後日談その2
最終更新：ID:ulTObWMuNw 2023年04月27日(木) 23:32:25履歴
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「お前たち、ちょっと止まれ」
「？私何か忘れ物しちゃいました？」
獅子羽のダンディーな声に呼ばれて、はるかと幽歌はその場に立ち止まる。彼の手には、明らかに怪しげなアタッシュケースが一つ。
「相手が超自然的な存在の可能性があるとなると、何かしらの対抗手段は必要だろう？」
「……まぁ、確かにそうですね。私たちももう魔法少女にはなれませんし」
「まぁ私には未来視あるから逃げるだけなら大丈夫ですけどねーっ！！」
「アンタが大丈夫でも私一人の時はどうすんのよ」
「あいてっ、ごめんなさーい……」
そうやってはるかの頭を軽く叩く幽歌を見て、獅子羽はやれやれと言いつつも、その手に持っていたアタッシュケースを差し出す。
「サービスだ。持っていくといい」
きょとんとする二人に、獅子羽は半ば押し付けるようにアタッシュケースを手渡す。
困惑した表情をしつつも、はるかがアタッシュケースを開く。
その中には、どこか見覚えのあるベルト型の機械のようなものが二つ。
「これって……あの軍服女と戦った時の強化デバイス？」
「の、改造版だ」
「……でも私達、もう魔法少女にはなれないから使えないんじゃ」
「いや、それの用途は強化じゃない。魔法少女への変身の��再現��だ」
「再現？」
獅子羽曰く、このデバイスは2年前の抗争で使われたステッキによる魔法少女への変身を、純粋な魔力の代わりに擬似魔力を使うことによって当時のスペックや魔法ごとそっくりそのまま再現するというものらしい。ただし変身できるのは一回限り、それも5分間のみというデメリット付きなのだという。
「……それって結構とんでもないものでは！？」
「そうか？本来であれば10分間の変身を可能にする予定だったんだがな……何せ魔力が完全に消えた故に魔力を再現するための擬似魔力を生成しなくてはならなかったんだが、これにも核爆弾級のエネルギーが必要でな、2年間で貯められたエネルギーが予想より遥かに低かった」
擬似魔力やら核爆弾級のエネルギーやらとんでもない単語の数々が出てきたことに少々唖然としつつも、はるかは咳払いをして獅子羽に話しかける。
「と、とりあえずありがたく頂戴しますね！ほら幽歌、片方あげる」
「……変身は一回限りか、使い所を見極めないといけないかしら」
「そうだな。だが、もし奴が再び現れた場合、お前たちの切り札となるはずだ」
そう言う獅子羽を横目に、はるかと幽歌はデバイスを見つめた。
＊＊＊
「あうぅ……何にも見つからないよ〜……」
「毎日そうやって壊れた楽器みたいな声を聞かされるこっちの身にもなりなさいよ」
時計の針が19時半を指す探偵社で、机に突っ伏して嘆くはるかに呆れた顔でそう投げかける幽歌。
「だって〜……これであのローブの奴を探し始めてから3日目だよ？それなのに目撃情報ひとつ見つからないってどういうことよ……」
「あのねぇ、そもそもそんな簡単に見つかるわけないでしょうが。手がかりが残っていたとしても、現場にあったあの金属片ぐらいだし」
「うぐっ……」
「とにかく、今日はもう帰りましょう。いくらアンタの探偵社で家も近いとはいえ、こんな時間まで残業するのはまずいわ」
「うぅ……わかったよぉ……」
そう言って、はるかは渋々事務所の電気を消し、鍵を閉める。
「ねえねえ、今日幽歌の家泊まってもいい！？」
「ダメに決まってるでしょ。毎日そう言うけどアンタの家もそんなに遠いわけじゃないし、なんでそんなに私の家が好きなのよ……」
「えー！だってお泊まりしたら幽歌の晩ごはん食べれるじゃーん！！」
「ほぼ毎日朝ごはん作ってるでしょうが」
そうやっていつものように駄弁りながら、二人は各々の帰路へと就く。
