あの戦いが終わってからおよそ一月。俺、アクセル・アルマーはレモン・ブロウニングと形式上は平穏な生活を送っている。
一応は再びヒリュウ改に乗らないかという誘いは受けたが、エクセレンの粋な計らいで半年程休暇を取らせて貰っている訳。
そうそう、レモンとエクセレンの関係は、当事者以外の間では姉妹って事になってる。いずれ話す必要はあると思うけどね。

そんな事はさておいてだ。せっかく貰ったこの休暇、実際の所全く休暇の意味をなしてないんだな、これが。
その原因を作ったのはヒリュウ改のショーン副長だ。事もあろうにあのおっさん、過去の俺の女遊びを全てレモンにリークしやがった。
「全てはあなたの為」とか言ってるが、今の状況がずっと続いたならば、たぶん俺死にますよ?
具体的にどんな状況かというと、副長からその話を聞いたレモンは予想以上の大激怒。あんなに嫉妬深いとは思わなかった…。
俺に対する仕打ちは『夜の権限の全てを私に譲渡する事』。単純な話、女王様宣言って感じだ。
疲れてる時に限って満足するまでつき合わされたり、貯め込んでる時に限って『おあずけ』。狙ってるとしか思えない。
弱みを握られてる俺は素直にレモンに従うしかないわけ。主導権を握れない俺はただのヘタレに過ぎないですよ。

とにかくだ、今の状況が我慢ならないってのは分かってもらえただろう? 一晩だけでもいいから自分が上に立ちたい。
それが俺のささやかな願い。悪い言い方をすればレモンに『仕返し』をしたい、自分の欲望を思うがままにぶちまけたい。
しかしレモンには付け入る隙というものがない。何かいい策はないものか…。誰かに相談でもしてみるかな?

まずは、ヒリュウ改で一番話す機会の多かったタスクの所かな。ヒリュウへはよく遊びに行ってるから丁度いいな。
いつもレモンが不在の時を狙い、俺達の住まいの一室にある通信設備を利用してレフィーナ艦長に連絡して許可を貰っている。
もう少ししたら地球を離れ、暫く戻ってこないらしいので相談をするなら最後のチャンスかも知れない。
あまり帰りが遅くなるとレモンの機嫌を損ねて『夜』に支障を来たす可能性があるから行動は迅速にしないとな。

いつも通り愛機を駆って停泊場所へ向かう。休暇だってのに昼間機械いじりばかりしてるレモンのお陰で整備は万全だ。
軽くレフィーナ艦長に挨拶してから整備の仕事中のタスクへ声を掛ける。おっと、艦長とはあれっきりなんであしからず。
「よっ、また来たのかよ。暇ならこっち手伝ってくれよ…。ったくガンドロ乗ってる方がまだ楽だぜ」
「やなこったね、休暇は休暇だからな。それよりちょっと深刻な問題が発生してな…」
あまり時間も取れないのでいきなり本題へ。互いに相手の尻に敷かれてる似た境遇だし、いい意見が得られるかもな。
「何だよらしくねぇな…。とりあえず言ってみろよ」
「簡単に言うけど、今俺は名実共にレモンの玩具に成下がってる訳。何とかして立場逆転出来ないかねぇ…」
「俺が聞きたいぐらいだっつーの! まぁ確かに深刻な問題だってのは同意するけどな…」
予想は付いていたけどコイツは当てにならなそうだ。でも愚痴くらいはこぼさせてもらおう。
どんな仕打ちを受けているか事細かに状況説明。しかし話してるだけで頭痛くなってくるぜ…。
「自業自得とは言え、そいつは確かに酷い…むしろ非道いな」
「う〜ん、どうすっかな…。誰かそっちの方面に詳しい人とかいないかねぇ?」
「小道具でも使って趣向を変えるってのはどうだ? 俺はそっちには詳しくないけど、イルム中尉は相当アレだって話らしいぜ?」
ったく、言葉を濁すねぇ…。大人の玩具ってハッキリ言えばいいのによ。これだから未成年は…。
しかしイルム中尉か…。話を聞いてみる価値ぐらいはあるかもな。あっ…でもあの人今何処にいるんだっけ?
タスクの話によると、イルム中尉は今、マオ社の新型PTのテストの為リン社長共々地上に降りてきているのこと。
この機会を利用させてもらい、連邦随一の遊び人と呼び声の高い中尉に教えを請うとしますかね。
クルー各員に一声掛けて名残惜しくヒリュウ改を後にし、タスクに連絡を取ってもらったので急いで指定の場所へ。

