Twitterの「#いいねした人を同じアパートの住人として紹介する」タグにて書いたSSの原型まとめとなります。オカルト色強め、心霊・グロテスク・サイコな設定多数。

投稿者:海苔助


僕が小学2年生の時の話です。
当時僕は両親と6年生の兄と都内の某団地に住んでいました。
同じ団地の年上の子や兄の友人によく遊んでもらっていた僕は、しょっちゅう彼らに町中を連れ回されていました。
その日も兄と兄の友人二人と冒険ごっこをして遊んでいたと思います。
冒険ごっこと言っても、団地の近くの細い路地をあたかもダンジョンに見立てて歩き回るだけの他愛のない遊びです。
丁度今ぐらいの梅雨明けの時期で暑い日でした。

夏休みという事もあってはしゃいでいた僕達はいつもより遠出をし、道に迷いました。
最初は確かに団地近くの細い路地を歩いていたのですが、また別の路地に入り、普段通らない大通りを越え、再び路地に入り…と繰り返しているうちに自分達がどの辺りにいるのか全くわからなくなったのです。
周囲は見慣れない家が立ち並び、通行人も見当たりません。時間は丁度4時を過ぎた頃でした。
兄と友人はおろおろしながらもどうにか知ってる道に出ようと必死でしたが、そのうち「近くの人に電話を借りて家に連絡したほうがいい」「自力で家に帰るべき」と兄達の間で意見が割れました。
多分、勝手に遠出した事がバレて怒られるのが嫌だったんでしょう。
僕に発言権はなく、状況もあまり理解していなかったので、兄の手を繋いだまま隅で小さくなっていました。
そのうち友人の一人(俊くんとします)が何事か怒鳴るように吐き捨て、路地の奥へ走り去ってしましました。彼は自力で帰りたがっていた子でした。
兄は俊くんを追いかけようとしましたが、もう一人の友人の孝史くんは俊くんにうんざりしていたようで、動こうとしません。
兄は少し逡巡した後、孝史くんに僕を見てるよう言って俊くんを追いかけて行きました。
機嫌の悪い孝史くんと二人っきりにされ、僕は不安と困惑でぼーっと立っていることしか出来ませんでした。

暫くしても兄と俊くんは戻ってきませんでした。孝史くんもそれに焦りを感じたのか、僕の手を引いて二人が走っていった路地奥へと進みました。
高い塀に挟まれたひび割れたアスファルトを早足で進みます。不思議と両側に建ち並ぶ家に明かりはなく、僕達の足音と息遣い以外全く物音がしませんでした。
空はどんどん夕焼け色に染まって行きます。足元の影が濃くなり、辺りの異様な雰囲気に僕も孝史くんも気圧されていました。
入り組んだ路地をどれだけ進んでも兄と俊くんは見つかりません。
「二人ともどこかの大通りに出たか、もう家に帰ってるかも」
孝史くんが縋るように言いました。僕は無言で頷くことしかできませんでした。
二人を追う事をやめ、僕達はどこか広い道路に出ようとしました。しかしどれだけ歩いても、引き返しても、人通りのある往来に出ることはありませんでした。
どこをどう進んだのか僕も孝史くんも覚えていません。
しかし、路地に突如として現れた古びた鳥居をくぐったとき、孝史くんは何かに感付いたように立ち止まりました。
「どうしたの?」
僕の問いかけに孝史くんは答えません。古ぼけた朱塗りの鳥居を見上げ、それから辺りを見回して、弾かれたように走り出しました。
突然強い力で腕を引かれ僕はわけがわからず半泣きでした。
「どうしたの」
もう一度孝史くんに尋ねると、彼は無言で首を横に振ります。辺りの影は更に濃さを増し、真っ黒いそれと対照的に空は真っ赤でした。
今思えばあの空の色は夕焼けじゃなかったように思います。それぐらい、塗り潰したような赤い空でした。
やがて僕達はいつの間にか路地を抜け、林の中を走っていました。柔らかな土の地面は少し傾斜がかかっていて、小さな丘のようになっていたと思います。
丁度その丘の頂上に辿り着いた時、木々が切れて視界がぱっと開けました。
真っ赤な空を背景に、墓石のような古びた鉄塔が建っていました。
そしてその向こうにごうごうと音を立てて燃える何かがありました。
黒い三つの塊は遠目にもアパートだとわかりました。
「火事だ」
思いついたまま呟いた僕の口を孝史くんが塞ぎます。そしてまた無言で首を左右に振りました。
火事じゃないの?大人を呼ばなくていいの?と混乱する僕をよそに、孝史くんは燃え盛るアパートを凝視しています。
その視線の先には人影がありました。燃える建物から焼け出される炎に包まれた黒い影。
逃げる事も出来ず、窓ガラスの中で蠢くだけの親子のような人影。ベランダから身を乗り出しそのまま落ちて行く女性のシルエット。
その光景はさながら地獄絵図でした。
とうとう泣き出した僕を宥める事もせず、孝史くんは焼け落ちるアパートを見つめ続けます。
そうして、呻くような声で言いました。
「俊、●●…」
それは俊くんと、僕の兄の名前でした。僕はその声に導かれるように再びアパートに目を向けました。
炎の中、とある一室、そこには確かに俊くんと兄の姿がありました。
業火に包まれ助けを求めるように叫びながら二人の姿は掻き消えました。
辺りに17時を告げる「夕焼け小焼け」の放送が鳴り響き、それを最後に僕は気を失いました。

僕と孝史くんは日も暮れた頃、団地近くの路地の入り口で倒れているのを近所の人に発見されました。
発見された場所が団地の近くだったことと、僕達に怪我がなかったことから、事件性はないと判断されました。
それでもやはり僕も孝史くんも大人たちに散々怒られました。
「子供二人だけで遠くまで遊びに行くな」と。
二人?そんなはずはありません。僕達は、僕の兄と俊くんも入れた四人で遊びに行ったのです。
「俊くんとお兄ちゃんはどこ?まだ帰ってないの?」
そう言う僕を見て大人たちは揃って首を傾げました。両親もそれは同じでした。
彼らが言うには、僕に兄などいないそうなのです。俊くんという子供も存在しないことになっていました。
家でアルバムを確認しても、兄と二人で撮ったはずの写真は僕一人しか写っていなかったし、兄の愛用の野球グローブも兄の好きなマンガも家にはありませんでした。
兄がいた形跡だけがごっそりとこの世から消えうせていました。
それは俊くんも同じで、俊くんの両親に僕と孝史くんで話を聞きに行きましたが、そもそも俊くんの両親だった人達には子供などいなかったそうです。
僕と孝史くんの記憶以外から兄と俊くんは綺麗さっぱりなくなっていました。
このことについて、年を重ねるたびに疑問は膨らみ何度も何度も調べましたが、結局なにもわからずじまいでした。
戸籍にも記録にもどこにも二人の存在はありません。
孝史くんに当時のことを聞きたくても、彼は中学卒業間際に「受験を苦に」自殺してしまい最早手がかりはありません。
幼い僕の記憶違いだったのか、全て夢だったのか。最早あの出来事が本当にあったのかすら疑問に思います。
僕はあの日以来兄の名前を思い出すことができないのです。

今となっては自殺した孝史くんの遺書に書かれていた言葉だけがあの日の記憶を真実だと裏付ける証拠になっています。

「あの日の夕暮れが追ってくる 鳥居をくぐった あきらめろ」

孝史くんの死因は焼死でした。
受験を苦にした自殺ではないと僕は確信しています。

僕達が住んでいた団地はもうありません。

管理人/副管理人のみ編集できます