ぶつけた頭を擦りながら、梅子は同じように頭を擦っている信郎を見た。
初めて迎えた二人で過ごす夜は、何だか御互いに気恥ずかしくて。
照れ隠しに向かい合って御辞儀をしたつもりが、頭をぶつけてしまうという冗談のような事態が起こった次第である。
(まぁ、これも私達らしいわよね…)
何とも締まらない初夜の始まりだが、梅子はそれも自分達らしいと感じていた。駄目な者同士、ずっと支え合ってきた二人だから。
ー…結婚して良かったと言うことですよ。
お見合いの前に聞いた、早野さん御夫婦の言葉を思い出した。
何十年経っても、結婚して良かったと心から思える夫婦で居られたら。
そんな風に、ずっと一緒に生きていきたい。

そう心の中で願った梅子の思考は、急に全く違う方向へと向かって行った。
(夫婦、なのよね…)
信郎との関係は、男女の別を越えた仲と梅子は思っていた。
空気のように、当たり前にそこに居る。
そんな彼と、正にこれから男女の仲になろうとしているのだから、本当に男女の関係は摩訶不思議だと梅子は他人事のように思う。
(私と、ノブが…)
そう意識すると、落ち着かない気持ちになって、梅子は膝の上に置かれた手を見つめた。
「梅子…」
声の先を見ると、少し緊張した表情の信郎と目が合って。
何時もと違う、男を感じさせる表情に、梅子は自分の鼓動が早まるのを感じていた。
「ノブ、」
まるで元々は一つの物だったかのように、自然と唇が重なる。
「ん…」
こんなに気持ちが高揚したことは今まで無くて。
まるで心臓が耳の近くにあるようで、落ち着かない。
唇を重ねながら、信郎の手が浴衣の上から胸の膨らみに触れた。
「っ」
驚いて思わず身を固くした梅子に、信郎ははっとしたように唇を離した。
「…ノブ?」
先程の口付けで蕩けた表情を浮かべている梅子から視線を反らして、信郎はそっと梅子から身体を離した。
「…か」
「え?」
「今日は、もう寝るか」

「ぇ…」
呆然としている梅子を余所に、信郎はちょっとトイレ、と寝室を出て行こうとする。
「ま、待って…!」
我に返った梅子は、信郎の浴衣の裾を掴み、潤んだ瞳で信郎を見上げた。
「梅子…?」
「…何で」
この先を口にすることが憚られて、梅子は唇を噛み締めた。
「ノブは…私のこと、ちゃんと好き?」
「え?」
その真意に思い至った信郎から、小さく声が漏れた。
「ごめん」
目線を合わせる為に座った信郎の短い謝罪の言葉に、梅子の瞳に涙が溜まる。
「やっぱり…私…」
「う、梅子が悪いんじゃないんだっ!…寧ろ、俺の問題というか…」
もごもごと話し出す信郎に、梅子はその顔を見つめ続けた。
「俺は…梅子のこと凄い好きで、大事だから…」
「だったら…」
「だから…傷付けたくねぇんだよ」
意外な告白に、梅子の表情が戸惑いに変わる。
「傷付けたくねぇから…怖がられるとそれ以上手出せなくなっちまう…」
情けなさそうに俯く信郎を、梅子は今すぐ抱き締めたい衝動に駆られた。
「ノブ」
はっきりとした声で呼ばれた瞬間、信郎は柔らかい感触を身体に感じた。
「梅子…?」
「馬鹿…」
抱き着いた梅子の肩の震えに気付いた信郎は、梅子の顔を見る為に身体をずらした。
「何で泣いてんだよ…」
「ノブが馬鹿だからよっ!」
震えた声でそう言い切った梅子は、信郎の胸に顔を押し付けた。
「私は…全部ノブに預けてるんだから、今更怖がったりしないわよ…」
「…」
「ちょっと竦んだ位で止めないでよ…馬鹿…」
「…馬鹿馬鹿言い過ぎなんだよ」
きつく、きつく信郎は梅子を抱き締めた。
「俺がどんだけ我慢してきたか…」
「…我慢、してたんだ」
嬉しそうな声で呟いた梅子の唇を、自身の唇で塞いだ。
唇を重ねてすぐに、信郎の舌が差し入れられて、誘うように梅子の舌に触れる。応えるように舌に触れると、遠慮がちに舌を絡めてきた。
「ん…っふぅ…」
遠慮がちだった舌の動きが段々と激しくなって、梅子は思考がぼんやりとしていくのを感じていた。
そっと唇が離れて、至近距離で見つめあう。
欲の篭った信郎の瞳に、同じ瞳をした自分が映る。
そのことに、梅子は心から安堵した。
「梅子…」
耳元で甘く名前を呼ばれて、ぞくりと背筋に快感が走った。
「ノブ…っ」
軽く口付け合いながら、お互いの浴衣を脱がせて肌を晒すと、背中と後頭部を支えられ、ゆっくりと布団へと沈んでいく。

