2-6:DB捜索編〜時限の境界突入まで〜

初公開:2014/09/14

【K.N.C 180年 会議所 大戦年表編纂室】

編纂室で生活する地下部隊兵士は数えるほどしかいない。
多くの会議所兵士が編纂室に留まってしまえば、地上の業務は放置され続け、事情を知らない兵士に多大な不安を与える。
少しでも不安にさせないためにも、大部分の兵士は地上に戻らなくてはいけない。そしていつも通りの業務につき、恒久の平和を演出するのだ。

だから私たちは地上に戻らなくてはいけないんです。
と、表向き立派な理由を語るが、大方の兵士は地下での脳シェイクを金輪際味わいたくないというのが
本音である。地上に戻る兵士たちは仏頂面でいかにも“本当は戻りたくないのだが仕方なく”
といった顔を貼り付けて戻っていったが、地下に残された兵士はそれを知ってか知らずか、嘆息して仮面の表情を貼り付けた彼らを見送るのだった。

丑三つ刻。地下の大戦年表編纂室は、上空に飛び回る本や筆記ペンたちの動作音を抜きにすれば、今日も耳鳴りがする程に静まりかえっている。
地下部隊のほとんどの兵士は巨大本棚の背後に設置してあるベッドで寝息を立てている。
オニロも死んだように眠っている。昼夜問わず繰り返される歴史改変に少しやつれ気味だ。
静かに休めるこの一時を噛み締めながら、布団にくるまっている。

そんな丑三つ刻。
灯りが落ちた暗闇の中で、ある一人の兵士は床につくことなく、静かにロッキングチェアを揺らしていた。
一定リズムで、木々がこすれる音がシンとした部屋に響く。
考えに耽る時、物事に集中する時。身体を知らず知らずのうちに揺らしてしまうのがその兵士の癖となっていた。
それは座って作業をする場合でも同じ。知らず知らずのうちに身体の揺れが椅子に伝わってしまう。

少し前までは、いくら音を出しても怒られることもなく―そもそも怒る人もいなかったのだが―
つい最近ではオニロに「うるさいです」とジト目で注意されて以来控えていた。
しかし、こんな夜中でかつオニロが寝ている間くらいは許されるだろう、と兵士は長年この部屋で使い倒してきた椅子に腰掛け、思う存分身体を揺らしていた。

「少し響きますよ」

闇夜の中でかけられた声に、揺らしていた椅子が前のめりになってしまう。

「なんだあなたでしたか…驚いて心臓が止まるかと思いましたよ」

すぐに声の主に気がついた兵士は、暗闇の中で浮かび上がってきた別の兵士の姿を捉え、胸をなでおろした。あなたは普段と容姿・態度なにからなにまでが違うから一瞬誰だかわからなくなりますね。
そう文句を垂れながらも、声の主に目の前の椅子を勧める。

「もう一度、計画の確認をしておきたくて」

椅子に腰掛けながら、囁くような声で、既に腰掛けていた兵士に語りかける。

「今のところ、一連の事態は『預言書』に書かれた内容通りに進んでいます」

「そのようですね」

飲料用抹茶を口に含み、椅子を微かに前後に揺らしながら先を促す。

「救世主の一人は“計画通りに”編纂室で本の虫となった。編纂室で歴史改変がおこなわれているという事実を確認した。
DB討伐部隊が編成されて、救世主の一人を含む数人は未開の地へ出発した。ここまで手筈通りです」

しかし、と兵士は顔を曇らせる。暗闇の中のため、その表情の変化は伝わらなかったが。

「いくらきのたけ世界の“滅亡”を防ぐためとはいえ、このような…『預言書』に書かれた内容通りに事を運ぶのは、私としては少し気が引けます」

「二人の救世主が世界を存亡の危機から救うのです。十分なシナリオじゃないですか」

「しかし、しかし…世界の存続と引き換えに 
―― 『二人の救世主が命を落としてしまう』というのは、いくらシナリオ通りとはいえ…」

「あの二人に情でも移りましたか?」

鋭い言葉に、うっ、と兵士は言葉を詰まらせる。

「そういう事ではありませんが…シューさん。
いくら何でもこんな結末はあんまりです。救世主として周りが持て囃して、勝手に持ち上げて、利用するだけ利用して。そして、その役目が終わったら、あっさりと死ぬなんて…」

