初公開:2016/08/28
【K.N.C180年 時限の境界】
幻影のDB「ひいいいいいいいいいいいいいい!」
加古川「悲鳴のする方向だ!急げッ!」
数多のホールを駆け抜け、DBへ向かって走り続けるが、討伐隊は未だその姿を捉えることができずにいた。
斑虎「声の方向はあっちだ!」
someone「いや、真逆の方からも聞こえたぞ!」
スリッパ「奴の移動の速さ、それにホール内で声が反響しているから、特定し辛いな…」
オニロ「二手に分かれて捜索したほうがいいですかね?」
¢「人数を分散すると、それだけ歴史改変を多くするリスクが高まる。僕は反対なん――」
¢が言い終わらない内に、慟哭とともに巨大スクリプトNEXTたちは討伐隊の前に姿を現した。
アイム「みんなッ!避けろッ!」
数体のスクリプトがアイム達の元へ跳躍し、轟音を唸らせながらその巨体を地面へぶつけた。金属の擦れる耳障りな音に、何人かは顔をしかめ動きを止める。
その間に、十数名いた討伐隊員たちは巨大スクリプトによって、隊が分断されてしまった。
アイム「くッ!砂煙が目に入っちまった…みんな、無事かッ!!」
ホール内に反響し続けるスクリプトの慟哭に負けないくらいの大声で、アイムは周囲の状況を確認しようとした。
アイムが滲む目を擦り辺りを見回すと、分断されたアイム側には、オニロを含め数人居るようだった。
オニロ「大丈夫だよアイムッ!!けど、なんて耳障りな音なんだッ!『ネギトロ爆弾』!!」
詠唱と同時にオニロは勢いに任せて杖を振りかざした。
すると、杖の先から液状の緑色の球体がスクリプトに当たりそして弾け、強烈な刺激臭と毒により、スクリプトの自由を奪った。
アイム「よくやったぞアイムッ!てかなんだよそのネーミングは…」
オニロ「『ネギにちなんだネーミングにすれば、集計さんの手向けになる』って師匠が言ってたから…」
スリッパ「軽口は後だ。どうやら団体さんのお出ましだ」
竹内「ホッホ。こりゃまた、図ったようにわらわら湧いてくるのお」
社長「アッアアッヤバイ」
残党の勢揃いといった具合に、討伐隊がいるホールに四方から巨大スクリプトが押し寄せてきた。
アイム「ちくしょう、時間がねえってのに――」
スリッパ「おいッ!あそこにDBがッ!!」
アイム「なんだとッ!」
目を凝らすとアイム達から見て西方に、ホールを走るDBの姿が遠目でも確認できた。
オニロ「ここで逃すと、もう捕まえられないかもしれないよッ!」
スリッパ「だが、分断されている¢たちとの合流を待たないと…」
¢??「オレらのことなら大丈夫なんよ!先に行って、DBを討伐して欲しいんよ!」
悩んでいるオニロたちの耳に、スクリプトにより離れ離れになったはずの¢の言葉が届いた。
雑音で近くの兵士同士の声すら聞きにくい状況の中で、¢の言葉はオニロとスリッパの耳に不可思議なほど明瞭に届いた。
アイム「どうしたッ!¢さんたちと連絡は取れたかッ!?」
オニロ「¢さん達は先に行っていてくれってッ!!」
アイム「ん?よく聞こえねえぞ!てか、うるせえぞテメエッ黙ってろッッ!」
身をかがめつつアイムは短刀を横投げすると。意志を持ったように同心円状に回転しながら移動した刀は、瞬く間に、スクリプトの四肢を切り取ってしまった。
社長「あワお〜〜流石っすねアイム君」
アイム「見たか、これが鍛え上げた戦闘術の実力だッ!」
オニロ「よしッ、¢さんの了解も取れたことだし、すぐに行くよッ!」
アイム「お、おい待てよ。本当に¢さんの声が聞こえたのかよ?…って、先に突っ走りやがって、あいつ…待てッ!スリッパさん、バグ野郎にボケ爺さん、追うぞッ!」
社長「エーンテイ^^」
スリッパ「ええいママよ!」
竹内「なんだかおもしろい事になってきたのう」
アイム、オニロ、スリッパ、社長、竹内の5名はDBを追うために走りだした。
¢「ん?」
背後にそびえるスクリプトの残骸の山に振り返るも、向う側に居るはずのアイムたちの声は聞こえてこない。
参謀「どうしたんや¢!」
目の前のスクリプトを薙ぎ払いながら、戦友の違和感に真っ先に気がついた。
¢「いや、アイム君たちの声が聞こえた気がしたんよ。だけど、気のせいか」
加古川「¢さん、もっと腹に力を込めて大声で話してくれッ!全然、聞こえないぞ!」
¢「びえええええええん」
someone「しかし、奴らは狙い澄ましたかのように我々の中腹を攻めて、そこになだれ込んできましたね。
お陰で、斃れているこいつらを動かすのにもう少しだけ時間がかかりそうです」
斑虎「まあ向こうも戦い続けていることだろう。¢さんの合流するまで動かないっていう指示に従っているだろうよ!」
筍魂「…いやな予感がするな…」
オニロ「くそお!どこだDBォ!!」
怒りを発散するかのように、ポイフルバーストの光弾を散らせながらオニロは先頭を走り続けていた。
火花がバチバチと散りながら、彼方で炸裂した光弾の反響音が伝わってくる。
アイム「お、おい止めろオニロ。これじゃあ自分の居場所を相手に教えているようなもんだ!少しは落ち着け」
オニロ「ああ、そうだね。ありがとうオニロ」
スリッパ「オニロは随分と激情型だな…」
社長「戦闘になると先が見えなくなるって奴すかね」
アイム「しかし、DBをまた見失っちまったか…竹内の爺さんもいるから速くは走れねえし…」
竹内「ホッホッホ、今夜の夕飯はなんじゃろう」
スリッパ「安心しろ、もう既にサラを周りに走らせてある。DBを発見したら知らせをよこすはずだ」
社長「段々忍者みたいになってきたっすね」
その時、近くのホールから短い炸裂音と同時に化物の悲鳴が響いてきた。
スリッパ「サラが見つけたッ!こっちだッ!」
サラのいるホールに駆けつけると、ワイヤーガンを構えたサラの目の前に、フック付きワイヤーにがんじがらめにされているDBが藻掻いていた。
地べたに腹をつけ手足だけをばたつかせるDBと、それを見下ろすサラ。勝敗は歴然だった。
スリッパ「よくやったぞサラ!」
