水墨集 | スイボクシュウ | 指示 | 速度 | 調性 | 拍子 | |
1 | 露 | ツユ | おそく、静かに | 4分音符=約52 | 変ロ長調 | 3/4 |
2 | 山寺の初秋 | ヤマデラノショシュウ | はやく、軽やかに | 4分音符=160 | 変イ長調 | 4/4 |
3 | 祭 | マツリ | おそく、民謡風に | 4分音符=約58 | ヘ短調 | 4/4 |
4 | 終日風あり | ヒネモスカゼアリ | 極めてはやく | 4分音符=208 | ニ短調 | 3/4 |
5 | 鯱の来る頃 | シャチノクルコロ | おそく、重苦しく | 4分音符=約56 | イ短調 | 4/4 |
6 | 時雨 | シグレ | おそく、情趣豊かに | 4分音符=約72 | ホ短調 | 4/4 |
7 | 芦雁 | ロガン | 極めてはやく | 4分音符=約208 | ト短調 | 3/4 |
8 | 渡り鳥 | ワタリドリ | ややおそく、しみじみと | 4分音符=約88 | ニ短調 | 3/4 |
作曲当時の多田は凝った技法を積極的に用いていた時期であり、この組曲でもその傾向が強い。
『祭』では笛・太鼓などの擬音をバックにパートソロが歌い継いでゆき、全パートが縦に揃うホモフォニックな部分は「おお、坊やよ」とオクターブユニゾンで歌う2ヶ所しかない。
『終日風あり』は、風の音を模したヴォーカリーズ「Woo」(内声パートは終始六全音階で動く)に、Top TenorとBassがパートソロでからむ曲で、ホモフォニックな箇所がまったくない。
『鯱の来る頃』では半音進行が多用されている。
『渡り鳥』は、Top TenorとSecond Tenorが主旋律を模倣しあうフーガ的な形式で始まり、中間部では従来の多田武彦らしいスタイルで書かれているものの、コーダではTop Tenor・Second TenorとBaritone・Bassによる5度のカノンからストレッタを経て組曲が締めくくられる。
『祭』原詩の副題には“民謡体”と添えられている。
『時雨』で当初「ちりぢりに」と歌われていた箇所は、メロス楽譜から譜面が出版されたとき原詩と同じ「ちりぢりと」に改訂された。
『祭』では笛・太鼓などの擬音をバックにパートソロが歌い継いでゆき、全パートが縦に揃うホモフォニックな部分は「おお、坊やよ」とオクターブユニゾンで歌う2ヶ所しかない。
『終日風あり』は、風の音を模したヴォーカリーズ「Woo」(内声パートは終始六全音階で動く)に、Top TenorとBassがパートソロでからむ曲で、ホモフォニックな箇所がまったくない。
『鯱の来る頃』では半音進行が多用されている。
『渡り鳥』は、Top TenorとSecond Tenorが主旋律を模倣しあうフーガ的な形式で始まり、中間部では従来の多田武彦らしいスタイルで書かれているものの、コーダではTop Tenor・Second TenorとBaritone・Bassによる5度のカノンからストレッタを経て組曲が締めくくられる。
『祭』原詩の副題には“民謡体”と添えられている。
『時雨』で当初「ちりぢりに」と歌われていた箇所は、メロス楽譜から譜面が出版されたとき原詩と同じ「ちりぢりと」に改訂された。
かやの実のさ青さ、
この茂みの木ぶかさ、
さても、ここから透かし見る
御燈明のすずしさ。
雨とふる残暑の
つくつくほうしよ、
日ざしは墓石の角から
すでに芙蓉の苔へ移つた。
ひそやかな、それでも
深い悲しみとて無い秋、
山のお寺は農家めいても
さすがに湿つたいい薫りだ。
あ、女の児が出て来た、
お化粧をして、澄まして。
また葬ひでも待つのか、
おしろひ花でも摘むのか。
この茂みの木ぶかさ、