シューと呼ばれた兵士は、その兵士の言葉を手で遮る。
暗闇の中でぬっと出てきた手のひらに、思わず仰け反りたい気分になるがぐっと堪えた。

「“私”と“あなた”はいままで、『預言書』の通りに歴史を進めてきた。
どんな出来事・事件であってもです。きのたけ世界のため、会議所のため…違いますか?」

集計班の言葉に、兵士はゆっくりと頷く。意味をよく理解するように。

「その不文律を、あなたはいまさら破ろうというのですか?」

「い、いえ。そんなわけではありません」

集計班の言葉に、兵士は慌てて何度か首を振る。その言葉に、そうですか。と言葉とは裏腹に到底納得しない表情で、集計班は椅子にもたれかかる。
微かに椅子から悲鳴のような音が漏れる。

「わかればいいんです。『預言書』の内容通りに事を進める私たちの使命は、変わることはないでしょう」

もっとも。その後に続いた集計班の言葉に、兵士は自分の耳を疑った。

「――そんな紙切れ同然の『預言書』に頼りすぎても、頭が固くなるだけですがね」

常日頃、『預言書』の通りに動けと、口を酸っぱくする程に説明していた、杓子定規な集計班の言葉とは思えない。
兵士は思わず聞き返そうとしたが、

「話は終わりです。こんな時にオニロ君あたりが起きてきたら、なんと説明したらいいやら」

話は切り上げられてしまった。真っ暗の虚空を見上げたまま動かない集計班を見つめ、これ以上の話はできないと判断し、兵士は立ち上がった。
そのまま、とぼとぼと編纂室を出ようとする兵士に、少し待ってくださいと、集計班は先程とはうって変わって優しい声色で最後に語りかけた。

「計画は順調です。ですが…たとえ、順調に立ち回らなかったとしても、
それはあなたの“責任”じゃない。
私が保証します。
なにか問題が発生した時。慌てないことです。
私に頼ろうとせず、まずは自分で事態の本質を見極めることです」

集計班の真意は図りかねたが、兵士はその言葉にひとまず頷き、編纂室を後にした。

兵士が出て行った扉をじっと見つめ、暫く立った後に集計班は視線を落とす。
自らの手に握られている、隠し持っていた封筒。
あの兵士が来た時に、テーブルに置いてあったものを急いで隠したのだ。

自らが自らの意志で、歴史を変える。

――『預言書』を白紙に戻す。

集計班の言葉どおりこの封筒には、二人が呼んでいる『預言書』をただの白紙に戻すだけの十分な効力が備わっている。

結局、当初の予定とは異なり、参謀に封筒を渡す暇はなかった。
葛藤による葛藤が判断を鈍らせたのだ、と集計班は自身の優柔不断さを悔いる。
仕方がないので、明日にでも誰かに頼んで地上の郵便受けに投函してもらおうか。
今更ながら、編纂室に幽閉されてしまうことになった自身の境遇に頭を掻いた。

この封筒を目的の人物に渡すことによって生じる効果を、集計班自身は推測することしかできない。
その効果を“確認”するだけの時間が、彼にはもう残されていない。

しばらくして、いつものように椅子を揺らし始める。規則正しく。一定のリズムで。
暗闇の中、思いの丈を声に出してつぶやく。
誰もいない部屋で、自らの罪が誰かに赦免されることを願うように。

「…本当にごめんなさい」

弱々しい謝罪は、椅子の音とかぶさり、闇夜に消えていった。


【K.N.C 180年 未開の地 スリッパ邸】

スリッパ「しかし驚いた。まさかお前たちがこんなところまで来るなんて」

スリッパは目の前の“旧友”たちを前に目尻を下げて懐かしんだ。

参謀「俺らも驚いたわ。会議所から去って学者になったのは知ってたんやがな」

¢「ぼくらもつい先日見聞録を読んで、スリッパのその後を知ったんよ」

アイム「あんた達知り合いだったんだな」

カップに注がれたスープを手に取る。温かい。

参謀「大戦初期の英雄的存在やからな、スリッパは」

¢「スリッパの活躍は、当時の多くの兵士に感動とやる気を与えたんよ」

スリッパ「…」

スリッパは二人の言葉には答えず、暖炉の中に薪をくべた。木々のはぜる音が小気味よく室内に響き渡る。

スリッパ「『時限の境界』を探しているんだったな」

話は本題に進んだ。

アイム「そうだ。タイムマシンフロアなんだろ、そこは?」

スリッパ「そうだと思う」

アイム「思う?なんだか自信が無い言い方だな」

スリッパは苦笑した。

スリッパ「何しろあの見聞録を書き上げたのは随分前だ。記憶も若干薄れているし、
何より私は其の事で学会から酷い目にあったからね。自信が無くなってしまうのも仕方ないというものだ」

