『損傷拡大! 少尉、このままでは……!』
「こ、ここで墜ちる訳にはッ」
向かって来る敵機にエナジーピックを撃ち込み、何とか距離を取るオデュッセア。しかし、飽くまでも一時しのぎでしかなく、最悪の状況に変わりは無かった。
作戦は順調だった――敵の増援が来るまでは。損傷した味方機の撤退を支援し、残敵を掃討すれば作戦終了となるばずだったのだ。戦況を見誤ったのか、とアーニーは歯噛みする。
『敵機健在、こちらに来ます!』
サヤの悲鳴にも似た報告が耳を刺す。他の味方機も増援の相手で手一杯だ。こちらの支援は望めないだろう。
いつまで耐えられるだろうか。オデュッセアの損傷はかなり酷い。
「ライラスを分離する……サヤさん、君だけでも!」
二人とも倒れるよりは良い、とアーニーは告げる。
『馬鹿な事を言わないでください! 私一人で逃げるなんて、そんな事出来ません!』
「僕に構わず離脱するんだ。君にもしもの事があれば、リチャード少佐に合わせる顔が――ぐうっ!」
被弾の衝撃にアーニーは呻く。警告がモニターを赤く染めていた。粒子加速炉は辛うじて無事だったが、次は解らない。
防御体勢を取るオデュッセアに、敵弾が容赦無く浴びせられる。コクピットが軋む。これ以上は危険だ、と機体は悲鳴を上げていた。
「早く行くんだ!」
強い口調でサヤを促すが、彼女は離脱を拒否し続ける。
『……出来ません。ここに残ります』
「サヤさん!」
ばら撒くようにピックを投げ付けるが、当たりはしても大きなダメージにはならない。敵は攻撃の手を緩めず、徐々に距離を詰めて来る。
狙い撃たれた脚部が限界を迎え、オデュッセアは膝を付いた。もう、立ち上がる事すら出来ない。
『少尉!』
「クッ、ここまでだと言うのか……」
敵が、にやりと笑う気配。武器を構え、こちらに突っ込もうとしていた。
回避は出来ない。防御していても恐らくは耐えられない。
(万事休す、か)
せめてライラスのコクピットだけは守らねば――アーニーは敵を見据える。出来るのは、この身を盾にする事ぐらいだろう。
その敵機が、爆煙の中に消えた。
「な、何だ!?」
新たな増援かと絶望しかけた視界に、見慣れた姿が映る。
『大丈夫ですか?』
颯爽と現れた獣神、ダンクーガノヴァ。気遣う声はジョニーのものだ。
「ええ、何とか」
『それなら良かった。一気に片付けるわよ、朔哉!』
『よっしゃ、葵! やってやるぜぇ! ブゥゥスト・ノヴァ・ナックルゥゥ!』
鉄の拳が敵を殴り飛ばす。そこに追い打ちを掛ける三つの影。
『他は大体片付きました。後は、僕達に任せて下さい! 行って! シモン、ヨハネ、ペテロ!』
ルカの操るゴーストに翻弄され、敵が隊形を崩す。それを撃ち貫く幾つもの光は、援護に来た味方機のものだ。
もう大丈夫だ、これで――そう安堵した瞬間、アーニーの意識が遠くなる。
『少尉、エルシャンクが回収に来てくれるそうです。撤退しましょう』
サヤの声に応える事も出来ない。
『少尉? 大丈夫ですか、少尉――』
アーニーが知覚出来たのはそこまでだった。全てが闇に閉ざされる。

