2022年12月15日
プロ
ジャンル
時代劇 / 文芸
製作国
日本
製作年
1937
公開年月日
1937/8/25
上映時間
86分
製作会社
P.C.L.映画製作所
配給
東宝
レイティング
一般映画
アスペクト比
スタンダード（1：1.37）
カラー/サイズ
モノクロ
メディアタイプ
フィルム
音声
モノラル
上映フォーマット
35mm
ＳＴAＦＦ
監督
山中貞雄
脚本
三村伸太郎
製作
武山政信
撮影
三村明
装置
久保一雄
音楽
太田忠
録音
安惠重遠
編集
岩下広一
演奏
P.C.L.管弦楽団
製作主任
大岩弘明
美術考証
岩田専太郎
ＣＡＳＴ
河原崎長十郎
海野又十郎
中村翫右衛門
髪結新三
山岸しづ江
海野おたき
霧立のぼる
お駒
助高屋助蔵
長兵衛
市川笑太郎
弥太五郎源七
橘小三郎
毛利三左衛門
御橋公
白子屋久左衛門
瀬川菊乃丞
忠七
市川楽三郎
目明し弥吉
市川扇升
長松
市川莚司
猪助
中村鶴蔵
源公
板東調右衛門
市川菊之助
山崎長兵衛
中村進五郎
板東みのる
山崎島二郎
市川章次
中村公三郎
市川進三郎
嵐敏夫
瀬川花章
嵐芳三郎
澤村千代太郎
澤村比呂志
市川岩五郎
山崎進蔵
岬たか子
原緋紗子
河原波留子
平塚ふみ子
岩田富貴子
一ノ瀬ゆう子
解 説
江戸深川の長屋を舞台にそこに暮らす人間が
やがて破滅に向かう様を描いた時代劇。
「髪結新三」としても知られる歌舞伎の演目
「梅雨小袖昔八丈」を基に
ペシミズム溢れた内容となっている。
監督は
「森の石松」の山中貞雄。
この作品の封切り日に召集を受け中国に出征、
その地で戦病死、
この作品が遺作となった。
脚本は山中と長くコンビを組む三村伸太郎。
撮影は「お嬢さん」の三村明。
音楽は太田忠。
出演は「戦国群盗伝」の河原崎長十郎、
中村翫右衛門、
山岸しづ江ら前進座の面々。
あ ら す じ
江戸深川の貧乏長屋で老浪人が首つり自殺した。
竹光なので切腹できなかったのだ。
検分のため外出できない長屋の人々はくさる。
長屋に住む髪結いの新三は、
強欲な大家・長兵衛をそそのかして、
故人への餞と称して大宴会を開く。
新三の壁隣には、
紙風船の内職を営む、
浪人海野又十郎とその妻おたきが住んでいた。
新三は自分で賭場を開き、
地元を取り仕切る大親分弥太五郎源七の怒りを買っていた。
源七の子分が新三を連れ出しに来たが、
新三は隣の又十郎の部屋に逃げ込み難を逃れる。
又十郎は亡き父の知人毛利三左兵衛に士官の途を求めるが、
毛利はそれを迷惑に思い、
色よい返事はしない。
毛利は質屋白子屋を訪ねる。
店主の娘お駒を家老の子息が
見初めたためその縁を取り繕うとしていたのである。
お駒はそんな自分の運命に耐えられなかった。
彼女は店の番頭忠七と出来ていたが、
忠七は何も出来ないでいた。
白子屋の店先で毛利を待っていた又十郎だが、
毛利の依頼で
白子屋が差し向けた源七の子分らに叩きのめされる。
それを救おうとした新三だが
逆に子分らに捕まり、
源七の元に連れて行かれる。
散々絞られた新三だが、
気に入らない源七の鼻をあかそうと再び賭場を開く。
しかし
源七の子分らに踏み込まれ
一文無しとなる。
又十郎は毛利が迷惑がっていることに気付いているが、
他に仕官の手はなく、
おたきにはそのことを伏していた。
そして父の手紙さえ渡せれば毛利は受け入れてくれるに違いないと