「それじゃあ幽歌、また明日ねっ！」
「うん、また明日」
そうやってはるかと別れたのち、幽歌はため息を一つつく。
「ったく……本当にいつだって喧しいんだから」
そう独り言を呟くと、少しだけ微笑みをこぼす。
「さて、私も帰らないと……ん？」
振り返って歩き出そうとすると、向こうから走ってくるジャージ姿の少女が見えた。
「ほっ、ほっ……あ、姉さーん！！」
「……霊歌？何してるの、こんな時間に」
木戸霊歌。幽歌の妹であり、彼女も『魔法少女抗争』を生き残った人物の一人である。
「姉さんが帰ってくるの遅いから、それまでしばらくジョギングしようかなって思って！」
「この時間に出るのは危ないわよ……？それこそ最近は連続殺人が起こってるし」
「だーいじょうぶ！殺人鬼が来たらヒーローみたいにばこーんっ！！ってやって一撃で仕留めちゃうんだから！」
「もう、そういうことじゃ……」
「それじゃあせっかくジョギング始めちゃったしその辺ちょっと走ってくる！姉さんは先帰っててね！」
「あっ、ちょ……！」
止める間もなくそのままさっさと行ってしまった霊歌に、幽歌は深くため息をつく。どうして私の周りにはこんな人物しかいないのか……。
＊＊＊
ぷるるるるるる。ぷるるるるるる。
帰路に就いて街の中を歩いていた途中、はるかの携帯の音が鳴った。
「こんな時間に誰だろ……もしもし？」
『俺だ。こんな時間に済まないが、例の金属片の正体が掴めたぞ』
スマホから流れてきたのは、聞き覚えのあるダンディーな声。獅子羽礼である。
「分かったんですか！？それで一体どんなものだったんです……？」
『ああ、ある程度予想はしていたが……金属片から強めの魔力反応が検出された』
魔力。その単語を聞いて、はるかの背筋に冷たいものが走る。
「魔力……ってことはつまりその金属片は……？」
『……おそらくだがこいつは、魔法少女のステッキの破片だ』
「ステッキの破片……？」
話を聞きながら、はるかは家までの道を急ぐために近道の路地裏へと入ろうとする。
正直この道を通るのは少し怖いものがあるが、自分には未来視があるから大丈夫と思いつつ。
『ああ……それも魔法の種類まで判別できた。おそらくこのステッキは��魂魔法��のものでほぼ間違いないだろう』
「魂魔法のステッキ……ということは、例の蜘蛛女が作ったステッキですかね？」
『……いや。それにしては魔力反応が異常に高すぎる。恐らくこいつは』
そこから先の言葉を聞く寸前に、はるかの足がぴたりと止まった。
彼女の目線の先────路地裏の先には、白いローブとフードを被った、仮面の人間が一人。
『正規の、魂魔法の魔法少女だ』
早くなる心音が耳をつんざく。呼吸が荒くなり恐怖で震える。
しまった。レイさんとの会話に夢中で、未来視を使う暇がなかった。
今更後悔してももはや遅い。最悪の事態は、既に文字通り眼前に現れてしまったのだから。
『……どうした？呼吸が荒いようだが何かあったか？』
獅子羽の言葉に、はっと我に返るはるか。
白ローブの人間は何かをしてくる様子はない。ただ様子を見るようにこちらをじっと窺っているだけだ。
「…………レイさん、つまりその白ローブの人間は、死んだはずのアシュラってことですか？」
『……その可能性もある。だが、俺はもう一つ説があると睨んでいる』
白ローブの人間が徐に手を動かす。びくっ、としてはるかは一歩後ずさる。
────白ローブの手ははるかではなく、自分の顔の仮面を掴み、そのままじっと動かずにいる。
『レガシーとティックがそうであったように、おそらく魔法少女には同じ魔法の種類を持つものがいる。それから、だいぶ前に君が証言していたが────』
汗が一滴流れ落ちる。
目の前の人間が何をしでかすかわからない。とてつもなく怖い。今すぐ逃げ出したい。
でも、ここで逃げてしまえば真実は明らかにならない。今はまだ逃げる時ではない。
