前日譚
最終更新：ID:ulTObWMuNw 2023年04月29日(土) 23:44:12履歴
トップページに戻る
魔法少女一覧に戻る
花園ゆりね────魔法少女ガーゼットは、高層ビルの屋上から夜の街を見下ろした。眼下に広がる街並みには灯りが多く灯っていて、まるで星空のように綺麗だ。
しかし、その景色ももうすぐ消えてなくなるだろう。
「……こんなに鬱陶しいほど綺麗な夜景が、これから血の海に染まるんだよな────くくくっ」
ガーゼットは心の底からの笑顔を浮かべる。その表情は狂気そのもの。だが、同時にとても楽しそうだ。
彼女は、この時を待ち侘びていた。
魔法少女として気の向くままに戦い、果てに生き残ることができたなら、自身の願う��自由��の境地に辿り着けることが保証されているのだから────。
猫を模したステッキを手に、おもむろに彼女はビルの屋上から飛び降りた。
ここは街の中でも最も高い、地上60階を超える超高層ビルだ。普通の人間であれば、まず死ぬことは避けられない。……そう、��普通の人間��ならば。
彼女はその高さに臆することもなく、平然とした様子で地面に着地する。その姿は真っ白いタキシードへと変わっており、地に着いたその足も先ほどと一変して銀色の輝きを帯びている。
「さぁて、始めようか。私達の��自由��を賭けた、殺し合いを────！」
彼女の声は狼煙となって、街の夜空にこだました。
「それじゃあ、今日も行ってくるね」
「またパトロール？霊歌はまだ子供なんだから、夜中に出歩くのは危ないわよ」
「大丈夫だって！いざとなったらこの拳でズガガガーンって悪者倒しちゃうんだから！！」
「あのねぇ……」
木戸霊歌────魔法少女コブラは、自身の姉、幽歌との会話を切り上げて家を出た。
季節は冬になりかけの時期。冷たい夜風が肌に触れて、思わず身を震わせる。
「寒ぅ……」
霊歌は自分の体を抱きしめるように腕を組んだ。
「姉さんったら過保護すぎ……でも」
彼女は自身のステッキを強く握りしめる。
「この力で、私は私のやりたいことをやるだけだよ」
その言葉と同時に、彼女の身体は光に包まれた。
光の収まった後に立っていたのは、骸骨を模したスーツを着て、腕に一丁の砲身を付けた────��正義の味方��の姿だった。
…
妹の霊歌を見送ったのち、木戸幽歌は自身の部屋で一人ため息をついた。
ふと、自身の腕に巻き付けられた腕時計を見つめる。
「私は、特別。私は、特別になるんだから────」
妄言のようにそう言葉を吐きながら、彼女────魔法少女ティックは、自身の腕時計型のステッキを握りしめた。
「…………」
無機質な病室の中で、可憐な顔を憂鬱そうに歪め俯く緋衣十四音。
小さい頃から重病を患っている彼女は、ずっと病院生活を送っている。そしてまだ幼いというのに、既に医者からも長くはないと言われている。だからこそ、何の楽しみもない病室に閉じ込められ続け、ただ死を待ち構えている今の状況は、彼女にとってとても辛いものだった。
「……わたしも、みんなみたいに外に出れたらな」
誰にも聞こえないその嘆きを、ぽつりと呟く。彼女の目線の先には、テーブルに置かれた一本の大きな刀状のステッキが一つ。
「………………」
何か意を決したように、彼女はそれに手を伸ばす。
瞬間、彼女の白かった肌は浅黒く染まり、小さかった身体は一気に背の高い大人びた女性へ────魔法少女トヨーネの姿へと変わっていった。
「……ふふっ、ふふふっ、あははははははっ！！！！」
自身の手元に集まった��魂��の数々を見て、軍服を着た魔法少女アシュラは恍惚そうな笑い声を上げる。彼女の左手には金色のステッキが握られており、右手に盛られた魂と共に禍々しい輝きを放っている。
そして彼女の周りに転がる、おびただしい数の死体。子供から大人まで様々な死体があるが、一貫してその手には歪な形のステッキが握られていた。皆、彼女に『魔法少女になれるよ』などと嘘を吹き込まれ、まんまと彼女の術中にはまって魂を奪われていった者たちである。
