「どこ舐めて欲しいか言えよ」
暗闇の中、広げた足の中心から妖しく囁かれる。
机の上に乗り足首をつかまれ膝を大きく開かれた状態で身動きが取れない。
ヒクついている中心に息がかかる度、どうしようもなく震えが止まらない。
「あ…ん……あそこ…を…」
「あそこ?わかんねーな」
指で中心を大きく開かれクリトリスが剥き出しになる。
見られている恥ずかしさと、それ以上の恥ずかしい箇所を見られている事への快感とで、蜜が溢れるのが自分でもわかる。
「何もしてないのに感じてんのか?」
ニヤリと少し意地悪くかすかに笑いながら、甘い蜜を流すそこをじっと見つめている。
「欲しいのか?穴がヒクヒクしてんぞ」
その言葉に更にドロリと蜜が流れ出し、穴の奥がきゅんと疼きだす。
細かく観察しながら言葉で責めるだけで、一向に愛撫をしてくれないのがもどかしい。
「ん…い…や…いやらしい事ばっかり言って…あぁ…」
「いやらしい事言われるのが好きなんだろ?」
甘い蜜を嗅ぐように鼻を近づけるが何も行為をしようとはしない。
「…っそんなこと…」
「そんなこと?じゃあこのままでいいんだな?」
「いやっそんな…お願い…」
腰が勝手に動いてしまいそうになるのを必死で押さえていたのも限界に近い。
両足がぶるぶると震えている。
頭を抱いた手が無意識に舐めて欲しいと股の間へ誘うよう動く。
「言えよ」
確信を持った目で射抜かれる。
身体が燃えるように熱く喘ぎ声が絶え間なく口から漏れる。
もう…っ…
「ノブッ…舐めてっ…おま○こ舐めてぇっ…!」

強烈な快感が突き抜けようとした瞬間、ハッと意識が一気に浮上した。
唖然と天井と見上げながら、心臓がドクドクと強い動悸を打っているのが耳にまで伝わる。
一瞬何が起こったのかわからなかったが、どうやら自分が夢を見ていたのだと気付く。
慌てて隣を見る。
まだ薄暗い中、太郎も新もノブも眠りの世界に入っている。
もしかしたら自分の声が漏れていたのではないか、一瞬焦った梅子だったがどうやらその心配は杞憂だったらしい。
安心すると、ぐっしょりと下着が濡れ、快感がまだ沸き起こっている身体へと気持ちが集中する。
まだ鮮やかに残る記憶が梅子の身体の中心を刺激する。
3人を起こさないよう、そっと布団を抜け、すっかり濡れてしまった下着をそのままトイレへと向かう。
トイレの鍵を閉め、ホッと息をつく。
そしてそっと指を濡れた下着の中へと伸ばす。
クリトリスがぷっくりと膨らんで愛撫を待ち望んでいた。
片方の指でクリトリスを刺激し、もう片方の指で抜き差しを繰り返す。
「んっ…んっ…ふぅ…んっ」
乱れた寝巻きの襟を噛み声が外に漏れないよう必死で押し殺す。
夢の内容を描きながら自分の指をノブの指に変換し激しく奥を突く。
「欲しいだろ?」
ノブの声が頭の中に響く。
欲しい…っ
声にならない叫び声を上げながら梅子は自らの指でのぼりつめた。

あんな夢を見るなんて…それにあんな言葉…
汚れてしまった下着と寝巻きを着替えながら、梅子はまだはっきりと覚めない夢の端を思い出していた。
淫らな夢を見てしまった理由は、はっきりとしている。
ここ一ヶ月、ノブに抱かれていないからだ。
特にお互い忙しいわけではない。
太郎と新を身篭っていた時でさえ、軽く触れ合ったり口で奉仕したり…交わりが途切れた事は無かった。
もう2人も子供がいて、毎週のように抱かれるなんて、そんな夫婦の方がもしかして珍しいのかも…?
松子姉さんはどうなんだろう?静子さんは?
そう考えてハタと顔が赤くなる。
(こんな事ばかり考えてるからあんな夢見ちゃうんだわ…)
それでも打ち消そうとすればする程、薄れていくはずの夢が鮮やかに蘇る。
梅子は、休診の日に弥生に相談してみようかと思いながら、朝食の準備の為台所へ降りて行った。