――

エルシャンクの医務室でアーニーは目を覚ました。
「気が付いたか」
カナリアの声に、アーニーは身を起こす。
「ここは……。もしかして僕は、コクピットで……?」
「ああ、気を失っていた。幸い、大した怪我はしていない。軽い打撲といった程度だ」
「そうでしたか……」
デブリーフィングは既に済んでいる、とカナリアは付け加えた。その言葉に、安心と情けなさを覚える。
「気を失ったのは、恐らく精神的な理由が大きいだろう」
「精神的?」
「極度のプレッシャーだ。そこに蓄積していた疲労が重なったのだろう。休息を取れば問題は無いはずだ。部屋に戻って身体を休めろ。休める時に休むのも仕事のうちだ」
「肝に銘じます」
アーニーは苦笑し、医務室を出た。
(極度のプレッシャーか)
カナリアの言葉は的を射ていた。
リチャード少佐の後を継ぐような形でこのUXの指揮官となったが、果たして自分はそれに相応しいだろうか。蒼穹作戦を終えて各地を転戦するようになった今でも、その思いが頭を離れない。
判断にミスがあれば、損害の一言では済まされない。押し潰されそうな緊張感が、常にアーニーにのしかかっていた。
こんな事は誰にも言えなかった。自分を信じてくれている仲間に申し訳ないし、それこそ、リチャード少佐に合わせる顔が無い。
彼女がこの思いを知ったら、きっと情けないと一喝するだろう。アーニーは重い身体を引きずりながら自室へ向かう。
「ん……?」
部屋の前で、サヤが待っていた。少し、不安げな表情を浮かべている。
「サヤさん」
「あ、少尉。怪我の具合は?」
顔を上げた彼女の顔は、いつもの冷静なものだった。見間違いだろうか。
「大した怪我じゃないよ。少し休めば平気さ」
「そうでしたか」
サヤは小さく微笑んだ。
「カナリアさんにも言われたし、大人しく休むよ。君も今日は――」
「あの、少しだけよろしいですか?」
扉に掛けた手を戻し、アーニーはサヤに向き直る。
「どうした?」
「少尉に伺いたい事があるんです」
先の微笑みは欠片も無い、どこか張り詰めたような声。
「それで、僕を待っていたのか?」
頷くサヤ。その目は真っ直ぐにこちらを見つめていた。断れそうにない。
「解ったよ。立ち話って訳にもいかないだろうし、僕の部屋で良ければ」
アーニーは扉を開け、サヤを招き入れた。

――

椅子をサヤに勧めるが、立ったままで良いと彼女は辞した。仕方なく、アーニーもそのまま応じる事にする。
「聞きたい事って?」
「怪我は、本当に大丈夫なんですか」
「あぁ、軽い打撲程度だって言われたよ。特に痛みも無いし」
「そうですか。それならどうして、コクピットで倒れていたんですか? まさか、空間跳躍の反動が――」
「それは無いよ」
「だったら、どうして!」
色をなすサヤに、アーニーはたじろぐ。話さなければならないだろう。アーニーは観念し、小さく息を吐いた。
「……極度のプレッシャーと疲れが原因、らしいよ」
「少尉……」
「情けない話だよ。僕はUXの指揮官なのに、こんな有様でさ。本当にこれで良いのか、僕で良いのか……ずっと引っ掛かっていたんだ。作戦に支障は来たさないようにとは思っていたんだけどね」
サヤの顔が呆気に取られたものになる。叱責されるだろうと身構えるが、彼女から出たのは予想外の言葉だった。
「――良かった」
今度はアーニーが呆気に取られる。
「怖かったんです。少佐だけじゃなく、少尉も居なくなりそうで……だから、倒れていたあなたを見て、私……あなたも失ってしまうんじゃないかって」
居なくならないで。消え入りそうな声で彼女は呟く。いつもの凛とした雰囲気はどこにも無く、ただ泣きそうな瞳で自分を見上げる少女の姿だけがそこにあった。
「大丈夫だよ。僕は、ここに居る」
アーニーは精一杯、優しく微笑んだ。サヤも笑おうとしたが、堪えきれなかった涙がこぼれ落ちる。
「サヤさん……」
「ごめんなさい。私、もう行きますね」
涙を隠すように顔をそむけた彼女の腕を取り、引き寄せる。驚く気配も一緒に、アーニーはきつくサヤを抱き締めた。
「僕は、ここに居る。ここに、居るから」
「少尉……!」
腕の中で、サヤは子供のように声を上げて泣いていた。全ての感情を吐き出すように、激しく背中を震わせながら。
大丈夫だとアーニーは繰り返す。彼女の腕が、懇願するようにしがみついていた。離してしまえば永遠の別れになるとさえ感じているのかもしれない。
今は落ち着くまで泣かせてやった方が良いだろう。アーニーは彼女の髪をあやすように撫でていた。
どれくらいそうして居ただろうか。
サヤがアーニーの胸に埋めていた顔を上げた。頬に涙は残っているが、どこかすっきりとした表情だ。
「もう、大丈夫かな?」
「はい。すみません、取り乱してしまって……」
バツが悪そうにサヤはうつむく。その視線が何かに気付き、困惑したように揺れた。
「どうした? まだ、何か――」
「いえ、その……私のせいで、少尉の服が……」
言われて初めて気付く。胸の辺りが湿っていた。泣いていたのだから当然だろう、とアーニーは笑う。
「綺麗にして返します」
「そんな事しなくて良いって。ハンカチならともかく服なんて持ってたら、誰かに見付かった時に色々言われると思うよ」
「色々、ですか」
難しい顔で押し黙ったサヤに、何かまずい事でも言ったかと焦る。
「あ、あの、サヤさん?」
「やっぱり、良くないでしょうか」
「え?」
「私達がそういった関係だと思われるのは、いけないでしょうか。そういった関係になっては、駄目でしょうか」
一体彼女は何を言っているのだろう。その意味を捉えるのに、少し時間が掛かった。
(本気で言っているのか?)
サヤは時折、突拍子もない事を至極真面目な顔で言う事がある。今の言葉も冗談のつもりなのか、それとも本心なのか、アーニーには判別が付かない。
落ち着けと自分に言い聞かせながら、サヤにその真意を確かめる。
「君は、自分が何を言ったか解っているのか?」
「はい」
即答だった。アーニーは二の句が継げず、黙るしかない。
「少尉は私の事を、ただのパートナーとしか見ていませんか?」
「そ、それは……」
「好意は、抱いて貰えないのでしょうか」
真っ直ぐな言葉と瞳。ごまかす事は許されない。跳ね上がった鼓動を深呼吸で落ち着かせ、いつもの微笑みを浮かべる。
「僕にとって君は、サヤさんは、大切な人だ。他の誰よりも」
「それは、その……パートナーとして、ですか?」
「一人の女性として、だよ」
そう言って、もう一度彼女を抱き締めた。
「もう少し、ここに居ても良いですか?」
「ああ。僕も、そうして欲しいって思ってるから」

