極めて容赦のない描写がメインになりますので、耐性のない方、および好きなキャラが残酷な目に遭うのがつらい方はご遠慮ください。

「ド、ドラえもん」
 いやらしいまでにカン高い女声を上擦らせた馬鹿面の男が自分の部屋に飛び込んできました。
 ぼさぼさで乱れた海草のような長髪を、ふりふりちらちらさせながら不気味に顔を覗かせるオタク風の男は、丸眼鏡をかけてにやにやと笑みを常に浮かべていました。
 あちこちに脂汗を浮かべ、一字一句発するごとに口臭とつばを撒き散らす男はしきりに青い達磨に声をかけています。頭に大きな傷がある所を見ると、脳の病気かもしれません。
「なあ、なあドラえもん。ドラえもん! 僕さ、今日すっげえ事を知ったんだぜ」
 と言うと彼はショートパンツをおろして、黄ばんだ下着から覗くかちかちの性器を達磨に見せびらかします。達磨は上の空といった風に瞳の無い目で天井を見つめているだけです。
「これをこうやってね、思い切り擦るんだよ。ほら、こうやって」
 彼は達磨によく見えるよう気づかいながら、オナニーの手ほどきを自身でしながら丁寧に説明しました。
 まるで、十年来の親友に勉強でも教授してやっているようなほほえましい光景でしたが、相手は口もきけない青達磨。気の毒で仕方がない。
「こうするとね……すごく気持ちが、いいんだ」
 ただただ、閉口してしまいます。
「うっ」
 彼は青達磨に精液をぶっかけると頭をかきかき菩薩面でごめんごめん、と平謝りをして「ところで――」と切り出します。
「女の人にはね、ちんこじゃなくてまんこっていう穴があるんだって。それでね、そこにちんこをいれたりだしたりするとこんな事よりもっと気持ちがいいんだって! だからね、だからねだからねドラえもん! 僕、しずかちゃんとしたい……なあ?」
 彼は目に異様な光を湛えてこう言いました。
 しかし、奇跡は起こって青達磨の線の口が開いて物を言うわけもありません。達磨は仰向けのまま天井をじいっと見つめていました。
 そのれから十分が経ち、男は大声で怒鳴りだしました。
「なんだい、なんだい。無視するのかい」
 無視も何もあったものでない、と私は思う。
「はー、無視をするのか。そうかいそうかい、君はなんて薄情なやつなんだ。友達の無い、悪魔だ。ろくでなしだ。糞やろう。ばーか。けちんぼ。糞、ごみ、ごみ!」
 男は口汚く青達磨を罵ると、ふすまの方を向いて口を開きました。どうやら、食い物を食わないときもしゃべらないときも、口を開いていなければいけないたちのようです。
「ドラえもんはだめだなあ。全く使えない。本当に、まぬけなやつだ。ようし、こうなったらママに頼んでやらして貰おう」
 男は、そう呟くとふすまを開いて下の階へと降りていきました。考えた事を、独り言でぶつぶつ言わないと気のすまない人なのでし
ょうか。私は彼の両親が気の毒で仕方がありません。


