極めて容赦のない描写がメインになりますので、耐性のない方、および好きなキャラが残酷な目に遭うのがつらい方はご遠慮ください。

441 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2011/08/10(水) 23:05:09.04 ID:jxCd0qQx [1/20]
皆様、レスありがとうございます。
つい調子に乗って続きなど書いてみました。

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等一切関係ありません。
フィクションと現実を混同してしまう方は読むのをただちにやめてください。

442 名前:ドライアイの処刑人(後編)[sage] 投稿日:2011/08/10(水) 23:06:22.01 ID:jxCd0qQx [2/20]


ごろごろ。ごろごろ。
地下の長い廊下に、リヤカーの音が響く。

誰がこんな無駄に長い廊下を作ったのか。それともここは既存の何かの施設だったのか。
いつ作られたのか?誰が作ったのか?そもそもこの組織のトップは誰なのか?
この国はいつの間に、何の理由で衰退し、どうして悪の種が蔓延るようになったのか?

涼子はそんなことを何も知らないまま、死体を乗せたリアカーをごろごろと運ぶ。

「ああもう、目が、目が乾く。いやだなぁホント。」

あれから数か月、涼子は今もドライアイに苦しんでいた。
まばたきをするたびに瞼と眼球が擦れ、どうにも不愉快な心地がする。
「処分室」と書かれた鉄扉を思い切り蹴り開けたのも、その不愉快さゆえであった。

「おらっ、李!運んできたよ!」
「ノックしてくださいと何度言えば分かりますか。」
「そんなルールは知らないよ。アタシは地上に戻る気なんて無いからこれでいいの。」
「最近の涼子は狂暴です。私はいつあなたに処刑されますか。」



涼子には名字が無い。
涼子には涼子という名前しかない。
親に借金のカタとして売られて以来、自ら姓を捨てたのだ。
もっとも、涼子という名前も親から与えられたものでなく、名乗っているだけに過ぎない。
そんな涼子の本名を知る者は少ないのだ。

こうして処刑人として働くようになってから、何年が経っただろうか。
12歳で初めて人を殺して以来、もう5年くらい経っているような気はする。
もっとも、地下に押し込められてからというもの、涼子は時間の感覚を失っている。
外界の景色をほとんど知らない涼子には、せいぜい李が長袖か半袖かで季節や気候を知るのが精一杯だった。

とはいえ、涼子の関心事はそこにはなかった。
如何に仕事をうまくこなせるか、つまり、如何に人間を上手に殺せるか。
観客を満足させるような残虐ショーを完璧にこなすか、そればかりを考えていた。
それは涼子の生命線でもある。
処刑人として充分な働きができなくなったとき、涼子はいつ処刑される側に回るかも分からないのだ。


しかし、その肝心の処刑の調子が、最近どうにも良くない。
スランプだろうか、何やらしくじることが多く、今日も犠牲者を予定より早く絶命させてしまった。
こうなると観客の反応もイマイチであり、これは処刑人としての存在意義に直結する。
ドライアイも相俟って、涼子の不愉快は加速する。

「コイツさ、死ぬならさ、死ぬって言ってほしいよね。勝手に死なれたらこっちが困るんだよね。」
「ずいぶんと無理を言う人ですね。」
「だいたいさ、どうせ普通の人間なんて自分が主役の舞台に上がるのは一度か二度くらいなものでしょ?
 人生最後なんだから、しっかりしてよねってアタシはコイツに言いたいよ。ったく。」

犠牲者の死体の頬にぴしゃりとビンタを浴びた。
八つ当たりであることは涼子自身、理解している。

「それは八つ当たりというものですね。」
「あのさ、自分で分かってることを他人から指摘されると、すげームカツクってこと、知ってる?」
「八つ当たりの使い方、正しかったですか?」
「正しいよ、腹立つくらいね。」