――

もつれるようにベッドへ向かい、何度もキスを繰り返す。触れるだけだったそれは、段々と深くなる。
「ん、んぅ」
アーニーの舌がサヤの唇を割り、口腔を蹂躙する。戸惑うサヤの舌を捉え絡ませると、びくりと彼女の身体が震えた。
「ふ……ん……んく、ん……!」
唇を離すと、サヤは肩で大きく息をしていた。
「キスするの、初めてで……」
恥ずかしそうに彼女はうつむく。
「その、少尉のように、経験なんてありませんから」

934 名前:アーニー×サヤ[sage] 投稿日:2013/05/31(金) 16:16:49.79 ID:qZVIpv0z [6/10]
「僕だって、せいぜい挨拶程度のキスしかした事無いよ? その先の事なんて、僕も未経験だし」
さらりと言ってしまってから、とてつもない羞恥がアーニーを襲った。男は初めてだと言わないものだ、と士官学校の先輩に言われた覚えがある。真偽はともかくとしても、やはり自己申告するものでは無いだろう。
サヤは耳まで赤くなっていた。恐らく自分もそうだろう。
「え、ええっと、だから、その……」
取り繕う言葉は出てこない。焦れば焦る程、思考は糸くずのように絡まっていく。
「ふふっ」
動転するアーニーが可笑しいのか、サヤが吹き出した。
「少し、安心しました」
「安心?」
「少尉がもし、そういった経験が豊富だったら、やっぱりショックでしたから。良かったです――私も、初めてですし」
そう言って、サヤはアーニーに口付ける。
ジャケットを脱がせ、サヤをベッドに横たえる。インナーシャツとスカートだけの姿は、中々に扇情的だ。アーニーも上着を脱ぎ、彼女の上に覆い被さった。
シャツに手を掛けたところで、アーニーは動きを止める。
「ど、どうかしましたか……?」
「いや、避妊具なんて持ってないからさ。こんな事になるなんて、思ってもいなかったし」
「それじゃあ、ここまでに……?」
「まさか。もう後戻りなんて出来ないよ」
そう告げて少しだけ笑い、シャツをめくり上げた。
「やっ、少尉……っ!」
下着をずらし、露わになったに乳房を吸った。先端を舌でなぶると、そこが固く隆起する。
「ひゃ、あ、あぁっ!」
サヤの胸はアーニーの手からこぼれ落ちそうな程だ。揉みしだくと、手の中でやわやわと形を変えた。固さを増す先端を、舌と指先で愛撫を続ける。
肌の味と甘い汗の匂いが、理性を突き崩す。どうしたら良いのか、どうしたいのか、アーニーの中の本能はそれを知っていた。
赴くままに片手をサヤの下肢へ伸ばす。
「あっ!」
薄布越しでも、濡れているのが解った。焦らすように撫でると、サヤは大きく喘ぐ。初めての刺激に戸惑っているのだろう。潤んだ瞳が、助けを求めるかのようにアーニーを見つめている。
しばらくそこを撫でていると、指先が小さな粒を捉えた。
「あぁぁっ!」
人差し指と中指で粒を挟むと、サヤの身体が跳ねる。
「いやっ、少尉ッ……そこは……あぅっ!」
「気持ち良いの?」
「あぁ……はぁ、いい……やぁ、ん」
ショーツの隙間から指を中へと滑り込ませると、溢れていた蜜が絡みついた。
「凄い、こんなに……」
「い、言わないで下さい」
恥ずかしくてたまらないのか、サヤは両手で顔を覆ってしまった。
「可愛いよ」
アーニーは意地悪く言って、スカートごとショーツを剥ぎ取る。サヤはぎゅっと脚を閉じるが、アーニーの手を阻む事は出来なかった。
手を動かすと、淫靡な音が聴覚をくすぐる。
「やだ、少尉……!」
「何が?」
「音、させちゃ、あ、あぁあッ!」
サヤの抗議が喘ぎ声に変わる。
アーニーの愛撫に、サヤのそこは境目の解らぬ程に濡れていた。アーニーは割れ目に指を滑らせ、傷付けないように優しくヒダをなぞり、入口を探った。
「ん、あ、あぁっ」
指先が入口を捉えた。たっぷりと蜜を絡ませ、ほぐすように指先を潜り込ませる。
「いっ……あ……」