「さぁ…………次はどんなヤツを狙ってやりましょうか」
◇
「……ふぅ、ようやくレポートも終わりですね」
大学生の死川縫は、自身の作ったレポートをひとまとめにして鞄の中にしまった。机の上に置いてある時計を見ると、時刻は既に0時を過ぎていた。
「うわ、こんな時間ですか」
明日の講義は朝早いため、早く就寝しようと思った矢先、彼女の携帯電話が鳴った。自分の大学の後輩からである。すぐに通話ボタンを押し、通話への回線を開く。
「もしもし？どうしたの、こんな時間に────」
「先輩っ！！助けてください！！」
切羽詰まったその第一声に、死川は驚愕する。
「ちょ、どうしたの？一体何が……」
「い……妹が妙なステッキ持ってると思ったら急に変な姿になって暴れ始めて……！一体どうしたら」
妙なステッキ、変な姿。その言葉を聞いて、はっとして死川は切り返す。
「今すぐそっちに行く！」
そうして、一旦後輩との通話を切った。幸い、後輩の家は自身の家からあまり遠くない。ささっと外出できる最低限の準備をして、彼女は魔法少女パープルヘイズとして戦うため、自身の家を飛び出した。その手に、仰々しい形のステッキを握りしめながら。
「…………さて、もうじきか」
薄暗いラボの中。
幼い姿をしながら、どこか冷酷な声色でそう呟くのは、獅子羽礼こと魔法少女レイである。彼女の視線の先には、様々な機器が取り付けられている、ウサギの形を模した一本のステッキがあった。
「────笑いが少女共、手加減はできんからな」
これから戦うであろうまだ見ぬ敵の数々に対してそう呟き、彼女はステッキを手に取った。
◇
「ふふふふんふんふーん、ふんふーん、ふふふふんふんふーん……」
鼻歌を歌いながら自身のパソコンを弄っているのは、大学生の桐原花恋。
今彼女が取り組んでいるのは今日中に提出しなければならないレポート……のはずなのだが、彼女はそれを気にすることもなく凄まじい勢いでレポートを書き上げようとしていた。
……ふと彼女の目線が、立てかけられたステッキの側にある机上の一枚の写真に向く。そこに写っているのは、幼い頃の自身の姿と、その隣にいる一人の大人の男性。
「……おじさん、どこ行っちゃんたんだろうなぁ」
誰が聞くわけでもなく、彼女はぽつりとそう呟く。
彼女────魔法少女ドクタープリンセスは、込み上げてくる彼への不安と僅かな寂しさを胸の内へと仕舞った。
「それじゃあ今夜の配信はここまで！じゃーねみんなーっ！！」
スマホを自分の方に向け、夜だというのに溌剌とした声で全世界に向けて配信終わりの挨拶を発信しているのは、中学生の東宮遺である。
「だーっ、遺！！そうやって夜中に喧しく騒ぎ散らかすのはやめろと言っているだろう！！」
もちろん、親がそんな大きな声を聞き流すはずがなく、彼女の父親が凄まじい剣幕で彼女の部屋へと入ってくる。
「げっ、父上！……だってぇ……」
「だって、じゃない！！……いい加減そんな配信やめたらどうだ？」
────父親のその一言に、遺の身体は凍ったように動かなくなる。
「お前には優れた剣の才能がある。夜遅くまでそんな配信をするぐらいなら、剣の鍛錬をしていた方がよっぽど────」
「…………うるさい」
「……なんだって？」
「うるさいうるさいうるさいっ！！父上に私の考えなんてわかんないよ！！」
そう叫んで、遺は部屋から逃げるようにして走り去っていく。
「はぁ……はぁ……っ」
家の外まで出てきてしまった遺は、反射的に部屋から持ってきてしまった自分のステッキを見つめる。
「…………やっぱり、これしかないのかな」
────東宮遺は、魔法少女スタチューリーヴァーとなる覚悟をついに決めた。
「はぁ〜……っ、今日の分の仕事おーわりっ」
学生服の姿で欠伸をしながら伸びをする、未来はるかこと魔法少女ジーニアス。
