Twitterの「#いいねした人を同じアパートの住人として紹介する」タグにて書いたSSの原型まとめとなります。オカルト色強め、心霊・グロテスク・サイコな設定多数。

投稿者:AND

※この話の閲覧は自己責任でお願い致します。


はじめに書いておこう。今から語る話は恐怖体験ではない。
読み飛ばしてくれて構わない。

これを読む貴方は「胡蝶の夢」という言葉をご存知だろうか。
夢の中で蝶だった男が目を覚ましたが、自分は蝶になった夢を見ていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか――
有名な話なので目にしたことがある人も多いだろう。

自慢ではないが私は寝付きの良さだけが取り柄だ。
いつでもどこでも寝ようと思えば寝れる図太い神経をしている。
それがこのアパートに引っ越してからと言うものの、毎晩悪夢に魘されるようになった。
以下に綴るのは、私がこのアパートで見た夢の話である。


一日目
アパートの周囲をぐるぐると何かが歩き回っている。
それは四足で、ゆっくりゆっくり部屋の窓をひとつひとつ覗き込むように移動する。
獣かと思ったが違うようだ。窓から見えたシルエットは明らかに「四つん這いの人間」だった。
しかし人のそれとは似ても似つかわしくないほど手足が異様に細長く、そして全身が真っ黒だった。
頭はついていたが、それはそいつが歩を進めるたび360度ぐりぐりと不規則に回転し、黒目の大きい瞳がぎょろぎょろ辺りを見回していた。
他の住人は外にいるそいつに気付くどころか起き出す気配すらない。
何故か私の部屋だけカーテンが閉まっておらず、奴の顔は執拗に私の部屋を覗き込む。
見てはいけない、気付かれてはいけないと心臓が早鐘を打つ。
ぎゅっと目を瞑りたいのに私は夢の中で金縛りにでもあったかのように指先一つすら動かすことが出来ない。
次第に息が上がる。奴の歩き回る足音が遠ざかっては再び近付いてくる。
もう何周したのだろうか。私は全身に冷や汗をかいてじっと奴が去るのを待った。
外から車のエンジン音が聞こえた。ふと、奴の気配が消えた。
瞬間私の金縛りも解け、私はほっと目を開けた。
目の前に奴の顔があった。ぎょろりとした両目と私の視線がかちあった。
そこで目が覚めた。

二日目
部屋のチャイムを聞いた私は玄関へと足を運ぶ。覗き穴から外の様子を窺っても上手く見えない。
夢だからな、と頭のどこかで思いつつ、私は玄関の扉を開いた。
同時、左脇腹に熱さが走った。
驚いて見るとなんと私の下腹部によく砥がれたナイフが突き立っているではないか。
私にナイフを刺した相手の顔は見えない。手だけがしかとナイフの柄を握り、ゆっくり私から引き抜く。
どぷ、と鮮血が溢れ出た。冬場の冷えた体を流れ落ちる血液がひどく温かく感じた。
脇腹は指の節を切ったときのようなひりひりとした痛みを放っていた。気絶するほどの激痛でないのは、私が実際にそういう痛みを経験した事がないからだろう。
ひりつく傷口から赤い血がどんどん溢れ出る。私の脚を伝い、床に滴り、広がって行く。
傷口から体力も抜け落ちていくようで、私は立っていられなくなりかくんとその場に倒れ込む。
頬に冷たいコンクリートを感じながら私は背筋が冷えていく事に気付いた。
寒い。全身が寒気に包まれ体が動かなくなって行く。
それでも私の体からこんこんと湧き出る血液は変わらず温かく。それにどこか心地よさを感じながら私は目を閉じた。
そこで目が覚めた。

三日目
私はアパートの階段を必死に駆け下りていた。転げるように、跳ねるように、足の遅い私にしては考えられないようなスピードで。
背後から何かが追ってくる。それがなんなのかはわからない。とにかく逃げなければという思いが私の中を支配していた。
後にいるものに捕まったら全てが終わるのだ。それだけは確実だ。
私はアパートの階段を必死に駆け下りる。アパートはこんなに高かっただろうか。いつまで経っても地上に辿り着かない。
どこまで逃げればいいのだろう。背後の追っ手は諦める事も距離を詰める事も無く一定の間隔をあけ私を嘲笑うかのように追い続けてくる。
アパートの階段を駆け下りる。アパートの階段は絵の具をぶちまけたように汚れている。青。黄。黒。
アパートの階段を駆け下りる。いつしか外の光は消えている。周囲は真っ暗で、階段だけが目の前に続いている。
アパートの階段を駆け下りる。私の足が宙に浮く。踏み出した先に階段は無かった。
私は落ちる。気の遠くなる時間、私の体は落下を続ける。背後の気配はもういない。
私は落ちる。落ちて落ちて、ひたすら落ちて、ようやく私の体は紫色の砂に叩き付けられた。
辺りを闇が包んでいる。
私は確信した。ここは地獄だ。
底で目が覚めた。

