「気をつけてな」
ボンヤリとした信郎の声を聞きながら、梅子は黙って頷き床を出た。
カーデガンも羽織らずに寝巻きのままで部屋を出ると、冷え切った冷気が襲ってくる。
梅子は身震いをしながらも階下へ向かい、誰もいない居間で鳴る電話の受話器を取った。
「はい。安岡です」
人が寝静まったような時間にかかってくる電話は、ほぼ夜間往診の依頼で間違いない。
受話器を耳に当てたまま、ちらりと隣の部屋の隅にあるものを確認する。
新が生まれた後くらいから、寝ている子供たちを起こさないようにと、夜間往診用の着替えを一揃え下の階に用意しているのだ。
梅子が患者の様子を聞こうと受話器の向こうへ耳をそばだてると、一言だけ助けを求める小さな声が聞こえ、プツリと電話が切れてしまった。
相手は名乗らなかったが、聞き間違えようのない声だ。
確か病歴はなかったはずだけれど、いったいどうしたというのだろう。
話も出来ないほど、悪い状態にあるのだろうか。
嫌な予感を振り払うように、梅子は急いで服に着替え、勝手口と診療所の鍵を手に一人家を出た。

まだ冬よりも前だというのに、夜の空気は凛と冴え渡り、吹く風が頬をこわばらせる。
明るい満月の夜だった。
白衣を着込み、重たい往診鞄を提げた梅子は、辻に立つと月明かりを頼りに小さな紙に書かれた字を確かめた。
目の前で二手に分かれた道を見ながら、診療所を出る前に確認した地図を思い出し、左の道を選んで進む。
こうしている間にも、電話の相手は苦しい思いをして自分を待っているのではないかと思うと、梅子の足は自然と速度を速めていた。

梅子がたどり着いたのは、一軒の小さなアパートだった。
名刺の裏に書かれた住所のアパート名と、看板に書かれている名前を交互に見比べる。
近所へ越してきたという話を聞き、名詞の裏へ住所を書いてもらったものの、実際に来るのはこれが初めてだ。
共用玄関の戸を開け建物の中へ入ると、そこはまるで誰も住んでいないのかと思うほど、真っ暗でしんと静まり返っていた。
ふと、下駄箱の上へ置いてある一台のピンク電話が目に入った。この電話で、彼は自分に助けを求めたのだろうか。
梅子は逸る気持ちを抑えて靴を脱ぎ、軋む廊下を、なるべく音を立てないように歩いた。
部屋の番号から察して、階段を上らずに、闇に目を慣らしながら一階の廊下を進む。
手前の部屋から順にドアの脇へ掛けられた表札を見ていき、一番奥にあった104号室の表札を確認してノックをした。
返事はないが、ドアの上部にある窓からうっすらと光が見え、中には電気がついているように思われる。
ドアのノブに手を掛けると鍵は掛かっておらず、ドアはすっと部屋の内側へと開かれた。

「広志くん?」
梅子が、殆ど闇に覆われている部屋の中を恐る恐る覗き込みながら、部屋の主に声をかける。
すると、部屋の奥にある机へ向かっていた広志の驚いた顔が、唯一の明かりである卓上ライトに照らし出された。
「梅子さん……。何で…」
「何で、じゃないわ。あんな電話をかけてきて」
一瞬呆れた顔をした梅子は、身じろぎも出来ない様子で目を見開く広志を見て、すぐに顔を緩めると部屋の中へと入ってきた。
「何か、あったの?」
梅子は静かに鞄を置くと、ライトの明かりが届くくらいの位置まで来て座り、出来るだけ優しい声で問いかける。
寝込むような病気ではなさそうだが、広志の様子に少し気になるところがあった。
「何でもないです」
机へ向かったまま肘をつき、梅子とは逆側に顔を向けてしまった広志の姿を見て、梅子は広志の心に残る傷へ思いを寄せた。
元気を取り戻して働いているように見えたが、やはりまだどこかで無理をしているのかも知れない。
梅子は、広志が話をしてくれるまで待とうと考えた。
顔もあわせないまま二人の間に長い沈黙が訪れ、梅子は初めて入る広志の部屋の中を見回す。
元々普通の家だった物を改築したのか、ドアを開けて僅かにある板間と畳の間で左右のちょうど真ん中に不自然な柱が1本ある。
3畳ばかりの部屋の中はウナギの寝床のように縦長で、梅子から見て右手側の壁に向かい机が置かれ、机に向かう広志の椅子と
左側の壁に挟まれるようにして薄い布団が折りたたまれていた。
押入れもないようで、30センチ幅程度の板間へ置かれた小さな箪笥の引き出しから衣類の端が見えているところや、
その脇に洗濯物が放置されているところなどが、いかにも独身の男性らしい。
ドアにすりガラスのはめ殺し窓がある他は、左手側の壁の天井近くにお義理ばかりの明り取りがあるくらい。
もしかすると元は納戸だったのかもしれないこの部屋には、昼でも光が届かないのではないだろうか。
広志の普段の暮らしぶりを想像しながら、鴨居に吊るされた見覚えのあるスーツや、机の横に幾山にも積まれた医学書などを見ていたとき
ようやく沈黙が破られる事となった。
「……どうして、来たんですか」
重たい口を開いた広志の声は、はっきりと苛立ちを孕んでいた。
どうしてって……、梅子は広志の意図するところを考えようとしたが分からず、姿勢を正して自分の当然だと思う答えを伝える。
「医者の、仕事だから」

