………
……朝…。……たぶん、…日が昇る頃。
体は、疲弊しきっていて……、全身の感覚は…、希薄。
…それでも、使用人の体内時計は…無慈悲に、僕を…休息から引き離します。
記憶は…、まだ、煮込んでいる途中のスープみたいに…どろどろ。
……今、僕は…どこに、いるんだっけ…
五感が、…だんだん…戻ってきます。
……全身が…心地よい抱擁感と…甘い匂いに、包まれて…いるような…
……
……意を決して…、ゆっくりと、重い目蓋を持ち上げると…、
………
……………えーと…。
…その、…何と言いますか……
……紅子さまが、…僕を、…その、…抱き枕…代わりにして、……お休みになっていらっしゃいます。
…すり、すり。
……ほっぺたに、頬ずりされました。
…ぷに、ぷに。
…腕や、脇腹に…、柔らかい感触。
……ああ、皆まで言うまい。
…すみません…あの、…僕も…こんな形ですけど、一応……男の子、なので…
……あの、…その…、そんな薄い生地の…、透けた…寝間着で…
…がっちり、ハグされると、…あの……非常に、…困って…しまいます…。
……
首筋には、…不規則な…リズムの…寝息が…、当たって……、
変な声が…出そうになりますが……、…必死で、抑えます。
…くすぐったくても…、身を…捩ることもできません。
そんなことをしたら……、せっかく、夢見心地でいらっしゃるのに……、
……お目覚めになって…しまいます。
「……ん……、…は……、……むゃ……」
…甘えるような、…幸せいっぱいのお声が…耳に直接…流し込まれます。
「……ぁ……、…こんなに……、おっ…き…い………」
……寝言です。
それはそれとして………紅子さま。
…あの……、僕の身体も、
それなりに、ふにふにしていて柔らかい…という自信はあるのですが、
…抱き枕ほどは、さすがに、柔らかくないので…、あの…、
……そんなに、強く…、……あ…、……うぅ、…駄目……苦しい…です…
「……は……ぁ…む、……ふふ、……ん、……もう、…食べ…られ…なぁい……ぁむ…」
……あ…、……ぁ……、それ…は…、…ぁ、
…食べ物じゃ、…ありま、せん…、から……
……耳朶を…、唇で、…挟んで…きゅっと……引っ張ったり……、
…ぁ…、甘噛み…、されると……力、…抜け、ちゃう…
……ひぁ、…舌先…で、…ちろちろ…、…あ、………そこ、舐り回すの……駄目…
……そんな風に、…僕が、自分の涙と唾液でぐちゃぐちゃになりながら…
呼吸困難になって、文字通り身悶えしていると、
…音もなく、そっと戸が開いて…、
薫さんが、入ってきました。
…薫さんは、こちらを見るなり…
いつもの無表情のまま一瞬フリーズした後、
…頬を真っ赤に染めて、…じっと、…僕を睨んでいます。
…すみません。
……お願いします。…そんな目で…、見ないでください。
……その、…あれです、…不可抗力…なんです。
……僕は、…薫さんに、目で助けを訴えますが…、
…目が合うなり、…普段の表情に戻って、そっぽを向かれてしまいました。
……。…理不尽、です。
………
……そうこうしていると、…漸く、紅子さまの呼吸が穏やかになり…
…耳朶だけは、…どうにか、解放されました。
…少し、…落ち着いて…、目だけで、辺りを見回すと…
……とても大きなベッドに……高い高い、…天井。
ベッドから、少し離れたところに…、薄いカーテンで区切られたスペースがあって、
…大きくて豪奢なバスタブが、備え付けられているようです。
…そこから微かに、水の音が響いてきます。
おそらく、…薫さんが…、紅子さまの、湯浴みのご用意をしているのでしょう。
…僕も、…何かお手伝いをしなければ…とは思うのですが…、
…紅子さまが、僕に…絡みついたまま…、
お許しを…くださらないので…、
……薫さん…、すみません。
………
……暫くすると、不意に……優雅な鈴の音が鳴り響きました。
「……おはようございます、…紅子様」
どうやら、…やっと、…起床時間のようです。
「……お湯のご支度ができましたので……、……どうぞ、…冷めないうちに……」
「…はぁ…い……、どうも……ありが…と……う……、………薫……さん……………」
……紅子さまからは……、…全く、……動く意思が、感じられません……。
…そんな紅子さまを、薫さんが…僕から力ずくで引き剥がし、
……お姫さま抱っこをして、ベッドから降ろしてしまいます。
……薫さん、…見かけによらず、……力持ちです。
…紅子さまは、…可愛らしい欠伸をしながら…、
…バスタブの方へ、…目をこすりつつ、よたよた、進んでいきます。
…歩きながら…、お召し物を…、……………脱ぎ捨てて、
……………、
……僕がまだ寝ているベッドに、…放り投げられた……ものが、降ってきます。
……最後に…僕の顔の上に落ちてきたものが、何なのか、…とかは、
……うん、…あまり……考えないように、……しよう。
………
…涼しげな水音と……、薄い幕を一枚隔てた向こうに、2つの人影。
……詳しくは分かりませんが、きっと…、
紅子さまは、薫さんに、全身を委ねて…
お身体を洗われているのでしょう。
…そんな、微笑ましい光景が、自然と想像されて…、
……僕からも、思わず笑みが…こぼれます。
……ああ…、お休みの日の、…朝です。
生まれて初めて……ベッドの上で、ゆっくり微睡むことのできる…朝。
…真っ赤な薔薇の花の刺繍が、一面に散りばめられた敷布の上で…
僕は、うっとりと…幸せの溜め息を、つきました。
……
……でも……。
…全身が…、どこかまだ、ふわふわしていて…、
身体の芯に……、……何か、違和感が…ある…ような……
「……さん。――――太郎、さん」
……あ…。……薫さんが、…僕を…呼んでいます。
「……お湯……、…残り湯ですけど……お使いに、なりますか?」
……残り湯。……紅子さまの、残り湯。
……紅子さまの、ああ、紅子さまの、
「…………太郎……、さん……?」
「…………あ…、……はい。……では、……お言葉に、甘えて……」
……体が、……鉛のように……重い…。
…服を……脱いでも……、……まだ、重い……。
……重い体は…、水に……、すぐに沈んでいく……。
湯船には……、薔薇が……、びっしり浮かんで……
……水面は…、…鮮やかな…紅い色。
…可憐で、うっとりするような…、匂い。
…身体の芯に、残っていた…あの悪魔の媚薬が…、
…残り湯の淡い熱で、溶け出して…再び全身を…、浸していく……
…昨日の…夜……、僕…は……
……僕…は……
身体が、薔薇の海の底に…沈んでいく。
……溺れて、しまう……。
口から、鼻から、…全身のありとあらゆる穴を…、塞いで…
……無理やり…染み込んできて…
…息が、できなくなる。
…そうやって、…僕は…、いつも…、
…溺れて…しまう…。
………
…目覚めると…、
僕は…薄手の白い布に…裸でくるまれただけの、格好で…
…椅子に…だらりと…凭れかかっています。
「……ふふ……、…お目覚め……?」
……身体が…、焼けた…鉄みたいに…、信じられないくらい…赤く火照って……
…全身が……快楽を求めて……
音が聞こえるくらい…、ずくん…ずくん…と、疼いて……、
「…………くす…、……気分は…、どう……かしら………?」
…羽交い締めにされるように、支えられて…、
…ふらふらと、…よろめきながら…立ち上がります。
……真っ赤に上気した…素肌に…、布地が…擦れる…だけで…、
…ぞわぞわ…、と…疼きが…身体を駆け巡り…
……自分でも…興奮、…してしまうくらいに…
…甘い……声が…止まら…ない……
「……じゃあ…、まず、…ふふ…、…お洋服を…、…着ましょうね……」
……目の前に……、大きな…姿見。
…僕の裸を、辛うじて隠していた布が、悪戯に……ふぁさり、…と落ちて……
……ぁ……、…嫌……、
……紅子…さま…
…見ない…で……ください…
…恥ずか、し…い……です……
…小さな、自分の身体を……精一杯抱きしめるようにして…、
…そのまま…、小さく…うずくまって…
…必死に…隠します。
「……ふふ…、…どうしたの……?
……ちゃんと…、お洋服…、着なきゃ……駄目でしょう…?」
…嫌…、…嫌、…嫌………、
…見ないで、…見ないで…、見ないで…、
「……くすくす、……ふふ…くす、…くす…」
…あ……、笑わ、…ないで…、…ぅう…、…ぁ…
…腕を…、無理やり…掴まれて…、
……こんな…ふにゃふにゃに…とろけさせられた身体の…
…こんなか細い…力では…抵抗しても…無駄で…
…手首を…、捻り上げられて…
…あ、……だめ………
……おねがい…します、それだけは…
…やめて…、あ…、…ああ…
…手を……背中の後ろで…組まされて……
…ぁ…、…鏡に…………
……僕の……恥ずかしい…、
……ところ……全部……
…映って…、……あ……
……恥ずかしくて……死んじゃう……
「………くす………、………可愛い……」
あ、…あ、あ、あ…、…あ、恥ずかしい、
格好で、…あ、…乱暴に、…押さえ、つけ、られて、
…あ、…首、あ、首の、後ろ、…だめ…、
…す、吸っちゃ、…あ…、ちゅっ、ちゅっ、て、
音、立てて、…吸い付いたら、…痕、付いちゃう…、
…首の裏に…、舌でたっぷり、横に8の字を書かれると…
……勝手に、腰が前に突き出て…
…もっと、もっと…はしたない格好になって……
…あ、あ、あ、…あああ、……
…舌が…、突然、…8の字を書くのをやめて…、
背骨の、上に、
下に向かって、ゆっくり…、
……つぅ―――――――――――――…っと、
…這わされると…、
……腰が……砕けて……、
…もう…芋虫みたいに…地べたで…痙攣するだけ…
「……ふふ……、やぁ………っと…、大人しく、……なった……」
…僕に…僅かに残っていた、最後の抵抗力は…
…舌先で…、軽く舐め溶かされて…
…お人形みたいに…、ごろん、…と…、
床に…力なく、…横たわるだけ。
僕は……、もう、お人形。
…紅子さまの……着せ替え人形。
……最初は……靴下。
…足先を…持ち上げられて……爪先から…膝下まで…
……ぴっちり、軽く締め付けて…真っ白に、覆い隠されていく……
…膝下には、一匹ずつ…、
…蜜に誘われた、黒い…揚羽蝶が止まって…
……次は…、僕の、一番…、恥ずかしい部分を…、隠すための…
…象牙色の…可愛いレースをあしらった…ショーツ……
…足の…付け根に…、お臍の…下に…、
何匹か、可愛らしい…紋白蝶が…群がり……
……上半身には……、淡い薔薇色の…、
…透けた生地の…、キャミソール…
…両肩から……両脇、…お腹、…背中…、……胸まで、
たくさん……集まってきた、…小灰蝶……
…
…ふと、……また鏡を見ると……、
…扇情的に…体をくねらせて…
…口の周りを…、涎まみれにした…、
…下着姿の…可愛い女の子が…、
……発情期の…雌みたいに…、
…物欲しそうな…顔で…
……紅子さまに…、後ろから、抱きかかえられています。
……何て、……ぁ……いやらしい、…格好……。
「……ふふ…、……花子…、さん…」
…………。
…は…な…こ……、さん……?