はるかは静かに、獅子羽の次の言葉と、白ローブの動作を待った。
『────抗争の序盤で、君は��まるで命を吹き込まれた式神のように物体を操る魔法少女と出会った��、と言った』
白ローブが、仮面をゆっくりと外していく。
『それが魂魔法────例えば、��物体に魂を与え、操る魔法��だったとしたら』
からんからん、と仮面が落ちる音が響く。
…………その顔を見て。ありえない光景を見て。
はるかは絶句する。心臓が止まりそうになる。
その顔は。その姿は。
あの時、死んだはずの。串刺しにされたはずの。
魔法少女スノードロップ、そのものだった。
＊＊＊
あり得ない。
死者が、目の前に立っている。
「…………レイさん」
泣きそうな声で、はるかは通話の相手に縋る。
『む……なんだ、どうしたさっきから？少し様子がおかしいぞお前────』
「ビンゴです。大当たりです。ヤツは……」
その瞬間、スノードロップが突然姿勢を低くする。
ずきん、と頭に電流が流れるような感触がして、はるかの眼前に未来の情景がありありと浮かぶ。
────スノードロップが体当たりをする。
────そのままはるかに直撃する。
────肉片と血飛沫があたりに飛び散り、はるかがその五体を四散させながら吹っ飛ばされていく。
「っ……！！」
咄嗟にはるかは横に飛んだ。
強い衝撃波と共に、スノードロップが真横を凄まじい速度で過ぎ去っていく。後方の街で轟音が鳴り響き、同時に人々の悲鳴がそこら中で起こる。
『！？なんだ今の音は！？無事か！？』
スマホから獅子羽の焦ったような声が聞こえる。
衝撃波のせいで全身が痛むが、運良くどこも怪我はしていないようだ。
「う……なんとか大丈夫です！それよりレイさん、ヤツの正体はスノードロップで間違いありません！！」
振り返ってみると、人々が逃げ惑う中で、スノードロップが無表情ではるかを見つめている。だが彼女は追撃する様子も見せず、そのまま近くのビルの頂上へと飛び上がった。
『さっきの様子と轟音……まさか姿を見たのか！？』
「はい！！今ビルの頂上まで飛んで────あっ、南西に向かい始めた……！？」
そのままビルを猛スピードで飛び移っていくスノードロップ。はるかも慌てて走り出し、その姿を追う。
『やはり彼女だったか……！』
「でも、あの人は確かに死んで────」
『いや、先刻も言った通り彼女の魔法は��物体に魂を与え、操る魔法��の可能性が高い。そして、例えばその魔法を自分自身にも使用できるとしたら────！』
……そうか。それなら合点がいく。彼女は自身の魔法で死の直前に自分自身に魂を与え、無理矢理蘇生を果たしてみせたのだ。
「……でも、それなら彼女がここまで連続殺人をしてきた動機は！？」
『まず前提として、投資家から送られてきた殺害された遺体を解剖してみたが、そいつの直接的な死因は身体をぐちゃぐちゃにされたことではなく、衰弱死に近いものだった』
「衰弱死……？」
『これもあくまで予想になるが────彼女の復活方法からして、通常のエネルギーの経口摂取だけでは身体……いや、擬似的に作った魂を動かすための力を補いきれなかったのかもしれん』
「通常では補いきれない────ってまさか！？」
『ああ、早い話だ。彼女は同じ魂魔法の使い手である例の銭ゲバ女の如く、直接魂を摂取することによってエネルギーを補給している。それも寿命の長い若い魂ばかりを摂取して────な』
……醜い姿となった一体の大蜘蛛がはるかの脳裏に浮かぶ。
「なるほど、でも彼女は一体どこに向かって……そんなリスクしかない蘇生をしてまで果たしたいスノードロップの願いは一体……？」
『分からん……だが、少なくともそんなバグじみた荒技で蘇生したんだ、彼女に正常な理性が残っているとは思えない。とにかく今は彼女を止めなければ！！』
「────はい！」
人混みの中をくぐり抜けつつ、はるかは彼女を追う速度を上げた。
Seesaa Wiki関連リンク