処刑は二週間に一度くらいの頻度。
もっとも、犠牲者が手に入るか否かで時期が延びたり早まったりする。
だが大抵は一度仕事を終えると十数日間の空きができる。
その間、涼子は何をしてるかというと、自分の部屋でひたすらゴロゴロと転がるしかないのだ。

できることといえば、せいぜい組織が管理してる金から食事や本をねだったりする程度。
あとは李など他の人物にちょっかいを出したりするくらいしか無い。

ところが、この日は違った。
涼子が自室に戻ると、一枚のメモが置いてあり



 処刑人へ
 今日の夕方くらいに犠牲者が入りますので
 いつも通り管理お願いします
 明日の舞台の成功、祈ってます
                    運搬人より



まさか連続で処刑だなんて、と涼子は思った。
こちらがどれだけ準備をしてシュミレーションをしているか、まったく理解していないのか。
こうして涼子の不愉快はますます加速していった。


「初めまして涼子で〜す。あなたお名前は?仲良くしようね〜。」

犠牲者の少女に対する態度は、おざなりだった。
それもそのはずである。ほとんどノープランのまま明日のショーをやれというのだから、
頭はその課題に行ったきりであり、目の前の哀れな少女には一瞥くれただけで放置しようと決めていたのだ。

「笙子。遠野笙子。」

笙子と名乗った犠牲者は、そこそこ美少女だった。
ややパーマがかったふわふわの髪の毛。愛嬌のある目。唇。
ボディラインは年齢相応の普通なものであるが、それがかえって観客には喜ばれる。
うーん惜しい、もっと内容を練ればかなりの舞台になるのに、と涼子はくやしがった。

「涼子の上の名前は?」
「え?」
「苗字苗字。何涼子なの?」
「あ〜なんだっけな、忘れちゃった。」
「自分の名前なのに?」
「そう、自分の名前なのに。」
「自分の名前なのに忘れちゃったの?」
「自分の名前なのに忘れちゃったんだよ。」

おかしい、と笙子はコロコロと笑いだした。
普通なら名乗りたくない理由があると思い至るものだが、笙子にはその思考がない。
よっぽど頭のイカレた奴なんだな、と涼子は自分を棚に上げて思った。


「涼子がここにいるのって、ひょっとして私と同じ理由なの?」
「そもそもアンタの理由を私は知らないんだけど。」
「そうか。それもそうね。」
「・・・」
「・・・」
「・・・アンタさ。」
「え?」
「アンタ、キャッチボールできない子?」

涼子は笙子と会話などする気は無かったが、こういう形で話が途切れるとついムズムズし、
笙子がここに来た理由など本来どうでもいいのだが聞きたくなってしまった。

「私はね、家に帰ったらいつもの借金取りがいてロープでぐるぐる巻き。」
「あーそうなんだ。アタシも似たようなものだよ。」

やはりというべきか。
大して面白くもない理由だったので、会話を打ち切り、涼子は再び残虐ショーの脳内シュミレーションに入った。

「涼子はさ。」
「・・・何よ。」
「目が乾いてるの?」
「なんでそう思ったの?」
「まばたきばかりしてるから。」
「そうね、最近目が乾いてしょうがないの。」
「そうなんだ。」

もうちょっと他に聞くべきことがあるだろうに、と涼子は思い、またも脳内残虐ショーは中断された。


「あのさ、涼子のさ、」
「うん。」
「涼子の目って可愛いよね。」
「そう、ありがとう。誰にも言われたことないけどね。」

殺人者の目のどこが可愛いというのか。
笙子には何かのセンスが決定的に欠けていると涼子は思った。

「それに、なんか、全体的にこう、」
「全体的にこう?」
「可愛いよね。」
「・・・」

笙子は何か余計なセンスを持っているのではないかと疑い始めた。
そういえば、涼子のドライアイに気付いたのも、笙子が涼子の姿をずっと見詰めていたからではないか。

「仲良くようね、涼子。」
「あのさ、あなたのこと笙子って呼んでいい?」
「え?いいわよ?」
「そう、ありがとう。でもね、アタシはまだあなたに
 『涼子と呼び捨てにしていい』とは言ってないんだけど。」
「ダメだったの?」
「イイとも言ってないんだけど。」
「じゃあ『涼子さん』がいいの?」

