第1話 11/09/15(木)22:10:24

その1

ふつふつと煮えたお湯がポットに閉じ込められて数分経った。頃合なのか、一対の三つ編みが揺れて僕を見た。
「先にそこの黄色の小瓶の薬を塗って。指先でちょっと掬うくらいでいいわ」
言われたとおりにする。ワゴンの上には調味料か薬品か、虹色を再現できるくらい沢山の瓶が並んでいたが、色が重複したものはひとつとしてなかった。
手首に対して垂直に薬品を塗りなぞる。塗った瞬間からすうっとした涼しさが広がっていく。
「歳の数──あなたの歳の数を数えて、沁み込むのを待って」
何のおまじないだろう。とにかくもうすぐ成人になる数だけ、秒数を待った。
手首に引いた線上の体温が失われていく。その部分の感覚が死んでいると表現してよかった。
「手に取って。落ち着いて、刃先を肌に食べさせるみたいに」
煌きながら僕を見ていた。この短刀もこの人も、月光を糧に生きているのではないか。
そんな切っ先が手首に近付いていく。落ち着け、やるのは僕自身だ。大丈夫だ。慌てるな。
つぷり。銀が冷たく肌に食い込んだ感触が指に伝わった。痛くは、ない。
「大粒のを、五滴。それ以上は駄目」
既に淹れられた紅茶の水面を、赤い雫がきっちり五回叩いた。

その2

「初めてにしては綺麗な切り口ね。自殺願望でもあるのかしら」
反応の取り方に困った。仮面を貼り付けているのではないか、と思えるくらいの無表情で言うのだ。
「黄色で麻酔をした時と同じ要領で、これを。“傷を閉じる”という意志を強く持ちながら」
白い指先は今度は赤い瓶を示した。正確にはその中身の色が異様に濃厚で、瓶が赤く見えていた。
調子に乗り始めた小さな傷口はぽたぽたと赤いのを漏らしている。もたもたしていてはまずい。
血と同じ色のそれを指の先に引っかけて、液体だけで摩擦した。
「放っておけば元の通りになるし、跡も残らない。うまくやれば、ね」
もう既に彼女は片付けを始めて──いや、終えていた。瞬きの間の時間で、それを済ませてしまう。
「お嬢様に差し上げる紅茶は全て、この工程を欠かさない」
つまり当面は、僕が館の主人の紅茶を請け負う。全てを拒絶するような銀髪が揺れて、少し不貞腐れているように見えた。
「紅茶の淹れ方は教えたわ。次は、昨日のおさらい」
……来た。
氷の瞳が僅かに細まるとき。この人の真っ白な仮面の下の、恐ろしい本性が姿を現す。
「“恐怖を感じる”おさらいよ」

その3

とん、と肩を押されて倒れた先はベッドだった。僕に割り当てられたこの部屋のそこそこ上質なもの。
おかしいな、さっきはベッドとこんなに近くなかったのに。考える意味など、ないのだろう。
何か問題はあるかと言う風にベッドの外から僕を見ている彼女の姿が、思考を放棄させる。
「昨日は鞭と蝋燭と、あと何だったかしら──」
僕の顔を真っ直ぐすぎる視線で射抜く。顔と目は動かさぬまま、彼女は身につけているものを脱ぎ始めた。
最初はタイ。飼いならされた蛇の如く、首から這い落ちる。音もなく腕が背中に回ってもぞもぞ動く。
ワンピースの後ろが封を切られて、ひとりでに脱皮するようにすとんとエプロンごと落ちた。
残りはブラウスと、太股の中ほどまでの白い靴下と。脱がなかった。少しだけ覗く肌まで白くて、怖い。
「何にしても痛いのは苦手、と。憶えたわ」
あなたはワインより上質な飲み物。恐怖を感じれば感じるほど味が洗練されていくの。ほら、もっと鳴いて。
昨晩鞭の打擲と一緒に叩き込まれた言葉が再生された。
「傷物にしてもいけないから、別の方法を考えてみたの」
少し気をそらした直後には、僕も剥かれてワイシャツだけになっていた。