「なんていうか、梅子の所は相変わらずよねえ」
差し入れのドーナツを頬張りながら弥生が半ば呆れたように呟く。
「そんなんじゃないのよ、というかそうじゃないから困ってるんじゃない」
反論の声がどこか小さい。
そういう状態になっていくのはある意味当たり前、その意識が梅子自身あるからだ。
いつまでも新婚のような間柄であるはずがない。
夫と妻という役割に父親と母親という役割も出来、お互いの事だけを考えているわけにはいかないのだ。
ただ、父親と母親になってからも夜の営みは普通にあったわけで…
シュンとした梅子を見て、弥生も少し姿勢を正す。
「でも女の影は無いわけでしょ?」
「うん…飲むのもみかみだし、休みの日は子供達連れて遊びに行ってくれるし…心当たりないの」
流石に見た夢の事までは話さなかったが、ぱったりと営みが途絶えてしまった原因がわからず梅子は途方にくれていた。
「うーん…そうねえ…ねえ、梅子からその…誘ったりはしてないの?」
弥生ならきっとその質問をするだろうと思っていた梅子はすぐに返答した。
「それが…最初は疲れてるからかなってなんとも思ってなかったの。でもいつまでたってもその…すぐ寝ちゃうし。」
お茶を一口飲んで息をつく。
「怪しい行動取ってたら文句も言えるんだけど。ご飯の時も普通だし、言い出すのが遅れちゃったから今更聞けなくて…」
「まあ、そうね、タイミングってものがあるものね」
「もし私から誘って万が一…拒否されちゃったらって思うと…怖くて…」
そんな拒否なんてしないわよ、と弥生も励ましたかったが、安易に言える状態じゃないと一瞬言葉が出なかった。
しんみりとした空気になったのを振り払うように弥生は梅子を見つめて力強く言った。
「精力付く食べ物だらけにしちゃいなさいよ!」

進展があったらまた報告するという事で相談は終わり、梅子は帰路についていた。
(こうやって夫婦は死を別つまで一生を過ごしていくのかな…)
母に相談してみようかとも思ったが、実の母親にこういう問題は相談しにくいものだ。
あるいはお義母さんになら…でも必要以上に心配されてしまうかもしれない。
その事でノブを叱咤して義理で行為を行われるのも虚しい。
自分から誘って様子を見るのが一番だが、それは最後の一線のようで…踏ん切りがつかないでいた。

その日の夕食も何事もなく穏やかに過ぎた。
「おかわり」
そう言って差し出される茶碗を受け取りながら、ノブの指を見つめる。
もう長い間触れてくれない指…つい考えてしまう頭を振りながら梅子は茶碗にご飯をついで渡す。
笑顔で喋りながら、どこか満たされない思いに囚われ、そこから抜け出せてない自分を梅子は感じていた。