人目から隠れるように暮らしているのも、それが原因さ。スリッパは手狭な室内を見渡した。
スリッパ邸は、正に未開の地の中心に位置している。木造のウェアハウスはスリッパが自分で建てたものだという。

スリッパ「私は人里離れたこの僻地で、メイドのサラと一緒に余生を過ごしてきた。
きのこたけのこ大戦や会議所関係の世俗から切り離された、この未開の地でね」

スリッパの傍に立つメイドロボ・サラは無言でスリッパの話をじっと聞いている。

スリッパ「申し訳ないが、お前たちの役には立てそうにないよ」

スリッパは寂しく笑いかけた。暖炉の焚き木のはぜる音がよく響いた。
一瞬の沈黙の後。

アイム「それはどうかな」

アイムはスリッパの瞳を見つめる。白髪が見え隠れする初老の兵士に潜む、やる気に満ち溢れた瞳を。

アイム「少なくとも、あんたが書いた『きのたけ見聞録』は、希望と自身に満ち溢れた文章だった。
嘘か本当かもわからない宝の山を見つける。文章の中からその思いがひしひしと伝わってきた」

あんたが冒険家としての矜持を失っていなければ、とアイムは続ける。

アイム「今も冒険家スリッパは枯れ果てることなく生き続けているはずだ」

アイムの言葉に参謀も同調する。

参謀「アイムの言うとおりや。それに、人里離れた僻地に住居を構えたと言っているが、
人の目につかない場所はこの『未開の地』以外にも数多く点在する。
わざわざここに住んでるちゅうことは、宝の山たる『時限の境界』に少なからず未練があるってことやないか?」

二人の言葉に、スリッパは目を閉じて少しの間何かを考えているような素振りを見せた。
一瞬の沈黙の後、徐ろに目を開き後ろに控えるサラに声をかけた。

スリッパ「なあサラ。俺は冒険家だったよな。今も昔も夢を追い続けてきた。それを忘れていたようなんだ。
俺はもう一度、あの頃に戻ってもいいんだよな?」

サラは無表情のままで答えない。しかし、サラの態度はスリッパの言葉に肯定するような、
温かみのあるものであった。少なくともスリッパにはそう感じられた。
二人は常に言葉を介さずにお互いの気持を理解しあってきた仲だった。

スリッパ「アイム、参謀。それにみんな、ありがとう。俺は冒険家スリッパだ。忘れていたよ」

スリッパは立ち上がった。先ほどまでのゆったりとして諸動作はそこにはない。

スリッパ「明朝、出発しよう。私もまだ『時限の境界』に辿り着けているわけではないが、何らかのヒントは与えられるはずだ」

¢「やったぜ」

夜は更けていく。

明朝。スリッパ邸を出た一行は『時限の境界』が存在すると言われる彷徨いの森の入り口へと戻ってきた。

スリッパ「見聞録にも書いてあったかもしれないが、彷徨いの森の内部は幾多の道が分岐して、正に天然の迷路だ。
俺とサラも何度か入ってみたことはあるが、すぐに来た道がわからなくなった。帰って来られたのは幸運だった」

ジン「ということは、ただ闇雲に探そうとしても見つからないどころか生きて帰れないなんてことも…」

ジンは顔を青ざめた。

参謀「なんか手がかりはないんか?ある法則に従って進んでいけばたどり着けるんやろ?」

スリッパ「森の内部は、それぞれ分岐点毎に開けた場所が用意されている感じだ。
来た道も含めて東西南北の4つの方角に道が伸びている。
それぞれの分岐点毎に、4つの道から一つ選んでまた次の分岐点に向かっていく」