その4

魅惑的な肢体がゆっくり空気を裂くようにベッドに上がってくる。後ずさりしてみるけれど、逃げ場はない。
「果たして嫌がる理由がある? 興味が無いわけではないでしょうに」
そう脚に手を添えられた瞬間、体から力と意志が抜けた。手懐けられてしまったことに納得したくはなかったのは、僕なりのほんの少しの反抗だったのかもしれない。
「悪いことでも、ないでしょうに」
指先で端をつままれて、下着をわざとゆっくり下ろされる。
僕が息を荒くしていたのは、興奮のためではなかった。本能的に何かを、一般に恐怖と呼ばれる何かを感じていた。
「体は正直」
正直というより、裏切り者だ。この人が脱ぎ始めたときから大きくなってたんだから。
少し余った包皮を剥いたあと、長手袋のつやつやした指先はなじるようにくすぐった。
裏をたどって鈴口、亀頭のくびれ、また裏。品定めみたいだった。
「ふ、ん……」
鼻を鳴らした後はどこから、そしていつ取り出したのかわからない透明な瓶を開ける。中身は妖しい粘りを持つ“そういうこと”に使われる液体だった。
手に掬うと手袋にひっついた。その手で、改めて僕の性器を握った。

その5

静かな夜の部屋、僕が息を漏れる音と、ぬちぬちという陰湿な音と。
彼女は何も言わなかった。ただの作業だと言わんばかりに冷たく固まった瞳で僕と僕のを見ている。
根元から引き抜くように扱き、手に余った粘液をまた手のひらに集めて塗りつける。また扱く。
なすがまま、自分でもおかしいと思うくらいにびくびく脈打っていた。
腰がどんどん上がっても、逃さない。今度はもう片手で玉を揉み始めた。やっぱり手は粘ついていた。
溜め息を我慢できなかった。最後、声も我慢できなくなってきた。情けない声だった。
「駄目」
腰と男根の震えが最高潮に達したとき、しゃかしゃか動いていた手が急に止まって、しかも締め付けた。
「駄目、と言っているの。射精しては駄目」
なんで、と裏返った声で尋ねた。無意識にそうした。体がお願いを、屈服をしていた。
「甘えているつもり? 駄目と言ったら駄目なのよ。あなたを喜ばせようとしてやっている訳ではないわ」
照れ隠しとか、そういうのでは断じてなかった。表情が全く動かなかったから。
無理にお預け──なんてものではない──を喰らって、昂ぶっていた射精欲求が静まり始めた頃。
手淫がまた、再開された。

その6

達しそうになったのも、もうやめてと懇願したのも、もう何度目だろう。
扱くだけ扱いて、止める。
擦るだけ擦って、留める。
甘やかすだけ甘やかして、禁じる。
地獄だった。その一連の流れがまた始まるとき、頭の裏側が暗くなってくる。
息の律動はもはや不規則とかそういう問題ではなかった。吐き気だってする。
「……十一回。限界かしら」
最初僕の男根に絡められた粘液は、僕の我慢の涎と混ざり合って泡立ってすらいた。
「もう触って欲しくもないでしょう? 私の指と手が、怖いでしょう」
いま血を採ったら、さぞ美味しい甘露だろうに。そう言ったところで始めて、目の前のメイドは笑った。
「もうそんな事をする体力も残ってないでしょうけれど、自分で済ませようなどと──考えないことね」
するものか。──するものかと思ったが、事実僕は、寸止めのサイクルに、僕は、感じていて。
「判るわよ。したか、していないか。お嬢様は、精液も嗜むから」
その言葉を置き土産に、僕の教育係は出て行った。
……僕は紅魔館の小間使い見習い。十六夜の晩から、ここで働いている──