望みをおたきに話すのだった。
だが毛利は手紙を受け取ることはせず、
又十郎は長屋の側の居酒屋でわびしく酒を飲むのだった。
その夜、
金のない新三は元手を作るべく
髪結いの商売道具を質に入れるため
白子屋を訪ねるが、
忠七にコケにされ憤慨する。
翌日おたきは向島の姉に会いに出かける。
その夜は縁日だったが大雨となる。
そこでお駒を見かけた新三は
昨夜の仕返しに彼女を誘拐する。
雨の中毛利に懇願する又十郎だったが毛利は拒絶、
二度と姿を見せるなと言い放し
父の手紙を雨中に放り棄てる。
雨に濡れながら呆然と立ち尽くす又十郎。
帰宅した又十郎は
新三がお駒を誘拐してきたことを知る。
翌朝
白子屋の命を受け源七らが新三を訪ね、
お駒を帰すよう説得する。
金を渡し穏便に済ませようとする源七に対して新三は、
源七が頭を丸めて土下座すればお駒を帰すと言う。
交渉決裂に憤慨しながら源七らは長屋を去る。
実はお駒は隣の又十郎の部屋に匿われていたのだった。
この騒ぎを聞き大家の長兵衛がやってくる。
源七をコケに出来て満足したから
このままお駒を帰すつもりだった新三に対して、
強欲な長兵衛は身代金をせしめようと提案、
交渉は自分に任せろと白子屋に乗り込む。
交渉は成立し50両の金をせしめた長兵衛が
お駒を連れ戻しに帰ってくる。
長兵衛は半分の25両を自分の手間賃と言い、
呆れた新三はそれを飲む。
まとまった金が入った新三は
長屋の連中に酒を奢ると宣言。
又十郎にも分け前を渡し、
居酒屋に連れ出す。
帰宅したおたきは長屋の女房達の立ち話から、
又十郎が悪事に荷担したことを知る。
居酒屋で又十郎はこの件で毛利が困っていたことを聞き、
溜飲を下げるのだった。
白子屋に戻ったお駒に対して
忠七は駆け落ちしようと告げる。
ほろ酔いで帰宅し寝入った又十郎をおたきは刺し殺し、
自害する。
新三は顔を潰された怒りに燃える源七
と死を覚悟して対決する。
翌朝又十郎とおたきの心中を見つける長屋の住民。
長兵衛に伝えに向かう子供が落とした紙風船が
溝にはまり静かに流されていくのだった…。
7．その他
映画 【 人情紙風船 】
記憶に残したいリアリテイ溢れる映像
歌舞伎の演目からの映画化作品であり、舞台は江戸時代の深川、市井の人々の生活を実に
リアリテイ溢れる時代というより風俗考証とカメラワークの演出で惹きつける。
物語は、長屋で暮らす人々を中心とする群像劇となる。
長屋に住む老いた侍が、武士らしい切腹でなく、生活苦で首を吊る。竹光しか持たぬ貧乏侍
の最後である。長屋の住人は、同情するわけでもなく、よりによって雨の日にと、また役人
から足止めをくったことで、晴れた日にはそれぞれの商売に町にくりださなければならぬの
に商売あがったりと迷惑がる。
それでも長屋の住民は、引きずることなく、明るく振る舞い、大家をそそのかし、ただ酒を
飲めると隣近所に声を掛けて、通夜がわりの大宴会で盛り上がるというしたたかさである。
そのような長屋の一員に浪人海野又十郎と髪結いの新三がいる。
死んだ侍と同じく浪人の海野又十郎は、妻の紙風船づくりを手伝い、侍への復帰を目指し、
父の友人であった役人毛利に雇って貰おうと近づく。しかし、役人毛利は父親を足掛かりと
してのし上がったにも拘わらず、出世街道を邁進するものがそうであるように逆に迷惑がり
、避けている。
その隣の住む新三は、髪結いだが、世渡りよろしく危険を承知で隠れて賭場を開き、はぶり
