- エリザベス1世:嘗ての主君
1581年、弱冠20歳で庶民院議員として政界に進出して仕えた、最初の主君。
当時既に48歳と、当時の平均年齢を考えれば人生の半ばを超えた頃に差し掛かっていながらも、未だ「夢見る少女」としての片鱗を見せる彼女を、間近で見てきた。
しかし、ベーコンにとって、彼女は、良くも悪くも「理想」という名の誤謬に支えられた女王であり、そうでありながらも君主として偉大な人物であった。
長らく傍に仕えて得た観察の経験から、その奥底に押し秘められた何かがあったことは理解しているが、その内実まで完全に理解しきることは竟ぞできなかった。
サーヴァントとしての現界後、彼女の得た姿を見、そしてその振る舞いを観察すれば、彼女が本来どのような人物であるか、その全てを今度こそ見抜くことだろう。
そうなった時、ベーコンが彼女に対して何を為すのか。それは、誰にも分からない。
「理想とは一種の幻想であり、私の著作から引用するならば、それは種族のイドラを除く三つのイドラが組み合わさったようなものだ」
「女王陛下に対する誤謬が、治世に良い形で作用したのは違いあるまいよ。しかし、最早陛下は死した身、王位を退かれた身だ」
「それなら――――この私が。誰よりも
理想を嫌い打ち砕くこの私が、嘗て仕えたよすがを辿り、陛下に一つ指導して差し上げるのも悪くなかろうな?」
- フランシス・ウォルシンガム:庇護者
財政基盤を始めとし、あらゆる面で政治家となる為に必要な地盤が欠けていたベーコンの政界活動を、諜報への協力と引き換えに支援した後援者。
彼女の死去に伴って国務長官としての彼女の権限が別の人間に移行した後も、彼女の築き上げた諜報網はベーコンが継承し、これを再編して保持するなど、その関係性は浅からぬものであった。
二回りほども年上の先達、且つ女王としてのエリザベス1世からの信頼厚き彼女の支援なくして、ベーコンは決して政界で活躍することができなかっただろう。
一方で、女王への忠誠心厚い彼女からは、飽くまでも自身の目的を前提とするベーコンの臣下としての態度はあまり気に入られなかった模様。
目的の為なら金など惜しまず全て突っ込んでしまうなど、幾つかの点では非常に似通ってはいるのだが、性格面ではそうでもなかったということか。
「国王秘書長官閣下に於かれましては、ご機嫌麗しゅう。生前は大変、そう、大変お世話になりました」
「何だ? 流石に私も恩知らずではない。彼女の後援と、受け継いだ諜報網なくして、私は栄達しなかった。それに対する感謝は無論あるとも」
「しかし、彼女も遂には女王陛下への誤謬を捨てることが出来なかった人間だったか。今度こそ、その忠節が報われればよいのだがな」
- エセックス伯 ロバート・デヴァルー:支援者、そして裏切った相手
その武勲と振る舞いにより民衆から熱烈に支持された、エリザベス女王の若き「恋人」とも揶揄されるほど寵愛を受けた男性。
しかし、彼自身は女王の寵愛を決して快くは思っておらず、されどその内心を察して、常に彼女の恋愛遊戯に従った。
斯くも陛下の覚え目出度き人物であるから、昇進を望むベーコンが彼に取り入ろうとしたのは、当然の帰結であった。
ウォルシンガムを義父(義母)とする彼は、その派閥を受け継いでおり、其処に再建した諜報網を持っていけば、彼にベーコンが取り入ることは容易だった。
その後議会での失言により失脚してもなおベーコンの後ろ盾と成り続けた彼に対し、ベーコンもまた彼から受けた恩義に報いる為に協力した。
だが、エセックス伯に対する女王の寵愛が薄れ、それに代えて軍事的栄光による民衆の支持獲得を目論んだ彼を、ベーコンは諌めるようになった。
極めて直情的な彼は、しばしば女王との喧嘩沙汰を起こしていたが、それでも女王と彼の間をベーコンは取り持とうとしたという。
しかし、エセックス伯が女王に対する反乱を計画したことが露見した際、とうとうベーコンは彼の弁護者から転じ、彼を訴追する側に回った。
エセックス伯は、彼を弾劾するベーコンの姿を見て、こんなことを述べたという。
「(ここにいる、自身を弾劾している)ベーコン氏に反論するために、(かつて私が知っていた、自身の擁護者たる)ベーコン氏を呼んでほしい」。
……その心理が如何なるものであったかを知ることは出来ない。後世、この行為が非難されるべき悪業だとされることを知っても、彼女は、これが正しかったと断ずることだろう。
「ロンドン塔。あの牢に自分も叩き込まれることになったと聞いた時は、エセックス伯を思い出さずには居られなかった」
