第一話 [#e0970b6f]

その一 [#hff1c45f]

殺してやりたい。死んでしまえ。
そんな暗い感情が僕の理性を紅く塗り潰していく。
草木も眠る丑三つ時。
天は厚い雲に塞がれ、地は霧に覆われ、世界はただ、紅く、暗い。
血走った闇に甲高く、くぐもった音が響く。
槌を振るうたびに響くこの呪わしい音だけが、僕の心を潤してくれる。
さあ死ね。苦しんで死ね。
身悶えて、血を吐いて、のたうちながら、誰にも知られず、救いもないまま、無様に、惨めに死んでゆけ。
「馬鹿な真似をしているわね」
打ち棄てられた境内に、女の声。響くことなく、ただ通る、淡々とした冷徹な声。
「憎悪と怨嗟に我を忘れて、本心さえ見失って。本当に哀れで…救いがたいまでに愚かだわ」
声は夜霧の向こうから。里へと至る朽ちた橋のたもとに、女がいる。

恐らくはもののけであろう女の眼は、闇の中で緑色のおぼろな光を湛えていた。

その二 [#u015f61e]

恐ろしいと思いながらも、僕は何故か歩を進めていた。
霧の中の女の輪郭が、段々と明瞭になっていく。
見たこともない異国風の装い、緩やかに波打つ黄金色の髪、童話の鬼のように尖った耳。
そして磨き抜かれた玉髄のような、透き通る緑の瞳。
彼女の風貌は美しすぎて、もはや人には見えなかった。
「懐かしい音に誘われてみれば、嫉妬に狂った男がひとり。今時流行らないわよ、丑の刻参りなんて」
僕より頭ひとつほど小柄なそのもののけは、上目遣いに僕を見透かす。
「……。あなた、戻る気はある?」
わからぬことを言う。里に通じる道はそこの橋しかない。戻ると言うならそこを通る他にない。
「まあ、今はわからなくてもいいわ。嫌でもすぐにわかるから」
そう言って、もののけは
「あなたを戻せるのは、私だけ…」
不気味な言葉をひとつ残して、霧の中に消えた。

その三 [#u28eb38f]

何にせよ、ひとつ確かなことがある。
人に見られた以上、この丑の刻参りは徒労に終わったということだ。
僕は言いようのない虚脱感と、何となく毒気が抜けたような心持ちに戸惑いを覚えつつも、帰途に就くべく橋を渡り始めた。

――かれこれ四半刻が過ぎたが、一向に対岸が見えない。
前を見ても後ろを見ても、そこにあるのは闇ばかり……のみならず、気がつけば橋すら消えて
「待ちくたびれたわよ。ようこそ、私の縄張りへ」
底の見えない巨大な風穴に、僕はいた。
自分が落ちているのか、浮いているのかもわからなくなるほどの深淵に、再び緑の眼が光る。
「そのままだと旧地獄まで真っ逆さまよ。…ああ、そうか。あなたは飛べないのね」
さも大儀そうに僕の手を取ると、もののけは泳ぐように虚空を進んでいく。
しばらくして、岩壁の中に横穴のようなものが見えてきた。
「…改めて、ようこそ私の住処へ」
信じられないことに、横穴の中には家が建っていた。ぴたりと洞穴に収まる平屋造りで、高さはないが広さは結構なものだ。
「上がりなさい。まあ、嫌なら逃げてもいいわよ。…逃げられるものならね」
後ろの風穴を見ないようにして、僕は素直に草履を脱いだ。

その四 [#beae03f5]

「…そう警戒しなくていいわよ。知り合いが買ってきてくれた、地上のお茶だから」
ちゃぶ台に向い合わせで座ったもののけは、こうして見ると普通の少女のようにも見える。
ひどく浮世離れした風貌ではあるが、もしかすると中身は人間と大差ないのかも知れない。
僕はひとまずお茶をすすった。
「自己紹介がまだだったわね。私は水橋パルスィ。そこの大穴の番人よ」
自ら名乗る辺り、普通どころか礼儀も知っているようだった。
僕は端的に自己紹介をしてから、色々と質問をしてみることにする。
「…まず結論からいきましょうか。あなたは今、半ばくらいまで人間じゃなくなってる」
……………。時間が止まるというのは、多分こんな感覚だろうか。
止まったのは時間ではなく、僕の思考だったわけだが。
「何があったのかは大体想像がつくけど…あなたは負の心に染まりすぎたのよ。今のあなたは生成りといって、鬼になりかけている状態なの」
……いまいち信じられない、などと考えていたら、彼女は額を指差してきた。
触ってみると、何やら小さな肉のこぶが出来ている。
「それ、生えかけの角よ」
僕の手から、湯呑みが滑り落ちた。

その五 [#s92cc10d]

