「……ゼ……ラ……ゼオラ……起きて、朝ですよ……」

 ……誰かの声がする。誰? 優しい声。どこかで聞いたことのある……

「ゼオラ、起きなさい。ほら、遅刻するわよ」

 遅刻? それはいけない。それは大変だ!

「はいっ! ゼオラ・シュバイツアー、ただいま……」

 勢い良く身を起こしたベッドの上。ここは私の部屋。お母さんが驚いた顔をしている……

「……もう、びっくりするじゃない。そんな勢いで起きなくても……」
「……ごめんなさい、ちょっとあわてちゃって……」
「まだ寝ぼけているの? 眠気覚ましにいいアサナを教えてあげましょうか?」
「そ、そればっかりはご勘弁を……」

 お母さんのにこにこ顔が怖い。ここでヨガ講座など受けた日には、学校にいけなくなる。

「さ、早く支度して朝ご飯を済ませなさい。ラトゥーニはもう行ったわよ」
「ラトが? もう、待っててくれてもいいのに」
「下で待ってますからね。遅刻してアヤ先生に叱られたくないでしょ?」
「はーい……」

 アヤ先生は私たちの担任。優しい先生だけど、ルール違反には厳しい。と言っても生徒に手を上げるような事はしたことがない。私、なぜあんな必死の勢いで起きだしたんだろう?
 急いで朝食を済ませて家を出る。途中でカーラ先輩に会った。

「おはようございまーす!」
「おはよっ ゼオラちゃん!」

 そのまま、おしゃべりしながら登校する。カーラ先輩と話すのは好きだ。何か、元気をわけてもらっているような気分になる。
 学校に着き、教室に入る。

「おはようございまーす」
「おはよう、ゼオラ」
「よっ、結構ぎりぎりだぜ?」

 レオナ先輩とタスク先輩とに挨拶をし、席に着く。後ろの席ではラトゥーニが、友達のマイちゃんと顔を寄せて教科書に目を通していた。

「おはよう、マイちゃん。……もう、待ってくれてもいいじゃない。ちょっと寝坊しただけで」

 後のはラトゥーニへの恨み言。

「ごめんなさい。私、先に用意しておく事があったから……」
「用意? 何それ?」
「え、その、今日は日直当番だから。そういう事」

 ん? なんであたし、妹や先輩たちと一緒の教室にいるんだろう? 前からこうだったっけ? 首をかしげていると、教室にアヤ先生が入ってきた。

「はい、みんな、席について。きょうはちょっと早めにホームルームをしますからね。今日はみんなに、新しい友達を紹介します。アラド君、入ってきて。」

 教室に入ってきたのは私と同じくらいの男の子だった。

「アラド・バランガでっす! よろしくお願いしまっす!」

――――――――――――――――――――――――――――――

「……まずいって、ここじゃあ」
「ふふっ、アラドのここはそう言ってないわよ?」

 アラドのペニスにほお擦りしながら、ゼオラがささやく。場所は格納庫の片隅だった。ファルケンの整備を手伝っている内に、次第に彼女が体をすり寄せてきて……後はなし崩しだった。せめてもと隅の物陰に隠れたが、いつ誰かに見つかってもおかしくない。

「ん……ちゅぷ……」
「ふっ……くぅっ……」

 ゼオラの口腔奉仕が始まった。幹に沿って軽く前歯を滑らせ、カリ首を舌先でなぞり上げる。既にアラドのツボを心得た技巧。

「くふっ……ゼオラ……それ、すごい……」
「ちゅ……んん……。アラド、気持ちいい? 私の口、気持ちいい……?」
「……ああ……すごいよ、お前のフェラ……」
「んん……んんっ……はあっ……これ……私の……わたしだけのぉ……」
「んっくっ! ゼオラ! もう、出るっ……!」

 思わずせっぱ詰まった声を漏らすアラド。

「ぷはあっ……だめぇっ! 今、出したらだめぇっ! ここに……あなたの、私の中に……」

 壁に手を突き、お尻を突きだして挿入をねだるゼオラ。片手を回して、自らの秘裂を広げてまで……。思わず唾を飲み込むアラド。辺りをうかがう理性が弾け飛び、誘われるままに彼女の秘唇を自分のもので貫いた。

「はあぉぉ〜〜っ……いい……すごいぃ……」
「くふぁ……っ。ゼオラ……お前の中……熱くて、からみついて来て……」

 考えるよりも先に、腰が動きだす。粘液のぬめりつく音が、次第に肉のぶつかる音に変わっていく。

「あぁっ! はあぁっ! いい……いいのぉっ! アラド、素敵ぃ……はぉぉ〜〜〜っ!!」

 ゼオラの極まりが、アラドの引き金を引いた。奥へ、肉壁の奥へと、本能のままに己をねじこみ……そして一気に開放した。

「おおぅっ! おっ! ふ……あ……」
「ふああっ、あぁん! ひゅごいぃ……おく、いいのぉぉ〜〜っ!」

 ゼオラは、二度、三度と立て続けに気をやると、がっくりと脱力して床の上にくずおれた。脱力する体を慌てて支え、彼女の上に覆いかぶさったアラド。

「はっ……はっ……はっ……」

 呼吸は次第に収まってきたが、それと反比例するように、彼の胸の中に懸念が広がっていく……


 ゼオラの部屋の中。男の女のあえぎ声が絶え間なく響く。

「ふっ……くふぅっ……ゼオラ……もう、無理だって。明日もあんだし、そろそろ休も?」
「んん……ぴちゅ……ぷふう……。まだいけるでしょ? アラドの……こうすれば……」

