その一

ここ地底で暮らすようになってから、もうどれだけ経っただろうか。
暗闇の風穴と旧地獄街道を結ぶ縦穴の、壁面に穿たれた横穴の中に建つ屋敷。
地上と地下を結ぶ橋の番人、水橋パルスィの屋敷である。
「ただいま」
不定期に庭先へばらまかれる新聞を読んでいると、そのパルスィが帰ってきた。
「何よ、その顔は…? 私が自宅に帰ってくるのが、そんなに不思議?」
そういうわけではないが、今日は帰らないと思っていたのだ。
だから夕飯の用意もしていない。腹が減ったらありあわせで作る気だったのだ。
「……どうして帰らないって思っていたのか、参考までに聞かせてくれる?」
毎年この時期になるとパルスィは忙しくなる――旧地獄の鬼にそう聞いていた。
理由までは聞いていないが、大抵は返り血にまみれて帰って来るとか何とか。
「こ、今年は予定変更したのよ。ちょっと台所使うから、覗くんじゃないわよ」
どすどすと迫力ある足音を立てて、台所に向かうパルスィ。
その後ろ姿に、何故か僕は、今夜の食事が抜きになるであろうことを予感した。

そのニ

「ほら、起きなさいよ」
肩を揺すられて目を覚ます。どうやら新聞を読む内にうたた寝していたようだ。
ぼんやりとした視界に、緑玉髄のような美しい光が浮かんで揺らぐ。
「まったく、人が苦労してる間にぐっすりと……妬ましいったらないわ」
いつも通りのパルスィを尻目に、頭を振って意識を覚醒させる。
すると部屋中――否、屋敷中を甘ったるい香りが満たしているのに気がついた。
「ちょ、チョコレートよ…」
チョコレート……確かしばらく前から里で出回るようになった、異国の菓子だ。
しかし何故にまた、そんなものをわざわざ作ることにしたのだろう。
「うっさいわね! つべこべ言ってないで食べなさいよ!」
手渡されたチョコは綺麗に包装されている。これもパルスィの手製だろうか。
破かないよう慎重に剥がし、現れたチョコを口に入れる。
「ど、どう……?」
甘くて美味しい――そういうと、パルスィは花が咲いたように笑った。

その三

――それにしても、何故急にチョコを贈ってきたりしたのだろう。
僕の誕生日は再来月だし、特にお祝いをする理由は思い当たらない。
「バレンタインデーよ。知らないの?」
首を横に振ると、パルスィはせっかくの笑顔を曇らせてしまった。
「西洋の祭日なのよ。その日はチョコレートを贈って、告白するの」
それなら幻想郷で浸透していないのも頷ける。事実、僕は知らなかったのだ。
知っているのは余程の情報通か、外来人か、あるいはその関係者くらいだろう。
「……まあいいわ。実際、今の私があるのは、貴方がいるからだもの」
不意に、肩に頭を預けられる。程よい重みが心地いい。
さらさらの金髪からは、ほんのりと、移り香したチョコの甘い香りがする。
「貴方がいるから、多少なりとも私は変われたんだもの」
肩を抱く。温かくて、柔らかくて、か細くて――愛おしい。
「好きよ……あなた」
潤んだ緑色の眼が閉じて、僕達は甘い香りの残る唇を重ね合った。

その四

生来のものか、地底暮らし故か、パルスィの肌は白い。
陶磁器のように白い肌は、柔らかく、滑らかで、きめ細かい。
そして、指で触れればぴくりと震えるほど、敏感だ。
「うん……感じる。いつもより……」
はだけた袷から手を滑り込ませる。大きくはないが形のいい胸に触れる。
「ふぁっ…や…ぁ……ん、あぁぁあ……」
パルスィの吐息が甘くなった。甘く、艶やかな、鼻にかかる声。
次第に固く尖る乳首を指先が転がすたびに、声は切なくとろけていく。
確かに、いつもより感じているようだ
現に、細い脚の付け根に少し触れただけで――もう淫猥な水音が止まらない。
「ま、待って…ゆび……指じゃダメなのぉ……」
両手で腕を掴まれる。だが止まらない。こんなに悦ばれてしまったのでは。
「ダメ、だってば……あ、ダメ…イ、イッちゃ……〜〜〜〜〜〜ッ!!」
絶頂して、潮を吹くまで、男としては手を止めたくないのだ。

その五

「もう…。調子に乗るんじゃないの」
すみませんと素直に頭を下げる。確かに、少し図に乗り過ぎた。
「……本当に反省してる?」
してますしてますと何度も頷いてみせる。
そうして頷いてから、頷くたびに嘘っぽく見えてしまうことに気がついた。
「じゃあ、証明して」
パルスィは僕の食べかけのチョコを一口かじると、やおら覆い被さってきた。
「んーっ♪」
あっという間に唇を奪われる。頭を完全に抱き抱えられ、寸毫も動かせない。
舌が入ってくる。唾液とチョコの混ざったとろとろの舌が、僕の舌と絡み合う。
甘露と、快楽と、それらさえ上回る歓喜が、幸福感が、僕を痺れさせていく。
「ぷはっ。……ふふ、すごく喜んでるわね。なら……信用してあげる」
喜びのあまり暴発しそうな怒張の先端に、ゆっくりと跨ってパルスィは微笑む。
「それじゃあ……もっともっと悦ばせてあげるわね」

その六

「んっ…♪ あぁぁ……なかに…出てるわ……」
とく、とくんと、下腹の脈動を愛おしみながら、華奢な肢体が喜悦にわななく。
「ほら、お口がお留守よ。さっきより甘ぁい口付け、もっと頂戴?」
ぱきんと砕いたチョコを口に含み、両手を広げて僕を迎え入れてくれる。
甘えるように覆い被さり、唇を重ねると、見る間に剛直は力を取り戻していく。
「いいわ、動いて……んっ、ちゅる……くちゅ、ちゅ、ちゅく。ちゅるる……」
密着する粘膜が、上から下から水音を溢れさせる。
まるで媚薬を飲ませ合うかのような口付けは、射精と勃起を交互に促すようだ。
「やぁ…こんなの、知らない……だめぇ…射精しながら動くのらめぇ……」
もう何度絶頂したのか。わからぬままに腰を振る。
仕方がないのだ。パルスィの両脚も、肉襞も、僕を捕らえて離さないのだから。
「ぁぁ、また射精…奥に当たって、イッちゃ……あ、あああああああ……ッ♪」
溶ける――どろどろと、彼女の一番奥で、僕の一番先端が融けていく――
快感に意識までも熔かされながら、それでも僕たちは唇を離さなかった。

その七

「もう…出し過ぎよ。溢れちゃって…もったいないじゃない……」
どぷどぷと溢れ出すその様は、まるでパルスィが射精しているかのようだ。
……もちろん、話がこじれては困るので、そんなことはおくびにも出さないが。
「とにかく、お返し期待してるからね?」
――来月の今日、僕はパルスィにお返しとして何か贈らねばならないそうだ。
妥当なのは飴などだそうだが、そんなもので彼女が喜ぶかは疑問が残る。
「……贈り物に凝るのはいいけど、よその女と選びに行ったりしないでよね」
そんなことはしない。しようとも思わない。
少しばかり嫉妬深いが、こんなに可愛らしいひとが側にいるのだから。
「……本当に?」
頷きながら、何となくこの展開に見覚えのようなものを感じ始める僕。
「じゃあ、証明して」
言いながら、パルスィは顎を上に向け、緑色の眼を閉じる。
苦笑いをひとつこぼして交わした口付けは、チョコレートよりも甘かった――。

(終)

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