¢「道を進んでいくとその分岐点エリアにたどり着いて、また…といった感じで同じ光景が広がっているのか?」

¢の質問にスリッパは自嘲気味に答えた。

スリッパ「正にその通りだ。分岐点毎の風景は全く同じ。
何か違いはないかと周りをグルグル見回してみたが、全く違いはなかった。目が回って気持ち悪くなったくらいだ」

その時、これまでただ話を聞いていただけのアイムは、スリッパの言葉に何か違和感を覚えた。
―― 目が回る。気持ち悪い。
この言葉に、既視感を感じたのだ。つい最近、自分自身がこの言葉に似たような体験をした。なんだったか。
記憶喪失と判って以来、自分の記憶を呼び戻すということに若干の抵抗があるアイムだったが、必死に自分の記憶を探る。

―― 集…班「今から、ある部屋で歴史のお勉強を…てもらい…す」
―― オニ…「気持ち悪いよおアイ…」
―― ア…ム「オレに向かって吐いた……おかないからな」
―― 集計班「宛先不明の置き手…で、私はこの部屋の存…に気がつき…した」

――― 集計班「『大量の書物の前で“←←←←←…←←…← そして最後に祈れ”
           これは困難を打破する魔法の呪文なり。さすれば道は開かれる』とね」

アイム「…思い出した」

記憶喪失となって以来、初めてアイムは自らの記憶を呼び覚ますことに成功した。

参謀「なにを思い出したんや?」

アイム「大戦年表編纂室の行き方だ」

¢「は?」

アイム「大戦年表編纂室の行き方ともしかして同じなんじゃないか。
シューさん曰く『同じ場所をひたすらグルグルと回り続けて、最後に祈ると道は開かれる』」

スリッパ「つまり、彷徨いの森の奥に『時限の境界』があるというのは単なる我々の想像で、
実際はすぐ傍に存在しているということか?」

アイム「それはわからない。だけど、シューさんが誰かわからない野郎から貰った手紙には
『困難を打破する魔法の呪文』として、その行き方が掲載されていた」

彷徨いの森の攻略手順も、編纂室と一緒なんじゃないか。
アイムはそう言っているのである。

¢「アイムの言うことは一理ある。だが、それはあくまで可能性の一つだ。そのまま突入するのは危険だと思うんよ」

アイム「だが、それ以外に選択肢はあるか?冒険家スリッパは長年未開の地にいて、
未だ彷徨いの森突破の糸口を掴めていない。ならば、少しでも可能性が高いほうに賭けるのは当然じゃないか?」

¢「賭けに失敗してみんな帰れなかったら意味が無いんよ」

¢はあくまで慎重論を貫く。元来、用心深い性格で数多くの窮地を救ってきた兵士だ。

ジン「どうなんでしょう。集計さんが貰った手紙の主が誰だかわかりませんが、
存在するかわからない時限の境界と編纂室をつくった人物が同一だと考えてみるとどうでしょう」

参謀「編纂室には巨大な魔法陣が展開されているんやったか。
編纂室の運用方法や仕組みもまだ解明されておらんし、ジンさんの言うとおり、
編纂室と時限の境界で攻略手順が一緒であるという可能性はあるな」

アイム「討伐隊が14日以内に会議所に戻らなかった場合は行方不明として、
別の討伐隊を組むように決めてある。たとえ俺たちがここから戻れなかったとしても、誰かが俺たちの遺志を継いでくれる」