が良いものの、その区域を仕切るやくざの源七からの怒りを買いながらも、渡世人のような
暮らしだが、気っ風が良く、周囲から慕われ、時に売り上げをフイにしてしまったりしてい
る。
そんな長屋の人間模様を背景にしながら、質屋白子屋が絡んでくる。
その関係はこうである。
賭場を源七一家に襲撃され無一文になった新三は、商売道具の髪結い箱を白子屋へ持ってい
くが、断られ、白子屋を裏で通じ支えている、またもや源七の子分にやられる。
白子屋では、娘お駒と番頭忠七が良い仲になっているが、それを知らない主人は役人毛利と
手を組み、一度養女にしたうえで、老中への嫁入りを画策している。いわば、金と権力者が
結びつきをより深めようとしており、自分たちの欲をほしいままにし、都合の悪いところは
裏で手を伸ばし、源七一家で片づけるという、自らの手を汚すことなく物事を進めているの
である。
そこで、新三が騒動を起こす。
商売への自尊心を傷つけられた腹いせにお駒を誘拐し隣の又十郎の部屋に一晩隠すことにな
る。それを耳にした大家が割り込み交渉を成功させ、白子屋から大金50両をせしめる。そし
て、その金でまた長屋の住人の宴会が始まる。
大家と又十郎、新三が、役人毛利の思惑が思わぬ方向へ動き出したことになることを話のお
かずに酒を酌み交わす。その話を聞き、してやったりと今まで見せたことない笑みをこぼす
又十郎。ほどなく、自分の長屋へと向かう。
その同じ時刻に、お駒と忠七は駆け落ちを、新三は源七親分によびだされ決闘を、浪人海野
又十郎は酔いつぶれ寝ているところを妻たきの短刀に襲われ、たき自らも絶ち心中沙汰とな
る。ただ、その映像はなく、語られるのみである。
そして、雨に濡れた石畳から側溝に流されゆく紙風船のシーンで突然のエンドマークを迎え
る。
不思議なことに、時代劇ながら太刀振る舞いはなく、貧乏な浪人は侍というプライドを捨
てきらずに生きているが、派手さも偉ぶったところもなく、長屋の佇まいに馴染んでしまっ
ている反面、周囲の住民からは一目置かれている。
しかし、誘拐騒動の片棒を担いだことになり、周囲からのうやまいを喪失してしまった夫に
絶望した妻たきは、責めることも不甲斐なさを口に出すこともない。夫はそれを感じながら、
希望のないあてをいかにもあるがごとく、酒で饒舌になる。
又十郎が眠ろうと横になると小判がこぼれ、路地で噂していた女たちの話の意味を妻たきは
理解する。
威張り散らす役人同心にぺこぺこしながらも商売、職人看板を背負いしたたかに生きる長
屋の住人、権力に擦りよって店子を操る大家、江戸っ子らしくきっぷ良く生きる新三の姿に
は、やはり、歌舞伎演目としての人間の情けに訴えるものがある。
金の亡者・白子屋主人と権力志向に道迷う役人毛利の二人とそれに汲み尽くす源七やくざ
親分の構図は、ひっくり返してこそ、大衆のカタルシスを満足するものだと思うのだが、そ
うではなく、群像劇の主役格である髪結いの新三も人の好い浪人侍海野又十郎も死んでしま
うというまさかの顛末にこの映画がつくられた時代背景を思わずにはいられない。
軍靴の音が聞こえる時代、歌舞伎前進座役者の巧みな演技、江戸深川を再現する美術で、市
井の人々の貧しくも品を保ち生きる喜びと哀しみを描いたしっとりとした世界は、いつまで
も記憶に残したいリアリテイ溢れる映像作品だ。