溜まっていた探偵としての依頼を全て終わらせた彼女は、事務所を出て自宅への帰路へとついていた。
「早く帰って課題やって寝よ……どうせいつもみたいに簡単なヤツだろうし」
などと色々考えているうちに、彼女の住むアパートの前へ到着し、自室のある階の部屋へと向かうためにエレベーターに乗る。
エレベーターから出て自室の部屋に向かう途中、輝くような街の夜景が彼女の目に映った。
「相変わらず綺麗だなぁ……っ！？」
ずきんっ、と彼女の頭に痛みが走る。
────その瞬間、眼前の美しかった夜景は一気に赤く染まり、禍々しい炎に包まれた街へと一変した。
「…………！？！？」
ごしごしっ、と目を擦ってもう一度目の前を見る。だが、その眼は今度は問題なく美しい夜の街を映していた。
「…………気のせい、かな」
そう呟きながら、彼女は自分の手に握られた一本のステッキを見つめる。
……頼むからただの気のせいであってくれ、と思いながら、彼女は胸に不安を募らせた。
「はぁっ、つまらないなぁ」
パソコンの前に座り、よよよ、と胡散臭い泣き方をしながら嘆いているのは、カルミア・ハーレミン。そのパソコンの画面には、大暴落した株の様子が写っている。
「……でも、そろそろ動き始めないとね」
立ち上がり、壁に立てかけたステッキを持つ。
いつしかその涙は止まり、不敵な笑みへと変わっていた。
今、彼女の人生で最大のゲームが始まろうとしていることに、魔法少女トレーダーは深い愉悦を覚えていた。
◇
「………………」
寒空の下、巨大なビルの屋上で真っ白なステッキを持ちながら一人星を見続けている、雪城一枝────またの名を、魔法少女スノードロップ。
「────嗚呼、君よ」
彼女の脳裏に浮かぶ、一人の少女の姿。
荒んだ自分を救ってくれた、あの垢抜けた平穏な笑顔が、脳裏に焼き付いて消えない。
「……必ず、救い出してみせるから」
そう言って、恋する少女は戦場へと赴く。
────その身に余る、『神になる』などという大それた願いを引っ提げて。
「…………」
覚束ない足取りで真っ暗な路地裏を進む、魔法少女レガシーこと白草誠。
なぜここにいるかは分からない。まず自分が何者なのかも分からない。ただ一つ覚えているのは、『戦わなければ生き残れない』ということだけだった。
こつっ、と足元の石につまづく。力なく彼女が倒れる。
「うぅ……っ」
全身が激痛に蝕まれる。意識を手放してしまいそうな程の衝撃が彼女を襲う。
「………………」
ふと、手元に転がる自分のステッキが目に入る。黒い花弁を模したそれは、差し込んできた月明かりに照らされ、美しくも妖しい輝きを放っていた。
……それを見ていると、何故だか黒い感情が胸に渦巻いてくる気がした。妬ましい。妬ましい。心が満たされている奴らが、妬ましい。私はこんなにも抜け殻のような存在なのに。
増幅された嫉妬が彼女のエンジンに火をつけ、その身体を叩き起こした。再び彼女は歩いていく。どこに辿り着くかも自分では分からないけれど。それでも、進まなければならない。
自分を、取り戻すために。
◇
「あは────なんて、美しい」
眼下に縋る、理性を失った下僕の数々に、魔法少女イデアは恍惚そうな声を出す。その瞳は濁った色に染まっており、彼女の中に眠る狂気を滲み出しているようだった。
「さぁ、皆！イデアのために────英雄のために！存分に暴れてきてよねっ！！」
マイクの形をしたステッキを掲げ、イデアが号令をかける。正気もなく、獣たちが雄叫びを上げる。ただ英雄に従うべく、動き出す。
「あははははははははっ！！あはははははははははははっ！！！」
星の輝く空の下、少女の狂った笑い声だけがその場を支配していた。
「…………さぁ、まもなく始まりますよ」
どことも知れぬ暗闇の中、一人のサラリーマンが姿を表す。
誰に語るわけでもなく。誰に聞かせるでもなく。ただ淡々と言葉を紡ぐ。
────そう、これが。
「愚かな少女たちの、願いをかけた物語」
