今日は珍しく非番だった。街に二人で出かけるのは、本当に久しぶりだ。
「華やかさは欠片も無いけどな」
 そう言ってジンは苦笑する。
 生まれ持った気質か、それとも育った環境故か、上昇志向の強いジンは軍に入ってから頭角を示した。士官学校は当然首席で卒業、昇進のスピードも同期に比べて段違いに早かった。
 それに比べて自分は、とアーニーは思う。育った環境は殆ど同じなのに、彼とは全く違う。
 士官学校こそ次席で出たものの、昇進に関しては比べるまでもない。あまり出世を望んでいないせいもあるだろうが。
 ストリートに面したカフェに入り、一息入れる。平日だからか、客足はまばらだ。適当な場所に座り、ドリンクを注文する。程なくして運ばれてきたドリンクに口を付けながら、ジンは覚悟を決めたようにアーニーを見た。
「俺、結婚しようかと思うんだ」
 ジンの唐突な言葉に、持っていたグラスを取り落としそうになる。
「けっ、結婚!?」
「グラハム少佐にも相談してたんだ。年を考えると早過ぎるかもしれないが、今の立場から考えれば問題はないと思う」
「そりゃ、そうかもしれないけどさ……。でも、相手は?」
「アユル以外に居る訳ないだろうが」
 照れているのか、ぶっきらぼうにジンは言った。
 アユルはサヤの妹だ。
 ふわりとした金髪の、どこかおっとりとした雰囲気をまとった彼女。ジンとは正反対だと思った事がある。だが、芯の通ったところは彼とよく似ていた。だからこそ互いに惹かれ、将来を意識するまでになったのだろう。
「ジンが結婚、ねぇ」
「おかしいかよ?」
「おかしくはないさ。ただ、ちょっと不思議な感じだよ。案外、良いパパになるかもね」
「そうだな、子供は二人くらいは……って、まだ早いぜ」
「そんな事言いながら、すぐだったりして」
 アーニーは笑ってグラスを傾ける。
「そういや、アーニーはどうなんだ?」
 自分だけからかわれるのは癪なのか、ジンはアーニーに水を向ける。
「僕?」
「サヤさんとは上手くいってるのか?」
「まあ、ね」
「お前達も結婚したら、俺達も兄弟になるんだよな。ん、そうなるとアーニーが義兄さんか?」
「そんな柄じゃないけどね」
 言えてる、とジンは笑う。
 ジンとは孤児院で兄弟同然に育ってきた。その彼と、義理とはいえ本当の兄弟になれる日も、そう遠くないかもしれない。
「しかし、サヤさんも頑張ってるよな。親娘で落語なんてさ」
 そうだな、と応じかけ、アーニーは強い違和感を覚えた。
(落語? 落語って、確か……)
「今度シティホールで演るって聞いたぜ。休みが取れたらアユルと見に行くつもりだ」
 おかしい。何かが決定的におかしい。だが、何がおかしいのか解らない。
「お前は行けるのか? レスキュー部隊に配属されるの、確かその辺りだったよな」
(レスキュー、部隊?)
 自分がテストパイロットを務めた新型機が、その部隊に配備される。それを聞いて、志願したのだ。
 その機体の名は――ライオット。
(ライオット……!)
