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最終更新：ID:ulTObWMuNw 2023年04月15日(土) 01:03:37履歴
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抗った。
────抗った。
ただひたすらに、生きるために。いつものように、運命というものを一笑に付すために。何度も何度も何度も何度も。
だが、それでも眼前に広がっているのは、どす黒く塗りつぶされた世界だけ。この眼はついに、未来(さき)も希望(ひかり)も映さなくなった。抗う力も正気も、私にはもう残っていなかった。
数日前のある夜。私は街である女の子と出会った。どこにでもいるような普通の女の子だ。ちょっと暗いけど、笑顔が花のように綺麗で。
ひょんなことから仲良くなって、お互いが魔法少女だと知った。それから彼女と同盟を組んで、いろんな敵と戦った。
だが、時々なんだか不思議な目で見られている気がした。どこか哀しさを感じるような、怒りを感じるような。それが嫉妬の眼だと気が付いたのは、昨日の夜のことだった。
彼女が私の願いは何かとしきりに聞いてくるので、包み隠さず『普通の女の子になりたい』と伝えた。
────かちり、と音がしたような気がした。
私はこの音を知っている。人の中で何かが��切り替わる��時の音だ。怒りとか、哀しみとか、驚きとかが溢れて、止まらなくなる合図の音。
彼女の眼は見開かれていた。この眼は怒りとかそんな緩いものではない。嫉妬。そしてはち切れんばかりの憎悪。そんな眼が、私に向けられていた。
直感的に死を悟った。
彼女から伸びた無数のどす黒い嫉妬の手が、一斉に私を握り潰そうとする。未来を視ている暇もなかった。
私はほぼ反射的に自分の魔法を行使し、なんとかその場から逃げおおせた。逃る時、背後で彼女の慟哭が聞こえたような気がしたが、それでも振り返らずにひたすら走った。
きっと、彼女は普通であることが嫌だったのだろう。何も持っていない自分が嫌いだったのだろう。
申し訳ないことを言った、と思ってももう遅い。何日もどれだけ遠くまで逃げても彼女は追ってきた。おそらく、地獄の底だろうが彼女は追いかけてくるつもりなのだろう。そのたびに死にかけながらも意地でも何とか生き延びようと逃げ続けたが、ついに限界がやってきた。
肝心の未来視はと言えば、あの夜から使い物にならなくなっていた。何を視ようとしても、何も視せてくれない。ただ視界には彼女の嫉妬のごとく、自分の絶望のごとく、光のない世界が広がっている。諦めろ、もう未来はないんだよ、と神にでも言われている気分だった。
私は逃げ疲れて、ビルの屋上で一人うずくまっていた。
風は何も言わず黙っているが、夕陽は容赦なく私の肌を突き刺す。
ばんっ、と大きな音がして、屋上の扉が勢いよく開いた。
ボロ布で作ったような和服を着た女が、真っ黒な空気と共に屋上へと入ってくる。
「……見つけた」
容姿からは想像がつかないほど低い、地の底から響くような声が私の耳に届いてくる。
木戸幽歌。特別に憧れた、平凡だったはずの女の子。
「……もういいよ、さっさと殺せば」
その姿を一瞥すらせず、私はどうでもいいようにそう言い放った。
未来視を何回もしたからだろうか。いや、何も見えなかったことへの絶望からかも。それか……信頼していたはずの友人に殺されかけていることに耐えられなくなったのか。私は既に自分の命を諦めて、半ば自暴自棄になってしまっていた。
「やけに素直なのね。いいわ、あんたが望むならすぐにでも」
影がゆっくりと近づいてくる。死の足音がすぐそこまで迫っている。泣き叫んで慄く体力すらも、もう私には残されていなかった。
「────ひとつだけ、最期に聞かせて」
彼女は私の目の前までくると、私を見下ろして言った。
「どうして、普通なんかになりたいの」
憤怒の篭った声が、私に向かって投げつけられる。
「どうして……って」