その、開戦の狼煙である。
Seesaa Wiki関連リンク
魔法少女一覧に戻る
花園ゆりね────魔法少女ガーゼットは、高層ビルの屋上から夜の街を見下ろした。眼下に広がる街並みには灯りが多く灯っていて、まるで星空のように綺麗だ。
しかし、その景色ももうすぐ消えてなくなるだろう。
「……こんなに鬱陶しいほど綺麗な夜景が、これから血の海に染まるんだよな────くくくっ」
ガーゼットは心の底からの笑顔を浮かべる。その表情は狂気そのもの。だが、同時にとても楽しそうだ。
彼女は、この時を待ち侘びていた。
魔法少女として気の向くままに戦い、果てに生き残ることができたなら、自身の願う��自由��の境地に辿り着けることが保証されているのだから────。
猫を模したステッキを手に、おもむろに彼女はビルの屋上から飛び降りた。
ここは街の中でも最も高い、地上60階を超える超高層ビルだ。普通の人間であれば、まず死ぬことは避けられない。……そう、��普通の人間��ならば。
彼女はその高さに臆することもなく、平然とした様子で地面に着地する。その姿は真っ白いタキシードへと変わっており、地に着いたその足も先ほどと一変して銀色の輝きを帯びている。
「さぁて、始めようか。私達の��自由��を賭けた、殺し合いを────！」
彼女の声は狼煙となって、街の夜空にこだました。
「それじゃあ、今日も行ってくるね」
「またパトロール？霊歌はまだ子供なんだから、夜中に出歩くのは危ないわよ」
「大丈夫だって！いざとなったらこの拳でズガガガーンって悪者倒しちゃうんだから！！」
「あのねぇ……」
木戸霊歌────魔法少女コブラは、自身の姉、幽歌との会話を切り上げて家を出た。
季節は冬になりかけの時期。冷たい夜風が肌に触れて、思わず身を震わせる。
「寒ぅ……」
霊歌は自分の体を抱きしめるように腕を組んだ。
「姉さんったら過保護すぎ……でも」
彼女は自身のステッキを強く握りしめる。
「この力で、私は私のやりたいことをやるだけだよ」
その言葉と同時に、彼女の身体は光に包まれた。
光の収まった後に立っていたのは、骸骨を模したスーツを着て、腕に一丁の砲身を付けた────��正義の味方��の姿だった。
…
妹の霊歌を見送ったのち、木戸幽歌は自身の部屋で一人ため息をついた。
ふと、自身の腕に巻き付けられた腕時計を見つめる。
「私は、特別。私は、特別になるんだから────」
妄言のようにそう言葉を吐きながら、彼女────魔法少女ティックは、自身の腕時計型のステッキを握りしめた。
「…………」
無機質な病室の中で、可憐な顔を憂鬱そうに歪め俯く緋衣十四音。
小さい頃から重病を患っている彼女は、ずっと病院生活を送っている。そしてまだ幼いというのに、既に医者からも長くはないと言われている。だからこそ、何の楽しみもない病室に閉じ込められ続け、ただ死を待ち構えている今の状況は、彼女にとってとても辛いものだった。
「……わたしも、みんなみたいに外に出れたらな」
誰にも聞こえないその嘆きを、ぽつりと呟く。彼女の目線の先には、テーブルに置かれた一本の大きな刀状のステッキが一つ。
「………………」
何か意を決したように、彼女はそれに手を伸ばす。
瞬間、彼女の白かった肌は浅黒く染まり、小さかった身体は一気に背の高い大人びた女性へ────魔法少女トヨーネの姿へと変わっていった。
「……ふふっ、ふふふっ、あははははははっ！！！！」
自身の手元に集まった��魂��の数々を見て、軍服を着た魔法少女アシュラは恍惚そうな笑い声を上げる。彼女の左手には金色のステッキが握られており、右手に盛られた魂と共に禍々しい輝きを放っている。
そして彼女の周りに転がる、おびただしい数の死体。子供から大人まで様々な死体があるが、一貫してその手には歪な形のステッキが握られていた。皆、彼女に『魔法少女になれるよ』などと嘘を吹き込まれ、まんまと彼女の術中にはまって魂を奪われていった者たちである。