 血の気が引いていく。違う、そんな話は有り得ない。ライオットは、あの機体は――。
「おい、アーニー。聞いてるのか?」
「え? あ、うん。ちょっと、考え事してて」
「そうかい。どうせ、サヤさんの事でも考えてたんだろ?」
「違うよ、そんなんじゃない」
 この違和感をどう伝えたら良いのか、上手く言葉が出て来ない。違う、おかしい――そればかりがアーニーの脳裏を巡っていた。
「配備されるライオットって……」
「タイプCだろ? レスキュー特化型の」
 有り得ない。
「ライオットCは汎用量産型だろ? ジンはライオット隊の隊長として、それを率いていたはずだ」
「はあ? 何言ってるんだアーニー。タイプCの隊長はお前だろ? 俺の方は試作型のタイプXだ」
「タイプX――」
 そんなものは知らない。
「君がライオットA、僕がライオットBに乗って……戦ったはずなんだ、少佐と」
「少佐? グラハム少佐と?」
「違う。リチャード少佐だ」
 ジンが笑い出す。
「リチャードさんが少佐だって? あの人、落語家なのに牧師で俺の義父さんってだけで訳が解らなくなりそうなのに、それで更に少佐って滅茶苦茶だぞ。サヤさんの影響でお前までそういうのに目覚めたのか」
 心底おかしいと腹を抱えて彼は笑い続ける。だが、アーニーは微塵も笑わない。
 背筋が冷たくなっていた。
「ジン、僕達がライオットに乗って戦った相手、覚えているか?」
「今度は何だよ」
「独断専行を咎められる事を覚悟で、スクラッグと戦った――」
「スクラッグぅ? アーニー、お前本格的にお笑いをやるのか? スクラッグって言えばHEYBOの敵キャラだろうが。そんなものとの初陣なんて、HEYBOで遊んでる子供がやる事だろ」
 ジンはそう言って少しだけ笑い、呆れた表情を浮かべる。
 やはり、違う。ここは自分の知っている世界ではない。あの初陣を忘れるなんて、考えられない。
「どうした、アーニー。具合でも悪いのか」
 確かめなければ。ここは一体、どこなのか。どうなっているのか。
「ごめん、僕……行かなきゃいけないとこがある」
「へ? おい、アーニー!」
 戸惑うジンを置き去りにして、アーニーは店を飛び出した。

――

 自分の「記憶」が正しければ、サヤは図書館に居るはずだ。
 私服だったが、銃は持っていた。ホルスターに入ったそれを意識しながら、アーニーは街を歩く。
 敵が出て来るとは思えない。至って平和な日常が目の前に広がっていた。
 おかしいのは自分の方なのか。
 吐き気がする程の違和感を抱えたまま、図書館へと向かう。
「アーニー!」
 図書館の入口で、手を振る姿。サヤだ。トートバッグを肩に掛け、白のワンピースを着ている。まるで、カレッジの学生だ。
「やあ」
 アーニーは眩しさに目を細めた。一瞬、全てが蜃気楼のように揺らめく。
「今度の演目の為に、資料を集めていたんです」
「演目?」
「ええ。芝浜って言うんですけどね」
「シバハマ……」
「まだ少ししか練習出来ていないんですけど――」
 そう言ってサヤはノートを取り出し、芝浜の話を始める。嬉々として話す彼女を、どこかぼんやりとした顔でアーニーは眺めていた。
「――それでですね、最後男は酒を呑もうとしたんですが、止めるんです。よそう、また夢になるといけねぇって」
「……夢」
 その一言が、氷水のように落ちる。
「サヤ、少し良いか?」
「何です?」
 小首を傾げる彼女の髪に手を掛け、うなじの辺りを露わにさせる。
「え? い、いきなり何ですか? ちょっと、アーニー!」
 頬を染め振り払おうとする彼女を押さえ、襟元を広げた。
 透き通るように白い、アーニーが何度も愛し掻き抱いた肌。触れる感触は、いつもと変わらない。
 だが。
「やっぱり、そうか」
 アーニーは彼女を離した。
「これは、夢なんだな」
「夢? 何を言っているのですか」
 怒ったように彼女は言う。
「そう、夢だ。君は……サヤじゃない」
 彼女が、はっと息を飲む。
「どうしてそんな事を」
「解るんだ、僕には」
 悲しそうな顔をする彼女。その姿が、水面のように揺らいだ。目眩を起こしたのかと思ったが、そうではなかった。
 景色が、人々が、ゆらゆらと形を失っていく。
「何だ、これは」
 喧騒が遠くなり、全てが抽象画のように歪んでいく。
『おやおや、困った子だ。これを夢にしちゃうのかい?』
 呆然とするアーニーに呼び掛ける声。
「――ッ、誰だ!』
 咄嗟に振り返り、銃を構える。だが、誰も居ない。より正確に言えば、何も無い。ただ、がらんどうとした空間だけが広がっている。
 見慣れたセンターシティの街並みも、道行く人々の喧騒も、何一つ無かった。
(こ、これは……⁉)
 気付けば、無の空間にアーニーは放り出されていた。
『良いのかい? 君が選びさえすれば、さっき見たものは夢じゃなく現実になる』
 どこからともなく問い掛けてくる声。ニヤニヤと、まるで物語に出て来るチェシャ猫のような声だ。
(この声、どこかで?)
