Twitterの「#いいねした人を同じアパートの住人として紹介する」タグにて書いたSSの原型まとめとなります。オカルト色強め、心霊・グロテスク・サイコな設定多数。

投稿者:モヤ死


一時期友人宅に転がり込んでいた時期があった。といっても半月とかそのぐらい。見晴らしのいいベランダから遠くの街並みをぼんやり眺めながら流行りのソシャゲのガチャ回しに勤しんでいた。我ながら自堕落した生活だったと思う。

ある日いつも通りベランダから外を眺めると、遠くの道路に古びた看板が見えた。全体が赤茶けた錆に覆われ最早何を伝えたかったのかもわからない汚い看板。町内会はこういうの撤去しないのかな、とか考えつつガチャを回した。ドブだった。

「あそこのさぁ、坂道にあるキモい看板なに?」
その日の晩私はなんとなしに友人に聞いてみた。友人はこちらを見向きもせずマスカラで念入りに自分の目を大きくすることに必死そうだ。
「看板?知らね。ウチあの道とおんないしー」
素っ気ない返事が来て会話は終わった。私はログボを取るためソファベッドに横になった。寝心地は良くない。私の毛布は薄い。

翌日、昼過ぎ頃目覚めた私はカーテンを開けて違和感に気づいた。
景色の奥、坂道にかけられていた錆びた古看板。それが移動している。坂道より手前の一般住宅の壁にしれっとそれはかかっている。
真新しい綺麗なタイル張りの壁にボロボロの看板、妙なコラボもあるもんだ。寝ぼけ眼で日光を浴びて適当に冷蔵庫の賞味期限の切れたなにかを食べた。友人は帰っていない。固いソファベッドに寝転んで10連を回した。友人の推しが出て、ざまあみろと思った。スクショを撮って送りつけたら「死ねゴミ」とだけ返ってきた。

翌朝。帰宅した友人は自室の柔らかなベッドで寝息を立てている。テーブルに「飯ぐらい用意しとけ無能」と友人の字で雑なメモ書きがあった。私は今日はバイトの日なので身支度を整えてカーテンを開く。日光が眩しい視界の端に茶色いなにかがちらついた。
錆びた看板だった。
隣家の塀に飾られていた。まるで昔からそこにあったように、壁の周囲も赤茶けた錆の輪郭がくっきり刻まれていた。恐らく流れ出たペンキと思しき汚い色合いの滴が塀を伝っていた。ここまで来てようやく、「キケン!」と記されているシルエットだけが読み取れた。なにがキケンなのかは全くわからない。この近くにそう言った設備や水辺などあっただろうか?よくよく目を凝らすとデフォルメされた子供がばたついてるような姿も見える。目の中は錆で真っ黒に塗り潰されて気色が悪い。カーテンを閉めて、私はバイトに行った。

残業で遅くなった帰り、友人は晩飯を買ってこない私に散々文句を投げ付けてくれた。私の家族ごと人間性を否定するような罵り方だった。お前、私に40万借金しといてよく言うわ。騒音を聞き流しながら日課のガチャを引こうとしたら友人にスマホを叩き落とされた。タバコ買ってこい、金は立て替えといて。私はうんざりした気持ちで財布を持って部屋を出た。友人の吸う銘柄を暗唱できるようになっている自分に嫌気が差して、帰宅したら友人を殺してやろうかとすら考えた。体格的に無理だろう。私はすっぴんモヤシ、向こうは化粧の濃いゴリラだ。勝ち目がない。

夜は暗い。玄関を開けると寒気が肌を包む。上に何か羽織ってくれば良かった。後悔しつつ一歩踏み出す。ガチャン、オートロックが閉まる音。この部屋このまま爆発しねーかな。アパートの廊下に備え付けられた蛍光灯が玄関前の手摺りを映している。

「キケン!」

錆び付いた看板が私の目の前にあった。
結局なにがキケンなのかはまるでわからないが、看板の下に描かれた男の子は真っ黒い目でこちらをじっと見つめて、涙を流すように錆を溢していた。
それを見て、私も少し泣いた。

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