爪の先程しか入っていないが、サヤの顔には苦悶の色が浮かんでいた。未知の感覚故か、それとも既に痛みを覚えたのか。
指先で痛みを感じるのなら、ここに自分を押し込めばどうなってしまうのか。サヤも当然解っているだろうが、大丈夫なのだろうか。アーニーの中に迷いが生まれる。
「へ、平気、ですから……少尉」
迷いを察知したのか、サヤが精一杯微笑む。
「私は、大丈夫、ですから」
「……解った」
今更引き返せない事は、お互い承知の上だ――アーニーはスラックスとインナーを脱ぎ捨てる。
サヤの視線が、アーニーの下肢に止まる。昂ぶったそれを見るのは初めてなのだろう。驚きと恐怖がないまぜとなり、サヤは身体を強張らせていた。
アーニーが膝に手を掛けると、彼女はきつく目を閉じた。
「怖い?」
「少し……。でも、大丈夫です」
「ん……いく、よ」
アーニーの先端が入口に触れる。それだけなのに、サヤの全身は拒むように震えた。入口も固く閉じ、それ以上の侵入を許そうとしない。
「サヤさん……っ、力、抜いて……」
「や、やって、みてます……!」
彼女の言葉とは裏腹に、身体は強張っていく。恐怖がそうさせるのだろう。
キスを落とし、首筋をなぞり、髪を撫でる。安心したのか、僅かな快感が恐怖を抑えたのか、サヤの緊張がほんの少し解けた。
その一瞬を捉え、ぐっ、と腰を突き入れる。
「いぁッ!」
先端が、彼女の中に収まった。頑なに侵入を拒んでいた純潔の証は、その時に貫いたのだろう。ゆっくりと腰を進めるが、先のような引っ掛かりは少なかった。
「っ……きつ……」
それでも彼女の中はアーニーを容赦無く締め付けている事に変わりは無い。全てを中に収める頃には、アーニーの額に汗が滲んでいた。
「ふ……う……。全部、入ったよ。やっぱり、痛む?」
「痛い、ですけど……大丈夫だから……動いて。少尉……アーニー……」
「解った……動くよ、サヤさん」
痛みを和らげる術は解らない。これ以上傷付けぬように動いても、中を擦る度にサヤは眉根を寄せて喘ぐ。
サヤの中が、まるで別の生き物のように蠢いた。結合部の奏でる湿り気を帯びた音とサヤの喘ぎ声が、アーニーの本能を刺激し続ける。
目の眩むような快感にアーニーは呻く。
「う、くッ……」
暴れ狂う衝動を何とか抑え、ゆっくりと腰を動かす。引き抜き、打ち付け、最奥に押し込む度に、サヤの体温が絡み締め付ける。
破瓜の痛みはまだ残っているだろうが、それ以外の色が彼女の表情に混ざっていた。
妖艶、とでも言うのだろうか。
上気した頬を伝う涙を唇で拭い、首筋に口付ける。
気の利いた言葉の一つでも言うべきなのだろうが、アーニーにそんな余裕は無かった。
「はっ、はぁっ、サヤ……!」
「アーニー……っ! あっ、あぁっ、やあぁっ!」
サヤの奥が、誘うようにうねる。唇を重ねたまま押し付けると、握り込むように締め付けてきた。
溢れ出た蜜が掻き回され、指先の時とは比べものにならない程に淫らな音を立てる。
「駄目だ……気持ち良すぎて……!」
「あ、アーニーっ!」
腰の動きが速くなる。アーニーの下で、サヤの身体が揺さぶられていた。ふるふると二つの膨らみが揺れる。
額から落ちた汗が、サヤの身体で球を結ぶ。ギシギシとベッドが軋み、荒い息遣いがそのリズムに乗っていた。
狂ったように互いの名を呼び、唇を貪る。きつく抱き締め最奥を抉ると、溶けそうな程に熱い快感がアーニーを襲う。
そろそろ、限界が近い。
上り詰めようとする激しさのまま腰を打ち付けた。己がサヤの中で硬さを増し、熱を孕んで膨張していく。
「サヤ……もう……!」
ギリギリのところで引き抜くと、限界に達した昂りから、白濁した熱がサヤの腹へ撒き散らされた。
「くう……ぅ……」
噛み締めた奥歯の隙間から、呻き声が漏れる。
「あ……あぁ……アーニー……」
サヤの身体が震え、糸が切れたように弛緩した。