「仕事なら…!」
勢いよく立ち上がった広志は思わず声を荒げそうになり、慌てて口をつぐむと苦い顔で舌打ちをした。
「呼び出されれば、こんな夜更けに、男の家でもノコノコ行くんですか」
「勿論よ。患者さんから呼ばれたら、行かないわけにはいかないわ」
立ちはだかるように梅子を見下ろし、ごく小さな声ではあるが叱責する口調の広志に対し、梅子も毅然とした態度で応える。
「梅子さんは、馬鹿です……」
梅子の視界が一瞬暗くなり、次に見えたのは天井だった。
覆い被さるようにして見えるのは、広志の顔。真っ暗な、底の知れない瞳の色だった。
気づくと左右の手首をきつく掴まれ、畳の上に押し倒されていた。
「黙って無視してくれれば、諦めもついたのに……!」

「お願い、広志くん。この紐を解いて」
紐のようなものは、洗濯物の山にあったネクタイか何かだろうか。
広志に押し倒された梅子は、頭の上へ上げさせられた両腕の手首を、不自然な柱の向こうで括られてしまった。
自由のきかなくなった梅子の腹の上へ跨った広志は、悪い夢の中にいるような顔で梅子を見ている。
梅子は早鐘のように鳴る心臓を深呼吸で何とか落ち着かせつつ、興奮しきった様子の広志を刺激しないように、
なるべくゆっくりと静かな口調で語りかけた。
「お願いよ……」
広志は辛そうに目を瞑ると、肺に溜まっていた悪い気を吐き出すように、ため息を一つついた。
「そうですね。……では、治験に協力してください」
「え……?」
一瞬、その言葉は今の状況に馴染まないような気がして問い返す。
「我が社で、アメリカの薬を改良したものです。一次審査は下りて、いよいよ治験の段階に……」
逃げ出したくとも逃げられない状況にあって、医者として普段耳にするようなこの話は、
まるで梅子を元いた日常へ導いてくれる明るい道筋のようにも感じられる。
梅子の頭の中で、治験と言う言葉だけに焦点が当てられ、それがするすると腑に落ちていった。
「……分かったわ。約束する」
だから、と梅子が再び紐を解くように訴えようとした声は、「それでは」と言う広志の声にかき消された。
「さっそく始めましょう。それが終わったら、帰って頂いて結構です」