８．
プロ 
ジャンル
時代劇 / 文芸
製作国
日本
製作年
1937
公開年月日
1937/8/25
上映時間
86分
製作会社
P.C.L.映画製作所
配給
東宝
レイティング
一般映画
アスペクト比
スタンダード（1：1.37）
カラー/サイズ
モノクロ
メディアタイプ
フィルム
音声
モノラル
上映フォーマット
35mm
ＳＴAＦＦ
監督
山中貞雄
脚本
三村伸太郎
製作
武山政信
撮影
三村明
装置
久保一雄
音楽
太田忠
録音
安惠重遠
編集
岩下広一
演奏
P.C.L.管弦楽団
製作主任
大岩弘明
美術考証
岩田専太郎
ＣＡＳＴ
河原崎長十郎
海野又十郎
中村翫右衛門
髪結新三
山岸しづ江
海野おたき
霧立のぼる
お駒
助高屋助蔵
長兵衛
市川笑太郎
弥太五郎源七
橘小三郎
毛利三左衛門
御橋公
白子屋久左衛門
瀬川菊乃丞
忠七
市川楽三郎
目明し弥吉
市川扇升
長松
市川莚司
猪助
中村鶴蔵
源公
板東調右衛門
市川菊之助
山崎長兵衛
中村進五郎
板東みのる
山崎島二郎
市川章次
中村公三郎
市川進三郎
嵐敏夫
瀬川花章
嵐芳三郎
澤村千代太郎
澤村比呂志
市川岩五郎
山崎進蔵
岬たか子
原緋紗子
河原波留子
平塚ふみ子
岩田富貴子
一ノ瀬ゆう子
解 説
江戸深川の長屋を舞台にそこに暮らす人間が
やがて破滅に向かう様を描いた時代劇。
「髪結新三」としても知られる歌舞伎の演目
「梅雨小袖昔八丈」を基に
ペシミズム溢れた内容となっている。
監督は
「森の石松」の山中貞雄。
この作品の封切り日に召集を受け中国に出征、
その地で戦病死、
この作品が遺作となった。
脚本は山中と長くコンビを組む三村伸太郎。
撮影は「お嬢さん」の三村明。
音楽は太田忠。
出演は「戦国群盗伝」の河原崎長十郎、
中村翫右衛門、
山岸しづ江ら前進座の面々。
あ ら す じ
江戸深川の貧乏長屋で老浪人が首つり自殺した。
竹光なので切腹できなかったのだ。
検分のため外出できない長屋の人々はくさる。
長屋に住む髪結いの新三は、
強欲な大家・長兵衛をそそのかして、
故人への餞と称して大宴会を開く。
新三の壁隣には、
紙風船の内職を営む、
浪人海野又十郎とその妻おたきが住んでいた。
新三は自分で賭場を開き、
地元を取り仕切る大親分弥太五郎源七の怒りを買っていた。
源七の子分が新三を連れ出しに来たが、
新三は隣の又十郎の部屋に逃げ込み難を逃れる。
又十郎は亡き父の知人毛利三左兵衛に士官の途を求めるが、
毛利はそれを迷惑に思い、
色よい返事はしない。
毛利は質屋白子屋を訪ねる。
店主の娘お駒を家老の子息が
見初めたためその縁を取り繕うとしていたのである。
お駒はそんな自分の運命に耐えられなかった。
彼女は店の番頭忠七と出来ていたが、
忠七は何も出来ないでいた。
白子屋の店先で毛利を待っていた又十郎だが、
毛利の依頼で
白子屋が差し向けた源七の子分らに叩きのめされる。
それを救おうとした新三だが
逆に子分らに捕まり、
源七の元に連れて行かれる。
散々絞られた新三だが、
気に入らない源七の鼻をあかそうと再び賭場を開く。
しかし
源七の子分らに踏み込まれ
一文無しとなる。
又十郎は毛利が迷惑がっていることに気付いているが、
他に仕官の手はなく、
おたきにはそのことを伏していた。
そして父の手紙さえ渡せれば毛利は受け入れてくれるに違いないと
望みをおたきに話すのだった。