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「お前たち、ちょっと止まれ」
「？私何か忘れ物しちゃいました？」
獅子羽のダンディーな声に呼ばれて、はるかと幽歌はその場に立ち止まる。彼の手には、明らかに怪しげなアタッシュケースが一つ。
「相手が超自然的な存在の可能性があるとなると、何かしらの対抗手段は必要だろう？」
「……まぁ、確かにそうですね。私たちももう魔法少女にはなれませんし」
「まぁ私には未来視あるから逃げるだけなら大丈夫ですけどねーっ！！」
「アンタが大丈夫でも私一人の時はどうすんのよ」
「あいてっ、ごめんなさーい……」
そうやってはるかの頭を軽く叩く幽歌を見て、獅子羽はやれやれと言いつつも、その手に持っていたアタッシュケースを差し出す。
「サービスだ。持っていくといい」
きょとんとする二人に、獅子羽は半ば押し付けるようにアタッシュケースを手渡す。
困惑した表情をしつつも、はるかがアタッシュケースを開く。
その中には、どこか見覚えのあるベルト型の機械のようなものが二つ。
「これって……あの軍服女と戦った時の強化デバイス？」
「の、改造版だ」
「……でも私達、もう魔法少女にはなれないから使えないんじゃ」
「いや、それの用途は強化じゃない。魔法少女への変身の��再現��だ」
「再現？」
獅子羽曰く、このデバイスは2年前の抗争で使われたステッキによる魔法少女への変身を、純粋な魔力の代わりに擬似魔力を使うことによって当時のスペックや魔法ごとそっくりそのまま再現するというものらしい。ただし変身できるのは一回限り、それも5分間のみというデメリット付きなのだという。
「……それって結構とんでもないものでは！？」
「そうか？本来であれば10分間の変身を可能にする予定だったんだがな……何せ魔力が完全に消えた故に魔力を再現するための擬似魔力を生成しなくてはならなかったんだが、これにも核爆弾級のエネルギーが必要でな、2年間で貯められたエネルギーが予想より遥かに低かった」
擬似魔力やら核爆弾級のエネルギーやらとんでもない単語の数々が出てきたことに少々唖然としつつも、はるかは咳払いをして獅子羽に話しかける。
「と、とりあえずありがたく頂戴しますね！ほら幽歌、片方あげる」
「……変身は一回限りか、使い所を見極めないといけないかしら」
「そうだな。だが、もし奴が再び現れた場合、お前たちの切り札となるはずだ」
そう言う獅子羽を横目に、はるかと幽歌はデバイスを見つめた。
＊＊＊
「あうぅ……何にも見つからないよ〜……」
「毎日そうやって壊れた楽器みたいな声を聞かされるこっちの身にもなりなさいよ」
時計の針が19時半を指す探偵社で、机に突っ伏して嘆くはるかに呆れた顔でそう投げかける幽歌。
「だって〜……これであのローブの奴を探し始めてから3日目だよ？それなのに目撃情報ひとつ見つからないってどういうことよ……」
「あのねぇ、そもそもそんな簡単に見つかるわけないでしょうが。手がかりが残っていたとしても、現場にあったあの金属片ぐらいだし」
「うぐっ……」
「とにかく、今日はもう帰りましょう。いくらアンタの探偵社で家も近いとはいえ、こんな時間まで残業するのはまずいわ」
「うぅ……わかったよぉ……」
そう言って、はるかは渋々事務所の電気を消し、鍵を閉める。
「ねえねえ、今日幽歌の家泊まってもいい！？」
「ダメに決まってるでしょ。毎日そう言うけどアンタの家もそんなに遠いわけじゃないし、なんでそんなに私の家が好きなのよ……」
「えー！だってお泊まりしたら幽歌の晩ごはん食べれるじゃーん！！」
「ほぼ毎日朝ごはん作ってるでしょうが」
そうやっていつものように駄弁りながら、二人は各々の帰路へと就く。
「それじゃあ幽歌、また明日ねっ！」
「うん、また明日」
そうやってはるかと別れたのち、幽歌はため息を一つつく。