四日目
私はアパートのベッドに横たわっている。何故か愛用の寝具ではなく、古びた医療用のベッドだ。私の四肢は拘束されている。
くすくすと私の周りで笑い声が聞こえる。子供の声だ。沢山の見えない子供達が私を取り囲んで笑っていた。
ベッドの脇に置かれた医療用ワゴンには、大量の裁縫針が山のように積まれていた。
子供達がその針を一本ずつ手に取る。針の切っ先が私の顔に近付く。
ぷつりと、私の顔に針が刺さる。肉を抉らないように、皮だけを通すように、それこそマチを止めるかのように私の皮膚に幾本もの針が刺さっていく。
私の喉から悲鳴が上がる。やめて、助けて、抵抗の言葉が漏れる。
それらは全て笑い声に掻き消される。くすくす、くすくす、幾重にも分厚くなった輪唱のような息を潜めた笑い声に掻き消される。
そのうちワゴンの中身は針から太い五寸釘に変わった。子供達は次々それを手に取り、私の喉に真っ直ぐ突き刺していく。
不思議と血は出なかった。気道を塞がれ、呼吸だけがどんどん苦しくなっていく。喉の内側で金属の冷たさと硬さがいやにはっきり感じられる。
私は声も出せぬまま、口をぱくぱくさせ、やがて意識が落ちた。
そこで目が覚めた。

五日目
私はまたも何者かに追われていた。今度はアパートの上へと逃げた。階段を必死に駆け上がり、追ってくる大勢の何かから逃げ続けた。
追跡者は全て人型をしていた。私の知らない顔だ。追跡者は皆私を見てにやにやと楽しそうに不気味な笑みを浮かべていた。
気付けば私は一糸纏わぬ姿になっていた。それを恥じる余裕すらなく、涙をこらえて必死に走った。
どれだけ駆け上っただろうか。アパートの屋根の上に私は辿り着いた。
ここまで来れば、そう思った私の肩を何かが貫いた。どうやら追跡者が私に銃弾を放ったらしい。
肩口に痛みを感じ、そこから奇妙な色の液体が吹き上がった。赤色はしていなかった。そのままバランスを崩し私の体は屋根を転げ落ちた。
地面に叩きつけられる直前、これでもう追われなくて済むと心の底から安堵した。
私の体が飛び散って、そこで目が覚めた。

六日目
私の部屋に子供がいた。4歳ぐらいの、無愛想な女の子だ。どうやら私が母親らしい。私は彼女を虐待していた。
そのことで親戚中から白い目で見られていたが、夢の中の私はまるで悪びれる様子がなかった。
彼女は私からの酷い扱いを受けながらも、私に愛してもらおうと必死だった。私の脚にまとわりついたり物影から眺めたり、酷く目障りだった。
憎々しげな視線を向ける私に彼女はいつもなにか物言いたげな目をしていた。
私は何故か心底彼女が嫌いだった。現実では会ったことも見たこともない存在しない子供。
私が気まぐれに彼女を抱き上げると、彼女は嬉しそうに私の胸に顔を埋めた。
直後、鳩尾に重苦しさを感じた。驚いて見やれば私の胸の真ん中に食用のナイフが刺さっていた。
彼女が真剣な、必死そうな目で私を見て笑った。これは彼女の抵抗だったのだ。
それを悟った私は彼女に見せた中で一番優しい、母性に溢れた微笑を浮かべた。
直後私は彼女を窓から放り投げた。彼女の小さい体はふうわり宙を舞い、ベランダの向こうに消えた。
彼女が地面に到着する音と私が倒れこむ音が同時にアパートに響いた。
そこで目が覚めた。

七日目
私はアパートへの帰路を急いでいる。時間は明け方。夜のうちから必死に歩いて自宅を目指していたようだ。
今までどこに行っていたのか、不思議と記憶は抜け落ちていた。
歩いて歩いて、遠くに朝日が見えた。墨を流したように黒く濁っていた空は端のほうから青白く光り始めた。
アパートの屋根が見えた。何故か私はそれを見ても安心しなかった。もうすぐ家に帰れるはずなのに。
アパートが近付けば近付くほど、妙な胸騒ぎが心を蝕んだ。帰りたい。なのに帰ってはいけないような不思議な感覚。
アパートはもう目の前だ。庭先で大家さんが朝の掃除をしている。
おはようございます。挨拶した声が変に裏返った。か細い声だった。
大家さんは箒を動かす手を止め、私を見た。いつもの穏やかな大家さんの顔なのに、ひどく冷たい目をしていた。
大家さんは言った。
「貴方はこちらに来たのですね」
私は縫いとめられたようにそこから動けなかった。
大家さんは続ける。
「向こうからこちらにやって来る方は何人かいらっしゃいます。残念ながら、こちらから向こうへ戻る手立てはないのですよ」
大家さんの声はどこか哀れみを含んだ響きがした。
「貴方はこれからこちらで生きていくことしかできません」
私の背後から朝日が昇る。朝焼けの明るいオレンジ色が視界の両側から空に滲んでいく。
「おかえりなさい」
大家さんは最後にそう言うと、どこかへ去っていった。
私はいつも通り自室に戻り、鍵を開け、部屋に入った。
いつもと変わらない私の部屋がそこにあり、いつもと変わらない日常を私は過ごした。
見る景色に僅かな違和感を覚えながらも、私はなんの支障も無く今までどおり生活し続けている。



私が今生きているこの世界は果たして現実なのだろうか。
貴方が見ている私の書き込みは果たして現実なのだろうか。
もしわかる人がいたら教えて欲しい。
私はもうあのアパートから引っ越してしまったけれど未だに疑問が残る。






私はあの日、目覚めていない。

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