涼子の脳内は、早くも鮮血に染まっている。
この女を絶対にむごたらしく殺してやるという決意である。



運ばれてきた頃が夕刻だから、現在二十時くらいだろうか。
『処刑人』涼子と、『犠牲者』笙子は、上記のようなどうしようもないやりとりを何度も繰り返した。
そのうち何度か涼子は本気で殺意を抱いたが、明日の処刑を前に殺すわけにもいかず、悶えていた。
残念な美少女め、涼子は何度か呟いた。

「お父さんとお母さん、無事かなぁ」

どうせ李がミンチにしてるよ、と言いたくて仕方なかった。
だが、涼子も腕に自信があるわけではないので、笙子がパニックになったら困るので言えない。

「ねえ涼子さん?」
「なーに。」
「私ってさ、」
「なによ。」
「殺されるんでしょ?」
「・・・どうしてそう思ったの」

涼子の胸がどきりと高鳴った。

「『どうしてそう思ったの』って言った?ふぅん否定しないんだ。」
「だったらなに?ここから逃げ出すの?無理だよ。私だって何度か試したけど無理だったもの。」
「逃げだそうだなんて、思わないよ。」

涼子の頭の線が、一本プチンと音を立てて切れた。
今まで押さえていた言葉が、決壊し流れ出てくる。


「さっきからなんなのアンタ!?どっかおかしいんじゃないの!?
 こんなところに連れて来られて、私の名前がどうだの目がどうだのとか言って。
 それにさ、殺されるって分かってんのに、どうしてそういうふうにしていられるの!?
 アンタさぁ、アンタさぁ、どっかおかしいよ!」

どっかおかしいよ。
感情を剥き出しにした涼子は息荒く、言葉を吐き出した。
一方の、一方の笙子は対照的に、静かな眼をしながら言った。

「うん、私どっかおかしいんだと思う。」
「そうだろうね。普通じゃないよアンタは。」
「あのね、私ってレズビアンなの。」
「まあ、それはなんとなく分かってたよ。」
「幼い頃から女の子を好きになってね、女の子にたくさんたくさん恋をした。
 それっておかしいことだって言われても、どうしようもなく好きになっちゃうの。おかしいでしょ?」
「普通の人は、おかしいと思うだろうね。」
「そうなの、だから好きな人に『好き』って言うと、嫌われちゃうの。何度も何度も告白しては、何度も何度も嫌われてきた。
 どうしてこうなっちゃうんだろうなって思って、何度も何度も死にたくなった。そんな人生なの。
 だから、ここに連れて来られたとき、ああこんな形で願いが叶っちゃったって、素直にそう感じた。」


感情を爆発させた涼子は、かえって冷静になり笙子の話に聞き入った。
笙子は無表情のままだが、もしも、その顔に僅かでも自嘲の色が入っていたら、
涼子は本当にこの場で彼女を殺してしまってたかもしれない。

「レズビアンってだけじゃない。私は色々とおかしい。涼子もそう思うでしょ?」
「まあ、ね。アンタ普通にしてればそこそこ美少女なのにね。」
「ふふ、ありがと。でもね、その普通に生きるっていうのが難しいのよ、私には。
 誰にでもできる当たり前のことが、本当にできない人間もいるのかもしれない。」
「私だって、そういう種類の人間だよ。」

涼子は、ここ数日の不調の原因が分かった気がした。
あのとき、あの少女と、手を繋いだ動機は拷問のための採寸であったが、
涼子の手が少女の心のすきまに入り込んだのと同様、少女の手も涼子の心のすきまに入り込んでいた。
処刑人と犠牲者が同じものを共有してしまったのだ。