「ったく……本当にいつだって喧しいんだから」
そう独り言を呟くと、少しだけ微笑みをこぼす。
「さて、私も帰らないと……ん？」
振り返って歩き出そうとすると、向こうから走ってくるジャージ姿の少女が見えた。
「ほっ、ほっ……あ、姉さーん！！」
「……霊歌？何してるの、こんな時間に」
木戸霊歌。幽歌の妹であり、彼女も『魔法少女抗争』を生き残った人物の一人である。
「姉さんが帰ってくるの遅いから、それまでしばらくジョギングしようかなって思って！」
「この時間に出るのは危ないわよ……？それこそ最近は連続殺人が起こってるし」
「だーいじょうぶ！殺人鬼が来たらヒーローみたいにばこーんっ！！ってやって一撃で仕留めちゃうんだから！」
「もう、そういうことじゃ……」
「それじゃあせっかくジョギング始めちゃったしその辺ちょっと走ってくる！姉さんは先帰っててね！」
「あっ、ちょ……！」
止める間もなくそのままさっさと行ってしまった霊歌に、幽歌は深くため息をつく。どうして私の周りにはこんな人物しかいないのか……。
＊＊＊
ぷるるるるるる。ぷるるるるるる。
帰路に就いて街の中を歩いていた途中、はるかの携帯の音が鳴った。
「こんな時間に誰だろ……もしもし？」
『俺だ。こんな時間に済まないが、例の金属片の正体が掴めたぞ』
スマホから流れてきたのは、聞き覚えのあるダンディーな声。獅子羽礼である。
「分かったんですか！？それで一体どんなものだったんです……？」
『ああ、ある程度予想はしていたが……金属片から強めの魔力反応が検出された』
魔力。その単語を聞いて、はるかの背筋に冷たいものが走る。
「魔力……ってことはつまりその金属片は……？」
『……おそらくだがこいつは、魔法少女のステッキの破片だ』
「ステッキの破片……？」
話を聞きながら、はるかは家までの道を急ぐために近道の路地裏へと入ろうとする。
正直この道を通るのは少し怖いものがあるが、自分には未来視があるから大丈夫と思いつつ。
『ああ……それも魔法の種類まで判別できた。おそらくこのステッキは��魂魔法��のものでほぼ間違いないだろう』
「魂魔法のステッキ……ということは、例の蜘蛛女が作ったステッキですかね？」
『……いや。それにしては魔力反応が異常に高すぎる。恐らくこいつは』
そこから先の言葉を聞く寸前に、はるかの足がぴたりと止まった。
彼女の目線の先────路地裏の先には、白いローブとフードを被った、仮面の人間が一人。
『正規の、魂魔法の魔法少女だ』
早くなる心音が耳をつんざく。呼吸が荒くなり恐怖で震える。
しまった。レイさんとの会話に夢中で、未来視を使う暇がなかった。
今更後悔してももはや遅い。最悪の事態は、既に文字通り眼前に現れてしまったのだから。
『……どうした？呼吸が荒いようだが何かあったか？』
獅子羽の言葉に、はっと我に返るはるか。
白ローブの人間は何かをしてくる様子はない。ただ様子を見るようにこちらをじっと窺っているだけだ。
「…………レイさん、つまりその白ローブの人間は、死んだはずのアシュラってことですか？」
『……その可能性もある。だが、俺はもう一つ説があると睨んでいる』
白ローブの人間が徐に手を動かす。びくっ、としてはるかは一歩後ずさる。
────白ローブの手ははるかではなく、自分の顔の仮面を掴み、そのままじっと動かずにいる。
『レガシーとティックがそうであったように、おそらく魔法少女には同じ魔法の種類を持つものがいる。それから、だいぶ前に君が証言していたが────』
汗が一滴流れ落ちる。
目の前の人間が何をしでかすかわからない。とてつもなく怖い。今すぐ逃げ出したい。
でも、ここで逃げてしまえば真実は明らかにならない。今はまだ逃げる時ではない。
はるかは静かに、獅子羽の次の言葉と、白ローブの動作を待った。
