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「おはよう、目は覚めて?」

 見慣れない天井、知らない寝心地の床。そして傍らには美女が座り込んでいた。溶けてしまいたいと思える蜂蜜色の金髪、吸い込まれそうなルビー色の瞳、不自然なほど蒼白い肌、その全てに魅了されてしまった

「今日は気分がいいから説明してあげる。貴方は私に血を吸われて眷属になったの、これで私の言うことには逆らえない光栄でしょ?」

 眷属?わけがわからない

「実際にやってみた方が早いわね」

 その美女は立ち上がり近くの椅子に座るとこちらを見据えて口を開く

『跪いて足にキスしなさい』

 その言葉が聞こえた瞬間、なんとしてもそれをしなくてはならない衝動に駆られた。跳ねるように起き上がり跪いてその蒼白く美しい足を手に取る。それは氷のように冷たかった。軽く口づけをした

「これでわかったかしら?貴方はもう私の言うことには逆らえない。解放されたかったら私の血を奪って飲んでみなさい?まあムリだと思うけど」

 美女はこちらを見下ろしながら続ける

「私は吸血鬼、ヴァンパイア・フロイライン。ご主人様かフロイライン様と呼びなさい。貴方は顔も悪くないし血も美味しかったから従順にしていれば可愛がってあげるわよ」

 フロイライン様はにこりと微笑んだ。月明かりに照らされた彼女はまるで宝石のようで

「好きです」

 思わず言葉が溢れてしまった

「は?」

 呆れたような表情を見せるフロイライン様。その顔も美しい

「そうやって油断を誘うつもり?それとも死にたくないからおべっかでも言ってるの?」

「いいえ、違います。一目惚れしました。貴女みたいな美しい人と出会えて、尽くせるなんて幸せです」

「……貴方頭おかしいんじゃないの」

 冷ややかな目を向けてくるフロイライン様

「まあ変に反抗されるよりかはマシかしら。よろしくね眷属さん。その血を奪い尽くすまで遊んであげるわ」

 それからフロイライン様の眷属としての生活が始まったのだった



 それからは毎日フロイライン様の身の回りのお世話、三色の食事の血液の提供をして過ごした

「貴方、よく働くし気が利くし血は美味しいし……悪くないわね。すぐに奪い尽くさないで良かったわ」

「俺も愛するフロイライン様に尽くせて光栄ですよ!」

「後はそのことあるごとに愛とか言うのがなければいいのだけれどね」

 フロイライン様は少し困ったような顔で笑う

「止めた方がよろしいですか?」

「……そうとは言ってないでしょ。好きにしなさい」

「わかりました!フロイライン様、愛しています!」

「ほんと、おかしいんだから」

 そんな風にフロイライン様と楽しく過ごしていた



 今日も今日とてフロイライン様のために働く……何故だろう、視界が歪む。身体に力が入らない、でも、フロイライン様のために働かなけけれ……ば……

「うぅ……」

 ダメだ、身体を支えきれずにその場に倒れこむ

「ちょっと!大丈夫なの!?」

 フロイライン様が駆け寄ってきてくれた。ああ、ご主人様を心配させるなんて眷属失格だ

 「申し訳ありません。フロイライン様……命令、してください。『休んでないで働け』ってそうすれば動けますから」

「なに言ってるのよ!今日は休みなさい!」

 フロイライン様はこちらの身体を持ち上げてベッドまで連れていってくれた



 眷属の命が今にも消えようとしている

「どうすればいいの、どうすればいいの、どうすればいいの」

 私は焦っていた。眷属は今ベッドで眠っている、呼吸は弱く、体温は私達吸血鬼のようにあたたかさを失いつつあった

「私みたいに吸血鬼にする?だめ、今の弱った眷属だと耐えられない。でも看病だなんてやったことないわ、どうすればいいの!」

 多少弱っても血を吸えば回復する吸血鬼と違って人間はそう簡単には治らない。こうしている間にも眷属は弱っていっている

「なによお……騒がしいわね」

 声を聞き付けたのか部屋にヴァンプが気だるそうに入ってきた。私をこんな吸血鬼に変えた憎たらしい女。でも今はそんなこと言ってられない

「あら、最近フロイラインが拾ってきた人間、血を吸いすぎよ。今にも死にそうね」

 ヴァンプはどうでもよさそうに告げる

「ヴァンプ、お願い。この人を助けて」