だからなのか。
一旦箍が外れてしまった心は止めようが無い。
太郎と新を寝かしつけ「おやすみ」
そう言い、ノブが当たり前のように布団に入り、寝息を立て始めた。
それを見届け、梅子はそっと隣の部屋に来ていた。
布団を引き、その上に力が抜けたように座り込む。
子供達やノブがいる横で自慰など出来るわけがない。
ノブが寝ている横で自慰など…目の端がじんわりと滲んでくる。
どうせ気付かれない。
ここで身体を慰めた後、自室に戻ればいい。
そうして毎日を過ごしていれば、いつかノブも気が向く時が来るかもしれない。
自らの身体を抱き締めながら梅子は自分がとてつもなく惨めに思えた。
だが、そうするしか今の自分には選択肢が無いのだ。
そう言い聞かせ、左手を浴衣の隙間から胸へ、右手を下着へと差し入れた。
暗く悲しい気持ちを裏切るように既に身体は熱く溶けていた。
動かす手をノブの手だと、この小さい手があの大きい手だと、梅子は目を閉じ吐息を漏らした。
いつもノブがしてくれたように、乳房を揉みながら胸の先を捻り上げる。
「あぁっ…いいっ…」
同時に茂みの奥の濡れた場所へ指を滑らす。
「そこ…ノブ…触って…」
思わず口をついて出た愛しい者の名前…昼間とは違う夜の顔が浮かんでくる…
と、部屋の襖が音もなくスッと開いた。
サッと襖を閉め部屋の中へと入って来る。
自慰に耽っていた梅子は、目の前に立つ人物を認識した途端、凍りついた。
「っ!」
それは今まさに梅子の頭の中、激しく梅子を抱いていたノブだった。

「どうした?続けろよ」
ピタリと動きが止まった梅子に対しまっすぐ見つめて言い放つ。
その目は欲望に濡れていた。
梅子は何が起こっているのかわけがわからなかった。
人目を忍び自慰をしていて、そこに何故かノブが現れた…
「どう…して?」
秘部に手をやったまま唖然と問いかける。
だがその問いにノブは答えない。
「感じてるんだろ?見ててやるよ。続けろよ」
いつものノブと感じが違う。
何がなんだかわからない。
ただ混乱する頭の中、自分を見つめてくるノブの熱に一旦冷めた身体が火照ってきたのがわかる。
「指を動かせ。気持ちいいんだろ?」
「ん…はぁ…」
操られるようにその言葉通りに感じる部分を指で探る。
「どこ弄ってるんだ?」
卑猥な言葉に更に身体が火照るのを感じる。
「胸…と……あ…」
「胸となんだ?」
まるで夢の再現のような、やりとり。
これは現実?
それとも自慰をしたまま寝てしまい、あの夢の続き?
夢でも何でもいい。
このまま熱に浮かされていたい。
梅子はぼんやりと快感に流されるまま指の抜き差しを繰り返す。
胸の先をきつく摘む。
ノブに見られているせいだろうか。
「あぁっ…!」
あっけなく梅子はいってしまった。

力が抜けダラリと布団に座り込んでいた。
と、ノブがこちらに近づいてくる。
梅子の身体を軽々持ち上げ、月明かりの見える机の上にちょこんと乗せた。
そして荒々しい手付きで梅子下着を下ろし、両足を広げさせた。
「やっ…」
恥ずかしい体勢を取らされ、とっさに膝を閉じようとしたのを両腕で止められる。
暗闇とはいえ、月明かりで微かに秘部が見えているはずだ。
「どうした?今更だろ?」
まるでそうする事が当たり前のように恥ずかしい部分をじっと見つめてくる。
(夢と一緒だわ…)
あの時は願いが叶わなかった。
夢は所詮夢でしかない。
いつかは覚めてしまう。
これも夢?
もし願いを言ったなら、また覚めてしまう?
それとも…

逡巡していると眩しい光で一瞬視界が白くなった。
ノブが電気スタンドを点けたのだ。
「え…あ…ノブ…!」
夢じゃない。
これは紛れもなく現実だ。
でも…本当に?
それでも頭はぼんやりと霞がかかったように欲望に支配されている。
淡い茂みを掻き分け、両指で広げられ、中が空気に触れたのがわかる。
(見られてる…)
下半身を照らすライトの光で何もかも暴かれている。
目を瞑っていても、あそこをじっと見られているのを感じてしまう。
そう思うと、子宮が疼き腰が誘うように動く。
そのくせ口からは
「やめて…恥ずかしい…」
嘯いた呟きで欲望を隠してしまう。
「ほんとはこうされたかったんだろ?」
見透かされたかのような言葉を投げかけられる。
「よく見えるな…梅子のここ。すげえな…グチャグチャに濡れてる…」
「ああんっ…」
早く舐めて…!そう願うが夢と一緒で一向に触れる気配が無い。
(嫌…夢と一緒の結末は嫌…)
「何もかも見えるぞ…あそこも後ろも」
何を言ってるのか見当がつき、ゾクッと快感が全身に走る。
「どうして欲しい?言えよ」
上擦った声で問われる。
ノブも興奮してる…そう思うとどうしようもない愛おしさが溢れ出し、ノブの髪を掻き乱しながら叫んでいた。
「ノブッ…舐めてっ…おま○こ舐めてぇっ…!」

