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6-9:交錯する三つの思惑編

初公開:2021/05/14


【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 議長室 1ヶ月前】

黒塗りの扉を叩くと、中から主の気の抜けた声が返ってきた。
戸を開け放つと、珍しく真面目に机に向かう青髪の頭頂部が見えた。

こちらが入ってきたことに気づいていないのか、彼は顔を書類に向け続け、someoneは無言で待ち続けた。
そのうち頭を上げた彼がこちらを見やると、“おお”と間抜けな声を上げた。

滝本『珍しい。貴方が昼間からここに来るなんて』

someone『お忙しそうですね』

滝本『抹茶さんが煩くてね。この紙の山を承認しないと昼寝できないんですよ』

“まあ否決ですけどね”と続け、しかめ面の滝本は、“【大戦】でネギ焼き露店を出店する計画書”という題の稟議書をひらひらとさせ、机の端に放り投げた。

someone『一つ訊きたいことがあります』

パチンとsomeoneが指を鳴らすと滝本はすぐに過剰に肩を震わせ、こちらが防音の魔法を張り巡らせたことに気づいたようだった。

書類をまとめ終えた彼は腰掛けるよう勧めてきたが、someoneは首を横に振った。

滝本『どうやら今日の昼ごはんを聞きにきたわけではなさそうだ』

someone『…数日考えてみたんです。
僕にも【会議所】にも、どう行動すればより良い結果になるのか』

滝本『どうぞ』

口元で微笑を浮かべながら、滝本は先を促した。
someoneは以前、斑虎に相談した時と同じように心のなかで一拍おき、話し始めた。

someone『僕は。僕は、791先生が憎い。
でも、そもそもは彼女をあそこまで増長させた公国自体が憎い。
そう思うようになりました。

一度、あの国は根本から痛い目を見ないと治らないでしょう』

滝本『ほう。ではどうすれば治りますかね?』

ポケットの中にあるパイプを取り出したい気持ちをsomeoneはグッと堪えた。今は一瞬でも集中力を切らしてはいけない。

someone『…幾つか方法があると思います。
ですが一番手っ取り早いのは、公国に太刀打ちできるだけの強大な存在に、【会議所】自身がなってしまうことではないですか?』

滝本の顔色は変わらない。

someone『…たとえば、オレオ王国にカキシード公国が攻め込んできたとして。
王国の地にて、陸戦兵器<サッカロイド>で公国軍を壊滅させた後に、王国を“ついで”に占領してしまえたとしたら?
【会議所】は王国の土地を合法的に実効支配できる』

変わらず彼は微笑を浮かべたまま、表情をぴくりとも変えない。
まるで精巧な人形に話しかけている気分だ。話を続けるしかない。

someone『領土を拡大し強大化した【会議所】を止める国はそう出てこない。
それこそ対抗できるのはカキシード公国だけでしょう。
しかし、陸戦兵器<サッカロイド>の登場で戦力を削がれ膠着状態に陥れば、後は陸戦兵器<サッカロイド>でこちらが公国に攻め込み――』

滝本『someoneさん』

そこで彼が口を開いた。


彼は――


滝本『そんな危ない考え。

他の人には、言っちゃあいけませんよ?』


―― 策謀家の顔をしていた。


よく見たことある、冷酷で下卑た笑み。


someoneは答えを待たず、彼の顔を見て確信した。

辿り着いた自らの予想が間違っていないことを。
そして、今語った“悪夢”が数ヶ月後に現実になるのだということを。

自分が守ろうとした平和で公明正大な【会議所】など、滝本たちは最初から維持するつもりなど毛頭なかったのだ。
吹けば飛ぶような口約束でこちらから情報だけを抜き出し、彼らは奇襲を以てオレオ王国を、そして全世界を危機に陥れようとしている。

someone『…考えすぎですね。すみませんでした』

ペコリと頭を下げ再度指を鳴らすと、すぐに外の喧騒が二人の耳に届いた。

滝本『想像力ゆたかですね。
小説とかお好きです?ちょうどオススメの本がありますが』

someone『やることができたので遠慮します』

丁重に遠慮し、someoneは静かな足取りで部屋の外に出た。
そこまで蒸し暑くない天気だというのに、ローブの中は汗だくになっていた。

滝本の先日の言葉を聞く限り、もう時間がない。
直に全ての陸戦兵器<サッカロイド>の動作確認が終わり、機を同じくして791もオレオ王国に侵攻を開始するだろう。

someoneの掲げる“正義”は791の野望を打ち砕き、平和な【会議所】を守ることだ。

正直に言うと、滝本たちの心理を読み違えたことはsomeoneにとっては最大の誤算だった。
彼らの甘言にのり、陸戦兵器<サッカロイド>を完璧なものにしてしまえば、公国への抑止力を超越した兵器となってしまう。