さても、ここから透かし見る
御燈明のすずしさ。
雨とふる残暑の
つくつくほうしよ、
日ざしは墓石の角から
すでに芙蓉の苔へ移つた。
ひそやかな、それでも
深い悲しみとて無い秋、
山のお寺は農家めいても
さすがに湿つたいい薫りだ。
あ、女の児が出て来た、
お化粧をして、澄まして。
また葬ひでも待つのか、
おしろひ花でも摘むのか。
遠い、何処かで祭ぢやさうな。
おお、坊やよ、
どこか、月夜の囃子ぢやさうな、よ、
わかいむすめの、ヤレ、宵祭。
遠い、何処かで祭ぢやさうな。
おお、坊やよ、
いまにおまへの祭も来ましよ、よ。
せめてそれでも、ヤレ、待ちましよか。
遠い、何処かで祭ぢやさうな。
おお、坊やよ、
わたしやお父さん、昨日の祭、よ。
遠いお笛の、ヤレ、影祭。
おお、坊やよ、
どこか、月夜の囃子ぢやさうな、よ、
わかいむすめの、ヤレ、宵祭。
遠い、何処かで祭ぢやさうな。
おお、坊やよ、
いまにおまへの祭も来ましよ、よ。
せめてそれでも、ヤレ、待ちましよか。
遠い、何処かで祭ぢやさうな。
おお、坊やよ、
わたしやお父さん、昨日の祭、よ。
遠いお笛の、ヤレ、影祭。
寒うなります、
日も白く、小さく、
しだいに遠くへ離れます、
すると、いつかしら雪雲が出て、
西から巽へかぶさります。
ああ、せめては水平線にだけでも、
青い、すこしの空でも
残してくれれば有り難いが、
あちらも何だか時化てるやうです、藍鼠に。
──お爺さん、舟を出しますか。
──おおい、出すには出さうがの、
魚はみんな沈んで了つた、
何にしても、今夜あたりは、
金うろこの鯱でも来さうな沖だよ。
漁火をぼうつと燃すんだな。
日も白く、小さく、
しだいに遠くへ離れます、
すると、いつかしら雪雲が出て、
西から巽へかぶさります。
ああ、せめては水平線にだけでも、
青い、すこしの空でも
残してくれれば有り難いが、
あちらも何だか時化てるやうです、藍鼠に。
──お爺さん、舟を出しますか。
──おおい、出すには出さうがの、
魚はみんな沈んで了つた、
何にしても、今夜あたりは、
金うろこの鯱でも来さうな沖だよ。
漁火をぼうつと燃すんだな。
時雨は水墨のかをりがする。
燻んだ浮世絵の裏、
金梨地の漆器の気品もする。
わたしの感傷は時雨に追はれてゆく
遠い晩景の渡り鳥であるか、
つねに朝から透明な青空をのぞみながら、
どこへ落ちてもあまりに寒い雲の明りである。
時にはちりぢりと乱れつつも、
いつのまにやら時雨の薄墨ににじんで了ふ。
燻んだ浮世絵の裏、
金梨地の漆器の気品もする。
わたしの感傷は時雨に追はれてゆく
遠い晩景の渡り鳥であるか、
つねに朝から透明な青空をのぞみながら、
どこへ落ちてもあまりに寒い雲の明りである。
時にはちりぢりと乱れつつも、
いつのまにやら時雨の薄墨ににじんで了ふ。
州のはなの吹きさらしに影して、
かれらは四五羽の蘆雁であつた。
かれらは漁つてゐた、たまさかの陽の明りを、
つくづく眺めてゐた、遥かな雲ぎれの青みを、
時雨がうしろにほそく残つてゐた、
かれらはそれにも心をひかれてゐた。
かれらは四五羽の蘆雁であつた、
大きな、けれども白い月の出を待つ
寒い四五羽の蘆雁であつた、
満汐どきの、時をり啼きかはす蘆雁であつた。
かれらは四五羽の蘆雁であつた。
かれらは漁つてゐた、たまさかの陽の明りを、
つくづく眺めてゐた、遥かな雲ぎれの青みを、
時雨がうしろにほそく残つてゐた、
かれらはそれにも心をひかれてゐた。
かれらは四五羽の蘆雁であつた、
大きな、けれども白い月の出を待つ
寒い四五羽の蘆雁であつた、
満汐どきの、時をり啼きかはす蘆雁であつた。
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