熱い蜜の壺に勢いよくノブの舌が進入してくる。
掬い上げるようにピチャピチャと溢れ出て来る蜜を美味しそうに舐め上げる。
「あ…ん……そ…こ…」
クリトリスをキュッと摘み上げられながら芽を割って入った舌で擽られる。
「あんっ…いいっ…いいっ…もっと…」
同時にもう片方の指がピストン運動を繰り返し、じゅぶじゅぶと音を立て続けている。
少し膨らんだ箇所に指が行き当たり、梅子の喉が反りっ返った。
「ひぃっ!」
「ここか…」
夢と同じようにニヤリとノブが笑う。
「…あんっそこっ…気持ちいいっ…気持ちいいのっ…もっと!」
酔ったように梅子が叫ぶ。
太くて長い指が快感の壷を付く度、梅子の身体がびくびくと跳ね上がり嬌声が止まらない。
「美味しい…」
梅子の秘所を貪りながらノブも酔ったように囁く。
(ああ駄目…そんなこと言われたら…)
「きゃぁっ!…もう…もう…イクッ…!」
3本の指で激しくピストン運動をされクリトリスを舐め上げられた梅子は啼きながら達った。
3本の指を銜え込んでいた穴は激しく収縮を繰り返し白濁とした液が流れ出ている。
梅子の身体は未だビクビクと震え、意識も朦朧とした様子だった。
「大丈夫か?布団に移るぞ」
そんな梅子の身体をノブは布団に移動させる為に持ち上げる。
優しく宝物を扱うように布団に下ろすと、今までの空白を埋めるように梅子の白い肌を貪りだした。
「ノ…ブ…」
意識がはっきりとしだした梅子は、我慢出来ず積極的にノブの広い背中へと手を回し肌をまさぐる。
太腿の辺りに熱い塊が当たる。
すかさず手を伸ばし、扱き上げる。
「うっ…もたねえかもしんねえ…1回イカせてくれ梅子…」
(ノブも余裕ないのね)
そんな嬉しい言葉に梅子はノブの熱くて太いペニスを頬いっぱいに銜え込んだ。
(ああ…久しぶりのノブの味…美味しい…)
恍惚とした表情で一心不乱にノブのモノを舌や口の中で愛撫している梅子の顔をノブもまた欲情に濡れた目で見つめていた。
「梅子…はっ…だ…出すぞ…!」
「ノブ…ん…出して…飲ませて!」
喉に濃い白濁とした体液がドクドクと流れ込んでくる。
決して美味しいものではないのに、ノブのものだと思うと一滴たりとも勿体無いと思ってしまう。
竿を扱きながら、ちゅっと最後まで吸い付いて梅子はノブを味わった。