第2話 11/09/18(日)01:28:32

その1

すらりとした手首をしならせて、メイド長が主人の部屋のドアで硬い音を鳴らす。
「お嬢様、咲夜でございます」
中から小さな声が返ってきた。ワゴンの取っ手を握る手に一層力がこもる。「入って、先に」。ドアを開けたまま僕を待ち、瞳を閉じてメイド長は僕を促した。小声なのが妙に緊張を助長する。
扉の奥は赤い部屋だった。壁紙やら、絨毯やら、家具やら、殆どが赤系統の色で統一されていた。
「待ちかねたわ」
真っ赤な空間の中、天蓋付きの広く大きいベッドが、部屋の中心に位置取っていて。
そのベッドが彼女の世界の全てだと思わせるほどに小さく幼い吸血鬼が腰掛けていた。
「とりあえず格好だけはまともに見せているという所かしら」
近くに来い、という合図なのか、丸い瞳がぱちぱち瞬いて目配せをした。
メイド長はまだ目を瞑っている。こういう場合は主人に従った方がいいと考えた。
「咲夜は下がっていい」
「ですが」
「コレが粗相をしでかす度注意していては、きっと咲夜今晩眠れないわね」
従順な者と書いて従者。それ以上口答えをしないで出て行った。
この乱暴に鈴を鳴らしたような高い声の少女が、この館の主。主だけあって、寛大だった。

その2

目立った失敗はないと思う。教えられた手筈通りに、紅茶に血液を混入させた。
「辛口ね」
紅茶の水面にてろりと舌を付けた瞬間、主が感想を漏らした。
「血のこと。今日の紅茶の不器用な味が、血の味に全部殺されてる」
退出を命じられた上司の代わりに紅茶も僕が淹れた。見習いもいいとこなのだ、そう言われても仕方ない。
「何かを我慢している、もしくはさせられている人間の血は、こういう味がするわね」
息を吸うように軽々とカップを乾かして、最初見たときより少し上気している気がする顔で僕を見る。
余裕のある所作でティーテーブルからベッドに移動した。呆気にとられている顔の僕を見る。
「先日の情けない声と姿を強要していたのは咲夜ね?」
その“どこか間違ってる?”と確かめるような表情に心の内側がくすぐられた。
ベッドの豊満な布団に腰掛けて柔らかい音をさせる。そしてこれからおねむの少女のように笑って、小さな手でちょいちょいと僕を手招きした。
「御恩には奉公、ギブにはテイクよ」
そして、謎の磁力に引っ張られた僕を足先でつついた吸血鬼は。
「血と引き換えに、お前の願いを叶えてあげる」
主だけあって、寛大だった。

その3

ベッドの上、命令通り主人の膝元に猫のように丸まっていると、産毛の先までも屈服した気持ちになる。
「──ほら、もう一度言うわ。首を見せて。お前の美味しい露の、その飲み口を」
主の望み通りの媚び方をしないと、血を吸ってもらえない。
血を奉じることを許されないと、僕の望みの通りにしてもらえない。
だから小さく細い少女の腰に手を添えて、縋るような上目遣いでご機嫌を伺う。にたぁ、と笑った吸血鬼の唇の間、人間の犬歯にあたる位置に太い牙があった。
「いい子ね」
幼い外見というものには魔力がある。ほぼ無意識に僕は主人に首筋を見せつけた。
まず主人は少し屈んで、僕の首の一点をぺろぺろ舐めた。舌が這った部分がじんわり痺れてきた。
体勢は苦しい。首に口を付けながら、少女の身体に似合わない力で僕を仰向けに開いて、僕の体を布団にするように上に寝た。
「く、んっ」
牙が刺さった感触は無かった。息を止めて集中してみて、初めて吸血されていたことに気付いた。
「くふ、ふ」
首の傷からの血を啜る吸血鬼は笑みを深めた。理由はわかっていた。
僕が、股間を大きくしているから。吸血されて興奮するような、そんな男だから。