 ゼオラが淫靡に微笑み、コンドームをかぶせた中指を見せつける。

「! ゼオラっ! それ、だめっ! 反則……はあぁぁ〜〜っ!」

 アラドの抗議も受け付けずに、彼のアヌスに指をのばした。そのまま一気に突き込み、前立腺をゆるゆると刺激する。少年が甲高いきわまりの声をしぼった。萎えかけたペニスが、カンフル注射を受けたかのように力を蘇らせていく……

「ふふっ……ほーら……あなたの弱いとこ、全部知ってるんだから」

 ゼオラはアラドの体に馬乗りになり、騎上位で彼を飲み込んでいく。そして彼の上で荒々しいダンスを踊り始めた。

「くっ……ふぅ……ゼオラっ……」
「ああ〜〜っ、アラドォっ……いっぱい……わたし、アラドでいっぱぁいぃ……。いいのぉ……アラドの、いいのぉ〜〜。ずっと……ずっと、つながっていたいのぉ〜〜っ!」

 半開きの瞳と口から、涙と涎が散った。情欲に溺れきった顔は、既に理性を感じさせない。アラドの心に痛みが走った。こんな……こんなのは、異常だ。どうしたんだよ、ゼオラ。
 絶頂で自らを苛むようにして、アラドを貪り続けたゼオラ。憔悴しきって睡眠に落ちたのは、もう明け方近くだった。
 どこか苦しげな寝息のゼオラを抱きしめ、アラドは寝つけなかった。彼も疲れ切っていたが、心に湧いた懸念が確信へと変わりつつあった。

『……ゼオラが、壊れる……。壊れかけている……』

――――――――――――――――――――――――――――――

「……席は、そうね。ゼオラの隣がいいでしょう。ラトゥーニ、後で彼に校内の案内をお願いね」

 なぜか私の隣の席を指定したアヤ先生。開いている席は他にもあるのに。

「よっ! よろしくなっ」

 席について挨拶してきた。何か軽そうな子。

「……ラトは、私の妹なの。今日は日直だからあなたの案内をまかされたけど、変な真似したら承知しないからねっ」
「…………」

 軽く牽制しておこうという私の言葉が耳に入っていないのか、彼はやや唖然とした表情で視線を向けてくる。視線の先は……

「……すげえ、机の上、お前のおっぱいでいっぱいじゃん……」

 ビターン! ガラガッシャン! 教室に響いたのは、平手打ちの音と、人間が椅子ごとひっくり返った音。

「バカ! エッチ! スケベっ! あんたなんか、最低よぉっ!」


 ……最低……。アヤ先生に廊下に立たされてしまった。しかも何? このスケベ魔人と一緒に?あり得ない!

「……なー、お前カルシウム足りてないんじゃねーの? あの程度の事であそこまで激怒するなんて」
「! 何ふざけた事言ってるのよ! あんた、自分がやった事がわかってないの!」
「俺さー、一つ仮説を持ってるんだよ」
「むっ! (人の話を聞いてないっ!)」
「カルシウム足りないと、こう、体全体の固さが足りなくなってさー。やーらかい部分が育ち過ぎちゃうんじゃないかって」
「……うぎぎぎぎ(バカだ!! こいつは本物のバカだ!!)」
「そういや、お前、何ていうの?」

 ふと、思いついたように話題を変えてきて、向け合った視線が初めて正面から合わさった。……緑色の瞳。バカだけどきれいな瞳だ。

「……何って、何がよ?」
「いや、だから名前。俺は自己紹介したから知ってるよな?」
「!?」

 何? こいつ、何を言ってるの? 私……私の名前を知らない? そんな……いや、でも、今日が初対面なんだから……それが当然……よね……?

「……ゼオラよ、ゼオラ……バイラバン」
「ふーん。いい名前じゃん。よろしくな」
「ふんっ! 誰がっ」


 ……前言撤回。まだ下があったから、最低じゃなかったわ。アヤ先生に「仲直りのいい機会だから」とか言われて、このバカの学校案内を私とラトゥーニでやることになってしまった!

「そこが職員室で、その先の渡り廊下を渡ると体育館」
「ふーん。行ってみないの?」
「まだ、教える場所が残っているから……」
「そっか。そだね。あ、質問。購買部と食堂は?」
「うちの学校は食堂はないの。購買室がお昼の1時間開いているわ」
「お昼だけか〜。それじゃ購買部の存在意義が疑われるじゃん」
「……早弁が当然みたいね……」

