奔流のような雨のなかにキリコとカレンはいた。
季節は雨季の終盤で、雨季のクメンほどよく雨の降る場所はない。
二人はアッセンブルEX−10の前哨陣地−傭兵たちがダッジシティと呼んでいる、砂嚢を積み上げたみずぼらしい居
住区、105ミリ榴弾砲、掩蔽壕、有刺鉄線、野外ビリヤード場、食い倒れ太郎(レプリカ)が名誉店長を務める24
時間営業のポルノショップ、等などからなる強化野砲陣地−からさらに12キロ南に下った非占領区域の、地図には標
高をとって「519ヒル」とだけ記載されている丘の頂に近い、もつれあった低木の木立ちの中で、それぞれの乗機−
マーシードッグと紅蓮弐式−のコックピットの中から、カメラに叩きつけられる雨滴をモニターごしにむっつりと見つ
めているのだった。
放っておけば無限に続きそうな沈黙の世界に耐えかねたカレンが口を開いた。
『よく降るねえホントに』
『雨季だからな』
それだけだった。
再び始まる沈黙の世界。
(わかっていた!こういうヤツだとわかっていたはずなのに…なぜ聞いた私ッッ!)
あまりに素っ気無いキリコの反応に一周回って自分に腹を立てるカレン。
(いや、諦めるな紅月カレン!ゴールするのはまだ早い!)
『なあキr−』
『定時連絡の時間だ』
キリコは不屈のチャレンジ精神で再び会話を試みようとしたカレンの意思をあっさりと退け、基地への通信回線を開いた。
『フォックストロット・サンドマン・シックスへ、こちらシエラ・ブラヴォー・フォー。応答どうぞ』
応答を待つ二人の耳に届いたのは、バリバリという雑音だけだった。
雲が低く雨降りで、そのうえ地形も入り組んでいるとなれば驚くにはあたらない。
キリコはもう一度交信を試みたが結果は同じだった。
『予備の周波数を試してみよう』
周波数帯を操作するノブを、女性のニプルを愛撫するような繊細さでゆっくりとまさぐるキリコ。
カレンは疎外感を紛らわすため鼻歌をハミングする。
哀愁を帯びたメロディーはココナの持ち歌のひとつ「外人部隊おお我が故郷」だ。
バニラの店でアルバイトをしている間に耳コピしたのだろうが意外と悪くない。
その間にも基地との交信を試みるATの無線機にはさまざまな電波が入ってくる。
道に迷って高速道路一号線に戻ろうとしているトラックの運転手、厚い雲の切れ目から空母を探すパイロットの罵り声、
ゲストの不躾な質問にマジギレする若手声優、エリア11のレジスタンス放送「自由西日暮里の声」。
そうこうしているうちにEX−10の無線係と回線が繋がった。
『はいこちら上海亭!すいやせんね、チャーシューメン三つ、いま出ましたから!』
『面白くないし笑えないな』
傭兵になる前はグリーンランドで観光客相手にツインアターを飛ばしていたというデンマーク人のおふざけを軽く一蹴する。
『敵はどこにもいない、迎えのヘリはいつ来るんだ?』
『悪いがヘリは全部格納庫の中だ、雨雲の動き次第だが離陸が可能になるのは早くても4時間後だな』
『了解、雨が止むのを待って回収地点に移動する。シエラ・ブラヴォー・フォー、交信終了』
『なあキリコ、今すぐ回収地点に移動してもいいんじゃないか?』
基地との交信を終えた途端、少しでも早く基地に戻りたいカレンが通信を入れてくる。
エースパイロットとはいえちょっと前まで普通(?)の女学生をやっていたのだ、熱いシャワーとキンキンに冷えたフ
ルーツ牛乳の誘惑には逆らいがたい。
『いいだろう』
特に反対する理由もないと思われたのだが−
『御覧の有様だよ!』
ヤケクソ気味に叫ぶカレン
潜伏場所から1キロも移動しないうちに、紅蓮弐式は厚い落ち葉の下に隠れていた地面の裂け目に右脚を突っ込み、歩
行不能に陥っていた。
『降りて調べるしかないな』
キリコがコックピットを開け放ち、ようやく小降りになった雨の中に飛び出す。
「どんな具合?」
キリコに続いて機体の外に出たカレンは、尻餅をついた紅蓮弐式の右膝の前に這いつくばったキリコの隣に立つ。
そのとき視界の隅をものすごいスピードで何かが掠めた。
そしてそれは獲物を襲う毒蛇の素早さと滑らかさでカレンに取り付いた。
「ひゃうっ!?」
パイロットスーツの中に潜り込んで来るぬるりとした生暖かい感触に、思わずぴょんと飛び上がり、可愛らしい悲鳴を
あげてしまうカレン。
「ミ=ゴだ!卵を産みつけられたら終わりだぞ!」
キリコの台詞よりも、切羽詰った口調がカレンの背筋を凍らせた。
「脱ぐんだ!早く!」
