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5-9:揺動編

初公開:2021/01/23



【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 議長室 現代】

その日、議長室は物々しい雰囲気に包まれていた。

抹茶「ナビス国王からの書簡を持ってきましたッ!」

滝本「ありがとうございます」

急ぎ走ってきたのだろう。目の前で息を荒くしている抹茶から差し出された封筒を手に取る。
のっぺりとした表面を一瞥しすぐに裏返す。小麦色の縦長な封筒の口にはオレオ王国の紋章を象った封蝋(ふうろう)印が押され、この書簡が紛れもなく信書であることを予感させた。

滝本「…」

抹茶たちの前で、滝本は無言で丁寧に封蝋印を剥がし取る。

いまさら中身を見るまでもなく、これはオレオ王国からの支援依頼に他ならない。
ナビス国王は、カキシード公国からの圧力に困窮し【会議所】に助けを求めてきている。全て仕向けたのは他ならぬ自分たちであるから、間違いはない。
予定通りの事の運びにその場で小躍りでもしたいところだが、目の前には一切の事情を知らない抹茶も同席している。

表面上は冷静を装いながら、滝本は高級そうな洋紙にしたためられたナビス国王の悲痛の“叫び”を暫し堪能した。

参謀「なんと書いてあるんや?」

抹茶の隣にいる参謀が白々しくそう問いかけてきた。不安気な抹茶の表情の横で背筋よく立つ彼の表情は、不自然なまでに白い。
彼は、緊張すると血の気の引く癖がある。いまの彼の顔といえば、自ら身につけている着物の色よりも白いくらいだ。隣りにいる抹茶が彼に目を向けていなくて本当に良かったと思う。

滝本は手紙に視線を戻し、ボサボサの青髪を何度か掻くと大袈裟に眉をひそめた。

滝本「はい。これは、実にまずいことになりましたね…
報道されているよりも事態は深刻なようです。オレオ王国はカキシード公国から類を見ない程の圧力をかけられ困り果てています。このままでは、戦争になると。
この危機に対し、【会議所】が公国との間に仲介勢力として介入してもらえないかと。そのような依頼です」

¢「仲介勢力…でもぼくらは、国ではないから彼らにどこまで働きかけできるかわからないんよ」

書簡から目を離し、抹茶の脇にいた¢を一瞥する。不安気な言葉に反し、老いた彼の目からは深緋(こきあけ)色の光が妖しく放たれている。戦いを望む目を隠しきれていない。

まさか自分を含むこの場に居る四人のうち、実に三人がこの事態の間接的な首謀者だとは、明敏な抹茶も気づかないだろう。

滝本「ナビス国王が頼むほど、【会議所】勢力が世界にもたらす影響は大きいということでしょう。
我々が今すべきことは、戦乱回避のために、両国に使者を送るかどうか協議することです。

抹茶さん、すぐに緊急会議の招集をお願いしますッ。
会議所本部に居る兵士のみならず各地に散らばっている同士をすぐに呼んでください。事は緊急性を要しますッ!」

抹茶「わ、わかりましたッ!」

滝本の深刻めいた言葉に、まだ息の荒い抹茶は柚葉色の髪を揺らしながら何度も頷き、慌てて部屋を飛び出していった。
彼には少しかわいそうなことをしたかもしれない、と少しの反省をしたのも束の間。

¢「クククッ…」

不気味な鶏が囀(さえず)るような、くぐもった嗤いが聞こえてくる。
きのこ軍の軍服を纏った¢は、まるで戦場で大戦果を上げた兵士のように歓喜に打ち震えていた。

¢「ここまで全て予定通りなんよ。流石は791さん。
武器供与を打ち切ったら、すぐにこちらの意図を察して攻めに転じてくれた」

参謀「あとは予定通り、互いの国に使者を送り、【会議所】の行動の正当性をアピールすれば問題はないわな。
でも問題は、誰を送るかや。考えはあるん?」

不思議なもので、不気味な彼の嗤い声を聞くことで却って参謀は落ち着いたようで、朱色の頬を見るに再び血が通いつつあるようだった。慣れとは怖いものである。
椅子の背もたれにもたれ掛かった滝本は、机の上に手紙を放り投げた。

滝本「“一人”はもう決まっています。“彼”に最後の仕事をしてもらいましょう。

この間もお話しましたが、彼はもう“使い終わった”人間ですから最適です。
結果的に我々の手でTejas(てはす)さんを捕まえなかったのは失敗でしたが、まあ公国の状況を探れただけ招いた価値はありました」

参謀「彼を公国の使者に充てると?」

滝本「そうですね。公国に戻らせ状況を探らせる予定ですが、最近はこちらの計画に勘付いている節があります。
いまが“切り捨て時”でしょう。
あとは791さんに、煮るなり焼くなりしてもらいましょう」