「どうして私はこういうふうにしか生きられないんだろう。」

それは笙子の言葉だが、同時に涼子の言葉でもあった。


「最近、そんなことばっかり考えてる。」
「うん、なんか分かる気がする。」
「涼子もそうなの?」
「アンタとは少し違うけどね。ただ、職業柄、そう思うことは多いよ。」
「仕事?涼子はお仕事してるの?」
「そこは気にしなくていいの。あと、涼子じゃなくて涼子さんだからね。」
「ふふ、ごめんなさい、涼子さん。」

コロコロと笑う笙子を、涼子が少しばかり恐れていたのは涼子が処刑人だからだ。
これ以上話しているといずれ繋がりあってしまうという予感があった。
やがて涼子が「もう寝ようか」と切り出したのは、その恐れゆえだった。

時間はとっくに二十四時を過ぎている。
部屋の電気を落とし、ランプを灯すと壁一面に光と影がくっきりと映し出される。
結局、何の予定も立てられなかったなと涼子は思い、ベッドに横たわった。

「私はどこで寝ればいいの?」
「そこで寝るのもあれだし、アタシのベッドに来な。」
「いいの?」
「いいの。」

ランプの明かりは、どこかムーディーでエロティックな感じがする。
涼子の手を握った笙子の手は汗ばんでいて、その目は熱っぽく潤んでいる。
このとき、涼子は思い出した。笙子がレズビアンであることを。
そして、「(ベッドに入っても)いいよ」という言葉が、おそらくは別の意味で解釈されたであろうことを。


「バカ!バカ!バカ!バカ!バカ!バカ!バカ!バカ!バカ!バカ!」
「どうしたの涼子さん?」
「ちょ、やめ、やめて、なにすんの、ダメ、やだ、脱がさないでってば、」
「ベッドに誘ってくれたのは涼子さんじゃない。」
「違うの、意味が違うの、やだ、やめてよ笙子、ダメだってばこんなこと、」
「なにがダメなの?」
「ふ、ふざけんな、アンタ全部分かってるでしょ、実は天然を装ってるだけでしょ、やめっ、」
「ふふっ、私こういうこともできるんだ。」
「あっ!アンタ最低!女同士でもレイプはレイプだからね、ああっ、」

笙子はやたらと手慣れており、抵抗むなしく、あっという間にシャツの全面が開かれてしまった。
あまり形が良くないと涼子自身が思っている乳房が露出し、必死に隠そうとした仕草が、かえって笙子に火を付けた。

「ダメッ」

これが涼子の最後の言葉だった。あとは言葉にならなかった。
秘部に指がぬるりと這い、ベッドが軋むほど全身を弓なりに逸らした。
それを見た笙子がクスッと笑ったとき、涼子は「もうどうでもいい」と思うようになった。


「あーあ。」

その「あーあ」という呟きが何を意味するかは分からない。
おそらく、涼子自身、または女性にレイプされるという珍しい経験をした女性にしか分からないのだろう。
ともあれ涼子は李から盗んだタバコをふかしながら「あーあ」と呟く他に無かった。

「ねえ涼子さん。」
「涼子でいいよ。もう、どうでもいい、どうでもいいの。」
「ねえ涼子。」
「なに。」
「気持ち良かった?」
「・・・アンタさ、いつか絶対に泣かしてやるからね。」
「ふふっ、ベッドの上で私を泣かせてくれるの?」
「何言ってんの、そんなに泣きたいならやってやろうじゃないの、ほらっ、」
「きゃっ。」

キャーやめてーと笙子。やめてやるもんですかと涼子。
そのままお互い気が済むまでベッドの上でくんずほぐれつしたが、
これについてはあまりにありふれた陳腐なカップルの描写になるため割愛する。


