後日談その3
最終更新：ID:ulTObWMuNw 2023年04月29日(土) 11:12:23履歴
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「ほっ、ほっ、ほっ……」
時刻は既に20時過ぎ。木戸霊歌はもうすっかり暗くなってしまった河川敷を一人ランニングしていた。
星と月の仄かな灯りとすぐ隣にある街のネオンが彼女を照らし、涼しさのある川風が頬を掠めていく。
「きもちーなー……今度姉さんも一緒に誘ってみようかな、このランニング」
そうは言ってももう夜中なので、さすがにこれ以上遅くなるわけにはいかない。
もうじき帰らないと姉さんが怒るしな、と思いつつ霊歌は踵を返して元来た道を引き返そうとした。
……街から轟音が響いてきたのは、その直後のことだった。
「……？なんだろ」
思わず足を止め、そちらを見る。
その瞬間、彼女のすぐ前方の視界に入ってきたのは、真っ白な鳥の姿。
……いや、鳥などという大きさではない。もっと大きな……人のような影だ。そんなナニカが、戦闘機にも劣らないようなスピードで真っ直ぐに突っ込んでこようとしている。
────こちらに目掛けて。
「……へ……！？」
あまりに唐突すぎる出来事に、回避行動を取る暇すら無かった。
白いナニカは眼前で急減速したかと思うと、突然霊歌の口を押さえた。
「！？むぐっ……むぐ……！！」
何が起こったのかも分からず、霊歌は白いナニカのなすがまま、抱きかかえられて即座にまた加速しようとする。
「むご……！たひゅけて……ねえさ────」
悲痛な叫びは誰にも届くことなく、夜風と共に消えていった。
＊＊＊
「────霊歌？」
帰宅したのちに夕飯の支度を終えた幽歌は、聞こえるはずのない妹の声を聞いた気がした。
「……お姉ちゃん？どうしたの？」
そう問いかけてくるのは、もう一人の姉の帰りを今か今かと待ち続けている、幽歌と霊歌の末の妹。
「いや、なんでも……」
幽歌は気を取り直して、再び霊歌の帰りを待とうとした……のだが。
────どうにも遅すぎる。
あの性格とはいえこんな時間だ。霊歌のことだからそこまで遠くにはランニングに行かないはずだし、私たちが待っていることを知っている上でここまで遅れるような彼女ではないことも知っている。
……胸騒ぎがする。
「……ちょっと、様子見てくる」
「え……それなら私も」
「大丈夫よ、そこまで私も長くは探さないし。それに霊歌のことだし、私が探してる間に帰ってくるかもしれないから」
……例の殺人鬼のこともあるし、と幽歌は心の中で付け加える。もうこれ以上、家族を危険な目には合わせたくない。
「だからここで、お留守番頼める？」
「……わかった」
末の妹はなんとか分かってくれたのか、渋々返事をした。
「いい子ね」と一言返して微笑むと、幽歌はささっと準備したのち、玄関に向かって駆け出した。机の隅に置いてあった、獅子羽の渡してくれたデバイスを片手に。
────無事でいてよね、霊歌。
そんな願いと抑えきれない不安を、胸の内に仕舞いながら。
＊＊＊
ぷるるるるるる。ぷるるるるるる。
夜の住宅街を駆けて霊歌を探していた中、幽歌の携帯が鳴る。
画面に表示されているのは、『未来はるか』の文字。
すかさず応答ボタンを押し、耳に当てる。
『もしもし！幽歌！？』
相当全力で走っているのか、聞こえてきた探偵の息は少し荒くなっていた。
「はるか、どうしたの？こっちもちょっとだいぶ忙しい状況なんだけど────」
『例の��魔法少女��が出た！！ついでに正体も分かった！！』
────魔法少女が出た。その言葉を聞いて、幽歌は自分の胸がきゅっと絞まるのを感じた。
……最悪の事態だ。まさか霊歌もそいつに────。
いや、あの子に限ってそんなことはない。きっと大丈夫なはず。大丈夫、大丈夫。
自分に言い聞かせるようにそう呟くと、幽歌は再び電話の向こうにいるはるかの声を聞いた。
『あいつが向かった方向は……───』
＊＊＊
木戸霊歌は、半ば意識を失いかけていた。
白いナニカに突然拐われ、未だ自分の脳内の状況整理が追いついていない。その上この白いナニカが出す超スピードのせいで、気張っていないとすぐに意識を持っていかれそうになる。───一体何者なんだ、コイツは。
『─────』
「……ッ！」
白いナニカが何かを言った。だが、聞き取れない。何を言っているのか分からない。
「お前は何者なのか」と問おうにも、口を塞がれていて声を出すこともままならない。
『─────』
再び白いナニカが何かを喋った。だがやはり、何も聞こえない。
そして次の瞬間、急ブレーキをかけるように白いナニカの速度が落ちる。押さえつけられていた手が離れ、霊歌の口はようやく解放される。
「ぷはっ！！」
