セツコ・オハラははたとベッドの中で目を覚ました。体を右に向けると「彼」の寝顔。
二人とも服は着ておらず一糸纏わぬ姿。何故かと言えば……まあそういう事である。
こういった行為を行ったのはこれが初めてのことではなかった。スフィアによって味覚を奪われたセツコにとって性行為によりもたらされる快楽は数少ない悦びの一つとなっていた。

(私はこうも淫らな人間だったの…?)

情事での自分自身の姿や発言を思い出し、羞恥心とも自己嫌悪ともつかない感情が浮き上がった。
どうしてこんな事になったのだろうか…そう思いつつ彼女の心の内も露知らず、すやすやと安らかに寝息をたてている彼の鼻を八つ当たり気味につまんだ。

(本当に……どうてだろう?)

「彼」はZEUTHのエースパイロットとも言える存在だ。自分にはない強さを沢山もっていて私にとっては良き同僚、仲間だった。しかしそれだけであり決して男と女の関係では無かった。でも何かが変わることがあったとしたらまず間違いなくあの時のことがはじまりだろう。





スフィアの発動、バルゴラの変化から数日。スフィア発動の代償として味覚が失われ食の楽しみのというものが私の中から無くなりつつあり、食事とは単なるエネルギーの補給となっていた。
食堂でいつものように「補給」をしていると偶然に彼に会い、なんら面白みのない有り触れた世間話に講じた。
こうしているうちは自分はまだ人間なんだと実感できる。ふと彼が飲み物を貰ってくると言ってきて、私もコーヒーを頼んでおいた。その後手渡されたコーヒーを飲みながら、彼との雑談をしそれぞれの仕事に戻った。
途中彼が私を怪訝な顔で見てきたのは何だったのだろうか?


その日の晩、部屋に彼が訪ねてきた。いつになく真剣な表情していてどうしたのだろうと思いながら私は彼を部屋に招き入れた。そして部屋に入るなり彼に味覚のことについて問い詰められた。頭の中で「何故ばれたのか」「いつヘマをやらかしたのか」という考えが飛び交う。しかし彼が話した理由は単純明快なものだった。昼に飲んだアレの中身がコーヒーではなかったというだけだ。話では自分が飲むはずだったオレンジジュースを何の疑問もなく飲んでいたことを奇妙に思ったらしい。しかしオレンジジュースとは…彼にも子供っぽいところがあるんだと思いそれをそのまま彼に告げると彼は少々恥ずかしそうに頭を掻いた。その仕草が何だか子供っぽく見えて私はつい笑ってしまった。彼に怒られても笑いは止まらず…涙がでてきた。そう、これは笑いすぎてるから泣いてるんだ、きっと、そう。そうしたら急に目の前が真っ暗になり、暫くしてようやく私は彼に抱きしめられていることに気付いた。彼から告げられる謝罪の言葉、何故、彼が謝るのだろう?

解らないわからないワカラナイ

これまで枯れるほど涙を流してきたというのに、それどもまだ涙は溢続けた。

ひとしきり泣いた後急に彼の胸の中にいるのが気恥ずかしくなってきた。もう大丈夫だと告げ彼から離れる。
…見なくても赤面しているのがわかってしまう。まったく恥ずかしい。

暫くして私は彼に全てを話すと真っ先にバルゴラから降りるよう言われた。まあ当然のことだと思う。もし私でない誰かがそうなっていたら私は彼と同じことを言うだろう。でも私も引くわけにはいかない、この力で自分のような悲しみを味わう人々がいなくなるのなら私は戦う。そして何よりチーフを、トビーをあんなものの為に手に掛けたアサキム・ドーウィンを許せなかった。例えそれが私怨と言われようとも。

恐らくあそこまで感情を出して口論したのは記憶のある限りあれが初めてだったと思う。結果だけ言えば口論の末に彼は了解してくれた。ただ一つの条件を出して。


「絶対に戦後の世界を生きること」


それが彼の出した唯一にして自分にとっては難解な条件。約束できなければバルゴラを破壊するとまで言われた。
はっきり言えばその約束は果たせないだろう。この戦いが終わるまでに自分の体がもつかどうかも分からない。
それどころかもしかしたら明日にでも私は「終わる」かも知れないのだ。そんな先のこと約束できるはずもなかった。
でも、それでも私はその条件を呑んだ。果たせないと分かっていながら、戦う為に。きっと彼も私の心情には気付いていたんだと思う。彼は悲しそうに微笑んで私に言った―――――――「約束」

それからというもの私は彼と接することが多くなった気がする。食事のときや琉菜さんたちがお菓子を作ってきてくれたときも何度かフォローを入れてもらったりもした。シュミレーターに二人して十時間以上入ってブライトさんに怒られたりもした。その時は自分が彼といることに対して喜びを感じだしていることには全く気付いてもいなかった。
しかしそれを気付かされるきっかけは本当に唐突にやってきた。ある日の夜に部屋で戦闘シュミレーションとしていると突然ZEUTHの一部女性陣がなだれ込んできた。何事かと思い顔覗かせると大多数の顔がほのかに赤い…酔ってる?。
みんな何だかテンションがおかしい……だめよティファちゃん、あなたはそんな子じゃなかったはずよ。大多数呂律が回っていないようだが何でも彼女たちは私に聞きたいことがあってきたらしく自分たちはその代表であるとのこと。
何かしら?

「セツコさまと―――さまっれつきあっれるんれすか?」

……へ?
エィナさんの一言で私の時は止まった。何時の間に私と彼はそんな関係になったんだろう。どうして…?

「ろーしれってみんらそおおもっへまふよ〜ひがうんれすかぁ?」
(どうしてってみんなそうおもってますよ〜ちがうんですかぁ?)
「少なくともアッチは貴方に気があるようだけど…違ったのかしら?」

正直そういう風に考えたことがなかった。

――実際、当時自覚はなかったのだが彼といるときの私はよく幸せそうに笑っていたらしい。

そんな事は全く分かっていない私は真剣に考え込んでしまい、思考の海に落ちてしまいそうになる。
その様子を見てアデットさんが回りを促して部屋から出ていく。正直言って、ありがたい。

私は彼のことを…どう思ってるんだろう?
考えを纏めると、私は彼に対してそれなりに好意を……やめよう、私は彼のことが好きだ、まず、間違いなく。
しかし自分自身でも信じられない。彼と秘密を共有する関係になってまだ僅かしかたっていない。いくらなんでも早すぎる。自分は惚れやすい性格でもしているのだろうか?。第一曲りなりにも私はトビーに対して好意を持っていた。軍人としてではなく、一人の男性として。それなのに彼が居なくなるとまた別の人が好きになりました、なんて都合が良すぎはしないか?もしかして私は人として最低な部類に入る女なのだろうか?と、思考のスパイラルに落ちて行ってしまった。だがそんな考えも一つの知らせにより吹き飛ばされる。


―――彼の乗機が撃墜されたという報告に


続く?

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