2人は薄明かりの中、無言で白湯を飲んでいた。
喉が渇き身体から熱と水分が失われたのを感じたからだ。
身体の中を染み渡るように水分が広がり、少し体力が戻った気がする。
ホッと一息ついた梅子だったが、身体の芯に渦巻く情欲はまだ鎮火していないのを疼く下半身で嫌がおうにも思い知らされていた。
理由は一つ。
『ちゃんと』抱かれていないからだ。
何回もいかされた。 
でもあの熱い楔で穿たれない限り、決して欲望の火は消えないのだ。
(ノブはどう思ってるのかな…)
そもそもずっと夜の生活から遠のいていたのに、何故今日いきなり…
しかもノブが寝たのを確認したというのに…
聞かなければいけない事がいくつもある。
なのに今は頭の中はぐるぐるで…と、梅子の手から湯のみが取り上げられた。
「なあ梅子」
「…な、何?」
「本番は今からだからな」
獲物を追い詰める肉食動物のようなノブの目に、梅子の心臓はドキリと跳ね、そして子宮の奥がズシンと甘い疼きで満たされる。
梅子の穏やかだった表情が、トロンとした目つきに変わっているのをノブは見逃さず、まるで想定内のように不敵に笑った。

「あ…ノブ…う…はん…」「梅子…もっと声だせよ…ここが感じるんだろ?」
寝巻きの浴衣を脱ぎ捨て、全裸で絡み合いながら深いキスを繰り返す。
片方の乳房の乳首を下で転がしたり吸い付いたりしながら、もう片方は指でクリクリと捏ね回す。
「んあっ…感じるわ…そこいいの…もっと乳首くりくりしてぇ…!」
「こうか?乳首吸われるのも好きなんだろ?」
「あん…好きぃ…」
ノブの頭をまさぐりながら梅子は腰をうねらせ、恥ずかしげもなく思うままに嬌声を上げていた。
首筋を吸われ、背中を唇で辿られながら梅子の秘所は愛撫するまでもなく潤っていた。
「どこに入れて欲しいんだ?」
ここまできてまた意地悪を言うノブ。
それでも梅子は両手で場所を広げながら「ノブ…ここに入れて…」と惜しげもなく晒した。
「っっ!!」
性急にいきり立つペニスをあてがい一気に貫く。
「っ!きゃあっ…あぁん!あんっあんっ…いい…あんっ…いいっ…」
腰をグラインドさせたかと思うと一心不乱に突き続けたりと攻撃が止まらない。
先ほど見つけた弱いスポットも的確に把握しており、達っしそうになると腰の動きを弱め、また弱いポイントを攻撃するという繰り返しを行う。
「おかしくなるぅ…ノブぅ…」
「ここでいかせて欲しいか?」
それはノブが指で見つけ、梅子が敏感な反応を示した場所だ。
「そこでイキたい!いかせてノブ!」
お互い腰を激しく打ち合いくねらせながら、頂点へ登りつめようとしていた。
想像では感じ得なかった体温や汗の匂い、触れ合う肌のどうしようもない熱さが今身近に感じられる。
ちょっと前まで近くにいたのに遠く感じていた夫。
それが目の前で微笑んで抱きしめてくれている。
胸の奥がじんわり温かくなって、それだけで内部がキュッと締まってしまう。
そっとノブが梅子の耳元に口を寄せる。

「いじっぱり梅子、すごく待っちまったじゃねーか」

「っ?!」

ノブが腰を強く打ちうけ梅子のGスポットを攻め立てた。
「きゃああああああーーーーーーー!!!」

薄っすらと暗闇の底から記憶が浮上してきた梅子は一瞬、今いる場所が何処でどういう状況なのか把握するのに若干時間を要した。
自室の布団の上に新しい寝巻きを着て横たわっている。
先程まで激しい情交を重ねていたとは思えないさっぱりした空気。
やっぱり…夢?
でも下半身の満足具合がどうも現実感を伴う。
起き様とした時、部屋の中にノブが入って来た。
「おう、起きたか?」
ノブも先程のフェロモンを醸し出す空気はなく、さっぱりとした風情だった。
…余りにもいつも通りすぎてなんだか腹が立ってきてしまう。
「濡れタオルで拭いたから気持ち悪くないだろ?」どこか満足気な口調でまるで一ヶ月間が無かった事のように振舞われている。
(ノブの気が向いた時だけの性処理道具なんかじゃない…!それに…なんであのタイミングで…!)
気が向いてくれるまで待っていようという殊勝な梅子の思いは最早彼方に吹き飛び、混乱で心乱れていた。
一向に言葉を発さない梅子を流石に不信に思い、ノブは不信に思い梅子の顔を覗き込む。
「っ!!」
そこには両目からポロポロと涙を流す梅子の頼りない風情とは裏腹な強い眼差しがあった。