社長「もうあの子だけで いいんじゃないかな」
オニロ「すごいよサラさん!DBを捕まえた!」
サラは照れる素振り一つ見せずに、流れるような所作でスリッパの背後に移った。
アイム「すぐさま¢さんたちと合流して、DBを捕獲した旨を伝えよう」
社長「そんな時間あるかなあ?」
―――『時間切れ』
社長の声と、謎の声がアイムに届いたのはほぼ同タイミングだった。
ふわりと全員の身体が静かに浮かび上がった。
スリッパ「くっ、こんな時に時間切れなんて…」
幻影のDB「ひいいいいいいいいいいいいい」
アイム「みんな、お互いの手を離すなよッ!」
アイムはDBが捉えられているワイヤーに手をかけ、もう片方は後方にいるオニロの手を掴んだ。
アイムたちの眼前にある過去の扉が勢い良く開け放たれた。
時限の境界によって、自動的に放り込まれる年代が決まったようだ。
幻影のDB「ひいいいいいいいいいいい」
アイム「うるせえ!黙ってろッ!」
幻影のDB「ひいい…ひひひ…イヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!」
アイム「!!」
突如笑い出したDBにギョッとするアイム。すると――
幻影のDB「ヒヒヒヒヒイッヒヒヒヒ」
DBの身体から、眩い光が発せられる。否、光源はDBの奥にある開け放たれた扉の光が漏れたものだった。
DBの身体が徐々に透けているのだ。
アイム「DB、テメエは――」
幻影のDBと目が合う。
”また、ダマサれた”
偽物の器の眼は、確かにアイム達をそう嘲笑するように嗤っていた。
扉に吸い込まれる直前に、オニロは一連のDBの仕組まれた行動に合点がいった。しかし初めての時間跳躍に困惑し、推測した制約を元に、アイムと社長の手を絶対に離さないように心がけた。
社長も平常時のバグ様子で、ただオニロと竹内の手を握ったままだった。
竹内も動揺せずにじっと時が流れるのを待った。それは老練の経験からくるものか、それとも単にボケているのか。事前の話を元に、社長とスリッパの手は最後まで離さなかった。
スリッパは、DBの策略に再度ハマったことに下唇を噛んだ。感情を表に出す様は、大戦黎明期に見られた若かりし“英雄・スリッパ”を彷彿とさせた。
その後ろで、サラはじっとスリッパの背中を見つめている。その瞳から特定の感情は読み取れない。
幻影のDBが周囲の闇に同化し姿を消し去ったと同時に、兵士たちは何度目になるかわからない時間跳躍の旅へと引き寄せられていった。
【K.N.C47年 会議所】
オニロが意識を取り戻し勢い良く起き上がると、その眼前には、見慣れた会議所正門とそれを取り巻く石壁が延々と広がっていた。
オニロ「皆さん、無事ですかッ!」
アイム「オニロ…お前、まんまとDBに騙されたな」
同じく起き上がったアイムが、時間跳躍時にぶつけたであろう後頭部をさすりながら溜息を付いた。
DBが¢の声色を使い偽の司令を出し錯乱させたことを、自身も同じ手口で欺かれたことを引き合いに、アイムは他の5名に説明した。
スリッパ「そもそも声の小さい¢さんの声が、あんな環境下できこえるはずがない、か…盲点だったな」
社長「よくもわしを、だましおったな〜っ!!」
オニロ「た、確かに…」
アイム「討伐隊の分断はDBの目論見通りだ。【幻影】と【幻想】を操る奴の能力の前に、翻弄されっぱなしだな」
オニロ「捕まえたはずのDBが偽物だとすると…もしかして、時限の境界で発見したはずの奴も最初から【幻影】だったのかもしれない」
スリッパ「討伐隊本隊を引き付けることが陽動だとしたら、奴の真の狙いは…」
竹内「昼飯を食うことかのう?」
社長「原因は!かぁー!どこじゃー!」
オニロ「そうかッ!【手薄になった会議所の襲撃】ッ!」
本隊は自らの分身で時限の境界に引きつけ、その間に会議所に襲撃をしかける。DBのプランは単純ながら明快だった。
スリッパ「なるほど、DBからしたらこれ程の名案はないだろう。ただ、時限の境界の外には黒砂糖さんと抹茶さんが残っている」
オニロ「会議所には師匠も残っているし、問題なしだね。逆にこれが決定打となって追いつめられたりしてね」
とにかくオレたちは早く帰ろうと述べ、アイムはすっくと立ち上がり辺りを見回した。とうに陽が落ちているのか、一帯はすっかり闇に覆われている。
K.N.C180年頃には正門の両脇には灯籠が立ち会議所を照らしていたが、この時代には灯籠はおろか道も舗装されていなかった。
相当前の時代に来たのではないかと、オニロは直感した。
オニロ「しかし人の気配がないですね…みんな、大戦中でしょうか」
スリッパ「ともかく会議所内に入ってみよう」
会議所内を歩けど明かりは落ち、辺りは静まり返っていた。建物は現代と比べて随所に小綺麗さを感じる。
今ではすっかり色褪せてしまった会議所受付も、この時代では光沢を放つテーブル、椅子がオニロとアイムにとっては新鮮だった。
月は雲に隠れ、月明かりすら頼りにならない中、討伐隊6名は会議所中心に位置する中庭からwiki図書館に向けて歩いていた。
未だ、この時代の兵士一人もすれ違っていない。
就寝時刻をとうに過ぎた夜半に飛ばされたのではないか、と一行は壁伝いに歩きながら薄々そう感じはじめていた。
スリッパ「明かりが灯ってない。どこか懐かしい感じがするな…」
アイム「…そういえばスリッパさんは何時頃まで大戦にいたんだ?あまりその辺の話を聞けていなかったな」
スリッパ「それは…」
オニロ「スリッパさんは凄いんだよッ!大戦黎明期における英雄的存在なんだッ!」
言葉に詰まるスリッパを押しのけるように、オニロは目を輝かせた。大戦年表編纂室で読書にふけるしか無かった彼は、ここぞとばかりに読書で得た知識を披露し始めた。
オニロ「まだ会議所ができる前の話さ…戦いをしない限り世界に進展がないと兵士たちの間で判明して間もない頃。一人の英雄が戦いを終結に導いたんだ」
