Twitterの「#いいねした人を同じアパートの住人として紹介する」タグにて書いたSSの原型まとめとなります。オカルト色強め、心霊・グロテスク・サイコな設定多数。

投稿者:匿名希望


大家さんから聞いた話。
怖い話してよって言ってみた。
こんなアパートにいるぐらいだから怖い話の10個や20個知ってると思って。




「あるところに自殺志願者の青年がいた。青年は自殺の仕方を模索して死に場所を探していた。
飛び込み、首吊り、薬物、一酸化炭素中毒…色々考えて彼は飛び降り自殺を決意した。
そうしてあるアパートに白羽の矢を立てたんだ。
そのアパートは都内で、電車一本で行ける場所にあった。
元々妙な噂が流れている場所でね。部外者の侵入も珍しいことじゃない。
自分一人飛んだところで問題ないと思ったんだろう。彼は遺書を握ってアパートへ足を運んだ。

簡素な5階建てのアパートだった。監視カメラはついているが気にせず中に入った。
周囲に人気はない。彼は最上階を目指そうと階段に近付いた。
その時だった。空から何かが降ってきたんだ。彼の目の前に落下したそれは、手足が生えていた。
人間の男が落ちてきたと気付いた時には、物音を聞きつけた他の住民が顔を出していた。
彼よりも先に飛び降りた奴がいたんだよ。彼はその日、自殺を断念するほかなかった。


翌日改めて彼はそのアパートに赴いた。今度こそ飛び降りてやろうとしたんだね。
昨日と同じ様に敷地に侵入して、階段を上がった。二階に繋がる踊り場に差し掛かったところで視界を何かが掠めた。
彼は下を覗きこんだ。昨日と同様、男が地上で死んでいた。
関節とは逆に折れ曲がった手足から赤い血が歪に何本も伸びていた。
頭が割れていたようで顔は歪んでいたが、人相は見て取れた。昨日と同じ男だった。
また住民達が顔を出してすぐに騒ぎは大きくなった。彼は逃げるように家に帰った。

翌日もその翌日も、彼が飛び降りようとすると決まって直前にその男が自殺した。
おかげで彼は死ぬことができなかった。屋上にすら辿り着けないまま日々が過ぎて行った。
やがて彼の中には男に対する怒りと恨みと、それから羨ましさが芽生え、育っていった。
どうして自分は死ねないのにお前ばかり死ぬんだ。
どうしていつも自分が死ぬ前に飛び降りるんだ。
どうして俺の邪魔をするんだ。
翌日の朝彼は遺書の代わりに台所にあった包丁を握り締めてアパートに足を運んだ。


今年より暑さが控えめな夏の日だった。アパートに侵入した彼はいつもの階段を駆け上がった。
最上階に辿り着くまで、何も落ちてこなかった。
屋上に続く扉を開けた。鍵はかかっていない。さわやかな風が吹く屋上に一人の男がいた。
もう何度も見た顔だ。自分が死ぬよりも早くいつも飛び降りる男の顔。
彼は足早に男に近付いた。足音で男が振り返る。彼はその顔を殴りつけた。怒りのままに、何度も何度も殴りつけた。

「なんでいつもお前がいるんだ!いつもいつもいつもいつも!
 お前ばっかり死にやがって!!死ねない俺の気持ち考えたことあんのかよ!!」

思いの丈を思いっきりぶつけた。彼の腹の中にはやり場の無い感情がずっと渦巻いていた。
澱のように溜まったそれをひたすらひたすら吐き出し続けた。

「お前がいつも邪魔するせいで俺が死ねねぇんだよ!早く死ね!!」

彼は包丁を振りかざした。刃はまっすぐ男の胸に吸い込まれていった。
その瞬間、今まで一言も発さなかった男が口を開いた。
感情の無い、冷え切った目で彼を見下ろして、男は静かに言葉を放った。

「そんなに死にたきゃ他所で死ね」

鮮血が飛び散って包丁が男の胸を抉った。男はそのまま屋上に仰向けに倒れた。
その顔には何も映っていなかった。死への恐怖も、人生への絶望も、己への悲観も、なにも。
彼はそれを見て逃げ出した。何を思ったのか、飛び降りることもやめて。せっかくチャンスが巡って来たのにもかかわらず。


翌日彼は死体で発見された。彼の自宅からずーっと離れた地方の山奥で山菜採りに出た老夫婦が第一発見者だった。
野犬に食い荒らされ損壊の激しいその死体は、死後一週間ほど経っていたそうだよ」




「今の話実話ですか?」
「さあ、どうだろうね。君の解釈に任せるよ」
「…このアパートであったことなんですか」
「だったら恐ろしいね」
「……主人公が殺した男って、大家さんのことですよね」
「それじゃあ今ここにいる私は誰なんだい?」

大家さんはそう言って去っていった。いつもの何を考えているかわからない笑顔だった。


信じるか信じないかは、俺次第なんだろうか。

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