4-13:英雄の決断

初公開:2020/02/10


【K.N.C180年 会議所 大戦年表編纂室】

参謀「戦いはどうなったッ!?軍神<アーミーゴッド>は無事か!?」

DBが事切れたことでDB隊の洗脳が解け、戦いは会議所の勝利に終わった。参謀を始めとする会議所兵士たちは急ぎ編纂室に向かい、崩壊した室内を見て愕然とした。

¢「大丈夫なんよ。軍神<アーミーゴッド>がDBをやっつけた」

壁に背を預け身体を休めていた¢が事の次第を告げ、同時に軍神が皆に親指を突き立て笑った時、会議所は勝利の歓喜に湧いた。

加古川「うおおおおおおッ!やったッ!」

someone「成し遂げましたねッ!やったね零歌!」

竹内「フォフォフォッフォ。最後に正義は勝つとな」

抹茶「やったッ!黒砂糖さん起きてくださいッ!あ、疲れて寝てるか…」

皆は武器を捨て、お互いに抱き合い歓喜した。

791と筍魂は軍神に近づき握手した。

791「オニロ…いや、軍神<アーミーゴッド>さん。最高の兵士に育ってくれて嬉しいよ」

筍魂「アイムこと軍神<アーミーゴッド>よ。俺も嬉しいぞ、特別に筍魂<バンブースピリット>様と呼ぶことを許す。そこで寝てる山本さんも嬉しいに違いない」

軍神「よしてください791師匠。こんな姿になっても心はオニロの時のままなんです。あ、筍魂。テメーはダメだ」

筍魂「心の中のアイム、ダダ漏れだぞ」

三人は緊張が解け、笑いあった。




皆が勝利に酔いしれる中、冒険家スリッパとサラは室内の少し離れた所からその様子を眺めていた。

スリッパ「終わったな…これでよかったんだ」

スリッパは独り淋しげに呟いた。討伐隊の目的は達成されもう時限の境界に向かうこともないだろう。
最後まで自らを取り巻く【謎】は残ったが、それは些細な問題だ。
悪用を防ぐためにも時限の境界の今後の使用を禁じなくてはいけないし研究課題は増えるだろう。未開の地の調査もまた再開しなくてはいけない。

大戦を引退して冒険家に成りたてだったあの頃のように新たな目的ができ意気高揚する場面で、だがなぜかスリッパは気乗りしなかった。
理由はわかっていたものの、彼は敢えて理解していないふりをした。

スリッパ「また冒険に行かないとな、サラッ!これからまた忙しくなるぞッ」

気を紛らすために背後のサラに声をかけた。
思えばサラとの付き合いも長い。
冒険家に成り立ての頃、家に戻るとどこかで捨てられたのか家の前にサラが置いてあった。以来、スリッパはサラを全ての冒険に連れ出し、サラも無言で主人を守るために付いてきた。
謂わば二人は一心同体。言葉が無くても二人は意思を疎通できるし、互いの考えていることが分かる。

そう思っていた。

いつもならば二つ返事で頷くメイドロボのサラは、この時ばかりは彼の言葉に逡巡する様子を見せ、一瞬の間を置いて静かに首を横に振った。

スリッパ「どういうことだサラ?――」

彼の言葉は突如として発生した背後の轟音とともに遮られた。DBが埋まっていた書物群が突如間欠泉が湧いたように上空に巻き上がったのだ。

DB「コワシテヤルコワシテヤルコワシテヤルコワシテヤルコワシテヤル…スベテスベテコワシテヤルゥ」

DBは書物から勢いよく抜け出し、その身が半壊の状態ながら必死の形相で疾走った。

軍神「往生際の悪い奴めッ!」

とどめを刺そうと軍神が構えるも、DBは歓喜に湧く会議所兵士たちの中に紛れて走り容易に狙いが定められなかった。
会議所兵士たちが一様に集まっているのも災いした。全員が武器を捨てていたため一瞬の隙を付かれ、咄嗟に攻撃に移るのに時間がかかった。

DB「ユルサナイユルサナイユルサナイィィィ」

DBは未だ残っていた入口前の転移魔法陣に飛び乗り、時限の境界フィールドへワープした。
歴戦の兵士がこれほどいながらの逃走劇は、残ったDBの最後の力を見せ付けたといっていいほど鮮やかなものだった。

椿「まずいですよ!DBが時限の境界へいけば再度歴史改変が繰り返されますッ!」

参謀「慌てるなッ!こんなこともあろうかと時限の境界前には社長をはじめとした会議所兵士たちを配置しているッ!
DBはもう虫の息だッ!
そのまま放っておいても斃れるだろうが時限の境界に入れるのはあかんッ!俺たちもすぐに部隊を再編し時限の境界前でDBを討ち取るぞッ!」

参謀は会議所兵士たちを落ち着け、部隊を再編しようと動き出した。


その光景を見ながら、スリッパは迷った。
願ってもない機会に早まる胸の鼓動を必死に落ち着かせる。

ただ、仮にもう一度時限の境界に行けたとしてもどうしたらいいのか分からない。

そもそも、あの場に自分は居なかったはずなのに何故か自分が英雄として崇められた。
ただその理由を知りたいだけなのにリスクの高い時限の境界で過去に行く必要があるのか。


