薄暗い部屋の中で、蚊取り線香の細い煙が一筋、ときおり団扇の風に煽られながら立ち上っていた。
梅子と信郎は、真ん中に挟んだ太郎の寝顔を眺めたり、目を合わせて微笑みあったりしていた。
夏祭りの前夜はやけに静かで、通りを歩く人の気配もなくなり、遠くで犬の鳴く声が聞こえる。
二人は口を結んだまま、上目遣いで様子をうかがい、コクリと頷いた。
ソロソロと梅子が立ち上がると、信郎が布団の端をめくって待ち構える。
なるべく音を立てないように梅子が信郎の布団へ忍び込み、信郎は梅子の向こう側を覗いて、ホッとした顔を梅子に見せた。
どうやら、太郎はよく寝ているようだ。
信郎は長い両腕を梅子にグルリとまわして彼女を包み込むと、息が詰まるほどきつく抱きしめる。
身動きが取れなくなった梅子は、目を閉じて信郎の胸に顔を埋め、信郎の匂いを嗅いだ。
工業用油の甘い匂いが、鼻腔から全身を満たしていく。
ドキドキするのに、何故か安心する。梅子はいつも、この不思議な気持ちを心地よく感じていた。

信郎が腕の力を抜くと、二人は鼻先がぶつかるほどの距離で横たわるお互いの顔を見つめ、瞳の奥を覗きこむ。
瞳に映りこむそれぞれの顔の更に奥、そこにあるものを確認するように。
唇と唇が軽く触れる程度の口づけを何度も交わし、鼻がぶつかり合うと梅子がフフフと笑い、信郎も笑った。
信郎の体が徐々に梅子を覆っていき、それに合わせるようにして、梅子は体の向きを仰向けに変える。
すっかり上になった信郎がコツンと額をぶつけてきて、梅子はふと初めての晩を思い出し、トクンと胸が高鳴った。
「ノブ……」
そっと愛しい人の名前を呼んだ口の隙間に、信郎の舌が差し込まれる。
歯列の間から現れた信郎の舌を、梅子の舌がチョンと突いて迎えると、あっと言う間に小さな舌は絡み捕られてしまった。
「ん……ふっ…」
口いっぱいに広がる信郎の舌を味わいながら、梅子は喉を鳴らす。
そして、信郎の全てを欲するように、口をすぼめて信郎の舌を吸い上げた。
信郎は梅子の両頬に大きな手を添えると、唇で梅子の口をスッポリ覆ってしまう。
信郎も梅子の全てを求めて口をつけ、二人は暫くその行為に没頭し続けた。

信郎は先に浴衣を脱いでしまうと、梅子の腰紐をスルスルと外し、現れた梅子の裸体へと身を投じた。
相手の体温を感じ、溶け合ってしまうよう、二人は肌と肌をすりあわせる。
途中、刺激されて固くなってきた梅子の突起物が、信郎の気を引くように主張し始めた。
その主張を聞き入れた信郎は、二つの乳房を両手で支え、ワザと音を聞かせるようにして左右の突起を交互に吸う。
梅子が喜ぶように唇ではさんで軽く歯を立て、舌先で転がしてやると、梅子の口からとめどなく歓喜の吐息が溢れてくる。
信郎は二つの突起をそれぞれ親指と人差し指で擦りあげながら上体を起こし、愛しい妻の痴態を眺める。
そして、自分が与える快楽に酔いしれる妻を更に喜ばせるにはどうしたらいいかを考えた。

「あんっ…」
とつぜん信郎に耳たぶを噛まれ、堪らず梅子の口から声が漏れた。
舌を固く尖らせて、耳の形をなぞるように這わせ、穴の中を舐め回す。
すると、梅子の頭の中へ直接水音が響いてくるようで、固く閉じているはずの目がグルグル回った。
「あ…っ、だめっ……、や……あっ」
初めて知る快楽に、梅子はビクビクと体を反らせて反応してみせる。
下の反応も見るために梅子の陰部へ手を伸ばすと、そこは既にグッショリと濡れていて、信郎の最も長い指がツルリと飲み込まれた。
ヒクつく内壁を擦るようにして指を出し入れし、口による耳への愛撫も続けていると
梅子が信郎の肩に指を食い込ませ、密やかな悲鳴をあげる。
「も……だめ…。ノ…ブ…。ノブッ……」
更に強い刺激を与えようとした信郎の右手を、パッと伸びた梅子の手が制した。

「お願い…ノブ……。来て…。お願い…」
我慢しきれなくなった梅子が、泣きそうなか細い声で懇願する。
信郎は指を引き抜くと、その存在を梅子にしっかり確認させるよう、固くなった自身を濡れた割れ目へ擦り付けた。
梅子の腰がねだる様に揺れたが、両手で押さえ込み、一点に集中してゆっくりと身を沈めていく。
「ああぁ……」
一番奥まで貫かれた梅子の口から、歓喜の吐息が漏れた。
「ノブが、入って……きた…」
潤んだ瞳をした梅子が、気持ちいい、と言って信郎に微笑みかけてくる。
「俺も……。梅子の中は、凄く気持ちがいい」
梅子の中をゆっくりと往復していた信郎の動きが段々と早くなり、梅子の動きともあわさって、腰を打ち付け合う音が響く。
やがて二人は同時に果てると、その場に崩れ落ち、最後の余韻が終わるまで一つの塊となっていた。

浴衣を着た後も、放り出された信郎の右手に梅子が頭を置く格好で、二人は寄り添っていた。
「ありがとな。……俺、梅子がいてくれて本当に良かった」
何かを考えていた様子の信郎が、視線を天井に向けたまま、梅子の枕になっている右腕で彼女を抱き寄せる。
梅子が頭だけをずらして顔を自分へ向けた事に気づき、信郎も視線を梅子に合わせると静かに続けた。
「俺がここまで来れたのも、まだまだだ、もっと頑張らなくちゃって思えるのも、みんな梅子のおかげだ」
「――そんな事ないわ」
梅子は自分にまわされた信郎の右手をとり、その手をジッと見つめた。
大きくて指が長いのは昔からだったが、昔と違ってゴツゴツして黒ずんで、随分と使い込まれている。
日本一の部品を作り出そうとしている職人の手だ。
梅子は大事そうに信郎の手を撫でながら、言葉を続けた。
「ここまで来れたのは、ノブがじゅうぶんに頑張ったからよ」
信郎は、自分の手を撫でる梅子の小さな手に、長い指を絡めていく。
「そうじゃねぇ。梅子がいるから、頑張れるんだ」
梅子も指を絡め返すと、まるでじゃれているような自分たちの指を見て笑った。
「私も。私が皆のために頑張れるのは、ノブのおかげよ」
そういった梅子はアッと言って頭を持ち上げ、三日月のようになった目をして嬉しそうに言った。
「何だか、私たち同じ事を言っているみたい」
「そうだな」
信郎も目を細めると、梅子の肩にまわした腕にグッと力を込める。
「今日はこのまま寝ちまうか」
梅子は引き寄せられた体を信郎に預けると、小さく頷いて目を伏せた。

――終――

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