「……そう…、あなたは……花子さん。
……とっても、…とっても可愛い……、お花みたいな…女の子…」
……違う、違う、違う、…僕は、
…………僕は、僕は、
「―――――――――花子さん。――呼ばれたら、お返事は?」
……ぎり……
…ぁ……、…あ…、
……胸に……、紅子さまの…綺麗な…爪が…
…潜り込んできて……、固くなった…敏感な、突起に…
…ぎり……ぎり……と、じわじわ…食い込んで……、
…あ、…あ、あ、あ…
「……ぁ……、……大変…、申し訳ごさいません…、紅子さま…、
……ご無礼を……どうか……、…お許しくださいませ…、紅子さま…」
…ぎり…ぎり…ぎり…、
……あああ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、
―――ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎり、
…ぅ…、あ…、…痛い、…痛い、
痛い痛い痛い、痛い、ごめんなさい、
痛い、ごめんなさい、痛い、ごめんなさい、
あああああああああああああああああああ、
「……くすくす…、花子さん…、」
…あ…、……………あ…、
…ごめんなさい紅子さま、ごめんなさい、ごめんなさい…
「……湯上がりに…、いつまでも、…そんな格好じゃ……、…ふふ…、…風邪、引いちゃうわ…」
……はい、…紅子さま……、
…すぐに……、お洋服……着ます、
…お洋服……、着ます、着ます、着ます…、
…
…ぁ…、可愛い……、お洋服……、
…薫さんが…、着ているのよりも…、
…もっと、もっと…
ふりふりで…、ふわふわで…、ひらひらした…、エプロンドレス。
…着ているだけで…、花畑に…いるみたいな……
満開の…、花の、絨毯……、
そこに密集して…、僕の全身を貪る、
…大、中、小、
…色とりどりの、鮮やかな…
無数の、…蝶々。
…ああ、可愛い……、可愛い…、
…鏡の向こうの…女の子…、すごく、可愛いくて…
………、…口付けたい……、
…熱い吐息で……、視界が曇って…よく、見えないけれど…、
……あの子も、興奮しているのが、わかる……、
……、口付けたい…、のに…、
…冷たくて、固い…鏡が、…邪魔で…、
届かない…、届かない、届かない、……
…交わすはずだった、美味しそうな、花の蜜が……
…二枚の、紅い…肉厚の花弁の間から、ねっとりと…、零れて…、
鏡に塗りつけられていく…、
…勿体ない…、
……舐めたい……、
………
「……ふふ…、……新しいお洋服…、そんなに気に入った……?」
……あ……、
…いつの間にか……、僕の髪に…
ひときわ大きな、…蝶々結びの…リボン。
「……じゃあ……、お着替えも…終わったことだし……、…ゆっくり…お話、…しましょう…?」
…紅子さまに、…後ろから、……拘束するように、抱きしめられて…、
…耳元に…、僕にしか…聞こえないくらい…、小さな声で…
……内緒話みたいな、…囁き。
「……大事な……、お話……。……くす。
…とっても、……とっても……大事な…、お話……」
…紅子さまが…耳元で、一言、一言…
焦らすように、囁くたびに…、
熱い吐息が、頬を…、唇の震えが、耳朶を…、
…擽って…、
ぞくぞくとする振動が…脳を、…駆け巡ります。
「……ふふ…、花子さん…、…くす……、
こんなに、可愛らしいのに…、
…嫉妬しちゃうくらい、…可愛いのに…、」
…ぁ、…あ…、…紅子さまの声…、
…気持ちいい、気持ちいい…、
…脳が……もう……溶け……ちゃう…………
「……とっても…、可愛いのに…、……とっても、……悪い子……。」
――――――――――――――――――――――ぞくり。
「……花子さんたら…、とっても…、酷いの……、
昨日も…、私の言うこと、ちっとも聞いてくれなくて…、
好き放題に、暴れて……乱暴して…」
…知らない。…そんなこと…してない…。
…違う、僕じゃない……
違う、違う、違う、違う、違う…
「……くす。…本当に、どうしようもない、…悪い子。
……ふふ…、…くすくす…。
……悪い子には……、…きつく、…お仕置き…、しなくちゃ……、ふふ……」
…そんなの、…知らない、知らない、知らない……。
……お仕置き……、
…嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、
「……花子、…さん。……ふふ、できることなら…、私……、
…花子さんが…、痛がったり…、苦しんだり…、のたうち回ったりして…、
涙を…ぽろぽろ、零しながら…、
もうやめて…、もうやめて…、
…って、可愛らしい、声で…、おねだりして…、
…それでも、
…可哀想に…、…やめて…もらえなくて…、
もう、…媚びる…余裕も、なくなって…、
ごめんなさい…、申し訳ごさいません…、お許しください…、って…、
…壊れちゃった、…玩具、…みたいに、何回も何回も…泣き叫んで…、
…それでも、
…くすくす…、…当然、やめて…もらえなくて…、…ふふ…、
…涙と、鼻水と、涎で、…折角の…とっても可愛らしい顔が…、台無し…、
…くすくす…、ふふ…、
……最後は……、
もう…、喉が、…潰れちゃって…、
…くすくす…、…あはは、…とっくに、声が、…ふふ…、出なくなってるのに…、
…それでも、
お許しが…欲しくて…、必死に、口を、大きく開けっ放しにして…、
…全身を、びくん、びくん、…って、痙攣させて、
お口から泡を吹いて、白眼剥いて、お漏らしながら、失神しちゃう…、」
…嘘、だ…。
そんなの、嘘だ…、嘘だ、嘘だ、
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ、
「……なぁ……んて、…………ね。……くすくす。
…花子さんの…、そんな、惨めで可哀想な姿…、…私だって…、見たくないもの……」
……あ……、…あ…、…嫌だ…
…良い子にするから…、許して…、
…どうか…お願い、します…、痛く、しないで…、
「…だから…、ね?……約束、…しましょう……?」
…ああ、…あ……、
…何でも、します…、…約束、します……
だから、だから…、
「……ふふ…、もう…、絶対に…、暴れたり、乱暴したり…、しない…?
…私の言うこと、…何でも…、聞く?
…二度と、…私に…、逆らったり…、しない…?」
……もう…、僕は…、
…見えないくらいに細い糸で、雁字搦めにされて…。
…首を、がくがく、同じ方向に…、狂ったように…、振り続ける…傀儡。
…はい…、紅子さま……、
……誓います、……紅子さま…、
……紅子さま……、
「……嬉しい……、花子さん……、…好き…、……大好き………、」
……あ……、紅子さまが…、
僕の…、頭を、なでなで…して、くださいました。
いい子いい子、…してくださいました…。
…あ……、気持ち…いい…、幸せ……、
……幸せ……、
……紅子さま……、
「…ふふ…、…約束…、破っちゃ…、嫌よ…?
