本家保管庫の更新再開までの暫定保管庫です。18歳未満立ち入り禁止。2013/2/15開設

「ヒルダさーん♪」
もう習慣になってしまったヒルダの見舞いに今日もやって来た古市だったが、今日はもう先客が
いた。
「アンタ何しに来たの?」
ちらりと古市を見たきりつんと横を向いて、可愛くない口を聞くのはラミアだ。肝心のヒルダはと
いえば横になって静かに眠っている。容姿の美しさと相まって、まるで眠り姫のようだと柄にも
ないことを考えてしまう。醒めた眼差しで見下す表情もなかなかのものだが、こんな姿も滅多に
見られないだけについ目が吸い寄せられる。
「何しにって…そりゃ」
何となくごにょごにょと口篭る古市に、勝ち誇るようにラミアが噛み付いてくる。
「ヒルダ姉様はお寝み中。アンタなんかに出来ることなんか何もないんだから」
「そりゃ分かってるさ、でも顔見たいって気持ちぐらいあるだろが」
「わっかんなーいっ」
何故かますます怒ったような口調になったラミアが、すくっと立ち上がって睨んだ。綺麗に切れ
込んだ目尻に涙の痕跡があるのをふと見つけてわずかに困惑してしまう。
ヒルダが負傷して以来、この少女がどれほど献身的に尽くしてきたか身近に見てきたというのに、
何だかんだがあったせいですっかり忘れていた気がする。
「アンタたちが姉様を煩わせるから、なかなか良くならないんじゃないっ!」
ラミアの言葉が一層きつくなった。
「んー…そりゃ悪かった、けど…」
確かにヒルダの怪我はまだあまり癒えていない。それほどの深手だったにしろ、ラミアの手当て
を受けているというのにどうしたことなのだろう。それに一番苛立っているのはこの少女に違いない
のだ。
「どうして、姉様は良くならないの…?」
いっぱいに見開いていた瞳から、ぽろぽろっと涙が零れ落ちた。思いもかけないことに、互いに
硬直するばかりだ。
「あ…」
「やだ、見ないでっ!」
ごしごしと目を擦って誤魔化したラミアの姿が、驚くほど幼く見える。慕っているヒルダの回復が
遅れていることはずっと気に病んでいたのだろう。

「見ないでったら、アンタなんかに分からないわよっ…」
「全部が全部は確かにわかんないけどさ、何でそんな一人で溜め込んでんだよ」
「なっ!」
ラミアの頬が一瞬ぱっと染まり、すぐに目玉が零れてしまいそうに見開かれた。多分うっかり図星を
突いてしまったのだろう。
「ヒルダさんは重症過ぎるんだから、別にお前が悪いんじゃねーって」
「当たり前でしょ、出来るだけ最善のことはしてる。でも…」
「お前に出来ることだけ今まで通りやってりゃいいじゃん、ヒルダさんだって分かってるだろ」
「そんなことアンタに言われなくても!」
更に噛み付いてきそうなラミアの口に、古市はたまたま制服のポケットに入っていた棒つきの飴を
突っ込む。
「落ち着けって、ヒルダさんが起きるだろ」
「うぅ…」
悔しそうに見上げた顔が、年相応の表情になった。こうしてれば、やっぱ可愛いじゃんと腹の中で
思いながらよしよしと髪を撫でてやる。不思議なことにラミアは逆らわなかった。
「な?」
「ふ…ふんっ」
真っ赤な顔をしながら飴を舐めている姿は、普通に可愛い少女だ。人間だろうと魔界の者だろうと
それは変わらない。今まで、慣れない人間の世界で結構大変だったんだろうなと髪を撫でながらも
考えていた。
「ヒルダさんも静かな方がいいだろうしさ、ちょっと外に出ね?」
「えっ」
急な提案に、明らかにラミアが警戒しているのが伝わってきた。
「ずっと今日はヒルダさんについてたんだろ、多分腹減ってるかと思ってさ。そこのマックで良けりゃ
奢るから」
「…ホント?」
現金なもので、表情が一気に明るくなった。やはりかなり空腹だったのだろう。
「おうっ、ここはひとつ古市様に任せなさいって。ちょっと出るだけならいいだろ」
「…じ、じゃあちょっとだけ付き合ったげる」
気持ちを悟られない為なのか、ぷーっと頬を膨らませて相変わらず睨みつけてくるラミアはやはり
女の子らしくて可愛い。でもそんなことを一言でも言ったら何をされるか分かったものじゃないので、
必死で笑いを噛み殺しながらもさっきから舐めていた飴を取ってちゅっと唇にキスをした。
飴のせいか、甘ったるい味がした。

「……!」
「奢るんだから、これぐらい貰わないとさ。だろ?」
「さ、さ、最低…死んじゃえ!」
ラミアは真っ赤な顔をして、今にも泣き出しそうな顔をしている。何故か罪悪感はこれっぽっちも
なく、あまり見たことのない顔をこうして拝めただけで役得だ、とか不届きなことを考えていた。
自然と頬が緩むというものだ。
「…何か言ったら?」
反応がないことが気になったのか、おずおずと拗ねたような顔で尋ねてくる。
「いや、可愛いなあと思ってさ」
「な…!もう、知らないからっ」
慌てて横を向いた頬にもう一度キスをして、涙が零れそうな目元を拭った。特に悪態をつくことも
なく、逆らいもしないラミアの様子につい悪い気を起こして、抱き寄せるついでにそろりと服の上
からでも膨らみかけているのが分かる胸を撫でた。
「…っ、バカ」
一発ブン殴られるぐらいは覚悟しての狼藉だったのだが、ラミアは震えながら唇を噛んでいただけ
だった。それでも、もしかしたら脈があるのかも知れないと自惚れるには充分過ぎる。
その先のことはこれから幾らでも何とかなりそうな気がした。
「じゃ、行こうか。マックも今の時間なら結構空いてるかもだしさ」
妙な雰囲気になりそうなその場の空気を変えようと、古市はとんとラミアの背中を押した。もちろん
下心などありありである。
「……死んじゃえ…」
ラミアの語調がやや柔らかく変化していることは、当然見逃さない。




終わる

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