「来たな。珍しい客が来るって聞いてたから手厚くもてなさせてもらうぜ。テストも一段落付いたし」
それはそれはありがたい事で。でも時間的にも余裕がないので早速本題へ。今回の状況説明並びに救援依頼を。
「レモンの奴に(以下延々と愚痴なので略)と言うわけで、アイツを屈服させるようなテクニックを伝授して欲しいんだな、これが」
「まだまだお前も若いって事かねぇ…。でも俺を頼りにしてくれるとは有り難いな。そう言う事なら任せておきな」
何とも期待の膨らむお言葉。以後兄貴と呼ばせてもらいます!…それも束の間いきなり部屋から退室するイルム兄貴。あれ?あれ?

しばしの沈黙を挟み、手に怪しげなものを握りしめた兄貴が室内に戻ってくる。何でそんなもの常備してるんですか?
「これ一本でなかなか楽しめるぜ。ウチのも結構強敵だったけどコイツのお陰で手懐けられたぜ」
別室から持ってきたものは、縄をはじめとする拘束具。あのシャッチョさんにそんな事出来るのたぶん兄貴だけですぜ。
「なかなかいい趣味をお持ちで…何だか興奮してきましたよ」
「やっぱりお前も俺と同じ属性って事か。まあこれに目覚めてからリンからは『変態』呼ばわりされ続けてるけどな」
いやいや変態で結構!今の状況を打開出来るならどんな汚名でも頂戴する覚悟ですから。
「俺の場合、こいつを使う意義は『体の自由を奪う』んじゃなく『見た目を楽しむ』のと『相手に羞恥心を与える』のが主だな」
『羞恥心を与える』、ここ重要だね。レモンは俺の前を平気で下着姿とかそれ以上の姿ででウロチョロするぐらい羞恥とは無縁だし。
理論家だけど異性好きってのはぁ伊達じゃないねぇ。終始頷きっぱなしですよ、実に勉強になります。
でもアレだよなぁ…。俺にはその技術がない訳でどうやっていいか分からないのが悩みどころ。
「考えるよりもまずは一度実際に見てみるのがいいと思うぜ」
何ですと? 俺がそう思っていると兄貴は懐からなにやら取り出す。どうやら写真のようだ。
それに写っていたのは紛れもなくあのリン社長。見事に芸術的な拘束が施されている。やっべ興奮してきた。
でも気になる点が一つ。この写真、どうやって撮ったってんだ? 黙って撮られてくれるような人じゃないだろうし。
「気になってるようだな。実はこれ、俺と親父の共同開発したテスラ研特製超小型カメラで撮ったんだよ」
そんなものまで作ってるんですかテスラ研! しかもおやっさんまでグルになって、通報ものだっての…でもグッジョブ!
「いやぁまさか写真まであるなんて驚きましたよ。しかし見事な芸術作品…」
「そりゃあモデルがいいからな。実物は高値落札済みだが、この写真だったら譲ってやってもいいぜ」
マジですか!これはおかz…ゴホンゴホンッ、参考資料として大切に利用させて頂きますぜ!
「ただ、ご利用は計画的にな。アイツに見つかった日には射殺ものだしな」
「それは容易に想像つくので素直に了解しておきます。…所でぶっちゃけた話、リン社長って…上手いの?」
「そりゃあ〜もちろん、美味いことこの上ないぜ」
会話が食い違ってるらしいがそこはスルー。しかしここまで昼夜で立場の違うカップルも珍しいものだ。それに比べて俺は…。

その後俺は縛り方の手ほどきを受けた後、延々と自己の経験やら何やら有り難い話を頂戴した。もはや『師匠』ですよ。
「後大事なのは『話術』かな。いやこの場合は『言葉責め』って言った方が正しいか。お前意外と口下手っぽいし」
大正解ですよ師匠。どうにも相手によって言葉を選んじゃうんだな、これが。
「俺に出来る事は全部やったつもりだ。まぁ頑張ってくれよ」
「はい、ぶっつけ本番で頑張ってみますわ」
「あ、くれぐれもアレの扱いには気を付けてくれよ。アイツに見つかったら…」
その次の瞬間突然部屋のドアが開き一人の女性が入ってくる。イルム師匠は明らかに動揺している。入って来たのはあのリン社長だ。
「誰に見つかったらだって? 詳しく聞かせてもらおうか」
さすがの迫力だ。あの厳しい目つきで睨み付けられた師匠にさっきまでの神々しさは全く感じられなかった。
「い、いや…別に大したことじゃ…」
「それなら話すにの問題はなかろう。アクセル、すまんがコイツは借りていくぞ」
そう言って師匠の首根っこを掴み引きずりながら部屋を出て行くリン社長。そのあまりの迫力に俺は、
「どうぞお構いなく、もう帰りますから」と答えるしかなかった訳だ。しかしあの二人、夜が想像つかないなぁ…。
何とか知らんぷりを決め込み写真は死守。満足してその場を後にしようとしたけど、一つ思った事が。
一体師匠はどうやってあのリン社長の強固な城を崩し、あんなあられもない姿に仕立て上げたのだろうか?
これで完ペキ、と思っていたけど急に不安になってきた。しかし時間もないから仕方なく今日は帰る事に。