……それじゃあ…、お話は、おしまい……。……ふふ…、くす…」
…紅子さまが…、熱い吐息を漏らしながら…、
熱に浮かされたように、ふらふらと…
…僕の…、右手を、掴んで…、
僕は力なく、床を、ずるずると…引きずられて…、
…置いていかれるのが、怖くて…、…犬みたいに…、四つん這いで…、
口から舌を垂らして、はあはあ言いながら…、必死で、ついていく…
……その先は…、…あの、薔薇の模様が敷き詰められた、…寝台の…、上。
…ふかふかした…、まるで、薔薇のお花畑…。
……僕の両手の指と…、紅子さまの両手の指が…、
一本ずつ…互い違いに絡み合って…、
…がっちり…握られて…、
体重が、…じわりじわり、僕の背中にかかって…、
…そのまま…、…ゆっくり…、薔薇の絨毯に…、
……押し付けられる、…両手と…、背中……。
…紅子さまは…、僕の胴の両脇に、膝をついて…、
仰向けになった僕の、耳元に…唇を、そっと寄せて…、
…ぞっとするほど、甘い声で…、
…たぶん…、僕に向かって…、囁きました。
「……いただき、…まぁ……す……」
…ベッドが、…呻くように、軋んで…
…僕の、首から上が…、
唇の上から、唇で…、ぎゅっ…と、押し潰、されて…。
…舌先が…、…震える…、二枚の柔らかい扉を、無理やりこじ開けて…、
歯茎、口蓋、舌の裏側、歯の裏側、味蕾、舌先、奥歯、舌根、
…余すところなく、…陵辱しながら…
…絶え間なく、流れ込んできて…、
僕の、小さな口内を…、犯していく、銀色の、糸を引く…粘ついた、滴。
…ごぽごぽ、…ぐぷぐぷ、
舌が、舌を、乱暴に引きずり回すたびに…、
…粘り着くような、卑猥な音を立てて…、
喉を鳴らして、呑み込む隙さえ…、許されずに…、
…じわじわ、水位を上げて…、
呼吸を、奪っていく…
…息…、…が……苦…しい…、
…余りの苦しさに…、無意識に、もがいて…
…手足を、じたばたさせても…
…ベッドが、…僕の抵抗を、嘲笑うかのように…、
小さく、音を立てて、揺れるだけ…
……もう、…駄目……、
…窒息…、する……、
…唇が、唇に…、蜜を吸うみたいに、吸いついて…
…じゅるり…、…じゅる、…じゅる、じゅる、じゅるじゅる、
ずるずるずるずるずるずるずるずるずるずる、
………………ちゅぽん、
……あ……、…あは…、……ひぃ、………ぁ………、
……許して……、……もう…、やめて……、
「……くすくす……、…花子さん……、
――――――――――――――嘘つき。」
…あ…、…ああ、ああああ……、
「…もう、暴れたり、逆らったり、しないって…、さっき、約束…したのに…、
…嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、
嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき、」
…ひ……、…あ…、…ごめんなさい、紅子さま…、
…もう、…しません、……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、
「……酷い…、…嘘…つくなんて…、酷い……、酷い…、
こんな悪い子は…、お仕置き……、しなくちゃ……、
……可哀想だけど、…荒縄で、…全身を、きつく、縛って…、
…天井から、吊し上げて…、
…ちゃんと反省するように…、全身の骨を、…じわじわ、…ぎしぎし、締め上げなきゃ…、
…でも、…こんなに悪い子は…、それだけじゃ、…全然足りないから…、
吊し上げたまま、…鞭を、何十回も、何百回も、何千回も、叩き込まなきゃ…、
…その後は、仕上げに…、嘘つきな、…この、…悪いお口に…、
…焼き鏝を、突っ込んで、掻き回して…、
…お肉が焼ける、いい匂いがするまで、掻き回して…、
…もう、…二度と…、…酷い嘘なんて、つかないように…しなきゃ……、」
―――――――あ、…あ、あ、あ、
……苦しい、
…………痛い、
………………熱い、
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い、
「…ぁ…、……ああ…、…ぁ…、
…紅子さま…、…ぁ…、…どうか…、お許し…、…あぁ…、お許し…、
…ひぐ、…うぅ……、くだ…さい…、うぅ…、…あ…、
……わたしの、…からだ、…おすきなように…、…うぅ…おもちゃに、…して…、
…かまいません、…からぁ…、…うぅ…、
…おしおき…、だけは、……いたいの、だけは……、
…えぐ、…ひっく…、…おゆ、…るし…、…くだ…、…うぅう…、…さい…、
…おゆるし、ください…、紅…子、さま……、」
……女の子が、甘えるような…、高くて…可愛い…声で…
…いやらしく、腰を…くねくねさせて…
…怖がって、…ぶるぶる、震えて…、
上目遣いで…、大粒の涙を、ぽろぽろ、溢れさせて…
…必死に、…懇願する、…僕。
…紅子さまは…、黙ったまま…、
僕の、頬を伝う涙を…、
…ぺろり、…ぺろり、…味見をするみたいに…、
…ねっとりと、舌を這わせながら…、
…哀れな奴隷の、隷属の誓いを、聞き遂げると…、
…耳元に…、唇を寄せて…、
出来の悪い奴隷に…、……慈愛に満ちた、お言葉を…下さいました。
「…ふふ…、…あはは、…くすくす、くすくす…
…いいわ、……私の…、負け。
…さっきの、…おねだりが、…くすくす…、…格別に…、可愛らしかったから…、
……今日は……、特別……、
……お望み通り……、たっぷり、…玩具にして、…たくさん…可愛がって…あげる。
…くすくす…、だから…、たっぷり…、精一杯…、
…ふふ、……ご奉仕なさい?
――――――――――でないと、 …お仕置き、…よ?」
―――――――お仕置き。
その単語を、囁かれるだけで…、
…びくん、と…、…もう、反射的に…身体が縮みあがって…、
怖くて、怖くて、心臓の鼓動が激しくなって…、
がたがた震えて…、頭の中が、ぐちゃぐちゃになって…、
…ただ、訳も分からずに…、半狂乱になって…、
許しを乞う言葉を、…譫言のように、呟き続けます。
「…ふぁ…、…ひぐ、…ひっく、……、おゆるし、ください…、
…おしおき、…いやです…、…ひっく、…いじめ、…ないで…ください、
…ちゃんと…、いうこときく、おもちゃに…、…なりますから…、
うぁぁああああ、うぁぁあああああああああん…」
「………お仕置き。…ふふ…、お仕置き、怖い…?
…くすくす…、あはは、あはは…、
……お仕置き、お仕置き、お仕置き、お仕置き、お仕置きお仕置きお仕置きお仕置き、」
―――びくん。――――びくん。
……ぁ…、…あ、あああ、
――びくん、びくん、びくん、びくん、びくんびくんびくんびくん、
…僕の反応が、よほど可笑しかったのでしょうか…、
紅子さまは、上機嫌で…、くすくす笑いながら、僕を抱き寄せて…、
…ぎゅっ…と、優しい抱擁で、包み込んで下さいます。
「…ふふ…、大丈夫よ……、花子さんが、ずっと、良い子にしていれば…、
お仕置き、……なんて、絶対に、されないから…。
……良い子にしてれば、
――――だけど。……くすくす…、…ふふ……」
…そう言いながら、…紅子さまは…、
僕の首筋に、…唇を寄せて…、…あ…、…あ、あ……、
…僕の…、敏感な、部分を…、
ちゅうちゅう、吸い上げて、…あ、…ぁ…、
…舌で、優しく、ねっとりと、撫で回して…、
首筋に、鎖骨に、肩甲骨に、うなじに、
紅い、快楽の烙印が…、次々と、刻まれていく…
…薔薇の花畑に、春の嵐が吹き抜けるように…、
…滅茶苦茶に…、お花を、散らして…、
白い肌に、花びらが散っていく…
…意地悪な風が、ドレスを…、…下着を…、
少しずつ、焦らすように、はだけさせて…、
…隠していた、…もっと敏感な、部分が…、
…もっと、大切な、お花が……、
…胸…、…脇腹、…お臍、…背筋、
どんどん、散った花びらで…埋め尽くされていく…、
…あ…、…お願い…、まだ…だめ…、
…蕾…、だめ…、
まだ、花咲く前の…、固い、蕾…、
双つ並んだ…、蕾…、
大事な、蕾…、
小さな、蕾…、
…凄く、敏感な、蕾…、
…散らさないで…、…あ…、あ、あ、あ、ああああ、
―――――――――――――――かぷ、
ひぁあ、あ、あ、あ、あ、あ、ひぁ…、…だめ、だめ、だめ…、
…へんに、…ひぁ、…なっちゃう…、…おかしく、なっちゃう…、
…ぁ…、…きもち、…いいです、…きもち、いい、きもち、いい、
…きもち、…よすぎて、…くる、しい…、くる、しい…
…きもち…、よくて、…しんじゃう、だめ、しんじゃう…、
…あ、あ、あ、…ひあ、ああ、ああああ、
――――――――――――あ、
…ごぷり、…どぷ、どぷ、どぷ…
びゅるびゅる、…びゅく、びゅく、びゅく…
…身体が、…勝手に反り返って…、
…腰が、脚が…、かくかく…、痙攣して…、
…花の蜜が…、雄蕊から、溢れて…、
止め処なく…漏れて…、
…だめ…、もう…、蕾…、止めて…、
…蕾…、…敏感すぎて…、じんじん、して…壊れ、ちゃう…、
止めて…、止めて…、
潰さないで、転がさないで、齧らないで、吸わないで、舐めないで、食べないで、
ぐりぐり、ころころ、こりこり、じゅぽじゅぽ、れろれろ、ちゅぱちゅぱ、しないで…
…意識…、飛んじゃう……
………
「…ふふ…、…だらしない、…お顔…」
…ぜえ…ぜえ、肩で息をしながら…、
……とろん、とした表情のまま…、
焦点の合わない、潤んだ瞳の向こうに…、
…ぼんやりと…、紅子さまが、微笑んでいます。
「…くすくす…、…ねえ…、花子さん……、 …ふふ…、…これ、………なぁに…?」
…あ…、…紅子さまが…、
きれいな指先を…、僕に向かって…、差し出して…、
…その指先に、…どろりと、絡みついている…、
…白く濁った…、にちゃにちゃと粘り着く、青臭いお汁を…、
…お化粧するみたいに…、
僕の、…唇に、…鼻の下に、塗りつけていきます。
「…あ…、あ…、…ごめん、なさい、ごめんなさい、
…おもらし、…しました、…きもち、…よくて、…でちゃい、ました…、
…がまん、…できなくて、…かってに、…おもらし、…しました…。
…ごめんなさい、…ごめんなさい、
…あ、…あ、あ…、…おもらし…、して、…ごめんなさい…」
…綺麗に、…しなきゃ…、
…紅子さまの、指…、汚して…、ごめんなさい…、
…全部…、舐めとらなきゃ…、
華やかなドレスの内側に、可愛らしい下着に、豪奢なベッドに、
…べったり、大量にこびりついた…、
汚くて、臭くて、苦くて、穢らわしい、粘液…、
…ごめんなさい、ごめんなさい、
こんなに汚いの、たくさん吐き出して、ごめんなさい、ごめんなさい、
すぐに、お掃除、しますから…、…ああ、お許しください…、
全部、ちゃんと、綺麗に、しますから…、…あ、…あ…、
…お許し…ください……
…口を…、粘液溜まりに、近づけて…、
舌で、…ぺろ、ぺろ…、舐めて、
…狂ったように、じゅるじゅる、啜って…、
…顔中、白い粘液で…、ぬるぬる、ぐちゃぐちゃ…
…ちゃんと…、お掃除しますから…、
…だから…、だから…、………だから…、
お仕置き…やめて…、痛いの…やめて…、お仕置き…怖い…、怖い…、
「……くすくす…、…花子、さん。
…勝手に、…こんなにたくさん、…お漏らししちゃって…、
――――――――――――――――もう、お仕置き…
…されると、……思った…?