「マーマー」
 珍妙な声が階段を伸びて、台所仕事をしていた男の母親の耳に入ります。
 男とおんなじ丸眼鏡をかけた、げっそりとしたこの女はひどくやせこけていて肌は病的に白く、死人のような井出たちをしています。
 きっと、口癖は「自殺」でしょう。大根を切る手も危なげで、今にも霞んで消えてしまいそう。
「はぁ、またあの子が」
 深く、ため息。
 呼吸をするように自然に息を吐き出す所を見ると、毎日毎日ため息ばかりしているのでしょう。
「マーマー」
 そんな、哀れを体現したような母親の前に馬鹿面をひっさげた男は現れました。
「なにかしら」
 力の無い声。男に聞こえたのかどうか疑問ですが、男にとって相手の事などどうでもよいのでしょう。快活な声で、男はこう言いました。
「ねー、セックスさせてよ」
「は?」
 男の母親の周りを疑問符が舞いはじめます。
「ねー、早く」
「なにをかしら」
「ナニをだよう」
「もう一度、言ってちょうだい」
「聞いてなかったの?」
「ええ、ごめんなさいね」
 男は、至極当然とでも言いたげに、繰り返します。
「だから、セックスさせてよ」
 その瞬間、女の目の前には暗雲が立ち込め雷雨が飛び交い大地の生き物は死に絶えました。
 ガイアの神に祈りをささげる部族もみな殺された後、皮を剥がされ火山の火口に投げ込まれました。百の無念の表情
 女はそれを一通り見て涙を流すと、口を開いて呟きます。
「死にたい……」
「え、何? 聞こえないよう。まあいいけど。そんな事よりさ、早く服を脱いでよ」
 男はそういうと、下半身を露出させて「さあ早く」と母親を急かします。
 女は生気の無い表情を絶やさずに包丁を手にとり、刃を上向きにしながら両手で握り締めます。
「殺してやる」
「え」
「殺してやる」
「うわあ」
 勃起をしていた性器は急激に萎え、代わりに脂汗が長髪を湿らせます。
「こ、ころしてやる。殺してやる。殺して、殺して殺して……」
「アワワワワ」
 女は怒りに唇を震わせながら(決して恐怖ではない)包丁の先端を男に向けると、優しげな声で、しかし鬼の表情で諭すように言った。
「大丈夫よ、のびちゃん。貴方は死なないは。殺しても、私が生き返らせる
の。まずね、貴方を殺すの。そうしたら、はさみで細切れにしてしまってね、太
陽に晒して毒を抜くの。もちろん、その間私が歌を歌ってあげる。それを満月
の夜まで続けたらその夜の内にあなたを縫い合わせるの。すると、のびちゃん
は昔の優しい男の子になるの。わかる、ねえ、わかる? だからちょっとだけ我
慢してね」
「い、いやだよ。ぼ、僕は人形なんかじゃないもん」
「キエーッ」
 女は、包丁をまっすぐ男に向けて突進します。
「ヒーッ」



 男は素早く首を傾けると、かさこそと六足虫のように壁を這い回って、出口へと向かいました。
 男の頭のあった場所にはステンレスの包丁が生えています。
「殺すんだから。殺してやるんだから」
「ふー、あぶなかったあ」
 男は天井にへばりつきながら間抜けな声で言った。
「のびちゃん、のびちゃん」
 女は包丁を引き抜く努力をしながら、男を呼びました。男は母親の声をなるべく聞こえないよう出来る限りの努力をして廊下へ出ていきました。
 女はなんとしても包丁を抜こうと壁に頭突きをしましたが、あまりに激しく打ちつけたため頭蓋骨が陥没して絶命しました。ひどく幸せそうな形で姿勢を崩しました。
 男は表に出ました。