辺りも薄暗くなり、急いで来た時と同じルートを戻っていたが、あるものに目を奪われその動きを止める、いや止めざるを得なかった。
先程俺が通った時にはなかった大きな黒い建物。更にはコックピット内にまで聞こえてくる程の大音量の音楽。
あまりに気になった為気づかれないように離れた位置に降りて少しずつ近づいていく。大音量の音楽に耳が痛くなってくる。
「アウセンザイター! 黒いボディ〜、アウセンザイター! ダイトロンベ〜」
なんだこの歌は!? 声に聞き覚えがあるような気がするがそこは気にしない。しかし『トロンベ』となるとやはり…。
恐る恐るその黒い建物の中へ入ってみる。するとやはり中にはいました、レーツェル・ファインシュメッカー氏。
「ほう君か…。よくここを見つけたものだな。何の用かね?」
気づいて欲しいというオーラをバンバン出しておいて何を言うかこの人は。と言うか何がしたいんだこの人は?
「やはり私と言えど、長きに渡り影で動いていたらストレスも溜まるというものだよ」
確か、人も知らず世も知らず、影となりて悪を討つ、とか言ってましたっけね。言ってないですかそうですか。
そのストレス発散の仕方がまた実にトロンベって感じなんですが。しかしあの曲は一体何なのよ?
「ああ、あの曲は私が作詞作曲したアウセンザイターのテーマ曲だ。歌は自信がない為ユウキ少尉にお任せした」
いや作曲は嘘でしょ、ぶっちゃけただのパクリだし…ってユウも断れよ! この際もう何でもありなんでこの人にも相談してみるか。
「ちょっと相談したい事があるんですが、レm(ry」
この人に関しては他の誰に比べても地雷のような気がするが、最後のチャンスなのでここはあえて。
まぁ元教導隊のメンツの中では一番その手の話に乗ってきそうだしな。しかしゼンガー少佐とかは論外だろうねぇ。
「ほう、君ともあろうものが随分と情けない話だな。あくまで私の持論だがよろしいか?」
この人の持論となると、発せられる言葉は大体想像がつくが、とりあえずは首を縦に振っておいた。
「男性たる者、女性を前にして臆するとは何事か!」
やべぇ珍しくまともな事言ってるような気がする。しかしその後はやはりお約束の言葉が。
「君は力も技量も足りているはずなのだからもはや何も考えず た だ 駆 け 抜 け る だ け ! そうすれば後は何とでもなる」
この人は結局これが言いたいだけなんだよなぁ…。しかし今の言葉、なんか心に響いたような気が…。
そう、俺は今までレモンの権力に怯えていただけなんだよな。もう何も考えずに駆け抜けちゃいますか!
「う〜ん、結構単純な話レーツェルさんの言うとおりだよなぁ…。よし、今夜早速駆け抜けてみます!」
「分かれば宜しい。健闘を祈っているぞ(多少スパイスが効きすぎたか…)」
思い起こしてみれば俺ってつくづく思考が単純だなぁ…。とりあえずレーツェルさんに深々と頭を下げてすぐさま出発。

まだレモンは帰っていないはず、とりあえず急いで帰って飯の準備くらいはしておかないとな。
レフィーナ艦長然りリン社長然り、そしてイスルギの社長さん然り。女性が主権者となるパターンも増えてはいる。
だがしかしまだまだ俺達男が上に立つべきだ。権力が何だってんだ! 一つレモンの奴に思い知らせてやるか。
俺の…いや、男の尊厳を賭けて全てを捨て去り奴に立ち向かう時が来たって訳だ。…こんな時に使う台詞じゃねぇな。

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