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初公開:2023/04/14




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アラウンド・ヒル 〜美味しいお茶の見分け方〜

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冬枯れの樹木に新緑が芽吹き、気づけば鮮やかな若竹色に森が染まるようになったKコア・ビレッジには、今日も春風駘蕩(たいとう)の時間が流れていました。

今日もお昼前に目を覚ませば、寝転がっている猫たちをあやし、毛づくろいの最中にうたた寝。
午後には彼らと森へ散歩に出かけ、水辺のほとりで小鳥の囀(さえず)りに耳をそばだて、澄んだ水で喉を潤し、家に戻れば再び惰眠を貪る。

なんと素敵な日々でしょうか。
常に飢えに苦しみその日の寝床を探し、アテもなく彷徨っていた過去の日々とはおさらばです。
温かい繭(まゆ)の中にいるような心地の良さで、僕はすっかりと心を許し、我が世の春を謳歌(おうか)していました。

「あの、いつ出ていくんスか?」

穏やかな安寧(あんねい)の時間にこうして平然と水を差すのは、僕の住んでいる傾いた塔の家主の社長(しゃちょう)です。
いつだってギラギラとしたメガネ型のオペラグラスをかけ、人より半テンポ以上遅れた喜怒哀楽の表情の変化の乏しさと奇妙な風貌で、大量の猫ちゃんとメイドアンドロイドとともに暮らしている奇天烈な人物です。

今だって窓際で猫たちと日向ぼっこを楽しんでいた最中に、現実に引き戻されるようなことを言われれば、
「そりゃぁ、いつか家が見つかった時ですよ」
誰だっておざなりな対応となります。

「いつもそう言ってますが、テペロ君が自分から探している光景を、見たことないデス」
「今日も外に出て、良い土地がないか探してたよ」
「クロを連れて釣りに出かけただけでは?」
「探しながら趣味も楽しめるなんて、素敵じゃないですか」

目に見えて社長はがっくりと肩を落とすと、
「テペロ君、村民として生きていくならやはり自分の家を持つべきデス」
と至極当たり前のことを言い、露骨に深い息を吐きました。
打ち解けてきたせいもあってか、最近は僕のことになると奇天烈の皮を破り真人間(まにんげん)に戻りがちなので、困ったものです。

「わかりましたよ、僕だってずっとここの居候でいるのは申し訳ないと思ってる、ビレッジ内でいいところがないか探すよ、でも探すのに時間はかかるだろうから、まだ少し頼ってもいいでしょう?」
「いいスよ」

どことなくほっとしたような口調で話すので、少し腹が立ちました。

「とはいえ、森はほぼ探索し終わってるからなぁ、次は市街地の方にいけばいいのかな?」
「他の村民をあたってみるといいんじゃないスか?ここからだと抹茶さんの家が近い」
「それはいい、じゃあ早速準備するよ、細かい荷物は置いていくからね」

壁際に立てかけている色褪せたリュックを手にすると、改めてその重量に驚かされました。
旅の時には、起きているときはもちろん、寝る時でも肌身離さず背負ったまま身体から離さないようにしていました。
戦いを求め彷徨っていた当時、いつ戦闘が始まるかわからない恐怖と、それを上回る期待と興奮を、僕はこの相棒の中にずっと詰め込んで歩いていたのでした。

ただ、今度はただの探索なので極力身軽にしたほうがいいでしょう。
社長に聞けば、戦いは“大戦”の時にしか認められていない行為で私闘は厳禁とのことでしたので、僕だけ武器を持っていては余計な警戒を相手に与えるだけでしょう。
郷に入らば郷に従えということです。

いらない銃火器を次々と並べていくと、周りの猫ちゃんたちがゴトリとした重厚音にビクッと背筋を毛羽立たせていて、僕はすぐに謝りを入れました。

「未だにこの間の大戦での出来事が信じられない、本当にびっくりしましたよ」

先日の“大戦”では、社長には本当にひどいことをしてしまいました。
当事者の”彼”は反省していないでしょうけど、少なくとも僕は猛省しています。

「いやぁ、驚かせちゃってごめん、まさか初対面の人に“戦いを求めて旅をしてます”なんて言えないじゃないですか」
「テペロ君も求めてるんスか?戦場だと顔色悪そうでしたが」
「戦うことは嫌いじゃないんだ、でも確かに戦場の空気は苦手かもしれない、嫌なことを思い出しちゃうしね」