「…う…梅…子。もしかしなくても怒ってんのか?」
「!当たり前じゃない!」

思わず声を荒げてしまい、慌てて隣に寝る子供達を気にする。
大人しく寝てる2人を見ていると自然と涙が浮かんでくる。
「…どうして?…どうして?…ノブの考えてる事わからない…」
どんなに子供の頃からの付き合いでも夫婦となり子供を授かろうと他人の気持ちを理解する事など出来ない。
「ずっとほっとかれて…私の事飽きたのかと思うじゃない…」
こんな明け透けな話を夜が明ける前にするなんて思ってもみなかった。
「なのに突然、部屋に入ってきて…あんな…あんな…」行為を思い出し、つい顔が赤らんでしまう。
「ちゃんと説明してくれないと、納得いかないから。」
赤くなった顔をさりげに隠しながら梅子はノブに詰め寄った。
そんな梅子の身体を後ろから軽く抱きしめながら耳元に呟いた。
「怒らないか?」「怒るような理由なの?」「さ、さあ…どうだろうな…はは…梅子も人の親だ、医者だ、そう怒るのはよくない」
ノブの顔が若干引き攣っていた。

「ええええええぇーーーーーー!!」
「ばっか、梅子声でかい!」
とっさに梅子の口をノブは手で覆った。
「だってぇ…本当にそれだけの理由なの??」ぽかんとした顔で梅子はノブの顔をマジマジと覗き込む。
「…わりいかよ」拗ねた様子でノブが顔を背ける。

『マンネリを避ける為の第一の工夫』
1、週2〜3回営みをしている夫婦はわざと少し距離を置いて相手の出方を見てみる。
  我慢できなくなった相手がどういう行動を取るか観察する。
  この場合、新しい男の影が現れないか注意する事。
  相手から誘ってきたら大成功です。
  あなたは愛されています。

「……ねえ?これ誰からの受け売り?」
ジト目で追求してくる梅子に逆らえず、つい「まあ…なんだな、き…が付く奴か…な?はは…」
ガックリと梅子は肩を落とす。
(なんだったんだろう…この一ヶ月の私の悩みって…)
そんな梅子の気も知らないでノブはノブで葛藤をぶちまける。
「最初はタカ括ってたんだよな、そんなに梅子が我慢できるわけないって」「ちょっノブッ」梅子は頬を膨らます。
「まあまあ。一週間くらいしたら甘えて布団にでも入ってくるんじゃないって期待してたのにそんな様子はねえしよー」
ブツブツと焦らなかった(と思ってる)梅子への不満が止まらない。
「昼間も普通に診察してるし。何にも問題ない顔して生活してて、みっともねえけど、こっちも意地になっちまったんだよ」
振り返るように少し遠い目をしながら語るノブ。まさかそんな思いを抱いて生活してたなんて。
「ま、流石に生理には逆らえないからどうしようもない時は1人で処理したけどよ」はーあ、とため息をつきながらノブは話す。
「1人って…その、店とかじゃなく…?」おずおずと梅子が聞くと「1人も1人だよ!この世にトイレがあって感謝だよ!」
やけっぱちのようにノブが洗いざらい、ここ一ヶ月計画していた事を一つ残らず喋り出していた。