 スケベ魔人なだけじゃなく、食欲魔人でもあるらしい。

「あ、それとさ、何か空き教室が多いみたいだけど?」
「あ、それは……」

 そう言えばそうだ。この学校の教室は、ほとんど使われていない。正確に言うと、私たちだけがこの学校の「クラス」だ。

「……この地区は過疎地区なの。都市部にできる、生活者が外周エリアに流出するタイプの過疎地区。だからこの学校も、私たちだけしか生徒がいないの」

 ラトゥーニの解説。そう、そうだった。……しかし、妙に固い言い方ね? まるで何かの解説書みたい。

「……三年生が9人、リュウセイ・ダテ先輩とブルックリン・ラックフィールド先輩。タスク・シングウジ先輩、リョウト・ヒカワ先輩……」

 ラトゥーニがクラスの皆の名前を挙げる。授業の合間に挨拶を交わしたから、おおむねわかると思うけど。
 ……え、そうすると三年生が男子5人に女子4人。二年生が私一人。あ、こいつも足すと、二年生は二人か。一年生がラトと、そしてマイちゃんだけ……。深刻な過疎の進行ね。
 一通り校内を案内して教室に戻ると、ブリット先輩とリオ先輩が残っていた。

「待ってたわよ、アラド君。街の案内がてら、一緒に帰らない?」
「はい、もちろん! やーっ光栄っすねえ。こんな美人の先輩に、色々と教えてもらえるなんて!」

 ……くっ! 言い方がいやらしいわっ!

「ゼオラ。よかったら一緒に帰らない? えーと、その、君が良ければ、だけど」

 えっ! 一緒に帰らない? って……。これはいわゆる一つのアプローチ? ブリット先輩から?一瞬、胸が躍り上がったけど、後ろめたさに、思わず辺りを見渡してしまう。……後ろめたさ?ブリット先輩は、特に誰ともおつきあいしているわけじゃないはず。なのに私、クスハ先輩の姿を探していた……

「ん……、どうかな?」

 ブリット先輩の照れながらの問いに

「はい、喜んで! 光栄ですっ!」

場違いなほど元気に返事してしまった。
 ブリット先輩は学校のヒーロー的存在だ。真面目で優しくて、まさに騎士(ナイト)という表現がぴったりな先輩。これは最悪な一日の、神様の埋め合わせに違いない。ウキウキしながら先輩と一緒に校門を出た。一瞬、ラトゥーニの事を忘れていきそうになった。ごめん。
 帰り道、何をしゃべっていたのかよく覚えていない。私、かなり舞い上がっていたかも。
 ……夕食時、なんとなくラトゥーニの表情が沈んで見えた。何だろう? 私、そんなにみっともないくらい舞い上がっていたかなあ? それとも、ラトはブリット先輩に気があるとか?

――――――――――――――――――――――――――――――

 ケンゾウ・コバヤシのラボで、三人の男女が顔を合わせていた。一様に緊張し、表情が硬い。

「……それではコバヤシ博士、あなたの手では、ゼオラに施術することはできないと?」

 ラーダの声に詰問の調子が混じる。普段のにこやかな彼女からは想像できない声音だった。

「……バイラバン君。これは、倫理的な問題というより技術的な問題なのだよ。記憶操作が、コントロール次第でなんの後遺症も残さずに成功するものなら、私はむしろ倫理上の問題を棚上げにしてその技術を使い続けただろう。私が記憶操作を封印したのは、それが結局、原理的に欠陥を逃れられないとわかったからなのだ」

 アラドは、夜が明けるとすぐにラーダに事情を説明した。不満がるゼオラをなだめて診察した結果……彼女が精神崩壊を起こしかけていることが明らかになった。過剰なアラドへの依存は、その症状の一つ。アギラに何度も記憶操作を受けた副作用が始まったのだ。彼女にやや大目の鎮静剤を投与して、ラーダは迷わずにケンゾウ・コバヤシのラボを訪ねた。かつて特脳研に在籍していたケンゾウは、記憶操作とその障害について知る第一人者だったから。
 だが……ゼオラへの対症療法的な記憶操作は行えないものかというラーダの提案を、ケンゾウは拒んだのだった。

「……短期的な記憶操作は、結局はパッチを当てるようなものと言える。人間の心には、良くも悪くも自ら平衡を保とうという作用があって、記憶操作はこの作用を予測できない方向にねじ曲げてしまう。例えて言えば、揺れる電車の中で体のバランスを取ろうとしている時に第三者が勝手な方向に力を加えてきたら、立っていられなくなるだろう。地面に倒れて立てなくなってしまった状態が、つまりは精神崩壊だ」

 ラーダは隣に座るアラドに一瞬視線を走らせた。この子を同席させたのは間違っていたかもしれない。ゼオラの、文字通りの家族と言える存在だけど、これでは不治の病の宣告に立ち会わせたようなものだ……

「……ただ、一つだけ試してみたい方法がある。T-LINKシステムを使ったバーチャルリアリティ空間でのロールプレイング療法だ」

 ケンゾウの言葉にアラドが反応した。

「ロールプレイング? ゲームっすか?」
「指している概念は、同じと言っていい。治療者に適していると思われる場と役割を与え、それを演じることで『人生を生き直す』。外部から仮の記憶を植え付ける方法ではなく、実際にその時間を過ごさせる事が眼目だ。ただ……」
「T-LINKシステムというと……」