その4

「吸血鬼に血を吸われれば、誰でもこうなるものよ」
やんちゃをした子供を見るような視線が膨らんだ股間に集中していた。
「あの咲夜だって昂ぶる。最もあれは少し被吸血趣味が入っているけれど。
……さあほら、優しくして貰いたいのなら、自分で脱いで、見せなくてはね」
視線を股間から外さなかった。僕が下を脱いで、今か今かと待ち構えるように震えている性器を晒すまで。
「ふうん。見せろと言われて正直に見せる所と、隠そうとしない所が気に入ったわ」
つまり欲望丸出しだと言うことは筒抜けだった。恥ずかしくて、逆にもっと血が通ってしまう。
「咲夜はこうやって、お前を苛めたの?」
僕の脚のそばの主人は悩ましげな流し目を披露しながら、突然僕の棹に手を添えた。
こう、こう、こうかしら。言葉の律動と同調させて、包皮ごと握ってぐにゅぐにゅ動かす。
「ふふふ──それで出しそうになったら、こうやってお預け?」
男根の脈が激しくなり始めるのを狙って、手の動きを緩める。
射精を我慢させられるというより、曖昧な快感で射精に至ることができないと言うが正しい。
この前と同じ、射精留め。それでも僕の上司がしたよりはずっと優しかった。

その5

主人による射精留めは次の一度で済んだ。拷問染みていた先日と比べれば、絶妙なお預けだった。
「咲夜の頭の中には被虐趣味と嗜虐趣味が同居しているから、あれくらいなら耐えられると思ったのかも」
されたくないことは人にするな。だから、されたいことを人にしても正しいとは限らない。
「私も焦らすのは得意じゃないわ。何よりも自分が先に飽きてしまうから──」
言葉に、仕草に、昂ぶった。広げた“ら”の口のまま、顔がどんどん股間に近付いていった。
まず唇の輪が亀頭を捉えて、包皮をめくりつつ根元に向かって降下する。
唇が僕の屹立の中ほどを過ぎて、一度赤い瞳が横目で僕を見た。柔らかく温かい肉の洞に包まれて絶句している僕の反応が面白かったのだろうか。鼻がふふんと鳴った。
今度は絡んだ唾液と一緒に口を窄めながら啜り上げる。
水分が振動する淫猥な音。頬が窄まった美少女の顔。興奮しない要素なんてなかった。
きゅうきゅうに密着した口の粘膜を密着させて、上がり下がりを繰り返す。
先日の分と、今日の分と。射精の欲望の猛りが具現化したような精液が、びゅぐびゅぐと自分の肉竿から飛び出ていくのを感じていた。

その6

「んぐ、ぶ、むん……っ」
自分の人生の中で、今のところ一番長く激しい射精。自分の性機能にも驚いたが、何より射精するそばから喉を鳴らして精液を嚥み下すこの主人も主人だった。
もちろん口淫なんて生まれて初めてだし、他人に精液を飲まれるというのも未体験だった。未開の領域に一歩踏み込んでしまった優越感と倒錯感が、僕の射精を後押しした。
「ん──ぷ、ぁは」
一通り奔流が止んで、主人もやっと口を開いた。頬の裏側にひっついた精液を指で掬って、確かめて、また舐め取って。ごく自然な顔とそぶりだった。
「とっても……うん、濃厚だったわ。まだ随分、喉のここら辺に絡んでなかなか降りてくれない」
自らの喉元を指で叩いて、シーツを鷲掴んで荒い息の僕をけらけら笑った。
「血もそうだけれど、こっちも悪くはないわね。咲夜の射精管理が少し功を奏していたかしら」
そして、不吉なことを言う。火照った体に一条の冷たい風が走った。
「でも残念だけど毎回こんな事をしていたらお前の身が保たない」
そんな思案するような顔は、すぐに悪戯を考えた外見年齢相応の原表情に変化した。
「咲夜にも少し、部下の気持ちを解って貰うことにするわ──」