「梅子は身体が疼く事無かったのかよ?」
直球の質問に、淫らな夢を思い出し言葉に詰まる。
「普通に寝て起きてご飯用意して仕事して家事して…りっぱに主婦と医者両立してたよな」
そんな事はない…頭の中が厭らしい妄想で溢れていた時もあった。
でもノブは梅子が厭らしい夢を見る程、欲求不満になっていたとは露ほども気付いてないようだ。
「だから馬鹿みたいな実験はもう終わりにしようかと思ってたんだよ、そしたら…部屋抜け出すじゃねーか」
「寝てたと思ったのに…狸寝入りだったのね、もう〜」
梅子はあの時のせっぱつまった欲求を思い出し、身体の芯がきゅんとなった。
「それとなく様子伺ってたら、俺の名前呼んでるしよ〜待ったの無駄じゃなかったとつくづく感動したな、あれは!」

ガッツポーズを取りながら無邪気に喜んでるノブの姿を見ると、冷えてイライラしていた心が氷解していくようだった。

ぽすんとノブの身体に体重を預けながら、梅子はポツンと問うた。
「ノブ…」「ん?」「もし最後まで私が何も行動起こさなかったらどうしてた?」「…そりゃあ反応があるまで第二、第三の計画を実行に移してたな!」
悪気なく無邪気にそう答えるノブを見ていると、もしかして普通の夫婦の基準で考えるのがそもそも間違い?と梅子は思いあたってしまった。

「ノブ…回りくどい事しなくてもあの時のように求めてくれたら…いつでも私は幸せなのに」
ふふ…と穏やかな顔で微笑む梅子を一瞬ボーッと見惚れたノブはハッとなり「本気か?」と真剣な顔で聞き返した。
ノブも梅子に飢えていたわけで、その飢えが肉食動物のように梅子を喰らわせた。
「…本当よ。わかってるくせに。」その清らかさと淫蕩さをあわせた微笑を見つめ返しながら耳元に囁いた。
「じゃあ今晩は騎乗位な」

しばらく時間が取れず、電話での報告にしようかとも考えたが、やはり直接説明した方が良いだろうと梅子は弥生の元をまた訪れていた。
一体どう切り出そうか悩んだ梅子だったが、どう切り出した所で叱られそうな呆れられそうな気がしたので素直に報告した。

「プッ……………クックックッ…駄目…やめて、私を笑い死にさせないでよ〜」
恐る恐る様子を伺うと、お腹を抱えて笑っている弥生の姿が目に入る。
「やっぱりそんな事だと思ってたわよ、うんうん」
「弥生さん怒るかと思ったのに」梅子も安心してケーキを口に含む。
差し入れのショートケーキを食べながら弥生はうーんと腕を伸ばす。
確かに犬も食わない夫婦喧嘩で一生やってなさいと思わないでもない。
でも絶対などという事はこの世にはない。
山倉との仲を見守ってきてくれた梅子だからこそ、万が一にも不幸なピースがあってはいけないのだ。
実の所、弥生も今回ばかりはかなり心配していた。
元々、幼馴染で男女を意識してなかった2人だ。時が過ぎ、また意識しない状態に絶対戻らないと誰が保証出来るのだろう。
セックスレスの状態になるかならないなんて誰にもわかるわけがない。

「それにしても…信郎さんって精力的っていうか工場切り盛りしながら夜の生活まで勉強熱心ってパワフルね」
改めて弥生が感心したようにため息をつく。
そんな弥生の感想にどう答えようか、この間しっかりと「騎乗位」を体験させられた事を思い出しながら頬を赤らめていた。
そして弥生はふと思い出した途端勢いよく梅子に聞いた。
「もしかして精力つく食べ物だらけにしちゃってないでしょうね?危険だわ!」

家への帰り道…この前は暗く悲しい風景だったのに。
何も変わらないはずの風景がこんなにも違って見えるなんて。
足を鎖で囚われ、重く暗い先が見えなかった道が、翼でも生えたかの如く軽やかな足取りで遠くまで光で見通せる。
ふいに「梅ちゃん先生、お出掛けかい?」そう近所の人に聞かれる。
「ええ、友達の所まで。」にこやかに会話を交わしながら、ここで愛する家族と暮らしていく喜びを改めて感じる梅子であった。

終了

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