…………………くすくす…、…ふふ…、…あはは、…あははははは、…くすくす…、
…可愛い…、…あはは、…自分から…、
…まだ、私…、何も、言ってないのに…、
…あはは、…自分で、自分の、…必死に、舐めて、…ふふ…、くすくす、
…こんなに可愛い子…、…初めて…、…くすくす…、…可笑しい…、…あはは…、」
…紅子さまが…、…愉しそうに、笑っています。
…紅子さまが、…笑っていると…、
…あはは、…僕も、…愉しい。…嬉しい。…とても、…幸せ。
…せっかく、綺麗にしたのに…、
…嬉しくて、思わず、…唇の端が綻んで…、
また、どろどろ…、口から、白いの、垂れて、零れちゃった……、
…あはは、…あはは、…あははははは、
「…くすくす…、…あはは…、…ひどい、…お顔…、
…可愛い顔が…、…ふふ…、…台無しじゃない…、…あはは、
…ほら、…拭いてあげるから…、…くすくす…、…ふふ……」
…顔を…、ベッドに押し付けて…、もらって…、
…力ずくで、前後左右、滅茶苦茶に…、…ぐりぐり…ごしごし…、
…優しく、拭いてもらいます。
…あはは、…あはは…、…紅子さま…、ありがとうございます…、
…痛い…、…あはは、…嬉しい…、…ふふふ、
…苦しい……、紅子さま…、愉しそう…、嬉しい…、痛い、嬉しい…、…あはは、
痛い、苦しい…、痛い、…嬉しい、気持ちいい…、
…紅子さまが…、僕の後頭部に、跨って…、
…呼吸を…、激しくして…、…途切れ途切れに、…艶っぽい、声を出して…、
…僕を、頭蓋骨の中まで、ぐちゃぐちゃになる、くらい、
激しく、掻き、回して、叩き、つけて、押し、潰して、絞め、つけて、
…あ、…あ、くるし…い……、…きもち、いい…、…もっと…、
…もっと…、ぐちゃぐちゃに、…して…、
…あ…、…紅子さま…も、きもち、よさそう…、
…うれしい…、うれしい…、しあわせ……。
「…ふふ…、…可愛い…、…可愛い…、…くすくす…、
…可愛い子には…、…もっと、もっと…、…ご褒美、あげなきゃ…、…ふふ…」
…あ…、…ご褒美…、…ごほうび…、
…気持ちいい…、ご褒美…、
…ごほうび…きもちいい…、
……
俯せのまま…、ぐったり、脱力して…、
…倒錯した恍惚の…心地良い、余韻……
…視界には…、一筋の光もなく…、
…ただ、…微かな音が、…近くから、…遠くから…、聞こえてくる…
寝台の軋む音…。
衣擦れの音…。
軽い布が、落ちる音…。
…断続的な…、甘い、吐息…。
…僕の、心臓の悲鳴…。
「…花子、さん。…ふふ…、こっち、…向いて……?」
ごろり…、半回転して、仰向けになって…、
…目蓋を、開くと……、
……ああ……、…なんて…、…綺麗……、
…あまりの優美さに…、時間が…、……止まる。
…宵闇の露に濡れた、蛹を脱ぎ捨てて…、
仄かな灯りの下で、佇む…、
羽化したばかりの、翅を…気怠く纏わせた…、
透き通るように白く、血のように紅い…、綺麗な…蝶々。
…辺り一面に広がる、薔薇の絨毯に…
ひときわ美味しそうに咲いた、一輪の花を…見つけて…、
…嬉しそうに、…翅を、ぱたぱた…させて…、
……でも、その花は…、嵐で、すっかり弱りきって…、
…今にも…、ぽきり、
…と、折れてしまいそう…。
…そう、…例えば…、あの蝶々が…、
…蜜を啜りに…、花の上に、
ちょこん…、…と、軽く乗っただけで…、
…茎の根元から、簡単に、崩れてしまいそう…
…あ…、お腹を空かせた…、蝶々が…、
…花の匂いに、誘われて…、ゆっくり…、
…愉しそうに、…焦らすように、
…花の周りを、…くるくる…、艶やかに…、舞いながら…、
…近づいてくる…、
…花の中心に、…たっぷり、溜まった…、
…蜜を…、じっと見つめて…、
…狙いを…、定めて…、
…息がかかるくらい、近づいて…、
…ああ…、
…お願い…、そっと…、…して…、
…どうか、…優しく…、吸って…、
…でないと…、
……壊れ、ちゃう……
…そんな…、ささやかな祈りも、虚しく…、
…雄蕊と、…蝶々の…、距離は、
…零になって…、
その瞬間、
無慈悲に、残忍に、音もなく、
その花は、
軋んで、揺れた。
――――――――くちゅ…、
…蝶々が、覆い被さるようにして…、
少しずつ、少しずつ…、花に、体重を委ねていく…、
…くちゅ…、…くちゅ…、…くちゅ…、
雄蕊に、ゆっくりと…重さが加わるたびに…、
押し潰された、透明な蜜が…、溢れ出して…、
蝶々の、小さな口に…、
…残酷なほど、…長い、時間をかけて…、
…根元まで…、…全…部…、貪られて…、いく…、
…くちゅ…くちゅ…くちゅ…くちゅ…くちゅ…、
…ああ…、…蜜…、…止まらない…、
…どんどん、…どんどん、滲み出て…、
もっと…、もっと何倍も…、濃厚で、ねちっこい、強い匂いの、
ぐちゅぐちゅに泡立った、真っ白な蜜…、
…ああ…、勝手に…、どんどん、精製されて…、
ぱんぱんに…、溜まって、…渦巻いて、
…腰を突き上げて、…あ…、
…駄目…、…溢れ…ちゃう…、噴き出しちゃう、
…駄目…、駄目…、駄目、
…また、…お漏らし…、…しちゃう…、
…もう…、…駄…目…、
…あ…、…ああ…、あ、あ、あ、
「……花子、…さん…、…くすくす…、
――――――――また勝手に、お漏らし、…するの…?」
…気ままに、…滅茶苦茶に、
前後、左右、上下、
…ぎし…、ぎし…、壊れるくらい激しく、…身体が、…揺さぶられます。
「…くすくす…、…まさか、そんなこと、しない…、わよね…?
…ぁ…ん、…ん……、…ふふ…、
――――――――とっても良い子の…、花子、…さん。…ふふ…、…くすくす…」
無機質に、不規則に、
激しく、緩慢に、
緩めて、締め付けて、
擦り付けて、咀嚼して、
こねて、回して、舐めしゃぶって…、
…あ……、駄目…、
…こんなの、無理…、絶対、…無理…、
…もう、いじめ、ないで…、ゆるして…、
出ちゃう、出ちゃう、出ちゃう、出ちゃう、
「…ふふ…、花子さん、
――――――――お返事は? …ねえ、ほらほら、…お返事、…は?」
――――――――ぎり、ぎり、ぎり、ぎり、
…あ、…駄目…、蕾、蕾、蕾、蕾、蕾、
ああああああああああああああああ…、
「…あ……、もうしわけ…ひ、い、う、…あ、うぐ、…あり、ま、せん、
…ひ、あ、いぎ、おゆ、…い、あ、…るし、く、あ、ください、
はなこ…、…わるい、こで、…あ、いぎ、…ごめ、…う、あ、…な、さい、
…もう、…びゅるびゅる、…おもらし、…、でちゃう…、…あ、あ、あ、」
…あ、あ……あ……、
…あ……、
……、
…紅子さまが…、突然、
…ぴたり、…と…動きを止めて…、
こちらを…、見下ろしています。
…愉しそうに、ただ、…見下ろしています。
「…くすくす…、…可愛い…、
花子さんが、…我慢してる時の、お顔…、…くすくす…、くすくす…」
…くすくす、と…、可愛らしく、笑う…、
そんな、…細波のような、僅かな揺れでさえ…、
雄蕊の堤防は…、がりがり…、がりがり…、浸食されていく…、
蜜が漏れないように…、少しずつ…、
さらさらの紙鑢で、…撫でるように…、
気が遠くなるくらい…、じわり…、じわり…、
削ぎ落としていく…。
「…ふふ…、…花子さん…、…くすくす、…そんなにお漏らし、…したい…?」
…おも…らし…、…したい。
…びゅるびゅる、…どぷどぷ、真っ白なお漏らし…、したい。
…したい、…したい、したい、したい、したい、
…だから、……ああ…、お願いします…、
…もっと…、もっと…、もっと…、
「…くすくす…、…そんな…、可愛らしく、おねだりされたら…、
…もう…、私、…断れないじゃない…、…くすくす…、…あはは…」
…腰を…、
…ゆっくり…、くねらせて…、…すぐ、止まる。
…ゆっくり…、浮かして…、下ろして…、…すぐ、止まる。
…漏れる…、寸前で…、…止まる。
…意地悪に、止まる。
「……どうしたの?……花子さん…、
…お漏らし…、まだ、…しないの…?
…くすくす…、…ふふ…、…あはは…、あはは…」
…もっと…、して…、ほしい…、
…して…、ほしい…、
…もっと…もっと…、して…、ください…、
…お願い…します…、お願い…します…、
…ああ…、…そうだ…、
…おねだり…、しなきゃ…、
紅子さまが、お喜びになるような…、
…可愛らしくて、いやらしい、おねだり…、しなきゃ…
…そう、可愛らしく…、…いやらしく…、
……媚びるように……
「…あぁ…ん、…紅子、さまぁ…、
はなこ、…悪い子で…、ごめん…なさい…、
…はなこ、に…、お漏らし…、どろどろの…、まっしろおもらし、…おゆるし、ください…
ぐちょぐちょ…、おもらし…、たくさん出るように…、
はなこを、…ぐちゃぐちゃに、…めちゃくちゃに、…して…、
…たくさん、たくさん、…はなこを…、犯して…、
…お願い…、…紅子さまの…、お好きなように…、…召し上がって…、…ください…」
…もう…、…だめ、
…壊れちゃう、…壊れちゃう、
…お願い…、…早く、
…壊して、…壊して、…壊して、
…ああ…、…あ、…あ、…あ…
「…くすくす。……かわいい子。…くすくす。
…ねえ…、花子さん……、…私のこと…、……好き…?」
…柔らかくて…、すべすべの、指先で…、
蕾を、優しく…、きゅっと、摘まんで…、撫でられて…、
…ぞくぞく…、…と、全身に広がっていく…、悦び…。
「…くすくす…、こんな、…風に…、
……たくさん、…意地悪して…、ごめん…なさい…。
…やっぱり、…私のこと…、…嫌い……?」
…今度は…、硬くて冷たい、爪の先で…、
嬲るように…、弾いたり、抓ったり、引っ掻いたり…、
…鋭く、全身を突き抜ける…、痛みと、疼き…。
…好き…、…嫌い…、…好き…、…嫌い…、
ぐるぐる…、交互に…、問いかけてくる。
…それは、戯れに…、花弁を、一枚一枚、…千切って、剥いでいく…、
…無邪気で残酷な、…遊び。
…あ…、…あ…、
…散らされた花弁の隙間を縫って…、
…とうとう、…白い蜜が…、
…ごぷり、…ごぷり、
…痙攣しながら、…漏れていく…。
「…ねえ…ねえ…、花子さん…、…どっち…?