 相手の姿は見えない。気配さえも感じられない。ただ声だけがアーニーにまとわりつく。
 アーニーは引き金に指を掛けたまま警戒する。しかし声が笑うだけで、何も触れてはこない。
『別に殺し合おうって言ってる訳じゃないんだから、物騒な物はしまったらどうだい? ただ聞いてるだけじゃないか。この世界を夢で終わらせて良いのかいって』
 ニヤニヤと声が囁く。不快ではあったが、殺気は感じない。アーニーは銃をホルスターに収めた。
『そうそう。何事も平和的な話し合いが一番だよ』
「さっきから一体お前は何を話しているんだ。夢が現実に、だって? そんな話を信じろとでも言うのか」
『そうさ。さっき見たものを信じれば、戦いは起こらない。大切な人を失う事も無い。お友達とだって仲良くしていられる。君はこういう世界を望んで居たんだろう?』
 声が気配を変えた。蠱惑的な、甘い響きがアーニーに迫る。
 抗い難い誘惑。
 何度も考えた事だった。過去に「もしも」は通用しないと解っていても。
 ジンと解り合えていたら、アーカムシティで撃墜されていなければ、ライオットに乗っていなければ、軍に入っていなければ――詮無い事だとは解っている。それでも自分は、選んでここまで来たはずだ。
『ねえ、本当はこんな世界が欲しかったんだろう?』
「そうかもしれない。だけど僕は、少佐や皆の選んだ道を否定したくないんだ」
 誘惑を、アーニーは凛と拒絶する。
『選んだ道だって? 死ぬ事が? 道を違えて対立する事が?』
 とんだお笑い種だね、と声は嘲笑する。
「やれる事を、やるべき事をやったんだ。そして自ら選び取ったんだ。僕だってそれは同じ……無かった事になんて出来ない」
 自身の運命を知りながら立ち向かい、そして散っていったリチャード。己の信じたものの為に消えていった仲間達。彼らが生きてくれていたら、助けられたなら、と何度思った事か。
 もし、この誘いを受け入れる事で彼らが生き続けられるなら、確かに幸せなのかもしれない。
 だが、彼らが命を賭して選んだ道はどうなるのか。それを軽々しく否定する事は出来ない。してはならないのだ。
 自分に出来るのは、彼らの生き様を、選んだ道を胸に刻み、覚悟と共に行く事だけだ。
『ふうん……ご立派だねぇ。本当に良いのかい? この平和を夢にしちゃって』
「平和は、未来は……僕達が自分の手で掴む。それが、選んだ道だ。覚悟は出来ている」
『そうかい。君なら、ここを選ぶと思ったんだけどな』
 せいぜい頑張って――投げやりなセリフを最後に、声は消えた。
 遠くで、誰かが呼ぶ声がする。先の意地悪い問い掛けの声ではない。一番大切な人の声。
 何も無い世界に、一筋の光が差す。広がった光は無を追い払い、アーニーを包み込んでいった。

――

 アーニーは目を開ける。
 ここはオルフェスのコクピットだ。一体自分は何を――そう思ったところで、呼んでいた声の主が視界に入る。
「大丈夫ですか、少尉」
 半開きになったハッチから、サヤが顔を覗かせていた。
「中々出て来ないので、調整に手間取っているのかと思ったのですが」
 呆れたようにサヤは言う。
「調整? ああ、そうか……」
 次の出撃に備え、各種センサーの調整をしていたのだ。どうやらその途中で眠ってしまったらしい。そんなに居心地の良い場所ではないのだが、余程疲れていたのだろうか。
(いや、あの声は――ただの夢だとは思えない)
 だとしたら、あれはやはり「有り得た現実」だったのだろうか。
 もしあれを選んでいたら、自分は、この世界はどうなっていたのだろう。一欠片の夢と消えるのだろうか。そうだとしたら、消えるのは世界か、それとも自分か。
「少尉?」
 これもまた、夢なのか。
 現実だと断じる事が出来ない。
「サヤ、少し良いか?」
 彼女をコクピットの中に招き入れる。サヤは怪訝な顔をしたが、頷いて中に入った。