――

全てを吐き出したアーニーは、荒くなった呼吸を整えた。サヤはまだ、どこかぼんやりとしている。
サヤの腹を汚したものを拭い、自身と彼女の後始末をする。
ティッシュに滲む、鮮やかな赤。彼女の初めてを奪った証だ。
「ん……」
サヤがゆっくりと身を起こす。
「ごめん、痛かっただろ?」
「最初、ですから。仕方ないですよ」
彼女は笑って、アーニーの肩にもたれた。
「そう言えば、少尉。私の事、初めて呼び捨てにしましたね」
「え? そう、だった? ごめん……気を付けるよ」
「いえ、その方が……呼び捨ての方が良いです。距離が近いと感じますから」
照れたように微笑むサヤに、アーニーは苦笑する。いきなり呼び方を変えたら、他のメンバーに何かあったと勘付かれるだろう。隠し通すつもりは無いが、あまりあからさまにしたくもない。
「少しずつ、そうしていくよ」
その答えに満足したのか、サヤは頷いて身体を離した。
「そろそろ、帰りますね。このまま一緒に居たいのは山々ですけど、そういう訳にはいきませんし」
「ああ。だけど、平気? 歩ける?」
「何とか、大丈夫です。少し痛みますけど」
散らばった服を集め、二人は身仕度を整える。拭っただけでシャワーを浴びていないせいか、どうも心地悪い。
サヤも同様なのか、微妙な顔をしていた。彼女の場合、下着も湿っているから余計だろう。
「戻って着替えないと……このままは、ちょっと辛いです」
「だろうね」
部屋の外を伺い、扉を開ける。誰かの話し声が聞こえるが、近くはない。
「送らなくて良いの?」
「大丈夫です。その、少尉」
「ん?」
「あまり、無理はしないで下さいね。今日みたいに倒れられると……やっぱり、心配です」
「気を付けるよ」
もう一度辺りを伺い、そっと唇を重ねる。
「お休み、サヤ」
「お休みなさい……アーニー」
恥じらった微笑みが遠ざかり、廊下の向こうへと消えた。同じ艦に居てすぐにでも会える距離なのに、一抹の寂寥感を覚える。
(恋……にしては、色々飛び越してるな)
愛と呼ぶには、まだ自分は未熟だろう。そう思ったところで、背後の気配に気付いた。
「――っ!」
「そんな勢い良く振り向かないでくれよ。びっくりしたじゃないか」
ミシェルだった。いつからそこに居たのだろうか。
(まさか、見られた――?)
「何だ、何かあったのか?」
「い、いや、別に何も……。それより、こんなとこで一体何を? 僕に用事が?」
動揺を必死で押し殺し、何とか笑顔を浮かべる。
「クランの奴を探してたんだが、見なかったか?」
「僕は見てないよ。こっちの方に来たんだったら、向こうのレストルームに居るんじゃないかな」
「ああ、そっちか。ありがとう、行ってみる」
ミシェルはレストルームへ向かい掛け、そうだ、とアーニーに向き直る。
「良い事教えといてやるよ」
「良い事?」
「女を連れ込む時は、ドアにハンカチ挟んでおいた方が良いぜ」
「へっ⁉ な、何を……って、えぇっ⁉」
「――軽いジョークのつもりだったんだけど、心当たりありそうだな」
盛大に墓穴を掘った事に気付き、アーニーは崩れ落ちそうになる。
「まぁ、部屋から出て来たところから見てたけど」
ミシェルの追い打ちに、アーニーの血の気が引いていく。
「別に言い触らしたりはしないさ。ただ、その、周りには気を付けた方が良いかも」
「……ありがとう、今度からそうするよ」
「それじゃ、俺は行くから」
「ああ、うん。行ってらっしゃい」
力無い笑いでミシェルを見送り、アーニーは部屋に戻った。

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