 ケンゾウの留保とラーダの疑義が重なった。

「そうだ……このシステムは、原則的に念動力者でなければ使えない。本来は、アヤに精神的な問題が起こった場合の手段として用意したものだから」

 一瞬与えられた希望は、本当に一瞬で消えてしまったかに見えた。その場を沈黙が支配する……。と、ケンゾウが立ち上がった。

「私たちだけで悩んでも仕方ない。皆に相談してみよう。……年の功の一つと思うのだが、『問題を少人数で抱え込まない』というのが大切だよ」
「……そうですね。三人よれば文殊の知恵と言いますけど、私たちはその人数にも達してませんね」
「ええ? 俺は数の外っすか? ひでえなあ」

 こんな時でも軽口をたたけるアラドを頼もしく思うラーダ。人間には一種の「器量」というものがあって、アラドは知識や判断力とは別物の包容力を持った子だ。それがゼオラの現状と相まって、彼女の過剰な依存を引き起こしてしまったとも言える……。コバヤシ・ラボから足早に出る三人。時間が、あまりに貴重だった。

――――――――――――――――――――――――――――――

 アラド・バランガは私の平穏な学生生活をかき乱す疫病神だった。
 タスク先輩とつるんで、女子の着替えをのぞこうとするし。私の中で、スケベ魔人がスケベ大魔神にグレードアップ。
 じっとしているのが苦手らしくて、授業をしょっちゅう抜け出す。……調子が悪くて保健室で休んだ時、一度だけサボっている彼と鉢合わせした事がある。校庭隅の木の下で何かやってるのを見て、近寄ってみると、高いところに上って降りれなくなっている子猫を助けようとしていた。……仕方ないから助けるのを手伝ったけど、あいつ、肩車した私を、ぬけぬけと重いと言ってくれた。最低! 最低! 最低っ!
 おまけに、早弁した挙げ句、購買が開いていないからと食べ物をねだりに来る始末……。何で私があんたの胃袋の世話をしなきゃいけないのよ! ……まあ、餌を投げられた犬みたいに素直に喜ぶのが面白いから、おにぎりを何個か余分に持って家を出るようになったけど。
 こんな代物なのに、なぜか女子の先輩たちには人気があるらしく、帰りには必ず誰かの「一緒に帰ろう?」という誘いが入る。どこに目をつけているんですか、先輩方っ! ペットにするにしても、もう少し毛並みのいいのを選ぶべきですっ!
 まあ、外面的な条件から言えば、私も似たような状態だけど。なぜか必ず下校時に、男子の先輩たちに誘われる。私、こんなにモテたっけ?
 ユウキ先輩に誘われた時なんか、心臓がバクバクしてうまくしゃべれなかった。……でも、ブリット先輩の時と同じく、また小さな罪悪感を感じる。辺りを見渡してカーラ先輩を探してしまう。……カーラ先輩はその日、欠席だった。
 なぜか私たちのクラスは、全員そろった事がない。決まって誰か欠席者がいる。……考えてみると、毎日誰か三人が欠席し続けているような……?

 酸っぱい匂いの科学実験(アラドときたら、予想通りに失敗をやらかした)。男子も一緒の調理実習(私、レオナ先輩には料理で勝てそう!)。楽しさ半分、恥ずかしさ半分のプール実習と、その後の授業の眠いこと……。車輪の巡るような学校生活。雑音一つを除けば、毎日が緩やかに過ぎていった。

 先輩たちに送られながら、色んな話をした。テレビ番組や授業の事とか将来の夢。リュウセイ先輩相手だと、アニメやゲームについてのマニアックな蘊蓄を傾けられるけど。
 将来の夢? その言葉は不安と隣り合わせの憧れと、理由のわからない焦燥感を呼び覚ます。誰もがこんな時を過ごすのだろうか? お母さんは笑ってその通りと言ってくれたけど……

――――――――――――――――――――――――――――――

 コバヤシ・ラボに伊豆基地の開発スタッフが集まっていた。たまたまテスラ研から出向していたラドム博士も一緒である。

「……一応の設置は終わったよ。接続テストに移ろう」
「まさか、こんな失敗作が役に立つとは思わなかった」

 ロブとカークが、ラボ内の端末に、何かの外付け機器を設置していた。

「え? 失敗作なんすか?」

 アラドの問い。

「ああ、これは本来、T-LINKシステムを一般人にも使えるようにすることを目的とした装置だった。しかし、達成できたのは、間に一人の念動力者を介在させて、一般人を接続させる事ができるという無意味な結果でしかなかった。そんな物は資源の無駄遣いとしか言いようがない」
「しかし、今はそれが天恵とも言える。急いで接続テストを。……マリオン博士。あなたの手まで煩わせて申し訳ない。伊豆基地内部で解決しなければならない問題なのだが……」

 ケンゾウの陳謝に薄く笑って応えるマリオン。

「お気になさらないで。あの子たちとはそれなりに関わりもありますし……。それに、人間を資源扱いする者に任せておいては、結果を危ぶまずにはいられませんから」

 カークにきつめの視線を送るラドム博士。カークはさらりと視線を逸らせた。

「それでは念動力保持者として登録されている者を集合させて。あと、ラーダさん。あなたも接続テストに参加して下さい」
「え、私がですか?」
「制作時の実験では、ギリアム・イェーガー少佐が直接の接続に成功している。接続のハードルを下げたというか間口を広げたというか、そういう成果はあったのだ。君ならば可能性はある、と思う」
「予知能力……ですか」
「念動力者は、まずはSRXチームのリュウセイ・ダテとアヤにマイ。そして……」
「ATXチームとヒリュウ改にも連絡を。それと、大きな声では言えないけど、現在伊豆基地の地下ドッグにクロガネが係留しています」
「では、ユウキ少尉とリルカーラ少尉が? ありがたい。彼らにも協力を要請してくれ」