当時の複数の文献には、その英雄について、みな一様に次のように記している。
“きのこたけのこ世界が創造されて数年。動乱が続いていた中で、その世界が真の産声を上げたのは、英雄スリッパが第二次大戦を終結させたその時である”
兵士たちは生を受け世界へ降り立ったその時から、生きることに必死だった。
生きるためには、その世界に留まり続ける必要があり、その世界は兵士たちの戦いのエネルギーを糧とし維持する材料とした。
皆、余裕は無かった。戦いは生きるために必要であるという、兵士たちは謂わば義務感に駆られ戦いを続けていた。
そんな第二次大戦中、生気のない顔で兵士たちが戦闘を続けていた正にその時だった。
ある一人のたけのこ軍兵士が突然、隊列から独り離れ、軍団の前に出た。周りがギョッとする中、その兵士は茶目っ気たっぷりな表情で辺りを見回した。
『みんな、キノコ狩りに興味はないか?』
当時、兵士に名前はなく互いを個として認識していなかった時分、その兵士は自らをスリッパと名乗り周囲を煽動した。
スリッパの熱にあてられ、たけのこ軍は戦いにノリと酔狂を見出し、勢いのまま進撃を続けた。
そして、きのこ軍を追い詰めた際、後年まで語り続けられることとなる名言とともに、軍団長スリッパはきのこ軍を壊滅させた。
『突き進む!そのさきが闇だったとしても!!』
オニロ「――ということがあって以来、兵士たちはスリッパさんのお陰で大戦の醍醐味、おもしろさを理解することができたっていうわけさ」
社長「(さすが、スリッパは違うぜーー」
竹内「ほう、それはいい話じゃのう」
アイム「大戦世界発展の第一人者というわけか。そりゃあ各所で神格化されるわな。そんなあんたが、どうしてすぐに大戦をやめたんだ?」
スリッパ「…理由なんてないさ。いや、強いて言えば……【理由を知りたくなったんだ】」
オニロ「理由?なんのですか?」
スリッパはオニロの問いには答えずに、ただ淋しげに微笑むだけだった。英雄の儚げな笑みに、どのような背景が隠されているのか。
アイムとオニロはまだその理由を知らない。サラだけがスリッパに向けて憐れみの視線を送っていたが、不幸か幸いに、誰も気がつくことはなかった。
社長「しかし、兵士の姿が見えないあひゃよ」
竹内「腹が減ってきたのう。香ばしい焼き魚の匂いもただよってきた」
アイム「爺さん、飯ならさっき食ったから素直に寝てろ。…ん?ただ、確かに何か臭うな」
図書館に向けて歩みを進めていると焦げた臭いがアイムたちの鼻をつくようになった。
屋外でバーベキューでもやっているのだろうかと、食い意地の悪いオニロは考えた。
オニロ「この方向は…wiki図書館のほうだね。行ってみようか」
??「そこをどいてくれッ!」
突然、一人の兵士が通路から飛び出してきて、オニロと肩をぶつけた。オニロはよろけ、その兵士も壁に背を付ける形になった。
その兵士は額に大粒の汗を浮かべ、肩で息をするほどに呼吸が乱れていた。
オニロ「あ、すみませ……」
アイム「なッ!!」
社長「うっっ!!」
その兵士は、シルクハットに蒼いケープを着用していたが、なんと顔が社長と瓜二つだった。
正確には、現代の社長の顔には常にモザイクがかかっているため、顔のシルエット像が社長と酷似していた。
??「どうした。俺の顔になにか付いてるか?」
オニロ「いや、あの、その…」
社長「 」
兵士の問いに、オニロは返答につまりアイムは口をあんぐりと開け絶句している。社長は全身がバグまみれのためなにがなんだかわからない。
スリッパ「…久しいな、タッピー社長。いや、アンチきのこマシンと呼ぶべきかな」
紅茶淹れエスパータッピー社長「ん?スリッパさんじゃん。圧倒的再会…!…なんか老けた?」
スリッパ「これだけ苦労すればな。まぁお前から見たら、さしずめ私は浦島太郎といったところかな」
紅茶淹れエスパータッピー社長「?ん、おいそこのあなた、もしかして――」
タッピー社長が社長を指差すと、いまの社長とは似つかないツカツカとした確かな足取りで、本人に近づいた。
社長「アッアアッヤバイ。。あ、あ、あワお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!あヅファイヤ〜〜!!」
アイム「うるせえ真っ二つに斬り伏せるぞ」
紅茶淹れエスパータッピー社長「なんだなんだおかしな兵士だ。そうだッ!こうしてはいられないッ!図書館が大変なんだッ!」
タッピー社長は社長本人たちには目もくれず、再び走りだした。
紅茶淹れエスパータッピー社長「すぐに消火…!迅速な消火…!そして無事に鎮火させたら、蒼星石に踏まれたい!!!」
タッピー社長は風のように現れ、風のように去っていった。
竹内「あれが過去の社長か。懐かしいのう」
アイム「お前にもバグってない時期なんてあったんだなあ。『どうした、俺の顔になにか付いてるか?』だってよ!」
社長「やめてね。」
アイムはここぞとばかりにニヤニヤ笑いながらバカにする。
当の社長は全身を縮こまらせ、バグの海と同化した。
場の空気が二人のやり取りで緩む中、オニロは周りから離れ独り思案していた。
タッピー社長の顔を見るのは初めてではない。重ねあわせていたのだ。集計班が失踪した直後の社長の顔と――
―― たけのこ軍 オニロ「あの……社長……ですよね?大丈夫ですか?」
―― 社長の存在がバグっていないのである。いつもは、顔だけでなく全身バグまみれの社長が、
―― 今はまるで獲物に狙われた子鹿のように全身を震わせ、悲しみ、際限ないほどに“恐怖”している。
バグっていない顔が、タッピー社長と全く同じだった。やはりタッピー社長は現代の社長と同一人物であることは間違いないと、オニロは確信した。
同時にふとした疑問が湧き上がる。では、なぜ今の彼はバグっているのだろうか。
彼がバグに虜になったから?
蒼星石よりもバグを選んだからバグろうとしている?
それとも、【何かを隠すために】敢えてバグっているとしたら?