「あなたは憎悪と嫉妬に駆られるあまり狂ったのよ。そもそも正気の人間は呪術なんかに手出ししないからね」
言われてみればその通りだが、そんなことで人は鬼になったりするものなのか。
「外ではともかく、幻想郷では極めて稀ね。だから私が出張ったのよ」
そう、彼女は僕を妖しげな術か何かでさらったのだ。
先ほどの説明が確かなら、ここは地底の奥深くということになる。
「あなたのような半人前をほっといたら、人にも妖怪にも迷惑になるのよ。だから、悪いけど…ね」
それほど悪びれているように見えないのは、やはりどこか冷ややかな声や、眉ひとつ動かない美貌のせいだろう。
少なくとも彼女は、僕を食べるためにさらったわけではないのだから、今は信じていい。そう思った。
「賢明ね。それじゃ、改めて訊くけど。…人間に戻る意思はある?」
ああ、あの時の言葉はそういう意味だったのか。僕は今更のように納得するとともに、強く頷いた。
「わかったわ。橋姫の名に賭けて、あなたを真人間に戻してあげる。…少し時間はかかるけど、ね」
どのみち逃げられないのなら、後は腹を括るだけだ。

かくして、僕と橋姫の共同生活は始まった。

その六 [#a7b1f884]

僕は促されるまま、狂うに到った経緯を語った。
里でそこそこの商家に生まれたこと。優秀な兄が器量よしの妻を娶り、家督を継いだこと。
遅れて僕もようやく結婚し、兄夫婦と仲良く店をもり立てていたこと。
…そして、いつしか妻が兄と通じていたこと。
二人は蒸発し、店は潰れ、兄嫁はあの朽ちた境内で首を括った。
僕が五寸釘を打っていたのは、その木に他ならない。あの二人を呪い殺すなら、その木を選ぶよりない。
そうして、僕は狂っていったのだ。
「なるほどね…。新婚ホヤホヤで身内に寝取られたんじゃ、それは狂うわよ」
思いの外、パルスィさんは同情的に頷いた。表情が動いたのを見るのもこれが初めてだ。
「まあ、あなたの事情はわかったわ。傷は深いでしょうけど…ゆっくりと癒していきましょう」
そう言って立ち上がると、彼女はおもむろに布団を敷き始めた。

その七 [#q40a3de4]

「それで、奥さんとはどうだったの? 夜の方は」
…どうして布団を敷きながらそんな話をするんだろうか。何だか嫌な予感がした。
「ああ、まだ数回で…なるほど、探り探りお互いの体を知ろうって時期だったのね」
敷いた布団に枕をひとつ載せる。ふたつじゃなくてよかった。どうやら嫌な予感は外れてくれたようだ。
「……。最初にこれだけは言っておくわ。あなたには人を憎めない。今でも妻を愛しているし、兄を慕っているわ」
安堵したのもつかの間。パルスィさんはあまり触れて欲しくない点をはっきりと指摘した。
「もし本当に憎んでいるなら…地の果てまで追って殺すでしょうしね」
それはそうかも知れないが、だからと言ってあの二人を許す気にはなれない。
そう答えると、彼女は僕の目をまっすぐに見据えて言った。
「あなたはね、嫉妬してるのよ。全てにおいて自分を上回り、苦労して見付けた妻をも容易く奪い取る、よくできた兄にね」
…不思議だった。今まで憎悪しか感じていなかった僕の心が、じわりと変質したような気がした。
「私は嫉妬心を操る橋姫。私の能力なら、あなたを真人間に戻せるわ。…ただし、あなたの協力がいるけどね」
不意に手を握られたと思った次の瞬間、僕は布団に転がされていた。

その八 [#g9e6a2a4]

「ほら、その顔……奥さんに申し訳ないって書いてあるわよ。妬ましい…」
のしかかられる。両肩を押さえつけられる。物凄い力だ。華奢に見えても妖怪ということか。
「でも、彼女のことは早急に忘れれなさい。でないとあなたは、いつまでも辛い思いをするわ…」
不意に、顔が近づく。寒気がするほどの美貌が、薄い唇が、僕の唇に。
「胸の中が、鉛を流し込まれたように重いでしょう? それが罪悪感。兄への嫉妬の裏にある、奥さんへの愛がまだ生きている動かぬ証拠よ」
透き通る緑の瞳と視線が正面からぶつかり合う。目が、逸らせない。
「精神に作用する能力はね、こうして目を合わせるのが一番効くのよ」
その内、胸が軽くなって来た。のみならず、あれだけ渦巻いていた憎悪も、明らかに萎縮していく。
「…もう一度言うわ。奥さんのことは忘れなさい。私が、忘れさせてあげるから…」
その言霊が、先程より意識の奥まで忍び込んでくるのを、僕は確かに感じていた。

その九 [#f5755af6]

緑の瞳に魅入られるたびに、心が軽くなっていく。
唇をついばまれ、舌を吸われ、淫蕩に絡め合いながら、体は実に素直に反応する。
「感じてくれてるの? 嬉しいわ…」
体を預けられる。見た目より豊かな胸の弾力と、しばらくぶりの柔肌の感触が、
否が応にも劣情を掻き立てながら、心のどこかを掻きむしる。
「ふふ…おっきくなってる」
僕の胸に頬を擦り付け、膨らんだ股間にすべすべの腹を押し当てる。
いつの間にか、彼女は上着の袷を完全にはだけていた。
「どこが気持ちいいのか教えて…。ここ? それともここかしら?」
細い指が、まるで腫れ物をさするような繊細さで踊る。
柔らかな指先が敏感な部分を掠めては、先端から溢れる先走りが服に滲み出てきた。
「その調子よ。もっと感じて…もっとあなたを曝け出して…」
白い頬に淫らな紅が差している。なのに、緑眼に宿る光はどことなく悲しげで。
「ん、むふ、ちゅ、ちゅる…」
いつしか僕は、彼女の舌を自らの意思で受け止めていた。