その7

紅魔館主人レミリア・スカーレット付きの従者の仕事はどうしても基本的に夜型の生活を強いられる。
今回が初仕事の自分の身体は限界に近かった。なるべく早く慣れねばとは思うが、溜め息は出る。
『仕事が終わったら私の部屋の前に来なさい。良いと聞こえるまで入らずに、扉の前で待っている事』
そしてとにかく主人直々の言いつけがあった為、まだ僕は眠る訳にはいかなかった。
現在の僕の役職は血袋に近いのだから、何か仕事ならメイド長が済ませるはず。
つまり個人的な用事。一体何なんだろうか。
実際それは用事というより、ただの主人の趣味だった。
『────ッ、さま、やめ、おねがいですう』
主人の寝室のある廊下に差し掛かって、その桃色の嬌声は聞こえてきた。
『あッひ、ぅうああ、おじょお、さまあぁぁっ……!』
扉に近付くにつれ声は鮮明に、そしてその主も判別がついてきた。
『だっ、ださせて、しゃせぇ、させてくださいいひぃッ』
何か、何か恐ろしく拙い事件を目撃させられてしまった。
氷の表情の仮面を纏ったメイド長は、そこにはいなかった。明らかな雌の顔で善がる女がひとり、男根を虐げられながらも声を響かせていただけだった。

第3話 11/09/21(水)00:20:10

その1

起床時間は午後六時。近付きつつある爽秋の空気と薄暗さに睡眠欲をそそられながらも打ち勝った。
主人の目覚めは六時半きっかりと聞いていた。起きてすぐ、主人は紅茶を一杯嗜む。目下紅茶係の僕は主人に合わせて生活を送らなければならない。
「お早う。よく眠れたかしら」
充てられた部屋から出てすぐ、上司に見つかった。
喜怒哀楽、それらの感情のひとっかけらも含まれていない声で無理やり目が醒めさせられる。
「お嬢様ももうそろそろお目覚めになるわ」
“お嬢様”。彼女のその言葉が引き金に、昨夜の記憶がフラッシュバックした。
主人の部屋の前で。普段の姿から想像も出来ない猫撫で声を。僕は確かに聞いてしまった。
「寝た呆けている時間なんてないわよ」
『おじょ、さま、ああぁぁあ、ひゃ、ひゃへぇ、しゃせぇ……あはぁおぉッ』
普段表情筋ひとつ動かないこの顔は、あのときどんな感じに壊れていたんだろう。
「ほら、ついて来て」
そんな昏い妄想を頭の中に廻らせながら、僕は主人の寝室へと向かった。

その2

「はぁ──美味し」
主人に捧げる自傷にも慣れつつあった。治るとわかっていれば、どうということはない。
「甘めで、喉に優しい。我慢やストレスなんかとは皆無の味」
淡い色でゆったりとした寝間着の主人は薄笑みで褒めてくれた。
雇用主直々に好評を貰って、嬉しくないわけがない。
精神が爽やかになったことで、僕の血の味は良くなったんじゃないかと考える余裕すら生まれる。
「咲夜の血は濃いから。夜──することをする直前以外にはとても飲めたものではないのよ」
滋養強壮な点は評価しているけどね。主人が笑うと、寝癖も楽しそうに揺れた。
それは僕の背後のメイド長への含んだ挑発なのか。
「そうね、夜伽も咲夜の代わりにお前を呼ぶ事にしようかしら。きっと理想の遅寝遅起きが出来るわ」
遊んでいた。明らかだった。僕ら人間ふたりをおもちゃにして、楽しんでいる。
「ねえ、どうかしら。もう三日も射精させて貰えない、可哀想なメイド長さん?」
その言葉で、メイド長が密かに反応した。主人のカップを下げる手が一瞬ぶれたのを見た。
……僕は今日、眠れるのだろうか。眠れたとして、それが永遠の眠りにならなければいいけれど。