¢「ぐぬぬ」

議論は決した。討伐隊は誰しもが自らの生命を賭けて任務遂行に当たる覚悟を持っている。
それは今更言うまでもないことだった。

スリッパ「話は終わったようだな。ではそのように進む手筈でいいのかな?」

アイム「あんたはいいのか。なにも俺たちに付き合わなくてもいい。危険な旅だ」

何をいまさら、とスリッパはニヤリと笑った。

スリッパ「冒険家が自分の生命の一つや二つ、怖がっていてはやっていられない。
寧ろ、お前らには感謝してるんだ。ここで最期を迎えられたら、それはそれで本望だ」

なあサラ。問いかけられたサラは、わずかに首を縦に振りスリッパに応えた。

参謀「じゃあ決まりやな。彷徨いの森に突入するぞ」

DB討伐隊とスリッパ一行は、光が当たらない暗闇の森へと歩みを進めていった。


【K.N.C 180年 未開の地 彷徨いの森】

彷徨いの森は、映える木々は不格好な背格好で兵士を迎え、小鳥さえ囀らない不気味な空間だ。
森全体の薄暗さは兵士たちを暗澹たる気持ちにさせる。

アイム「ひたすら左に曲がっていって、グルグルと回り続けるぞ」

参謀「何周すればいいんや?ワイらにはわからん」

編纂室が会議所兵士に周知されて以来、大魔法使いの791によって編纂室とwiki図書館は自由に出入りできるようなワープエリアがつくられていた。

アイム「それは忘れた…」

¢「アイム 無能」

森に突入してから数時間。一行はひたすら周辺の場所を回って歩いていた。
何十周目に入り、森もより鬱蒼とし薄暗く不気味になってきていた。

アイム「なんだか似たような体験をしたことがあるような…」

編纂室へ向かう途中、だんだんと図書館が薄暗く不気味になっていった状況と似ている。

スリッパ「おい…なんだあれは」

スリッパが指差す方向には、巨大な石像が道を塞ぐようにそびえ立っていた。
きのこる先生とたけのこる先生の彫像だ。代わり映えのなかった風景に突如として現れた。

ジン「なんでしょうこれは…こんなもの当然先ほどまでは無かったものですし…」

参謀「道を完全に塞いどるな。迂回して進むか?」

アイム「いや。これがきっと最後の関門なんだ」

『最後に祈れ』

集計班が言っていた、最後の攻略手順だ。この彫像に祈りを捧げれば、道は開かれるのではないか。
アイムは半ば確信に近い思いでいた。

アイム「みんな頼む。この像に向かって、祈ってくれないか」

手を合わせて全員は必死に祈る。頼む、頼むから時限の境界に連れてってくれ。
目を閉じ、一行はきのたけ像に向かって祈り続ける。困難な現状を打破するために。
その思いに応えるように、一瞬の後、彫像は何らかの力に引っ張られるように脇に退いた。

ジン「像が一人でに動いていく。これも魔法なんでしょうか」

スリッパ「おい、あれは出口じゃないか?」

彫像が退いた先は、一筋の光が差している。

¢「とりあえず行ってみるんよ」

一行は急いでその光の下へ進んだ。

心地よいそよ風。サンサン降りそそぐ陽を目一杯浴びながらすくすくと育っている草花。
嬉しそうに飛び回る小鳥たち。先ほどまでとは何一つ違う光景に、討伐隊一行は口をあんぐりと開けて驚きを見せた。

参謀「ここが、見聞録に書かれていた時限の境界なんか」

見聞録に書かれているように、そこは楽園のような場所だった。
鬱蒼としていた木々は参謀たちの背中に位置している。そよ風に草原の草花が気持ちよさそうにゆれている。
まるできのたけ山の牧場のようだ。むしろ牧場よりもはるかに風景は彩り豊かだ。

スリッパ「タイムマシンフロア自体はこの先にある筈だ。先を急ごう」

スリッパとサラは先に進んでしまった。

アイム「あ、おい!待てってば!…ん?」

新緑に芽吹く草原の中に、クレーターのように地面がえぐれ土肌が丸見えとなっている箇所が点在していることにアイムは気がついた。何か奇妙に感じられた。

アイム「モグラが掘り返したのか?いや、だけど…」

参謀「おいアイム、置いてくぞ」

アイム「今いくよ」

後ろ髪を引かれる思いながら、アイムは一行を追いかけるべくかけ出した。

小高い丘を登ると、眼前には目がちらつくほどの朱塗りの鳥居が一直線上に敷き詰められている。
異次元に吸い込まれそうな鳥居群は、この場所には明らかに異様な存在だ。

スリッパ「まるでこの世の場所とは思えない。幻想的だな」

うっとりとする冒険家を尻目に、討伐隊は先を急ぐよう促す。
一行は鳥居をくぐり、奥に進んでいく。
所狭しと並ぶ鳥居に隠され、外の状況を確認することはできない。
まるで世界とは切り離されたような異次元に迷い込んだようにアイムには感じられた。

意外にも鳥居の出口はすぐだった。

スリッパ「あれが…時限の境界のタイムマシンフロアか」

そびえ立つ石壁が鳥居を遮り、鳥居の切れ目つまり最後の鳥居の先には、扉がちょこんと建っているだけだ。

アイム「あの扉の先がタイムマシンフロアてことか?意外と呆気無いな。
もっとどでかい宮殿みたいなダンジョンを予想してたんだけどな」

¢「扉の奥がもっとどでかいダンジョンなのかもしれないんよ」

参謀「ここまで来てなんやが、時限の境界ちゅうんはどんな場所なんや?」

スリッパ「俺にもよくわからない部分が多いが…タイムマシンフロアであるとは聞いている。
自分が来た扉を『K.N.C180年の扉』とすると、他のフロアにある扉は『各年の扉』として存在しているらしい」