「涼子はまだ寝ないの?」
「うん、まだ、もう少しだけ、あと少しだけ起きていたい。」

すでに時刻は深夜遅く。
涼子は、李から盗んだタバコを何本も、何本も、吸っていた。
普段そこまで吸わないが、今日は止まることがなかった。

「煙、気になる?」
「大丈夫。でもちょっとだけ煙いかな。」
「そっかごめんね。でも、もうちょっとだけ吸わせてよ。」
「私こそごめんなさい。さっき、あんなにムリヤリっぽくしちゃって。」
「っぽいっていうかムリヤリそのものだった。」
「ごめんね。私ってどこか歪んでるから。」
「・・・そういうこと言うのやめなよ。」

どうしてそんな言葉が出てきたのかは、涼子自身でも分からない。
ただ、笙子にはこれ以上自分を貶めるような言葉を吐いて欲しくないと思うようになった。
涼子は、笙子のふわふわの髪の毛を撫でた。
私もこれくらい可愛かったらなぁと、心地の良い嫉妬で胸が痛くなる。

盗んだタバコが尽きたころ、笙子はちいさい寝息を立てていた。
涼子はこっそりと、そして何度も、何度も笙子にキスをした。
やがて、その朝を迎えた。


「ここは朝食も運んできてくれるのね。」
「そう、ホテル気分なの。ずいぶんと陰気なホテルだけどね。」
「私が思ってるラブホテルって、だいたいこんな感じなんだけど、合ってる?」
「うーん、アタシも知らないけど、たぶん笙子が考えてるのと遠いと思う。」
「でも二人でたくさんHしたじゃん。」
「そりゃ、したけど、たぶん違う。」

運ばれてきたのは二人分のサンドイッチ、そしてマグカップに入った紅茶。

「私、キュウリ苦手なんだけど涼子食べられる?」
「うん、アタシそっち貰うから、笙子にはこっちあげる。」
「ありがと。これたぶんコンビニのサンドイッチだろうけど、私の家の朝食より豪華ね。私の家ホント貧乏だったから。」
「もう忘れようよ。そういうこと。」
「そうだね。ところで涼子、」
「なに?」
「この紅茶、ひょっとして睡眠薬入り?」
「え?」
「サンドイッチがパックに入ってるのに、紅茶だけマグカップ入りだもんね。おかしいと思って当たり前よ。
 もし薬が入ってないって言うなら、私と涼子のカップ、交換してみようか?入ってないなら交換できるわよね?」
「・・・・・・それは、」
「できないわよね。そしてこのカップ、色違いになってるけど、これが目印なの?
 朝食を持ってきてくれたのは別の人だけど、『黄色を私』に、『赤色を自分』のところに置いたのは、涼子でしょ?」
「・・・そ、そうよ、でも、」
「だいたいさ、涼子は何者なの?あのとき、私がカマをかけたら涼子は私は殺されるって言った。
 立場は同じと言っていたけど、涼子はここで生活して長いでしょ?部屋を見れば簡単に分かるわ。
 どうして涼子はいつまでも殺されないのに、私は殺されるのか、それは涼子がこの組織の中で一定の地位を持っているからじゃない?」



「よく分かるね笙子。ほとんど正しいよ。」
「そりゃ分かるに決まってるわよ。」
「どうして?」
「ふふ、だって私、涼子のこと愛してるもの。愛した人の考えはなんとなく予想出来ちゃうものなの。
 さっきの推理は理論かもしれないけれど、この予想が無ければ推理することすらせずに黄色いカップを飲んでたわ。」
「まいった。まいったわ。笙子には。」
「そうね。とりあえず私のこの黄色いカップを下げちゃって。
 そして涼子は組織に顔が利きそうだから、なんとか私が生き延びる道を探してくれない?」
「そうはいかないわ、笙子。」