広志は突然立ち上がると、板間の方へ歩いていった。
身動きの取れない梅子は暗い天井を凝視しながら、音を頼りに広志の行動を探った。
板の上で何か重たい物を引きずるような音がする。
音の方向からして、恐らく箪笥を横にずらし、ドアを塞いだのだろう。
梅子と広志のいる部屋は、完全に外部から遮断された密室となってしまった。
梅子の緊張は極限まで達し、今にも切れてしまいそうな糸のように張り詰めていた。
再び梅子の視界へ入ってきた広志の手に、白い物が握られている。
広志は一旦梅子の横を通り過ぎ、卓上ライトを机の端ギリギリに据えて梅子を照らすような位置に調節すると、
白い物と薬方を一包み持って戻ってきた。
ライトの光を遮るように梅子の目の前へしゃがみ込んだ広志の顔は、翳っていてよく見えないが、薄っすらと笑っている気がする。
下の方から顎をつかまれ悲鳴を上げようと開いた梅子の口へ、そうするよりも先に異物が飛び込んできた。
広志によって捻り込まれた、恐らく手にしていた白い物。綿で出来ている。これも洗濯物だろうか。
「あまり声を出さない方がいいですよ」
それでも喉の奥から声を出そうとする梅子の耳へ、広志が口を近づけて囁く。
「安岡先生は、夜の回診と称して間男の家へ通っている、なんて噂を立てられたくは無いでしょう?」
梅子の背中や脇から、冷たい汗が流れ落ちた。
そんな事は、絶対にない。でも、世間はどう思うだろうか。
「ご家族のためを思うなら、静かにしていた方がいいです」
駄目押しをされた気がした。梅子の脳裏に、信郎たち家族の顔が浮かぶ。
狭い町のことだ、そんな噂が立ったら、あっと言う間に家族の耳へも入るだろう。それだけは……。
すっかり大人しくなった梅子へ、下卑た笑いをたたえながら、広志が薬方を見せつけた。
「治験をしたいのは、この薬です」
広志は、普通に商品の説明をするような調子で話し始めた。
「この固形の薬剤を女性器の内部へ挿入し、膣液で発泡させて使います。
いわゆる殺精子剤と呼ばれるもので、避妊の目的で使用します」
梅子の経験上、馴染みのない薬だったが、広志の言いたいことは分かった。
やはり、自分と性的な関係を持ちたいと思っているのだ。

「膣液は……、かなり湿っていますね」
スカートをたくし上げ、下着を取り払ってしまうと、広志は梅子の中を確認するために指を突っ込んできた。
そうはさせまいと必死に膝を閉じて抵抗を試みたが、かえって広志の興奮を高めてしまったらしい。
広志は左手と右足を使い梅子の膝を割らせると、抵抗は無意味だと言わんばかりに、見せしめのように大きく開脚させられてしまった。
普段隠れているヒダの奥まで冷気が入り込み、陰部が全て開かれてしまった事を感じる。
信郎にすら見せた事のない姿で、女の部分を覗きこまれている。広志の視線が、胸を潰しそうなほど、梅子の心拍数を上げさせた。
広志は梅子に突き刺した指の角度をあれこれ変えながら、梅子の様子を観察するように、指の腹で膣の中をゆるゆるとなぞる。
感じてはいけない。そう思い、梅子は体を硬くして反応を抑えているが、指を抜き差しされている膣から勝手に濡れた音が溢れてしまう。
息苦しさの中で感じるものは恐怖なのか、それとも興奮なのか。それすらも、朦朧とした意識の中で区別がつかなくなっていた。
「……僕からの電話の前に、信郎さんとされていたんですか?」
わざと大きな音を立てながら、広志が聞く。
その通りだった。だが、覗かれたくない部分を覗かれたような気がして、梅子は首を横に振る。
「じゃあ、少しは喜んでもらえているんでしょうか」
案外、梅子さんはいやらしいんですねと言って、広志は濡れている梅子の膣内を嬉しそうに指でかき回した。
梅子の胎内で滴る、自分と信郎の混ざり合った愛液が、他人である広志に弄られてクチュクチュと音を立てる。
たまらない羞恥心と背徳感で、中からどんどんと蜜が溢れてしまい、梅子は目の前が暗くなっていくのを感じた。
不意に膣をかき回していた広志の指が抜かれたかと思うと、今度は無機質な固形物を挿入される。
これが治験薬……。
梅子は体の奥で薬が発泡するのを、緊張と恐れで混乱している頭の中とはどこか別の、フワフワとした場所で感じていた。

再び梅子の腹へ馬乗りになった広志の手が、梅子の白衣のボタンへかけられる。
白衣の前をすっかり開いて着込んでいた赤いセーターを捲りあげると、ブラウスのボタンを上から3つ4つ外した。
前をはだけてブラジャーを下ろされ、ポロリと顔を出した梅子の乳房が、肌寒い部屋の空気に触れて粟立った。
服の隙間から引っ張り出した梅子の両乳房をしばらく眺めていた広志は、中央へ顔を埋めると、自分の顔を挟むように両脇の乳房を寄せる。
ずっとこうしたかった、という広志の声が耳に入り、梅子の子宮がズキリと疼いた。
もしかすると、広志は子供の頃に失ってしまった母親の影を自分に求めているのではないか。
パクリと口に含んだ乳首をチュウチュウと音を立てて吸い上げるのは、子供の頃の時間を取り戻したいからなのではないか。
そんな風に思い広志を見ていた梅子に気づき、広志はギロリと睨みつけるように梅子の目を見ると、空いている方の胸へ手を這わせてきた。
広志は手のひらで乳房全体を撫でるようにしながら、乳首の先端を何度も掠める。
そんな広志の手の動きに子供の陰はなく、性的な快感を与えようとする雄を感じて、梅子は思わず目を伏せた。