だいぶ身軽になったリュックを背負うと、足元に猫ちゃんたちがすり寄ってきたので、また屈んで彼らの顎を撫でていました。
社長はそんなこちらの様子を見て、
「だいぶ猫ちゃんもテペロ君に打ち解けるようになったスね」
と言いました。

そうしている間にも、順番待ちのように猫ちゃんたちが僕の周りを囲んでいます。

「そうかな、前から猫には好かれやすいとは思ってたけど」
「たぶん、テペロ君も猫っぽいからじゃないスかね」

そんなものなのでしょうか、自分ではあまり客観視できない部分なのかもしれません。

「なら、社長から見れば、テペロさんもかわいい飼い猫のうちの一つということになりますわ」

そうしていると、メイドのブラックさんが、いつものように音もなく背後から現れました。

「テペロさん、折角なので抹茶さんのお家に寄られるなら、茶葉を貰ってきてくださいませんか?そろそろ収穫の時期のはずなので」
「茶葉ですか、わかりました、いいですよ」

ブラックさんは時々こうして僕にお使いを頼んできます。飄々としていますが、ちゃっかりした性格です。
僕は社長の方に向き直り、
「社長からは何か伝えておくことある?」
と聞けば、無表情のまま、
「いえ、特になにも」
「はぁ、出不精だから、誰とも会わないんだよ。抹茶さんに会ったら、今度の大戦では社長隊の方を一目散に狙うように言っておくよ」
お返しに僕が露骨にため息を吐きました。

家を出ると、森の中には爽やかな風が吹いていました。

少しだけ歩き、ふと後ろを振り返ると、二人と猫ちゃんたちが見送りに外まで出ているのが見えました。
思わず大きく手を振り返し、再び歩き始めると、僕の足取りはいつもよりもだいぶ軽やかになっていたのでした。

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鬱蒼としたガトーの森を抜けると、途端に見晴らしの良いルヴァン平野に出ます。
以前の大戦でも通り抜けた広大な新緑の平野です。前方にそびえるバーボンの丘は荘厳にその存在を主張し、山頂部にある木の十字架とあわせて快晴の青空によく映えています。

抹茶亭は、バーボンの丘を右目に見ながら西部方面に進んだ先にあるお屋敷だと、ブラックさんから聞いていました。

轍(わだち)を進んでいくと、左右両側に、弧状型にきっちりと区分けされている広大な茶園が見えてきました。
鮮やかなコバルトグリーンの茶葉で構成される茶園は、まるで幾何学模様のように整然と対称に配列されていて、持ち主の几帳面な性格が表れているかのようです。

編笠を被った数人の英雄たちが茶園の中で作業している光景を横目に暫く進んでいくと、少し太めな白い杭看板に“この先、抹茶の家”と書かれていました。
さらに進めば、茶園の一番奥に大きな風車を付けた農夫の邸宅が見えたのでした。

ドアノッカーを叩けば、戸を開けた若々しい主人が、中からひょっこりと顔を覗かせていました。

「これはめずらしいお客さんだ。ちょうど良かった、いま791さんも来ていてティータイム中なんです、よければテペロさんもどうぞ」

扉の中で、目を丸くさせた抹茶さんでしたが、すぐに破顔すると、僕を茶会に誘ってくれたのでした。

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“お茶を準備するので先に入っていてください”と抹茶さんに言われ進んでいくと、木目調に設(しつら)えた吹き抜けの広間では、既に791(なくい)さんがティーカップを片手に、悠々とお茶を嗜んでいました。

「やあテペロ君、君とは意外なところでよく会うね」

先日と同じ紫紺色のローブを羽織り、先日と同じ微笑を携え、今日はお茶の風味を堪能している様子でした。

「こんにちは791さん、だいたいが他人の家でお会いしていますけど。今日はお宅訪問も兼ねた挨拶と家探しできました」
「ふふッ、今度は私の家に遊びにおいでよ、ここからはちょっと離れた山の向こう側だけど、来れば歓迎してあげるよ」
「ぜひそうさせてもらいます」