ジン「つまり、各フロアの扉を開ければその年代に行くことができるってことですか?」

スリッパ「そういうことになるが…」

アイム「ごちゃごちゃ言ってないで、とっとと行こうぜ。こうやって時間を使っている間にも、
大戦の歴史は書き換えられているかもしれないんだ」

¢「せやな。でも慎重に行くんよ。歴史を書き換えた犯人と鉢合わせするかもしれない」

¢の言葉に頷き、アイムは静かに、目の前の扉を開けた。
時限の境界。大戦の歴史を書き換える犯人が潜んでいるだろう場所。
各年代に行き来できるという夢のようなタイムマシンフロアにて、潜んでいるだろうDBたちを討伐すればいい。
討伐隊の思惑はまさに単純至極だ。

しかし――
時限の境界はそこまで甘くはなかった。


【K.N.C 180年 時限の境界】
扉を開けて入った先には、薄暗い吹き抜けの広間が広がっていた。

スリッパ「ここが…時限の境界か」

眼前に広がる“宝の山”を長年追い続けてきたスリッパだが、その反応は意外と冷静だった。
メイドのサラも無表情のまま、スリッパのすぐ後ろに控えている。興味を持つ持たないというよりかは、
感情を持ち合わせていないかのような態度だ。

スリッパ「時限の境界の内部はこのような作りになっていたのか…なるほど、うんうん」

ブツブツと独り言のように呟き、スリッパは何度も辺りを見回す。
千本鳥居で一行を出迎えた和風の外観とは打って変わって、内観は西洋風の造りそのものだ。
薄暗くジメジメとした室内は、教会がもつ神聖さと、埃が舞う薄汚い穢れさをどちらも併せ持っている。

参謀「しかし、扉ばっかりやな。あの扉一つ一つが各年代に移動できるワープ装置ちゅうことか」

広間を取り囲むように10枚の扉が円状に並べられている。
扉にはそれぞれ0から9の番号が割り振られているようで、アイムたちが入ってきた扉には「0」が刻印されていた。

アイム「オレたちが入ってきた扉がK.N.C180年の【基点の扉】というわけかッ…ん!?」

自分たちが入ってきた扉、つまり【0の扉】を開けようとアイムはドアノブを回したがビクトモしない。
つまり、アイムたちは時限の境界に閉じ込められてしまった。

アイム「おいおい閉じ込められたぞ。どうやって出ればいいんだ」

¢「すごく嫌な予感がするんよ…僕の予想が外れることを願うんよ」

スリッパ「どこかに出口はないのか」

ジン「見てください。扉の間に通路がありますね」

北・東・西にそれぞれ通路が開かれている。先に進めるようだ。

スリッパ「ふむふむ。なるほど、つまりこの扉に付いている数字はつまり各年の一桁台の数字が…
これは実に興味深い…」

アイム「お楽しみのところ悪いが、先に進むぞ冒険家さん」

討伐隊の目的はあくまで、時限の境界に潜んでいるだろうDBたちの捕獲・討伐。
名残惜しそうにしながらも同行するスリッパは討伐隊と同じく、奥の通路に歩みを進めた。
けしかけたスリッパが歩き出すのを見届け、アイムも先を急ごうと歩き出し――

アイム「…おい?なんか聞こえないか?」

立ち止まった。

ジン「いえ、なにも聞こえないですよ」

カチ。カチ。カチ。周期的な時計のような針の音が。

参謀「聞こえんなあ。時計なんて周りには見当たらないし」

広間には置き時計も掛時計も無い。しかし、アイムには聞こえていた。
小さな音でゆっくりとではあるが時を刻んでいる針の音が。

参謀「なんだっていい。とりあえずこのダンジョンの奥まで探索するぞ」

先程と同じだ。千本鳥居の前で発見したクレーターといい、どうにも腑に落ちないことが多い。
納得はできないが、先に進むしかない。アイムは仕方なく先に進むことにした。

――時計の針は刻一刻と進む。

どの通路を進んでも、その先には入り口と全く同じ広間が広がっているだけだった。
彷徨いの森と同じく、まったく同じ光景が広がるという現実に一行は多少なりともゲンナリした気分になった。