バグの特徴はその難解さと理解者の少なさにある。バグれば誰からも相手にしてもらえなくなる。
もし、敢えて誰からも相手にされないために、【疑われないために】、社長がバグるという選択をしているとしたら――
スリッパ「それよりも、タッピー社長の後を追うぞ。wiki図書館の方向で何か異変が起きているようだ」
アイム「『消火』なんて言葉を使ってたな、嫌な予感がする。急ごうッ」
スリッパの一言に、オニロは急激に意識を現実に戻した。社長もいつもの調子を取り戻したのか多種多様なバグの表情を見せている。
考えすぎだったのだろうか、とオニロは自らの懸念を半ば払拭させた。こうして6名はすぐにwiki図書館に急いだのだった。
【K.N.C47年 wiki図書館付近】
図書館があるべき場所には、烈火の如く燃える炎が居座り、オニロ達を出迎えた。
澄んだ夜空に、建物を飲み込む赤い炎はよく映えた。
この時代のwiki図書館はオニロ達が思っている以上に会議所に隣接していた。
そもそも図書館の位置する場所が現代とは異なっていた。初代wiki図書館は、木造の建屋で存在感を放っていた。
ただ、その端然たる図書館は、口を大きく開けた獄炎に為す術なく、無残にも激しく燃え盛っていた。
アイム「こ、これは火事なんてレベルじゃあねえぞッ!」
竹内「ほほう、ここでBBQ大会をぉ」
オニロ「まさか…これが…ここが、【K.N.C47年】!?」
オニロは過去の会話、そして自らが読み漁った大戦年表を記憶の隅から引っ張った。
━━━━
━━
―― 冒険書の保存状況は酷いものだった。四隅についている銀の留め具は原型を留めないほどに溶けて形を変え
―― 本にこびりつき、金で刻印されていただろう表紙の文字・ロゴはススや埃ですっかりと隠れてしまっている。
―― きのこ軍 アイム「なんでそんな汚えんだよ…」
―― たけのこ軍 加古川「留め具や金箔が溶けているしススばかりだし、過去に火災にでも見舞われた本なのかね?」
━━
━━━━
―― オニロ「ふむふむ。『wiki図書館の二代目館長の山本さんが迅速に図書館の復旧に務め…』
━━━━
━━
【K.N.C47年の大戦年表記述】
ある日、wiki図書館は原因不明の大火災に巻き込まれた。突然の削除に両軍総出でwiki図書館の復旧作業に当たったものの、全焼し大部分の書物は喪失した。
また、火の手はまるで生き物のようにうねり、図書館だけでなく隣接した木々をも飲み込んだ。
延焼事態に一時、辺りは騒然となった。寝静まった夜間での大火災であり、会議所兵士の初動の遅れが被害を拡大させた。
怪我人こそ出たものの事態は収束した。
オニロは、編纂室で読んだ大戦年表のK.N.C47年の項を思い出し、他の5名にすぐさま事実を伝えた。
アイム「それが本当だとすると、ここにいたら危険じゃねえか?」
オニロ「危険どころの話じゃないよ!すぐに火の手を消さないとッ!」
アイム「待て。ここでオレたちがすぐに火を消して全焼を防いだら、K.N.C180年にある二代目図書館はどうなる?
重大な歴史改変で周りの兵士を多く巻き込んじまうぞ」
オニロ「だったら、この状況を見過ごせっていうの!」
社長「ふたりとも、あぶないあひゃよ!!」
突如、図書館を包んでいた炎の一部が龍の頭を司り、オニロとアイムに襲いかかってきた。
すんでのところで二人は後ろに下がり難を避けたものの、龍の炎は再び図書館を飲み込まんと戻っていった。
スリッパ「これは一体どういうことだ!」
オニロ「この炎の形、まさか、炎の流れからして…みんな、ついてきてッ!気になることがあるんだッ!」
アイム「お、おい!ったく、オニロの野郎、普段と違ってこういう時はやけに強引だな」
頭を掻きながら、オニロとアイムたちは図書館の奥――二代目図書館の位置する場所――へと急いだ。
【K.N.C47年 初代wiki図書館付近】
オニロ「やっぱり…これ、魔法の炎だよ。それも、すごく強力なね」
図書館の裏手に回るとそこには、光を放つ魔法陣が描かれていた。
そして、その魔法陣からは大量の炎渦が創られては図書館へと向かっていっていたのである。
オニロ「前に師匠が教えてくれたんだ。欺瞞としての魔法がある、と。龍の炎が襲いかかってきたのはおそらく近づけさせたくないための防衛行動だろう。すごい魔法力だよ」
社長「ああ、なんて憂鬱なんだろう」
アイム「これじゃあ誰かが人為的に図書館を燃やしたってことじゃねえかッ!」
スリッパ「wiki図書館は自然発生の火災で消失していたと聞いていたが。大きな間違いだったようだな」
―― コツッ
オニロ「すぐに消そうッ!みんな、下がっててッ!この魔方陣を消すよ」
アイム「だから待てと言ってるだろう。ここで火を消したら、重大な歴史改変をしちまうかもしれないんだぞ」
―― コツッ
オニロ「目の前で刻々と起こっている悪意の連鎖を、アイムは見逃せっていうのかい!?」
アイム「悔しいが、そのとおりだ。もし仮に初代wiki図書館消失という歴史を改変すれば、二代目wiki図書館は存在意義を失う。
そうなるとどうなる?重大な歴史改変には手を下さない、それが、【観測者】たるオレたちの務めだ」
―― コツッ
スリッパ「二人とも落ち着け。オニロ君、これがDBやスクリプトの仕業であるという保証はあるか?」
社長「ジ→す」
オニロ「DBの歴史改変の前に、wiki図書館が全焼したという文献は読みました。
目の前で起きていることは史実通りです。図書館消失に際し、初代図書館長も姿を消し――」
―― コツッ
その瞬間、オニロたちの周りの全ての時間が静止した。
燃え盛る業火音、朽ちる木々の擦れる音。
決して4名の耳に届くはずのない兵士の刻む足音が、まるでゆっくりと心臓のビートと連動するように、全員の頭のなかに“響き渡った”。
―― コツッ
―― コツッ
―― コツッ
オニロたちの背後で、静かに足音が止まった。全員が背後の音の主へ向かい振り返る。
兵士はすらりとした全身を紅い炎に包んでいたが、まるでベールを脱ぐように、炎は消え失せその姿が次第に顕となった。
一目見ても、その兵士が目の前の火災に関わりがあるだろうことは容易に想像できた。
オニロは集計班とのやり取りを思い出した。