「はあ、それにしてもママってばおっかないよなあ。セックスやらしてくれって頼んだだけでアレだもの。やになっちゃう」
 男はぶつぶつ独り言を呟きながら、道路のど真ん中を歩いていきました。しまい忘れたようで、股間が丸見えです。
 あちこちから注がれる気違いを見る目を全く気にしていないようです。
「はーあ。寸止めされちゃって、ちんこがかわいそうじゃないか(手で撫でる)。
もう、ママってば使えないなあ。まあいいや。しずかちゃんの家に遊びに言って
やらしてもらおう。いいよね、僕のお嫁さんになるんだもん。えへへ。味見だよ、
味見。しずかちゃん!」
 男は、あちこちのパーツが狂い気味の顔をいやらしく歪めて、女の家に向かいました。
 その内に、白い門を構えたなかなかの家が見えてきます。
 庭に入って右手側の花壇には赤や紫の色をした春の花がつぼみをもたげていて、よく手が入れられたのだという事が良くわかります。
 その反対側の犬小屋にはどす黒い色をした毛むくじゃらの板のようなものがべちゃりとへばりついていました。
 何かの生き物だったのでしょうか。カラスが集まってそれをついばんでいます。
 しかし男の頭の中はセックスでいっぱい。そんな事はどうでもいいらしく、強烈な腐臭にも顔のしわ一つ動かさないで通り越して呼び鈴を鳴らします。
「しーずかちゃん」
 あほ同然の響き。
 するとドアが開いて、とても不満そうな女が現れました。
「なに?」
「ねえ、しずかちゃん。僕とあそぼーよう」
 男は勃起する性器を露出させながら誘います。
「あんた超キモイ」
「そんなこと言わないでさ、セックスしよーよう」
「てめえみてえなキモオタとヤれるわけない
じゃん? ぶっちゃけありえない」
「ねえねえ、遊ぼうよう。気持ちよくなろおよ」
「うっせえな。私はこれから出来杉とやるんだから、とっとと消えてよ」
「出来杉とだって?」
 男は青い顔で聞き返します。
「ねえ、まさか出来杉となんて……うそでしょう?」
「うっせえな。わかったら失せやがれ。童貞野朗」
 女はドアをしめる動作をします。
「待って!」
 男は悲しげな声を出して、それをとめます。
「まだ何か用なの?」
「しずかちゃんて、まだ処女でしょ?」
「あんたと一緒にすんなよバーカ」
「ひいいい!」
 男は奇声を上げると、後ろを振り向いて走り出して突き当たりの壁に体当たりをして転びました。頭からコンクリートに激突して、ぐらぐらと視界がずれてその暗闇から悪魔じみた物がのぞきます。
 男は途端に敗北した気がして、何だか悔しくなって、泣きました。
「くそっ、しずかちゃんは僕の物なんだ。僕のお嫁さんなんだ。それなのに、それ
なのに、不貞を働きやがって。許さないぞ。僕の優しさにほれ込んでくれたお
父さんに、あの二人は申し訳ないと思わないのか。畜生。これだから三次
元は、だめだ。僕はやっぱり二次元の方が向いているんだ。わあああああん」
 男は大儀そうに立ち上がると、よたよた家に帰りました。


 押入れの下の段では、ふるぼけたプラスチックの時計が十字を示しました。
 その上の方からは、嫌な気持ちの息遣いが聞こえます。
「はあ、はあ、畜生。畜生」
 男です。男は何かを吸引しながら、右手で覚えたてのオナニーをしています。
「はあはあ。くそう、あの淫売め。僕の処女を安売りしやがって。女の処女は夫の物だと相場がついているのに……うっ」
 男は射精をすると、青年向け漫画雑誌のページを閉じます。
「これだから三次元はいけない。何もかも汚くなりすぎている。二次元じゃな
くちゃいけない。そうだ、二次元じゃなくちゃいけない。しずかちゃんも、僕も、
二次元の住人にならなくちゃいけない。そうして、三次元毒を綺麗さっぱり抜
き去ってしまわなくちゃいけないんだ。はあはあ」
 男は暗い押入れの中で、独り言をぶつぶつ呟きます。この癖は、どうにかならないのでしょうかい。
「そうだよ、僕が毒からしずかちゃんを救うんだ。三次元の毒や悪い男の魔の
手から、しずかちゃんを救うんだ。そうすればしずかちゃんだって……。そうだよ、
それでいいんだ。そうしたら、二次元の国に行って僕としずかちゃんは王子様
とお姫様になるんだ。ふふふ……。しずかちゃん。しずかちゃん。しずかちゃん……」
 男はフラスコ型の瓶を炙りながら、植物性の粉末を入れると、中から湧き出てきた煙を吸い込みます。
「ううーん。効くなあ」
 一通り終えて、男は押入れから飛び降りると下の段から時計やガラクタをかきわけて、槌を取り出します。
 これがなかなか大振りな槌で、殴れば一人くらい平気で死なせてしまいそうな迫力を漂わせています。
「待っててね、しずかちゃん。今すぐ救ってあげるからね……」
 男は暗闇の中でにやけると玄関を出て、青白い道路を踏みしめて行きました。

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