Twitterの「#いいねした人を同じアパートの住人として紹介する」タグにて書いたSSの原型まとめとなります。オカルト色強め、心霊・グロテスク・サイコな設定多数。

投稿者:長谷川裕梨


通学路の途中にこのアパートがある。
部活の朝練に行く時、誰もいない道路を歩いていると大家さんに出会う。大家さんはよくほうきを持って庭のそうじをしている。
「おはようございます」
まだ少し肌寒い早朝、私の声だけよくひびく。
「おはよう」
すると大家さんも手を止めて私に笑顔を向ける。
他に何か言うわけでもなく、私達のやりとりはそれで終わる。
でも私はこのあいさつが好きだった。

雨の日のことだった。ひどい土砂ぶりの日だった。アパートの前を通ると、大家さんはカサもささずに立っていた。歩道に背を向けているから顔が見えなかった。
「おはようございます」
私が言う。
「こんにちは」
ずぶ濡れの大家さんは、ふりかえらずに返事した。首の後ろ、えりあしから雨粒がぼろぼろたくさん垂れていた。
このあいさつはあんまり好きじゃなかった。

息が白くなる寒い日。大家さんは植え込みの手入れをしていた。
「おはようございます」
私が言う。
「おはよう」
大家さんは顔を上げて微笑んだ。眉毛をぎゅっとさせた、つらそうな顔だった。よく見ると大家さんの左手の指が全部地面に落ちていた。大家さんは右手に血のついたはさみを持っていた。
「痛くないですか」
「痛いよ」
「なんで切ったんですか」
「なんでだろうね」
いやな汗をたくさんかいている大家さんは、ちょっと可哀想に見えた。

蒸し暑い夏の日だった。朝からセミが鳴いていた。
「おはようございます」
私は言う。
大家さんは何も言わず、ただ木の下で揺れていた。
返事がないのはさびしかった。だから私は大家さんが嫌いになった。

今日も私はここを通る。
「おはようございます」
「おはよう」
木の下で、大家さんが優しく笑った。
だから私も笑った。

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