自分の全てを知っている慣れた信郎の指使いとは異なり、広志の手は、梅子の感じる部分一つ一つを手探りで探しているようだ。
そのいつもと違う感じが刺激となって、脳へ新しい快楽として伝わってくる。
やがて広志は、吸い上げられて充血しコロコロと膨れた乳首から口を離すと、手で触れていた方の乳首に噛み付いた。
「ん…、ふ……っ…!」
同時に膨れた乳首を抓られて、梅子の喉から辛そうな声が漏れる。
広志は噛み付いた乳首をベロリと一舐めしてから、座ったまま上体だけを起こすと、支配者のような顔をして梅子へ微笑みかけた。
泣き出しそうな顔をしている梅子の両方の乳首を抓って引っ張り、乳房の形が変わるまで引っ張りあげたところで、両手を離す。
引っ張りあげては離すという行為を繰り返しながら、梅子を高ぶらせようとしているようで、広志はあの手この手を打ってくる。
摘み上げる前の乳首の先を爪で掻いたり、爪で弾いたり、舌で舐めあげたり、優しく擦ったり。
梅子も次にどんな刺激を与えられるのか全く予測が出来ず、気持ちを逸らしたいのに、意識してしまってどうしても逸らせなくなっていた。
「んっ、んんっ……っ!」
「気持ちいいですか? 梅子さん」
そう広志に言われ、よがってしまった自分に気づき、梅子は驚いた。
いやらしく腰をくねらせてしまっていた気もして、あまりの恥ずかしさに冷や汗がドッと出る。
「乳首が敏感なんですね。それとも、そういう体に仕込まれたんですか?」
ニヤニヤといやらしく広志に問いかけられ、梅子は頬に熱を感じた。
信郎との性交は、あくまでも愛情の確認が目的だ。愛し合って、信頼しあう者同士が行う行為だ。
仕込まれる、という言葉は不適切だと梅子は思った。
けれど、どれ程大層な言葉を揃えても、自分の晒している醜態を取り繕う事は出来そうにもない。
現に、こうして信郎以外の人間に弄られても、快感に身をよじってしまうのだから。
浅ましい自分の姿を想像して、梅子の顔が更に赤みを増す。
『こんな事、いけない』
そうは思うものの、軌道に乗って走り出してしまった欲望を止めるのは、既に困難なことのようにも思えていた。
しかし、閉じてしまっていた瞼を開けた梅子の目に、ズボンを下げて天を向く広志の陰茎が映ってハッとする。
『だめ! それだけは、絶対にやめて!』
梅子は鼻を鳴らして訴えるが、広志は無慈悲にも、約束ですからとだけ言って梅子の中へ陰茎を沈めていく。
梅子の中の肉壁が、男の形で押し広げられていく。
『嫌っ!』 梅子は心の中で叫び、これは悪い夢だとばかり、現実を拒むように再び目を閉じて顔を横に背けるが、
すっかり濡らされてしまった梅子の膣は、そんな気持ちとは裏腹にあっさりと広志を受け入れてしまった。

