第一話

その一

寄る辺なきこの幻想の世界に流れ着いて、どれくらいになるか。
しばらく放浪した末にようやく一件の空き家を見つけ、そこに落ち着いた。
何度も死ぬかと思ったが、死ぬ気になれば――というやつだろう。
飢えと渇きと疲労とで、本当に死にそうになって、ようやく理解したのだ。
僕は、まだ死にたくないのだと。
「そうよねえ。生きていてこそ浮かぶ瀬もあれ、って言うものねえ」
したり顔をしながら、彼女は何やら達観したようなことを言う。
「誰だって不幸に死ぬより、幸せに生きたいものねえ。はい、お茶よ♪」
そう言って、ここの先住民を自称する、白い服の幽霊は微笑んだ。



彼女の笑顔を見ていると、不思議と胸が温まる。
この心持ちを幸せと呼ぶのなら、きっと彼女は誰も彼も幸せにするのだ。
何の根拠もないままそう確信して、僕はありがたくお茶を頂いた。

その二

――鼻先をかすめる馥郁たる香りに、思わず飛び起きる。
「あ、おはよう。……もう夜だから、おそよう、かしらね?」
板の間で大の字のまま寝ていたらしい。いや、気絶していたのかもしれない。
長らくの放浪から解放された上、風呂にまで入れたのだから当然か。
「ちょうどよかったわ。夕飯、あなたの分も作ったのよ」
そう言われて、ようやく腹の虫が自己主張を始めた。
「あら、情熱的な重低音♪」
ころころと笑う彼女に何度も礼を言いながら、一緒にちゃぶ台に就く。
「それじゃ、いただきまーす」
シンプルな焼き魚だが、実に美味い。僅かな塩味が魚の風味を引き立てる。
「えへへ……お料理にはね、ちょっと自信があるのよ」
さくさくと小骨を取り分ける。箸使いもえらく慣れたものだ。
「手のかかる妹がいたからね。……はい、あーん♪」
ちゃぶ台の向こうから、真っ白な手が、すう、と音もなく伸びてきた。

その三

「それじゃあ、そろそろ休みましょうか」
何時の間にか布団を敷いている。彼女は霊でありながら、布団で寝るらしい。
「寝なくても平気だけど、生前の習慣って抜けないのよねえ」
くすくすと笑いながら、するすると白い服を脱いでいく。下着姿だ。
慌てて目を逸らすが、逃げ場はない。ここに布団はひと組しかないのだ。
「大丈夫よ、取り殺したりしないから……ねっ?」
ぱちん、と髪留めを外す音がして、ふわりと淡い色の髪が流れ落ちる。
緩やかなウエーブのかかった彼女の髪からは、えも言われぬ甘い香りがした。
「はい、いい子ね。疲れたでしょう? 独りで、心細かったでしょう……?」
観念して布団に入ると、真綿で包むように、優しく抱き締められる。
柔らかくて、ほのかに温かい。霊体だなんて信じられない。
「落ち着くまで、こうしていてあげる……」
……奇妙な話だとは思うが、彼女の巨乳の向こうから、確かに鼓動を感じる。
その鼓動に安らぎながら、僕は無意識に彼女を抱き返していた。

その四

「……男の人の腕って、がっしりしてるのね」
どれくらいそうしていただろう。彼女は小さく、そう呟いた。
「太くて、逞しくて、力強くて……とっても安心するわ」
たぶん、わざとではないのだろうが、彼女の言葉はいちいち煽情的だった。
「ねえ……わたしの腕の中は、どんな感じがするのかしら?」
ひやりとして、それでいてほんのり温かく、すべすべで、柔らかい。
あえてひと言で言うのであれば、たいへん落ち着く、というところか。
「ふふっ、お互いの腕のおかげで、わたしたち安心同士ね」
その言葉に思わず苦笑すると、そっと頭を撫でられて。
「ねえ……もっと安心、したくない?」
耳元に口を寄せたのだろう。囁きとともに、耳元がぞくぞくとそそけ立つ。
「わたしは……もっと、したいな」
……わざとではない。そうに違いない。そんなことはわかっている。
わかってはいるが、股間の膨張は、もはや止めようがなかった。

その五

「ちゅる、くちゅ……ぷはっ。……自己紹介、まだだったわね」
互いの舌先から垂れる銀糸がぷつりと切れるのを見送って、それから
「わたしはメルラン。メルラン・プリズムリバーよ」
えらく淡い色の髪をしていると思ったが、やはり外国人だったか。
僕も手短に名前だけを名乗ると、我慢できずにまた唇を重ねる。
「んー……くちゅ、ぬるっ……ちゅる、にゅる、ちゅるる……」
柔らかくて生温い舌と舌が絡み合う。吸い付き合う。口の中がとろけ合う。
キスがこれほど気持ちいいものだなんて知らなかった。
「あん♪ ふふ、おっきな手……」
キスだけで絶頂してしまいそうだったので、思わず彼女の胸に触れる。
……大きい。大の男の掌に収まり切らないのだから、結構な巨乳だろう。
「ふあぁ……んっ……それ……その優しい手つき、好きぃ……」
ふかふかでもちもちのおっぱいを、指先で舐めるように撫で回す。
その感触に夢中になっていると、不意に怒張を握り締められた。

