Twitterの「#いいねした人を同じアパートの住人として紹介する」タグにて書いたSSの原型まとめとなります。オカルト色強め、心霊・グロテスク・サイコな設定多数。

投稿者:匿名希望


私が興信所に勤めていた時にあった話です。だーいぶ昔ですね。いつ頃だったかな。
ある男性から調査の依頼をされたんですよ。女房が浮気してるって。どんなに時間と金がかかってもいいから必ず突き止めてくれってね。ええもう、そりゃあ鬼気迫る勢いでしたよ。心底惚れ込んでたんですかねぇ。

私は早速女性の素行調査に出ました。後をつけて、それらしい男と会っていないか見張って。私もまだ若かったですからね、手柄を立てようと躍起になってました。
その女性ってのがね、これまた美人なんですわ。男がほっとかない顔。色白で伏し目がちで色っぽいのにどこか薄幸そうな雰囲気でね。でも気が弱いわけではなくて凛としてる、どこか浮世離れした女性でして。いやあ、あの色香に惑わされる男はそらいるでしょうよ。私は妙に納得してましたよ。
その女性は毎日旦那が仕事に行った後ある部屋に通い詰めてましてね。ボロアパートの一室で。言っちゃなんですが旦那さんはだいぶ羽振が良くて、彼女も不自由なく暮らしてるんですが、そんな美人で裕福な女性にはまるで似つかわしくない寂れたアパートでね。こんな場所に住む男に入れ込むなんてどうしたんだと疑問に思いましたよ。
それで入念に張り込んだんですが、いつ来ても男の姿が見えないんです。彼女を玄関に迎えに来る様子もないし、部屋から出てくる気配もない。夜はしーんと静まりかえって窓から明かりの一つも見えやしない。だから私ゃアパートの管理人にね、おっとりした顔の男性でしたけどね、話を聞きに行ったんです。あの部屋にどんな人間が住んでるのかってね。そうしたらその管理人、狐につままれたような顔で言うんですよ。「あの部屋は長いこと空き部屋ですよ」って。
そんなことはない、女が毎日通い詰めてると問いただしましたとも。まさかこの管理人が浮気相手なのかと疑いもしましたよ。大人しそうな顔して、今で言う草食系ってやつですかね?しっぽりやる事やってんのかと。でも浮気の話をそれとなくしようとしたらね、管理人の目付きが変わりました。何も図星突かれて戸惑ったわけじゃない。むしろその逆なんです。なーんも感情が読めない目でじいっと私のことを射抜いてね。無言でしたが、暗に言われたようですね。自分にくだらない疑いをかけるな、ってね。いやもっと、なんか別な事を考えていたんだろうな。ありゃあ怒ってたんだと思いますよ、きっと。

私もそれで萎縮しちゃって。その日はそれで切り上げたんですよ。情けない話でしょう。翌日気まずーい思いでアパートに伺ったらね、管理人が私を待っていて。なんと向こうからその空き部屋を見せてくれるって。しかも必要ならここで人を待ってもいいって進言してくれてねえ。なんだか不思議な気分で部屋に行きましたよ。部屋には鍵がかかっていてね、それを開けてもらって仰天しました。中がね、酷いんですよ。もう、ボロボロ。まさに廃墟。障子は全部破れててね、襖なんかも穴だらけで外れてるものもあって。畳の剥がされた床には木片やガラス片が散乱しているし。電気ガス水道、どれも通していないようで。とても人が住める所じゃなかったんですわ。部屋の隅にコードの切れた黒電話が置いてあってね。土埃で薄汚れていて、それが妙に記憶に残ってんです。

