Twitterの「#いいねした人を同じアパートの住人として紹介する」タグにて書いたSSの原型まとめとなります。オカルト色強め、心霊・グロテスク・サイコな設定多数。

投稿者:平成後期頃


実をいうと、うちの学校にはいわゆる「訳あり物件」に住んでいる子がいる。
とは言っても、普段のその子はごく普通の子だし、ネグレクトや虐待を受けている様子もない。周囲の子ともそれなりに仲良くやってるみたいだし、変なウワサのない子だった。
……いや、今思えば「変なウワサがなさすぎる子」とも言えるのかもしれない。いい子すぎる、というのか。

ともかく。
彼の担任になった場合だけ、例外的に「家庭訪問や保護者面談を免除する」ということが、教員内で黙認されていた。
異例も異例、前代未聞だ。
こんな暗黙の了解ができたのも、例の「訳あり物件」のせいらしい。
そもそも、今はもう彼の両親の姿を見た者もいないとか。
そんなまさか、とは思ったものの、たしかに運動会のときなんかは遠方からやってくる祖父母が写真を撮っているようだ。
例によって彼の担任が毎年の家庭訪問で彼の家だけ行くことを放棄したものだから、代わりに学年主任の私が訪問することになった。

いくら彼がいい子で、生活に問題がなかったとしても、両親が全く出てこないことも、それを近隣住民や児相から忠告がないこともおかしい。
幸い、彼も家庭訪問には快諾してくれた。
教員たちも「訳あり物件」の根も葉もないウワサに怖がっているだけなのだろう。私が何事もなく訪問し、両親と話が出来れば良いだけのことだ。

その日は、夕方からやや曇りがちだった。
住所は予め把握しているし、念のため自分のスマホでも該当住所のルートを出している。徒歩でも15分もあれば問題なく到着できるだろう。

そう、思っていたのに。

いくら歩いても、いくら路地を曲がっても、彼の住むアパートにたどり着かない。
日はどんどん落ちていく。目印になりそうなものもない。

ガシャン

周囲に気を取られてスマホを落としてしまう。
画面はヒビ等が入らなかったが、電源が落ちてしまい、何度ボタンを押してもつかなくなってしまった。

嘘だ。
小学生が毎日通ってくる程度の距離にあるはずなのに、大人が息切れするくらい歩いても到着どころかアパートすら見えないなんて。
いや、そもそもスマホと前方ばかりみていたけれど、周囲の様子もなんだかおかしくなっている。
どの建物も、昔のあばら家というか……粗末な小屋ばかりなのだ。

これは、おかしい。
普段他の児童の訪問をするときに、こんなあばら家なんて見た覚えもない。
夕方なのもあるが、妙に体が冷える。
もう、その時点で私の心は折れてしまった。
電源のつかないスマホを握りしめ、スーツなのも構わず全速力で来た道を走っていく。

走って、立ち止まったとき。
私は小学校まで戻ってきていた。
「助かったのだ」そう、心の中で察することができた。

それまでは「訳あり物件」のことを大げさなウワサだと思っていたが、実際に私は相当に運が良かったらしい。
彼の住む「訳あり物件」にたどり着いた教員も1人いたようだが、その後「彼」の話をすると言動が明らかにおかしくなるため、私と入れ違いで退職したのだそうだ。
退職した教員によると「鳥居は赤、炎の色」「笛の音は祭り」「箱にいるから大丈夫」と言っていたそうだ。
今はもう、退職した元教員の行方を知る者もいない。友人だったという他の教員も何度か連絡を取ろうとしたが、圏外になっているようだ。

もし、私がスマホを落とさなかったら、周囲の異常に気づかずに進み、「訳あり物件」……内藤アパートに到着していただろう。
その時は、いったい「何に」訪問していたのだろうか。

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