その3

今夜は確か半月だった。雨雲の所為で月明かりのないゲストルームだった。
メイド長の足許に跪く僕に、頭上から声を落としてくる。
「お嬢様は私をこうして愛してくれたの」
研がれた刃物のような脚が股の間に入り込む。拒否する権限は僕にはない。
メイド長の脚は白い。彼女が履いている長い靴下が白いわけだけど、暗くて彼女の肌の色と間違える。
「こう裏筋を絨毯に擦り付けて」
艶を備えた繊維の足裏で、すでに露にされていた男根を踏まれる。
「お嬢様が足に力を混めれば混めるほど、私は昂ぶってしまって、声を我慢できなくて」
早口だった。一定量の力を加えてそこから筒を転がすように足裏を使う。
「浅ましく硬くして、震わせて。ああ、出してしまう、お嬢様の足で、射精してしまう──」
ぐに、と急にひとつ大きく踏みつけられて、息が一瞬だけ急停止した。
痛い。痛いのもそうだけど、目の前のものに驚いて息が止まった。
目線の少し上、スカートの暗闇の中から大砲のようなモノが首をもたげて。
「んふ、むんっ……んぅぁあああはぁぁッ!」
雌の顔と声のメイド長は、僕が驚き悶える様を最後に一目見て、僕の顔面に真っ白けな濁流をぶちまけた。

その4

「どう? うちの悪魔の犬は」
どうもこうもない。何の刺激も与えられていないのに、勝手に大量射精。恐怖すら覚えた。
「あッはははは! はは……元凶はお前の目の前にいるのだけれど、気分はどう?」
一体あなた以外に誰がいる。
結局メイド長は僕を白濁で盛大に飾って、そのまま意識を失ってしまった。彼女を殺しでもしてしまった感じがして、その場から全力で主人の部屋に駆けてきた。
「あれに初めて生やした時、私が足で扱いてやったのが最初の射精で──」
黒い翼を上下させ嬉々として語る。五分間ほど過去話を披露した次の言葉は、
「人事異動を申し付けるわ」
文脈と何の関わりもない、突発的な命令だった。
「今回はその程度で済んだけれど、狂った咲夜が次何をするか……怖いとは思わない?」
それも、そうだ。見てはいけないものを見てしまったのだから。
僕が頷いたのを見て、取り出した羊皮紙に魔法の指先で文字を書く。
「新しい職場に期待するのも良いけれど、シャワーでも浴びてきたら?」
主人の溜め息で思い出した。顔から滴るメイド長の欲望の雫が、差し出された文書の“紅魔館正門門番助手”の字をぴとりぴとりと濡らしていた。

第4話 11/09/27(火)20:44:25

その1

紅魔館門番の助手に就いてから、なにひとつ門番らしい仕事をした覚えがない。
それ以前に侵入者らしき侵入者にひとりも遭遇しなかったことが第一だった。
「じゃあ、そろそろこのへんで──」
今日は先の暴風雨でほぼ全滅した花壇の処理・再生に一日奮闘していた。
「飛ばされちゃったお花とかは仕方ないし、なにより今日はもう十分働きましたよ……ね?」
僕の指導役のはずなのに、何故か顔色を伺うような表情をする。
このメイド長と正反対の赤い髪の女性が、今の僕の上司だった。
「えっ、お部屋帰っちゃうんですか? ちょっとゆっくりして行きましょうよー」
大手で手招きをする。この職場に来て初めての優しい上司だった。
招かれた番所はざっと四畳半、半ば美鈴さんの住処となっている。
食器に薬缶、使い古された布団一式、衣文掛けには彼女の普段着が二着ばかし掛かっていたり。
「そこらへんに適当に座っててくださいね。お茶、淹れますから……」
などと指で示した先に下着が転がっていたりなんかするから油断がならない。
そして当人がそれを気にしていない。……彼女の態度の受け取り方で人間性が問われる気がした。