…好き…? …嫌い…?
…くすくす…、…その可愛い声で、…早く、…早く、…聴かせて…?」
…弱火で、とろとろに煮込んで…、
…ぐる…ぐる…、…ぐる…ぐる…、
腰で、かき混ぜられていく…、
…好き、嫌い、好き、嫌い…、
…ぐるぐる…、廻る…
…答えを急かすように…、どんどん…、速く、激しくなって…、
心が、白い蜜に溶けて…、混ざって…、
…どんどん、外に、漏れ出て…いく…
「…あ…、……すき、…すき…ぃ…、…だいすき…、
…ふあ…、…あ、…だい…すき…、です…、…紅子さま…、だいすき……」
…ああ…、
…それは…、たぶん、…最後の一枚。
――――――――はらり、
…理性の箍が、
…思考の螺子が、
…蛇口の栓が、
一斉に、…緩んで、壊れて…、
…辛うじて、繋ぎ止められていたものが…、
…全部、勢い良く、…罅ぜて…、
…残ったのは…、
…もう…、ただ快楽を享受するだけの…、
…淫らな、…精神と、肉体。
…紅子…さま…、…だい…、すき…。
…だいすき…だいすき…だいすき…だいすき…、
…だい…、…すき…。
…蜜が、涸れても…、
…花が、枯れても…、
それでも、終わることのない…、…暴虐の饗宴。
…主の、情欲のままに…、
全身を…、絶え間なく、貪られて…、
心と、脳を、快楽に…溶かされ続けて…、
…その途中で、いつしか…、
僕の、…意識だけは…、
夢心地と、夢の狭間で、…迷子になって、
…暗闇の底へと…、解放されて、…墜ちていった。
…そう、たぶん…意識、だけ…。
…白い壁と、白い天井で囲まれた…、小さな部屋。
…今は、二人きり。
…私と、この子…。
この子は…、白い寝台の上で…、安らかに…眠っている。
…そう、今なら…、…そんな風にも、見える。
少し前まで…、全身が、粘液に塗れて…、爬虫類みたいに、ぬらぬら光っていたけど…、
…私が、綺麗にしてあげたから。
足の指の間とか…、腿の内側、お臍、脇の下、耳の裏、髪の毛の一本一本まで、
全部、泡で優しく包み込んで…、舐めるように、愛撫してあげたから…。
…白い肌は…、まだ、…びっしり、赤黒い痕で埋め尽くされているけど…、
ちゃんと、…お洋服を着せて、綺麗に…、見えないように、隠してあげたから…、
…だから、もう、…ちゃんと、綺麗。
…そう、…大丈夫。
…痛いことや、辛いこと、苦しいことは…、
今日一日は…、何も、…ありませんでしたよ。
…ふふふふ、…そう、何にも。
一方、私は…、その寝台の横で…、椅子に座って、この子が目を覚ますのを、
…ずっと、見守っている。
…果たして、…そんな風に…、見えるのだろうか。
…正直なところ…、…もう、…我慢できる…、自信が…、ない。
…焦点の合わない目で…、小刻みに体を震わせて…、
唇を、…少しでも開けば、きっと、…この子の、可愛らしい顔に…、
…べっとりと、…涎を、零してしまう…。
…胸の、敏感な部分が、…固く、尖って…、
服の上からでも、はっきり分かってしまう…、その部分を…、
…力一杯、爪を立てて…、…血がでるほど、滅茶苦茶に…、してあげたい…。
…下着を、つけていないから…、服の裏側が、…もう、ぐちょぐちょ…、
…腰を、くねらせて…、むず痒い疼きを、紛らわす度に…、
…声も、音も、…臭いも、…漏れてしまいそう…。
頭の中は…、ちっぽけな理性が、…性欲の、手玉にとられて…、
…もう、淫らな行為の、…妄想が…止まらない…。…それしか、…考え…られない。
…まさに、発情期の、…獣。
…雌犬。
…そう、…私は…、…雌犬。
…これから及ぼうとしている行為を、…正当化するための理屈とか、言い訳とか、
そんな、まるで人間のような、身分不相応なことを…、考えていると…、
…既に、…体は動いていて…、
…小さな寝台の上で、仰向けになって…、
無防備に…、その扇情的な肉体をさらけ出している、この子に…、
…餌にかぶりつくように…、…覆い被さって…、
…ああ…、…あ…、駄目…、
…この匂いの…、…所為…。
…悪いのは、…こんな美味しそうな匂いを、ぷんぷんさせている…、…この子。
…私は…、犬の本能に…、忠実なだけ…、私は悪くない…、
悪いのは…、…この子…。
…寝台が、…軋む。
…犬のように鼻を鳴らして…、愛らしい首筋に…、鼻をこすりつけて…、
…匂いを、堪能する。
…石鹸の…、爽やかな、花の匂い…、
…それに混じって…、微かに、…紅子様の、…唾液の、残り香。
…ふふふ、…あ、ああ…、
犬みたい…、そう、私…、雌犬だから…、
…ご主人様の、匂いが…、大好き…、
…この香り、堪らなくて…、発情して…、興奮して…、
歯止めが、利かなくなる…。
…大好き…、この匂い…、大好き…、
紅子様の、匂い…、大好き…、大好き…、
獣の交尾みたいに…、腰を振り乱して…、この子に、性器を擦り付けながら…、
下品な音を立てて…、舌を、伸ばして…、
ぺろぺろ、じゅるじゅる、…ねちっこく舐め回して…、
…あ…、…駄目…、どんどん、激しくなって…、止められない…。
そんなに、激しくしたら…、この子が、起きちゃう…、
止めなきゃ…、駄目…、
でも…、収まらない…、
…紅子様、…美味しい…、いい匂い…、ずっと嗅いでいたい…、
…そうだ、…大丈夫。…もし、起きても…、
…目隠しをして…、両手を押さえつけて…、
体にのし掛かって、体重をかければ…、力じゃ、負けない…。
…あとは、…この、腫れて卑猥に膨らんだ唇さえ、塞いでしまえば…、
…大丈夫。…大丈夫、大丈夫、大丈夫…、
…擦り付けるの、気持ちいいから、…大丈夫…、
もっと、速く、激しく動かしても、大丈夫…。
ああ…、…駄目…、
…あ、ふぁ、あ、…ぁ……、
………
…はぁ、…はぁ……、
…息苦しさと、共に…、少しの間、失っていた意識が…、…戻り始める。
…全身が、ぐったりとして…、重石のように…、気怠さが、
ずっしり…、のし掛かってきて…、
…性欲が少し引いて…、今更のように戻ってきた、理性が…、
無責任に、…頭の中で、…警鐘を鳴らす…。
…ああ…、また、勝手に…、…してしまった…。
…早く、片付けなきゃ…。
幸か不幸か、この子は…、まだ、目を閉じたまま…。
…ああ…、今度は、私の汚液で…、ぬるねるの、…ぐちょぐちょ…。
…せっかく、洗ってあげたのに…、…また、やり直さなきゃ…。
…そうだ…、一刻も早く、…お掃除、しなきゃ…、
もし、粗相が…、紅子様に、知れたら…、…大変…。
…急がないと…、
こんな、躾のなってない犬は…、きっと、
…ああああ、…きっと、ああ、今度こそ、今度、こそ、
「…なんだか、…とっても楽しそうね…、…薫、さん。
…ふふ…、私…、…お邪魔だったかしら…。…くすくす。」
………。
…気がつくと…、紅子様が、いつの間にか…、
先ほどまで私が座っていた、寝台のすぐ横の…、椅子で…、
私の…痴態を、…横目に、見下ろしていて…、
…静かに、…冷ややかな…笑みを、浮かべて…いました。
「…くすくす、…残念…。ふふ…、そうよね…。
…その子、とっても可愛くて、こんなにも、魅力的だもの…。
…我慢できなくても、…くすくす…。…仕方、…ないわ…」
…違う…、違います、紅子様…。誤解です…。
お許しください…、…私は…、貴女を…、
…ただ、貴女だけを、想って…、身体が…、勝手に…、ああ…、
…違うんです…、だから…、だから、だから、どうか…、
「――――――――ところで…、…薫さん。
…私、つい先ほど…、…とってもお行儀の悪い…、飼い犬を見つけてしまったのだけれど…、
…くすくす、…私は…、飼い主として、…その犬を、…ふふ、…どうしたら…、いいのかしら…?」
…あ…、ああ…、…許…して…、…もう…、二度と…、しませんから…、
…そんな、意地悪な聞き方、しないで…。
…どうかどうか、…ご慈悲を…、…あ…、あ…、
…いや…、…捨て…、ないで…、
「…うぅ…、あぁ…、どうかお願いします…、一から…、躾け直して…、下さい…、
目一杯、…厳しく、…して…、意地汚い、…雌犬の身体に、教え込んで…、下さい…、
…ごめんなさい、ごめんなさい、…うぅぅ、…あぁ…、うぁあああん…」
…ああ…、お願いします…、…捨て、…ないで…、
何でも、しますから…、ちゃんと、言うこと聞く、犬になりますから…、
…だから、ずっと…、貴女の…犬で、いさせて…、ください…。
…ああ…、どうか、お願い…します…、…ああ…、
「…くすくす。…そうね…。ちゃんと、…反省させなきゃ、…駄目、よね…。
…ふふ…、明日から…たっぷり、…躾け直して、もらわないと…。くすくす…」
…そう、言いながら…、ゆっくり、…靴下を、脱ぎ捨てて…、
脱いだ、…あ、…くつ、…し、た…、を、…わた、しの…、くちの、なかに…、
あ、あ、あ、あ、…すき、…だいすき…、
…紅子様の、匂い…、大好き、大好き…、大好き…、大好き…、
…もう、…他に…、何も、…いらない…。
「…じゃあ…、私…、…お姉様に、…犬の躾…、お願いしてくるから…、
…くすくす、…後始末…、頑張ってね。…ふふ、…ちゃんと、…厳しくしてもらうよう、言っておくから…」
………
…そうして、あとに…残されたのは…、
理性を失って、…ただ、ご主人様の香りに酔いしれる…、雌犬…。
…そう…。幸せそうに…、鼻をひくひくさせながら、
…ただ、その瞬間の快楽を享受するだけで…、
…明日からの、自らの哀れな運命など…、…私は、些かも、考えることは、…できなかった。
…少なくとも…、再び…、理性が戻るまでの…、その、僅かな間は…。
……雨の匂い。
今日が、晴れだったら良かったのに…。
そんなことが、…ぼんやりと心に浮かびながら、目が覚める。
錘を頭に乗せたような、ふらふらとした動きで、…立ち上がって、カーテンを開ける。
…それでもまだ、…部屋の中は、薄暗いまま。