その十 [#h21b09fb]

「んっ、ちゅ、はむ……ぴちゅ、くちゅ、じゅぷ…」
この世ならぬ美しさの娘が、そそり立ったちんぽを飴か何かのように夢中で舐め、啜り、むしゃぶりついてくる。
「あむっ……くぷぷ、……ぢゅ、ぢゅるるるっ!」
その快楽たるやこれまでに覚えたものの比ではなく、溶けた理性が鈴口から残らず吸い出されてしまいそうだ。
「妬ましいわ、そんな蕩けた顔して……ほら、早く飲ませて…」
竿の部分に手が添えられ、しごき立てられる。
亀頭は丸ごと口の中で、今度こそ飴玉さながらに舌でぬるぬると転がされていて。
……せり上がってきた欲望が、弾けた。
「んんっ…! んふ、んぅ、んんっ……ごくっ、ごくっ…」
しばらくは精液を吸う一方だった口が、ねぶるのを再開する。
同時に、聞こえよがしに喉を鳴らしながら精液を呑み下していく。
「ふぅ…ごちそうさま。でも、まだ少し物足りないわね…」
パルスィさんは舌舐めずりをしながら立ち上がり、黒いスカートの下からするすると、白い下着を下ろし始めた。

その十一 [#t34275e9]

ふと、何となしに、実家での記憶が蘇る。
意識の片隅に浮かび上がっては、うたかたのように消えていく。
「駄目よ、ほら。私を見て」
ぼう、と緑眼が鈍く光る。それを見ていると、思い出しかけていたものが見る間に塗り潰されていく。
「そうよ…私だけを見て…」
優しげな声と不思議な眼光に、心がわけもなく安らいでいく。蘇りかけていた感情が、どこへともなく消え失せる。
「妻への愛も、兄への嫉妬も捨てて、鬼から人に立ち返るのよ…」
つぷ、湿った粘膜に先端が包まれる。ぬるぬると蠢く熱が、次第に僕を呑み込んでいく。
「そのために別の愛が必要なら……私が与えてあげるから……」
思い出せない、大切な何かを置き去りにしたまま、僕は彼女を抱き締めた。

その十二 [#m74d08a7]

「来て…好きなだけ動いて…」
向かい合わせに繋がって、抱き締めたまま腰を振る。
「あはっ! は、あああぁぁ…♪」
いきなり奥まで届くほどの深い繋がりに、パルスィさんが甘い息を細長く吐いていく。
僕の首にしがみついたまま小刻みに震え、子宮を叩かれる愉悦を享受している。
「ん、はっ、ふぁ…この体勢、好きぃ…」
両手が、両足が、そして膣内が、僕の腰の動きに合わせて締め付けを強くする。お互い限界のようだった。
「いいわ、そのまま出して……あなたの精を、私に注いで……っ!」
柔らかくも激しい膣圧に負けて、ついに精液を彼女の中にぶちまける。
飛び散る熱に粘膜を叩かれるたび、彼女の背筋がぴくり、ぴくりと震えていた。
「ふふ…お疲れ様。ほら、顔上げて」
繋がったまま口づけを交わす。
お互いの舌を求め合うような官能的な口づけに、僕のちんぽは熱を取り戻しつつあった。

第二話 [#lb60e81d]

その一 [#bb83e87e]

――目を開くと、僕は布団に寝かされていた。
気を失う以前の記憶が曖昧で、四肢の末端には感覚がまるでない。
どれくらい長いこと寝ていたんだろう。今はいつなんだろう。
「よかった、気が付いたのね。壊れちゃったのかって心配してたのよ」
襖の向こうから【パルスィ】が心配そうに顔を覗かせたので、僕は笑いかけた。
愛しい【妻】を置いて壊れたりするわけがない、と。
「……そうよね。私たちはまだこれからの【新婚】だもの…ね」
体を起こす。枕元までやってきた彼女を、まだ力の入らない腕で抱き寄せる。
「あんっ♪ もう、あなたったら…」
割烹着を着た【パルスィ】が腕の中で楽しそうに身をくねらせる。
自分でつけたのか、仕様なのか、白地に赤黒いまだら模様の、何とも前衛的な意匠の割烹着だ。
「そうそう、奮発してお肉をたっぷり用意したのに…あなたが起きないからすっかり傷んじゃったのよ?」
ごめんごめんと謝ると【パルスィ】は、美しく透き通る緑眼で真っ直ぐに僕の眼を見ながら
「じゃ、口づけ一回。それで許してあげる」
その視線に意識のどこかを掴まれたような【違和『検閲』】――僕は何の疑いもなく【妻】と唇を重ねた。

その二 [#e05fd0e6]