 開閉スイッチを操作し、ハッチを閉じる。完全に閉じた事を確認し、アーニーはサヤを抱き寄せた。
「ちょ、いきなり何を……少尉!」
 サヤは身をよじるが、構わずに抱き締める。シートに座ったまま自分の膝に抱え上げ、背中に腕を回した。
 服越しに伝わる体温。夢に似た柔らかさ。確かめたかった。これは、夢ではないのだと。
 サヤの髪を掻き上げ、襟元を広げる。そして胸元にも手を掛け、服をずらした。
「な、何をするんですか」
 白い肌に咲いた、薄赤紫の花。髪と服でギリギリ隠れる場所に付けた痣。アーニーが彼女を抱いた印だ。
「隠すの、結構苦労してるんですよ」
 サヤは口を尖らせ、服を直す。
「だけど、そのお陰で僕は……あれを夢だと気付けたんだ」
 夢で見た「彼女」に、この印は無かった。それが、何よりの証拠だった。目の前に居るのはサヤだ。自分のよく知る、そして一番愛する人だ。
 だから信じられる。これが、確かな現実なのだと。
「夢? 少尉?」
 何の事かと問う彼女を無視し、直したばかりの服をもう一度ずらした。アーニーは露わになった印に口付ける。薄くなっていた痣が、濃い色に変わった。
「せっかく少し消えてきたのに……」
 彼女の抗議を無視し、アーニーは花の数を増やしていった。服の前を開き、白い肌を舐める。
「こんなところで……駄目です、少尉」
「最後まではしないさ。続きは、部屋に帰ってからすれは良いし」
「だったら今から……いえ、そういう問題じゃありません。コクピットですよ、ここは」
「解ってる」
「だったら……んんっ!」
 サヤの反論を唇で塞いだ。ジャケットを床に落とし、露わになった肩を指でなぞる。彼女の唇がわななき、震える吐息がアーニーの耳をくすぐる。耳の後ろで、鼓動が大きく波打った。
 ベルトを外し、ファスナーを一番下まで引き下ろす。そして左腕で腰を抱き寄せ、右手を下着の中に潜り込ませた。
「スカートにすれば良いのに」
「馬鹿な事言わないで下さい。少尉、これ以上は……あっ!」
 ぬるついたものが指に絡む。
「これ以上は、何?」
 アーニーは小さく笑い、濡れそぼったそこをなぞる。
 サヤがアーニーの首に抱きつき、声を上げた。その背中越しに動く影。ハッチは閉めたはずだと思わず息を飲んだが、理由を知って安心する。
 センサーカメラが起動したままだったのだ。モニターに格納庫の様子が映って居る。ずらりと並んだ機体の合間を、整備士達が行き交っている。先の影はその一人だった。
 誰も自分達がここで何をしているか知らない。見る事も出来ない。
 背徳感が背筋を震わせる。それと同時に、どうしようもなく興奮していた。そんな趣味は無いはずなのだが、あの夢がそうさせているのだと自分に言い聞かせる。
 狭いコクピットの中に、サヤの喘ぎ声と水音が響く。
 人差し指で中を探る。根元まで差し込むと、溢れたものが手の甲を伝った。
「ふぅ、ううぅ……」
 シートの隙間に膝を立て、サヤはアーニーの愛撫に身を震わせていた。
「やっぱり、駄目です……こんな、ところで……ッ! あうっ!」
「止めても良いの? こんなになってるのに、止められる?」
 指の数を増やし、中を広げて擦る。指が締め付けられ、動かしにくくなってきた。アーニーはそこをこじ開けるようにして、指を奥へと潜り込ませる。
「やっ、ああっ、ふあぁぁっ!」
 膝立ちの格好でサヤは喘ぐ。
 アーニーは中を彼女の中を探り、指を曲げてある一点を押した。
「あぁぁああっ!」
 背中を反らし、コクピット一杯に響く声を上げるサヤ。
「ここ、か」
「ふ、く……んんっ! そこ、駄目です……う、あぁ」
 強く押す度に彼女の身体が跳ねる。目は潤み、上気した頬に髪が貼り付いていた。
 力が入らなくなってきたのか、サヤの膝が崩れそうになっている。
「わ、私っ……このまま、じゃ……!」
「良いよ――我慢しないで、ね」
 サヤの身体を支え、更に奥へ指を押し込む。