スリッパ「違いといえば、広間の柱に振られた番号か」

広間の端にある巨大な柱には番号が振られている。
スリッパたちが今いる広間は【17】。最初に入った広間は【18】だった。

スリッパ「よし、ここまでの探索結果をまとめてみよう」

〜時限の境界で判明した情報〜
・複数の広間が通路によって繋がっている。各広間はに10枚の扉が置かれている。
・各広間の扉には【0】〜【9】までの番号が振られている。最初に入ってきた扉は【0】
・広間にもそれぞれ番号が振られている。最初に入った広間は【18】
・広間【18】の左右には広間【17】【16】が位置している。【18】の前方には【15】が位置し、その左右には【14】【13】といった具合に連続している。
 つまり、横3つの広間が連続した番号である。

参謀「つまり、ワイらが突入した広間は【18】番目、入ってきた扉は【0】ちゅうことか」

アイム「ははあ。なるほど、読めたぞ。広間の番号が『年号の上二桁の数字を表して』いて、
扉の番号が『下一桁を表して』いるんじゃないか?」

ジン「ぼくたちのいる時代はK.N.C180年。広間の番号【18】と扉の番号【0】…
本当だ、組み合わせればいまの元号と一致しますね!」

スリッパ「なるほど。この仕組みさえわかれば、希望の時代にタイムワープできるということなのか…」

スリッパはそう言ったきり、押し黙った。深刻な表情で目をつむり、額に手を当てている。
あまりにも真剣な表情に、周りは一瞬言葉を失うほどだった。

アイム「おい、大丈夫か…?」

心配したアイムが声をかけると、スリッパはその言葉に驚き跳ねるように反応した。

スリッパ「あ、すまんすまん。少し考え事をしていたようだ」

アハハと声を上げて笑うスリッパだったが、その目は笑っていない。
後ろに立つサラも無表情で事の次第を見守るのみだ。若干の得体のしれない不気味さをアイムは感じた。

――時計の針は刻一刻と進む。

参謀「まだ奥まで探索し終えていない。このまま進んで、その後に扉を調べるぞ」

先程のスリッパの一件を経て、アイムは居心地にくい思いをしていた。
一行には奇妙な緊張感が張り詰めている。討伐隊長の参謀が抱く緊張感は至極当然のものとして、
¢はそれとは違う別の緊張感を放っているようだ。使命感からくる緊張感ではない。何かに怯えている。

スリッパの態度も少しおかしい。念願の宝の山たる時限の境界を見つけた時の反応は予想外に淡白なものだった。
だが時限の境界の奥に進むにつれ、緊張で顔がこわばってきている。
時限の境界を発見すること自体が目的ではないということなのだろうか。アイムにはわからない。
例えるならば、獲物の小動物が罠にかかるのをひたすら待っている獰猛な獣のような感じなのだ。