「あなたの背中、広いのね…」
泡立てた手拭いで僕の背中を擦りながら、【パルスィ】はうっとりと呟いた。
「服の上からじゃわからなかったけど、意外に逞しくて……惚れ直しちゃいそうよ」
ああそうだ。気を失う前、僕は【パルスィ】とまぐわっていたのだ。
気絶していたのも、きっとそれだけ気持ちよかったからだろう。
「や、やだわ。そんな話…恥ずかしいじゃない…」
背中を擦る手に力が籠る。頑張ってくれているのはありがたいが、ちょっと痛い。
「あなたったら、上にも下にも飲ませてくれて…。私もすっかり元気になって、思わず地上に出ちゃったわ」
聞けば、僕が起きたら精のつくものをたらふく喰わせようと考え、新鮮な肉を調達しに行っていたらしい。
でも、僕がいつまでも起きないから、結局傷んでしまったのだ。どうやらここに氷室はないらしい。
「でも、いいのよ。食べ物なんて地底でも手に入るんだから。また明日、改めて快気祝いしましょ。美味しいもの、たくさん作るわね」
正面の壁に据え付けられた鏡の中で、湯気の中ぼんやりと光緑色の眼が、じっとこちらを覗いていた。

その三 [#w6658816]

「いいお風呂でしょう? ちょっと前に近所で温泉が出たのを、ここまで引いてるのよ」
確かに脚を投げ出して湯に浸かれるというのは結構な贅沢だ。
その脚の間に【最愛の妻】が一緒になって浸かっているのだから、贅沢すぎてバチのひとつも当たりそうだ。
「ふふ…こうしてあなたに寄りかかりながらお風呂に入れるなんて…。私、今すごく幸せ…」
まとめて括られた金色の髪から覗く、真っ白な細いうなじ。和毛のように柔らかな後れ毛。
そして薄く紅の差す尖った耳。全てが色っぽい。
「ひゃん!?」
気が付くと、僕は【パルスィ】のうなじに舌を這わせていた。甲高い嬌声を上げながら、面白いように反応する。
「あぅ…ひぅっ……み、耳は駄目ぇ…。弱いのよぉ……ふぁぁ…」
後ろから両手両足で【妻】を捕獲し、尖った耳を輪郭に沿って舐め、耳たぶを甘く噛み、舌先でまんべんなく外耳を攻め立てる。
「や、駄目ぇ……耳で、耳でイッちゃうう…ん、ゃあああっ!」
背筋が強ばり、少ししてからぐったりと力が抜ける。
僕は、気付けのために反対側の耳にも同じことをしてあげた。

その四 [#nffdcd17]

「もう…調子に乗って私ばっかり気持ちよくするなんて…妬ましい…」
息も絶え絶えに僕の懐から逃げ出すと、【パルスィ】は浴槽の縁に腰掛け、形のいい脚をこれ見よがしにゆっくりと開く。
「耳だけじゃなくて、ここも可愛がってくれないと…嫌よ…」
僕は四つん這いで湯船を横断すると、【パルスィ】の脚の間に顔を埋めた。
指を使う気など端からない。愛情込めて、口で奉仕するのだ。
「あはぁ…♪ 上手よ、あなた…」
割れ目に沿って舌を挿し込み、上へ舌へと舐め回す。
徐々に【パルスィ】の腰が浮き上がり、膣口までが舐めやすくなる頃にはすっかりとなまめかしい花が開いていた。
「ああ…あそこが溶けてる……お願い、早く来て…掻き回して…」
緑眼に情欲の焔が灯る。
ゆらゆらとしたその光に目を奪われ、心を奪われ、頭の片隅の【忘れがたき『検閲』の記憶】まで容赦なく奪われながら。
「あん…♪ 入ってくるぅ…」
湯冷めも湯あたりも気に留めず、僕は【妻】を押し倒した。

その五 [#yc66bdd6]

結局すっかり湯あたりした僕は、【パルスィ】に肩を借りて布団まで強制送還されることとなった。
「まったく世話が焼けるわね。でも…そんなところも好きよ」
ただでさえのぼせているのに、余計に顔が熱くなっていく。
やっぱり僕は、どうしようもなく【妻】のことが好きらしい。
「なっ…何いきなり恥ずかしいこと言い出すのよ!」
耳の先まで真っ赤になった【パルスィ】に苦笑する。彼女は思いの外に照れ屋なのだ。
「……でも、私は心配なのよ」
ふと、彼女の声が、表情が翳る。
「あなたは素直だから。素直に自分の気持ちを言えてしまうし、他人の気持ちを受け入れてしまうから」
ずい、と顔を覗き込まれる。美しい緑玉髄の瞳に、暗い炎が揺れている。
「お願い、私以外の女を受け入れないで。私は嫉妬深いけど、その分…いえ、それ以上に尽くすから。だから…私だけを見ていて。お願いよ…」
彼女の瞳に映る僕の目は、まるでいつかの【丑の『検閲』の夜】のように暗く、虚ろに濁っていた。

第三話 [#zb15506a]

その一 [#ld9f1698]

