402 :名無しさん@ピンキー:2007/03/24(土) 00:23:57 ID:6MJWwknI
7.
「何者だいっ」
そう時雨丸にむかって叫ぶ般若面のくの一。
「時雨丸……おまえらの悪逆非道を許さぬ者…。天に代わって誅してやる……」
ただ、それだけを言って時雨丸は刀を構えなおす。
「アヒャヒャヒャッ、時雨丸とやら。おおかた藩お抱えの忍といったところだろうが舐めた口を聞くじゃないか。
 今まで、私の仲間を殺ったのはどうせ闇討ちか不意打ちってなところだろうに。
 よーくみてごらん。ここにゃあ私をいれてまだ十一人いるんだ。勝ち目なんてりゃしないよ」
嘲るように般若面のくの一は時雨丸を挑発する。手下のくの一たちも隙なく刀をこちらにむけていた。
「やってみなければわからんだろう……」
時雨丸は動揺を微塵もみせずに答える。
「フフフッ、えらい自信だねぇっ。気に入ったよ。どうだいっ時雨丸。
 どいつの命令か知らないが、こんなつまらない争いなんて止めにしてさ。私たちの仲間にならないかい。
 おまえは腕も確かなようだし、歓迎するよ。金も財宝も……望むんだったら私たちを抱いてもいい……」
「…………」
驚いたのは狐面のくの一たちである。いっせいに般若面のくの一に顔をむける。
仲間を殺した敵を引き込もうとする頭領の言葉が信じられなかったのだ。
般若面のくの一はそんなことは意に介さず、時雨丸の沈黙を迷いとみたのかなおも篭絡しようと言葉を続ける。
「……どうせ雀の涙みたいな禄で働かされてるんだろう。何も迷うこたぁないよ。たった一度の人生楽しもうじゃないか。
 そこらへんの夜鷹なんかより私たちの方がはるかに極楽みせてあげられるよ。
 くの一の房中術のスゴさは知ってるだろ。剣術よりもそっちが得意ってのも大勢いるんだ、飽きさせないよぉ」
そういいながら般若面のくの一は豊満な肉体をくねらせ、その細い指を白い肌につたわせる。
なんとも艶かしい姿であるが、もし彼女のそばに人がいたなら、その指遣いがあまりに複雑であることに気付いたかもしれない。
それは、肉体を誇示するだけとはとても思えない……まるで何かを操っているかのような動きであった。
時雨丸も彼女との距離があまりにありすぎて、そのことに気付かない。
「外道を抱こうと思うほど女に飢えてはおらん。そんなに男が欲しければ地獄の鬼にでもたっぷり責めてもらえ……」
彼の返答はもちろん否であった。普通の人間ならば震え上がるほどの冷たい声で時雨丸は彼女たちに言い放つ。


403 :名無しさん@ピンキー:2007/03/24(土) 00:31:10 ID:6MJWwknI
「あら残念っ。無理は身体に毒よ。私たちを本当は抱きしめたくてタマらないんだろう。
 ひょっとしたら女を殺すことに興奮するタチかしら……しかし、まぁどうやら、交渉は決裂のようだねぇ……
 いいわ、たっぷり時間も稼げたことだしお手並み拝見といこうじゃないか」
その声と同時に先ほど時雨丸が盾にしたくの一に深々と突き刺さっていたはずの奇妙な武器―鬼輪刃―が動き……
時雨丸に襲い掛かった。とっさのことで避けることが精一杯である。
鬼輪刃はなおも奇妙な軌道を描き、反応の遅れた時雨丸が持つ刀を短い刃の間に引っ掛けて絡めとった。
時雨丸の手から離れた刀は彼とくの一たちの中間に落ち、鬼輪刃はどういった仕掛けなのか般若面のくの一の手に収まった。
「フフフアハハハハッ、驚いたかい。私との話に夢中になってたのがおまえの敗因だよっ。
 やっぱり、私の誘いにグラッときちまったんだろう。さぁ、おまえたちっ、今だよ殺っちまいな」
「面妖な技を使う。さすがに雑魚とは違うというわけか……」
時雨丸は少し驚いたものの、動揺した様子はみせない。
そんな彼に刀を振り上げたくの一たちが襲い掛からんとしていた。
先頭を走るくの一との距離が二間ほどになった瞬間、彼女のつけていた狐面が真っ二つに割れた。
「あぎゃっ」
短い叫びとともに露わになった彼女の額には苦無が刺し込まれていた。
いかにも陰険そうな顔をさらに醜悪に歪ませながら絶命するくの一。
しかし、時雨丸に迫らんとしていたその勢いは止まらず、大きく股を広げ滑り込むような形で彼の足元に転がりこむ。
時雨丸は倒れているくの一の股間を思い切り踏みつけると同時に、
なおも神速の投擲術をもって苦無を二本、同時に斬りかかろうとしていた二人のくの一にそれぞれ投げつける。
「げぅっ」
「キャァァッ」
狙いすましたかのように、一本の苦無はくの一の首筋を貫いた。勢いあまってもんどりうって倒れこむくの一。
即死ではないが、致命傷となる一撃は彼女の動きを止めるには十分であった。
ただ、もう一本の苦無は、とっさにくの一が身体をひねったため、わき腹を突き刺すだけにとどまった。
訓練された忍であればその程度の痛みなどは無視して、時雨丸に避けきれぬ一撃を与えていただろう。
けれど、このくの一はそうではなかった。刀を地面に落とすと、わき腹を手でかばいながら叫びのたうちまわっている。
「痛いっ、痛いよー……ひぃ、ひぃっ誰か誰か抜いて、これ抜いてぇぇっ」
覚悟もない寄せ集めのくの一集団であることを露呈するかのような態度をみせるくの一に、
頭領である般若面のくの一は苦虫をつぶす思いであったが、そんな醜態をさらすくの一の命はやはり長くはなかった。
逃げようともせずにわめき散らしている彼女に引導をわたすべく時雨丸は近づくと、
彼女の願いを叶えるかのごとく、わき腹に刺さった苦無を引き抜き、今度は豊かな乳房の隙間から心臓を一突きにした。
「あっ、あっ、イヤァっ、死ぬのイヤァァァッッ」
暴れるくの一。その弾みで胴衣からこぼれ落ちた乳房がユッサユッサと揺れ、かぶっていた狐の面がポトリと落ちる。
そこには熟れた肉体には不似合いな幼い可愛らしい顔を涙や鼻水でグシャグシャにした少女がいた。
「あきらめろ……」
そう、彼女に聞こえるかのような小さな声で時雨丸はつぶやくと、
一瞬にして三人もの仲間が殺られ呆気にとられている他のくの一たちを尻目に、
まるで逃げるかのように彼女たちに背を向けて走り出した。
「やだよぉ……」
そうか細い声を出すと、幼顔のくの一は胸に刺さった苦無を両手で握りしめつつ、
膝を折った状態で崩れ落ちると、そのまま黄泉路へと旅立った。涙の雫がポトリと落ちて地面を濡らす。