その六

「うふふ……おちんちん、せつなそう……」
じれったい動きで、しなやかな指先が亀頭を揉みしだく。
自分ではまず触れることのないそこは、すでに先走りでびしょ濡れだった。
「ぬるぬるの、びしょびしょ……わたしとおんなじね……」
手を取られ、指先を導かれる。
乳房よりも柔らかく、ぷりぷりとした感触が、全方位から吸い付いてくる。
中はしとどに濡れそぼって、霊体とは思えないほどに熱かった。
「ねえ、指……動かして……ん、はぁぁ……その調子よ……あんっ!」
感じる部分に触れたのか、真っ白な背中がびくりとのけぞる。
「そこ、こんこんって当たるところ……もっと突いて……あ、あああっ!」
両手で亀頭と剛直を同時に、手加減無用で握り締められる。
ここまで先端をぬるぬると弄ばれていた僕に、それが耐えられるわけもなく。
「ひあっ! あ、はぁ……熱いの、いっぱい……おなか、気持ちいい……」
幾度も下腹部に噴きつけられる白濁に、メルランはただ恍惚と笑っていた。

第二話

その一

朝が来たところで、改めて家の内外を調べてみる。
少しばかり傷んでいるが、問題になるほど朽ちてはいないようだ。
それよりも驚くべきなのは、この家の建築様式だろう。
僕も専門ではないが、見る限り昭和中期から後期くらいに建てられたものか。
生きているものはひとつもないが、一応、ガスも水道も電灯も完備だった。
「使い方、わかるの?」
先導していたメルランが、振り返りざま訪ねてくる。
使い方はわかるが、使うための資源や設備が足りない――僕はそう答えた。
「そうなの? それじゃあ、生身で暮らしていくには不十分かしらね」
メルランが言うには、ここから人里までは歩きで半日ほどらしい。
不便ここに極まれりといったところだろうが、僕にはさほど文句はない。
今なら、生きていくためなら大抵のことはできそうな気がするからだ。
「それじゃあ、生きていくために、早速ご飯の用意をしましょうか♪」
陽も高くなったので、僕は素直にメルランの意見に頷いた。

その二

次に僕らがやってきたのは、家のすぐ裏手にある河原だった。
ひと抱えほどもある石と、身の丈ほどの岩がごろごろしている石川原だ。
「この清流の先にはね、おっきな湖があるのよ」
そんなことを言いながら、メルランはどこからか楽器を取り出す。
トランペット――かと思ったが、少しばかり小さいようだ。
「ラッパよ。あの家の子供部屋で見つけたの」
確かに本格的なものではない。子ども向けの玩具に違いないだろう。
「……と思うでしょ?」
にこにこしながら不思議なことをのたまうと、彼女は小さな砂利を拾い上げ
「違うのよねえ、それが」
おもむろに僕の両耳に詰め込んだ。
――音のない世界で、それを外すなと身振りするメルラン。
そして彼女はおもむろに川に近づいて、ラッパをひと吹きした、刹那。
岩が砕け散り、川面は弾け飛び、やがて高々と舞った魚が落ちてきたのだ。

その三

「いやあ、やっぱり川のお魚は焼くに限るわねえ」
まさか川原で焚き火をすることになるとは、夢にも思わなかった。
時期的にまだ水は冷たいだろうが、蚊や虻が出ないのは素直にありがたい。
……それにしても、さっきのは何だったんだろうか。
「ああ、あれ? ちょっと本気出して……ね?」
ね? と同意を求められても困るのだが。
「わたしね、元々、音楽やってたのよ。管楽器なら大抵はいけるわ」
言われてみれば彼女の衣装は、どことなく楽隊員を彷彿とさせる意匠だ。
「まあ、そのあたりのお話はまたにしましょ」
串刺しの魚に手を伸ばすメルラン。どうやら焼き上がったようだ。
「それじゃ、いただきます」
一緒に合掌する。……外国人の彼女がやると、何度見ても妙に可笑しい。
「いいじゃないの。生まれ育ちが異国も、心は大和撫子よ?」
一番大振りな魚をこちらに差し出して、メルランはとても優しく微笑んだ。

その四

「あら……? そのほっぺ、どうしたの?」
食後、メルランに指摘されて、初めて頬にかすり傷があることに気づく。
さっき薪を拾った時にでも、藪に引っ掛けたのだろう。
正面に座っていた彼女が気づかなかったのだから、よほど小さな傷なのだ。
「触っちゃダメよ。血が出てるわ」
試しに川面を覗くと、横一文字の傷から一筋の赤い雫が頬を伝っている。
「ほら、こっち向いて」
頬を両手で挟まれて、強引に正面を向かされる。
そこにはいつもの微笑みを強ばらせた、気遣わしげなメルランの美貌がある。
「うん……これなら舐めておけば治るかしら」
言うが早いか、ふわふわの髪が揺れて、甘い香りが鼻先をくすぐり
――ちゅっ。
「……えへ、舐めちゃった」
顔を離して照れ臭そうに笑うメルランに、今度はこちらから唇を寄せた。

その五

両手で捕らえた彼女の肩は、細く見えて肉付きがいい。
白い衣装越しの柔らかさを指先で堪能しながら、小さな唇を舌でまさぐると
「んふっ……ん、んん……ちゅる、ちゅ……ふっ、あんっ……」
感じている。口づけと衣服越しの愛撫で、メルランは小刻みに身を震わせる。
僕は彼女の肩に手を回すと――空いた手を、彼女の胸元に持っていった。
「あ……♪」
……媚声。服越しの手の動きを、この大きな乳房でしっかりと感じている。
女性経験がない以上、自分が上手だとは思わない。彼女が敏感なのだ。
「もう……大胆なのねえ。誰かに見られたらどうするの?」
それはそうなのだが、どういうわけか手が止まらない。
やめなければと理性で分かっていながら、本能が彼女を求めてやまない。
「うふっ……奇遇ね。実はわたしも、そうなのよ……」
ぷつ、と軽い音を立てて、ジーンズのホックが外される。
頭を傾けて河原に帽子を落とすと、彼女はそのまま股間に顔を埋めてきた。