窓の外は、…嵐。
…せっかく満開になった、お庭の花壇が、…可哀想に、食い荒らされて…、
風に舞ったその残骸が、…冷たい雨に濡れて、窓硝子に、…ねっとりと貼り付く。
…眠りすぎた所為だろうか、…記憶が、はっきりしない。
まるで、怪物に食いちぎられてしまった獲物の肉片のように、
…生々しいまでに、ばらばら。
いつから眠っていたのか、…それすら分からない…。
…そう思って、時計を見れば…、
起きるべき時間は、…もう、とっくに過ぎている。
…そうだ。
早く、着替えて…、…お仕事、しなきゃ…、
…ああ、…使用人の分際で、寝坊だなんて、…きっと、…きっと、きっと、きっと、
「……太郎、…さん。……ふふ。…今日はまた随分と、…お寝坊さん、…ね…」
……ぎしり、と…、頭の芯が、軋む。
まるで、拷問具で全身を締め付けられているみたいに…、
息が、胸が、心が、苦しさに悲鳴をあげて…、頭の中で、…ただ、もがくように、惨めな謝罪を繰り返す。
…ああ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、
「……あ、…あの…、…ごめんなさい。……びっくり、させてしまったかしら…」
…かわいらしい、綺麗な声。
そう、…よく研いだ刃物みたいに…、音もなく頭蓋骨を切り裂いて、中身を…侵していくような…、
「あ…、…ごめんなさい。…そんなにびっくりするなんて、…思わなくて…。
…本当に、ごめんなさい…。太郎さん、今日はお休みの日なのに…。
勝手に、…部屋に入って…、あの…、…怒って…、ますよね…? …本当に、ごめんなさい…」
……ああ。
…そう、…今日は…、お休みの日。
紅子さまが、そう言ったなら、…きっと、そう。
…今日は、お休み…。
「……あぁ…、紅…子…さま、……も…う、……ゆる、……し…て……、あ…、」
…呂律が、回らない。
そもそも、…今、言葉を発したのは、…本当に、…僕だったのだろうか。
…わからない、
…何も、わからない。
――――ぐるり、
視界が、半回転して止まったかと思うと…、二重にぶれて、白く霞んでいく。
肉体の感覚が薄れて、まるで…、宙に浮いたような、錯覚。
…あるいは、水底にゆっくり沈んでいくような、幻覚。
その中でただ、聴覚だけが…、場違いなほど鋭敏に、耳鳴りになって鼓膜を劈く。
窓硝子の向こうから、無機質に絶え間なく降り注ぐ、ホワイト・ノイズ。
電波が途絶えるように…、意識が、その砂嵐のような音に…、掻き消されそうになっていく…
「……さん、……て……。……ほら……、ふふ……」
……僕を、呼ぶ声。
静かに囁くような声なのに…、何故かとても大きく響いてくる、声。
体中が甘く痺れて、…気持ちのいい、声。
「……くすくす……、……ほら、早く起きなきゃ……
せっかくのお休みなのに、…ふふ、…勿体ないわ……」
…勿体ない。…そう、勿体ない…、早く、…起きなきゃ……。
「……もう…、…あんまりお寝坊さんだと、…くすくす…、…悪戯、しちゃうから……」
……悪戯。
紅子さまが、悪戯。…僕に、悪戯。
…ああ、…悪戯…。
何だろう、…悪戯、だめ……、
悪戯、悪戯、悪戯、悪戯、悪戯、悪戯、
悪戯、はやく…、悪戯、
「――――――――――――太郎さん、」
…………。
……唐突に、名前を呼ばれて…、全身の感覚が、戻る。
…逆さまの視界。…倒立した、世界。…虚像。
…身体が火照って、熱い。……熱くて、身体のあちこちが切なく、疼く。
……欲しい。
…自分が何を求めているのか、わからないまま…、
渇望感だけが、増幅していく。
……欲しい…、…欲しい、
…お願い、…します…、……ください、
何でも…しますから、…あぁ…、…意地悪、しないで…、はやく……
「……退屈ね、雨の日って。…くすくす、本当に退屈……。」
…そう、透明な硝子一枚を隔てた向こう側に…、
溢れて、溺れそうなほど降り注ぐ、…水、水、水、水…、
……その水の一滴でさえ、
雛鳥みたいに開けっ放しの、カラカラに渇いた僕の口を、喉を、
…潤すことを、許してはくれない。
「……ねえ、太郎さん。…私、今日はずっと、お部屋にいるから…、」
…雨粒が、幾筋も幾筋も、…すぐ目の前を、さも愉しそうに、滑っていく。
……なんて意地悪で、残酷な、……罰。
灼熱に浮かされた、身体で…、僕は…、
…砂の海の地平に、たったひとつ見つけた、泉に向かって…、
ただ、それが蜃気楼でないことを祈って、
「……もし良かったら…、…遊びに、いらしてね…」
……涎を垂らして、醜く這っていくしか、…ないのだ。
……………。
お洋服で、着飾って…、髪を整えて、香水をつけて。
……部屋を出る前に、ふと、窓の外を見る。
……嵐はまだ、静まる気配を見せない。
もう、散らす花びらは一片も残っていないというのに…、気の向くまま無慈悲に、…ただ、壊し続けている。
硝子に淡く反射した、自分自身の鏡像。
そのさらに奥に広がる、その残虐な光景は…、まるで他人事のように、僕の眼には映った。
……意識は、…たぶん、はっきりしている。
こんな風に……比較的、落ち着いた思考ができる程度には。
…それにもかかわらず、僕の自由意志には…、もはや自分の体を動かす力さえ、…ない。
仮に、あったとしても……、この緩みきった筋肉では、床を這いずることすら不可能だろう。
そう、まるで……、
ただ……、体中に、糸を絡められて…、手繰り寄せられているだけの、傀儡。
……ずる……ずる……、
汚らしい音を立てて…、蕩けた表情で…、
長い長い廊下を、不恰好に……少しずつ、少しずつ……
その醜態は、…異常なほど客観的な、ただの情報の羅列になって、……僕自身から乖離していく。
一歩ごとに聞こえてくる、衣擦れの音と切なそうな声音。
……淫らに開けていく可愛らしいドレスと、…心の鍍金。
恐怖、警戒、逡巡、不安、苦悩、
あらゆる些末な感情は、肉体の疼きに飲み込まれて、爛れて、腐り落ちる。
……ぼた、……ぼた、
形を崩して、どろどろの液状になって……
零れて、僕を痙攣させながら……溢れ出て、異臭を撒き散らす。
……さながら、恐怖映画に出てくる、動く死体のように。
その身体は、自らの意志以外の力で…、ある一点に向かって進んでいく。
……止まることは、ない。
脚が、立つことをやめ…、
手が、床を這いずることをやめても、まだ、
狂ったように、蠢き続ける。
知性を失った肉塊は、傾斜のない廊下を、奈落の底に向かって、
ごろごろ転がりながら……、
滑り落ちて……
……
――――――――こつん、
冷たい木の扉に額をぶつけて、ようやく、止まる。
ああ……、滑稽だ。
……ケタケタと僕を嗤う、窓という窓。
ずらりと廊下に並んで、僕の醜態の一部始終を見ていたそれらが、……狂ったように嗤う。
…その哄笑の中に突如、
遠くの空が、場違いなほどに明るく閃いて…、
祈るように目を閉じた、
――――刹那、衝撃が電灯を一斉に掻き消して、視界を奪う。
……雷鳴は、警告するかのように低く唸って、
辺りの明かりだけを消したまま、何処かへ去っていく。
…それは、あまりにも無責任な、警告。
……そんなことは、…分かっている。
ただ、もう…、来た道を戻る意志も、扉を叩く勇気も、ないだけだ。
仄暗い中で、何も見えずに…、時間の経過に運命を委ねるしか、ないだけだ。
……それとも、…まだ引き返せるとでもいうのか。
こんなにも切なくて、…枯れてしまいそうだというのに……。
……
…しばらくすると、幽かな音がして…、
花が咲くようにまばらに、電灯が点いていく。
光の眩しさに、咄嗟に動いた、両眼。
その、視界の端に…、
いつの間にか、扉は開いていて、そこで、
……音もなく、静かに僕を見下ろして…、
紅子さまは、微笑っていた。
その綺麗な手には、不似合いな……、赤黒く錆びた枷と、鎖。
「……いらっしゃい、…………花子、さん」
…鎖が揺れて、寝転がる僕の頬を掠める。
……鈍く濁った、金属の擦れる音と、…冷たい、皮膚から熱を奪われていく、感触。
「…………お行儀の悪い子。……くすくす、…酷い、格好……」
右耳を摘んで、持ち上げられて……、
一滴一滴、流し込むように…、小さな声が響いていく。
…それは麻酔のように…、瞬く間に全身に回って、負の感情を、…曖昧にしてしまう。
「……ねえ、早く来て、遊んで……。…寂しいの……。」
その声音の、音節の一つ一つが、…微弱な心地よい電流となって、
背筋を、ぞくりぞくりと駆け落ちていく。
電気を流された筋肉が、理科の実験の蛙と同じように、
意志とは関係なく、辛そうにのたうち回って、小さく跳ねる。
「……早く……、ほら、ふふ……、こっちに、来て……」
……解剖台。……そう、これは解剖台。
紅子さまの匂いに包まれた、うっとりするような柔らかさの、薄桜色の解剖台。
……生きたまま、……腹を切り裂かれて……、
敏感な内臓をひとつひとつ、ピンセットで、
好奇心と嗜虐心が満たされるまで、弄りまわされる、場所。
――――がちゃり。
この可愛らしい部屋の質感に、どこまでも不似合いな、鎖と枷。
それは、……冷たく重い金属の感触で、手首と足首を包んで、
まるでパズルのピースを填めるかのように、……極めて自然に、
僕を、この部屋の家具の一部として、……物理的に、固定していった。
――胴体を、解剖台の上に。
――手首を、頭の上に。
――足首を、解剖台の両側面に。
――――がちゃり、がちゃり、がちゃり、がちゃり。
「……遅いわ……、私……、ずっと待ってたのに……」
…そう言いながら、躊躇いなく脱ぎ捨てられた……それは、
紅い薔薇の花片のようだった。
……その花弁は瞬く間に、ひらりと解けるように舞って、
だらしなく空いたままの、僕の唇の隙間に、……糸を引いて落ちる。