目抜き通りからいくらか外れた静かな通りをそぞろ歩く。
僕の片手には満杯の買い物籠。腕にはパルスィがしがみついていて、実に歩き難い。
「い、いいじゃない。腕くらい…」
しがみつく力が強くなる。…すごい弾力だ。
血が下に巡りそうになり、慌てて周囲を眺めて気を逸らす。
「…ふん。どいつもこいつも、人を見世物みたいに……」
新顔の僕が珍しがられている…ように見えるが、実は皆パルスィに見惚れているのだ。
少し観察していれば、誰もが彼女を振り返っていると知れる。知らぬは本人ばかりなり、だ。
「妬ましいわ……何の衒いもなく人を褒められる、その素直さが…」
相変わらず彼女の妬ましい発言は呪詛に満ちているが、その顔が耳の先まで赤いのを僕は見逃さなかった。
「でも、よかったわ。あなたが一晩で――…」
そこまで言うと、パルスィは急に押し黙り顔を逸らしてしまう。僕が……どうしたのだろうか?
「………ほら、帰りましょ。今夜は快気祝いする約束じゃない」
そういえばそうだった。僕は彼女の差し伸べてきた手を取る。
ふわりと足元が宙に浮き、旧都と呼ばれる界隈があっという間に大穴の虚の向こうに見えなくなっていった。

その二 [#u0b1588d]

帰宅してすぐ、パルスィは食材の調達をしに地上へと飛んだ。
何でも地底の食べ物は人間にとっては猛毒なんだとか。
というわけで、僕はささやかなお祝いの下準備をすることになった。
居間を掃き清め、ちゃぶ台を拭き、風呂場を掃除する。要するに雑用だが、僕は不思議と満たされていた。
「ただいま。用意は出来てる?」
半刻ほどでパルスィが帰ってきた。用意はもちろん、さっき買ってきた諸般の雑貨も配置済みだ。
「ふふ、頼りになる旦那様ね」
履物を脱いで上がり込むなり、彼女は背伸びして僕の頬をついばんだ。…予想外のご褒美に顔が紅潮する。
「……台所には入ってないわよね?」
出て行く前に、台所にだけは入るなという旨を残された。当然入っていない。僕は約束を守るのだ。
「ならいいわ。…あなたの好きそうなお肉がね、今日もいっぱい手に入ったのよ。後は私が全部やるから、あなたはくつろぎながら待っててね」
緑眼を嬉しげに細めると、彼女は僕の身の丈ほどもある長大な包みを肩に担いで台所に消えた。
――後ろに、点々と、鮮やかな赤い染みを残しながら。

その三 [#hd1e5c0b]

「……どうしたの? お肉、嫌いだった?」
骨付き肉の丸焼きをはじめとした、多様で豪勢な肉料理が狭いちゃぶ台を彩っている。
だが、僕は付け合わせの野菜と味噌汁だけでご飯を食べていた。
「……あ、わかった。お肉の血生臭さで食欲なくしちゃったのね?」
茶碗に箸を置いたパルスィが、緩慢な動きで這い寄ってくる。
僕を見据えたまま微動だにしない瞳が、ゆっくりと、ゆっくりと、
「ごめんなさい、私の配慮が足りなかったのね。氷でも詰めてもらうべきだったわ。そうよね?」
僕は戦慄しながら首を振る。気にしなくていいと、その一言が凍った喉から出てこない。
「あら、違うの? ……まさか、私がいない間に…よその女を連れ込んで、何か食べてたんじゃ…!」
僕の鼻先で、不意に美貌が強張る。
「妬ましいわ……妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい…! こうなれば藁人形なんて必要ないわ…。今ここで、あなたを……あなたを――」
手が、僕の頭を左右から

その四 [#j045819f]

「…ちゅっ」
――両手で頭を挟まれ固定された僕は、次の瞬間、ハニワのような顔でぽかんとすることになった。
「ふふ……あっははは! 冗談よ、冗談! 私があなたを殺すなんて、あるわけないじゃない!」
腹を抱えてけたけたと笑い転げるパルスィ。どうやら相当、笑いのツボに入ったらしい。
「ふう…。でも、あなたの食欲がないのは本当。その原因があのお肉にあるのも本当。…そうよね?」
あの肉のせいで…というより、あの肉から血が滴るところを見たせいでという気はする。
まあ、どちらにしろ彼女の言う通りだろう。
「しゃあ、もうお肉は金輪際やめにするわ。あなたが嫌がることは絶対したくないもの」
そういって、そのままもう一度、唇を重ねられた。
「私はあなたに尽くしたい。あなたに喜んで欲しい。そのためなら何でもするわ」
唇から首筋、鎖骨、胸板、乳首、脇腹、臍。
ついばむような口づけは、位置を下げるごとに熱を帯びていく。
「だから、お願い…。私のことを見て。私のことだけを、ずっと…」

その五 [#kdef074a]

「せっかくだから、こっちくらいは味わってもらおうかしら…?」
パルスィの細身ながら程よく丸みを帯びたお尻が目の前にある。
「んっ……そう…優しく触って…」
ドロワーズとはまた違う、外つ国のものと思われるその純白の下着は、お尻の形がはっきりと出て実に卑猥だ。
濡れた秘唇など凹凸の形が確認できるほど透けてしまっている。
「ああぁ……やめて、恥ずかしいこと言わないで…」
羞恥と奉仕の快楽に身を震わせながら、パルスィはちんぽを丹念に舐め回す。
お返しに僕も、下着越しに彼女の膣に舌を挿す。
「にゃあっ!? あ、ああ…は、入ってる……私の中、なめなめされてるうぅ…」
ちんぽを喉まで呑み込みながら、慣れぬ快楽に腰を振るパルスィ。
尻たぶを両手で固定し、逃げられなくして、目一杯に伸ばした舌を何度も抜き挿しさせてやる。
「や、あ…駄目、舌じゃ駄目……こっち、こっちで…して……」
すっかり固くなったちんぽを幾度もしごいて、パルスィは緑眼を切なそうに潤ませながら哀願した。

