聖夜には、君に贈り物を
最終更新：ID:ulTObWMuNw 2023年04月23日(日) 16:44:14履歴
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「めりぃー、くりすまぁーすっ！！！」
「……朝から騒がしいわねこの女は。あと今日はまだイブよ」
玄関先に響くはるかの声に、私は慣れたように耳を塞いでそう返した。
12月24日。俗にクリスマス・イブと呼ばれる今日は、イエス・キリストという世界で最も有名であろう男の誕生日、その前日である。
街は心地の良い寒さに抱かれ、雲一つない空から降り注ぐ天照が、あまねく人間たちを祝福するように優しく私達を包み込む。年に一度の祝宴の日だ。外ではきっと誰もが幸せそうな顔を浮かべていることだろう。
「あ、そうだっけ？ でもどっちだっていいじゃん！ それよりほら見てみてこれ！」
「ん……？」
また何かロクでもないものを持ってきたのだろうかと少し訝しんでいると、はるかはバッグから何かを取り出した。
「じゃじゃーんっ！ ケーキだよケーキ！ しかも私の手作り！！」
満面の笑顔で差し出されたそれは、赤と緑の可愛げなリボンのついた小さな包みだ。
「ケーキって……あんたが？ 料理とかまともに出来たことあったかしら」
「失礼な！？ ちゃんとしたもん作れるって！ そりゃまぁ幽歌ほどじゃないけども！！」
ぶーぶー、と頬を膨らませて怒るはるかを見て、私は少々困惑しながらもその包みを受け取り中身を覗く。
中では小さめの苺で飾り付けされたカップケーキが、甘く心地良い香りを漂わせていた。
「……意外と上手くできてるじゃない」
「でしょ！？ でしょでしょ！！」
私が素直に関心の念を伝えると、はるかは自慢げにふふん、と鼻を鳴らして胸を張った。
「……いや、本当に上手く出来すぎてるわねこれ。どう見ても超絶不器用なアンタだけで作れたやつじゃないでしょ」
「ぎくっ」
ぽきっ、とはるかの鼻が折れるような音がした気がして、私はやれやれ、と頭を掻いた。
「全く……で、誰の入れ知恵？」
「あー……えっとね……」
＊
時は三日前にまで遡る。
「はぁ……幽歌へのプレゼント、何にすればいいのかなぁ」
冬休みに入り、年末年始ということで探偵業もしばらく休みを取ったはるかは、三日後──いや正確には四日後だが──に控えたクリスマスに備え、商店街で最愛の親友へのプレゼントを探していた。
そして案の定、凄まじく難航した。
そもそも何を贈れば喜んでくれるのかわからないのだ。流行りのもので喜ぶイメージはないし、かと言ってオーソドックスなものでは意外性が足りない。��普遍��を好む彼女にそういったものを送るのは少々ナンセンスだろう。何より幽歌の喜ぶものというのが全く予想できず、結局自分で考えるしかないのだ。
ええい、なんでこういう時に役立ってくれないんだ未来視、と自分の力に文句を言いつつ、彼女は街を歩く。
……幽歌にはいつも世話になっているし、何よりはるかにとって幽歌は『特別』で、かけがいのない友人だ。だからこそちゃんとした贈り物をして、幽歌に心の底から笑って欲しい……。
「幽歌が好きなものは……うーん……」
「……あれ、未来ちゃん？」
隣から聞き覚えのある可憐な声がして、そちらに顔を向ける。
「あ、パープルさん……！？」
「ふふっ。今は縫、ね？」
少し照れたように人差し指を立てたその小柄な女性は、元魔法少女パープルヘイズこと、死川縫だった。
「久しぶりだね、元気にしてた？ 最近はあんまり会えてなかったけど」
「はい！ おかげさまで。縫さんの方はどうですか？」
「うん、まあまあかな。最近は特になんとも……あ、でもカルミアさんがよく家に来るようになったなぁ」
……カルミアという名前を聞いた瞬間、探偵事務所の扉が溶かされた時を思い出してしまい、はるかは少しだけ背筋が凍った気を覚えた。
「未来ちゃんはどう？ なんか悩んでるみたいだったけど」
「あ、えっとですね……」
これも何かの縁だと思い、はるかは幽歌へのクリスマスプレゼントの件について話した。
「ふむふむ、なるほど……」
「はい。なので、普段のお礼も兼ねて、何かプレゼントできないかなって思って……幽歌にはいつも晩御飯ご馳走になってるし」
そう言ってはるかに見つめられた縫は、少し考えた後に手を叩いてこう言った。