「梅子さん……っ!ずっと、こうしたかった…。こうやって、あなたを……」
グチュグチュと大きな水音を立て、むき出しの広志が何度も何度も梅子の体に突き立てられると、
馴染みのない陰茎に膣壁を擦りあげられている快楽が電気信号のようになって、梅子の脳へビリビリと伝わる。
「んんっ!!……ん、んーーっっ!!」
梅子は眉間に深い皺をよせ、顎を大きく仰け反らせた。
「本当は…、声だけ聞ければよかったんです。それなのに、わざわざ……」
あなたが悪いんだ、あなたの所為だ。そんな風に言って、広志は梅子の体を責め続けた。
広志の若くて固い陰茎は、梅子を激しく追い立て、乱れさせる。
それでも梅子は、額に脂汗を光らせながら、口の中へ詰められた異物をかみ締め、果ててしまわないように気をしっかり持とうとした。
……ああ、でもなぜ、よりによってこんな日に……。
今日は、梅子へ月に一度訪れる『たまらなく欲しくなってしまう日』だった。
まだ家を出る前、信郎にまたがり腰を振っていた自分の事を思い出す。
前戯の時には指で、事に至ってからは信郎の物で、何度も何度も頂点までいかされたはずなのに。
自分の中にある女の部分が、新しい快感を掴もうと、あっさり手を伸ばしてしまう。
突き上げられて、感じてしまう。こんな事、本当はしたくないのに。
自分をこんな酷い目に合わせて、いったい広志にどんな目的があるというのだろう。
そんな梅子の心の声が聞こえたのか、広志の口からその答えが漏れた。
「……好きです。…どうしようもなく。…梅子さん、助けて……」
『広志くんが、私を……。でも、それならどうしてこんな酷い事を……?』
自分の上でがむしゃらに腰を振り続ける広志に対し、気づくと梅子は疑問の眼差しを向けていた。
「……そんな目で見ないで下さい」
再びいらだった声を出した広志が舌打ちをして視線を泳がせると、一箇所に焦点を集め、いい物があると呟いた。
広志は梅子の両膝を裏から押し上げて、膝小僧が顔の両脇へつく程に梅子の体を丸めさせると、陰茎を突き刺したまま
梅子の体にのしかかるようにして、板間の方にある何かを取ろうと手を伸ばす。
広志がゴソゴソと何かを探っている間、息苦しいのと、深々と刺さった陰茎が子宮口を圧迫するのとで膣が痙攣しかける。
広志が体を戻したので果てる事はなかったが、手にした物がチラリと見え、梅子は助けを請うように鼻から悲鳴を漏らして体を硬直させた。
「隣に聞こえるほどの声は、出さないで下さいよ」
梅子は目を見開き、何とか逃れようと身をよじろうとするが、両手も腰も捕らえられてはどうしようもない。
広志に狙われているその部分は、完全に無防備な状態で孤立する、獣の前の餌同然だった。
次の瞬間、梅子の喉奥から悲鳴があがり、両目は固く閉じられた。

アルミの冷たい洗濯バサミが、梅子の左右の乳首をきつく締め上げている。
逃れられるはずもないのに、それでも逃げようとバタつく梅子の腰を両手で掴んだ広志が、乱暴に腰を打ち付ける。
「ああ…っ、凄い。梅子さん、……凄く…締め付けられる」
それは、梅子にも分かっていた。
痛みと恐怖で全身に広がる硬直は体の内部まで達し、締まる膣が梅子の中で暴れる広志を捉え、濁流のように快感が押し寄せる。
いけないと頭では分かっていても、女の部分が男の精を搾り取ろうと、喉を鳴らすように流動を始めてしまう。
ああ、もう出そうだという広志の声を聞き、それだけは、と懇願する目で訴えながら梅子は必死で首を横に振った。
「中で、……出しますよ。梅子さんの中に射精しないと、治験に…ならない」
絶望に染まった梅子の瞳を見ると、広志は満足そうに口の端を上げ、あっ、あっ、と声を上げながら
脈打つ陰茎を梅子の膣奥へ念入りに何度も押し込んだ。
梅子も逃げるためではなく、ビクンビクンと腰を跳ねさせて、とうとう気を遣ってしまった。

その後どうなったのか記憶が定かではないが、梅子は服を着て鞄を抱え、息をするのも忘れるような勢いで家路を急いだ。
走っても、走っても、すぐ後ろで広志の声が聞こえる気がする。
「喜んでもらえたようで、嬉しいです」
違う、違う、違う! そんなんじゃないわ!
頭の中では何度も繰り返しそう思ったが、感じてしまった事実は否定しようがなかった。
夫以外の人間に犯され、他人の精液で膣が汚されるのを、恍惚として受け入れてしまった。
それが揺るぎない罪の証拠のように、梅子の心をベッタリと黒く塗りつぶす。
罪人を照らし出すサーチライトの如く、どこまでも自分を追いかけてくる丸い月から逃れるように、梅子は夜道を一目散に走っていた。
家の前までたどり着いた梅子は、自宅ではなく診療所の方へ飛び込んだ。
鞄を落として冷たい床の上にガクリと膝をつくと、広志の精液と溶けた薬がドロリと膣から流れ落ちる。
やっぱり、悪い夢なんかじゃない。
「…………どうして…」
呆然として呟く梅子の、頭のずっと奥の方で、広志の声が響いていた。

梅子さんは、僕にとって女神なんです。
だけど、僕は飛べないから。

――終――

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