前書き
<虚空>とは、まさに我々から見て何もない空間のことである。しかし仙道を始めとする世界各地の奥深い神秘行では、はるかな昔より、この何もないはずの空間に入る方法を開発してきた。そして、この一見空虚に見える世界こそ、実はありとあらゆるものを生み出す力の源であることを知ったのである。
この世界について書かれた本でもっとも古く、かつ今でもよく読まれているのは、『老子』『荘子』の二書だろう。この本の著者たちは、この世界のことを<道>と呼んでいる。
現在では世界的な精神回帰指向のせいか、ヨーガや様々な瞑想法とともに、この道=タオも、本家本元の中国という枠を超えて世界中に広まっている。
しかし、本格的な理解といえばまだまだで、信奉者の多くは単なるエキゾチック・ムードとしてこのタオを捉えている。この点は、中国文化圏に属し、早くから道家思想に親しんでいるはずの日本でも同様で、”タオ=仙人的ムード”程度の理解しかしていない人がまだまだ多い。さもなければ一部の研究家たちのように、単に観念的な哲学の一つとして、このタオを捉えている。
しかしこれらのアプローチは、生きた行として<道>を実践している人から見れば何の意味もない空虚なアプローチで、タオを理解するためにはほとんど役に立っていないのである。
タオとは、ある種の神秘体験によって体得されたある世界のことを指すのだ。これは『老子』を注意深く読むとすぐに気付くことで、普通の人が『老子』を読んで理解できない箇処が全てそれに当たる。現に、道家思想を研究している著名な学者たちもそれを指摘している。
それなのに、なぜ、その部分が抜け落ちた感じでタオが広まったのかというと、これは本家本元のタオの実践者たちにも問題があったからだ。彼らは神秘主義という枠をしっかり守り、そのもっとも重要な部分を敢えて公開しようとしなかったのである。それは、文化的にやや閉鎖性の強い中国という国の体質そのものとも結び付き、なんと近世に至るまで守り続けられて来たのである。
著者はひょんなことから中国仙道に出会い、自分の体験を通してこの<道>と接触した。もちろん始めのうちは、これを理解するなど至難のわざであった。しかし、たゆみない実践と追求により、どうやらその全貌が掴めてきた。そして、それが単なる瞑想的なトレーニングでなく、もっと現実的でダイナミックな目的を秘めていることを発見したのである。
その一つがサバイバル的な面で、本格的な仙人は、肉体をもったまま、目の前に迫った危険から逃れるためにタオの力を利用するのである。これは、乱世うち続く中国の歴史事情から生み出された驚くべき方法だが、よく調べていくと、仙道以外の神秘行にも見い出されるのである。
現実をリアルに見ると、今日の世界も古代の中国に劣らず、あちこちに火種を抱えているありさまだし、また日常生活においても、運命の落とし穴はほんの身近なところに不気味な口を開けて潜んでいる。まったく、仙人の発想を待つまでもなく、我々は絶えず危なっかしい世界に身を置いて暮らしているのである。それゆえ、仙人たちが実際の体験の中から作り出したサバイバル的なテクニックは、今でも十分使えるのである。
この本はおそらく日本で初めて、中国仙道のそうした面と、それに関係するトレーニングの一端を紹介した本といえるだろう。人類の滅亡を声高らかにとなえる予言ブームに恐れおののいている人は、その内容に大きなショックを受けるはずである。
サバイバル的な発想と並ぶ、もう一つの仙道の柱は、もちろん<道>の世界へのアプローチである。これについては、今まで日本では哲学的にしか説かれたことがなかった。著者はそれに飽き足らず、何度かこれを現実的、体験的な立場から書こうと挑戦したのだが、力足らず成功しなかった。
今回は、仙道の科学的追求、七年にわたる仙道と他の神秘行との実践比較、十年にわたる自分と他の修行者の体験の分析などから、ようやくそれに成功したので、段階的にその世界へと至る道を、トレーニングの概略を含め、分りやすい言い回しで書いてみた。これで、今までの著者の仙道入門書の頂点に立つ、もっとも深い内容を持った仙道入門書が出き上がったことになる。
これは逆に言うと、日本の、仙道を含むあらゆる神秘行に関心のある読者層の水準がここまで上がったことを意味する。そうでなければ、こんな深い内容の本を書いても誰も読んでくれないからだ。ようやく本格的なタオが日本でも理解され出したことの表れと結論づけるのは、まさか著者一人のひいきの引き倒しではあるまい。
要するにこの本は、世界各地の奥深い神秘行に共通する、原点的発想、目指された究極の世界、そこへ至る直線的プロセスについて、仙道を中心として基本概略を述べたものである。現在までの精神世界関係の動きを見ていると、やれクンダリニーだ、チャクラだ、幽体離脱だ、心霊だ、超能力だ、という具合に、それ自体はたいして意味のないオモチャに振り回されている情況だ。しかしこれでは非常に危険でもあるし、何よりせっかくのものを台無しにしてしまう。もうそろそろそんな状態を脱け出して、本格的に取り組む時だ。
そのためには、神秘行はなぜ生み出され、その目標はどこにあるのか、そしてそこへ至るにはどういうプロセスを踏んでいったらいいのか、というふうにしっかり歩んでいかないといけない。そのためのガイド・ブックを提供したいと思ってこの本を書いた訳だ。
したがって、霊や神を超えた状態や、その世界(つまりタオの世界)に入るとはどういうことか、などといった極めて深いところにまで分析の手を伸ばしている。それも、単に学問的分析だけでなく、豊富な体験例と具体的トレーニングまで紹介している。
これだけの内容を一般向けに書き下ろした本は、今のところ日本では一冊もない。おそらく読者は、神秘行の奥に秘められた果てしなく広大で奥深い世界に驚かれることと思う。と同時に、そこが、本格的に立ち向かわない限り、底知れぬ恐ろしさを秘めていることも理解されることだろう。
読み進まれるうちに、ある種の意識面でのショックを受けられるはずだ。
終わりに、この本ができ上がるまでには、様々な方々からひとかたならぬ御協力を戴いた。本書の内容がみなさんの御協力に負うところは大きい。心から感謝の意を表したい。