その六

岩の上に腰掛けた僕の股間に陣取り、跪くような体勢。
股間から勢いよく飛び出した僕のモノを、慈しむような目で彼女は舐める。
「ちゅっ、ちゅっ……はむっ……ちゅ、じゅぷぷ……」
竿を集中的に攻めていた舌が裏筋を這い上がり、やがて亀頭を咥え込む。
反射的に彼女の髪を手で梳くと、まるで絹のように滑らかだ。
「んっ……前髪、そのまま押さえててね」
髪が顔にかからないと知るや、メルランのストロークは格段に速くなる。
じれったかった舌使いは、明白に淫靡な、精液を搾るための蠢動に切り替わり
「ん、んん――っ!」
窄まった厚めの唇に亀頭冠を締められた瞬間、一気に精が昇って、爆ぜた。
「んふ……こく、こくっ……。ふふ、いっぱい射精したわね♪」
一気に四肢の力が抜ける。睡魔にも似た虚脱感――それが不意に掻き消える。
「今キレイにしてあげるね……ちゅ、ぺちゃ、ちゅるる……」
この後、さらに二度の射精を受け止めるまで、彼女の口は止まらなかった。

第三話

その一

「それじゃ、がんばってお掃除しちゃいましょうか」
今朝のメルランは、いつもと様子が違っていた。
いつもの帽子はどうしたのか、代わりに三角巾など巻いている。
ブラウスの上などは、いつもの白い衣装ではなく、白いエプロンだ。
「両方ともね、キッチンにあったのよ」
無断借用――ということだろうが、最早ここにそれを咎める者はいない。
それより僕には、どちらの装備もえらく綺麗な純白なのが気になった。
「ああ、これ? 昨夜ちょっと洗ってあげたの」
両手をわきわきと動かしてみせるメルラン。どうやら手揉み洗いしたらしい。
言われてみれば、確かに窓の外に大きな桶と洗濯板が置いてある。
「今日のお掃除が済んだら、あなたのお洋服も洗ってあげるわ」
両手の動きが徐々に加速する。手揉み洗いとは存外楽しいのかもしれない。
「ああ、でもあなたは身嗜みの方が先ね。私は先に始めてるから」
お言葉に甘えて、僕は裏の川で顔を洗わせてもらうことにした。

その二

洗顔は、とりあえず川の水さえあれば何とかなる。
洗面所で歯ブラシを確保したから、歯磨きもひとまずは何とかなる。
歯磨き粉は古くて使えなかったため、早急にどこかで買う必要があるが。
それより、現時点で問題なのは、日を追うごとに伸びてくる無精髭だ。
独り暮らしならいざ知らず、霊とはいえ女の子と暮らしているのだ。
床屋で使うような剃刀なら洗面所にあったが、怖くて使えたものではない。
何しろ、僕はT字型の市販品しか使ったことがないのだから。
「なるほどねえ。それで髭をあたるのは諦めたと」
申し訳ないが当分はこのままで勘弁してくれと頭を下げる僕を、
「あっはははは! もー、そんなこと気にしなくていいのに〜!」
メルランは拍子抜けするほどあっさりと笑い飛ばす。
「女の子の目を気にするなんて、案外かわいいとこあるのねえ。うりうり」
気が済むまで僕の鼻先を人差し指でうりうりすると、彼女は掃除に戻る。
踏み台がわりの椅子に乗って――その椅子の脚が、みしりと断末魔を上げた。

その三

凍りつく時の中を、ゆっくりと椅子ごと倒れるメルラン。
いくら霊とはいえ、このまま後頭部から落ちればただでは済むまい。
そう思った時、僕はすでに弾かれたように飛び出して――
「――――きゃっ!?」
見事、彼女を抱き止めることに成功し、同時に背中をしたたかに叩きつけた。
「だ、大丈夫!?」
呼吸器官が衝撃によって混乱したが、それも一瞬。
一度、大きくむせるように咳き込んだら、どうにか平静を取り戻していた。
「もう……あなたは心配性ねえ。でも……ありがとうね」
彼女の礼の言葉を聞いて、僕はようやくひと息つくことができ、
「それで――このえっちなお手々は、まだ離してくれないのかしら?」
ようやく、彼女のおっぱいを両手で鷲掴みにしている自分に気がついた。
「でも……どうしてもって言うなら、もう少し、そのままでも……いいよ」
驚愕で両手に力がこもると、同時にメルランは全身を小さく震わせた。

その四

不思議な状況だった。
僕を敷布団にするようにして、メルランが仰向けになっている。
彼女の両脇から伸びた僕の手は、おずおずと、彼女の胸を揉んでいる。
「んっ……ん、んふっ……っ、ふぅっ……」
早くも切なそうに吐息を漏らすメルラン。
薄手のブラウスとエプロンは、部位によってはほぼ生の手触りが伝わる。
それは、とりもなおさず彼女も、直に僕の指先を感じているということだ。
「あっ……」
エプロンの下に手を滑り込ませると、メルランは明白な動揺を見せた。
しかし、覚悟を決めたのか、すぐに僕の手にされるがままとなる。
「も、もう……えっちなんだからぁ……、あんっ」
ブラの感触が掌を覆い尽くす。やや硬いのは、型崩れ帽子のワイヤーか。
「自慢じゃないけど……姉妹ではわたしが一番おっきいのよ……」
体の震えが徐々に大きくなる。あまり余裕は残っていないようだった。

その五

「ああ……ああぁあ……んぁ、はぁ……っ」
メルランの抵抗が、目に見えて弱々しくなっていく。
それどころか、内股気味になって、僕の上で腰をもじもじと動かし始めた。
「あ、ダメぇ……」
彼女がそう呟くのと、指の引っかかったボタンが外れるのは同時だった。
ぷち、とブラウスの胸元がはだけ、埃っぽい空気に胸の谷間がさらされる。
「やだぁ……こんなカッコ、恥ずかしいよぉ……」
その上でさらに揉みしだくと、エプロンが次第に胸の谷間に挟まれていく。
おまけに、どこをどう触ったものか、不意にぷつりと乾いた音がして
「ひゃん!」
フロントホックが外れたらしく、大きな胸がぽろんとまろび出た。
「あ、ダメぇ! 乳首は……あ、にゃあぁ……あ……あああああああっ!!」
胸は小さいと感度が高いと聞いていたが、大きいから鈍感という訳ではない。
愛らしくも淫蕩なメルランの絶頂が、如実にそれを物語っていた。