―― オニロ「そういえば、参謀と山本さんの前の初代図書館長は一体誰なんでしょうか?」
―― 集計班「…彼は最後まで沈黙であり続けた」
―― オニロ「え?」
―― 集計班「我々はその沈黙から多くを学び―」
―― 同時に重大なものを失った ――
その名は――
オニロ「あなたは、無口さんッ、ですねッ!!」
全身を鎧で着込んでいた兵士は、まるで呼吸をするように、流れる所作で手元の剣を振るった。
途端、斬撃とともに発生した風圧がオニロ達に襲いかかった。
同時にオニロ達の耳に届いた短い風切り音は、まるでオニロの問いに答えるように軽く、かつ絶望感を与えるものだった。
3-13. K.N.C47年への時間跳躍〜運命篇〜へ。
Chapter3. 無秩序な追跡者たちへ戻る。
【K.N.C180年 時限の境界】
幻影のDB「ひいいいいいいいいいいいいいい!」
加古川「悲鳴のする方向だ!急げッ!」
数多のホールを駆け抜け、DBへ向かって走り続けるが、討伐隊は未だその姿を捉えることができずにいた。
斑虎「声の方向はあっちだ!」
someone「いや、真逆の方からも聞こえたぞ!」
スリッパ「奴の移動の速さ、それにホール内で声が反響しているから、特定し辛いな…」
オニロ「二手に分かれて捜索したほうがいいですかね?」
¢「人数を分散すると、それだけ歴史改変を多くするリスクが高まる。僕は反対なん――」
¢が言い終わらない内に、慟哭とともに巨大スクリプトNEXTたちは討伐隊の前に姿を現した。
アイム「みんなッ!避けろッ!」
数体のスクリプトがアイム達の元へ跳躍し、轟音を唸らせながらその巨体を地面へぶつけた。金属の擦れる耳障りな音に、何人かは顔をしかめ動きを止める。
その間に、十数名いた討伐隊員たちは巨大スクリプトによって、隊が分断されてしまった。
アイム「くッ!砂煙が目に入っちまった…みんな、無事かッ!!」
ホール内に反響し続けるスクリプトの慟哭に負けないくらいの大声で、アイムは周囲の状況を確認しようとした。
アイムが滲む目を擦り辺りを見回すと、分断されたアイム側には、オニロを含め数人居るようだった。
オニロ「大丈夫だよアイムッ!!けど、なんて耳障りな音なんだッ!『ネギトロ爆弾』!!」
詠唱と同時にオニロは勢いに任せて杖を振りかざした。
すると、杖の先から液状の緑色の球体がスクリプトに当たりそして弾け、強烈な刺激臭と毒により、スクリプトの自由を奪った。
アイム「よくやったぞアイムッ!てかなんだよそのネーミングは…」
オニロ「『ネギにちなんだネーミングにすれば、集計さんの手向けになる』って師匠が言ってたから…」
スリッパ「軽口は後だ。どうやら団体さんのお出ましだ」
竹内「ホッホ。こりゃまた、図ったようにわらわら湧いてくるのお」
社長「アッアアッヤバイ」
残党の勢揃いといった具合に、討伐隊がいるホールに四方から巨大スクリプトが押し寄せてきた。
アイム「ちくしょう、時間がねえってのに――」
スリッパ「おいッ!あそこにDBがッ!!」
アイム「なんだとッ!」
目を凝らすとアイム達から見て西方に、ホールを走るDBの姿が遠目でも確認できた。
オニロ「ここで逃すと、もう捕まえられないかもしれないよッ!」
スリッパ「だが、分断されている¢たちとの合流を待たないと…」
¢??「オレらのことなら大丈夫なんよ!先に行って、DBを討伐して欲しいんよ!」
悩んでいるオニロたちの耳に、スクリプトにより離れ離れになったはずの¢の言葉が届いた。
雑音で近くの兵士同士の声すら聞きにくい状況の中で、¢の言葉はオニロとスリッパの耳に不可思議なほど明瞭に届いた。
アイム「どうしたッ!¢さんたちと連絡は取れたかッ!?」
オニロ「¢さん達は先に行っていてくれってッ!!」
アイム「ん?よく聞こえねえぞ!てか、うるせえぞテメエッ黙ってろッッ!」
身をかがめつつアイムは短刀を横投げすると。意志を持ったように同心円状に回転しながら移動した刀は、瞬く間に、スクリプトの四肢を切り取ってしまった。
社長「あワお〜〜流石っすねアイム君」
アイム「見たか、これが鍛え上げた戦闘術の実力だッ!」
オニロ「よしッ、¢さんの了解も取れたことだし、すぐに行くよッ!」
アイム「お、おい待てよ。本当に¢さんの声が聞こえたのかよ?…って、先に突っ走りやがって、あいつ…待てッ!スリッパさん、バグ野郎にボケ爺さん、追うぞッ!」
社長「エーンテイ^^」
スリッパ「ええいママよ!」
竹内「なんだかおもしろい事になってきたのう」
アイム、オニロ、スリッパ、社長、竹内の5名はDBを追うために走りだした。
¢「ん?」
背後にそびえるスクリプトの残骸の山に振り返るも、向う側に居るはずのアイムたちの声は聞こえてこない。
参謀「どうしたんや¢!」
目の前のスクリプトを薙ぎ払いながら、戦友の違和感に真っ先に気がついた。
¢「いや、アイム君たちの声が聞こえた気がしたんよ。だけど、気のせいか」
加古川「¢さん、もっと腹に力を込めて大声で話してくれッ!全然、聞こえないぞ!」
¢「びえええええええん」
someone「しかし、奴らは狙い澄ましたかのように我々の中腹を攻めて、そこになだれ込んできましたね。
お陰で、斃れているこいつらを動かすのにもう少しだけ時間がかかりそうです」
斑虎「まあ向こうも戦い続けていることだろう。¢さんの合流するまで動かないっていう指示に従っているだろうよ!」
筍魂「…いやな予感がするな…」
オニロ「くそお!どこだDBォ!!」
怒りを発散するかのように、ポイフルバーストの光弾を散らせながらオニロは先頭を走り続けていた。
火花がバチバチと散りながら、彼方で炸裂した光弾の反響音が伝わってくる。
アイム「お、おい止めろオニロ。これじゃあ自分の居場所を相手に教えているようなもんだ!少しは落ち着け」
オニロ「ああ、そうだね。ありがとうオニロ」
スリッパ「オニロは随分と激情型だな…」
社長「戦闘になると先が見えなくなるって奴すかね」
アイム「しかし、DBをまた見失っちまったか…竹内の爺さんもいるから速くは走れねえし…」
竹内「ホッホッホ、今夜の夕飯はなんじゃろう」
スリッパ「安心しろ、もう既にサラを周りに走らせてある。DBを発見したら知らせをよこすはずだ」