「それなら普段のお返しも込めて、自分で何か料理するのはどうかしら？ せっかくのクリスマスだし、小さなカップケーキとかがいいんじゃないかしら」
「料理……私が？ いやでも、私すっごく不器用ですし……」
「大丈夫よ、私が教えてあげる。これでも私、カルミアさんの舌を唸らせちゃうぐらいにはちょっとだけ料理ができちゃうんだから」
えっへん、と無い胸を張る縫を見て、はるかは少し考え込む。
今まで誰かに料理を作ったこともなければ、作ったとしても大体焦がすか生焼けになってしまったりするのだが、それでも幽歌にはきちんと贈り物がしたい。それなら、この作戦に乗らない手はないだろう。
「……ありがとうございます、縫さん！ そしたらご教授いただけるでしょうか！」
「もっちろん！ さぁ、そうと決まったら作戦開始よ！ 幽歌ちゃんへのプレゼント、一緒に作っちゃいましょう！」
「えい、えい、おーっ！！」
こうして、乙女二人による地獄の修行が始まった────！
＊
……というわけで、今に至るらしい。
「なるほど、それでカップケーキを……」
食卓に座り包みから取り出したカップケーキを見つつそう聞く私に、えへへ、とはるかが頭を掻く。
「本当はもっと凝ったものも作りたかったんだけど、作ってる最中に砂糖と塩間違えちゃったり、オーブン爆発させて焦がしちゃったりしてたらそれどころじゃなくなっちゃって……それが唯一の成功作なの」
はるかがヘマして色々ぶちまけているところがありありと脳裏に映った気がして、思わずパープルさん本当にごめんなさい、と心の中で謝ってしまった。
「……まぁいいわ。じゃあ早速一口頂いてみようかしら」
そう言いながら、私はフォークでカップケーキを一口サイズに切り分ける。そしてそれを口の中に放り込み、ゆっくりと咀噛した。
「……」
「どう……かな？」
不安そうな表情で聞いてくるはるかに、私は目を閉じて答える。
「……うん、美味しい」
「ほ、本当！？」
その反応を見たはるかは心底嬉しそうに、その美麗な顔を安堵と喜びに染めた。
「うん、すごく美味しいわ、これ。アンタも食べてみなさいよ、ほれ」
私はケーキをもう一欠片切り分けて、はるかの方に差し出した。
「え、あっ、私はいいよ！ それは幽歌のために作ったものだし……」
「いいから。私へのお礼にこれ作ってくれたんでしょ？ それならこれも私からのお礼。いつも『あーん』ってしてくれてる、お返し」
それと、いつもこんな私と仲良くしてもらっているお礼に……と、私ははるかに聞こえないように心の中で付け足した。
それを聞いたはるかは最初は戸惑っていたが、しばらくすると意を決したように口を開き、ぱくりと一口食べた。
「んむ……何これ、おいしっ！？」
「ふふ、でしょ？」
味見してなかったのかよ、とツッコミを入れそうになったが、それもだんだんおかしく思えてきてしまって、私は笑い出す。
それを見たはるかも釣られるように笑い、私たちはそのまま二人でしばらくの間笑い合っていた。
カーテン越しに幽かに降り注ぐ陽光が、二人の未来を照らすかのように煌めいていた。
＊おまけ＊
その日の夜のこと。
「お邪魔し────おや？」
すらりとした体格をした女性──カルミア・ハーレミンは、いつもの通りに何の変哲もないアパートの一室へと足を踏み入れていた。鍵がかかっているはずなのに何故扉が開いたのかは、神と彼女のみぞ知る。
オーブンが少し焦げ、菓子の良い匂いと菓子とは違う何か冒涜的な臭いが辺りに漂っている気がしたが、それでも彼女は動じない。
しかし彼女が目的としていた者はそこにはおらず、代わりに一つの小包とメモがテーブルに置かれそのままになっていた。
彼女は二つを拾い上げ、メモをちらりと見る。
『カルミアさん、ごめんなさい！ 少し急用ができてしまったのでちょっと出掛けてきます！ お詫びに小さいですがケーキ作りましたので、よければ食べてくださいね！ 縫』
そこまで読むと、彼女はメモを置きもう一つの包みの方を開ける。
そこに入っていたのは、小さくも洒落た飾り付けのされたカップケーキだった。
「へぇ、なるほど」
妖しいような、しかし優美さを感じるような笑みを浮かべつつ、包みを持ったまま彼女は部屋のカーテンを開ける。
投資家として活動し、普段は質の良い食品を食べている彼女であるが。
「……こういうのも、悪くはないね」
聖夜に輝くネオンは、安寧と平穏を約束するかのように、街と彼女を照らしていた。