肺の中にあった空気を全て吐き出す。はぁ、はぁ、と浅く息を吸って、吐いて。……少し落ち着きを取り戻したところで、自分を抱きかかえているナニカの顔を見ようとした。そいつの目は血走り、大きく見開かれて前方を真っ直ぐ見つめている。その表情に、言いようのない不安感と恐怖を感じる。そしておそるおそる、霊歌は視線の先を見る。
────そこにいたのは、見慣れた顔の、大事な自分の姉。
「────霊歌っ！！」
「姉さん……！」
姉さんが私を助けに来てくれたのだと、霊歌は安堵して緊張の糸が切れたかのように大粒の涙を浮かべる。
……だが、冷静に考えてみれば。今まさに霊歌を拐っているのは、人智を超えた身体能力を持つ人の形をしたナニカである。人が戦って敵う相手でない、と直感する。それはさながら、あの時の��魔法少女��のように。
「────ダメ……姉さん、早く逃げて！！」
……このままいけば、姉さんが死ぬ。
＊＊＊
白いローブの女が、妹を抱えて眼前に立っている。
そんな状況に、思考が追いつかない。何故？どうして霊歌が拐われている？
……いや、そんなことは今はいい。
今一番すべきなのは。
「────何してんのよ」
腑から湧き上がる憤怒を隠すことなく、幽歌はローブの女にそう言い放った。
『…………』
ローブの女は何も言わない。ただただ、狂気に満ちた目でこちらを見つめるばかりだ。
……恐怖はある。本当だったら今すぐにでも逃げ出しているところだろう────目の前で拐われて泣いているのが、自分の妹ではなかったら。
懐から、ベルトのバックルのようなものを取り出す。
それを腰に当てると、自動的に腰へと巻き付き、固定された。
「私の、妹を」
それは一匹の獣の遠吠えのように。一人の少女の慟哭のように。
彼女は────────叫ぶ。
「────返せぇっ！！！！」
辺りに突風が巻き起こる。
幽歌の周囲から出た無数の黒い手が、彼女の身体を包んでいく。射干玉の闇を体現したようなそれは、彼女の全身に纏わりつき、やがて一反の着物のような形へと変わっていく────。
「……ねえ、さん？」
ドス黒い風が止んだのち、霊歌が見たのは、��あの頃��の自分の姉の姿。
否────科学によってそうであるかのように再現された、『魔法少女ティック』の姿そのものだった。
「────あんただけは、許さない」
────活動限界時間、残り300秒。
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「ほっ、ほっ、ほっ……」
時刻は既に20時過ぎ。木戸霊歌はもうすっかり暗くなってしまった河川敷を一人ランニングしていた。
星と月の仄かな灯りとすぐ隣にある街のネオンが彼女を照らし、涼しさのある川風が頬を掠めていく。
「きもちーなー……今度姉さんも一緒に誘ってみようかな、このランニング」
そうは言ってももう夜中なので、さすがにこれ以上遅くなるわけにはいかない。
もうじき帰らないと姉さんが怒るしな、と思いつつ霊歌は踵を返して元来た道を引き返そうとした。
……街から轟音が響いてきたのは、その直後のことだった。
「……？なんだろ」
思わず足を止め、そちらを見る。
その瞬間、彼女のすぐ前方の視界に入ってきたのは、真っ白な鳥の姿。
……いや、鳥などという大きさではない。もっと大きな……人のような影だ。そんなナニカが、戦闘機にも劣らないようなスピードで真っ直ぐに突っ込んでこようとしている。
────こちらに目掛けて。
「……へ……！？」
あまりに唐突すぎる出来事に、回避行動を取る暇すら無かった。
白いナニカは眼前で急減速したかと思うと、突然霊歌の口を押さえた。
「！？むぐっ……むぐ……！！」
何が起こったのかも分からず、霊歌は白いナニカのなすがまま、抱きかかえられて即座にまた加速しようとする。
「むご……！たひゅけて……ねえさ────」
悲痛な叫びは誰にも届くことなく、夜風と共に消えていった。
＊＊＊
「────霊歌？」
帰宅したのちに夕飯の支度を終えた幽歌は、聞こえるはずのない妹の声を聞いた気がした。
「……お姉ちゃん？どうしたの？」
そう問いかけてくるのは、もう一人の姉の帰りを今か今かと待ち続けている、幽歌と霊歌の末の妹。
「いや、なんでも……」
幽歌は気を取り直して、再び霊歌の帰りを待とうとした……のだが。
────どうにも遅すぎる。
あの性格とはいえこんな時間だ。霊歌のことだからそこまで遠くにはランニングに行かないはずだし、私たちが待っていることを知っている上でここまで遅れるような彼女ではないことも知っている。
……胸騒ぎがする。
「……ちょっと、様子見てくる」
「え……それなら私も」
「大丈夫よ、そこまで私も長くは探さないし。それに霊歌のことだし、私が探してる間に帰ってくるかもしれないから」