「駄目、そこ……アーニー……ッ! あ、あぁぁ、やあぁああ!」
 引き絞るような声を上げ、サヤは全身を震わせた。指がきつく握り込まれ、彼女が達したのだと伝えてくる。
「あぁ……アーニー……」
 上気したサヤの頬に、涙が一筋こぼれ落ちていた。

――

 律動の収まったサヤの中から指を引き抜くと、彼女は糸が切れたように崩れ落ちた。はだけた服から覗く肌は、大理石のようにしっとりとしている。
「はぁ、はぁ……うぅ……ん……」
 弛緩した身体をアーニーに預け、サヤは荒い息を吐いていた。しばらくは動けないだろう。濡れた指先を自分の舌で拭い、アーニーはサヤを抱き締める。
 最後までしないと言った手前、これ以上の事は出来なかった。そもそも、後始末を考えれば出来る訳がない。
(けどなぁ……)
 今すぐにでも抱きたい、というのが正直な気持ちだった。彼女の言う通り、部屋に戻っていれば良かったと思う。
 勢いでしてしまったが、これは生殺しに近い。膝に抱いたサヤの身体に劣情が駆り立てられる。それに加え先の痴態が眼裏に焼き付いて離れず、さらにアーニーを煽り立てる。
「……自業自得だな」
 動くに動けない自分に、苦笑する他無い。
「だから、言ったんですよ……」
 気怠そうに身を起こし、サヤが言った。アーニーの膝から降り、ファスナーを引き上げる。彼女の足元は少しふらついていた。
「今からでも時間はあるでしょうし、戻りますか?」
「そうしようって言いたいところなんだけどね。立てるまで、ちょっと時間掛かりそうだ」
「私は何とか歩けますけど……?」
「いや、そういう意味じゃなくてね」
 どう説明したものか、と考えあぐねる。ストレートには言いづらい。
 眉を寄せたサヤが口を開きかけ、何かに気付いた。みるみる顔が赤くなる。
「えっ、と……その……お、収まらないとって、事ですよね……」
「まぁ、そういう事」
 今し方乗っていた脚の辺りがどうなっていたのか、降りて初めて解ったのだろう。
「このまま外に出る訳にはいかないでしょ。何とか、落ち着かせないとね……」
 そう言ったものの、一度昂ぶったものは簡単には落ち着かない。サヤを前にしていては尚更だ。
「すぐには出られそうにないから、君は先に戻った方が良いよ」
「いえ、その……私が、何とかしてみます」
 知識だけはあります、とサヤは身を屈めた。一体何をするのかと確認するまでもなかった。
「そっ、それは! 駄目だ、サヤ!」
 サヤの手がアーニーのベルトを外し、ジッパーを下ろす。
「気持ち良いかどうかは解りませんが――」
「そういう問題じゃ……ッ!」
 彼女の中とは違う、生温かくてぬるりとしたものがそれを含んでいた。
 流石に全部は苦しいのか、半ば辺りまでを咥え、根元の辺りを手で握り込んでいる。
「どこでそんな事を――うっ……!」
 爪先まで痺れる程の快感に、呻く事しか出来ない。
 頬を染め、舌を絡ませながら、サヤの顔が細かく動く。立場が完全に逆転していた。
 湿った音が、自分を咥え込むサヤが、アーニーの劣情を刺激し続ける。
「く……あ……」
「気持ち、良いですか? ん、んん……」
「っ、あ……ああ……凄く、良いよ」
 かすれた声で伝えると、サヤは照れたように微笑んだ。
「ふ――うッ!」
 サヤが深く顔を埋めた。アーニーを根元まで咥えている。そのままぬるりと舌を絡ませ、アーニーを攻める。
「駄目だ……ッ、サヤ、それ以上は……!」
 だが、彼女は愛撫を止めない。それどころか、徐々に強くしていく。アーニーが果てるまで続けるつもりだろう。
「う、く……」
 このまま出してしまう訳にはいかない。殆ど残っていない理性が叫ぶが、サヤはそれを舐め溶かしていく。
「サヤ……!」
 引き抜こうとしたが果たせなかった。限界にまで膨張した熱が放たれる。
「う……あ……ふ、くぅ、う……」
 身体を震わせ、彼女の喉奥に全てを吐き出す。
「ん――ッ」