キリコは奇術師もかくやという鮮やかさで脱衣を完了し、ブリーフ一枚で背中に張り付いた海老とナマコを掛け合わせ
たような怪蟲を引き剥がそうとしている。
細身だが鍛え抜かれた鋼のごとき肉体につい見入ってしまうカレン。
そのとき、カレンの菊門に妖しい感覚が疾る。
「はぅッッ!?」
妖蟲の産卵器官がカレンの不浄の穴をまさぐっているのだと気付いた瞬間、理性が吹っ飛んだ。
「ひいいいぃぃぃ……ッ!イヤっ!嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
狂ったようにスーツの止め具をまさぐるが、そんな時に限って指が思うように動かない。
「キひぃぃぃぃぃぃぃッ!うぁ、あぅあぁ―――――っ!!」
もう自分でもナニをしているのかわからない。
恐慌状態に陥り無我夢中で泥の中を転げまわっていると、力強い腕がカレンを受け止めた。
「じっとしていろ」
ブリーフ一丁のキリコが右手に持ったナイフを巧みに操り、異様な手際のよさでカレンを剥いていく。
あっという間に肩口までを覆うロンググローブと膝上丈のブーツだけという姿にされてしまったカレン。
そのもぎたての桃のように瑞々しいヒップは、長い脚を一杯にひろげたグロテスクな蟲が張り付いている。
力任せに引き剥がすと、10センチほどカレンのアヌスに侵入していショッキングピンクの産卵管がにゅぽん!という
音とともに引き抜かれ、背筋を反り返らせたカレンが「あぅンっ!」と喘いだ。
地面に叩きつけたミョンバクに素早くナイフを振り下ろしたキリコは、蟲が絶命したのを確認して背中を丸めて震える
カレンの前に屈みこんだ。
「大丈夫か?」
カレンは殴った。
「痛いじゃないか」
また殴った。
「一体何を…」
「うるさい!この変態!ムッツリスケベ!強姦魔!」
涙目で烈海王ばりのグルグルパンチを繰り出すカレンだったが、突如として起こった爆発に、キリコともども吹っ飛んだ。
何事かと顔を上げれば、大破した紅蓮弐式が文字通り紅蓮の炎に包まれている。
「敵だ!」
茶色い水がうねり流れる増水した川の中から、河童よろしくビーラーゲリラのスタンディングタートル3機が現れ、ハ
ンディロケットランチャーを撃ってきたのだ。
紅蓮はどう見ても行動不能、キリコのマーシードッグもダメージを受けているが、こちらは左腕を失ったほか胸部装甲
を兼ねたハッチが脱落してコックピットが剥き出しになっている程度である。
大丈夫だ、問題ない(棒)。
「あうッ!」
立ち上がろうとしたカレンは激痛に顔を歪めた。
「脚が…」
爆風で転倒した拍子に足首を痛めたらしい。
「俺におぶされ」
背中を向けて屈んだキリコは両腕を負傷している。
「どうするんだ?」
「こうするんだ」
キリコは背中にしがみついたカレンをマーシードッグのコックピットに振り落とすと、カレンとシートの間に滑り込んだ。
キリコが無事な両足でフットペダルを操作し、腕が使えるカレンが操縦桿を担当するというわけである。
だがこの体勢は必然的にキリコの膝の上にカレンの尻が密着することになる。
カレンはむっちりした尻の谷間にキリコのパイルバンカーが、ライフルの薬室に装填される銃弾のようにぴたりとはま
り込むのをブリーフの布地越しに感じ、耳まで真っ赤になる。
「き、キリコ…あ、当たってるんだけどッッ!?!」
「生理現象だ、気にするな」
フットペダルを踏み込むと、唸りをあげて回転するグライディングホイールが泥を跳ね上げ、マーシードッグが急発進する。
追走するビーラーゲリラのATは、剥き出しになったコックピットの中でパイロットの膝の上に乗った全裸の女がグラ
マラスな肢体を激しく揺らし−高速走行するATの振動が伝わっているだけなのだが−半球形に張り出した豊乳がブル
ンブルンと暴れるのを見て、リア充爆発しろとばかりに滅茶苦茶に撃ってくる。
だが相手が悪かった。
「フッ!」
ホイールの相互逆進による急減速と急速ターンの併せ技で、あっという間にスタンディングタートルの後ろをとる。
「今だ」
カレンが操縦桿に取り付けられたトリガーボタンを押し込むと、ヘヴィマシンガンが火を噴き、ビーラーのATは景気
よく燃え上がった。

「私を裸にしたときのナイフ捌き、なんであんなに慣れた手つきだったのよ?」
後日カレンに問い詰められたキリコは、どこまでもクソ真面目な顔で答えたのだった。
「練習だ」

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