「東洋で言うところの『因果応報』というヤツなのだろうさ。これもまた、神のお定めになった結末に過ぎんよ」
- ジェームズ1世:嘗ての主君
政治屋としての華やかなキャリアを本格的にスタートさせた時に仕えた、二番目の主君。
エセックス伯との親交が深かった彼が新たにイングランドの王となった時、自身が排斥される可能性を危惧したが、実際には、エリザベス1世時代と同じポジションを維持。
その後、彼の国王大権とコモン・ローが対立した際に、国王大権の擁護に回ったことで本格的に重用されるようになり、彼は出世コースに乗ることになった。
政敵との政争においても、ベーコンは常に国王の擁護者として立ち振舞い、最終的には、最大の政敵であったエドワード・コークの排斥に成功する。
ジェームズ1世の寵臣であるバッキンガム侯、ジョージ・ヴィリアーズの後ろ盾の元、政治犯の断罪や地方司法の統制強化など、大法官として活躍した。
この他、各分野に精通した委員会、現代で言うところの省庁制度の設立を提案するなど、政治分野における活動も活発となり、ベーコンにとって、この時期こそが政治屋としての絶頂期であったろう。
……しかし、こうした活躍の裏で、彼はバッキンガム候に対する広範な分野に渡る助言を行い、彼を政治家として育成しようとしていたのだが、候は助言を理解しきれず、政治的失策を連発。
バッキンガム候を中心とする派閥と、それに反発・対抗する派閥との抗争に、バッキンガム候派閥に属していたベーコンも、否応なく巻き込まれてしまった。
やがて、バッキンガム候とベーコンという二人の寵臣の双方に対する議会からの批判を躱す為に、ジェームズ1世が下した決断は、「ベーコンをスケープゴートにバッキンガム候を守る」というものだった。
ベーコンは、バッキンガム候派閥の批判者によって、収賄のかどで告発を受けた。当時病床にあったベーコンがこの事態への対応を遅らせている間に、更に追加での告発が続出。
ジェームズ1世からの弁護はなく、最終的にベーコンは自己弁護を諦めて、貴族院に対し自身の判決を委ねた。その結果が、罰金と公職追放、更にロンドン塔への一時監禁という有罪判決であった。
これを切っ掛けに、彼は完全に政治の世界から退き、余生を自身の領地であるセント・オールバンズで過ごすことになる。
と、このような経歴であるから、ベーコンとしては、この最高の時間と最悪の時間を同時に過ごすことになったジェームズ1世での治世について、一言も二言も腹に含むものがある。
しかし、彼女の抱く理想に最も近づいたのが、彼とバッキンガム候の下で働いていた時であるのには間違いなく。どちらかといえば、恨みよりも感謝の念の方が強いようだ。
「我が理想とは、取りも直さず、全ての人間の『学ぶ力』の涵養と、それによる信仰の達成だ。それは今尚小揺るぎもしない、私自身の願いだ」
「それに最も近づけたのが、国王陛下と、バッキンガム候の差配によるものであることは、間違いのない事実。詰まらん怒りなどで、その評価を変えるつもりもない」
「それにな? 不出来な生徒ではあったが、バッキンガム候に対する指導というのは、案外楽しかったんだ」
- ウィリアム・シェイクスピア:ペンネーム?
珍説・奇説の範疇を出ないが、シェイクスピアとは彼女のペンネームである、という説が存在する。
無論実際にはそうではないのだが、そういう誤謬があるなら利用してやろう、ということで、彼女が男性に偽装する時の見た目や振る舞いは、ある程度シェイクスピアを真似たものになっている。
そんな偽りくらいは見抜いてもらわなければ困る、という気持ちもあり、彼は体良くベーコンに利用されている状態である。
なお、著名な作家・詩人ということで、その作品については彼女も楽しんだことがあるが、個人として直接の面識はない。
ジェームズ1世の文化振興政策もあり、もしかしたら行政文書で名前くらいは見たことが在るかも知れないが。
- エリザベス1世?:観察対象
可能性の世界におけるエリザベス1世。彼の方がどう思うかはさておき、此方からは、彼は興味深い観察対象である。
無辜の怪物にも似た存在の変質を受け、幻霊という要素によって本来の形から姿を変えた彼の、正しい姿とは? これを解き明かすことは難しいであろうが、それこそ彼女の腕の振るいどころである。
「例え私に覚えがなくとも、彼は『エリザベス1世』なのだろうよ。ならば、私の嘗ての主君に他ならない」
「誤謬によって自分の真実すらわからなくなっているというのならば、それを正しく観じられるようにすることも、臣下の勤めと言えるのではないかね?」