 治療にそれなりの時間がかかる以上、T-LINKシステムへの接続媒介は、できるだけ多くの交代要員がいるのが望ましかった。

――――――――――――――――――――――――――――――

 どうしたものか、ラトゥーニが妙にアラドになついているみたい。正直いい気がしない。普通にお兄さん役として頼るにしても、もっといい人がいくらもいるのに。……ウチのクラスの人数から言うと、いくらもいるは言い過ぎか。
 いつの間にか、昼食をアラドと私たちでとるようになっていた。ラトが橋渡し役になったんだったか……きっかけは良く思い出せない。……まあ、同学年ではあるし。最初に思ったほど悪い子でもないみたいだし。
 昼食時の会話に、つい私が自転車に乗れない事を話してしまった。

「え? そうなの?」
「なによぉ……別に不自由してないから、いいでしょ」
「私も、乗れないの……」

 え? ラトゥーニも、そうだったっけ? ……何となく覚えがある。必要な技能とは認められなかったから、教えてもらえなかったんだ。
 ……教えてもらえなかった? 誰に? ……何か最近、記憶の奥底が、霧がかかったように不鮮明な時がある……
 アラドが、しばらく考え込んでから切りだした。

「じゃ、自転車持ってないよね?」
「まあね。当然でしょ。お母さんも乗っていないから」
「じゃさ、次の日曜、一緒に自転車乗る練習しないか? オレ、自転車持っていくから」
「えっ? 自転車……その……」
「うん、やりたい。乗れるようになりたいな」

 珍しく、ラトゥーニが微笑んで乗り気だ。その微笑みに引きずられるように、つい日曜日の約束をしてしまった。

――――――――――――――――――――――――――――――

「……非念動力者として、治療に参加させる者としては、ラトゥーニ・スゥボータ」
「はい、彼女はゼオラにとって、『家族』と認識されていますから、加えるのが自然だと思います」

 接続テストは、ほぼ順調に終わった。ロブ、カーク、ラドムの三人が、急ピッチで微調整に入る。その間、ケンゾウとラーダが、バーチャル空間に参加させる人員の選定に入っていた。念動力者は基本的に全員参加。そして接続媒介を、彼らの間でローテーションを組む。接続テストにパスしたラーダも、ゼオラの母親役で参加することとなった。問題は……

「アラド・バランガを、参加させるべきかどうか……」
「はい……この治療は、ゼオラのアラドへの依存を解消させることがテーマの一つですし……」

 張りつめた沈黙が、二人の間に流れた。実際、結果が予測しづらい選択だ。そしてゼオラの現状からみるに、この治療はできるだけ急いで、それも一回きりのものになる。

「……君の意見としては?」
「正直、決断がつきません。アラドを加えることは、彼女にとってさらにアラドへの依存を深める結果になるかもしれない……。しかし、今回の治療の本当のテーマは、現在の人間関係を相対化・客観化することだと思うのです。彼女が、『依存』ではない形でアラドとの関係を再構築できれば、それが一番理想的な結果だとは思うのですが……」

 目をつぶり、しばらくの沈思の後、ケンゾウが出した結論は……

「……参加させよう……ただし、『サポーター』側ではなく、『プレーヤー』側で」
「え? あの子は、治療の対象では……」

 ラーダの疑問。このシステムで「サポーター」とは文字通りの介添人。通常の記憶を持ったままバーチャル空間にダイブする。「プレーヤー」とは被治療者で、軽暗示を受けて自分の役割になり切り、ダイブする。

「『依存』とは、双方の側に要因があるものだ。アラド君に特別の要因があるとは思わないが、二人の関係を再構築するには、双方が『プレーヤー』資格で参加するべきだと思う」

 しばしの黙考の後、ラーダはうなずいた。

「……わかりました。アラドに説明します」
「頼む」

――――――――――――――――――――――――――――――

 日曜日、約束通りの時間にアラドはやってきた。持ってきた自転車が妙に新しい。ついで、乗らずに押してきた。……という事は……

「ええ!? あなたも自転車に乗れないの?」
「そんなあきれた声ださなくていいだろぉ。乗れるなんて言ってないじゃん」
「それならそれで、誰か先輩に声をかけて教えてもらったほうが……」
「……どうかしら。結局自分の体で感覚をつかむしかないと思うし」

 まあ、ラトゥーニの言うことももっともか。結局、一台の自転車をかわるがわる乗りながら、練習する事になった。
 一番手はラトゥーニ。アラドがサドルの高さを調節した。彼女が自転車にまたがると、後ろから支えて走る。補助輪なしの結構ハードな方式だ。一人10分くらい、かわるがわる練習するうちに、妙な競争意識が芽生えてきた。誰が一番早く、自転車に乗れるようになるか?
 結果、ラトゥーニ一番乗り! 正味一時間ちょっとの練習で乗れるようになってしまった。ちょっと悔しいけど、ラト、すごい!
 大体いい感じで感覚がわかってきた辺りで、お昼にした。持ってきたお弁当をあっという間にたいらげて、物欲しそうな顔をしているアラド。ふっ、結果は予測していたわ。少し大目にお弁当作っておいて正解ね。私が作ったサンドイッチを大喜びで食べているのを見るのは、悪い気がしなかった。
 軽く食休みの後、午後の部開始。 そして、二番乗りは私! さすが私! 練習の正味は二時間半くらいかしら?