 私はプライドも憎しみも投げ捨ててヴァンプに頼み込む。ヴァンプは信じられないと言った顔で告げる

 「なに言ってるのアンタ。人間なんて食料に過ぎないんだから。吸い終わったのなら次の獲物を探せばいいでしょ?わざわざ看病して生き返らせるなんて非効率よ」

 やっぱりこんな女なんかに頼むんじゃなかった

「それよりもさ、なかなか美味しそうじゃない。最後に残った分貰っても……」

「この人に触らないで!私の眷属よ!」

 ヴァンプを睨み付けて殺気を放つ

「あらあら、こわいこわい」

 ヴァンプはバカにしたような態度で離れながら部屋から出ていこうとする

「……まだ人間だったころの心が残ってるのね。そんなのさっさと捨てなさい」

「こんなバケモノにしたのはアンタのくせに!」

「そうだったかしら?まあどうでもいいわ」

 ヴァンプはヒラヒラと手を振るとどこかに行ってしまった。やっぱりあの女、後で殺す

「うっ……ごほっごほっ」

「気がついたの!?」

 彼は苦しそうな咳をした。思わず駆け寄る

「フロイ……ライン……様。申し訳、ありま……せん」

「ばか!謝らなくていいの!」

「フロイライン様、先程のおはなし、聞こえてましたよ……俺はもう……」

「だめ!だめだめだめ!勝手に死ぬなんて許さない!」

 彼の手を取る。まるで私みたいに蒼白く、冷たくなっていてその命を終えようとしていた

「いいんです……フロイライン様に尽くせて幸せ、でしたから……今日のお食事まだ……でしたよね……どうぞ、俺から渡せるのは最後になってしまうかもしれませんけど……」

 彼は最後の命を、血を私に差し出そうとしてくる

「だめ、だめよ……お願い……」

 『死なないで、私の側で生きていて……』

 私は彼に命令をする

「……ごめんなさい、フロイライン……様。命令守れない……か……も……」

 彼はゆっくりと目を閉じる

「うそ、だめ!だめよ!そんな……」

 思わず彼を抱き締める……弱く、消えそうだけれどまだ心臓は動いていた

「まだ助けられるわ……思い出すのよフロイライン。こんなところで死なせはしないわ」

 人間だったころ、医学書を読んだことがある。なんとかその内容を必死に思い出す

「……そうよ!血を失ったのなら輸血すればいいの!」

 私はなんとか思い出した

「でも輸血出来るような新鮮な血液なんてここにはない……」

 適当に人間を捕まえてくる?いいえ、それで間に合わなかったらどうするの?

 それなら他のヴァンパイアから血を分けて貰う?それもだめ、きっとさっきのヴァンプみたいに話が通じない

「……そうよ。ここにあるじゃない」

 私は自分の胸に手を当てる。冷たい身体をあたためてくれる彼から貰った血。それを今彼に返すときだ

「でも、そうしたら……」

 そうしたら血の契約は切れて彼は私の眷属では無くなってしまう。それでも、それでも私の心は決まっていた

 爪で自分の唇を切りつける。彼の僅かにあたたかさの残る顔を両手で掴む

「お願い、目を覚まして……」

 私は口づけをして血を流し込んだ







 ゆっくりと目を開ける

「ここ……は?」

 俺はフロイライン様に全てを渡して死んだはず。それならここは天国だろうか

「すぅ……すぅ……」

 いいや、違うようだ。なぜなら隣にはどんな天使よりも美しいフロイライン様が眠っていたからだ

 その目は腫れていて頬を大粒の涙が伝っていた。思わず指でなぞる

「んっ……」

 どうやら起こしてしまったようだ

「おはようございます、フロイライン様」

「……ああ……ああ!目を、覚ましたのね!よかったあ」

 フロイライン様はこちらに抱きついてくる。ベッドから落ちないように優しく支えるように抱き締め返した

「えっと……俺は倒れてそれから……」

 朦朧とした意識で、最後の食事を渡そうとしたはず……

「死にそうだったから私の血をあげて生き返らせたのよ。感謝しなさい」

 フロイライン様は離れてこちらの顔を見ながらいつもの調子で告げる

「俺なんかのために……ありがとうございます。あれ?血を飲ませてくれたんですか……?」

 それってつまり

「そう、気づいた?もう貴方は私の眷属じゃないの。命令に従わなくてもいい。もう貴方を眷属にするつもりもないわ。貴方の血を吸って殺しかけたバケモノなんて大嫌いでしょ?逃げ出してくれて構わないわよ」