「綺麗だな…」
「やだ…っ」
見下ろす信郎の視線に、恥ずかしそうに胸元で組まれた梅子の腕を優しく外すと、信郎は形の良い乳房に触れた。
「ぁ…っ」
びくりと身体を震わせると、信郎の手は一瞬躊躇するように止まった。
「大丈夫、だから…」
止めないで、と視線で伝えると、信郎は頬に軽く口付けて、そのまま乳首へと下がって行った。
「ん…ぁ…っ」
指や舌で刺激され、固くなった乳首を信郎が甘噛みすると、梅子は身体を大きく揺らした。
「ぁ…ノブ…」
空いている手が、悪戯に梅子の中心に伸びる。
「…はぁっん…っ!」
固くなった蕾を信郎の長い指が刺激すると、梅子から声が漏れた。
その指が梅子の中に入って来るのを、梅子は目をきつく瞑ったまま感じる。
「ふ、ぅ…っ」
馴れない感覚に、梅子は眉間に皺を寄せた。
壁を擦られて、微かに漏れ聞こえる水音が、梅子の聴覚を刺激する。
「っ…!あぁ、んっ!」
信郎の指がある箇所を擦ると、梅子は霰もない声を上げた。
「ここか…?」
同じ箇所を何度も刺激すると、梅子は身体を跳ねさせて反応する。
「ノブ…ぁ…ノブっ」
梅子は、何度も信郎の名前を呼んだ。
十分に潤った中心から指を抜くと、梅子は荒い呼吸を繰り返した。

呼吸が落ち着いた梅子は、潤んだ瞳を信郎に向けた。
「ノブ…私…」
「梅子…」
熱い視線を絡ませた後、信郎の固くなったものが梅子の中心の入口に当たる。
ぴくり、と反応した梅子が信郎を見上げると、信郎は小さく微笑んで梅子の頬を撫でた。
「ん…っ」
ゆっくりと、慎重に信郎は梅子の中に入ってくる。
強い圧迫感に、梅子は手を握り締めて堪えていた。
「梅子」
それに気付いた信郎は、梅子の指を自分の指に絡ませる。
「ふぅ…ん…っ」
信郎を飲み込んでいく自身を、梅子は目を閉じたまま感じた。
全てを飲み込むと、信郎は動かないまま頭を撫でたり、軽くキスをしたりして梅子の痛みが治まるのを待った。
「ん…」
暫くそうしていると、梅子から切なげな声が漏れて、腰が微かに揺れた。
それを感じた信郎は、ゆっくりと腰を動かしていく。

濃密な空気の漂う室内で、二人はただ抱き締め合っていた。
「ねぇ…」
沈黙を破ったのは梅子の方だった。
「ん?」
どうした、と眼で問い掛けられて、梅子は微笑む。
「私…ノブを好きになって良かった…」
信郎は一瞬驚いた表情をした後、梅子が好きな照れた笑顔を浮かべた。
「何十年経っても、結婚して良かったって…そう言えたら良いね…」
「そうだな」
はにかんだ笑顔から真面目な表情に変わって、信郎は梅子を強く抱き締めた。
「梅子がずっと隣に居てくれたら…そう言える自信がある」
直接的な言葉より大切な言葉を貰えた気がして、嬉しくて仕方無かったのに…
「私も…」
何故か涙が溢れそうになった梅子は、信郎の背中に回した腕に力を籠めてぎゅ、と抱き着いた。
信郎はそんな梅子に気付かない振りをして、ただ柔らかい身体を抱き締めていた。

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