その2

ピアノを弾くような手つきで肩のつぼを押される。肩の窮屈な痛みが無くなっていく。
ある一点の器官を残して、僕の身体はすっかり安らかな脱力感でいっぱいになった。
「気持ちいいですかー? 痛かったら、言ってくださいね──」
うつ伏せの僕にぴったりくっついている美鈴さんが声を発する度に首筋に吐息が吹き抜けていく。
これも意識しないでただ親切に肩を揉んでくれているだけなのか。
もしかしたらそうではないと考えている僕は、すっかりこの館の桃色の瘴気にあてられてしまったのか。
「んっ、んっ、んっ」
美鈴さんが肩をがっちり掴んで僕の凝りをほぐそうとする。
背中に密着したまま、身体を揺すって手先に力を込めるものだから、脂肪と欲望の塊が背中で転がる。
意識してしまって勃起が止まらない。圧迫されて痛いから腰を浮かそうとしても、美鈴さんが乗っかっているから身動きが出来ない。
「……咲夜さんに、たくさん無茶なことされたんですよね」
美鈴さんの声のトーンが突然ひとつ落ち着く。
「私は、そんなこと、しませんよ?」
文節を縫って、僕の耳を舐める。驚いて身体が固まる。その硬直を解こうとするかのように、また耳を舐められた。

その3

「私、あなたのこと、いつか無理強いにこうしたいって、思ってたんですよ」
てろんてろんと首と耳周りを唾液でどろどろにされる。くすぐったくて生暖かくて、とても卑猥だ。
「抑え、利かなくなっちゃうんですよね。若い男の人がいるって言うだけでまずひとつなんですけど」
腕を胸に回して、一息に僕の体を横ばいに開いた。
すっかり欲情した僕のが前をぱんぱんに突っ張っているのを、見られてしまった。
「……その上私の名前を呼びながらトイレでひとり遊びするんだから。たまんないですよ」
実際、事実だった。朝の、昼の、夕のあらゆる美鈴さんの肢体で、僕は自慰を繰り返した。
美鈴さんだって腐ってもこの館の住人、いつか気付かれると解っていた。
それを勘定に入れながらも僕は妄想に耽るのをやめなかった。
「私にとってはオーケーサインなんですよね、そういうの」
こういう台詞と状況を期待して、僕は浅ましく自慰に溺れた。
妄想の中で、美鈴さんが実はこういう女性だと願って。
「貞操とか羞恥心とか、ここでは何の役にも立たないんですよ」
願いは、叶えられた。更に美鈴さんは僕を仰向けにして、服の上からソレの凝りもほぐそうとしてきた。

その4

「──ああ、咲夜さんみたいに焦らし焦らしは駄目ですよね」
下着を脱がされるのをこんなに爽快に感じたことはないだろう。
熱帯夜の季節は終わった。汗なんかかいていない。下着は簡単に撤去された。
「元気さんですね。すっごいびくびくしてる」
それからやっと、美鈴さんが触ってくれた。
メイド長のように射精を促す手淫ではなかった。妖しい潤滑油などは使わないで、僕が自慰をする時のように包皮でやわやわと扱く。
「房中術って、知ってます?」
濡れた唇が勿体つけて動いた。聞いたことのあるその単語は、確か淫らな目的を持っている。
「簡単に言えば、男と女がたのしくなるための決まりごとですよ」
ゆっくりと、ゆるゆると、さざ波の快楽が男根に送り込まれ続ける。
たのしくなるための決まりごと。教えて欲しい。もっと気持ちよくなりたかった。
「決まりごとは、ふたつ。女──私が十分に興奮することと」
あと、なんだろう。僕の出来ることなら、なんでもしようという決心があった。
「最後の最後まで、一滴も精液を漏らさないことのふたつ。やって、くれますよね?」
いわゆる射精留めに揺らいだ決心も、美鈴さんの笑顔で辛うじて持ちこたえた。