「どうして特別なのが嫌なの？どうして普通の人間、だなんて醜いものになりたがるの？普通でしかない人間のことを考えたことある！？いつも周りの才能や個性に嫉妬して憎悪したくない人間にすら憎悪や妬みを感じてしまう人がいることを知らないからそうやった馬鹿げたことを言えるんでしょ！？」
……何も言い返せなかった。
思い返せば、確かに私は自分の願いばかり考えていて、他の人の気持ちなど全く考えていなかったのかもしれない。自分の愚かさを突かれた気がして、この場所から消えてしまいたくなる。
……でも、感じたのは惨めさだけではなかった。
違う……違う。
彼女の言うことは半分合っているが。合っているのだが────。
「あんたみたいな人がいるから、私達はいつも苦しむことになる……！あんたみたいに特別な人間が───全てに恵まれて生まれてきた人間が、私みたいになりたいなんて言わないでよ！！」
────かちり、と私の中で音がした。
恵まれた人間？
私が、恵まれた人間だって？
私だって、望んでこの力を持っているわけじゃないのに。
望んで心を削ってまで、未来を視ている訳ではないのに────。
「…………ざけないで」
「……は？」
「ふざけないでよ！！」
思考がまとまる前に、私は反射的に立ち上がって叫んでいた。
「何も知らないのは貴方の方でしょ！？未来を視れてしまうことがどれだけ苦しいことかわからないくせに…！常に眼前に絶望を突きつけられることがどれだけ残酷なことか知らないくせに！！人とは何もかもが違うことがどれほど辛いことか知らないくせに！！」
吼える。一心に吼える。
肺の底に溜まっていた真っ黒な泥を吐き出すが如く、ただひたすらに吠え散らした。
「私は生まれた時からこの力を持ってた……でも別に望んで手に入れた力じゃない。寧ろこんな物騒な力なんていらないとさえ思ってる。それを特別だなんて、恵まれてるなんて言わないで！！」
自分がとっくに正気じゃないことなんてもう分かってる。それでも私は叫ばずにはいられなかった。
あの夜からずっと心に突き刺さっていた無数の棘が、ゆっくりと、一本ずつ抜けていっている気がした。
「見える未来はいつだって悪いものばかり…！その上何かを見るたびに自分の正気がどんどん削がれていくのがわかる…！それでも私の力を知った人はみんな、私の辛さも知らずに期待も責任も何もかも押し付けて────こんなふざけた力、捨てられるなら今すぐ捨ててしまいたいよっ！！！」
はぁ、はぁ……と息を切らす。
いつの間にか目頭が熱くなっているのを感じた。これほど自分の気持ちを叫んで吐き出したのはいつぶりだろうか。
「…………」
気がつけば、彼女の表情からは憎悪の色は消えていた。
代わりにそこにあったのは、困惑と驚き。
……互いに、どれくらいの時間無言でいただろうか。
気がつけば夕陽は半分以上沈み、今にも地上に暗闇をもたらさんとしていた。
「……」
徐に、幽歌が私に一歩近付いた。
……ああ、結局私はここで殺されるんだろう。
でも、最期に全てを曝け出せた。
これで、悔いはなくなった。
近付いてくる死を迎え入れようと、私はゆっくりと目を閉じた。
……しかし、数秒後に私を包んだのは、優しく包み込まれるような温かい感触だった。
「……へ」
驚いて、思わず泣き腫らした目を開く。
────幽歌が、私の身体を抱きしめていた。それも、嫉妬の篭った黒い腕でなく、自分自身の腕で。
「……ごめんなさい」
地の底から響いていた声は、いつしか��平凡な��少女の泣き声になっていた。
「ごめんなさい……私、何もわかってなくて……それなのに貴方を殺そうと……ごめんなさい……」
……ずきん。
その言葉が届くと共に、頭に電流を流されたような痛みが走る。
そして私の視界に一瞬だけ、一つの景色が浮かび上がった。
二人の女の子が、一緒に並んで歩いている。一人は溌剌とした笑顔を浮かべ、もう一人はそんな一方の顔を呆れ顔で見ながらも、どこか楽しそうに微笑んでいる。
「……あ…」
────視えた。
暗闇しかなかった世界に、一つの光が差し込んだ。
「う…ああ……あああああ……」
その光景に。その平凡な、人間らしい温かさに。溜まっていた目の水が一気に溢れ出す。
夕陽が沈む。夜が二人を包み込んでいく。
それでも夕焼けの希望(ひかり)は未来(さき)を示すように、最後まで彼女たちを照らしていた。