「さぁ…………次はどんなヤツを狙ってやりましょうか」
◇
「……ふぅ、ようやくレポートも終わりですね」
大学生の死川縫は、自身の作ったレポートをひとまとめにして鞄の中にしまった。机の上に置いてある時計を見ると、時刻は既に0時を過ぎていた。
「うわ、こんな時間ですか」
明日の講義は朝早いため、早く就寝しようと思った矢先、彼女の携帯電話が鳴った。自分の大学の後輩からである。すぐに通話ボタンを押し、通話への回線を開く。
「もしもし？どうしたの、こんな時間に────」
「先輩っ！！助けてください！！」
切羽詰まったその第一声に、死川は驚愕する。
「ちょ、どうしたの？一体何が……」
「い……妹が妙なステッキ持ってると思ったら急に変な姿になって暴れ始めて……！一体どうしたら」
妙なステッキ、変な姿。その言葉を聞いて、はっとして死川は切り返す。
「今すぐそっちに行く！」
そうして、一旦後輩との通話を切った。幸い、後輩の家は自身の家からあまり遠くない。ささっと外出できる最低限の準備をして、彼女は魔法少女パープルヘイズとして戦うため、自身の家を飛び出した。その手に、仰々しい形のステッキを握りしめながら。
「…………さて、もうじきか」
薄暗いラボの中。
幼い姿をしながら、どこか冷酷な声色でそう呟くのは、獅子羽礼こと魔法少女レイである。彼女の視線の先には、様々な機器が取り付けられている、ウサギの形を模した一本のステッキがあった。
「────笑いが少女共、手加減はできんからな」
これから戦うであろうまだ見ぬ敵の数々に対してそう呟き、彼女はステッキを手に取った。
◇
「ふふふふんふんふーん、ふんふーん、ふふふふんふんふーん……」
鼻歌を歌いながら自身のパソコンを弄っているのは、大学生の桐原花恋。
今彼女が取り組んでいるのは今日中に提出しなければならないレポート……のはずなのだが、彼女はそれを気にすることもなく凄まじい勢いでレポートを書き上げようとしていた。
……ふと彼女の目線が、立てかけられたステッキの側にある机上の一枚の写真に向く。そこに写っているのは、幼い頃の自身の姿と、その隣にいる一人の大人の男性。
「……おじさん、どこ行っちゃんたんだろうなぁ」
誰が聞くわけでもなく、彼女はぽつりとそう呟く。
彼女────魔法少女ドクタープリンセスは、込み上げてくる彼への不安と僅かな寂しさを胸の内へと仕舞った。
「それじゃあ今夜の配信はここまで！じゃーねみんなーっ！！」
スマホを自分の方に向け、夜だというのに溌剌とした声で全世界に向けて配信終わりの挨拶を発信しているのは、中学生の東宮遺である。
「だーっ、遺！！そうやって夜中に喧しく騒ぎ散らかすのはやめろと言っているだろう！！」
もちろん、親がそんな大きな声を聞き流すはずがなく、彼女の父親が凄まじい剣幕で彼女の部屋へと入ってくる。
「げっ、父上！……だってぇ……」
「だって、じゃない！！……いい加減そんな配信やめたらどうだ？」
────父親のその一言に、遺の身体は凍ったように動かなくなる。
「お前には優れた剣の才能がある。夜遅くまでそんな配信をするぐらいなら、剣の鍛錬をしていた方がよっぽど────」
「…………うるさい」
「……なんだって？」
「うるさいうるさいうるさいっ！！父上に私の考えなんてわかんないよ！！」
そう叫んで、遺は部屋から逃げるようにして走り去っていく。
「はぁ……はぁ……っ」
家の外まで出てきてしまった遺は、反射的に部屋から持ってきてしまった自分のステッキを見つめる。
「…………やっぱり、これしかないのかな」
────東宮遺は、魔法少女スタチューリーヴァーとなる覚悟をついに決めた。
「はぁ〜……っ、今日の分の仕事おーわりっ」
学生服の姿で欠伸をしながら伸びをする、未来はるかこと魔法少女ジーニアス。
溜まっていた探偵としての依頼を全て終わらせた彼女は、事務所を出て自宅への帰路へとついていた。