社長「段々忍者みたいになってきたっすね」
その時、近くのホールから短い炸裂音と同時に化物の悲鳴が響いてきた。
スリッパ「サラが見つけたッ!こっちだッ!」
サラのいるホールに駆けつけると、ワイヤーガンを構えたサラの目の前に、フック付きワイヤーにがんじがらめにされているDBが藻掻いていた。
地べたに腹をつけ手足だけをばたつかせるDBと、それを見下ろすサラ。勝敗は歴然だった。
スリッパ「よくやったぞサラ!」
社長「もうあの子だけで いいんじゃないかな」
オニロ「すごいよサラさん!DBを捕まえた!」
サラは照れる素振り一つ見せずに、流れるような所作でスリッパの背後に移った。
アイム「すぐさま¢さんたちと合流して、DBを捕獲した旨を伝えよう」
社長「そんな時間あるかなあ?」
―――『時間切れ』
社長の声と、謎の声がアイムに届いたのはほぼ同タイミングだった。
ふわりと全員の身体が静かに浮かび上がった。
スリッパ「くっ、こんな時に時間切れなんて…」
幻影のDB「ひいいいいいいいいいいいいい」
アイム「みんな、お互いの手を離すなよッ!」
アイムはDBが捉えられているワイヤーに手をかけ、もう片方は後方にいるオニロの手を掴んだ。
アイムたちの眼前にある過去の扉が勢い良く開け放たれた。
時限の境界によって、自動的に放り込まれる年代が決まったようだ。
幻影のDB「ひいいいいいいいいいいい」
アイム「うるせえ!黙ってろッ!」
幻影のDB「ひいい…ひひひ…イヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!」
アイム「!!」
突如笑い出したDBにギョッとするアイム。すると――
幻影のDB「ヒヒヒヒヒイッヒヒヒヒ」
DBの身体から、眩い光が発せられる。否、光源はDBの奥にある開け放たれた扉の光が漏れたものだった。
DBの身体が徐々に透けているのだ。
アイム「DB、テメエは――」
幻影のDBと目が合う。
”また、ダマサれた”
偽物の器の眼は、確かにアイム達をそう嘲笑するように嗤っていた。
扉に吸い込まれる直前に、オニロは一連のDBの仕組まれた行動に合点がいった。しかし初めての時間跳躍に困惑し、推測した制約を元に、アイムと社長の手を絶対に離さないように心がけた。
社長も平常時のバグ様子で、ただオニロと竹内の手を握ったままだった。
竹内も動揺せずにじっと時が流れるのを待った。それは老練の経験からくるものか、それとも単にボケているのか。事前の話を元に、社長とスリッパの手は最後まで離さなかった。
スリッパは、DBの策略に再度ハマったことに下唇を噛んだ。感情を表に出す様は、大戦黎明期に見られた若かりし“英雄・スリッパ”を彷彿とさせた。
その後ろで、サラはじっとスリッパの背中を見つめている。その瞳から特定の感情は読み取れない。
幻影のDBが周囲の闇に同化し姿を消し去ったと同時に、兵士たちは何度目になるかわからない時間跳躍の旅へと引き寄せられていった。
【K.N.C47年 会議所】
オニロが意識を取り戻し勢い良く起き上がると、その眼前には、見慣れた会議所正門とそれを取り巻く石壁が延々と広がっていた。
オニロ「皆さん、無事ですかッ!」
アイム「オニロ…お前、まんまとDBに騙されたな」
同じく起き上がったアイムが、時間跳躍時にぶつけたであろう後頭部をさすりながら溜息を付いた。
DBが¢の声色を使い偽の司令を出し錯乱させたことを、自身も同じ手口で欺かれたことを引き合いに、アイムは他の5名に説明した。
スリッパ「そもそも声の小さい¢さんの声が、あんな環境下できこえるはずがない、か…盲点だったな」
社長「よくもわしを、だましおったな〜っ!!」
オニロ「た、確かに…」
アイム「討伐隊の分断はDBの目論見通りだ。【幻影】と【幻想】を操る奴の能力の前に、翻弄されっぱなしだな」
オニロ「捕まえたはずのDBが偽物だとすると…もしかして、時限の境界で発見したはずの奴も最初から【幻影】だったのかもしれない」
スリッパ「討伐隊本隊を引き付けることが陽動だとしたら、奴の真の狙いは…」
竹内「昼飯を食うことかのう?」
社長「原因は!かぁー!どこじゃー!」
オニロ「そうかッ!【手薄になった会議所の襲撃】ッ!」
本隊は自らの分身で時限の境界に引きつけ、その間に会議所に襲撃をしかける。DBのプランは単純ながら明快だった。
スリッパ「なるほど、DBからしたらこれ程の名案はないだろう。ただ、時限の境界の外には黒砂糖さんと抹茶さんが残っている」
オニロ「会議所には師匠も残っているし、問題なしだね。逆にこれが決定打となって追いつめられたりしてね」
とにかくオレたちは早く帰ろうと述べ、アイムはすっくと立ち上がり辺りを見回した。とうに陽が落ちているのか、一帯はすっかり闇に覆われている。
K.N.C180年頃には正門の両脇には灯籠が立ち会議所を照らしていたが、この時代には灯籠はおろか道も舗装されていなかった。
相当前の時代に来たのではないかと、オニロは直感した。
オニロ「しかし人の気配がないですね…みんな、大戦中でしょうか」
スリッパ「ともかく会議所内に入ってみよう」
会議所内を歩けど明かりは落ち、辺りは静まり返っていた。建物は現代と比べて随所に小綺麗さを感じる。
今ではすっかり色褪せてしまった会議所受付も、この時代では光沢を放つテーブル、椅子がオニロとアイムにとっては新鮮だった。
月は雲に隠れ、月明かりすら頼りにならない中、討伐隊6名は会議所中心に位置する中庭からwiki図書館に向けて歩いていた。
未だ、この時代の兵士一人もすれ違っていない。
就寝時刻をとうに過ぎた夜半に飛ばされたのではないか、と一行は壁伝いに歩きながら薄々そう感じはじめていた。
スリッパ「明かりが灯ってない。どこか懐かしい感じがするな…」
アイム「…そういえばスリッパさんは何時頃まで大戦にいたんだ?あまりその辺の話を聞けていなかったな」
スリッパ「それは…」
オニロ「スリッパさんは凄いんだよッ!大戦黎明期における英雄的存在なんだッ!」
言葉に詰まるスリッパを押しのけるように、オニロは目を輝かせた。大戦年表編纂室で読書にふけるしか無かった彼は、ここぞとばかりに読書で得た知識を披露し始めた。