アイム自身もおかしい。相変わらず時計の針の音が聞こえ続けているのだ。寧ろ、音は大きくなり針は早く鳴ってきている。

アイム「なあ本当に針の音は聞こえないのか?」

同じ新人で気兼ねなく話せる相手となったジンに話しかける。たけのこ軍兵士だが、この際仕方ない。

ジン「聞こえませんね。疲れているんじゃないですか、耳鳴りとか」

アイム「そんなヤワじゃないはずなんだけど――」


参謀「ふせるんや!!!」

突如参謀の怒号が広間に響き渡り、咄嗟に全員はその場に伏せた。
それに続くように、広間に爆発音とともに轟音が鳴り響いた。

アイム「なんだなんだ!」

腰に差していた剣を抜く。アイムの眼前にいる“それ”は、全身を機械で固めた巨大生物だった。
今まで大戦に姿を現したスクリプトとは大きさが一回りも二回りも違う。

¢「スクリプト…なのか?とてつもなくデカイが」

とりあえず、と¢はすぐさま二丁拳銃を構え目の前の敵に向かって発射した。
しかし、スクリプトの装甲の前に、銃弾は跳ね返ってしまった。

¢「堅いな…どこかに弱点があるはずだが――」

アイム「¢!危ないッ!!」

¢の脇に位置している通路から、二体目のスクリプトが現れるとともに、
間髪入れずに¢に向かって光弾を発射した。

¢「ぐッ――」

歴戦の勇者¢は相手の速攻にも、咄嗟に銃で防御態勢を整えたが、
光弾をまともに喰らいふっ飛ばされてしまった。

ジン「¢さん!『キュンキュア』!!」

¢のもとに駆け寄り傷を癒やす。魔法の香りは少しジンジャーエール臭い。

参謀「くッ、この態勢はまずい。一旦退くッ!!総員、西の通路に向けて走れッ!!」

スリッパ「了解ッ!サラ、頼む」

サラは頷き、初めて自分の意志で一行の前に出た。そして、どこから取り出したのかガトリングガンを両手で構え、合図もなくスクリプトたちに向かって発射し始めた。

スリッパ「急ごう!サラが時間を稼いでいる間に!」

一行は通路を抜け別の広間へと走る。

スリッパ「サラ、もうOKだ!」

その言葉を聞き、サラは躊躇なくガトリングガンを投げ捨てスリッパたちの後を追う。
遅れてスクリプトたちもその後を追うが、次の広間に到達した時には討伐隊は姿をくらませていた。

――時計の針は刻一刻と進む。

巨大生物スクリプトは二体だけではなかった。スクリプトは数を減らすどころか逆に数を増やす勢いで一行に襲いかかった。
始めのうちは、各個撃破で何体かのスクリプトの破壊には成功したものの、次第にスクリプトに包囲される機会が増え、今や討伐隊一行は各広間を走り回り、
スクリプトの追手を逃れるほど切迫した状況に追い込まれていた。

参謀「ハァハァ…大丈夫かみんな。クソ、なんて数やッ」

何十回目かとなるスクリプトの追手を巻き、広間の片隅で一行は息を切らしていた。状況は最悪といってもいい。

ジン「みなさんこれ飲んで回復してください。『ジンジャーエール』!!」

魔法で用意したジンジャーエールを全員に配る。アイムは貰ったジンジャーエール缶を必死に口つけた。
炭酸はあまり得意ではない。さらに運動直後の炭酸摂取は身体に良くないが、四の五の言っていられない。

¢「このまま…逃げまわっても…ハァハァ…状況は…ハァハァ好転…しないんよ」

¢は今にも倒れそうだ。訓練を怠っていたのかそれともまともに外に出ていなかったためか、スタミナが誰よりも無かった。

参謀「確かにこのまま逃げまわっても埒が明かん。部隊を二手に分けて、陽動作戦をとるか」

ジン「この際、もうタイムワープをしてもいいんじゃないでしょうか」

¢「反対。もしタイムワープして万が一帰れない状況になったらそれこそ無駄死なんよ」

スリッパ「陽動なら、私とサラに任せてくれ。スクリプトを引きつける」

今後の作戦について話し合っている中、アイムだけに聞こえる針の音は、まるで早鐘を打つようにひっきりなしに鳴っている。
その音の大きさは、今や周りの会話が聞こえないまでになっていた。

アイム「おいみんな!聞いてくれ――」

アイムがいい加減事の次第を説明しようとした正にその時。


―――『時間切れ』


アイム「は?」

頭のなかに響いた声とともに、針の音は止む。次の瞬間――

ジン「な、なんだッ!身体が勝手にッ!!」

全員の身体が見えない力に引っ張られるように広間の中心へと移動していく。

参謀「なんや、また敵かッ!?」

辺りを見渡すと―

スリッパ「扉が…開いているッ!!」

先ほどまで閉ざされていた広間の扉の一つが開け放たれていた。全員、その扉に向かっているのだ。

¢「あの扉に吸い寄せられるぞッ!!」

ジン「う、うわッ!」

扉に一番近かったジンが真っ先に吸い込まれそうになるが、咄嗟にアイムが手をつかむ。

アイム「全員、互いに掴んだ手を離すなよッ!」

全員が互いの手を掴み、必死に見えない力に抵抗する。しかし―

スリッパ「なんて強い力なんだ…」

¢「うぅ…もう限界なんよ」

全員の身体は浮かび上がり、一直線上に扉に向かって飛んで行く。


参謀「全員、衝撃に備えろッ!!」

アイム「ッ!!」

扉に吸い込まれる直前。走馬灯のように景色がフラッシュバックする中、アイムは思い出していた。
自身の境遇、自分の本当の名前、そして――自身に課せられた“真の役割”。
全てを思い出して、そしてすぐ後にやってきた衝撃で再び全てを忘れてしまった。

こうしてDB討伐隊一行は時空の潮流に乗り、時を跳んだ。


2-7. K.N.C102次大戦への時間跳躍編へ。
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