だが毛利は手紙を受け取ることはせず、
又十郎は長屋の側の居酒屋でわびしく酒を飲むのだった。
その夜、
金のない新三は元手を作るべく
髪結いの商売道具を質に入れるため
白子屋を訪ねるが、
忠七にコケにされ憤慨する。
翌日おたきは向島の姉に会いに出かける。
その夜は縁日だったが大雨となる。
そこでお駒を見かけた新三は
昨夜の仕返しに彼女を誘拐する。
雨の中毛利に懇願する又十郎だったが毛利は拒絶、
二度と姿を見せるなと言い放し
父の手紙を雨中に放り棄てる。
雨に濡れながら呆然と立ち尽くす又十郎。
帰宅した又十郎は
新三がお駒を誘拐してきたことを知る。
翌朝
白子屋の命を受け源七らが新三を訪ね、
お駒を帰すよう説得する。
金を渡し穏便に済ませようとする源七に対して新三は、
源七が頭を丸めて土下座すればお駒を帰すと言う。
交渉決裂に憤慨しながら源七らは長屋を去る。
実はお駒は隣の又十郎の部屋に匿われていたのだった。
この騒ぎを聞き大家の長兵衛がやってくる。
源七をコケに出来て満足したから
このままお駒を帰すつもりだった新三に対して、
強欲な長兵衛は身代金をせしめようと提案、
交渉は自分に任せろと白子屋に乗り込む。
交渉は成立し50両の金をせしめた長兵衛が
お駒を連れ戻しに帰ってくる。
長兵衛は半分の25両を自分の手間賃と言い、
呆れた新三はそれを飲む。
まとまった金が入った新三は
長屋の連中に酒を奢ると宣言。
又十郎にも分け前を渡し、
居酒屋に連れ出す。
帰宅したおたきは長屋の女房達の立ち話から、
又十郎が悪事に荷担したことを知る。
居酒屋で又十郎はこの件で毛利が困っていたことを聞き、
溜飲を下げるのだった。
白子屋に戻ったお駒に対して
忠七は駆け落ちしようと告げる。
ほろ酔いで帰宅し寝入った又十郎をおたきは刺し殺し、
自害する。
新三は顔を潰された怒りに燃える源七
と死を覚悟して対決する。
翌朝又十郎とおたきの心中を見つける長屋の住民。
長兵衛に伝えに向かう子供が落とした紙風船が
溝にはまり静かに流されていくのだった…。
7．その他
映画 【 人情紙風船 】
記憶に残したいリアリテイ溢れる映像
歌舞伎の演目からの映画化作品であり、舞台は江戸時代の深川、市井の人々の生活を実に
リアリテイ溢れる時代というより風俗考証とカメラワークの演出で惹きつける。
物語は、長屋で暮らす人々を中心とする群像劇となる。
長屋に住む老いた侍が、武士らしい切腹でなく、生活苦で首を吊る。竹光しか持たぬ貧乏侍
の最後である。長屋の住人は、同情するわけでもなく、よりによって雨の日にと、また役人
から足止めをくったことで、晴れた日にはそれぞれの商売に町にくりださなければならぬの
に商売あがったりと迷惑がる。
それでも長屋の住民は、引きずることなく、明るく振る舞い、大家をそそのかし、ただ酒を
飲めると隣近所に声を掛けて、通夜がわりの大宴会で盛り上がるというしたたかさである。
そのような長屋の一員に浪人海野又十郎と髪結いの新三がいる。
死んだ侍と同じく浪人の海野又十郎は、妻の紙風船づくりを手伝い、侍への復帰を目指し、
父の友人であった役人毛利に雇って貰おうと近づく。しかし、役人毛利は父親を足掛かりと
してのし上がったにも拘わらず、出世街道を邁進するものがそうであるように逆に迷惑がり
、避けている。
その隣の住む新三は、髪結いだが、世渡りよろしく危険を承知で隠れて賭場を開き、はぶり
