ペルシア叙事詩
『王書』などに登場するペルシア神代における三代目の王。
フーシャングの息子、ジャムシードの父であり、ペルシアを30年間統治した。
ゾロアスター教最大の悪神アンラ・マンユすら使役したという悪魔縛りの王として知られる。
タフムーラスの治世の時代、ペルシアは多くの悪魔や悪神によって災禍に見舞われていた。
そこで、タフムーラスはシーダースプという大臣の助言を受け、魔術によってアンラ・マンユを己の乗り物として従えた。
アンラ・マンユに乗って世界を一周したタフムーラスだったが、帰ってみると悪魔たちが反旗を翻していた。
天と地を覆うほどの悪魔たちの魔術と暴力に対して戦いを起こしたタフムーラスは、その三分の二を魔術で縛り、残りの三分の一を鎚矛で打ち倒した。
悪魔たちはタフムーラスの下僕となることを誓い、助命の代償として三十の言語の書き方をタフムーラスに教えたという。
タフムーラスは文化英雄としての面もあり、羊毛を紡ぐ技術を開発し、野獣を家畜とし、鶏を飼いならし、犬や鷹を狩に使えるように訓練したという。
…………というのは、ジャムシードの治世末期からアジ・ダハーカの君臨という未曾有の混乱を経て多くの歴史と伝承が失われた後に、歴史家などによって再構成されたタフムーラス像である。
まず、タフムーラスは女王であった。
もっとも、ごく一部の重臣を除けば、男の王ということで周知されていたが。
前王フーシャングが女児しか遺さず、当時の価値観でいえば女は支配者に相応しくはなかったのだ。
そして、タフムーラスは神代の王とは思えないほど魔術の才能が欠如していた。
秘められた魔力量自体は膨大であったが、魔術回路の異常から、行使できるのは自身の肉体に対する強化魔術程度だった。
王となったばかりの少女の苦悩はいかほどであったか。
なにより神代の王に求められたのは、優れた魔術によって国の平穏を守ることだったがゆえに。
代わりとなるものを求めて、政の傍らタフムーラスは肉体と技を磨いた。
しかし、その程度の研鑽では悪魔の暴虐が横行する時代においては無力だった。
ある時、悪の跋扈を見かねてか、善なる神からタフムーラスへと悪魔を縛る力を持つ輝く鎖が下された。
その力は絶大であった。
魔力を込めるだけで恐ろしい悪魔を容易に縛ることができた。
鎖を行使するのに必要な魔力量は多大であったが、規格外の魔力量を有するタフムーラスはにとっては問題とならなかった。
やがて、タフムーラスは悪神アンラ・マンユすらその鎖で縛り上げた。
これは生贄の羊となった罪のない青年ではない、真正の神霊である。
偉業を成し遂げた王の凱旋を迎える民の歓声と笑顔を目にしながらも、タフムーラスの心は曇ったままだった。
偉大なる神が下された神宝とはいえ、自分は借り物の力で賞賛を受けているのではないか。
仮にこの鎖が失われたならば、自分にこの国を治め続けることはできるのか。
愛しい妃と共寝をしている間でも、その苦悩は心の裡から消えることはなかった。
しばらくして、タフムーラスはより一層己を鍛え、鎖無しでも王たるに相応しい実力を得るために、アングラ・マインユに乗って旅へ出た。
世界を一周するように駆け行く中で、タフムーラスは多くの闘いを繰り広げ、肉体と技を磨き上げた。
やがて国へと戻ったタフムーラスが目にしたのは、反旗を翻し暴れまわる悪魔たちだった。
それを目にしたタフムーラスは、黙って両の手足に鎖を巻きつけると、悪魔たちを鎖で縛り、あるいは鎚矛のような強烈な打撃によって撃ち殺していった。
そして彼女は、
悪魔縛りのタフムーラスとして名を轟かせるようになった。
魔術によって悪魔を縛るという誤解とともに。
なお、妃との間には子供がいる。
それがジャムシードである。
養子をとったわけではなく、魔術で一物を生やしたわけではない。
打ち倒した悪魔たちから、多数の言語だけではなく女同士で子供を作る業も授けられていたのだ(悪魔たちは異常な性行為を好むと言われる)。
タフムーラスがそれを他者に伝えなかったこともあり、その業は失われている。