「早く帰って課題やって寝よ……どうせいつもみたいに簡単なヤツだろうし」
などと色々考えているうちに、彼女の住むアパートの前へ到着し、自室のある階の部屋へと向かうためにエレベーターに乗る。
エレベーターから出て自室の部屋に向かう途中、輝くような街の夜景が彼女の目に映った。
「相変わらず綺麗だなぁ……っ！？」
ずきんっ、と彼女の頭に痛みが走る。
────その瞬間、眼前の美しかった夜景は一気に赤く染まり、禍々しい炎に包まれた街へと一変した。
「…………！？！？」
ごしごしっ、と目を擦ってもう一度目の前を見る。だが、その眼は今度は問題なく美しい夜の街を映していた。
「…………気のせい、かな」
そう呟きながら、彼女は自分の手に握られた一本のステッキを見つめる。
……頼むからただの気のせいであってくれ、と思いながら、彼女は胸に不安を募らせた。
「はぁっ、つまらないなぁ」
パソコンの前に座り、よよよ、と胡散臭い泣き方をしながら嘆いているのは、カルミア・ハーレミン。そのパソコンの画面には、大暴落した株の様子が写っている。
「……でも、そろそろ動き始めないとね」
立ち上がり、壁に立てかけたステッキを持つ。
いつしかその涙は止まり、不敵な笑みへと変わっていた。
今、彼女の人生で最大のゲームが始まろうとしていることに、魔法少女トレーダーは深い愉悦を覚えていた。
◇
「………………」
寒空の下、巨大なビルの屋上で真っ白なステッキを持ちながら一人星を見続けている、雪城一枝────またの名を、魔法少女スノードロップ。
「────嗚呼、君よ」
彼女の脳裏に浮かぶ、一人の少女の姿。
荒んだ自分を救ってくれた、あの垢抜けた平穏な笑顔が、脳裏に焼き付いて消えない。
「……必ず、救い出してみせるから」
そう言って、恋する少女は戦場へと赴く。
────その身に余る、『神になる』などという大それた願いを引っ提げて。
「…………」
覚束ない足取りで真っ暗な路地裏を進む、魔法少女レガシーこと白草誠。
なぜここにいるかは分からない。まず自分が何者なのかも分からない。ただ一つ覚えているのは、『戦わなければ生き残れない』ということだけだった。
こつっ、と足元の石につまづく。力なく彼女が倒れる。
「うぅ……っ」
全身が激痛に蝕まれる。意識を手放してしまいそうな程の衝撃が彼女を襲う。
「………………」
ふと、手元に転がる自分のステッキが目に入る。黒い花弁を模したそれは、差し込んできた月明かりに照らされ、美しくも妖しい輝きを放っていた。
……それを見ていると、何故だか黒い感情が胸に渦巻いてくる気がした。妬ましい。妬ましい。心が満たされている奴らが、妬ましい。私はこんなにも抜け殻のような存在なのに。
増幅された嫉妬が彼女のエンジンに火をつけ、その身体を叩き起こした。再び彼女は歩いていく。どこに辿り着くかも自分では分からないけれど。それでも、進まなければならない。
自分を、取り戻すために。
◇
「あは────なんて、美しい」
眼下に縋る、理性を失った下僕の数々に、魔法少女イデアは恍惚そうな声を出す。その瞳は濁った色に染まっており、彼女の中に眠る狂気を滲み出しているようだった。
「さぁ、皆！イデアのために────英雄のために！存分に暴れてきてよねっ！！」
マイクの形をしたステッキを掲げ、イデアが号令をかける。正気もなく、獣たちが雄叫びを上げる。ただ英雄に従うべく、動き出す。
「あははははははははっ！！あはははははははははははっ！！！」
星の輝く空の下、少女の狂った笑い声だけがその場を支配していた。
「…………さぁ、まもなく始まりますよ」
どことも知れぬ暗闇の中、一人のサラリーマンが姿を表す。
誰に語るわけでもなく。誰に聞かせるでもなく。ただ淡々と言葉を紡ぐ。
────そう、これが。
「愚かな少女たちの、願いをかけた物語」
その、開戦の狼煙である。
Seesaa Wiki関連リンク
コメントをかく