「よし、上に敷き直すか」
お互いにかしこまって挨拶しあった後、いい雰囲気にのまれてそう切り出すと、
「うん!」
いつもの笑顔で妻がうなづく。
あまりの屈託のなさに、『これから起こることがわかってるんだろうな?』と不安になるが、
曲がりなりにも医者だ。夫婦の営みの知識くらいあるだろう。…あってくれ。
とりあえず2階に上がって、手近な荷物をザクザクッと積み上げる。…ちゃんとここに布団敷けっかなぁ?
それでも、妻には枕だけを運ばせて、一人でせっせと掛と敷両方の布団を2階に上げた。
広いとは言えない部屋に、なんとか一組の布団が敷けた。
しかし…やはり家具を出さないことには、この部屋に二つ布団を並べるのは難しいかもしれない。
と、下からうんしょ、うんしょと声がして、階段からのぞくと、妻がもう一つの布団を懸命に引きずってきていた。
「おい!ここに二組布団敷くの厳しそうだぞ。今日は一組だけにしとこうぜ!」
「え!?」
あぜんと俺を見上げる妻に、
「…なにか問題あるのかよ」
俺は口を尖らせる。
「夫婦だろ、一緒に寝りゃいいじゃねぇか」
「…うん…でも…」
何か言いたげな妻をほうっておいて、俺はさっさと布団に潜り込む。
しばらくして、タンタンタンと階段を登る音がした。
目をつぶってそのまま待っていると、洋服から寝巻きに着替えた妻が布団の脇に立つのが解った。
…なぜだがそのまま動かない。
「ほら」
掛け布団を少し上げてみせる。
「うん…」
妻がおずおずと布団に入ってくる。…何だよ、照れてんのか?
そんなの、お互い様だっつーの。なんてったって、初夜だぞっ!?
顔がいやらしくにやけそうになって、慌ててそれを不自然にしかめた。

「…ねぇ、ノブ」
何やら思い悩んでいたそぶりの妻が、意を決したように俺の襟をひく。
「あのね…」
もじもじと落ち着きのない妻。
「なんだよ」
一応、優しくするつもりだぞ?
「あの………蹴らないでね?」
…は?
「ノブ、昔から寝相悪かったでしょ?
 小さい頃一緒にお昼寝してて、寝ぼけたノブに思い切りお尻蹴られちゃったこと、あったじゃない」
「あの時すごく痛かったんだもん…」とか何とかブツブツ呟いている。
この状況で一番気になることがそれかっ!?
…まぁ、よく考えれば、いつもどこかズレていた妻の考えそうなことではある。
「…蹴らねぇよ」
「ホントに!?」
「ったく、しょうがねぇなぁ」
俺は妻をグッと抱き寄せ、両方の足で小さな体を挟み込んだ。
その瞬間、妻の体がビクッと震える。
「こうすりゃ、蹴りようがねぇだろ?」
驚いて固まってしまっていた妻の体から、やがて力が抜ける。
「……あったかい…」
そう言うと、俺の首筋にそっと顔をうずめてきた。
密かに心臓をバクバク言わせながら、俺はしばらくその体勢のまま妻を抱きしめていた。
やがて…近くで、安らかな寝息が聞こえ始める。

ん?
「おい、梅子?」
呼びかけても、能天気な顔で眠り続ける妻。起きる気配は、全くない。

……うん、こんな展開もいかにも梅子らしい、って。


初めての夜がこれで、納得できるわけねぇだろぉおおおおおおお!!!!!!


おわり

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