が良いものの、その区域を仕切るやくざの源七からの怒りを買いながらも、渡世人のような
暮らしだが、気っ風が良く、周囲から慕われ、時に売り上げをフイにしてしまったりしてい
る。
そんな長屋の人間模様を背景にしながら、質屋白子屋が絡んでくる。
その関係はこうである。
賭場を源七一家に襲撃され無一文になった新三は、商売道具の髪結い箱を白子屋へ持ってい
くが、断られ、白子屋を裏で通じ支えている、またもや源七の子分にやられる。
白子屋では、娘お駒と番頭忠七が良い仲になっているが、それを知らない主人は役人毛利と
手を組み、一度養女にしたうえで、老中への嫁入りを画策している。いわば、金と権力者が
結びつきをより深めようとしており、自分たちの欲をほしいままにし、都合の悪いところは
裏で手を伸ばし、源七一家で片づけるという、自らの手を汚すことなく物事を進めているの
である。
そこで、新三が騒動を起こす。
商売への自尊心を傷つけられた腹いせにお駒を誘拐し隣の又十郎の部屋に一晩隠すことにな
る。それを耳にした大家が割り込み交渉を成功させ、白子屋から大金50両をせしめる。そし
て、その金でまた長屋の住人の宴会が始まる。
大家と又十郎、新三が、役人毛利の思惑が思わぬ方向へ動き出したことになることを話のお
かずに酒を酌み交わす。その話を聞き、してやったりと今まで見せたことない笑みをこぼす
又十郎。ほどなく、自分の長屋へと向かう。
その同じ時刻に、お駒と忠七は駆け落ちを、新三は源七親分によびだされ決闘を、浪人海野
又十郎は酔いつぶれ寝ているところを妻たきの短刀に襲われ、たき自らも絶ち心中沙汰とな
る。ただ、その映像はなく、語られるのみである。
そして、雨に濡れた石畳から側溝に流されゆく紙風船のシーンで突然のエンドマークを迎え
る。
不思議なことに、時代劇ながら太刀振る舞いはなく、貧乏な浪人は侍というプライドを捨
てきらずに生きているが、派手さも偉ぶったところもなく、長屋の佇まいに馴染んでしまっ
ている反面、周囲の住民からは一目置かれている。
しかし、誘拐騒動の片棒を担いだことになり、周囲からのうやまいを喪失してしまった夫に
絶望した妻たきは、責めることも不甲斐なさを口に出すこともない。夫はそれを感じながら、
希望のないあてをいかにもあるがごとく、酒で饒舌になる。
又十郎が眠ろうと横になると小判がこぼれ、路地で噂していた女たちの話の意味を妻たきは
理解する。
威張り散らす役人同心にぺこぺこしながらも商売、職人看板を背負いしたたかに生きる長
屋の住人、権力に擦りよって店子を操る大家、江戸っ子らしくきっぷ良く生きる新三の姿に
は、やはり、歌舞伎演目としての人間の情けに訴えるものがある。
金の亡者・白子屋主人と権力志向に道迷う役人毛利の二人とそれに汲み尽くす源七やくざ
親分の構図は、ひっくり返してこそ、大衆のカタルシスを満足するものだと思うのだが、そ
うではなく、群像劇の主役格である髪結いの新三も人の好い浪人侍海野又十郎も死んでしま
うというまさかの顛末にこの映画がつくられた時代背景を思わずにはいられない。
軍靴の音が聞こえる時代、歌舞伎前進座役者の巧みな演技、江戸深川を再現する美術で、市
井の人々の貧しくも品を保ち生きる喜びと哀しみを描いたしっとりとした世界は、いつまで
も記憶に残したいリアリテイ溢れる映像作品だ。
８．
コメントをかく