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「めりぃー、くりすまぁーすっ！！！」
「……朝から騒がしいわねこの女は。あと今日はまだイブよ」
玄関先に響くはるかの声に、私は慣れたように耳を塞いでそう返した。
12月24日。俗にクリスマス・イブと呼ばれる今日は、イエス・キリストという世界で最も有名であろう男の誕生日、その前日である。
街は心地の良い寒さに抱かれ、雲一つない空から降り注ぐ天照が、あまねく人間たちを祝福するように優しく私達を包み込む。年に一度の祝宴の日だ。外ではきっと誰もが幸せそうな顔を浮かべていることだろう。
「あ、そうだっけ？ でもどっちだっていいじゃん！ それよりほら見てみてこれ！」
「ん……？」
また何かロクでもないものを持ってきたのだろうかと少し訝しんでいると、はるかはバッグから何かを取り出した。
「じゃじゃーんっ！ ケーキだよケーキ！ しかも私の手作り！！」
満面の笑顔で差し出されたそれは、赤と緑の可愛げなリボンのついた小さな包みだ。
「ケーキって……あんたが？ 料理とかまともに出来たことあったかしら」
「失礼な！？ ちゃんとしたもん作れるって！ そりゃまぁ幽歌ほどじゃないけども！！」
ぶーぶー、と頬を膨らませて怒るはるかを見て、私は少々困惑しながらもその包みを受け取り中身を覗く。
中では小さめの苺で飾り付けされたカップケーキが、甘く心地良い香りを漂わせていた。
「……意外と上手くできてるじゃない」
「でしょ！？ でしょでしょ！！」
私が素直に関心の念を伝えると、はるかは自慢げにふふん、と鼻を鳴らして胸を張った。
「……いや、本当に上手く出来すぎてるわねこれ。どう見ても超絶不器用なアンタだけで作れたやつじゃないでしょ」
「ぎくっ」
ぽきっ、とはるかの鼻が折れるような音がした気がして、私はやれやれ、と頭を掻いた。
「全く……で、誰の入れ知恵？」
「あー……えっとね……」
＊
時は三日前にまで遡る。
「はぁ……幽歌へのプレゼント、何にすればいいのかなぁ」
冬休みに入り、年末年始ということで探偵業もしばらく休みを取ったはるかは、三日後──いや正確には四日後だが──に控えたクリスマスに備え、商店街で最愛の親友へのプレゼントを探していた。
そして案の定、凄まじく難航した。
そもそも何を贈れば喜んでくれるのかわからないのだ。流行りのもので喜ぶイメージはないし、かと言ってオーソドックスなものでは意外性が足りない。��普遍��を好む彼女にそういったものを送るのは少々ナンセンスだろう。何より幽歌の喜ぶものというのが全く予想できず、結局自分で考えるしかないのだ。
ええい、なんでこういう時に役立ってくれないんだ未来視、と自分の力に文句を言いつつ、彼女は街を歩く。
……幽歌にはいつも世話になっているし、何よりはるかにとって幽歌は『特別』で、かけがいのない友人だ。だからこそちゃんとした贈り物をして、幽歌に心の底から笑って欲しい……。
「幽歌が好きなものは……うーん……」
「……あれ、未来ちゃん？」
隣から聞き覚えのある可憐な声がして、そちらに顔を向ける。
「あ、パープルさん……！？」
「ふふっ。今は縫、ね？」
少し照れたように人差し指を立てたその小柄な女性は、元魔法少女パープルヘイズこと、死川縫だった。
「久しぶりだね、元気にしてた？ 最近はあんまり会えてなかったけど」
「はい！ おかげさまで。縫さんの方はどうですか？」
「うん、まあまあかな。最近は特になんとも……あ、でもカルミアさんがよく家に来るようになったなぁ」
……カルミアという名前を聞いた瞬間、探偵事務所の扉が溶かされた時を思い出してしまい、はるかは少しだけ背筋が凍った気を覚えた。
「未来ちゃんはどう？ なんか悩んでるみたいだったけど」
「あ、えっとですね……」
これも何かの縁だと思い、はるかは幽歌へのクリスマスプレゼントの件について話した。
「ふむふむ、なるほど……」
「はい。なので、普段のお礼も兼ねて、何かプレゼントできないかなって思って……幽歌にはいつも晩御飯ご馳走になってるし」
そう言ってはるかに見つめられた縫は、少し考えた後に手を叩いてこう言った。
「それなら普段のお返しも込めて、自分で何か料理するのはどうかしら？ せっかくのクリスマスだし、小さなカップケーキとかがいいんじゃないかしら」