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抗った。
────抗った。
ただひたすらに、生きるために。いつものように、運命というものを一笑に付すために。何度も何度も何度も何度も。
だが、それでも眼前に広がっているのは、どす黒く塗りつぶされた世界だけ。この眼はついに、未来(さき)も希望(ひかり)も映さなくなった。抗う力も正気も、私にはもう残っていなかった。
数日前のある夜。私は街である女の子と出会った。どこにでもいるような普通の女の子だ。ちょっと暗いけど、笑顔が花のように綺麗で。
ひょんなことから仲良くなって、お互いが魔法少女だと知った。それから彼女と同盟を組んで、いろんな敵と戦った。
だが、時々なんだか不思議な目で見られている気がした。どこか哀しさを感じるような、怒りを感じるような。それが嫉妬の眼だと気が付いたのは、昨日の夜のことだった。
彼女が私の願いは何かとしきりに聞いてくるので、包み隠さず『普通の女の子になりたい』と伝えた。
────かちり、と音がしたような気がした。
私はこの音を知っている。人の中で何かが��切り替わる��時の音だ。怒りとか、哀しみとか、驚きとかが溢れて、止まらなくなる合図の音。
彼女の眼は見開かれていた。この眼は怒りとかそんな緩いものではない。嫉妬。そしてはち切れんばかりの憎悪。そんな眼が、私に向けられていた。
直感的に死を悟った。
彼女から伸びた無数のどす黒い嫉妬の手が、一斉に私を握り潰そうとする。未来を視ている暇もなかった。
私はほぼ反射的に自分の魔法を行使し、なんとかその場から逃げおおせた。逃る時、背後で彼女の慟哭が聞こえたような気がしたが、それでも振り返らずにひたすら走った。
きっと、彼女は普通であることが嫌だったのだろう。何も持っていない自分が嫌いだったのだろう。
申し訳ないことを言った、と思ってももう遅い。何日もどれだけ遠くまで逃げても彼女は追ってきた。おそらく、地獄の底だろうが彼女は追いかけてくるつもりなのだろう。そのたびに死にかけながらも意地でも何とか生き延びようと逃げ続けたが、ついに限界がやってきた。
肝心の未来視はと言えば、あの夜から使い物にならなくなっていた。何を視ようとしても、何も視せてくれない。ただ視界には彼女の嫉妬のごとく、自分の絶望のごとく、光のない世界が広がっている。諦めろ、もう未来はないんだよ、と神にでも言われている気分だった。
私は逃げ疲れて、ビルの屋上で一人うずくまっていた。
風は何も言わず黙っているが、夕陽は容赦なく私の肌を突き刺す。
ばんっ、と大きな音がして、屋上の扉が勢いよく開いた。
ボロ布で作ったような和服を着た女が、真っ黒な空気と共に屋上へと入ってくる。
「……見つけた」
容姿からは想像がつかないほど低い、地の底から響くような声が私の耳に届いてくる。
木戸幽歌。特別に憧れた、平凡だったはずの女の子。
「……もういいよ、さっさと殺せば」
その姿を一瞥すらせず、私はどうでもいいようにそう言い放った。
未来視を何回もしたからだろうか。いや、何も見えなかったことへの絶望からかも。それか……信頼していたはずの友人に殺されかけていることに耐えられなくなったのか。私は既に自分の命を諦めて、半ば自暴自棄になってしまっていた。
「やけに素直なのね。いいわ、あんたが望むならすぐにでも」
影がゆっくりと近づいてくる。死の足音がすぐそこまで迫っている。泣き叫んで慄く体力すらも、もう私には残されていなかった。
「────ひとつだけ、最期に聞かせて」
彼女は私の目の前までくると、私を見下ろして言った。
「どうして、普通なんかになりたいの」
憤怒の篭った声が、私に向かって投げつけられる。
「どうして……って」
「どうして特別なのが嫌なの？どうして普通の人間、だなんて醜いものになりたがるの？普通でしかない人間のことを考えたことある！？いつも周りの才能や個性に嫉妬して憎悪したくない人間にすら憎悪や妬みを感じてしまう人がいることを知らないからそうやった馬鹿げたことを言えるんでしょ！？」
