ぷぷっ」
「え?」
イクスヴェリアが忍び笑いを漏らした。と、いうことは、つまり。
……ハメられた?
「流石に冗談ですよ。イクス様にはまだ早すぎます」
ディードがクスクス笑いながら井戸端会議の主婦みたいなジェスチャーをした。
オットーに到っては笑いを堪えるのに苦しそうだ。
「み・な・さ・ん! イクス!」
「ははっ。冗談ですよ、スバル!」
「あ、こらまてっ、待ちなさい、イクスー!!」

夕陽を背に胸に、追いかけっこを始めた二人。
後々、聖王教会の双子が懐述するに、それは二位の天使が踊っているように見えたという。


著者:Foolish Form ◆UEcU7qAhfM

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