「料理……私が？ いやでも、私すっごく不器用ですし……」
「大丈夫よ、私が教えてあげる。これでも私、カルミアさんの舌を唸らせちゃうぐらいにはちょっとだけ料理ができちゃうんだから」
えっへん、と無い胸を張る縫を見て、はるかは少し考え込む。
今まで誰かに料理を作ったこともなければ、作ったとしても大体焦がすか生焼けになってしまったりするのだが、それでも幽歌にはきちんと贈り物がしたい。それなら、この作戦に乗らない手はないだろう。
「……ありがとうございます、縫さん！ そしたらご教授いただけるでしょうか！」
「もっちろん！ さぁ、そうと決まったら作戦開始よ！ 幽歌ちゃんへのプレゼント、一緒に作っちゃいましょう！」
「えい、えい、おーっ！！」
こうして、乙女二人による地獄の修行が始まった────！
＊
……というわけで、今に至るらしい。
「なるほど、それでカップケーキを……」
食卓に座り包みから取り出したカップケーキを見つつそう聞く私に、えへへ、とはるかが頭を掻く。
「本当はもっと凝ったものも作りたかったんだけど、作ってる最中に砂糖と塩間違えちゃったり、オーブン爆発させて焦がしちゃったりしてたらそれどころじゃなくなっちゃって……それが唯一の成功作なの」
はるかがヘマして色々ぶちまけているところがありありと脳裏に映った気がして、思わずパープルさん本当にごめんなさい、と心の中で謝ってしまった。
「……まぁいいわ。じゃあ早速一口頂いてみようかしら」
そう言いながら、私はフォークでカップケーキを一口サイズに切り分ける。そしてそれを口の中に放り込み、ゆっくりと咀噛した。
「……」
「どう……かな？」
不安そうな表情で聞いてくるはるかに、私は目を閉じて答える。
「……うん、美味しい」
「ほ、本当！？」
その反応を見たはるかは心底嬉しそうに、その美麗な顔を安堵と喜びに染めた。
「うん、すごく美味しいわ、これ。アンタも食べてみなさいよ、ほれ」
私はケーキをもう一欠片切り分けて、はるかの方に差し出した。
「え、あっ、私はいいよ！ それは幽歌のために作ったものだし……」
「いいから。私へのお礼にこれ作ってくれたんでしょ？ それならこれも私からのお礼。いつも『あーん』ってしてくれてる、お返し」
それと、いつもこんな私と仲良くしてもらっているお礼に……と、私ははるかに聞こえないように心の中で付け足した。
それを聞いたはるかは最初は戸惑っていたが、しばらくすると意を決したように口を開き、ぱくりと一口食べた。
「んむ……何これ、おいしっ！？」
「ふふ、でしょ？」
味見してなかったのかよ、とツッコミを入れそうになったが、それもだんだんおかしく思えてきてしまって、私は笑い出す。
それを見たはるかも釣られるように笑い、私たちはそのまま二人でしばらくの間笑い合っていた。
カーテン越しに幽かに降り注ぐ陽光が、二人の未来を照らすかのように煌めいていた。
＊おまけ＊
その日の夜のこと。
「お邪魔し────おや？」
すらりとした体格をした女性──カルミア・ハーレミンは、いつもの通りに何の変哲もないアパートの一室へと足を踏み入れていた。鍵がかかっているはずなのに何故扉が開いたのかは、神と彼女のみぞ知る。
オーブンが少し焦げ、菓子の良い匂いと菓子とは違う何か冒涜的な臭いが辺りに漂っている気がしたが、それでも彼女は動じない。
しかし彼女が目的としていた者はそこにはおらず、代わりに一つの小包とメモがテーブルに置かれそのままになっていた。
彼女は二つを拾い上げ、メモをちらりと見る。
『カルミアさん、ごめんなさい！ 少し急用ができてしまったのでちょっと出掛けてきます！ お詫びに小さいですがケーキ作りましたので、よければ食べてくださいね！ 縫』
そこまで読むと、彼女はメモを置きもう一つの包みの方を開ける。
そこに入っていたのは、小さくも洒落た飾り付けのされたカップケーキだった。
「へぇ、なるほど」
妖しいような、しかし優美さを感じるような笑みを浮かべつつ、包みを持ったまま彼女は部屋のカーテンを開ける。
投資家として活動し、普段は質の良い食品を食べている彼女であるが。
「……こういうのも、悪くはないね」
聖夜に輝くネオンは、安寧と平穏を約束するかのように、街と彼女を照らしていた。
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