……何も言い返せなかった。
思い返せば、確かに私は自分の願いばかり考えていて、他の人の気持ちなど全く考えていなかったのかもしれない。自分の愚かさを突かれた気がして、この場所から消えてしまいたくなる。
……でも、感じたのは惨めさだけではなかった。
違う……違う。
彼女の言うことは半分合っているが。合っているのだが────。
「あんたみたいな人がいるから、私達はいつも苦しむことになる……！あんたみたいに特別な人間が───全てに恵まれて生まれてきた人間が、私みたいになりたいなんて言わないでよ！！」
────かちり、と私の中で音がした。
恵まれた人間？
私が、恵まれた人間だって？
私だって、望んでこの力を持っているわけじゃないのに。
望んで心を削ってまで、未来を視ている訳ではないのに────。
「…………ざけないで」
「……は？」
「ふざけないでよ！！」
思考がまとまる前に、私は反射的に立ち上がって叫んでいた。
「何も知らないのは貴方の方でしょ！？未来を視れてしまうことがどれだけ苦しいことかわからないくせに…！常に眼前に絶望を突きつけられることがどれだけ残酷なことか知らないくせに！！人とは何もかもが違うことがどれほど辛いことか知らないくせに！！」
吼える。一心に吼える。
肺の底に溜まっていた真っ黒な泥を吐き出すが如く、ただひたすらに吠え散らした。
「私は生まれた時からこの力を持ってた……でも別に望んで手に入れた力じゃない。寧ろこんな物騒な力なんていらないとさえ思ってる。それを特別だなんて、恵まれてるなんて言わないで！！」
自分がとっくに正気じゃないことなんてもう分かってる。それでも私は叫ばずにはいられなかった。
あの夜からずっと心に突き刺さっていた無数の棘が、ゆっくりと、一本ずつ抜けていっている気がした。
「見える未来はいつだって悪いものばかり…！その上何かを見るたびに自分の正気がどんどん削がれていくのがわかる…！それでも私の力を知った人はみんな、私の辛さも知らずに期待も責任も何もかも押し付けて────こんなふざけた力、捨てられるなら今すぐ捨ててしまいたいよっ！！！」
はぁ、はぁ……と息を切らす。
いつの間にか目頭が熱くなっているのを感じた。これほど自分の気持ちを叫んで吐き出したのはいつぶりだろうか。
「…………」
気がつけば、彼女の表情からは憎悪の色は消えていた。
代わりにそこにあったのは、困惑と驚き。
……互いに、どれくらいの時間無言でいただろうか。
気がつけば夕陽は半分以上沈み、今にも地上に暗闇をもたらさんとしていた。
「……」
徐に、幽歌が私に一歩近付いた。
……ああ、結局私はここで殺されるんだろう。
でも、最期に全てを曝け出せた。
これで、悔いはなくなった。
近付いてくる死を迎え入れようと、私はゆっくりと目を閉じた。
……しかし、数秒後に私を包んだのは、優しく包み込まれるような温かい感触だった。
「……へ」
驚いて、思わず泣き腫らした目を開く。
────幽歌が、私の身体を抱きしめていた。それも、嫉妬の篭った黒い腕でなく、自分自身の腕で。
「……ごめんなさい」
地の底から響いていた声は、いつしか��平凡な��少女の泣き声になっていた。
「ごめんなさい……私、何もわかってなくて……それなのに貴方を殺そうと……ごめんなさい……」
……ずきん。
その言葉が届くと共に、頭に電流を流されたような痛みが走る。
そして私の視界に一瞬だけ、一つの景色が浮かび上がった。
二人の女の子が、一緒に並んで歩いている。一人は溌剌とした笑顔を浮かべ、もう一人はそんな一方の顔を呆れ顔で見ながらも、どこか楽しそうに微笑んでいる。
「……あ…」
────視えた。
暗闇しかなかった世界に、一つの光が差し込んだ。
「う…ああ……あああああ……」
その光景に。その平凡な、人間らしい温かさに。溜まっていた目の水が一気に溢れ出す。
夕陽が沈む。夜が二人を包み込んでいく。
それでも夕焼けの希望(ひかり)は未来(さき)を示すように、最後まで彼女たちを照らしていた。
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