その言葉で、参謀の表情は僅かに暗くなった。
気にせず滝本は思案気な表情で言葉を続ける。

滝本「もう一人ですが、御しやすい人がいいでしょう。情に厚く清廉潔白で、かつ裏切らない兵士がいい」

¢「…ぼくに一人、心当たりがあるんよ。彼ならオレオ王国に行き全力で行動するだろう。
【会議所】に不利益なことはせず、ただ任務を全うしようとする。そんな兵士だ」

参謀「決まりやな。ただ残念なのは、いくら彼が王国で尽力しようと、戦争は防げないっちゅうことやな」

そう、どれだけ足掻こうとも、オレオ王国は最初から詰んでいるのだ。

¢「思えば長かった。六年前のあの日、“あの人”が計画を話した時から全て計画は始まった。
でも最後まで油断は禁物なんよ。特に791さん率いるカキシード公国は何をするか分からない」

滝本「そうですね。それに、戦後処理も考えないといけない。
王国戦争が終われば、公国がこちらに戦いを仕掛けてくることも考えられる。その備えもしないといけません」

参謀「そのあたりは事前の打ち合わせ通りに、やな。
このまま、最後まで突き進むんやッ。大丈夫、俺たちならできるさッ」

滝本は目の前にいる二人の顔をじっと見つめた。
彼らの表情や話しぶりを見れば、その考え方まで手にとるようにわかる。二人に関しては、周りの誰よりも詳しい自信がある。

いま、向かって左に立つ¢は、少ない口数ながら早口で喋り、非常に高揚している様子だ。
やや猫背気味に丸まった背中を規則的に揺らしながら、【大戦】中に敵軍に発するような圧を放っている。
枯れかかった枝垂れ(しだれ)柳のように普段はだらしなく垂れ下がっている前髪も、かつての輝きを取り戻したように心なしか生き生きとハネているように見える。





彼と“最初に”出会った時のことを今でも覚えている。

某国の酒場で、腕利きで眉目秀麗の傭兵がいると聴いた時のことだ。
興味本位で彼の住まう家を訪ねてみれば、果たして彼はそこにいた。

しかし噂通りの実力を有しながらその時の彼は、任務中のとある失敗が原因で他者との関わりを一切断っており、家から一歩も出ない隠居生活を送っていた。
酒場で聞いた評からはかけ離れたでっぷりと肥えた姿で、他人を前にしても際限なく菓子を口に運ぶその様は、まるで農場にいる家畜の食事風景を彷彿とさせた。

そこから彼を立ち直らせるのには苦労した。【会議所】の話を持ちかけ興味を抱かせ、そして次には全ての菓子を取り上げ更生させた。
隠れて菓子を貪っている姿を見つければ、すぐに罰を与え扱いた。

健康体に戻った彼はすぐに本来の輝きを取り戻し、【会議所】では全兵士の憧れの的として活躍した。
集計班の死後、彼が老いたのは何も過労のせいだけではない。お目付け役がいなくなり再び菓子を摂取し始め、不摂生を加速させた末の末路なのだと滝本は知っている。
興奮で身体を小刻みに揺れる行為には、武者震いだけではなく糖分摂取の禁断症状が含まれていることも知っている。彼は筋金入りの甘党なのだ。


対して参謀B’Z(ぼーず)も、態度には出さずとも同じく興奮している様子が伝わってくる。
彼はその名に反し、先頭に立ち味方を鼓舞する統率者として、【大戦】や【会議所】の窮地を幾多も救ってきた。彼のかける言葉には弱りきった他人を励まし勇気づける力がある。

彼との“最初”の出会いも印象的だ。
世界を放浪していた最中、とある村に立ち寄った際のことだ。余所者を歓待する珍しい村だった。

村人の勧めでひょんなことから武道場で子どもたちと竹刀を握り、ともに汗を掻くことになった。子供剣士の中でとりわけ元気良く、周りをまとめあげていたのは坊主姿の彼だった。
稽古の終いに彼と練習試合をすれば歯が立たず、完膚なきまでに打ち崩された。

稽古後、年甲斐もなくその場で座り込んだ自分に対し、彼は遠慮なく近づくと自らの竹刀をスッと差し出した。
“今日が俺の引退試合や。お兄さん、良かったら記念にもろてや”、と。

彼に興味が湧き、その夜、道場の縁側で話しをきくと、一家の食い扶持を稼ぐために彼は近々自ら丁稚奉公に向かうのだと語った。
取り乱すこと無く落ち着いて語る彼の姿を見て、なんと精悍な少年なのだと思った。
彼を失うことは大きな損失だと深く感じた。