 奔流を全て受け止め、サヤはアーニーから口を離した。こくり、とその喉が動く。
「なっ……サヤ……!」
 唖然とするアーニーに、サヤは微笑む。
「アーニーが気持ち良かったなら、私は嬉しいですから」
 うなじに咲かせた花が覗いた。一度消えかけた火が、燃え盛りそうになる。
「アーニー? あの、やっぱり、駄目でしたか?」
「いや。その……せっかく落ち着きかけてきたんだから、あまり刺激しないでくれ……。また出られなくなりそうだ」
 サヤは一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、顔を伏せたアーニーを見て笑い出す。
「解りました。続きはここを出てから、という事にしておきましょうか」
「そうしてくれると助かるよ。このままじゃ、ここで徹夜する事になりそうだ」

――

 オルフェスのシステムを切り、コクピットハッチを開放した。整備士は相変わらず機体の間を行き来していたが、それぞれ散らばっているからか少なく感じる。
「うう……何か喉の辺り、変な感じが……」
「それは僕が全面的に悪かったよ。だけど、あんなもの、飲み込むものじゃないと思うけど……」
「ああするしか無かったでしょう?」
「ハンカチくらいは持ってたんだし、そっちにって方法も……」
「後が大変ですよ。どうやって持ち歩くんです? ポケットに入れられるんですか?」
「そ、それは、その……」
 服の乱れや汚れが無いか確認し、二人は機体の外に出る。幸い、オルフェスの周囲には誰も居なかった。
 密閉されたコクピットと違い、格納庫は涼しい。
「生温かくて、苦いような、しょっぱいような、それでいてまとわりつく感じです」
「味の解説は止めてくれないか……」
 サヤの手を取り、タラップに降りた時だった。
「あれぇ? 何で二人一緒に出て来るの?」
 甲高い声。誰も居ないはずなのに、と二人は息を飲んだ。
「オルフェスは一人乗りでしょ?」
 ひらひらと飛び回る小さな姿。チャムだ。なるほど、彼女なら気付かなくて当然だったかもしれない。
「アーニーの機体なのに、サヤも一緒に何してたの?」
 言葉に詰まった。止まりかけた思考で、どうにか言い訳を絞り出す。
「僕らの機体は合体するだろう? それの調整で色々とね」
 何とかごまかすが、背中を冷たい汗が伝う。
「ふぅーん。大変なのね」
「それより、チャムはどうしてここに? またエレボスとかくれんぼかい?」
「そうなのよ! エレボス、どこに行っちゃったんだろ」
 オルフェスが隠れ場所に選ばれなくて良かった、とアーニーは胸を撫で下ろす。一部始終を見られていたら一巻の終わりだ。
「前みたいに誰かの機体に隠れたまま出撃は止めてくれよ。ショウさんに怒られるぞ」
 解ってるわよぅ、と二人に手を振ってチャムはどこかへ飛んで行った。
「……やれやれ」
 チャムならまだ無邪気で良いが、相手がエレボスだったらもう少し厄介な事になっていたかもしれない。アーニーはサヤを少しだけ庇うようにしながら艦内に戻る。
「一旦、部屋に帰ります」
「そうだな。その方が良いかもしれない」
 小声で囁きながら、そっと指先を絡ませる。
「じゃあ、また後で、かな」
「そうですね」
 廊下の向こうから仲間達の声が近付いてくる。別れのキスはお預けだ。サヤが残念そうに指先を強く握り、アーニーに背を向けた。
(もしあの夢が現実になると言われたら、君はどうする?)
 その背を呼び止めようとして、止める。問うたところで、どうしようもない話だ。
 夢の事は忘れてしまおう。生きるべき世界は、ここにある。あれが有り得た一つの世界だったとしても、自分は今、ここにいる。
『そう決めたなら、好きにするが良いよ』
 意地悪い声が笑った気がしたが、アーニーは振り返らなかった。

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