その六 [#pe60d200]

じゅぶじゅぶと湿った音を立てながら、蜜壺が僕の先端を呑み込んでいく。
「あっ……う、後ろから…?」
さっき散々に脅かされたので、仕返しの意味も込めて思いっきり突き入れる。
「うあぁっ! こ、これ……凄い…」
かたかたと小刻みに震える真っ白な背中に、玉の汗が滲んでいる。
「あっ、あ、ああっ! これ、当たる! いいところに当たるぅっ!」
仔犬のような声で喘ぎながら、盛りのついた雌犬のような腰使いをするパルスィに、僕も一気に高まって
「っああぁっ! あ、はぁあ……で、出てる…一番奥に……」
射精の衝撃を受けて膣内が一気に締め付けてくる。この体位でも無事にイけたようで、僕も安心した。
「…何だかんだで私のこと、ちゃんと考えてくれてるのね……嬉しい」
最後を口づけで締め括り、僕たちは繋がったまま眠りに落ちていった…。

最終話 [#jded24e8]

その一 [#o19dc2eb]

その日、旧地獄街道は大変な賑わいだった。
何でもここら一帯を仕切る鬼に熱愛が発覚したとかで、それを特集した号外があちこちに乱れ飛んでいる。
「ふうん…あの無骨者にね。何かの間違いじゃないのかしら」
パルスィは鼻で笑っているが、新聞を持つ手は震えている。例によって嫉妬の心に火がついたのか。
「馬鹿を言わないで。私は冷静よ。…まあ、この記事が確かなら晴天の霹靂もいいところだけど」
地底にはいささか似つかわしくない引用を口にしながら、パルスィは不意に僕の腕を引いた。
「ま、知らない顔でもないし。お祝いくらいはしてやりましょう」
向かった先は出店ではなく、きちんとした飾り物の店だった。
僕は早速、パルスィに似合いそうな簪や櫛を吟味し始める。
「当初の目的を忘れないの。形に残るものでお祝いを贈るんだから、値段は気にせず選ぶのよ」
苦笑とともにたしなめられた。どうやら彼女にとって、その人は顔見知り以上の間柄のようだ。
「それじゃ手分けしましょうか。背丈と乳が無駄に大きい、三度の飯より酒と喧嘩が好きな女にも似合いそうなのを探すのよ」

その二 [#w6a1e642]

帰り道。目抜き通りを外れた、川辺の遊歩道を二人並んでそぞろ歩く。
「ああもう、騒々しいったらなかったわ。どうして旧都の連中ってこう、乱痴気騒ぎが好きなのかしら」
ぶちぶちと文句を言うパルスィ。まだ酒が抜けていないのか、どうにも足元が覚束ない。
「うるさいのは嫌いなの。お酒は静かに飲むものよ」
まあ、宴会で酩酊してけらけら笑うパルスィというのも、確かに想像はつかない。僕は思わず苦笑した。
「それにしても…あいつ、いつからあんな少年趣味に走ったのかしら」
件の鬼と暮らしていたのは、十歳くらいの少年…の妖怪だった。
口数は少なかったが、周囲から冷やかされるたびに、恥ずかしそうにはにかんでいた。とても幸せそうに。
「…まあ、そうね。幸せそうだったわよね。あいつも、あの子も」
ぴたりと、彼女の足が止まる。振り返ると、緑の瞳を潤ませて。
「……。ごめんなさい、ちょっとだけ…このまま……」
…会話が途切れ、川のせせらぎが耳を通り過ぎていく。
泣きじゃくる彼女に胸を貸しながら、僕はただ、沈黙していた。

その三 [#t832d1f8]

「さっきはああ言ったけど……やっぱり駄目…妬ましい……」
さっきとは酒宴の席でのことだろう。
旧都をまとめる女傑と軽口を叩きつつ、きちんとおめでとうを言っていたように見えたが…。
「もちろん本心から言ったつもりよ。でも…私の本能が……橋姫としての本能が、それからずっと囁いてるのよ……」
しがみつく力が強くなる。僕の着物を握る手が、白くなるほど。
「お前は彼女の幸せを、本心から祝っていないって……本当はあの笑顔を引き裂いてやりたいくらい、二人の幸せが妬ましいんだって……」
――嫉妬心を操る一方で、自らも嫉妬に身を焦がす。それが橋姫という妖怪なのだという。
種としては正しいのだが、彼女は…
「もう嫌…! 友達の一人も素直に祝福できないなんて……」
素直になりたくて、素直になれなくて。人間の僕には想像もつかないほどの葛藤を抱えながら、彼女は。
「あいつも、あなたも……どいつもこいつも妬ましいのよ。楽しければ笑って、めでたければ喜んで……それを誰とでも分かち合える、その素直さが……」
あの綺麗な瞳を、ずっと嫉妬に灼き続けていたのだ。
ずっと、本当にずっと独りで。