そう思い立ったら、すぐにその足で彼の両親に仁義を切り彼を引き取った。
その際の、驚きでポカンとしていた彼の間抜け面が印象深い。

先程の彼の言葉には、他人だけではなく自分自身をも奮い立たせようと活を入れたのだろう。小さい頃から繰り返し実践してきたことだ。





今の思い出は、滝本が彼らと知り合った五年前より遥か昔の出来事だ。
それが自身の記憶でないことをとうの昔に理解している。

まるで歴史の年表を読み上げるように、追想の彼方に仕舞われている回顧録を頭の中に引っ張り出し読み上げる。
そこに感情など持ち合わせない、ただ純然たる事実として再生しているだけだ。

恐らく自らの脳の記憶領域に滝本自身の思い出など塵や埃程度しか遺っていないのだろう。自らの行動を顧みるより前に、別の“自分”の思い出が次々と浮かんでくる。
それは彼自身の意識が希薄なせいのか、それとも思い出そうとする際に邪魔されているのかは定かではなかったが、いずれにせよ彼はこの事態を許容せざるをえなかった。
それ程までに夢では度々、回顧録が再生され、彼らとの話の中では経験したことのない“思い出”がこうして脳内に映し出されるのだ。

滝本は、自らの記憶ではない回想を見ることで、二人の考えが手に取るようにわかるようになった。
それだけに、彼らは時々滝本と話をせず、別の“誰か”と会話をしている時がある。
その誰かの正体も、勿論ながら彼自身は理解している。

滝本「ええ、そうですね。ここまで準備したんです。我々に立ち向かえる敵などいませんよ」

だが、滝本は二人を責めることはしない。

彼は“皆を導く議長”という役を演じるしかない。
【会議所】の中枢として、自治区域をより良い方向へ導く船頭を。



“心”の命ずるままに、全力で演じるしかないのだ。





【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室 5年前】

¢『つい先程、コンバット竹内さんの葬儀が終わったんよ』

集計班『お疲れさまでした。生前の活躍に見合う、盛大な葬儀でしたね』

集計班は、たけのこ軍 コンバット竹内の魂の入った瓶に話しかけると、そっとテーブルの上に瓶を置いた。

参謀『これで魂は12体…悲しいことに、ここ最近は初期から支えてくれていた英雄たちが相次いで病床に伏していたから思いの外、魂は集めやすかったやんな。
正直、複雑な気持ちだが』

集計班『一兵士としては、悲しみの手向けを。

ただ、一黒幕としては喜ばしい限り。

そもそも、また“皆さん”と一緒に戦えるんですから、悲しい、なんていう気持ちは可笑しいんですよ』

椅子をきしませ、集計班は愉快そうに笑った。

¢『魂を入れる器の研究所と武器製造工場のことだけど、立地は選定し終えたんよ。
チョ湖ほとりの丘の上に使われていない古城があるので接収して改修します』

参謀『チョ湖のほとりなら人目にもさらされることもないからよさげやね。それに、新兵器の始動も色々と都合が良さそうや。考えたもんやな、¢。
でも暫く見ない間にだいぶ老けたんやないか?』

¢『ほっといてほしい…』

ゲッソリとした¢の呟きに、二人は笑った。

集計班『参謀の声がけで、【大戦】を引退していたきのこ軍兵士の化学班さんと95黒さんにも協力を仰いでおいたのは正解でしたね。
あの人達は根っからのサイエンティストだから、計画をバラして得る利よりも自ら発明できる創造の利を選ぶ』

¢『隠れ蓑として新興宗教団体を立ち上げるというのも、参謀のナイスアイデアだったんよ。おかげで仕事は倍に増えているけど…』

参謀『よせやい照れる』

集計班は椅子から立ち上がり、背後の窓から外の風景を眺めた。
お昼時の大通りには昼食を取りに出かける多くの兵士たちが往来し、目の前の中庭にはサンサンとした陽を浴びながら、弁当を広げ楽しげに談笑する兵士たちの姿も見られる。

十五年かけて作り上げた、平和で平穏な日常だ。
これからも守り続けなければならない世界が広がっている。


集計班『実に順調です。
私の予想ではあと五、六年で計画は最終段階まで持っていけるでしょう。それまではもう暫く雌伏の時です』

¢『五年で会議所が【国家】になれる。寧ろ早いぐらいです』

参謀『そうやな。絶対にそうなるんやッ。
“この三人”で今と同じように国家になった【会議所】を見届けられると思うと、今から楽しみやな』

集計班『ああ。残念ながらそれは無理です』

二人は唖然として、穏やかな顔で外を眺めていた集計班を見つめた。

視線を一身に浴びた彼はくるりと振り返ると、笑いながら言葉を続けた。









集計班『だって、私はもうすぐ死にますので』


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