オニロ「まだ会議所ができる前の話さ…戦いをしない限り世界に進展がないと兵士たちの間で判明して間もない頃。一人の英雄が戦いを終結に導いたんだ」
当時の複数の文献には、その英雄について、みな一様に次のように記している。
“きのこたけのこ世界が創造されて数年。動乱が続いていた中で、その世界が真の産声を上げたのは、英雄スリッパが第二次大戦を終結させたその時である”
兵士たちは生を受け世界へ降り立ったその時から、生きることに必死だった。
生きるためには、その世界に留まり続ける必要があり、その世界は兵士たちの戦いのエネルギーを糧とし維持する材料とした。
皆、余裕は無かった。戦いは生きるために必要であるという、兵士たちは謂わば義務感に駆られ戦いを続けていた。
そんな第二次大戦中、生気のない顔で兵士たちが戦闘を続けていた正にその時だった。
ある一人のたけのこ軍兵士が突然、隊列から独り離れ、軍団の前に出た。周りがギョッとする中、その兵士は茶目っ気たっぷりな表情で辺りを見回した。
『みんな、キノコ狩りに興味はないか?』
当時、兵士に名前はなく互いを個として認識していなかった時分、その兵士は自らをスリッパと名乗り周囲を煽動した。
スリッパの熱にあてられ、たけのこ軍は戦いにノリと酔狂を見出し、勢いのまま進撃を続けた。
そして、きのこ軍を追い詰めた際、後年まで語り続けられることとなる名言とともに、軍団長スリッパはきのこ軍を壊滅させた。
『突き進む!そのさきが闇だったとしても!!』
オニロ「――ということがあって以来、兵士たちはスリッパさんのお陰で大戦の醍醐味、おもしろさを理解することができたっていうわけさ」
社長「(さすが、スリッパは違うぜーー」
竹内「ほう、それはいい話じゃのう」
アイム「大戦世界発展の第一人者というわけか。そりゃあ各所で神格化されるわな。そんなあんたが、どうしてすぐに大戦をやめたんだ?」
スリッパ「…理由なんてないさ。いや、強いて言えば……【理由を知りたくなったんだ】」
オニロ「理由?なんのですか?」
スリッパはオニロの問いには答えずに、ただ淋しげに微笑むだけだった。英雄の儚げな笑みに、どのような背景が隠されているのか。
アイムとオニロはまだその理由を知らない。サラだけがスリッパに向けて憐れみの視線を送っていたが、不幸か幸いに、誰も気がつくことはなかった。
社長「しかし、兵士の姿が見えないあひゃよ」
竹内「腹が減ってきたのう。香ばしい焼き魚の匂いもただよってきた」
アイム「爺さん、飯ならさっき食ったから素直に寝てろ。…ん?ただ、確かに何か臭うな」
図書館に向けて歩みを進めていると焦げた臭いがアイムたちの鼻をつくようになった。
屋外でバーベキューでもやっているのだろうかと、食い意地の悪いオニロは考えた。
オニロ「この方向は…wiki図書館のほうだね。行ってみようか」
??「そこをどいてくれッ!」
突然、一人の兵士が通路から飛び出してきて、オニロと肩をぶつけた。オニロはよろけ、その兵士も壁に背を付ける形になった。
その兵士は額に大粒の汗を浮かべ、肩で息をするほどに呼吸が乱れていた。
オニロ「あ、すみませ……」
アイム「なッ!!」
社長「うっっ!!」
その兵士は、シルクハットに蒼いケープを着用していたが、なんと顔が社長と瓜二つだった。
正確には、現代の社長の顔には常にモザイクがかかっているため、顔のシルエット像が社長と酷似していた。
??「どうした。俺の顔になにか付いてるか?」
オニロ「いや、あの、その…」
社長「 」
兵士の問いに、オニロは返答につまりアイムは口をあんぐりと開け絶句している。社長は全身がバグまみれのためなにがなんだかわからない。
スリッパ「…久しいな、タッピー社長。いや、アンチきのこマシンと呼ぶべきかな」
紅茶淹れエスパータッピー社長「ん?スリッパさんじゃん。圧倒的再会…!…なんか老けた?」
スリッパ「これだけ苦労すればな。まぁお前から見たら、さしずめ私は浦島太郎といったところかな」
紅茶淹れエスパータッピー社長「?ん、おいそこのあなた、もしかして――」
タッピー社長が社長を指差すと、いまの社長とは似つかないツカツカとした確かな足取りで、本人に近づいた。
社長「アッアアッヤバイ。。あ、あ、あワお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!あヅファイヤ〜〜!!」
アイム「うるせえ真っ二つに斬り伏せるぞ」
紅茶淹れエスパータッピー社長「なんだなんだおかしな兵士だ。そうだッ!こうしてはいられないッ!図書館が大変なんだッ!」
タッピー社長は社長本人たちには目もくれず、再び走りだした。
紅茶淹れエスパータッピー社長「すぐに消火…!迅速な消火…!そして無事に鎮火させたら、蒼星石に踏まれたい!!!」
タッピー社長は風のように現れ、風のように去っていった。
竹内「あれが過去の社長か。懐かしいのう」
アイム「お前にもバグってない時期なんてあったんだなあ。『どうした、俺の顔になにか付いてるか?』だってよ!」
社長「やめてね。」
アイムはここぞとばかりにニヤニヤ笑いながらバカにする。
当の社長は全身を縮こまらせ、バグの海と同化した。
場の空気が二人のやり取りで緩む中、オニロは周りから離れ独り思案していた。
タッピー社長の顔を見るのは初めてではない。重ねあわせていたのだ。集計班が失踪した直後の社長の顔と――
―― たけのこ軍 オニロ「あの……社長……ですよね?大丈夫ですか?」
―― 社長の存在がバグっていないのである。いつもは、顔だけでなく全身バグまみれの社長が、
―― 今はまるで獲物に狙われた子鹿のように全身を震わせ、悲しみ、際限ないほどに“恐怖”している。
バグっていない顔が、タッピー社長と全く同じだった。やはりタッピー社長は現代の社長と同一人物であることは間違いないと、オニロは確信した。
同時にふとした疑問が湧き上がる。では、なぜ今の彼はバグっているのだろうか。
彼がバグに虜になったから?
蒼星石よりもバグを選んだからバグろうとしている?
それとも、【何かを隠すために】敢えてバグっているとしたら?