何をすればいい。分からない、分からない――


迷う彼の肩に手を置いたのはサラだった。
スリッパは目を見開きサラの顔をまじまじと見つめる。
彼の命令以外にサラが自発的に動いたことはこれまで無かったからだ。


サラ「スリッパ、全てはこの時のためにあった。君の目的を今の討伐隊の目的と重ねるんだ」



優しげな声色が彼の耳に届く。サラは確かに、ハッキリと彼にそう告げた。

途端、スリッパの頭の中の靄が晴れた。点と点が全て繋がったのだ。

そういうことか、と彼は呟いた。
第二次大戦から今まで彼は目に見えない時間の鎖に縛られていた。その鎖の正体がわかったのだ。

彼はサラをもう一度見つめた。
無機質に見えた顔は、今はとても穏やかで慈愛に満ちた顔に見えた。
行って来い、頑張ってこいと背中を押す友人のようにサラは一度だけ彼に深く頷いた。
スリッパはサラに深く一礼し感謝した。


参謀「それでは発表するッ。これよりフィールドへ向かってもらうのは――」

スリッパ「ちょっと待ったぁッ!」

参謀の声をかき消すようにスリッパが制止し、全員の視線が彼へ向いた。
スリッパはこれから起こる出来事を想像し心のなかで微笑った。誰も想像し得ない長きに渡る旅が始まるのだ。

スリッパ「みんなきいてくれ。長い間、DBとの戦いご苦労だった。みんなが英雄級の活躍をした」

スリッパ「だがしかし!英雄は複数もいらない!今次討伐戦にふさわしい英雄は一体誰だ?」

スリッパは親指を自らの胸につけた。

スリッパ「そうだ!英雄にふさわしいのは初代英雄の 元・たけのこ軍兵士、現冒険家のスリッパ。この俺だッ!」

皆は呆気にとられ言葉を発せずにいる。スリッパはその様子が可笑しくてますます微笑ってしまった。

スリッパ「俺は今日この時のために討伐隊に参加してきた。予想はしていなかったがここからが俺の【役割】だといま気がついたんだ。
歴史を変えずに歪んだ時間の流れを“元に戻す”ためにはこれしかない」

スリッパは転移魔法陣の前に移動し改めて皆を見渡した。この面子とも暫くお別れだと思うと物悲しさも人一倍増す。
悲しさを振り切るように、彼はさらに声を張り上げた。

スリッパ「時限の境界に向かうのはこの俺、ただ一人だ。
向こうにいる社長と協力しDBを【時限の境界へ招き入れて】俺だけが【時限の境界へと入る】。そこで俺がDBを討伐するッ!」

参謀「ま、待ってくれッ!まるでわけがわからんッ!」

¢「そうなんよッ!突然どうしたスリッパさんッ!」

軍神も説得しようと前に出たが、サラがスリッパと軍神の間に入り込んだ。

サラ「すまない。わかってくれないか」

軍神「!!」

サラの声に軍神は目を見開き、直後に全てを察した。

軍神「…スリッパさん、貴方は会議所の、大戦世界の誇りです。軍神の名のもとに命ず。


【DBを討伐】せよ」

スリッパ「承知ッ!後を頼んだぞ…サラ」

サラはスリッパに向かい一度頷き、それを見た彼は転移魔法で時限の境界へと向かい姿を消した。
後には静寂だけが残った。

参謀「なんでスリッパさんを行かせたんや軍神<アーミーゴッド>!」

抹茶「あの話しぶりだとスリッパさんはDBと時限の境界に入ります。DBはその場で討伐できたとしても、スリッパさんは何らかの歴史改変をしないと現代に帰ってこられないということですよね?」

軍神「いや、スリッパさんは歴史改変を【行わない】。この時代には【もう戻ってこない】」

皆は一様に驚いた。

加古川「それじゃあスリッパさんはどうなるんだッ!?」

軍神はサラに目を向けた。サラはスリッパが消えた転移魔法陣の前で静かに佇んでいる。





軍神「事の真相はそこのサラが――いや、【スリッパさん】が話すだろう」


皆はさらに驚いた。


サラ「長かったな、ここまで」

サラは指をパチンと一回鳴らした。自らの身体が光り始め、メイドロボの装飾がボロボロと剥がれ始めた。
漏れ出る光の中から現れたのは紛れもないスリッパ、まさしくその人だった。

軍神以外、驚きで誰も声を発せない中、791が思った疑問を口にした。

791「サラは本当のメイドロボというわけではなく、スリッパさんが魔法で変装した姿だったということ?
でもそうしたら、ついさっきのスリッパさんは偽物ということ?」

スリッパ「偽物ではない。【今の時代】を生きていたスリッパ本人さ。私は事情があって今の時代を【二度】生きていた」

先程のスリッパよりさらに老けたように見えるが、スリッパは元気そうに髪をかきあげた。

スリッパ「安心してほしい。過去改変が起きていないこと、あくまで私が今も現代に存在し続けていることがDBを無事討伐できたことへの裏返しになる」

筍魂「勿体ぶらずにそろそろ教えてもらえないか。いったい何が合ったのかを」




スリッパ「そうだな。正確には、【これから何が起こる】のか、だが。全てを語ろう」





老兵は皆の前で語り始めた。或る一人のたけのこ軍兵士の英雄譚を。


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