僕も空いた椅子に腰掛けると、丸テーブル越しに向かい合う791さんは、コトリとカップを置き、微笑んだままお茶菓子を手に取りました。

「今はまだ社長のところに住んでいるんだっけ?」
「そうです、お恥ずかしながら未だ食客の身でして、いい加減家を見つけろと社長に叱責されちゃいました」
「あの家は外観はさておき、猫ちゃんもたくさんいるし、とても居心地がいいもんね。もう当ては付いているの?」
「いえ、まだですね、だからまずは会ったことのない村民の方への挨拶も兼ねて、どの辺りがいいかを探すのが先決かな、と」

広間には、使い古された家具が整然と並べられています。
見栄えよりも機能性を優先して置かれているのか、テーブル近くには本棚や茶棚がひしめき合っていて、少し煩く感じます。

緑色のふわふわとしたお饅頭を堪能し終わると、791さんは再びお茶を啜りました。

「なるほどね、廃墟になってる市街地付近には誰も住んでないし、村民のみんなはほうぼうに住んでるし、大変だよね」

市街地の話で、ふと先日の“大戦”の夜の出来事が頭の中をよぎりました。
姿こそ見かけませんでしたが、あの夜、社長軍を包囲する形で目の前の791さんも近くにいたという話は、大戦中から聞いていました。
791さんには、あの時の大戦を台無しにしてしまった非礼を詫びたほうがいいのではないかと思ったのです。

「話が前後しちゃいましたが、先日の大戦では僕の勝手な振る舞いでかき乱してしまい、たいへんすみませんでした」

深く頭を下げると、明眸皓歯(めいぼうこうし)ながら好奇を含んだ藤紫色の瞳が、僕の方を向き、
「遠くから見てたよ、あの時は抹茶を早々に屠(ほふ)った後でね、社長軍とビギナー軍とで潰し合ってくれればと思って静観してたんだ。
まさか両軍とも君の手でほぼ壊滅するとは思ってなかったけど」
と言うので、
「我が事ながら、とても胸が痛いです」
困り顔で返さざるをえませんでした。

「誉めてるんだよ、後から聞けば¢さんとも一対一でやりあったんだって?ぜひギャラリーで見ていたかったなあ」

すると、家主の抹茶さんがお盆にティーカップを二つ持ちながら居間に戻ってきました。

「その話は僕もぜひ聞きたいですね、どうぞ、一番茶です」

テーブルの前に置かれたティーカップからは、煎茶の芳しい香りが鼻の先へ流れてきます。

「これは、ありがとうございます。ところで、一番茶ってなんですか?」
「おや、一番茶を目当てに来たわけではなかったんですか」

掛けている金縁メガネの中の目を再び丸くしました。

「テペロくんは自分のお家探しに、この村の家を練り歩いて回るらしいよ」
「なるほど、そうでしたか。
いまの質問ですが、一番茶とはその年の初めに摘採した茶葉のことです、茶葉は一年で何回か取れるんですが、一番茶は二番茶より品質が良く、新鮮な香りと爽やかな味を楽しめるんです、ちょうど今がその一番茶の収穫時期なんですよ」

カップをしげしげと眺めると、カップの中の煎茶は底が見える程に澄んでいます。

「そうでしたか、ブラックさんが茶葉を欲してたのは今が旬だからだったのか、これは良いタイミングにお邪魔できました」

カップを手に取り、口に含めると、苦味のない透き通る味わいが一瞬で広がりました。
今まで味わったことのない高貴な風味に、今度は僕が目を丸くする番でした。

「すごく美味しいです、こんな美味しいお茶は初めて飲みましたッ」
「それは良かった、後で帰り用に茶葉を詰めておきますね」

優しげな目元に微笑をたたえた抹茶さんは、若い茶葉の色の緑髪に、精緻(せいち)な顔立ちで、見た目以上にとても若々しく見えます。
もしかしたら歳は僕とあまり変わらないのかもしれません。むしろ不健康そうな僕の見た目より彼のほうが若々しく見えることでしょう。

少し複雑な気分になり、再びお茶を啜りました。


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