『────抗争の序盤で、君は��まるで命を吹き込まれた式神のように物体を操る魔法少女と出会った��、と言った』
白ローブが、仮面をゆっくりと外していく。
『それが魂魔法────例えば、��物体に魂を与え、操る魔法��だったとしたら』
からんからん、と仮面が落ちる音が響く。
…………その顔を見て。ありえない光景を見て。
はるかは絶句する。心臓が止まりそうになる。
その顔は。その姿は。
あの時、死んだはずの。串刺しにされたはずの。
魔法少女スノードロップ、そのものだった。
＊＊＊
あり得ない。
死者が、目の前に立っている。
「…………レイさん」
泣きそうな声で、はるかは通話の相手に縋る。
『む……なんだ、どうしたさっきから？少し様子がおかしいぞお前────』
「ビンゴです。大当たりです。ヤツは……」
その瞬間、スノードロップが突然姿勢を低くする。
ずきん、と頭に電流が流れるような感触がして、はるかの眼前に未来の情景がありありと浮かぶ。
────スノードロップが体当たりをする。
────そのままはるかに直撃する。
────肉片と血飛沫があたりに飛び散り、はるかがその五体を四散させながら吹っ飛ばされていく。
「っ……！！」
咄嗟にはるかは横に飛んだ。
強い衝撃波と共に、スノードロップが真横を凄まじい速度で過ぎ去っていく。後方の街で轟音が鳴り響き、同時に人々の悲鳴がそこら中で起こる。
『！？なんだ今の音は！？無事か！？』
スマホから獅子羽の焦ったような声が聞こえる。
衝撃波のせいで全身が痛むが、運良くどこも怪我はしていないようだ。
「う……なんとか大丈夫です！それよりレイさん、ヤツの正体はスノードロップで間違いありません！！」
振り返ってみると、人々が逃げ惑う中で、スノードロップが無表情ではるかを見つめている。だが彼女は追撃する様子も見せず、そのまま近くのビルの頂上へと飛び上がった。
『さっきの様子と轟音……まさか姿を見たのか！？』
「はい！！今ビルの頂上まで飛んで────あっ、南西に向かい始めた……！？」
そのままビルを猛スピードで飛び移っていくスノードロップ。はるかも慌てて走り出し、その姿を追う。
『やはり彼女だったか……！』
「でも、あの人は確かに死んで────」
『いや、先刻も言った通り彼女の魔法は��物体に魂を与え、操る魔法��の可能性が高い。そして、例えばその魔法を自分自身にも使用できるとしたら────！』
……そうか。それなら合点がいく。彼女は自身の魔法で死の直前に自分自身に魂を与え、無理矢理蘇生を果たしてみせたのだ。
「……でも、それなら彼女がここまで連続殺人をしてきた動機は！？」
『まず前提として、投資家から送られてきた殺害された遺体を解剖してみたが、そいつの直接的な死因は身体をぐちゃぐちゃにされたことではなく、衰弱死に近いものだった』
「衰弱死……？」
『これもあくまで予想になるが────彼女の復活方法からして、通常のエネルギーの経口摂取だけでは身体……いや、擬似的に作った魂を動かすための力を補いきれなかったのかもしれん』
「通常では補いきれない────ってまさか！？」
『ああ、早い話だ。彼女は同じ魂魔法の使い手である例の銭ゲバ女の如く、直接魂を摂取することによってエネルギーを補給している。それも寿命の長い若い魂ばかりを摂取して────な』
……醜い姿となった一体の大蜘蛛がはるかの脳裏に浮かぶ。
「なるほど、でも彼女は一体どこに向かって……そんなリスクしかない蘇生をしてまで果たしたいスノードロップの願いは一体……？」
『分からん……だが、少なくともそんなバグじみた荒技で蘇生したんだ、彼女に正常な理性が残っているとは思えない。とにかく今は彼女を止めなければ！！』
「────はい！」
人混みの中をくぐり抜けつつ、はるかは彼女を追う速度を上げた。
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