「ほらほら、頑張らないと、ビリッケツがスーパー・ビリッケツになるわよ」
「なんだよそりゃ。大体、誰かが最後にはなるんだからさ。それも三人だけじゃん」

 アラドをからかいながら後ろの荷台を押す。何か楽しい。妙に、今の彼との関係が「はまって」いるように感じる。途中、もうここまでにしようと言う彼を押しとどめて練習を続けた。さすがに女の子に自転車を押し続けさせるのを申し訳なく思うくらいのデリカシーはあるらしい。
 午後、二回目の休憩の後

「あっ、行けそう……行ける。ゼオラ、手、放して」
「いい? 放すよー?」

 手をはなすと、ぎこちないながらも自転車は走り続けた。

「行ける! 行ける! やったよ、おい!」
「大丈夫ー? ちゃんと曲れるー?」
「曲れるー。ゆっくりやれば大丈夫ー」
「あはは! やった、やった!」

 ラトゥーニも笑ってる。こんな楽しそうなこの子を見るのは滅多にない。一日で三人とも乗れるようになるのって、結構快挙かも。ゆっくりとターンする自転車に、なぜか鳥の姿が重なって見えた。
 家まで送ってくれた後、さっそくアラドは自転車に乗って帰っていった。いきなり町中で大丈夫ー?事故るんじゃないわよー? さすがにその日は二人とも疲れて、早めにベッドに入った。
 今日みたいなのもデートのうちに入るのかな? ……何にせよ、楽しかったな……

――――――――――――――――――――――――――――――

「……ゼオラとラトゥーニの状態は?」
「安定している。呼吸、脈拍とも正常だ」

 バーチャル空間へのダイブが始まった。ゼオラにはクスハが、ラトゥーニにはリョウトが接続媒介に付いている。アラドの順が回ってきた。

「アラド? 説明したけど、ダイブした後は、あなたは今の記憶とは別の記憶を持って行動することになるわ。あまり、いい気はしないと思うけど……」

 アラドに説明するラーダの表情が暗い。自分の記憶を、例え治療の手段としてでもいじられる事は、「スクール」の子供たちにとって不快なもののはずだ。

「大丈夫。まかしといて下さい。これはゼオラを助けるためにやることで、みんな、そのために協力してくれてるんすから」

 滅菌シーツに包まれたベッドの上に横たわる。アラドの初回の接続媒介はリュウセイだった。親指を立ててサインを送りあう。
 アラドが、いつになく真剣な口調で語りだした。

「……先に言わせておいて下さい。ありがとうございます。本当に、ありがとうございます。……オレ……『スクール』で、仲間の精神崩壊を何度も見ました。そしてあそこでは、それを本気で止めようとする人は、ほとんどいなかったんです」

 アラドの言葉に、胸を突かれたように感じるラーダ。ゼオラの精神崩壊の兆候を、彼が的確に見抜いたこと。そして彼の奇妙な落ち着き……それは、全て彼が見てきたことによるもの。

「ここでは、みんながゼオラのために力を貸してくれる。本気で心配してくれている。オレ……何て言っていいのか……。だから、この治療がどんな結果になっても、オレはそれを受け入れます。受け入れて背負っていくつもりです」

 言い終えたアラドが緑色の瞳を閉じた。治療が終わるまで、それは開かれることはない。となりに横たわるリュウセイの、あごの筋肉が微かに緊張したのがわかった。言葉にならない決意の印。
 機器の稼働音が高くなる。バーチャル・ダイブが始まったのだ。

――――――――――――――――――――――――――――――

 あれから何となく、アラドと一緒に帰るのが習慣になった。
 自転車が乗れるようになった彼は、自転車通学を始めていて、私の家の前まで自転車を押しながら歩いてくる。そして私を家まで送ると、自転車に乗って帰っていく。はっきり言って遠回りだ。でも、私も彼も、それを止めようとは思わなかった。
 先輩方も、まるで空気を読んだみたいに、下校時に誘ってくれなくなった。おまけにラトゥーニも最近は別々に下校するようになった。
 それとなしに注意してると、リュウセイ先輩と一緒に帰る時が多いみたい。うーん……あの人もあの人で……ラトをまかせるには不安を感じるなあ……
 校庭のイチョウの葉が落ちきり、教室に暖房が入りだした頃。

「うー、さむさむさむ……」

 身を縮こまらせてアラドが階段を上ってきた。私は先生に言われて書類の入ったダンボール箱を倉庫に運ぶ最中。

「お、ゼオラ。日直だっけ。ご苦労さん」
「……ご苦労だと思うなら、手伝ってよ」
「んー……報酬次第じゃ、手伝ってもいいけど」
「がめつーい。何、おにぎりとか購買のアンパン?」