その紅色に包まれていた花の中心は……、今は剥き出しになって、
そこに溜まった蜜を、……贅沢に、零していた。
「……ねえ…、……くすくす、……花子、さん。
……来るのが、……とっても、遅かったわ……?」
屈託なく笑って……、僕の敏感な臓物の上に腰掛けたまま、
足の指で、僕の口の中の異物を、喉の奥へと捻り込む。
……唾液が逆流し、嘔く僕の耳には…、微かに断続的な、小さな音。
二人分の重さがかかった解剖台の、軋みだろうか。
それとも、……圧迫された臓物の、悲鳴だろうか。
「……くすくす、くすくす……、……ふふ、…あはは、…あはははは……」
……ああ、……良かった。
楽しそうで、…良かった。
……怒っていなくて、良かった……
「……ふふ、……難しいのね。犬を、……飼うのって……」
濡れた靴下と、濡れていない靴下の両方を……、
少しだけ自由になった僕の口に詰め込みながら、どこか独り言のように、呟く。
「……どんなに可愛がっても、どんなに痛めつけても……、
……くすくす、…ちっとも、……私の言うこと、聞いてくれないもの……」
……紅子さまの手には、いつの間にか…、裁縫鋏が握られていて…、
その鋭く尖った二枚の長い刃が、薄暗い照明を反射して、僕を睨んだ。
……ざくり、ざくり、ざくり、ざくり、
手遊びで中空を切る小さな音。
……その音源は徐々に、…徐々に、僕の胴体の上へと近づいて、
「……だからね、…ふふ、…私には……、犬なんかじゃ、なくて……、」
……遂に、ちょうど心臓の辺りに……、冷たく尖ったそれが、……触れた。
「……植物を育てるほうが似合ってる、……って、……そう、思ったの……」
……鋏は、その物静かで、ゆっくりとした口調とは裏腹に、
狂ったように、無秩序に、僕の表皮に無数の細かい傷をつけながら、
切れ込みを、幾つも、幾つも、刻んでいく。
……そして、その隙間に、細い指を捻りこんで……、手で、布を引き裂いて……、
鬱血の痕で埋め尽くされた僕の肌を、……卑猥に、露出させていく。
……とても、無邪気に。……楽しそうに……。
「……そう、例えば……、お花。綺麗で、可憐な花。……こんなに可愛らしいのに、
私だけのために、……咲くの。……だから、一生懸命、心を込めて、お手入れを
してあげる。……不格好な枝や、気に入らない形の葉っぱは、全部、丁寧に、根
こそぎ切り落として……、綺麗にしてあげて……、……ああ、そうね、やっぱり
……、逃げ回ったり、勝手にどこかに行ってしまったりしないって、……素敵…
…。花が、綺麗に咲いたら……、好きな時に、好きなだけ、見て、触って……、
たとえ、枯れてしまっても、また、咲いてくれるもの……。……ああ、でも、…
…すぐ枯れてしまうのは、悲しいから……、……ぎゅうぎゅうに押しつぶして、
押し花にしたり……、……カラカラに乾燥させて、ドライフラワーにしたり……、
そういうのも、……素敵ね……。……ああ、……そうだわ……、……こういうのは、
……どうかしら。……花びらを、新鮮なうちに、一枚も残らないように、全部毟り
とって……、綺麗に洗って……、それから、たっぷりのお砂糖と一緒に、お鍋に入
れて……、撫でるように、たくさん、木箆でゆっくり、……ぐるぐる、かき回しな
がら……、弱火で……、じっくり……、何時間も何時間も、とろとろになるまで、
時間をかけて、煮込んで……、焦がさないように……、丁寧に……、……火を止め
て、少し冷ましたら……、ちょっとだけ、味見をして……、……残りは、大事に、
大事に、……可愛い小瓶の中に、詰めて……、しっかり、外に漏れないように蓋を
して……、私だけの秘密の場所に、しまって……、あとで、こっそり、好きな時に、
好きなだけ、……口の中に入れて……、気の済むまで、舌先で舐めて、弄んで、
甘くなくなるまで味わい尽くして、……それから、食べてあげる。」
……。
――多分、その瞬間、僕は、絶叫していた。
……おそらくは、恐怖で。
呼吸器に布を詰められて。
全身を鎖で拘束されて。
体中を切り刻まれて。
内臓を圧迫されて。
……眼に、紅子さまの狂気と、恍惚を映しながら……。
……遊戯室の、扉の前。
そこに、私は……、立って、……ただ、待っていた。
――私のご主人様である、綾子お嬢様が、出てくるのを。
……この場所は、思いのほか、……静かだ。
雨と、風の音以外は……、何も聞こえはしない。
この分厚い鉄の扉を、一枚隔てた向こう側で、鳴り響いているはずの……、
……鞭の音、悲鳴、絶叫、……そういったものは全く、聞こえてはこない。
その喧しさを、私は誰よりも知っているだけに……、
……不気味なほど、静かすぎた。
そう、私が、……他の誰よりも知っている。
綾子お嬢様の、専属の、……奴隷は、
――殆ど何時も、この私、ただ独りだけなのだから。
……これから先も、偶に一人か二人、増えることはあっても……、
――どうせ、一週間と経たないうちに、……いつの間にか、
『お屋敷からいなくなって』
……しまうのだ。
……私だけが、何故『いなくなって』しまわないのか――、
彼らや、彼女らが、何故、何時、何処に『いなくなって』しまうのか――、
それは、私のような卑しい奴隷の身分には、……到底、知りようのないことだ。
ただ、私には決定的な、ある『素質』があって――、
彼らや、彼女らには、それが無かった――、
……多分、それだけだろう。
……そんな風に、かつての同僚に思いを馳せていると……、
ごく自然に……、私の想像力は、部屋の中で行われているはずの――、
――調教の、
その惨たらしい様子を、妄想せずにはいられなかった。
「……ん……、……あぁ……、」
……声が、漏れるほどに……、もう、私の妄想は止まらなかった。
窓を打つ雨の音は、……私の身体に打ち付けられる、鞭の音に……、
激しく唸る風の音は、……その振り下ろされる鞭が、風を切る音に……、
……そう聞こえ出すと、服の下に隠した、……無数の、
蚯蚓腫れや、火傷の痕や、青痣が、順々に疼き出して……、
腰が砕けて……、
その扉に、半分ほど、体重を預けなければ、立っていられなくなる。
凭れたまま、扉に耳を押し付けると……、
拘束具に似た、冷たく刺すような感覚と共に、
扉の、向こう側の、痛々しい音が、
蹂躙され尽くした奴隷の、言葉にならない懇願の啜り泣きが、
……聞こえて、くるような気がした。
――ぽた、ぽた、
粘度の高い雨漏りが、スカートの下の床を、濡らし始める。
……私は、その浅ましい水溜まりを……、
当然のように、……極めて習慣的に、
自分の頬や、舌を、……雑巾のように使って、掃除する。
……すぐ側に、仕事の為に持ってきた、水の入ったバケツと、モップと、
それから……、本物の雑巾が、あるというのに。
――びちゃ、びちゃ、
その変態じみた行為と、汚らしい水音が、私の劣情を、
……どんどん、際限なく、……加速させていく。
――にちゃ……、にちゃ……、
蛞蝓が這いずるみたいな、音……、
……私が、お掃除している、音。
お掃除、……もっと、頑張らなくちゃ……。
……ボロ雑巾で、……ちゃんと、拭かなくちゃ……。
私の……、目の焦点の合わない顔と、床の間に、
……激しいキスの後のように、白く濁った糸の橋が、たくさん架かる。
……頬や舌を、床に擦り付ければ付けるほど……、
意地悪するかのように、……意地悪されたかのように、
……もっと、私は興奮して、床は、……もっと、汚くなって……、
……きっと、いつまでも、終わらない。
……止まらない。……私が、いやらしい所為で……、
止まらない……。
……お願いします……、……止めて、……ください……、
脳が、恍惚で焼き切れて、……狂ってしまう前に……、
……お嬢様……、綾子お嬢様……、……どうか……、
早く、……やめなさい、って……、命令、して、ください……、
……鞭……、……鞭で、思いっきり、ぶって……、くれないと……、
止まるまで、何度も、ぶってくれないと……、
止まら、ないんです……、
……だから、……早く――――
……
「お待たせ、蛍ちゃん」
……よく通る、明るい声。
間違えるはずのない、私の、大切な、ただひとりの、愛しい、ご主人様の声。
「ふふ、……また粗相しちゃったねえ。仕方ないなぁ」
……そう言いながら、置いてあるバケツの中の雑巾を、絞って……、
私の顔を、優しく拭いてくれます。
……ああ、黴臭い、雑巾の臭いに混じった……、
綾子お嬢様の、汗の、匂い……。
……こんなに、汗をかかれるまで、鞭を……、何回も、何回も……
ああ……、私にも……、
……どうか、どうか、……ご慈悲を……、
「……ごめんね。……たくさん、待たせちゃったね。
……よし、よし……、ふふ、……いい子、いい子……」
……ふっくら、柔らかい胸の中に、抱き寄せてもらって……、
長い髪を、わしゃわしゃ……、して、……もらいます。
……綾子お嬢様の香りを、こうして……、間近で、くんくん、しているだけで……、
幸せで……、幸せで……、たまらない……心地で……。
「でも……、これは、ちょっとやりすぎかなぁ。
……かわいそうだけど、あとで、たぁっぷり、お仕置きだよ?」
「……はい。……承知いたしました、お嬢様……。」
もう、私の目には、綾子お嬢様のお姿しか、……映っていなかった。
……虚ろ。……ただ、虚ろ。
その眼球の奥は、お嬢様の声だけが反響する、……空洞。
中身のない、ただの、器。
「……ふふ。……じゃあ、遊戯室の中と、ここの床の掃除、お願いするね。
……いい?『命令』、だよ?」
「……はい。……承知いたしました、お嬢様……。」
……今更のように、実感する。
この『命令』、という言葉が……、狂おしいほど、気持ち、良くて……、
それで、……私は、ただ、恍惚としたまま……、