その六

「もうっ、あんまり調子に乗らないの!」
まさかこの歳になって、正座でお説教を頂戴するとは思わなかった。
もっとも、おっぱい丸出しのお説教では、馬耳東風もいいところなのだが。
「ねえ、わたしのお話、ちゃんと聞いて…………ないみたいね」
一応、上体を前傾させて隠してはいたのだが、勃起は早くも露見した。
「本当に悪いおちんちんねえ……そんなにおっぱいが好きなのかしら?」
ファスナーを下ろされ、ぶるん、と愚息が顔を出す。
彼女はおもむろに愚息にもたれかかると、そのまま胸の谷間に拘束した。
「それじゃあ、二度とおっぱいが見たくなくなるように、おしおきね〜」
手で圧力をかけられるたびに、谷間の愚息が窒息寸前になる。
しかも、まろやかな巨乳の輪郭がふにふにと変わる様は、非常に股間に悪い。
「びくびくしてきたわね……ほぅら、泣いて反省しなさい♪」
固く尖った両乳首にくまなく責められて、僕も愚息もついに泣きを入れる。
メルランは実に満足そうに微笑むと、僕と愚息に交互にキスをするのだった。

第四話

その一

春雨のそぼ降る中、人里に出向いた理由は、むろん買い出しだった。
魚に飽きたわけではないが、流石に米がないのは辛くなったのだ。
「ついでだし、あなたの服とか日用品も買ってあげるわ〜♪」
相合傘で鼻歌交じりのメルラン。いつも笑顔だが、今日は特にご機嫌だ。
あらかじめ奢る心算だから、もう吹っ切れているのだろうか。
「いいのいいの。おひねりは貰っても、使い道なんて限られてるもの」
そういうメルランは今日、初めて見る私服姿だった。
ベレー帽にニットのセーター、ストールにチュニック。
足元のブーツを除けば、すべて白を基調に上品にまとまっている。
青みがかった銀髪が嫌味なく映えていて、何とも清楚な印象だ。
「うふふふ、そんなに褒めてもらえるなんて思わなかったわ♪」
……後は、この傘が時代がかった唐傘でさえなければ、完璧なのだが。
「こ、細かいことはいいっこなしよ! さあ、お買い物お買い物!」
清々しいほど堂々とごまかして、メルランは僕の手を引っ張った。

その二

――それにしても、周囲の視線が気になる。
買い物の間、すれ違う誰も彼もが、こちらをチラチラと見ているのだ。
「きっとみんな、外来人が珍しいのねえ」
確かに、洋服を着た男はごく稀だ。しかし、本当にそれだけだろうか。
この傘が悪目立ちするのは認めるが、みんなが見ているのは間違いなく。
「……おかしいわねえ。ちゃんと変装してきたのに」
そう――彼女はこの人里において、大変な有名人なのだ。
何しろ、プリズムリバー音楽団の花形トランペッターなのだから。
つまり、これは芸能人がお忍びで男と逢引しているも同然の状況であり。
何よりも驚きなのは、彼女が変装したつもりでいたことだった。
「しょうがないわねえ。あそこに逃げましょうか」
幸い買い物は全て済ませた。逃げの一手を打つなら今しかないだろう。
手に手を取り合って、里の外れまでひた走る。
そうして、息せき切ってたどり着いたのは、朽ち果てた神社だった。

その三

鬱蒼と木々の繁る、陰鬱な空気の場所だった。
かつては小さいながらも、それなりに流行った神社だったと思われる。
立派な御神木もあるが、首吊り自殺やら丑の刻参りやらの痕跡も残っていた。
「あそこよ。隠れるついでに、しばらく雨宿りしていきましょう」
本殿の中は思いの外に綺麗だった。掃除してくれる禰宜がいるのだろうか。
そこまで考えて――思いっきり、景気よく、盛大にくしゃみをブチまけた。
「あらやだ、濡れちゃったの? ほら、脱いで脱いで」
メルランがまた大変なことを言い出したが、確かにこのままでは風邪をひく。
しかし、こんな火の気もない場所で脱ぐのは、逆に危険ではないだろうか。
「大丈夫よ、ほら」
そう言いながら、メルランは盛大に濡れた衣服を脱ぎ捨て全裸になる。
「二人とも裸なら恥ずかしくないもん……ねえ?」
そういう問題ではないのだが……女の子にここまでやらせたのだ。
僕は清水の舞台から飛び降りるような気持ちで、ひと息に全裸になった。

その四

まさか、この人生において、女の子と全裸で抱き合う日が来ようとは。
雨が勢いを増したか。外はもちろん、灯りのない本殿はよけいに真っ暗だ。
「ふふ、何だかドキドキするね……」
こんな事態だというのに、メルランはやけに余裕がある。
余裕ぶっているだけか、それとも霊だから暗闇を恐れないのか。
「どっちもハズレよ。ほら……ね? わたし、ドキドキしてるでしょ?」
手が導かれた先は、掌からこぼれそうなほど大きな乳房。
その感触たるや、触れているだけで指先から射精してしまいそうなほどだ。
「そんなに気持ちいい? なら、両手で触るとどうなっちゃうの……?」
両手に余る弾力を脳が感知するより先に、下半身が激烈な反応をした。
「……なるほど、こうなっちゃうのねえ」
すりすりと、音なき音を立てながら、両手でペニスをまさぐられる。
「じゃあ……こうしたら、どうなっちゃうのかしら?」
胡座をかいた僕の腰にまたがると、そのまま彼女はゆっくりと腰を――