そう言い、涼子は黄色いカップの中身を一口で飲み干した。

「たしかに愛してる人の考えっていうのはね、なんとなく分かっちゃうものね。
 さあ、笙子。マグカップを交換するんだっけ?どうぞ、アタシの赤いマグカップを飲みなさい。」
「え、え?う、ううう、うそ、うそよ、」
「嘘じゃないわ。アタシはあなたに出したはずの黄色いマグカップを飲んでもこの通り、平気なの。
 次は笙子の番。どうぞ遠慮せず一口で飲み干して。」

赤色のマグカップを渡された笙子の手は、すでに震えていた。
どうしてこんなことが起こるのかと、信じられない目で涼子を見た。

「・・・アタシ自身もね、よくわからないの。睡眠薬は赤いカップに入ってたんだけど、
 笙子に渡す寸前で入れ替えることを思いついたの、ホントどうしてかなぁ。」
「愛した人の考えは、分かっちゃう。これって本当なのね。」
「思わぬ形で愛の証明ができたわね。」
「ふふっ、ちょっとうれしい。」

赤いカップを飲み干し、笙子はそのまま崩れ落ちて意識を失った。
二人の声が響いてた涼子の部屋は、静まり返ってしまった。



処分室の鉄扉がガツンと蹴り開かれる。
作業準備中の李は驚いたが、それ以上に、涼子の活き活きとした表情に驚いた。

「李!その人間シュレッダーさぁ、本番までに舞台へ運べる!?」
「ひどい無茶を言う人ですね。これは何百キロありますか。」
「なんとか工夫して持っていくの。もう決めたんだから。」
「これを舞台で使うのですか。」
「そう、コイツで生きたままガリガリーってね。」
「それは私は観たくないです。」
「アンタはいつも通り処分室でぼーっとしてなさい。あとね、李。アタシ今日は泣けるかもしれない。」
「それは本当ですか?おめでたい話ですね。」
「これでドライアイも解消されると思う。それに、アタシの役割もきっと終わりになる。」
「どういうことですか?」
「ほら、処刑人は涙を流さないじゃない。乾いた目を見せなくなったら「涼子」は引退。」
 一度でも涙を流したら元のアタシに戻っちゃうの。」

たとえば古代ヨーロッパ。
処刑人は観客や為政者の要求で、さらなる残酷な仕打ちを犠牲者に加えるようになった。
その陰で、精神を病んで自殺をした処刑人は決して少なくないと、史実に残っている。
おそらく彼ら処刑人の目は常に乾いていて、うっかり涙を流した瞬間に死を選んだに違いない。

「元の山崎京子に戻ったらどうしますか。」
「こら李、本名言わないの。」
「遺憾の意です。」
「元のアタシに戻ったらね、きっと罪の意識に耐えきれないと思うんだ。だからきっと死ぬんだと思う。」


「涼子がいなくなるのは寂しいですね。」
「何言ってんの。マフィアの組織なんて死んで循環するようなもんじゃん。」
「でも、親切に日本語を教えてくれる人は貴重です。」
「まあいいじゃない。李だっていつこのシュレッダーに入るか分からないわけだし。」
「私もいずれ酸鼻の極みになりますか。」
「それ、まだ間違ってるなぁ。」

開園まで35分。
今日の犠牲者は遠野笙子。
処刑人はいつも通り、涼子である。

愛を証明し合った相手を殺して、泣けるのか、泣けないのか。
それとも殺せずに終わってしまうのか。もしくは二人でハードボイルドな逃避行を目指すのか。

涼子は、両手で自分の頬をパシィンと叩き気合を入れ、李に背を向けて言った。

「いい、酸鼻の極みっていうのはね、これから起こることを言うんだよ。」
「勉強になりますね。」

処分室の鉄扉が重い音を立てて、閉まる。
                   END



460 名前:反省文[sage] 投稿日:2011/08/10(水) 23:39:46.03 ID:jxCd0qQx [20/20]
リョナ描写を期待していた方、ごめんなさい。
どうにもここで切ったほうが心地良いと思ったもので・・・。
あと、3作連続で自分の作品になってしまったので、少し自重します。

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