バグの特徴はその難解さと理解者の少なさにある。バグれば誰からも相手にしてもらえなくなる。
もし、敢えて誰からも相手にされないために、【疑われないために】、社長がバグるという選択をしているとしたら――
スリッパ「それよりも、タッピー社長の後を追うぞ。wiki図書館の方向で何か異変が起きているようだ」
アイム「『消火』なんて言葉を使ってたな、嫌な予感がする。急ごうッ」
スリッパの一言に、オニロは急激に意識を現実に戻した。社長もいつもの調子を取り戻したのか多種多様なバグの表情を見せている。
考えすぎだったのだろうか、とオニロは自らの懸念を半ば払拭させた。こうして6名はすぐにwiki図書館に急いだのだった。
【K.N.C47年 wiki図書館付近】
図書館があるべき場所には、烈火の如く燃える炎が居座り、オニロ達を出迎えた。
澄んだ夜空に、建物を飲み込む赤い炎はよく映えた。
この時代のwiki図書館はオニロ達が思っている以上に会議所に隣接していた。
そもそも図書館の位置する場所が現代とは異なっていた。初代wiki図書館は、木造の建屋で存在感を放っていた。
ただ、その端然たる図書館は、口を大きく開けた獄炎に為す術なく、無残にも激しく燃え盛っていた。
アイム「こ、これは火事なんてレベルじゃあねえぞッ!」
竹内「ほほう、ここでBBQ大会をぉ」
オニロ「まさか…これが…ここが、【K.N.C47年】!?」
オニロは過去の会話、そして自らが読み漁った大戦年表を記憶の隅から引っ張った。
━━━━
━━
―― 冒険書の保存状況は酷いものだった。四隅についている銀の留め具は原型を留めないほどに溶けて形を変え
―― 本にこびりつき、金で刻印されていただろう表紙の文字・ロゴはススや埃ですっかりと隠れてしまっている。
―― きのこ軍 アイム「なんでそんな汚えんだよ…」
―― たけのこ軍 加古川「留め具や金箔が溶けているしススばかりだし、過去に火災にでも見舞われた本なのかね?」
━━
━━━━
―― オニロ「ふむふむ。『wiki図書館の二代目館長の山本さんが迅速に図書館の復旧に務め…』
━━━━
━━
【K.N.C47年の大戦年表記述】
ある日、wiki図書館は原因不明の大火災に巻き込まれた。突然の削除に両軍総出でwiki図書館の復旧作業に当たったものの、全焼し大部分の書物は喪失した。
また、火の手はまるで生き物のようにうねり、図書館だけでなく隣接した木々をも飲み込んだ。
延焼事態に一時、辺りは騒然となった。寝静まった夜間での大火災であり、会議所兵士の初動の遅れが被害を拡大させた。
怪我人こそ出たものの事態は収束した。
オニロは、編纂室で読んだ大戦年表のK.N.C47年の項を思い出し、他の5名にすぐさま事実を伝えた。
アイム「それが本当だとすると、ここにいたら危険じゃねえか?」
オニロ「危険どころの話じゃないよ!すぐに火の手を消さないとッ!」
アイム「待て。ここでオレたちがすぐに火を消して全焼を防いだら、K.N.C180年にある二代目図書館はどうなる?
重大な歴史改変で周りの兵士を多く巻き込んじまうぞ」
オニロ「だったら、この状況を見過ごせっていうの!」
社長「ふたりとも、あぶないあひゃよ!!」
突如、図書館を包んでいた炎の一部が龍の頭を司り、オニロとアイムに襲いかかってきた。
すんでのところで二人は後ろに下がり難を避けたものの、龍の炎は再び図書館を飲み込まんと戻っていった。
スリッパ「これは一体どういうことだ!」
オニロ「この炎の形、まさか、炎の流れからして…みんな、ついてきてッ!気になることがあるんだッ!」
アイム「お、おい!ったく、オニロの野郎、普段と違ってこういう時はやけに強引だな」
頭を掻きながら、オニロとアイムたちは図書館の奥――二代目図書館の位置する場所――へと急いだ。
【K.N.C47年 初代wiki図書館付近】
オニロ「やっぱり…これ、魔法の炎だよ。それも、すごく強力なね」
図書館の裏手に回るとそこには、光を放つ魔法陣が描かれていた。
そして、その魔法陣からは大量の炎渦が創られては図書館へと向かっていっていたのである。
オニロ「前に師匠が教えてくれたんだ。欺瞞としての魔法がある、と。龍の炎が襲いかかってきたのはおそらく近づけさせたくないための防衛行動だろう。すごい魔法力だよ」
社長「ああ、なんて憂鬱なんだろう」
アイム「これじゃあ誰かが人為的に図書館を燃やしたってことじゃねえかッ!」
スリッパ「wiki図書館は自然発生の火災で消失していたと聞いていたが。大きな間違いだったようだな」
―― コツッ
オニロ「すぐに消そうッ!みんな、下がっててッ!この魔方陣を消すよ」
アイム「だから待てと言ってるだろう。ここで火を消したら、重大な歴史改変をしちまうかもしれないんだぞ」
―― コツッ
オニロ「目の前で刻々と起こっている悪意の連鎖を、アイムは見逃せっていうのかい!?」
アイム「悔しいが、そのとおりだ。もし仮に初代wiki図書館消失という歴史を改変すれば、二代目wiki図書館は存在意義を失う。
そうなるとどうなる?重大な歴史改変には手を下さない、それが、【観測者】たるオレたちの務めだ」
―― コツッ
スリッパ「二人とも落ち着け。オニロ君、これがDBやスクリプトの仕業であるという保証はあるか?」
社長「ジ→す」
オニロ「DBの歴史改変の前に、wiki図書館が全焼したという文献は読みました。
目の前で起きていることは史実通りです。図書館消失に際し、初代図書館長も姿を消し――」
―― コツッ
その瞬間、オニロたちの周りの全ての時間が静止した。
燃え盛る業火音、朽ちる木々の擦れる音。
決して4名の耳に届くはずのない兵士の刻む足音が、まるでゆっくりと心臓のビートと連動するように、全員の頭のなかに“響き渡った”。
―― コツッ
―― コツッ
―― コツッ
オニロたちの背後で、静かに足音が止まった。全員が背後の音の主へ向かい振り返る。
兵士はすらりとした全身を紅い炎に包んでいたが、まるでベールを脱ぐように、炎は消え失せその姿が次第に顕となった。
一目見ても、その兵士が目の前の火災に関わりがあるだろうことは容易に想像できた。
オニロは集計班とのやり取りを思い出した。
―― オニロ「そういえば、参謀と山本さんの前の初代図書館長は一体誰なんでしょうか?」
―― 集計班「…彼は最後まで沈黙であり続けた」
―― オニロ「え?」
―― 集計班「我々はその沈黙から多くを学び―」
―― 同時に重大なものを失った ――
その名は――
オニロ「あなたは、無口さんッ、ですねッ!!」
全身を鎧で着込んでいた兵士は、まるで呼吸をするように、流れる所作で手元の剣を振るった。
途端、斬撃とともに発生した風圧がオニロ達に襲いかかった。
同時にオニロ達の耳に届いた短い風切り音は、まるでオニロの問いに答えるように軽く、かつ絶望感を与えるものだった。
3-13. K.N.C47年への時間跳躍〜運命篇〜へ。
Chapter3. 無秩序な追跡者たちへ戻る。
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2014-07-27