 フロイライン様は少し悲しげに、しかしこちらをしっかりと見つめて告げる。それなら俺が紡ぐ返事は一つだ

「……わかりました」

「ええ、それじゃあさよならね……」

「俺を眷属じゃなくてもお側に置いてください!」

「……貴方と過ごした時間、悪くなかった……は?」

 フロイライン様は呆気にとられた表情を見せてくれる。ああ、普段は見せてくれない表情も素敵です

「えっと、ここにいる必要もないのよ?わかってる?」

「わかってます、ですから俺の意思でここにいたいんです。だめですか?」

「だ、だめじゃないけど……なんでなのよ」

 フロイライン様はその蒼白い肌をほんのり赤く染めてもじもじとしている

「それはもちろん、フロイライン様のことが好きだからですよ。愛してます」

「……貴方、本気なのね」

「最初からずっと本気でしたよ!」

「呆れた、おべっかだとずっと思ってたわ」

「全部本心ですよ!」

「……ほんと、おかしいんだから」

 フロイライン様は困ったような嬉しそうな微笑みを向けてくれた

「ねえ、聞いて?私も貴方のこと、好きよ。愛してるわ」

「……………………はい?」

 理解が出来なかった

「貴方を失いかけてわかったの。どうしても貴方に死んで欲しくないって、これってつまり好きってことよね。うん、好き。貴方のことが好きよ」

「え、その、あの、え?」

「なによ、自分は好き好き言っておいて言われるのはイヤなわけ?」

「そういうわけでは……え?でも、いいんですか?」

「いいから言ってるのよ、だからこれはご主人様から眷属への命令じゃなくてフロイラインから貴方へのお願い。私の恋人になりなさい」

「わ、わかりました!」

「ふふっ……これからよろしくね、ダーリン♥️」

 フロイライン様は嬉しそうに微笑む

「後はもう一つお願いがあるのだけれどいいかしら?」

「はい!どうぞ!」

「恋人になったんだから様はやめて。フロイラインでいいわ」

「わかりました、フロイライン……様」

「わかってないじゃないの!」

 フロイライン様はぷんすかと怒る。怒った顔も美しいですよ!

「まあいいわ、これから慣れていけばいいのよ」

「が、がんばります」

 こうして元眷属の俺はフロイライン……様の恋人になったのだった

 

おしまい







おまけ

「いい天気ね、ダーリン」

「そうですね、綺麗でいい満月です」

 ヴァンパイア達の住むお屋敷の庭を二人で散歩していると……

「あら、フロイライン」

「……ヴァンプ」

 ヴァンプ様とばったり出くわした。フロイライン様がこちらにひそひそと話しかけてくる

「いい?人間を恋人にしたなんてヴァンプに知られたら絶対バカにされるから眷属の振りをするのよ?わかった?」

「わ、わかりました」

「二人でこそこそないしょ話?私の悪口かしら?」

「そうだったら直接ぶつけてるわよ」

 フロイライン様とヴァンプ様はにらみ会う。しばしの沈黙の後ヴァンプ様はこちらに目を向けてくる

「あら、その眷属。回復させたのね」

「アンタの手なんか借りなくても私にかかればね」

「あら、そう。まあいいわ。それよりもどう?私の眷属に乗り換えない?貴方美味しそうだしわがままなフロイラインよりも甘く蕩けさせて幸せな最期を与えてあげるけど?」

 ヴァンプ様はこちらに手を伸ばしてくる。その手をフロイライン様が払いのける

「そうやってまた私から奪うつもりか!ダーリンは私のものなのよ!」

「へえ……【ダーリン】ねえ?」

「……はっ!今のは言い間違えたのよ!私の眷属!眷属だから!」

 そう言いながらもこちらに腕を組んで渡すまいと威嚇するフロイライン様。可愛い

「まあ好きにしなさい。もうつまみ食いしようとしたりしないわ」

 ヴァンプ様はすっかり興味を無くしたようだった

「……ほどほどにしておきなさいよね。しんどくなるのはこっち側なのだから」

「アンタの話なんか聞くつもりなんてないわ!」

 フロイライン様はべーっと舌を出して挑発する。ああ、はしたないですよ、そんなところも可愛いですが

「私の優しさが伝わらないのねえ……まあいいわ、人間。フロイラインのわがままに耐えられなくなったらいつでも浮気しに来てくれていいからね♥️」

 そう言うとヴァンプ様は大きな羽を広げてどこかに飛んでいってしまった

「もう二度と帰って来なくていいわよ!!!!」

 フロイライン様は飛んでいくヴァンプ様に怒りをぶつけている。と思えばこちらを振り向いた

 「ダーリンは!あんな女に浮気なんてしないわよね!?」

「もちろんですよ、俺はフロイライン様一筋ですから」

 この気持ちは本心だ

「……そうよね!そうよね!それならよかったわ!」

 上機嫌に戻ったフロイライン様と腕を組んでお屋敷に戻ったのだった



おしまい

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