Twitterの「#いいねした人を同じアパートの住人として紹介する」タグにて書いたSSの原型まとめとなります。オカルト色強め、心霊・グロテスク・サイコな設定多数。

投稿者:匿名希望


意外と人は薄情なものなのだな、と思った話。

最初はただの地元の友人同士のただの飲み会だった。
しかしみんなが狭い土地に住んでるので話題がない。この前どこであれそれがあって、という話は全員もう知っている。
そこで誰が言い出したのか、怪談話をしようということになった。
しかしそこもまたテレビやインターネットで聞いたような話をアレンジしたものばかりで、正直つまらないな、もうお開きにでもしようかなと思っていたところ。
ある一人がぽつり、と語り始めた。

「皆、知ってる?内藤アパートってとこ。そう、あのちょっと色んな噂がある…そこに住む友人を訪ねて行った人がいるんだよね。
2階に住んでるっていうもんだから、階段を登っていって。でも登り切って、さぁ何号室だと見てみればおかしいんだって。
ドアに部屋番号の書かれたプレートがない。
普通あるよね、だって無かったらどこがどこだか分からないじゃない?
アレ?と思って、ふと廊下から外を見たらどう見ても2階からの景色じゃない。恐る恐る下を見下ろしたら地面が遥か下にある。
その人はパニックになって、慌てて階段を降りたんだって。でも降りた先も同じように何号室かも分からない部屋が並んだ廊下。
どれだけ降りても、1階には辿り着けない。
その人は今もずっと、そのアパートのどこかに閉じ込められたままらしいよ」

その子が語り終わった後、唯一怪談を語らなかった男(仮にYと呼ぶ)が笑い出した。
「いやいや、その人が閉じ込められたままだっていうなら誰からその話聞いたわけ?作り話特有!爪が甘いな〜」
Yは日頃から幽霊なんて信じない、怖い話なんてつまらなくて眠っちゃうようなタイプの男だったが、まぁ同じようなことをその場にいた全員が感じていたと思う。
しかし、その子の話は終わりでは無かった。
「いや、でも電話は通じるんだよ。電波届いてるんだね」
ん?と思ったところでその子がスマホを取り出し、そのままどこかへ電話をかけだした。
しばらくコール音が鳴り、やがて繋がった。
その子は通話をスピーカーにして話し始める。
「…あ…もしもし…?」
「もしもし、どうしてる?大丈夫?」
「…大丈夫じゃないよ…今、何日…?」
「今日はね、×月×日」
「…そんなに経ってるの…?もうやだ…ねぇ…助けてよ…なんで誰も来てくれないの…?」
「だって外から見てもどこにいるか分かんないし…自分が行って同じような目に遭ったら嫌じゃん」
「何それ…私は、私はどうなるの…?!自分さえ良ければいいってこと?!友達じゃなかったの?!」
「友達だけど、だって…」
「だってじゃないよ!助けてよ!なんで私だけこんな目に遭うの?何もしてないじゃん!ねぇ!早く!助け、」
半狂乱で喚く相手に構わず、その子は途中で通話を切った。
「…というわけ」
「え、さっきの…今の子の話?」
「うん」
その場になんとも言えない気まずい雰囲気が流れたが、唯一Yだけは鼻で笑った。
「いやいや、仕込みでしょ。そんなんまでやっちゃって本気だな〜、もしかして将来そっちの仕事目指してる?」
Yはそう認識したらしいが、ただの地元の友人に聞かせるためだけにこんなことをするだろうか。そもそもこの怪談話は突発的に始まったもので、仕込む暇もなかったのでは…。
どちらにしても気まずい空気は消えず、そして本当だとしたら友人が大変な目に遭っているのにも関わらず淡々とそれを語るその子が怖くなり、Yを除く全員がそうだったのだろう。その場は解散することになった。

そして、数日後。Yから着信が掛かってきた。
おや、と思った。私の家とYの家は近所である。何か用事があった時、大抵は電話をかけるよりうちに訪ねてくるのがYのいつものことである。
何かあったのだろうか…。ほんの少し構えつつ、私は電話に出た。
「もしもし?」
「…あ、あのさ…俺さ、確かめようと思ったんだよ。本当だったんだよ。どうしよう…」
「え、何が?」
「内藤アパートだよ…」
「内藤アパートって、こないだ怪談で話してた…え、行ったの?」
「そうだよ…どうせ嘘だろうと思って、でもなんで来ちゃったんだろう、来なければ良かった、どうしよう…」
「落ち着いて、ちょっと…え、今いるの?何があったの?」
「分かるだろ?!出られないんだよ!言ってたろ!」
Yが怒号を発した。切羽詰まったような声。あの怪談の時に聞いた、電話相手の必死さそのままだった。
「出られないんだよどれだけ降りても、扉もどこも開かないし下見ても誰も通らないし、俺…俺もうどうしたらいいんだよぉ…」
Yとは長い付き合いだったが、こんな弱々しい声は聞いたことがなかった。
「いや…それ本当の話?マジで言ってる?」
「お前まで疑うのかよ!本当だって言ってんだろ!なぁ、助けてくれよ!お前の家から近いだろ、来てくれよ!」
「分かった、分かったから…今から行くから落ち着いてって、な?」
とりあえずYを宥め、電話を切った。
頼まれたからには行くしかない。確かに内藤アパートは俺の家から徒歩でも行ける距離だ。
とりあえずYを助けるため、親に「ちょっとコンビニ行ってくる」と告げて家を出た。

内藤アパートは、見るだけなら本当にただの良くあるアパートだ。ある程度年配の世代からは絶対に行くなと言い含められるような場所で、地域全体でもなんとなく避けるような場所であるが…とにかく普通の建物なのだ。
その日に訪れたそこも、見る限りなんともなかった。
とりあえず上の階を見上げてみる。下からでは廊下の全てを伺うことは出来ないが、異常はないように見えた。
本当にここにYは閉じ込められているのか…?疑いながら、とにかく上がってみようと階段に足をかける。
その途端に、とてつもなく嫌な予感がした。

…これ、こっちまで閉じ込められるんじゃないか?

そう感じたら最後、一歩も進まなかった。
どうしよう、Yを助けに向かうべきか…それとも…。


5分ぐらい悩んだだろうか。
私は、階段からゆっくりと足を下ろした。


「その方が良いですよ」

驚いて振り向くと、壮年の男性がこちらを見ていた。箒を持って掃き掃除をしていたらしいところから、大家か管理人かのどちらかだろう。穏やかに笑っていた。
その方が良いと、その人は言った。何かを知っているのだろうか。
しかし私は何も聞けなかった。ただ下手な愛想笑いと共に軽く会釈した後、その場を去ってそのまま家に帰り、Yの電話番号を着信拒否した。

その後なんとなく他の友人達に話をしたところ、みんな同じような電話をかけられたという。そして、みんなYを着信拒否したと。あの怪談をした子も、友人とYの番号を。
「だってどうしようもないじゃんねぇ」

彼等は今も、あのアパートのどこかで助けを待っているのだろう。
しかし、私にはどうしようもないのだ。

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