その五

生白い腕がぬう、と伸びて、僕の首を抱き込んでくる。
「わたしとで、イヤじゃ……ない?」
耳元での囁きに、小さくかぶりを振る。
いくら女性経験皆無の僕にだって、この状況がどういうものかはわかる。
彼女に恥をかかせたくないし、何より僕だって、もう収まりがつかないのだ。
「よかった……。……それじゃ、挿れる、ね……」
ぐいっと体重を預けられて、ひやりとした壁に背中が押し付けられる。
その冷たさとは裏腹に、剛直はゆるやかに、しっとりとした熱に包まれて――
「ん……、挿入っ……ちゃったぁ……」
僕は、童貞を失った。
「初めてなのよね? できる限り、優しくするから……あんっ!」
のみならず、腰ひとつ振ることなく、射精してしまった。
「ふふ……まだいけるのよね? いいのよ、自分のペースで動いて……ね?」
硬さを失わない自分の愚息に感謝しつつ、僕はメルランの腰を抱き寄せた。

その六

「はぁ、ああっ! あ、ああん! お、く、当たるぅ……っ!」
ずん、ずんと、剛直を通してメルランの奥の固さが伝わってくる。
子宮口か、その周りを叩く感触が、そのまま僕の腰の中へ跳ね返ってくる。
「さっきのせーし、じゅぶじゅぶ掻き出されて……すごくえっちだよぉ……」
精液と愛液で膣がどろどろに泡立ち、羞恥に煽られるたびに締め付ける。
締められるたびに僕は硬さを増して、メルランの身体の真ん中を攻め立てる。
「ああ、ダメぇ……イッちゃう、おっきいの、来るぅ……」
ごつんと、最後の一撃が、深々と彼女の中に突き立てられて。
「あ、精液出てる……熱いのが、中に染みてっ……イ……クぅ……ッ!」
肉襞の一枚一枚を蠢動させ、膣内を大きくうねらせ、膣口を収縮させて。
ありとあらゆる角度から、射精中の敏感なペニスを、限界まで搾りにかかる。
「あ、やあぁ……イクの止まんない……気持ちいいのが、いっぱい……♪」
よほど身体の相性がよかったのか、僕の首に遮二無二しがみつくメルラン。
もはや、時が経つのも忘れて、僕たちはそのまま朝まで交わり続けた。

第五話

その一

家の中を調べて回るうち、ひとつ気がついた。
電気もガスも水道も寸断されているが、風呂には困らなそうなのだ。
「つまり……どういうこと?」
食器を洗いながら、メルランが顔だけをこちらに向けてくる。
童顔だからか彼女の表情の動きは素直で、見ていて何とも微笑ましい。
……まあ、それはさて置き、話はここの風呂のことだ。
この家はいわゆる五右衛門風呂で、壁の外には竈もあった。
ただ、薪については、置かれていたた形跡が残っていただけだった。
なので、風呂を沸かせるだけの薪さえ集められれば、熱い風呂も夢ではない。
「そ、それホント? もう妖精を警戒しながら川で水浴びしなくていいの?」
霊体なら風呂なしでも困りそうにはないが、思うところは色々あったらしい。
僕としても、川の水浴びは真夏まで遠慮したいので、つまり
「よーしっ! それじゃあ、これから薪を、たっくさん集めましょ!」
満場一致で、僕らは薪を拾いに行くことになったのだった。

その二

――結論から言うと、薪は無事に集まった。
もっとも、日没までの時間と、僕の体力のほぼ全てが犠牲になったが。
「はい、ごくろうさま♪ 後はわたしに任せておいて〜♪」
メルランは鼻歌まじりだ。風呂に入れるのがよほど嬉しいのだろう。
これなら慣れない山道を這いずり回った甲斐もあるというものだ。
あとは、沸いたと報せが入るまで、軽くひと眠りさせてもらうと――
「沸いたわよ〜」
食卓でうたた寝しかけていた僕の頭は、頬杖から滑り落ちた。
「あら、何してるの? ドラミング?」
それは類人猿が胸板を叩いたり、啄木鳥などが小刻みに幹を突くことだ。
人類が頭をテーブルに打ち付けても、ドラミングとは言わない。……多分。
「まあいいわ。疲れたでしょうし、先に入ってちょうだいね?」
メルランは疲れ知らずだ。というか、疲労の概念がないのかもしれない。
いや、それより、何故こんなに早く風呂が沸いたのだろう。
埒もないことを考えながら、僕は遠慮なく一番風呂を頂戴することにした。

その三

「お湯加減、どうかしら〜?」
肩まで沈みながら、窓の外の間延びした声に、最高だと返答する。
時々ふーふーと聞こえるのは、竹筒で焚き火に息を吹きかけているのだろう。
「んー、これくらいでいいのね?」
気が緩んできたのだろう、僕は鷹揚に返事をして、おもむろに頭まで沈んだ。
……子どもの頃は、よくこうして湯船に潜って遊んだものだった。
いつからだろう。そういう遊び心をなくしてしまったのは。
そういうものをいくつも捨てて、――僕は結局、何も得られなかった。
きっと、大人になれば、何でもできると思っていたのに――……。
しみったれた考えを振り払うべく、ざばっと、勢いよく立ち上がる。
「きゃっ! あらら、お湯に潜ってたの? 子どもみたいねえ♪」
一糸まとわぬメルランが、当然のようにそこにいる。
思わず目を逸らそうとしたが、もちろんそんなことはできなかった。
初めての女性というのは、それだけ特別なのだから。