彼らをこの手で屠れば、【会議所】の野望は食い止められるだろう。だが、791の野望は止められない。
他方で、陸戦兵器<サッカロイド>で彼女の野望は食い止められても、その後に【会議所】が王国を滅ぼし世界の覇権を握るだろう。

一方を止めればある一方は止められない。

何と歯がゆく、理不尽な世界なのだろうか。


だから、今のsomeoneに出来ることは、791と滝本たちの野望を水面下で潰さずに進めることしかできない。
庭園に生える雑草のように、ある一種を摘めば、その分の栄養を吸い取りもう一種は図に乗り肥大化してしまう。
庭師としては、ジワジワと両方を弱体化させ、然るべきタイミングで両方とも切り取った方がいい。

そのために、次にsomeoneの向かう場所は既に決まっていた。





【きのこたけのこ会議所自治区域 通路 1ヶ月前】

Tejas『おお?滝本さんがもうOKを出したのか?』

いつものように一人で会議所内を練り歩いていたTejas(てはす)は、滝本からの使いだというsomeoneに呼び止められ、予てより申請していた長期休暇の承認が降りたことを告げられた。

someone『ええ。急ぎ伝えるように言われまして…』

Tejas『そうなのか?でも今朝会ったときも、“手続きに時間がかかるからもう少し待ってくれ”と言われたばかりだったんだが』

someone『手続きというものは水の流れと同じです。
配管内で詰まればいつまでも時間はかかるが、原因を取り除いてあげればすぐに流れ出す。
滝本さんもすぐに気を回したからこの様になったんだと思います』

自分よりも一回り小さいsomeoneの方便に、Tejasは暫く考え込んだが、やがて納得したように一度頷いた。

Tejas『それもそうだなッ。ありがとう、someoneさん。
すぐに家に帰って出発の準備をするよ。こうしちゃいられない、じゃあなッ』

Tejasは踵を返し、挨拶もそこそこにすぐに走り去っていった。

これで今夜にも彼が発てば、彼の腕の呪術での陸戦兵器<サッカロイド>の完成を防ぐことが出来る。器と英霊たちの魂とを完璧なまでに定着させる方法は失われた。
まず、滝本たちの野望を一つ砕くことはできた。

とはいえ陸戦兵器<サッカロイド>の完成を防いだ今でも、公国軍の侵攻を防ぎ大損害を与えるだけの力はなお健在だ。
当初の想定通り、公国軍の侵攻は陸戦兵器<サッカロイド>に食い止めてもらい、someoneとしてはその後の処理を考えなければいけない。

目の前の仲間が敵だと分かっていながら、彼らの力を頼らないと真の敵を食い止められないという、なんとも他力本願な結果にsomeoneは内心で落ち込んでいた。

元々、筋の悪い話ではあったが、自分一人での力にも限界を感じていた。
斑虎に相談すればよかったかもしれない。しかし、滝本たちにとって明確な“利用価値”がある自分に比べ、彼は一介のたけのこ軍兵士に過ぎない。
もし内通していることがわかれば、加古川のようにすぐに始末されてしまうのがオチだろう。


斑虎との一件を経て、自分自身は変われたつもりでいた。
過去の呪縛から逃れ、初めて他人に頼り、心の中の正義の火を灯すことで変わることができたと思っていた。

しかし、根本の部分でsomeoneは独りのままだった。
最後の最後で、独りで問題を抱え続けた。今までの自分にとっては当たり前の行為。ずっと現実を直視し続けてきた。

いま、不幸なことに彼の預かり知らないところで背後にある闇は肥大し続け、ついにか弱い彼一人を飲み込むには何不自由のない大きさまで成長を遂げた。
遂に、彼の世界は終わりの時を迎えようとしていた。


その瓦解を思い知らされるのは、もうすぐそこまできていた。



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