 ひょいっと顔を寄せてきて……そして私の唇に、彼の唇が重なった……

「……」
「……怒った……?」
「……ずるいわよ……私の手がふさがってる時に」
「ごめん……」
「持って」
「あ、ああ」

 持っていたダンボール箱を全部彼に持たせて……そして目を閉じて顔を寄せた。

「……いっ、いふぇふぇふぇ……」
「あはは、お返し」

 思わず差しだした彼の唇を、指でつまんでやった。苦笑いしてるアラド。

「……半分ずつ持とう?」
「ああ……」

 箱を半分ずつ持って、倉庫に納めた。始業のベルに、慌てて教室まで二人で駆ける。
 その日も、いつも通りに一緒に帰って私の家の前で別れた。車輪の巡るような、私と彼の毎日が、また明日も続くから……

 その年、初めて雪が降った日。アラドときたら文字通り犬みたいにはしゃいで校庭を駆け回り、少ない雪をかきあつめて雪だるまを作った。妙に鼻の長い、変な雪だるま。
 アラドのやる事のほとんどが、今では心楽しく見られるけど、この雪だるまはどうしたものか好きになれない。と、見てると

「えいっ」

アラドが雪だるまにキックを入れて壊してしまった。一緒に見ていたタスク先輩が笑ってる。

「ははは。そういや、よくやったなあ。壊すために雪だるまつくるの」
「そういうものですか?」
「うん、男の子はね」

 そういうものらしい。……ちょっとだけ、私もやってみたかったかも。
 雪がやんで午後には日が射した。日差しに当たると、壊れた雪だるまは、あっという間に融けて消えてしまった。


 新年が訪れて、アラドと一緒に初詣という行事に行った。神社で今年一年の願いを祈る行事だ。
この年まで生きてきて、不思議だけど初めての事。社の前で手を合わせて、アラドに何を願ったのかを聞くと、そういう事は言葉に出して言う事じゃないから、とはぐらかされてしまった。私の願い?それは……うん、秘密だ。


 年が明けて一月ほど経った日、突然アヤ先生から、今日が学校の卒業式だと告げられた。今回の卒業と同時に私たちの学校は閉鎖統合される。だから、みんなでこの学校からの卒業式をするのだ、と……
 講堂にみんなで入ると、壇上に式の用意が出来ていた。人数に対して、講堂の広さが寒々しい。並べられた椅子に座り、アヤ先生が壇上に上がった。

「卒業証書授与! ゼオラ・シュバイツアー!」
「は、はいっ!」

 びっくりした。まさか二年生の自分が一番目に呼ばれるなんて思わなかった。……え? 今、確か、シュバイツアー……。疑問のままに壇上に上る。アヤ先生が証書を広げて読み上げた。

「コバヤシ学園二年、ゼオラ・シュバイツアー。あなたは本学の課程を優秀な成績で修了し、良く学び、良く遊んで、自己が過ごされるべき期間を、過ごし直されたことをここに証します。××年×月×日。学校長、アヤ・コバヤシ」

 授けられた証書をかかえ、きょとんとしてしまう。

「ラトゥーニ・スゥボータ!」
「はいっ」

 ラトゥーニの番? 思わず壇上の隅に寄って場所を空ける。

「コバヤシ学園一年、ラトゥーニ・スゥボータ。以下同文」

 ラトゥーニが、やはり私の側に寄り、壇上を空ける。え? 何なの? この順番は?

「アラド・バランガ!」
「はいっ!」

「コバヤシ学園二年、アラド・バランガ。以下同文」

 アラドが私たちのそばに並ぶ。そして、段の下に座っていた先輩たちとマイちゃんが一斉に立ち上がって、拍手をした。笑っている……みんな、にこにこ顔で笑っている……

 世界がふわりとゆらぎ、目に映る映像がぼやけていった……

――――――――――――――――――――――――――――――

「……ゼ……ラ……ゼオラ……起きて……」

 ……誰かの声がする。誰? 優しい声。お母さん……?
 目を開くと、沢山のライトの光が目に入ってきて、思わず目を覆った。え……これは……無影灯?

「ゼオラ……お帰りなさい……」

 声の主を見ると、それはラーダさんだった。


 コバヤシ・ラボのミーティングルームにリュウセイたちはたむろしていた。治療が始まって一週間ほどになる。さらにバーチャル世界では、一年近い時間を過ごしている感覚だった。念動力者たちは皆、
一様に疲れていたが、自分たちのやった事の結果を知るまでは、そこを動く気になれなかった。
 ……検査室のドアが開き、アラドとラトゥーニが、そしてラーダに付き添われるようにして、ゼオラが姿を現した。ラーダが最終検査の結果を告げる。

「……成功です。ゼオラは、精神崩壊プロセスから逃れることができました」
「イィーヤァー!」

 歓声がわき、そしてそれは拍手に変わっていった。自分に向けられた拍手の洪水に戸惑うゼオラ。と、二人の人物が前に出て、拍手は止んだ。カイ・キタムラ少佐とラミア・ラヴレス小尉。アラド、ゼオラ、ラトゥーニの、現在の上司だった。

「……よく戻ってきてくれた……。なかなか……辛かったぞ。自分が何もできずに、お前たちの帰りを待つだけというのは」
「……カイ少佐……」
「……まあ、それでその、待つ間に、無聊を慰めるというか……こんな物を作ってな……。ラミア、頼む」