その四

「さっきは口もきけないほど疲れてたのに……ねえ?」
剛直を柔らかな手でしごかれながら、僕は手もなく喘ぎ散らす。
単なる手コキでありながら、恐ろしく気持ちがいい。
変幻自在な指の動きは、さながら楽器を奏でているかのようだった。
「そうねえ……。あなたのおちんちん、わたし専用の楽器にしていい?」
メルランは僕の前に跪いて、裏筋に中指を、ゆるゆると這い上がらせていく。
「この、えっちで暴れん坊な楽器をね? 毎朝毎晩わたしのお口で……ね?」
こんな淫靡な迫り方をされて、我慢できる男がいるだろうか。
「このぷりぷりの唇も、ざらざらの舌も、喉の奥の粘膜も……」
こんな期待に濡れた目で見つめられて、こんな甘くとろけた声で囁かれて。
「わたしのお口ぜんぶ、おまんこみたいに使って……鳴かせてあげる♪」
いるわけがない。我慢なんて、できるわけがない。
「うふふふふ……いただきまぁす♪」
ほどなくして暴発するであろう怒張を、メルランは喜色満面に呑み込んだ。

その五

やや厚めな、形のいいメルランの唇が、赤黒い剛直にキスの雨を降らせる。
その隙間からちろちろと覗く、薄桃色の舌先が、生き物のように鈴口を侵す。
そして、その美貌を蕩けさせながら、夢見心地にペニスを咥え込んでいく。
灯りのある場所で見るフェラチオとは、これほどまでに淫猥なものか。
「んッ、〜〜〜〜〜っ♪ んく、んむっ、んくっ……」
あまりに淫らな吸い付きに堪え切れず、放った精を、口を離さず飲み下す。
絶頂中のペニスが、魂が焦げ付きそうな感覚を、脳に叩き込んでくる。
腰が震える。背中が仰け反る。顎が跳ね上がる。声にならない喘ぎが漏れる。
すでに湯冷めしているにもかかわらず、僕は淫らな熱にうかされて。
「ふふっ、えっちなカオしちゃって……えいっ♪」
唇を重ねられる。動く力のすでにない僕には、這入る舌にも抗えない。
「ぬちゃ、にちゃ、ちゅ、にゅるっ……。ふふ、自分の精液、おいしい?」
ああ、口の中に、舌に、頬の裏に、生臭い粘液を擦り込まれていく。
倒錯的な快楽に浸りながら、僕はメルランの舌を力なく受け入れ続けた。

その六

――――……、歌が、聞こえる。
この鼓膜をくすぐるような甘ったるい響き。メルランの声に違いない。
目を開けると、真っ暗だ。感覚的に、布団の中だとわかる。
僕は布団の中にいて、同じ部屋のどこかにメルランもいるようだった。
「……んー、やっぱりピンと来ないなあ」
サラサラと走る硬質な音。書き物でもしているのだろうか。
歌いながら書き物というのも、妙な塩梅だと思うが。
「はぁ……やっぱりわたしには、作詞なんて無理なのかなあ」
ほんの少しだが、語気に力が篭もる。彼女にしては珍しい焦燥が、伝わる。
「んむむ……。やっぱり、まだ愛が足りないかなあ。何にせよ書き直しね」
ラブソングでも書くのだろうか。だが、彼女は歌い手ではないはずだ。
どういう意図があるのだろう――まどろむ頭では、答えなど出るはずもなく。
「また明日、確かめようっと。それじゃ、おやすみなさい……」
頬に柔らかな感触が降ってきて。足音も意識も、次第に遠のいていった。

第六話

その一

「確かめたいことがあるのよ」
夕食を済ませてお茶を飲んでいると、メルランがぽつりと言った。
何を確かめるのかと、当然の質問を投げかけると。
「ちょっと、ね……」
と言葉少なに切り上げて、何かを取り出してみせる。
――それは、トランペットに違いなかった。
この間のおもちゃのラッパのような、安っぽい作りでは決してない。
重厚で、明らかに年季の入った、ひと目で名器とわかる代物だ。
「これはね、多くのジャズペッターの生き血を吸った、呪いの楽器よ……」
いつもの笑顔だからか、凄味のある声なのに全く凄さが伝わらない。
とりあえず凄い楽器なのはわかった。それで、何を確かめるのだろうか。
「まあ、まずは聴いててちょうだい」
振り返れば、彼女のまともな演奏を聴くのは、これが初めてだ。
僕の小さな拍手に手を振って応えると、メルランはゆっくりと演奏を始めた。

その二

――――……。艶めく音が、耳から内を震わせる。
血を、肉を、骨を、はらわたを、さらに内なる魂までも。
アップテンポの軽快なメロディが、血潮に乗って全身を駆け巡る。
やがて魂だけが、音の奔流に、宇宙まで押し流されそうな感覚があって――
「はい、おしまい♪」
演奏が止まると同時に、僕は椅子から転げ落ちて、大の字になっていた。
「今のが私の得意技、躁の音よ。最ッ高に『ハイ!』になったでしょう?」
ハイになるにも程がある。この楽団、本当に大丈夫なのだろうか。
「姉さんや妹の音色と合わせれば、何とか大丈夫よ。……なんだけど」
ぺらり、と一枚の紙切れを取り出すと、メルランはそれを――
「これで確信したわ。わたしには、これ以外の音が出せない……ってね」
幾度も、幾度も破いて、その場に投げ捨てた。
「はぁ……これがスランプってやつなのかしら」
舞い散る紙片を大の字のまま摘み上げる。……それは、楽譜の残骸だった。