こんな場所にどうして女が訪ねてくるのか信じられなくてね、管理人にもう正直に話したんですわ。そうしたら管理人、少し考える素振りをしてね、「その人はもう駄目かもしれない」ってね。苦笑しながら言うんですよ。どういうことだ、って問い詰めてもなんだか煮え切らない返事でねぇ。何か危険が迫ってたり、危ない事に片足突っ込んでるんなら旦那さんに話してもっと別な手段を考えなきゃと思ってね。でも管理人は「多分手遅れ」ってね。こっちは何がなんだかわからんのですよ。とりあえずその日一日部屋で待ったんですけどね、彼女は来ませんでした。明日も来るって約束して帰りましたよ。この事を旦那さんに話すかどうか悩んでろくに眠れなかった。翌朝急いでアパートに向かって、またその部屋で待っていました。管理人も一緒にね。蒸し暑い日でしたね。冷房も何もなくて窓を開け放ってるから蝉がうるさくてねぇ。私ゃ会話のない空間に耐えられなくて、なんでこの部屋はこんなに荒れたままのなかって聞いたんです。管理人はけろっと「補修費用が足りていない」ってね。人が入る事になりそうなら直すと言ってましたよ。はあ、大変ですねぇと曖昧な相槌を打ちましたよ。そんな事してたら玄関から物音がしましてね、私達は台所の陰から様子を伺ったんです。そしたら、鍵をかけてあるはずの扉が開いてね。管理人は「鍵は全部自分が持ってる、落としたり盗まれた事もない」って言ってたんですけどね。じゃあこいつはどうやって開けたんだ、って思いながらじっと見てたんです。扉がぎぃーっと開いてね、嫌な音でしたよ。油が切れて軋む建て付けの悪い音でね。息を呑んでその先を見守りました。ようやく彼女のお出ましだ、ってね。

でもね、そこには誰もいなかったんです。ただ開け放たれた扉がぎぃぎぃ揺れていてね。最初は隠れているのかと思って慌てて外に飛び出したんですが、誰もいなくてね。隠れる場所もなにもないし。管理人も私の後をついてきたから一人でなにかする隙はなかった筈なんです。
部屋に戻ったら違和感があってね、というのもね、襖。押入れの襖がね、ぴったり閉まってたんですよ。外れて斜めに立てかけられていたはずの襖がねぇ。綺麗に嵌め込まれて、薄汚れちゃいましたが穴もあいてなくて。私達がその日部屋に来て確認した時は片方しか襖が嵌ってなくて、中もがらんどうだったんですけどね。なんですかこれは、って。胸騒ぎがしてね。管理人はなんとも言えない顔で「遅かった」って一言。私はそーっと襖を開けたんです。

そこにね、いましたよ。彼女。白い肌がドス黒くなっててね、ぶくぶくに膨れて、あの美女の面影がどこにもなくて。襖を開いた瞬間うわぁっと、蝿やら蛆やらが中から湧き出してきて。酷い悪臭が一気に立ち込めて。反射的に吐きそうになりましたよ。人様の土地なんでね、なんとか我慢したんですけど。どう見ても彼女、昨日今日に亡くなった様子じゃなかった。すぐ警察呼んで、現場検証と事情聴取ですよ。もう何がなんだか。とりあえず私達は犯人ではないってすぐ解放されたんですけどね。ああいや、管理人は私より長いこと拘束されてたかな。
それで警察がまたね、とんでもない事を言うんですよ。死後一週間は経過してるってね。しかも死因がね、溺死だって言うんです。海で。体内外から海水と、フジツボだかなんだかが出てきたとかで。確かにホトケさんのいた所は汁が染み出してましたがね、腐敗液だけだと思ったんですよ。でもその中にたくさん海水の成分が混じってたってね。
おかしいですよね。ここんとこずーっと私は彼女をつけてました。毎日毎日足繁くね。彼女も毎日毎日ここに通い詰めてた。そして帰宅してたはずなんです。警察に旦那さんも呼ばれてねぇ、色々聞かれたらしいんですが。自分の女房が既に死んでて、しかもあの有様だって知ったせいか廃人みたいになっちゃってね。心神喪失、ってやつですかねぇ。旦那さんが疑われてたんですが、私もしっかり動く彼女を見てますからねぇ。警察もお手上げで。私が証拠に撮ってた写真を慌てて現像して。そこでもう絶句しましたよ。写真にね、ぶよぶよの膨れ上がった女がね、写ってるんですよ。それこそあの部屋で見つけた姿のままの女がね。立ってるんです。往来の中、アパートの前、扉の前… ぶっ倒れるかと思いましたよ。そのせいで私はもう一度詰問されたんですけどね、でもこんな写真どうやって用意したんだって言うね。まあ疑いは晴れたんですけど。

それからなんだか居心地が悪くなって、すぐ興信所は辞めたんですけどね。未だに気味の悪い事件ですよ。旦那さんは精神病棟に入院して、そのまま自殺しちゃったって話ですし。
管理人、当時のこと覚えてて、この前たまたま通りがかった私に「あの時は大変でしたね」って言ってくれたんですけどね。当時とおんなじ顔でね。それでこの話思い出してこうして今書いてるんですよね。

今はあそこ綺麗な建物になってますけどね。私なら住みたくないですねぇ。

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