 ラミアに何かの包みを押し付けるカイ。

「は、自分がでありましますですか?」
「こういうのは苦手でな」
「わかりました……。えーと、それでは、ゼオラ・シュバイツアー。以下同文」
「それは一枚目を読んでから言うものだ……」

 カイが渡したのは、バーチャル世界のものを忠実に復元した手作りの卒業証書だった。アラドとラトゥーニは笑顔で受け取ったが、ゼオラは受け取るなり泣きだしてしまった。
 みんなにお礼を言わなければと思うのだが、嗚咽が止まらないゼオラ。明日、落ち着いてからな、とアラドになだめられ、自室に引き上げて行った。

 ミーティングルームに残った面々に、自販機の紙カップコーヒーが配られた。お世辞にも美味いとは言えないものだが、達成感に満たされた身には格別に感じられる。紅茶党のユウキさえも笑顔で紙コップを傾けた。

「いやー、しかし……」
「緊張したよなあ。並の作戦以上に」

 ため息交じりのタスクの声が、みんなの胸の堰を切って落とした。

「おまけに条件が、バーチャル世界で『適度にゼオラの気を引いて』だもんなあ。びっくりしたよ」
「お前のことだ。一方的にゲームや何やの話をしていたんじゃないのか?」

 リュウセイのグチにライが突っ込む。彼の趣味には無理解だが行動パターンは熟知している。

「そう言うなよ。フツーの条件でも、何を言えばいいのかわからないのに。俺が媒介役を努めて、ライがダイブしたほうがいいんじゃないかとさえ思ったぜ」
「それは……困る」
「まあ、ここにいる面々で、誰も『適度に気を引く』などという芸当ができるものはいない、な」

 ユウキのまとめに、皆、納得するしかなかった。その「芸当」に適した人材がいなかったのは幸か不幸か。指示の目的は、ゼオラにとってのアラド像を相対化する事にあったのだけど。

「うん、でも、大変だったけど、結構楽しかった」
「ふふっ、そうね。私たちの、『もしかしたらあり得たかも知れない、別の学園生活』だったわね」

 リョウトの言葉をリオが継いだ。……もしかしたら、本当にどこかの世界では、あった事なのかもしれない。

「あー、残念ねえ。できるものなら私も参加したかったわぁ。女教師役で」

 エクセレンの声には、単なる冗談以上のしみじみした響きがあった。もしもそうなってたら、美人教師エクセレンの●●講座とか、やったんだろうなあ。その光景が容易に想像できるブリットだった。

「ふふふっ、本当ね。エクセレン少尉に教師役をまかせられたなら、私も学生組に混じって制服を着てみたかったわ」
「………………」
「………………」
「………………」
「……な、なによ……」

 辺りに落ちた沈黙に、赤面するアヤだった。



「ん……んぷ……ちゅ……」
「ん……ちゅる……んふ……」

 浴室の中にかすかに反響する、唇と舌がからみあう音。ゼオラを部屋まで送り、泣きやまない彼女をなぐさめようと、軽いキスをしたアラド。ゼオラが彼をかき抱き……後はなし崩しだった。そこは治療前も後も、若いんだから変わらない。
 お互い泡だらけになって、互いの体を愛撫する。貪るのではなく与え合うように。若くしなやかな体が、汗と泡に濡れてからみあう。幾度も漏れるかすれた極まり声に、アラドは耐えきれなくなって、互いの性器の石鹸を流しただけで、ゼオラの中に自分を進めた。。

「ふあぁぁ〜〜っ……アラドぉ……あつぅいぃ〜〜……」

 甘やかなゼオラの嬌声。その過程を愛おしむように、ゆっくりと彼女を埋めていく。奥まで達すると、ついばむような口づけを交わし合う。お互いに、心の奥底から安堵が湧いてくる。
 アラドが動き始めた。彼の背に腕を回し、ゼオラが切ない嬌声を上げる。胸の奥底を打ち明けるかのよう。

「アラド……アラドぉ……いい……いいの……ああ〜〜っ……とけるぅ……」
「はっ……はっ……ゼオラ……ゼオラぁっ……一緒に……一緒に……」

 泡まみれの体がぬめりあい、互いが溶けていくような感覚。そして二人を同時に絶頂が貫いた。憚りのない極まり声に、合わせた手を固く握りしめて……


 浴室からベッドに移って続いた睦み合いは、日付が変わるころ、ようやく収まった。お互いの温かさにまどろむ二人。

「……アラド……」
「ん……」
「私、やっぱりあなたが一番好き……。別な出会い方をしても、結局あなたを好きになるって、わかっちゃったもの……」
「うん……オレもだ……」
「……うん……でもね、気づいたの。この世界に、あなたと私だけしかいなかったら、それは幸せとは言えないって……」
「うん……みんながいて、だよな……」

 それが、二人があの学校で学び直した事。たくさんの仲間たちが、教えてくれた事だった。

「……あれ……額に入れようね」

 それだけで通じる、それは二人の卒業証書。

「ああ……オレたちの、もう一つの『スクール』の記念だな……」

 それは現実とは別だけど、それこそがあるべき姿の『学校』の思い出なのだから。


 − END −

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