その三

きっかけは、本当に瑣末なことだったという。
いつもと違う音が出したくて、それがどうしても上手くいかなくて――
「それで……ついカッとなって、家出しちゃったのよね……」
彼女の家は、裏の川の先にある湖、その畔の古びたお屋敷だという。
姉も妹も一緒に暮らしており、妹は先般、彼氏が出来たとか。
「それでね、妹が、毎日のようにラブソングを作るようになって……」
自分も作ろうとしたところ、今のような音しか出せず、――そして今に至る。
「どうしてなのかな。ハッピーさでは負けてないはずなのに……」
僕は、床から起き上がると、そっとメルランの肩に手を置いた。
――メルランの音色は、人をハイにする。それは間違いない。
それがラブソングの体を為さないのは、きっと自分が置き去りだからだ。
「わたしは……恋をしてないのかな?」
問わず語りの震える肩を、なるべく優しく抱き寄せる。
その答えを口にされるのが怖くて、僕は初めて、彼女の唇を奪った。

その四

「ん、ちゅ、ちゅっ…。こうやってキスしていても……」
プチプチと衣装のボタンを外していく。ブラウスの下に、手を滑らせる。
「こうしてまさぐり合っていても……よくわからないの……」
メルランもまた、ファスナーの中に手を伸ばす。
そこに、自問の答えを求めるかのように、しゃにむに中をまさぐっている。
「わたしは、あなたのことが好きなのかしら……?」
それ以上を言わせたくない一心で、僕はメルランを力一杯抱き締めた。
「……あなたの胸、すごくドキドキしてる」
――そう、僕はいつだって、メルランと触れ合うたびに胸を高鳴らせていた。
まともに恋愛をした経験はないが、僕はたぶん、メルランに恋をしている。
「わたしは……? わたしの胸、ドキドキしてる……?」
この胸に伝わる、僕以外の確かな鼓動。間違いない、彼女の高鳴りだ。
唇を重ねると、鼓動は秒刻みにその速さを高めていく。
そのことに安心した僕は、ゆっくりと、ゆっくりと彼女を押し倒した。

その五

「あ……こ、この体勢、顔が……!」
仰向けに倒されたメルランは、大慌てで紅潮した顔を隠す。
「や、やだぁ……顔、見ないで……! 恥ずかしくて、死んじゃうよぉ……」
騒霊ゆえに死ぬことはないと思うが――まあ、無理もない。
ようやく、お互いの気持ちを、伝え合うことができたのだから。
つまり、今からすることは、彼女にとって、ある意味での処女喪失なのだ。
「は、早く何とかしてぇ……。口から心臓、飛び出しちゃいそう……」
その口を唇で塞ぎながら、腫れ物に触るように全身を愛撫していく。
「あ、ああぁ……。な、何これ……いつもより、ずっといい……っ!」
指先がとろけそうなほど柔らかな乳房が、ぴんと張り詰めている。
「お、お願い……。早く来て……」
そうして、気持ちが通じ合って、初めての挿入は――…
「あ、ッ……! い、痛……い、っ、〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
あり得るはずのない破瓜の痛みを、メルランにもたらした。

その六

「ッ……! ……ッ! …………、はぁ……はぁっ……」
激痛を噛み殺して、どれほどの時間、僕にしがみついていただろう。
じっと見守っていると、ようやくその手から力が抜けた。
「あ、ありがとね……もういいわよ、動いても……」
そうは言うが、しがみつかれている間、ずっと締め付けられていたので。
「ふぅ〜ん、そうなんだ? もうイッちゃいそうなんだ? ……えいっ」
がばっと彼女の両脚が跳ね上がり、そのまま僕の腰を捕まえる。
両腕は相変わらず首に回されているため、完全に捕獲された格好だ。
「ほら、そのまま射精して♪ わたしに初めての膣内射精してぇ……あん♪」
膣内のうねりに加わり、腰を揺さぶられた衝撃で、勢いよく精が迸る。
「あ、はぁ……、ああ、あ、あああああぁぁぁああぁぁ……っ♪」
恍惚に蕩ける顔で、メルランは甘く長い、艶めく溜息を吐き出していく。
「すごいよ……気持ちよすぎて、わたし、すっごく幸せぇ……♪」
抱き合って、口づけあって。僕らは一晩中、そのままで過ごした――。

最終話

その一

「夏が、近くなったわね……」
彼女の言うように、草木の花はほとんど散り失せ、緑を濃くしている。
草木にも冬支度や夏支度があるのだと、僕は変な感動を覚える。
――僕とメルランは今、川原に沿った小径を歩いている。
舗装など望むべくもない獣道だが、彼女はここが気に入っているようだ。
「作曲に煮詰まるとね、こういう静かなところをぼーっと歩くの」
驚いた。やることなすこと賑やかなメルランの、意外な一面に。
「いくらわたしでも、考え事くらいはするわよ。一人で静かで豊かで……」
わざとらしく片手を顎に当て、いかにも何か考えているような仕草。
「でも、ね」
その手を顎から離すと、すぐさま僕の腕にしがみつく。
「今は、あなたのことで頭がいっぱい」
むぎゅっ、と音が出そうなほどの密着に、思わず全身が強ばる。
意識しているのは、僕にしても同じなのだから。

その二

あの幻想入りした空き家から、小径を下ること三時間。
霧の濃い湖畔をさらに一時間かけて半周した先に、その屋敷はあった。
プリズムリバー邸――。ここが今日の目的地だ。
「はい、お疲れさま。霧の中を歩くのは大変だったでしょう?」
相変わらずメルランは疲れ知らずだが、僕はだいぶ参っていた。
霧の中、彼女を見失わないように歩くだけで、かなり消耗したらしい。
湖畔では手を繋いで歩いたが、ずっとしがみついていてもらうべきだったか。
「照れ屋さんが裏目に出たわねえ。わたしはあのままでよかったのに」
とは言っても、あのままでは遠からず、歩行に支障が出たことだろう。
白い霧の中、白い服のメルランを何度も見失いそうにはなったが――
「まあ、こうして無事に到着できたんだもの。よしとしましょ」
ふわりと、彼女は玄関の大扉の前で身体を反転させ、こちらに向き直ると
「ようこそ、プリズムリバーのお屋敷へ。あなたの来訪を歓迎しますわ♪」
ご丁寧にフレアスカートの端をつまんで、可愛らしくお辞儀をしてみせた。