それに従って動いてしまうのだ、……ということを。
「……ああ、そうだ……、あの子……、
たぶん、紅子がすぐに迎えにくるとは思うけど……、
……それまで、一緒に遊んであげてくれないかな?」
「……はい。……承知いたしました、お嬢様……。」
……遊んで、あげる。
一緒に……、遊ぶ……、つまり……、
「……ふふ。蛍ちゃんが、してもらったら悦ぶことを、
あの子にも、たっぷり、してあげるといいと思うなぁ」
……私が、……悦ぶこと。
私が、してもらって、幸せ……、つまり……、
「……はい。……承知いたしました、お嬢様……。」
……そう言って、私は綾子お嬢様に、深く深く、……お辞儀をした。
『あの子』に、何をしてあげれば良いか……、
空っぽになった頭で、……私なりに、考えながら。
「……失礼いたします。……お掃除に、参りました」
……そう言って、私はまた、深くお辞儀をする。
誰に対して、……という訳ではないが――
……言うなれば、この『遊戯室』という神聖な場所に対しての、
私の、……敬意のようなもの、だろうか。
――錆びた鉄の匂い。
――鞣した革の匂い。
――溶けた蝋燭の匂い。
そして、仄かに残る、ご主人様の甘い汗の匂いと、
……哀れな犠牲者の撒き散らした汚物の、鼻をつく酷い臭い。
それらの混ざり合った中で、――その子は、
……磔にされて、静かに痙攣していた。
そっと、目隠しを外してあげると、
……驚くほど整った、綺麗な顔だった。
……生気を失った目。
それがかえって、人形のような美しさを醸し出していて――、
私は、……この子に嫉妬した。
華奢で……、色白で……、
きっと、裸でなかったら……、男の子だとは、気づかなかっただろう。
……その白い肌に、無数に走る、……鞭の、赤黒い痕。
幾筋も、幾筋も……、
まだ、火傷したように熱いであろう、その、調教の名残……。
それが、私には……妬ましかった。
罪深い奴隷に、……僅かな抵抗さえも赦さないかのように、
……全身の関節という関節を、
厳重に、何重にも締め上げる鎖と枷。
まるで、……標本の羽虫。
私と同じ、……主人に飼われることで生き長らえる、
……惨めで、矮小な存在。
手の指の、一本一本のそれぞれの関節から……、
両手首、両肘、両肩、そして首。
戒めを、一つずつ、一つずつ、
……上から下に、緩めながら、なぞっていくと、
ようやく、……胴体。
背中側には、……赤、白、黒、
錦が織り込まれたような、極彩色のキャンバス。
……さらに、その下。
腰、股関節、両膝、両足首、
……枷が順々に解放されるにつれて、……糸が切れた操り人形のように、
吊されていた身体が、……その重さで徐々に、徐々に、垂れ下がって、
……べちゃり、と、遂に床に崩れ落ちる。
何度も失禁し、そして何度か絶頂もしたのであろう、
その、……異臭を放つ液体の上に。
「……失礼いたします。……お掃除に、参りました」
今度は、この子の耳元で、囁く。
……反応は、無い。
私のことなど、眼中になく……、
ただ、余韻に浸って、……ひっそりと、弱々しい喘ぎを、時折漏らすだけ。
……幸せそうに。幸せそうに。幸せそうに。
「……そんなに、……気持ち良かったのですか?」
……声が、震えた。
背筋に、息を吐きかけてやると……、
顎と背中を大きく反り返らせて、痙攣する。
……鞭の痕を、私に、見せつけるかのように。
「……私の、ご主人様の鞭は、……気持ち良かったのか、どうか……、
そう、お伺いしたのですが……、聞こえませんでしたか……?」
今度は、背中に爪を立てて、軽く引っ掻いてやると……、
流石に、……弱々しい抵抗を始めた。
……この程度で、消耗しきっているのか、……何とも貧弱だ。
この私の非力な腕でも、……手首を掴んで捻り上げてやれば、
造作もなく、押さえ込むことができる。
……男の子の癖に。
女の私より、か弱げで、……儚げな、その姿で……、
……ご主人様の嗜虐心を、煽って……、
何発、……鞭を、その華奢な白い身体に叩き込ませたのか。
私が、……頂く筈だった、鞭を。
何回、……快楽の絶頂に達したのか。
私が、……頂く筈だった、鞭で。
「……床を、こんなに汚して……、……恥ずかしくは、……ないのですか?」
……床の汚物に塗れたモップを、乱暴に、その綺麗な顔に押しつけてやると、
呼吸が苦しいのか、……呻きながら、首を振り回して、
……とうとう、暴れ出した。
……どうせ、抵抗は形だけて……、
心の底では、どうしようもなく、……感じている癖に。
「……可哀想。……くすくす、……モップが、可哀想……。
こんな汚物の世話を、させられて……」
……可笑しかった。
この子の反応が、……手に取るように、分かるのが。
もう、私は……この子が憎いのか、愛しいのか、
……この子を虐めたいのか、悦ばせたいのか、
分からない。
体重をかけて押し付けていたモップを、前触れもなく、
急に退けてやると、……案の定、
「おあずけ」をくらった犬のような目で、
初めて、……私を見た。
「……ぷっ……、……あははは、あはは……、……やだ、……可笑しい……」
……こんなにも、心から大声で笑ったのは、……いつ以来だろう。
嘲笑でも、愛想笑いでも、壊れてしまったのでもなく、
ただ、……可笑しい。
べとべとになった顔を、……耳まで、羞恥に染めて……、
口をぱくぱくさせながら、何かを訴えている。
ただ、それだけの仕草。
……それだけで、何を、望んでいるのか……、
私には、なんとなく、……分かってしまう。
……凄く、可笑しくて……、不思議な、感覚。
「……ふふっ、……喉、渇いたでしょう?」
汚物掃除に使った雑巾を、バケツの水に浸して、……軽く、絞って……、
水の滴るそれを、……この子の口の上に、捧げる。
私が雑巾を持った指に、少し力を入れて握ると、
……濁った水が、この子の閉じた唇を濡らす。
「……ほら、……遠慮なさらないで、結構ですよ……。
お水は、……ふふっ、……バケツ一杯分、ございますから……」
なかなか口を、開かないので……、
……お望み通り、鼻を摘んでやる。
それでもやはり、……抵抗はしない。
さも苦しそうに、唇を噛み締めたまま、喘ぐだけ。
……とうとう、酸素を求めて、……「仕方なく」、開いた口に、
ぽた、ぽた、……汚液を垂らし込んで、恵んであげると……、
よほど嬉しかったのか、喉を鳴らして、飲み干していく。
……美味しそうに。
垂れてくる滴を、貪欲に求めて、浅ましく舌を伸ばして……、
……挙げ句の果てに、雑巾に吸い付きだす始末だ。
……私も、遂に……、
我慢できなくなって、……この子の顔の上に、覆い被さるようにして、
雑巾の上から、……この子に、キスをした。
……生臭くて、……黴臭い。
雑巾一枚だけ隔てた、舌と、唇の感触……、
……ご主人様以外と交わす、初めてのキス。
背徳感が、……ぞくぞくと、背筋を駆ける。
……それでも、私の淫らな肉体は、快楽を貪ることを、止められない。
「ああ……、お嬢様……、綾子お嬢様……、
申し訳ございません……、申し訳、……ございません……」
……罪悪感は、悪戯に、私の情欲を高めていく。
また、……悪循環。
どんどん高ぶって、私の理性では、もう――――、
――――。
……突然、この子に突き飛ばされて、……私は止まった。
この子のどこに、……そんな力が残されていたのか。
……そう思わずにはいられないほどの、素早さで……、
犬みたいに四つん這いになって、……遊戯室の入り口へ、
嗚咽を漏らしながら、這っていくのが見えた。
私には、その時まで気づかなかったが……、
――この子の「ご主人様」が、お迎えに来たらしい。
……さっきまで、一言も発しなかったあの子が、大声で、狂ったように……、
何度も頭を床に打ちつけながら……、
ごめんなさい、申し訳ございません、紅子様……、
……そう、繰り返していた。
「……ねえ、……薫さん。……くすくす、
私、そういう言葉……、……いい加減、聞き飽きちゃった……。」
……嗚咽が、さらに激しくなって……、
もはや、……何を言っているのか、私には、分からなくなった。
「……今まで、とっても楽しかったわ、……薫さん。……くすくす。
躾ても、躾ても、言うことを聞かない子は、どうなるか……、
私、……何度も教えてあげたものね。
……残念だけど、明日からは、もう――――」
……胸が、張り裂けてしまいそう。
そのくらい、悲しくて……、甘美な、絶望。
他人事の、筈なのに……、
……とろけるように甘く、甘く、心が壊れていく快楽。
先ほどの背徳的な行為の罪悪感が、……それに拍車をかける。
……罰で、許されるのなら、厳しい罰を。
……奉仕することで許されるのなら、心からのご奉仕を。
だから、どうか……、私を、……お許しください。
……どうか、ご慈悲を、ご主人様……。
……どうか、……どうか、
「……嘘よ、……くすくす。……ほんの、軽い、……冗談。
ふふ……、大丈夫……。そんなに簡単に、捨ててなんか、あげないから……」
……そのまま、二人は……、連れ添うように、部屋を出て……、
私だけが、残される。
……暗がりに、私だけ。
ただ、蝋燭の僅かな光だけが、暖かい。
……そこに跪いたまま、両手を組んで……、
二人の、去った方向を、ぼんやりと、眺める。
これは、……祈り、だろうか。
現実的な意味も、現実的な効果も一つとしてない、……無力な、行為。
……それでも何故か、……多分、生まれて初めて……、
私は、赤の他人の幸せを、……願った。
……あの子と、あの子のご主人様が、幸せでありますように。
――――私と、私のご主人様のように。
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