その四 [#pdcd2798]

帰宅するなり、僕たちは抱き合う。
彼女はやり場のない憤りをぶつけるために。僕はそれを受け止めるために。
「どうして…? どうしてあなたは、私なんかに優しくできるのよ…」
僕の優しさが、彼女の誇りを踏みにじる。自尊心を掻きむしる。
「離してよ…。泣いたところを抱きすくめられて、私…すごく惨めじゃない……」
はっきり拒絶されながら、僕は彼女を離せない。彼女もまた、僕を離せないのだから。
「私はあなたが思うほど綺麗な心の持ち主じゃないの。嫉妬深くて、狡くて、卑怯で、臆病で、独占欲が強い……そういう女なのよ」
そんなもの、どんな女の子だって少なからず当てはまるだろう。
むしろ隠し立てしない分だけ、パルスィには好感さえ持てるくらいだ。
「で、でも……私は、あなたを……」
泣き腫らした顔を上げる。どちらからともなく口づけを交わす。すっかり見慣れた緑眼には
「あ、んむっ……ちゅ…」
心の底からの後悔が、さざ波のように揺れていた。

その五 [#yadd8b44]

「私ね、ずっとあなたを騙してた」
昨夜から一言も口を利かなかったパルスィが、就寝も間近の今になってようやく口を開いた。
「あんな風に抱かれたんじゃ、あんまり惨めだから…喋っておくわ。全部ね」
――彼女は語る。嫉妬と憎悪に狂っ哀れな男に、同情と憐憫を抱いた彼女は、男を連れ去ったのだと。
それが、僕との出会いなのだと。
「人間に戻すためとか、建前は色々と言ったけどね。本当は、ただ……誰かに側にいて欲しかっただけ」
膝の上で拳を握り締める。まるで、何かに耐えているかのように。
「私は、あなたの嫉妬心を抑圧し続けた。あなたは……生きる目的と力を失ったあなたは、やがて私を妻と見紛うまでに壊れていった」
…何故だろう。僕は彼女の言葉をまるで疑っていない。
本当にそうだったのだろう、そうに違いないと決めてかかっている節さえある。
「私はあなたを壊した。あなたを人形に変えた。私の側に置く、ただそれだけのためにね。なのに――あなたは自力で人に立ち戻った」
まるで抗議するような眼から、パルスィは大粒の涙をこぼした。

その六 [#oe054b16]

「どうして理性を保てているのか私にもわからない。今のあなたが人間でも妖怪でも、嫉妬に狂った鬼でもないってことはわかるけどね」
パルスィに原因がわからないなら、僕にわかるわけがない。ただ、考えられることはある。
「え、何か心当たりがあるの?」
心当たりというほど大層なことではないが、こう考えればひとまず得心がいく。
すなわち、僕は嫉妬からも憎悪からも脱却した今の状態に慣れてしまったのではないだろうか――と。
「そんな、まさか…。ちょっと顔貸しなさいよ」
両手で頭を固定され、無理矢理視線を合わされる。いつもながら、見惚れんばかりに美しく、透き通った緑眼だ。
「う、嘘……。だって、鬼になりかけるほどの嫉妬心よ!? その抑圧を解放してるのに、何で……」
嫉妬心を操る妖怪に嫉妬心が操れないとなると、答えはひとつしかない。
僕を鬼に変えかけていた嫉妬心は、もう僕の中のどこにもないということだ。
「ないって……忘れたってこと!? あり得ない! あなた仏様か何か!?」
なるほど。どうやら僕は知らぬ間に、人から脱却してしまったらしかった。

その七 [#d41ad49c]

「……つまり、悟りってやつかしら? いまいち考えにくいけど…」
それは信心と無縁に生きてきた僕にしても同じことだった。
「と、ともかく…あなたは嫉妬心も憎しみも忘れたか、または捨て去ったと…。それで、どうするの?」
どう…とは、どういうことだろう。
「鈍いわね。地上に戻らないのかって言ってるのよ」
睨むような目で、挑むような声で、彼女はそう言った。
「あんた、店も家庭もないんでしょう? …どうするの?」
普通なら、ここで地上に戻り全てを忘れて何気ない日々を送るのだろう。
あるいは、兄と妻を探し出して追い詰めて地獄へ叩き落とすのだろう。
…でも、僕にはそのどちらに対する興味も残ってはいなかった。
「えっ…? それって、つまり…」
目の前に最愛の人がいるのに、どうして地上なんかに帰るだろうか。
僕は、迷わずパルスィを抱き締めた。

その八 [#le81e86f]

「ちょっ……あなた、私の話聞いてたの? 私は、あなたを」
確かに今の僕は、人間の心地をしていない。
何をされても笑って許すか受け流してしまいそうな、そんな心地で胸の中が満たされている。
「でも、あなたが許せても、私には私が許せないのよ! どうあれ私はあなたの意思を無視して、あなたを壊してしまったんだから」
でも、僕は壊れてなんかいない。以前と変わらず、パルスィが好きだ。
「ぇ………ぁうえっんむ!?」
面白いくらい狼狽える彼女の唇を唇で塞ぎ、ゆっくりと服を脱がせていく。
「ほ、本気にするわよ? 今のあなたが正気で、本心から口にしたんだって……」
それこそ、望むところだ。まろび出た乳房を掌ですくい、撫でさする。
「今抱かれたら…本当に一生そばを離れないわよ? いいの……?」
僕ははっきりと肯定して、もう一度愛を囁いてから、ゆっくりとパルスィを押し倒した。