その三

――どうにも、今日ここに来た目的は、果たせなくなったようだった。
ここの住人全員、折り悪く出払っしまっているらしい。
「もー、せっかくみんなに紹介しようと思ったのに〜」
姉も妹も置き手紙を残していたらしく、向こう半月は帰らないという。
日付が三日前ということなので、当分ここは空き家になるのだ。
しかし、家出した次女宛てに書くあたり、さすがは姉妹と言ったところか。
「まあ、いないものは仕方がないわね。お屋敷でも見て回りましょうか♪」
あっという間に意識を切り替えると、彼女は再び僕の腕にしがみつく。
むぎゅっと音が出そうな、熱烈な抱きつきぶり。腕が、腕が胸の谷間に――
「……あら〜? はじめてのお家訪問なのに……意外と豪胆なのね」
空気を読まず自己主張する愚息に、あっけらかんと笑いかけるメルラン。
そのままその笑顔をこちらに向けると、すぐそこのドアを指差して。
「あの、ね……。わたしの部屋、すぐそこなの……」
ぞっとするほどの艶を含んだ声音で囁くと、きゅっと僕の袖を引いた。

その四

「んふっ……まるで狼みたい……」
送り帰した女性の家に上がり込み不埒を働く男を、俗に送り狼と呼ぶ。
だが、僕は招き入れられた身なので、狼呼ばわりされる謂れはないはずだ。
「だって、こんなに勢いよく押し倒してくるなんて……ねえ?」
家族の誰もいない、女の子の家に招かれたのだ。
たとえ彼女にその気がなくとも、男ならばこの展開を夢想するのは当然だ。
「ふたりっきりだもの……もちろんわたしも大歓迎よ、オオカミさん♪」
ベッドに組み敷かれていながら、メルランは顔を起こして頬に口付けてくる。
「でも、まずは落ち着いて……わたしの服から脱がせてくれる?」
……一度深呼吸をして雑念を払い、それから彼女の上体を抱き起こす。
「ん……優しく脱がせてね」
ぷち、ぷち。するり。ボタンを外して、ジャケット、続いてブラウス。
フレアスカートの腰に手をかける。ぷつ。あっけなく外れるボタン。
純白の下着を両手で隠すメルランは、本当に――息を呑むほど美しかった。

その五

「ちゅっ……。ん、ちゅ、ちゅう……」
おそるおそる触れ合った唇が、互いを求め、次第に吸い付きを強めていく。
舌の柔らかさが、ねとつく唾液が、溶け合う粘膜が、すべて愛おしい。
「わたしもぉ……。ハッピーすぎて、キスだけでどうにかなりそうよ……」
女の快感は充足感によるところが大きいと、何となく聞いたことはある。
たとえ霊体であろうとも、そこは変わりがないのだろう。
「わたし、あなたが大好き……。あなたとこうしているだけで……」
視線が交わり、再び唇を重ねていく。舌先が、とろとろと溶け合っていく。
「嬉しくて、楽しくて、気持ちよくて。……もっと、くっつきたくなるの」
頭を撫でてやる。色の淡いふわふわの髪が、するすると指に心地良い。
その髪にキスをして、耳に、首筋に、胸に、臍に――
「あ、そこは――! い、今はダメ、今は……ん、ひゃあああッ!!!」
ぷくりと尖った性感帯に吸い付いた瞬間、迸った愛液が僕の顎を濡らす。
それを全て舐め取ると、僕は、ゆっくりとメルランに覆い被さった。

その六

「ふあぁ……♪ な、何これ……今まで、以上に、いぃ……♪」
痛みこそ訴えなかったが、代わりに激烈な快感を訴えるメルラン。
セックスの快感を覚えたての小娘のような、初々しくも淫靡な反応だった。
「あぁぁ、奥まで来る……。あなたの形、付け根まで覚えちゃう……」
じゅぷじゅぷと、突き込むたびに泡立つ愛液が溢れ出してくる。
それでいて入口は強烈に窄まり、肉襞は締め付けて離そうとしない。
――求められているのだ。彼女に。僕という存在を。
しがみつく腕が、絡みつく脚が、喜悦に咽び泣く声が、みな僕を求めている。
今、初めて味わうこの感情を、何と呼ぼう――
「ああ、もうダメぇ……。お願い、このまま全部……中にちょうだい……!」
形になりかけた言葉が、快感の濁流に呑まれ、メルランの膣内に注がれる。
「ん、はぁぁ……♪ 熱いよ……熱くて、しあわせだよぉ……」
ゆっくりと崩れ落ち、彼女の胸でまどろみながら、夢心地に得心していく。
そう、この満たされた感情の名前こそが――

その七

昨日は気がつかなかったが、屋敷の横手にはテラスがあった。
そこで紅茶を啜りながら、僕はメルランの演奏に耳を傾けている。
彼女は――ついに求めていた音に届いたのだという。
あの、心が昂ぶり、宇宙まで投げ出されるような、躁の音色はどこへやら。
想う相手がいるだけで、トランペットの音とはこうも変わるものなのか。
艶やかに、穏やかに、しっとりと咽び泣く金管。
重厚ながら流れるような、歓喜に満ち満ちた曲調。
それは、愛する喜びと愛される悦びが、そのまま音色に出たような――
「――ふぅ……。ど、どう……だった? あなたに贈るラブソング……」



拍手も忘れて感涙する僕に、メルランは優しく笑いかけてくれて。
無遠慮な僕のアンコールに、メルランは何度でも応えてくれて。
彼女のくれた幸せの音色は、いつまでもいつまでも、僕の胸に響き続けた。



(終)

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