その5

メイド長と美鈴さんは正反対だった。
手淫は単に勃起を促すものに過ぎず、僕が考えた射精留めのようなこともしないでゆったりと先導してくれる。
「次は、お口で──」
──く、はぁ。
高熱の吐息を吐き出しつつ開けた大口は、ねっとりと唾液で糸が何本も引いていた。
僕と硬い茎を交互に見やって、ぽってりとした唇を亀頭に押しかぶせてきた。
そこから柔らかな重圧をかけながら、狭くした口にぬるりぬるりと含ませていく。
竿を吸啜する力に引っ張られ美鈴さんの頭が降りていき、ついには男根の根元、生え際とその周辺に唇が到着してしまった。
標準より少し小さい大きさの僕のものでも、あれほどに呑み込んで苦しくないわけがない。
だがそう思って彼女の顔を注視すれど、思惑とは逆に美鈴さんは恍惚の表情をしていた。
鼻息が荒いのは酸素供給の為ではない。盛りのついた獣がする、欲情を発散する荒息だった。
「んん、んぶっ、ぐ……ん、づぢゅ、むんんん」
いつも笑顔の美鈴さんが、目の色変えて僕のちんぽにかぶりついている──
番所に響くのは、僕と美鈴さん、二者二様の呼吸音だけ。
口淫が終わるまで、会話は無かった。

その6

「こうやって触ってみたかったんですよね。こうやって、ふふ、こうやって」
昂ぶりに昂ぶった美鈴さんは、今度は服の前を開いて僕の憧れの器官を露出させた。
欲情させた僕の肉棒はそのままに、僕に折り重なって季節外れの小玉すいかを顔に密着させる。
手を添えて僕の顔からズレないようにぐりぐりぐりと押し付ける。
息がしたくて僕が口を開けるのを見計らって押し付ける動きを激しくする。唾液で濡れる。
大粒の乳首は、さくらんぼみたいな色で主張していた。これを、自由にしていいんですよ。
「あ、ァ、ぁは。やっと、素直に、なった」
耐えられなくなって僕も触った。顔面を覆っている肉という肉を揉んで、くちつけて、また揉んだ。
ただの脂肪の塊だなんて、ひとは言う。間違いだ。もしそうだったら、こんなに夢中にされる理由は?
「ふ……ふふ。それでは盛り上がってきたところで──」
美鈴さんが僕に跨ったまま上体を上げた。期待でもはや、感嘆の台詞も出てこない。
「ココに、くださいね。我慢に我慢した、あなたのざーめんを」
スリットを成す服の布をずらす。粘液、樹液、愛液で満ち満ちてぬかるんだ、人間の色の裂け目が見えた。

その7

美鈴さんは、履いてなかった。僕といるときも、ずっとそうだったのか?
「男と女、ひとりずついるだけで。こんなにたのしくて気持ちいいことができるんですよ」
美鈴さんの口ぶりは、歴戦の女だった。逆に僕は、新兵もいいとこだった。
「そんなの、関係、ないです──よっ!」
女の入り口で男の先端を焦らしていたところから、一段階だけ腰を落とした。
締める筋力を備えた咥え口で、きっちり僕の亀頭だけ呑み込んで、また引いて。
亀頭だけを、先に卒業させられた。美鈴さんが楽しく喘ぐ。
「んんぁんんん、んふ、んふふふ」
亀頭だけなんてひどい。そんなことを考えた瞬間、美鈴さんは出来る限りに腰の位置を下げた。
がぽ、がぽ、がぽ。僕より大柄の美鈴さんの上下の圧力に、布団を乗せている箱馬がきしむ。
「はあ、はあ、はぁ──房中術って、たのしいですよねえ、あ、はああゃっ」
回る呂律も回っていない。決まりごとを思い出す。“美鈴さんが十分に興奮すること”。達成しただろう。
「イきそ? イきそう? イきそうなんですね。出してください。重くて濃ゆぅいのを、いっぱい!」
僕らの頭の悪い嬌声が混じった。射精はもう、我慢しなくてよかった。

編集にはIDが必要です