その九 [#e2b6ca37]

「ん、ちゅ……くちゅ、れる…」
パルスィの唇が、僕の唇をなよやかに受け止める。
柔らかい。温かい。どちらからともなく舌を絡め合い、口の粘膜を隅から隅までねぶり尽くす。
静かで、情熱的な口づけだ。
「やだ……何で? どうして、こんなに感じるのよぅ……ふぁっ!」
片手で彼女の頭を抱き、唇を重ねたまま片手で胸に手を添える。
まるで力を入れずに撫でているだけだが、ぴんぴんに張った白い肌と薄紅の乳首が、彼女の興奮を物語る。
「ぷはっ……やだ、幸せすぎる……幸せすぎて、気持ちいいのぉ……」
首に両腕を回され、またも口づけに持ち込まれる。
僕は片手で乳首をころがしながら、空いた片手をするすると彼女の脇腹に、腰に、腹に、太ももに這わせていく。
「んっ! んんん、んんーっ!!」
びくびくと反応しなから、それでも彼女は唇を離さない。
ただ、片手を首から離すと、その手で屹立した僕のちんぽを扱き始める。
「ん、ふっ、んっ…ん、んふ…」
僕も彼女の割れ目に手を添えて、気が住むまで二人まさぐり合った。

その十 [#ca106731]

僕のは先走りで、パルスィのは愛液で、すでにぐちゃぐちゃになっている。
指先に絡んで糸を引く粘液を充分に亀頭にまぶし、膣口にあてがう。
「んあっ! ふ、ぅうう…あああ…」
濡れた粘膜を割り開く生々しい肉感に、二人揃って長い溜め息のような甘い声を吐く。
パルスィの中はいつもより狭く、熱く、湿り、締め付ける。
ようは、いつもより感じているのだ。
「だ、だって…だって……私、こんな風に情感たっぷりに抱かれたことなんて…あ、あん、あぁん…っ♪」
思えば彼女は嫉妬の権化。誰かを愛したくても愛せなかっただろうし、愛されなかったことだろう。
「ああっ……好き、好きよ……。あなたが、大好き……あ、はぁっ…」
情感に溢れた緑色の瞳が、幸せそうに僕を見ている。そんな蕩けた顔を見せられては、僕も堪らなくなって
「あ、あああっ! 抱いて! ぎゅってしながらイッて! あああ、あああ…ああああああああっ!!」
ドロドロに熔けた精液が、彼女の一番深いところで何度も、何度も弾けた。そのたびに、互いの腰が跳ねる。
「愛してるわ…あなた……」
もう一度強く抱き合うと、しばらくは思うがままに口づけを交わし続けた。

その十一 [#oebc4aec]

「何かしら……すごく、胸の中が温かいの。温かくて、嬉しくて…」
腕枕に載せられた頭をそっと撫でる。繊細な金色の髪は、するりと指から流れ落ちる。
「こうして寄り添って、頭を撫でられるだけで……何もかも、どうでもよくなっちゃうくらいに、幸せ…」
幸せの形は人によって様々だろう。けど、これだけは共通しているはずだ。
――心が、満たされること。
何事も上を見ればきりがない。それを知りながら、彼女は嫉妬に身を焦がし続けていたのだ。
これでは満たされるわけがない。
要するに彼女に必要だったのは、側に置く人形ではなく、共に歩む誰かだった。
どこにでもある話だが、彼女も中身はどこにでもいる普通の女の子だったということだ。
「ふんだ……何よ、私のことは何でもお見通しって顔しちゃって。…妬ましい」
いつもの眉根を寄せたあの顔はどこへやら。今のパルスィは、太陽よりも明るく微笑んで妬んでいた。
「ふふ…。おやすみなさい、あなた…」
腕の中で眠りに就く彼女の頬に口づけを落として、僕もゆっくりと微睡みに落ちていった…。

その十二 [#gfb99f27]

それから数日が経つと、橋姫の住処にあの時の鬼が訪ねてきた。
あの少年は…鬼の後ろに隠れている。他所の家とあってか人見知りに拍車がかかっているようだ。
その鬼夫婦はわざわざ手土産を持ってきてくれたばかりか、一晩中呑み明かして帰っていった。
「まったく、図々しいったらないわ。少しは気を遣えっていうのよ」
そうは言っても頬が弛緩しているのは明白で、そんな照れ隠しに意地を張るパルスィを見るのが、最近は何よりの楽しみだったりする。
「…ま、いいけどね。楽しかったし」
でも、やっぱり彼女には笑顔が一番よく似合う。
彼女があの綺麗な眼を細めて笑うと、それだけで僕は幸せになるのだ。
「ふふ…あなたがそう思ってくれるなら、この嫉妬心の象徴たる眼も、少しは好きになれそうよ」

溢れんばかりに幸せの色を湛えた、美しき緑眼を。
ほんの少しだけ、僕は妬ましく思ったのだった――。


<終>

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