……例の殺人鬼のこともあるし、と幽歌は心の中で付け加える。もうこれ以上、家族を危険な目には合わせたくない。
「だからここで、お留守番頼める？」
「……わかった」
末の妹はなんとか分かってくれたのか、渋々返事をした。
「いい子ね」と一言返して微笑むと、幽歌はささっと準備したのち、玄関に向かって駆け出した。机の隅に置いてあった、獅子羽の渡してくれたデバイスを片手に。
────無事でいてよね、霊歌。
そんな願いと抑えきれない不安を、胸の内に仕舞いながら。
＊＊＊
ぷるるるるるる。ぷるるるるるる。
夜の住宅街を駆けて霊歌を探していた中、幽歌の携帯が鳴る。
画面に表示されているのは、『未来はるか』の文字。
すかさず応答ボタンを押し、耳に当てる。
『もしもし！幽歌！？』
相当全力で走っているのか、聞こえてきた探偵の息は少し荒くなっていた。
「はるか、どうしたの？こっちもちょっとだいぶ忙しい状況なんだけど────」
『例の��魔法少女��が出た！！ついでに正体も分かった！！』
────魔法少女が出た。その言葉を聞いて、幽歌は自分の胸がきゅっと絞まるのを感じた。
……最悪の事態だ。まさか霊歌もそいつに────。
いや、あの子に限ってそんなことはない。きっと大丈夫なはず。大丈夫、大丈夫。
自分に言い聞かせるようにそう呟くと、幽歌は再び電話の向こうにいるはるかの声を聞いた。
『あいつが向かった方向は……───』
＊＊＊
木戸霊歌は、半ば意識を失いかけていた。
白いナニカに突然拐われ、未だ自分の脳内の状況整理が追いついていない。その上この白いナニカが出す超スピードのせいで、気張っていないとすぐに意識を持っていかれそうになる。───一体何者なんだ、コイツは。
『─────』
「……ッ！」
白いナニカが何かを言った。だが、聞き取れない。何を言っているのか分からない。
「お前は何者なのか」と問おうにも、口を塞がれていて声を出すこともままならない。
『─────』
再び白いナニカが何かを喋った。だがやはり、何も聞こえない。
そして次の瞬間、急ブレーキをかけるように白いナニカの速度が落ちる。押さえつけられていた手が離れ、霊歌の口はようやく解放される。
「ぷはっ！！」
肺の中にあった空気を全て吐き出す。はぁ、はぁ、と浅く息を吸って、吐いて。……少し落ち着きを取り戻したところで、自分を抱きかかえているナニカの顔を見ようとした。そいつの目は血走り、大きく見開かれて前方を真っ直ぐ見つめている。その表情に、言いようのない不安感と恐怖を感じる。そしておそるおそる、霊歌は視線の先を見る。
────そこにいたのは、見慣れた顔の、大事な自分の姉。
「────霊歌っ！！」
「姉さん……！」
姉さんが私を助けに来てくれたのだと、霊歌は安堵して緊張の糸が切れたかのように大粒の涙を浮かべる。
……だが、冷静に考えてみれば。今まさに霊歌を拐っているのは、人智を超えた身体能力を持つ人の形をしたナニカである。人が戦って敵う相手でない、と直感する。それはさながら、あの時の��魔法少女��のように。
「────ダメ……姉さん、早く逃げて！！」
……このままいけば、姉さんが死ぬ。
＊＊＊
白いローブの女が、妹を抱えて眼前に立っている。
そんな状況に、思考が追いつかない。何故？どうして霊歌が拐われている？
……いや、そんなことは今はいい。
今一番すべきなのは。
「────何してんのよ」
腑から湧き上がる憤怒を隠すことなく、幽歌はローブの女にそう言い放った。
『…………』
ローブの女は何も言わない。ただただ、狂気に満ちた目でこちらを見つめるばかりだ。
……恐怖はある。本当だったら今すぐにでも逃げ出しているところだろう────目の前で拐われて泣いているのが、自分の妹ではなかったら。
懐から、ベルトのバックルのようなものを取り出す。
それを腰に当てると、自動的に腰へと巻き付き、固定された。
「私の、妹を」
それは一匹の獣の遠吠えのように。一人の少女の慟哭のように。
彼女は────────叫ぶ。
「────返せぇっ！！！！」
辺りに突風が巻き起こる。
幽歌の周囲から出た無数の黒い手が、彼女の身体を包んでいく。射干玉の闇を体現したようなそれは、彼女の全身に纏わりつき、やがて一反の着物のような形へと変わっていく────。
「……ねえ、さん？」
ドス黒い風が止んだのち、霊歌が見たのは、��あの頃��の自分の姉の姿。
否────科学によってそうであるかのように再現された、『魔法少女ティック』の姿そのものだった。
「────あんただけは、許さない」
────活動限界時間、残り300秒。
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