それが金縛りを解く合図であったかのように、動きを止めてしまっていたくの一たちがやっと追走を開始した。



404 :名無しさん@ピンキー:2007/03/24(土) 00:37:00 ID:6MJWwknI
しかし、時雨丸の姿は屋敷の角を曲がった瞬間、かき消えるように見えなくなった。
「ど、どこに行ったの」
豊かな二つの乳房をブルンブルンッと卑猥に揺らしながらも先行していたくの一は、
身体を火照らせながら少し荒い息遣いのままにそうつぶやき、キョロキョロと辺りを見回す。
その動きを真上から冷静に見下ろしている男がいた。時雨丸である。
曲がった瞬間に蔵の横に植わっていた大木へと飛び移っていたのである。一瞬の早業であった。
狐面のくの一がまさかと思いながらも視線を上にむけたのとほぼ同時に、時雨丸は音もなく彼女の背後に降り立っていた。
時雨丸の両腕がくの一の脇の下を通り、ガシっと自分の身体に密着させるように彼女を羽交い絞めにした。
女の体臭が時雨丸の鼻腔をくすぐり、柔らかく暖かな肉体の感触が全身に伝わる。
「ちょっ、離しなさいよっ」
そういいながらもがいているくの一の頭を時雨丸の両手が固定し――力任せにひねった。
グキリッという鈍い音を響かせながら、首が半回転する。
「ひぎゃっ、何、何なのよ。何で後ろにいたおまえがあたいの眼の前にいるのっ」
首に強烈な痛みを感じながらも、そうかすれた声で叫ぶくの一。時雨丸は何も答えずに彼女を解放した。
「最初からそうすればいいのよ。さぁっ観念しなさいって……え、なんであたいのお乳が、自慢のお乳がなくなってる」
哀れなまでに彼女は今の自分の状況を理解していなかった。
今、彼女の眼が捉えているのは鏡でしかみることのできないはずの背中である。乳房などついているはずはない。
「なんで、前に進んでいるのにおまえが離れていくのっ。おかしい、あたいおかしいよ」
手には力も入らなくなっているのか、持っていた刀を落とし、ヨタヨタと前に前にと歩いていく。
尿意を肉体が制御できなくなったのか、白い褌を黄色い小水で濡らし、
チョロチョロと吸収できなくなった尿が地面にこぼれ落ちていく。
狐面で見えぬ彼女の顔は気が動転し今にも泣きそうになっていた。
時雨丸もくの一の声色からそれが読み取れた。そしてあきらめろとでもいうかのように、首を横に静かに振る。
「えっ、嘘、こんなの嘘。信じない、あたいは信じないよっ」それが彼女の最期の言葉であった。
自らの肉体にもたらされた非情なる現実を認識した瞬間、くの一は操り人形の糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちた。

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