「電子教科書」「デジタル教科書」等のメディアを活用した教育図書に対して,様々な批判を試みます。

デジタル教科書めぐる議論、急加速/学校でのICT活用へ官民の動き進む

出典

『NSK経営リポート '10夏』日本新聞協会 →リンク

執筆者

林向達

本文


 総務相が示した「原口ビジョン」がどこまで電子書籍の盛り上がりを予感したのかは定かではないが、そこに記された「デジタル教科書を小中校全生徒に配備(2015年)」の文言は関係者に驚きを持って迎えられた。翌月iPadが発表されてから、電子教科書/デジタル教科書への関心は急激な高まりを見せていく。一体何が起こったのか。
 09年夏の政権交代は、教育の情報化の動きに劇的な変化をもたらすこととなった。補正予算執行の中断、行政刷新会議の「事業仕分け」による「学校ICT活用推進事業」廃止判定。結果的に文部科学省予算案から学校ICT関連の項目が消えてしまった。
 その当時、文科省にとって情報化の大きな目玉は「電子黒板」であった。多くの教科書出版社が開発していたデジタル教科書も、教師が使用して電子黒板に映すことを前提としたものがほとんどであった。個々の児童・生徒に配布されている教科書を置き換えることは考えられていなかったのである。
 デジタル教科書には、電子黒板などの大画面に表示するための教師向け「提示用」と、個々人が手元で参照する学習者向け「教材用」とに分けられる。
 その用途によって付加すべき機能も変わってくる。提示用であれば、授業の進行に合わせて画面を部分的に隠したり見せたりする「カーテン」のような機能を搭載しなければならない。教材用であれば、学習者が練習問題を解くようなドリル機能や授業で気づいたことを記録するノート機能のようなものが必要だ。
 内容更新が可能であるのも、デジタル教科書の特徴である。しかし、そうなると教科書としてとらえることは難しくなる。現行法上、教科書として配布するには検定を受けなければならない。だとすれば、デジタル教科書とは補助教材なのだろうか。その場合、学校に使用義務はなく、各地の教育委員会が承認するかどうかに委ねられ、導入に地域差が生じる恐れがある。デジタル教科書の普及には、教科書検定制度との関係を見直すという難しい問題が立ちはだかる。
総務省主導に転換、民間の動きも活発化
 e-Japan戦略が始まって10年近くの時間がたちながら、国民に直接届くような変化がもたらされていない。こうした状況に、ITやコンテンツ関連の審議会等で議論を積み重ねてきた人々も業を煮やしていた。やがて09年末の「原口ビジョン」以降、学校ICT整備は国のICT政策の中へと再統合され、主導権は総務省に移っていく。つまり、これまでとは主戦場もプレーヤーも変わったのである。
 活発に動いていたのは、各省庁の様々な審議会で委員を務めている中村伊知哉慶大教授であった。もともとコンテンツをどうはぐくみ流通させるかに強い関心を持つ中村氏は、教育分野のIT活用についても多く発言している。デジタル機器の環境は当たり前という学校教育の構想が古くから中村氏の念頭にあったと思われる。こうした考えに同調する有識者も多い。たとえば、慶應幼稚舎舎長を務めたこともある金子郁容慶大教授、過去に金子氏と教育に関する共著も出したことのある鈴木寛文科副大臣、そしてブロードバンドを教育に活かすことを熱心に説き続ける孫正義ソフトバンク代表取締役社長らがいる。また,世界中で子どものPC利活用促進に取り組み続けているマイクロソフトも目指すところは同じだ。
 中村氏がデジタル教科書普及のための協議会設立計画を練っている一方で、国民へのデジタル教科書の喧伝役は孫正義氏が担っていく。iPadやiPhoneを日本で取り扱い、話題のツイッターやUSTREAMにも影響力を持つ企業のトップとして、孫氏の注目度は最高潮に達している。そこで「光の道」構想を唱え、すべての人々が情報革命で豊かになる未来像を語り続けた。教育に関しては「ダム一本分の初期投資さえ惜しまなければ、その後は現在の教科書予算と同額で、すべての小中学生に無償でデジタル教科書を配布し続けられる」と主張。実現可能性を訴えた。
 総務省主導とはいえ、文科省との連携を前提としなければ学校への対応は前には進まない。鈴木寛副大臣のもとで「学校教育の情報化に関する懇談会」が4月からスタートし、文科省側から出す「教育の情報化ビジョン」を策定することが求められた。委員には中村氏も名を連ね、企業ヒアリングの場では孫氏も出席して発言している。
 一方、総務省側でも同懇談会の委員を含めた教育研究者を招集し、「ICTを利活用した協働教育推進のための研究会」を設置、協調姿勢をとる。
 教科書出版社で作られている社団法人教科書協会は、いまのところデジタル教科書に関して対外的な公式見解を発表していない。しかし、マルチメディアの可能性については、従前より関心を示し模索してきたことは事実である。特に視覚障害者用の「拡大教科書」といったニーズに応える方法としてデジタル教科書は可能性を秘めているといえる。
 中村氏らの「デジタル教科書教材協議会」が7月に設立総会を開いた。国際的に遅れている日本の情報化を憂うのではなく、民間の機動力を活かして、最先端の情報環境を日本の学校に整えることを目指すという。
 しかし、日本の学校は、伝統的な制度基盤における教師の努力によって支えられてきた。そして世界共通認識として、教師の専門性向上が教育の質を向上させる最も有効な手段であるとされている。
 その観点からすれば、デジタル教科書だけでなく、どのような教育リソースにしても、まずは教師の教育活動に資する形で浸透させていかなくてはならない。周りから教育を支える者にその意識がなければ、鍵がかかって使えないコンピューター教室や、故障したまま放置される理科実験道具、破れたまま直せない本を飾る図書室の仲間が一つ増えることになる。

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

編集にはIDが必要です